第五章~シジムの浜で3



 訴えがほぼ全面的に通り、総督の謝罪が得られたうえに、カダージには刑法に則って厳しい処罰を与えるという約束を取り付けたのに、総督が去った後の浜では「なんだか釈然としないね~・・・」と言う声が上がっていました。

 理由はあの母親です。
 あんなに息子に邪険にされているのに心から息子を愛し、その身を案じている・・・。しかも部族が違うとはいえ自分達と同じ血が流れている・・・。

 どんな経緯で総督の妻になり、血を分けた息子に憎悪されるに至ったのか。今まで、どれだけ辛い思いをしてきたのだろう?

 シジムの村人は、殆どが楽天的でお人好しです。被害にあった女性達も、泣きながら総督の後に従って帰って行った母親のことを思うと、もう自分達がされたことなど忘れてしまっている様でした。

ミギワ:あの変態君はキモイし、まだ許す気になれないんだけどね~・・・。

シレン:あのお母さん、可哀想だったよね~・・・(・_・、)

マナ:ねえお兄ちゃん、何とかならないかな~?

ラーズ:何とかって・・・?

マナ:うん・・・、何ていうかね・・・、変態君が厳しく処罰されるのは仕方
   ないとしても、そうするとあのお母さんが悲しむんじゃないかなって思
   うの・・・。だからね・・・。

ラーズ:寛大な配慮を・・・ってこと・・・?カダージに反省は期待できない
    と思うよ。再犯の可能性だって・・・。

マガン:そうだよ!怖かったんだろ!?気持ち悪かったんだろ!?それに初め
    て俺達の訴えを聞いてもらえたのに、また泣き寝入りするのか!?

ミギワ:そうじゃないよ!罪は罪として裁いてもらうとしても、腐刑(去勢)
    っていうのがね~・・・。もし変態君が心を入れ替えて、将来家庭を
    持ったとしても、あのお母さんは一生孫を抱けないんだよ。

マガン:む・・・(--;)どっちにしろあの息子の態度じゃ母ちゃん孫を抱
    くどころじゃねえし、お前が心配することじゃねえよ。

老人:ふむ・・・、あの家庭にはなにやら子細がありそうじゃの・・・。

リク:確か、あいつクマル(学童)の2回生まではお母さんのこと“俺の母ち
   ゃん美人だろ!”って自慢してたくらいなのに・・・、3回生の夏休み
   明けくらいからおかしくなったんですよ。なんかグレちゃって、成績も
   上位10番以内が指定席だったのに、シャルマンに進級したとたん下位
   10番以内が指定席になっちゃったし・・・。

老人:そうか、坊やは同級生だったかの?減刑の嘆願旁々(かたがた)マグオ
   ーリにでも行ってみるかの?

ミギワ:減刑じゃなくてさ、変態君には厳しく!でもお母さんか悲しまなくて
    もいい刑罰を・・・って御願いできないかしら?

老人:お?そうかそうか・・・。では腐刑ではなく懲役刑を嘆願してみるか?

ミギワ:チョウエキケイ?・・・何、それ?

ラーズ:罪を償うために重労働を課す罰のことだよ。

村の女達:「あっ、凄い!そんなのがあるの?」「それいいんじゃない?」「ね
     ~~っ!」「賛成!」

マガン:お前らそれでいいのか!?

 その頃、桟橋では・・・、

敵兵達:ψα=!νανψαφασυλετεθαλιμασε~~~~ν?
   (お~い!何か忘れてやしませんか~~~?)(T-T)」

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 マガンは未だ釈然としない様ですが、当の被害者達がそれでいいというのだから仕方ありません。
 1時間程して、マグオーリの総督府に到着した老人・ラーズ・リクの3人は、総督官邸の応接室に通されました。

リク:総督なんて言ったら偉い人だから、もっと絢爛豪華な調度品とか揃えて
   るんだと思ったけど、意外に質素だな~・・・。

老人:うむ!あのカディールとかいう総督はあれでなかなかの人物じゃよ。兄
   のバンディからは想像もできんじゃろうがのぉ。ふぉっふぉっふぉっ!

ラーズ:今朝から気になってはいたのですが、あの強大なムドラといい総督の
    ことといい・・・、貴方様は一体・・・?

老人:ゴホッ!ゴホッ!・・・いやなに・・・ゴホッ!ゴホッ!

 そうこうしているウチに、総督が応接室に入って来ました。総督は入って来
るなり「老師!申し訳ありませんでした!」と叫んで老人の足許にひれ伏し、そのまま動かなくなってしまいました。

老人:これっ!カディールよさんかっ!ワシはもう退官したただのジジイじ
   ゃ、ほれ、手を上げなさい。

ラーズ・リク:老師ぃ~~~~~~!!??(〇o〇;)

カディール:そうだ、この方はエミス・サリエス(大賢者)のミュカレ翁だ。

リク:・・・(〇o〇;)

ラーズ:大賢者ミュカレ翁・・・テオ先生やシグル先生のお師匠様・・・(・O・;

ミュカレ:大賢者などと大それたモンじゃないわい!メシを喰らい、クソを垂
     れてそのうち死ぬただの人間じゃ!
      それよりカディール、お前さんの息子はどうしたモンかのう・・・?

カディール:全くもって、お恥ずかしい限りです!我が子とて容赦致しませぬ!
      否!我が子だからこそ許すわけには参りません!厳しく断罪致し
      ます!
       イエルカに判事としてシグル大兄(たいけい=サリエスがお互
      いを呼ぶ場合の敬称)の派遣を要請致しました。今、接見してい
      るところです。

ラーズ:えっ!?シグル先生が見えてるんですか?

リク:あちゃ~・・・!腐刑確定だな、こりゃ!

 シグル(太陽)とテオ(正義)・・・、義理人情に篤く、包容力があって融通の効くテオと、遵法の念篤く、一本気で曲がったことが大嫌いなシグル。性格から行くと名前を交換した方がいい・・・、とアカデミーの修道士達は密かにそう囁いています。
 でもラーズの意見は違います。
 確かにサリエスになって、冷徹な一面ばかり目立っているけれど、本当は誰よりも人情味に溢れた優しい人だったことを知っているからです。

 その時、シグルが接見を終えて応接室にやって来ました。

シグル:カディール大兄、終わりました。おお・・・これは・・・、老師!ご
    無沙汰致しております!

ミュカレ:相変わらず忙しそうじゃの。恙ないか?

シグル:ええ、お陰様で!老師こそ御健勝のご様子・・・、祝着に存じます。

カディール:手間を取らせましたな。どうぞ、おかけ下さい。

 カディールがシグルに椅子を勧めました。

ラーズ:シグル先生!

 ラーズが帽子を取って立ち上がりました。

シグル:おお、久しいな。元気だったか?・・・んっ!? 

ラーズ:先生・・・(・_・?)?

シグル:くっ、くくくくくくく ・・・いや失礼・・・くくくくく・・・(^^ゞ

リク:おい、ラーズ!お前、頭!あ~た~まっ!

 リクがぼそぼそと、頭を指さして何か言っています・・・。

ラーズ:えっ!?あっ・・・!

 ラーズは頭に手をやり、慌てて帽子を被り直しましたが時既に遅し・・・。
ルーテシア世界のあちこちを行脚するシグルも、生まれて初めて目にした「かりあげ君」によって笑いのツボに嵌ってしまった様です。応接室は爆笑の坩堝(るつぼ)と化しました。

シグル:いや、決して・・・くくくっ!悪気はないんだ!・・・悪気はないん
    だが・・・くっくっくっくっくっくっ・・・!

 リクも、ミュカレ翁も腹を抱えて床に転がっています。

カディール総督はといえば、死にそうなくらい真っ赤な顔で、必死に笑うのを耐えています。・・・が、時間の問題でしょう・・・。頬が膨らんで、肩が小刻みに震えています。

ラーズ:そんなに笑わなくたっていいじゃないですかぁ~・・・(T^T)

 ラーズは帽子の裾を思いっ切り下の方に引っ張りながら呟(つぶや)きました。

 情けないラーズの声に、たまらず総督も笑い出しました。

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 こういうことの後に、真剣な話をするのって辛いですよね。
 やっと話が軌道に乗って来た・・・なんて思うと誰かが「プッ!」 と吹き出して腰を折る・・・。そんなこんなで、すっかり長居をしてしまいました。

シグル:そうですか、被害に遭った女性達はそういう意見ですか。確かに承り
    ました。しかし・・・なんともやりきれませんね。

ミュカレ:というと?

シグル:犯行の動機です。単純な性衝動によるものではありませんでした。
    憎悪が向かうべき対象は母親でも村の女性達でもなく他にありました。
     彼の心の奥底にあったものは、母への深い愛情と、それとは裏返し
    のやり場のない怒りだったのです・・・。

ミュカレ:ほう!掌陽観(しょうようかん)か?便利なシッディ(能力)じゃ
     のぉ!

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 上級者のサリエスの中には独自の能力に目覚める者がいます。掌陽観とはシグル独自の能力で、掌にある物質化していない状態のムドラ(エンブレムみたいなモノと思って下さい)によって、被験者の過去世や、本人も気づいていない潜在意識の中のトラウマを探し出したり、その呪縛から解放する・・・というスグレものです。

 シグルのムドラは右手が深海の様に深い濃紺色のヴァジュラ(破邪の魔剣)で、左手が金色に光り輝くカムシーン(慈愛の聖剣)です。

 魔剣ヴァジュラと聖剣カムシーンは、後の世で干将(かんしょう)・莫耶(ばくや・の雌雄一対)の宝剣のモデルになった(かもしれない)シグルのオーラが具現化して現れる剣です。

 魔剣ヴァジュラはその人の病巣や、誰かに掛けられた呪いや、取り憑いた悪霊などを切り裂く破壊の剣で、聖剣カムシーンは、魔剣によって切り裂かれた病巣や悪霊の開けた隙間を癒しの光で満たして治癒させるはたらきを持っています。

 普段はオーラの状態で身体に纏っているので持ち運び(?)が楽で、鞘もいらないし、誰かに奪われる心配もないので非常に便利です。

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シグル:彼は自らの出生の秘密に、痛く傷付いています。自分が汚くて、どう
    しようもない存在だと思い込んで捨て鉢になっています。だから自分
    が傷ついた分だけ他人も傷つかなければ納得できないのです。

ミュカレ:どこへ飛び火するか解らぬとな?山火事みたいなヤツじゃの!
     出生の秘密とは・・・?

シグル:それは私からはなんとも・・・。カディール大兄にお話頂ければよい
    のですが。

カディール:我が家・・・、否、我が一族の恥を晒すことになりますが・・・、
      やはりお話せねばなりますまい・・・。実は・・・、あのカダー
      ジは、私の実の子ではありません。バンディがスニータに産ませ
      た・・・、否、バンディが乱暴して孕ませた子です・・・。

ラーズ:(やっぱりね~!御尊父とは何もかもが違いすぎる・・・って・・・
    えええ~~~~っ!!!!!!????だったら、バンディは腐刑の
    上に遠島じゃん?)

リク:(マジかよ!くっそーバンディの野郎!強姦魔のくせにえばりくさりや
   がって~~~~!今に見てろよ!)

シグル:それが事実ならバンディ議員は腐刑の上、終生遠島です。20年前に
    解っていれば、彼の様な議員が元老院に入ることさえなかったでしょ
    う。今の様な腐敗堕落した立法の府は産まれなかったかも知れません。
    何故もっと早く言って下さらなかったのです?

カディール:それは・・・、スニータをこれ以上傷つけたくなかった。彼女は
      事件直後、ホー川(マグオーリの中心を流れる川)に身を投げて
      死のうとしていました。彼女はまだ14歳だったんですよ。
       年端もいかない少女が遠く親元を離れた町で中年のアグル(公
      務員)に乱暴されて・・・、目の前が真っ暗になって、誰も助け
      てくれなくて・・・。気が付いたら橋の欄干を乗り越えようとし
      ていた・・・。そんな彼女を世間の好奇の目に晒すなんて・・・
      私にはできなかったんだ!

 45歳の大男の目に一筋、光るものがありました。

  そして、カディールはぽつりぽつりと当時を振り返りながら、事件と、自分達の結婚、そしてカダージについて語り始めました。

 ほんの6年前まで、親に勘当され、閑職に甘んじていたため決して豊かではなかったけれども、サリエスとしての技能を活かした腕のいいサジ(医師)として信頼を得始めた自分と、内助に励む美しい妻と、素直で利発な子供に恵まれた幸せな家庭がありました。
 そんな幸せな日々をたった一言でぶち壊す男がやって来たのは、カダージがクマル3回生の夏休みのことでした。

つづく

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