第六章~solitude4



 夜になって、シジムの浜には笑い声や歌声、踊っている人やそれを眺める人達の歓声や野次の声が響いていました。

  マジャホはカディール夫妻の前に陣取って「それぁ、まだ焼けてにゃーよ」「そけえらんのー(その辺)がええあんびゃー(いい具合)ずら」と指図しています。
 シジムの鍋奉行はあんまり物怖じしない性格の様で、相手が総督であろうと、リクの様な若者であろうと、あんまり関係ないみたいです。

 実の親から生活のために売りとばされて来たスニータは、シジムの浜を一望して同じネグリトの民なのに、ここの人は本当に愉しそうに笑い、よく歌う。生活のために子供を売るなんて発想すらない。よそ者をこんなに手厚くもてなすことができる屈託のなさ。ここは本当に豊かで心温まる所・・・、「まるで祖母から聞いた昔話に出てくる楽園みたいだ・・・」と、しみじみ思いました。

 そう思ったのはスニータだけではありません。利便性でも物量面でも遙かに豊かなはずのイエルカ(原初の神が降り下りし聖地)で生まれたカディールだって同じです。
 人間として間違ったことはしていない筈なのに親の面子を傷つけたとの理由で冷や飯食いにされ、自分も妻も、息子も何も悪いことはしてこなかったのに、バカなおエライさんの一言で家庭が崩壊していく悲しみを味わいました。
「本当にいい人達だ・・・、本当に良い所だ・・・。“原初の神が降り下りし聖地”とはここのことなんじゃないか?」カディールも心からそう思いました。

 しばらくご相伴に預かっていたカダージはちょっと用を足してくる・・・と言って席を外し、ちょっと離れたヤシの木の下で、火を囲んでいる人の輪をぼんやりと眺めていました。

ラーズ:さっきからそんなとこで何してんの?

カダージ:えっ?・・・あ、うん・・・、何かさ、俺なんかが入っててもいい
     のかな~って思ってさ・・・。みんなが優しくしてくれると余計に
     辛くて・・・。

ラーズ:村の人達が招待してんだからいいに決まってんじゃん。ほらほら・・・。

カダージ:あ・・・ちょっと・・・。

 ラーズがカダージの手を引いて、人の輪の中に連れ戻しました。

マジャホ:おう、ええわきゃあモンがなにょー景気わりい顔してるだぁよ!た
     んと喰ってくんにゃーとよ!な!?

マガン:おう、変態!こっち来い!ここ座れ!

 マガンは仏頂面で丸太に腰掛けていましたが、自分の隣を指差してカダージを呼びつけました。結構出来上がっている様です。

ラーズ:兄さん・・・、またそんなに飲んで・・・。(¨;)

マガン:解ってるよ!いいから座れ!

 カダージは恐る恐る隣に腰掛けました。

マガン:なあ、なんで俺のカカアを狙ったんだ?

カダージ:えっ!?・・・いや・・・あの・・・綺麗だったからかな~・・・。

マガン:えっ?何だって?聞こえないよ。もっと大きな声で!

カダージ:綺麗だったからかな~?

マガン:聞こえない!!もっとおお~~~きな声で!!!!

カダージ:綺麗だったからかな~~~~!!!!

マガン:おぉ~~~~よ!解ってんじゃねぇか!そうだろ?俺のカカアは綺麗
    だろ!?よ~~~~し!飲め!

 カダージは勧められるままに飲んでみると・・・、思わずむせっかえるくらい強い、焼酎の様な酒でした。しばらく咳き込んでしまいましたが、あとはカパカパと水でも飲むように煽っています。

ラーズ:カダージ、ちょっと勢い早くない?潰れても知らないよ~・・・。

 その時、ヤシの林の方から、

異人父:イェレコー!!コバーンワ!!ラーズサン!ワダーシ来タヨ~~~!
    ワッハッハッハッハ~~~~~!!オー!!イイ匂イデ~ス!

トォニイ:コバーンワ!!来タヨ~~~!!イイ匂イデ~ス!!

異人母:コ・・・コンバンワ・・・デ、イイデスカ~?(#^_^#)

 と、異人さんの家族がやって来ました。3歳のトォニイは真似しん坊です。ちょっとだけ言葉が上達しています。

ラーズ:ピエトリさん!トォニイ君!え、と・・・マードリさん?イエルカに
    行ったんじゃないんですか?

異人父:ハイ、行ッタデ~ス。デモ~、シーゴウ(シグル)サンイイ人ネ~!
    ワーダシ、最初ノ村行キタイ言ッタラ許可クレマーシタ!!ワーダシ
    貴方イルトコ来タカッタネ~!!

ラーズ:えっ?でもそれじゃあイエルカにいらっしゃればよかったのに・・・。
    僕は明後日にはイエルカに帰りますから・・・。

異人父:アアアアアアアアアア~~~~~~~~~~!!!!!!∫(TOT)∫

トォニイ:ピエトリー・・・(__;)

異人母:アナタ、マタ外シマシタネ・・・(´ヘ`;)

 異人父さんはがっくりとうなだれて、砂の上に四つん這いになっています。「夜明けのスキャット」がよく似合いそうな感じです。

マジャホ:まあ、まあ、そうしょげにゃーで、メシょう(飯を)喰わざあよ?
     な?

 マジャホが串に刺した魚を勧めると、異人父さんはとっさに丸太に腰掛け、「イタダキマス!」
と手を合わせています。

リク:立ち直り早っ!

マガン:おいスクナ!用が済んだらお前も飲め!!

ラーズ:(来たーーーーーーーーーーーッ!!)

 下戸のラーズはとっさに走って逃げようとしましたが、マガンが
「おぉ~~~~うっ!!何だ何だ!!俺の酒が飲めねえってのかあ!!」
 と言って素焼きの酒瓶を持って迫って来ました。
 そして酔っぱらったカダージが、
「兄(あに)さんが飲めっていうんだからさ、ねっ?・・・おとなしく頂戴したらいいんじゃないのぉ!!」
 と後ろからラーズを羽交い締めにして捕らえました。

ラーズ:こらっ!やめろ~、この酔っ払いども!放せっ!放せってば!!

マガン:でかした変態!その手を放すんじゃないぞ~~~!

カダージ:合点だ兄貴ィ!

 マガンがラーズに「ほれほれ」と酒瓶を差し出して来ます。必死で顔を背けていましたが、「往生際の悪いヤツだな~!オラッ!飲めっ!」と、マガンに両のほっぺたを鷲掴みにされ、口が開いた所へ大量の酒を流し込まれました。

 普段、全く飲まないのに極端に強い酒を一気に飲まされてしまった結果、猛烈な不快感に襲われたラーズは、居ても立ってもいられなくなり「おえええ~!ぐええええ~!」と叫び、クルクル回転したり、飛び跳ねたりしながらどこかへ行ってしまいました。

 酔っ払い二人にはラーズの姿が可笑しくてたまらないらしく、大声でゲラゲラ笑いながらもとの丸太に腰掛けて、また飲み始めました。

 するとそこに、ミギワ、シレン、マナがやって来ました。

ミギワ:変態君飲んでる~?あ~!すっかり出来上がってるね~。

カダージ:はい~、頂いてます~・・・。

シレン:へ~~~っ!変態君って結構いける口なんだ~。

マナ:変態君、そんなに飲んで平気なの?

カダージ:お嬢さん方、この度は大ッ変にご迷惑をおかけ致しました。本ッ当
     ~~~~に反省してます。反省してますから・・・「変態君」と呼
     ぶのだけはやめてもらえないでしょうか~~?

マナ:あ、そっか・・・へへへ(^_^)\

シレン:じゃあ何て呼んだらいいの?

カダージ:カダージです。(日本人だったら“健児”みたいな感じです)

ミギワ:カダージ君か・・・、呼びにくいなぁ~。

マナ:そうね~・・・。

カダージ:え~っ!?そんなに難しい名前じゃないですよね?

マナ:そうじゃないのよ・・・(^^ゞそれがね~、貴方のお母さんはシムカの人
   だから知らないと思うけど・・・。

シレン:そうそう・・・、もう若い人達はあんまり言わないんだけどね、こ
    の辺のネグリトの言葉に「かだうじ」って言葉があるのよ。

カダージ:「かだうじ」・・・?それはまた・・・?

ミギワ:ちょっと言いづらいよね?

マナ・シレン:ね~・・・。

 すると、両手に車エビの塩焼きの串を持って、踊る様な足取りでラーズが近づいて来ました。後ろからはリクが「おい!一本よこせよ!それは俺んだ!」と言いながら追いかけて来ます。

ラーズ:ニャハハ~~~!!「かだうじ」って言うのはね~「ろくでなし」っ
    てことだよ~!!ギャハハハハハハハハハ!!\(^◇^)/・・・
・ ・・うっ!(゛゛)・・・おええええええ~~~~~~!!!!!!

 悪酔いしたラーズは派手に噴水の様なゲロを吐くと、ムドラを発現させて、空に向かって光の矢を放ちました。

ミュカレ:おお!綺麗じゃの~・・・ほっほっほっ・・・。

ラーズ:おおっ!老師・・・そうでふか?綺麗でふか?では至近距離で御覧
    くらはい・・・ウイッ!

 今度は水平に光の矢を放ちました。

リク:老師!あれって当たると死ぬんですか?

ミュカレ:いや、本人がその気にならなければ殺傷能力はないが・・・当たる
     と角材で殴られたくらい痛いかもしれんの・・・あ、それ。

 ミュカレは竜の紋章の様な光の楯を発現させて、光の矢を弾き飛ばしています。

リク:ラーズよせっ!危ねえじゃねえかこのヤロー!「ろくでなし」はお前だ
   よ!

ラーズ:「ろくでなし~」?おお~!結構結構!!ほんじゃこれはどうだ!?

 ラーズは頭でブリッジする様な格好でネズミ花火の様に滅多やたらに光の矢を放ちまくりました。

 浜にいた人達は必死で光の矢を避けています。恐怖の面持ちで逃げる人、はしゃいでいる人・・・、浜辺にはしばらくの間、悲鳴とも歓声ともつかない声が響き渡っていました。

 やがてラーズは「おえっ!」という声とともに動かなくなり、浜に平和が訪れました。
 昼間の傷口が開いた様で帽子に血が滲み始めました。

 浜を恐怖のズンドコに陥れる原因を作った酔っ払い二人も、この騒ぎですっかり酔いから醒めてしまいました。

 シレン:普段全然飲まないから解らなかったけど、あんたのお兄ちゃんって
     酔うとタチ悪いね~。

マナ:・・・(▼▼メ)あのバカ兄貴、あとで殺す!

リク:これ、まだ食えるかな~~~・・・?

 リクはラーズが落とした車エビの砂を払いながら、じっと眺めていました。

つづく

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