第七章~胎動



 シグルは自分の執務室の窓際に立って、遠い目で遙か彼方を眺めていました。そして「ふぅ・・・」と、溜息を一つつくと目頭の辺りを軽く揉んで机に向かい、木皮紙に何かを綴り始めました。

 一方、城塞の一角にある拘置所では、例の黒装束の兵士六人が、甲冑を外されネズミ色の囚人服姿で拘留されていました。殺気だった表情は既に消え、皆憑き物が堕ちたように穏やかな表情をしています。いずれも掌陽観の効果ですが、尋問に言葉が要らないので身元の確認は非常にスムーズに行われました。

 そこでシグルが見た物は、国籍不明の黒い動力船が、大西洋の向こうの大陸にあった国々を襲い、殺戮と略奪を繰り返している光景でした。
 燃え盛る街、逃げまどう人々、倒れている両親の側で泣いている幼子の姿、
老人や抵抗勢力になりそうな年齢の男達は全て惨殺されました。若い女性は慰み者にされた後に殺され、遺体は海に投げ捨てられました。思わず目を覆いたくなる凄惨さに、シグルは胸が押し潰されそうになりました。

 抵抗できない、言葉さえ失った子ども達が奴隷として連れ去られ、黒い船団はそうやって侵略の度に戦力を補充し、当初5隻だった船団は7隻、10隻、25隻と次第に膨れ上がって行きました。 

 そして彼らもまた、未知の大陸で拉致された子どもであり、成長の過程で薬物と催眠による洗脳を受け、大人になった今は消耗品の様に扱われる奴隷兵士となっていたのです。

 彼らは今、その洗脳から解き放たれ、消耗品から一人の人間に戻ったのです。

兵士A:なあ、これからどうするよ?

兵士C:ん~?さて・・・どうしたもんかな?

操縦士B:隊の掟は失敗には死を・・・だしなぁ

操縦士A:ああ、どうせ隊に戻っても殺されるだけだよな・・・。

操縦士C:・・・(‐_‐)

兵士B:さっきの人(シグル)、また来るかな・・・? 

兵士A:何だ?何か用でもあるのか?

兵士B:うん、まあね・・・。そうだ、みんなにも聞いて欲しいんだけど・・・。

他5人:「何だよ・・・」「何を聞けって?」「お~?」「・・・ (‐_‐)」
   「話って何だ?」

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 しばらくして、謁見の間においては国王に拝謁したシグルが黒装束の狂戦士と接見したことについて報告をしていました。

国王:おお・・・、その様なことが・・・、誠に痛ましいことだな。

シグル:はい、あまりの凄惨さに思わず言葉を失いました。

国王:その兵士達は今、どうしておる?

シグル:はい、今は拘置所におります。もう狂戦士に戻ることはないと思われ
    ますが・・・。

国王:そうか・・・、残る詮議が済んだらマグオーリに移送、船を一艘与え釈
   放すると伝える様テオに言ってくれ。

シグル:はい。

国王:時にシグル、あれ(娘)に寂しい思いをさせておる様なことはないか?
   もう2カ月もすれば子も生まれようて。心細い思いをしておらぬかと心
   配でな・・・。はは、親バカと笑うてくれてもかまわんよ。

シグル:いえ、そんな・・・、しかし、ここのところ執務室に入り浸りで、ま
    ともに顔を見ない日もありましたので。今日は帰ってゆっくり語らう
    ことに致します。

国王:済まんな。あれも数奇な運命に晒された子じゃ・・・、あまり辛い思い
   はさせとうないでな・・・。

シグル:はい。ご心配をおかけ致し、申し訳ございません。

国王:あ、そうだ・・・。1人ではなにかと大変じゃろう?セージの助手を置
   いたらどうかと思うのだが、誰ぞおらぬのか?

シグル:シャルマンの中に楽しみな者が2名ほどおります。どちらも傑出した
    才能の持ち主ですが行政官として採用するにはやや不安な点がありま
    して・・・。もう少し成長を見守りたく存じます。

国王:うむ、そうか・・・、まあ、私としてはあれと仲良うしてくれたらそれ
   で良いのだ。頼むぞ。

 そう言うと国王は青銅の大扉の奥に退座し、シグルは跪(ひざまづ)いて見送りました。

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 イエルカ第96代国王、オースィラ・エゼキエル7世王は51才、王妃はすでにみまかられ、今は第1王女ラニーニア、第2王女アヤ、第3王女のアスタリテの4人家族です。

 第1王女のラニーニアは23才独身、王位継承者に相応しいお婿さんを募集中です。日本人なら“乙女”という感じの名前です。
 第2王女のアヤは21才独身、同じアムリア評議会加盟国の第2王子と縁談があるとかないとか、名前の意味は日本人なら“遙”という感じです。
 第3王女のアスタリテは18才、“宵の明星”を意味する名前でシグルの奥さんです。2人のお姉さんが彫りの深い、アラビアンナイトに出てきそうな美人だとすれば、アスタリテは顔の凹凸がややフラットというかなんというか・・・、のキュートな王女様です。
 そしてお姉さん達の見た目と実年齢・・・と対比すると、アスタリテは18才という実年齢よりやや幼く見えます。

 風貌の話題になったついでですが、シグルは子供の頃、女の子と間違えられたこともあるくらい男臭さを感じさせない中性的な雰囲気を醸し出していました。26才になった今でもその面影は色濃く残っています。
 そしてどこか憂いを帯びた表情は燦然と輝く太陽というよりは静かに夜空を渡る月影といったイメージの方がぴったりかも知れません。

 第3王女がなぜ長女・次女を差し置いて、それも王位継承権のないシグルにお嫁入りしたのか?アスタリテがシグルを見初めたというのも理由の一つですが、これには更に王様の深い配慮があったのです・・・が、詳細についてはまた後の機会に致します。

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 謁見の間を後にしたシグルはテオとともに、王様のお達しを元・兵士達に伝えるべく拘置所に向かいました。

テオ:(君たちへの聴取はこれで終了だ、陛下よりマグオーリに移送後、船
   を一艘与え、釈放せよとのお言葉を賜った、もうすぐ自由の身だ。

兵士B:(実はそれについて、みんなと話し合ったんですが・・・)

兵士A:(俺達、もう隊へ戻るつもりはありません。戻っても殺されるだけだ
    し、どこかに逃げても脱走兵として追われる身になるだけですから)

操縦士A:(だから、同じ死ぬなら狂戦士や脱走兵として犬死にするより、人
     の役に立って死にたいと考えたんです)

操縦士C:(・・・(・・)(。。)(・・)(。。))

兵士C:(そっちにいるその人(シグル)は、俺達を使い捨て兵器から人間に
    戻してくれました。だからお役に立ちたいんです)

兵士B:(俺達を人間扱いしてくれた人がいるこの国を守りたいんです。戦鬼
    帝国5万の兵力と対峙するにはホント微々たるものですけど、衛兵と
    して使ってもらえないでしょうか?)

テオ:(君達・・・)

操縦士B:(御願いします!)

兵士達:(御願いします!!)

シグル:テオ大兄、彼らはなんと・・・?

テオ:シグル大兄、帰りが遅くなって申し訳ないがもう一度陛下に御出駕を賜
   らねばならなくなった。元老院の方は私に任せてくれ。彼らは我が国の
   衛兵に志願するそうだ。・・・君への感謝の気持ちだそうだ。(^_^)

シグル:(O.O;)?

つづく

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