第六章~Solitude3



 カダージは未成年なので裁判は非公開の筈でしたが、本人が、
「被害者とその家族に傍聴して欲しい。そこで謝罪の言葉を述べ、刑の確定後に誠心誠意償いたい」
 と強く希望したので、5人の被害者とその家族、ミュカレ、ラーズ、リク、カディール、スニータの併せて20人程が傍聴しました。

 傍聴席のマガンは腕組みをして、被告のカダージをずっと睨み付けていました。判事のシグルが入廷して来るとぐぐっと上半身を乗り出して今度はシグルを睨んでいます。

マガン:あのヤロー!「反省してます」だと?減刑目的でスラこいてんじゃね
    えのか?あの判事、無罪なんかにしたらただじゃおかねえからな・・・。

ラーズ:まだそんなことを・・・!黙って成り行きを見てろよ!

 いつにない強い口調のラーズに気圧されたのか、マガンは口をへの字に結んで再びどっかと傍聴席に深く腰掛けました。

 被害者の女性達と、その親達はカダージ(というよりは34歳にして猶、可憐で健気なスニータ)の味方になっていて、マガン1人だけがブーたれているという構図でした。

 しかし、弁護人のセージが、被告が犯行に至った経緯、(スニータを襲った悲劇はここでは伏せられましたが)カディールの家族が過ごした辛く悲しい日々、クマル3回生の時の傷害事件の発端とその顛末等々を述べると、マガンは次第に威儀を正し、かしこまって聞いていました。

 次にスニータが証言台に立ち、自分を襲った悲劇と、カダージが最近になって初めて明かしたドロップアウトの真相を述べ、「自分が身の程を知らない夢を見てしまったために、夫と息子に辛い思いをさせてしまい、結果としてシジムの村人達に多大な迷惑をかけてしまった、本当に申し訳なかった」と証言した時、シグルの脳裏には・・・掌陽観で見えた、スニータの腕の中で無邪気に笑う赤ん坊の頃のカダージの顔。

 幼いカダージが陶器の玩具で遊ぶ様を見つめて微笑む若き日のカディールとスニータ。

 息子がグレてしまったことで悩み、カダージがかつて着ていた産着を手に、幸せだった頃を振り返るスニータの頬を伝う一筋の涙・・・、やがて悲しみを抑えきれなくなり顔を覆って肩を震わせて嗚咽するスニータのイメージが過(よ)ぎりました。

シグル:(おっと、いかんいかん・・・。私は判事!冷静に冷静に)

 こと此処に至ってマガンの目の下と鼻の下は大瀑布の様になり「いや、あんた悪くねえよ!」「誰を好きになろうといいじゃねえかよ!何か問題あんのかよ!」と叫んで、シグルから「傍聴人は静粛に!」「今度騒いだら退廷を命じますよ!」とたしなめられる迄になっていました。 

 次いで、カディールが証言台に立ち、
「この子の生い立ちを思うと不憫だと思って、欲しいと言うものは可能な限り買い与えた。グレてしまってからは鉄拳制裁こそが抑止力だと思い、それがかえってこの子が心を閉ざすきっかけになってしまった。責任の一端は私にもある。もっと正面からこの子と向かい合うべきだった」
と述べ、最後にカダージが証言台に立って、衷心よりの謝罪の弁をのべ、「被害者の心の傷が癒えるまで誠心誠意償いたい」と述べ、裁判は結審し暫時休憩ののち判決が言い渡される運びとなりました。

リク:腐刑かな?懲役刑かな?

ミギワ:私達の陳情って判事さんに届いてるのよね?あのお母さんが泣く様な
    ことにはならないよね?

ラーズ:うん、陳情書にして確かに手渡したよ。

ミュカレ:情状面では減刑の可能性もなくはないが・・・シグルめはちと「歩
     く六法全書」みたいなところがあるでなぁ・・・、さて?

シグル:判決を言い渡します。被告人は前へ・・・。

 カダージが一歩前に出ます。法廷内は水を打ったようにシーンと静まりかえりました。カディールが、スニータが、傍聴人が息を呑んで見守っています。

シグル:主文、被告人を腐刑に処する!

 一瞬で法廷内が凍り付きました。カダージは「覚悟はしていた」という風に深々と頭を下げました。

 カディールは目をつぶり肩を落として深く息を吐きました。スニータは顔を覆って縮こまってしまいました。

 シグルは構わず続けます。

シグル:判決理由・・・被告人カダージは、その生い立ちや同被告人を取り巻
    く環境に同情すべき事象が少なからず存在することは否定しない。
     但し、自らがシャルマンであるという自覚とその使命を忘れ、放逸
    の限りを尽くし、無辜の女性に多大な苦痛を与え、イエルカ国王の威
    徳と王立アカデミーの権威、そしてイエルカ全体の信用をも失墜させ
    た責任は極めて重いと言わざるを得ない・・・。

 判決文の朗読が続く中で、傍聴席のミギワが、

「どうなってんのよあんたの先生!?何色の血が流れてるとこういう判決になるわけ!?」

 とラーズの腿をつねりながら小声で文句を言ってきました。

ラーズ:いってぇ~~~!!まだ全文読んでないだろ!黙って聞けよ!

リク:やっぱりなぁ~。遵法マニアだもんね、あのセンセ・・・。

ラーズ:うるせぇ!黙って聞け!!

リク:何ムキになってんだよ!現に判決出たじゃんかよ!!

シグル:傍聴人は静粛に!

ラーズ・リク:(^^ゞしいましぇ~~~~ん!

シグル:・・・よって、同被告人には腐刑が妥当と判断するものである。

    ・ ・・尚、この判決より3年間、刑の執行を猶予する。
    ・・・被害者から「母親の涙に免じて寛大な処置を」という陳情書
    が届いています。被告人は、君を深く慈しんでくれた御両親、特に
    思い出すのも辛いはずの過去を告白してまで君を救おうとした母の
    思いと、こうした陳情を寄せてくれた人達に感謝と贖罪の気持ちを
    忘れない様に。

      以上をもって閉廷します!

 執行猶予付きの判決に、法廷内から歓声があがりました。何と被害者の女性達が抱き合って喜んでいます。開廷時にはブンむくれていたマガンまで、つられてバンザイをしています。

 思いがけない判決にカダージは滂沱と涙を流し

 「はいっ!どうも済みませんでした!一生掛けて償いたいと思います!!」

 と述べると、再び深々と頭を下げ、シグルが退席するまでずっと頭を上げませんでした。

 カディ-ルは鳩が豆鉄砲喰らった様な顔でフリーズしています。スニータは涙を流しながら法廷を出ていく判事の背中に、こちらを向いて微笑んだ弁護人に、もらい泣きしている被害者達や狂喜乱舞するラーズ、ニヤリと笑うミュカレ、呆然とするリクにまで、何度も何度もお辞儀しています。

ラーズ:ホラね~~~!d(^_^)さっすがアンちゃんだ!!(少年時代ラーズは
    シグルをこう呼んでました)やってくれるでしょう?

ミュカレ:なるほど、極めて理にかなった判決か・・・、粋なことをやりおる
     わい・・・。( ´-`)

リク:ウソぉ!シグル先生は「鉄骨銅身(今で言う“鉄面皮”です)」って噂
   なんですけどぉ?

ミギワ:あなたの先生って・・・、いい人ね~~~。エライ男前だし!
    タイプだわ~~~(*^^*)

マガン:ミギワ!こら、てめえ!!

ミギワ:冗談よ!冗談・・・、オホホホ!(^▽^;

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ラーズ:総督閣下!

カディール:「閣下」はやめてくれないかな「カディール」でかまわんよ。
・ ・・あの陳述書、君が村人の証言を口述筆記してくれたそうだ
ね。本当にありがとう!

スニータ:ありがとうございました!ありがとうございました!ありがとうご
     ざいました!

 スニータは何度も何度も頭を下げ、遠心力で転がってしまいそうな勢いです。

ラーズ:あ、いや・・・、奥様そんな・・・結構ですよ・・・(¨;)僕もカ
    ダージ君があんなに辛い思いしてるなんて知らなかったからさんざん
    バカ呼ばわりしちゃいましたから・・・。罪滅ぼしといえば全然足り
    ないくらいです。
・ ・・あの~、それとシジムのみんなからなんですけど・・・、今
晩、あの船の乗客達と、生還記念の祝賀会をするんですけど、宜しかったら御家族でお越し頂けないか・・・ということなんですけど。
 いや、むしろ是非って感じなんですが。

と言ってラーズは自分の後ろを指差しました。カディールとスニータがラーズの後ろに目をやると、傍聴席にいたシジムの村人達が、

「来いよ~!絶対来いよ~~~~~!!来なかったらこっちから訪ねて行くからな~~~~!!」

という視線を投げかけています。カディールもスニータも刺す様な視線に思わず後ずさりしてしまいました。

スニータ:折角のご好意をお断りするのは失礼になりますね。

カディール:そうだな・・・。温かい人達だからな・・・。喜んでお伺いしま
      すと伝えて下さい。

 ラーズは振り返って、腕で大きな丸を描いて「OK」のサインを送りました。村人達はほっと胸をなで下ろし、手を取り合って喜んでいました。

カディール:しかし生還記念祝賀会とは・・・、なんとも大仰な名前だね?
      そんなに危険だったのかい?私がもっと船員を監督・指導すべき
      だったよ。怖い思いをさせてすまなかったね。

ラーズ:いえ、ナディの人達が泳げなかったんで命の危険を感じたんじゃない
    でしょうか?それで生還記念と・・・、シジムの人達は宴会好きです
    から、要はどんちゃん騒ぎの口実が欲しいだけなんじゃないでしょう
    か・・・。あれっ・・・生還といえば・・・あ~~~~~~っ!!忘
    れてた~~~~~!!(>_<)そういえば、あの黒装束の連中と「航空機」
    乗りの異人さん親子がまだ村にいるんです・・・。どうしましょう?

カディール:(¨;)そうか、私もうっかりしていたな・・・。シグル大兄は
      まだ官邸においでだろうか?ちょっと見てくる!

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 シグルはカダージと応接室で懇談中でした。
 シジム沖の事件を聞いて「ほう!」という表情をしましたが、さすがに諸国を行脚していろいろなモノを見聞しているだけに酷く驚いている風でもありませんでした。
 国籍不明の黒装束の連中はイエルカに移送して、外国語に明るいテオと掌陽観の使い手であるシグルが取り調べることになりました。
 飛行艇乗りの異人さん親子は、本人達の希望を聞いてその処遇を決めることになりました。

 ラーズは、特にミギワからの熱い要望で、シグルもシジムの「生還記念祝賀会」に誘ったのですが、「残念だけど、黒装束の連中の事案は急を要するのですぐに帰らなければならない。村の人達にはくれぐれも宜しく」と言って、愛馬「スレイブ二ル」を飛ばして帰って行きました。

ラーズ:相変わらずお忙しい様ですね・・・。ちゃんと息抜きして下さいね。

 この声が届かないとは知りつつも、去って行くシグルの背中にそう呼びかけ、トリニトバル街道に消えていく騎影を見送りました。

つづく

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