外伝~イエルカ興国譚



 それはまだユートムの遺跡が活気に満ちた都市だった頃、朝日を背に受けて東の方角から旅の若者がふらりとやって来ました。

 若者は「スクナヒコ」と名乗る、青みを帯びた黒髪と漆黒の瞳とクリーム色の肌を持つ、ちょっと神秘的な雰囲気の少年でした。

 若者は右手の甲に鷹羽根の矢、左手の甲に梓弓、胸にダルマチャクラの様な刺青をしていました。

 少年は「アスカ(極東)世界にあった私の故郷は火山の大噴火で滅んでしまいました。今は仲間ともはぐれ流浪の身です。水も食糧も底をつき難儀しています。この銀貨で買えるだけの水と食糧を頂けないでしょうか」と朝市の店主に持ちかけました。すると・・・。

店主:これは神の思し召しなのでしょうか・・・、おい!誰か神殿のサリエス
   様にお知らせするんだ!早く!

奉公人:はい!ただ今!・・・これは凄いことになったぞ~!!

スクナヒコ:こんな銀貨がそんなに価値があるものなんでしょうか?じゃあこ
      のパンと干し肉をこの袋一杯に下さい。それじゃ銀貨ここに置き
      ますね。水はそこの井戸のを頂いて行ってよろしいでしょうか?

店主:いや、ちょっとお待ちを!間もなくサリエス様がお見えになりますから。

スクナヒコ:いえ、水と食糧を必要なだけ頂ければ結構です。銀貨の鑑定はお
      好きな様にして頂ければ・・・。

店主:いえ、銀貨なんてどうでもいいんです。貴方様はやはり・・・、ええと
   どうにも巧く説明ができませんので、サリエス様がお見えになるまで暫
   しお待ちを!!はい!!

 早々に立ち去ろうとしたスクナヒコと店主のやりとりを見ていた朝市の客も商人達も続々と集まって来ました。そしてスクナヒコを取り囲み「おお~!神は我等を見捨てなかった!」「祈りがこんなに早く通じるなんて!」「ありがとうございます!ありがとうございます!」と言っています。中には泣いてひれ伏す人までいました。

 スクナヒコが唖然として目をパチクリしていると、神殿から駆けつけて来た「サリエス」という名の神子が満面の笑みを湛え、「奇蹟だ!各々方!喜び召されい!イヤヌス神様に続いて3柱神のお一人であるシバ神様までが再び降臨されましたぞ!」と叫びました。 

 神子は星の運行を見て吉凶を占うシャーマンであるとともに、かつてこの世界に文明をもたらした「3柱神」の事跡を今に伝える語り部でもありました。辺りは割れんばかりの拍手の音と歓声に包まれました。

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 それはまだルーテシア世界に文明社会が存在しなかった頃、現在イエルカの王都がある近辺には実り豊かな森に囲まれた楽園がありました。人々は豊かな森の実りを採集したり、そこに住む獣を狩って暮らしていました。

 ある夏の暑い日、森の一角に隕石が落ち「捕食者」と呼ばれる異形の者達が現れ、夜な夜な少年少女がさらわれて、翌朝、脳を喰われた遺体となって発見される事件が相次ぎました。

 人々は槍や棍棒を手にとって退治に乗り出しましたが、目にもとまらぬ早業で木から木へ飛び移り、怪光線で攻撃して来る「捕食者」の返り討ちにあってしまい、新たな犠牲者を生むだけでついに捕らえることはできませんでした。

 人々は「捕食者」の脅威から逃れるために森を出て近からず遠からずの草原に移住を開始しました。草原ならば、「捕食者」が飛び移るための木々が無く見通しがいいからです。

 しかし「捕食者」は餌である人間を求め、草原まで追って来ました。樹上生活者と思っていた「捕食者」は地上でも猛スピードで走り回ることができたのです。

 ところがどういう訳か「捕食者」達は、秋の訪れとともに姿を消しました。
そして翌年の夏の訪れとともに再び猛威を振るい始めたのです。

 暑い夏が訪れる度に襲って来る怪物の恐怖に人々は祖霊に救いを求めて祈り続けましたが霊験は一向に現れず、犠牲者は後を絶ちませんでした。

 そんな折り、西の上空から光り輝く船が森に不時着しました。船に乗っていたのはそれぞれ風貌が違う3人の若者でした。

 年長者と思しき「アムリル」は茶褐色の髪に鳶色の瞳を持つすらりとした長身の青年、「イヤヌス」は黄銅色の髪に碧の目と赤みを帯びた白い肌を持つ筋骨隆々の巨漢、最年少と思しき「シバ」は紺色の髪に漆黒の瞳、クリーム色の肌を持つ小柄な少年でした。

 人なつこい3人の若者に村人達もすぐに胸襟を開き、寝食をともにする様になりました。

 3人の若者は村人達への御礼にとアムリルは「天文・気象学」「潅漑農業」「土木・建築技術」を教え、イヤヌスは「造船技術」「航海術」「漁網」を教え、シバは「武術」「音楽」「舞踊」を教えました。

 生活環境の向上は人口の増加を呼び、森の東側を流れる大河の畔に「グ・エディン」という名の都市を築きました。それは統一された規格で切り出された石灰岩を用いた、碁盤の目の様な美しい計画都市でした。

 難破した船のエンジンを取り出して町の地下に据え、上下水道・製粉所・運河の水門の開閉・夜の町を照らす除夜灯の動力源に利用しました。

 新石器時代の集落に一気に近代都市国家が誕生したのです。

 さらに若者達は暑い夏の日になると現れ、人々を苦しめて来た「捕食者」の話を聞くや、進んで退治を買って出ました。

 自分達が数百人がかりでも全く歯が立たず、多くの犠牲者が出たのだからやめておけ、と人々は忠告したのですが、3人の若者はそれぞれが持つ奇妙な兵器で「捕食者」達をあっという間に退治してしまいました。

 火を噴いて飛ぶ鋼鉄の槍、雷光を放つ錫杖、標的を射抜く光の矢・・・。街の人々はこの兄弟が持つ兵器の威力に度肝を抜かれました。

 一敗地にまみれた「捕食者」達は、今際の際に呪いをかけて息絶えました。彼らが自爆した時、まばゆい閃光が煌めき、小さなキノコ雲が立ち上りました。

 程なくして森の木々は枯れ、村人達の中に、脱毛や歯茎からの出血、全身の発疹などの症状を訴える者が現れました。

 3人の若者は、身につけた鎧の効果か何事もなかった様にピンピンしていましたが、村人は「捕食者」達が今際の際に放った毒に蝕まれ、次々と倒れて行きました。

 しかし、3人が村人達に茶色く苦い液体を飲ませると、病の進行はぴたりと止まりそれ以後発病する者もいなくなりました。

 3人の若者は汚染された「グ・エディン」を捨て、南西の方角の半島に新たな都市「ユートム」を築き、人々を引き連れて移住しました。

 民衆は3人の若者が持つ技術を「魔法」「神通力」、彼らを「祖霊が遣わした神」だと思い、深く敬う様になりました

 やがて年長者のアムリルは「鎮守の神」としてユートムの最奥部に建造された神殿の奥に暮らす様になりましたが、畏敬の対象として人々と隔絶した暮らしを嫌ったイヤヌスは西のミズガルド世界へ、シバは南西のアファール大陸へと旅立って行きました。

 それから1200年の時が流れ、ユートムが幾度目かの爛熟機を迎えた頃、「アムリル神」は静かに息を引き取りました。彼らの感覚でいう80年の天寿を全うしたのです。

彼達は「エディン」という公転周期が20年の星から王位継承のゴタゴタを逃れてやって来た異星人で、彼らが築いた「グ・エディン」は「遙かなエディン」という意味だった様です。

 地球時間でいう1600年余の人生の中で、多くの妻を娶りさらに多くの子宝に恵まれましたが、アムリルから見ればどんなに愛しい伴侶だったとしても、80年そこそこの寿命しか持たない人間は皆あっという間に死んでしまいます。

 アムリルの血を引く子供達も1000年生きる者は皆無で、孫に至っては400~500年、曾孫になると200年前後で急速に年を取り、世を去って行きました。

 周囲の人間と比べて長すぎる寿命を持つ故に「神」もまた孤独でした。

 「随分待たせてしまったがこれで妻や子らの許へ行ける」

寿命の短い種族ながら精一杯生きる人間達、長寿故に伴侶と釣り合わぬ寿命に苦しんだ愛児達の生と死を見つめ続けて来た「神」は、自らの死をも莞爾と微笑んで受け入れました。

 不死と思っていた神にも寿命がある・・・「ユートム」の民衆に衝撃が走りました。・・・神の加護を失った我等はどうなる?という不安が町を覆ったこともありました。

 しかし、アムリルの残した文明という遺産によって豊かな暮らしを享受するうち、人々の嘆きも不安も次第に薄れて行きました。

「ユートム」の人口はやがて3万人を超え、ここで食い詰めた人達は新天地を求めてアムナス湾の沿岸に「ユートム」を模倣した計画都市を築きました。

 「アムリル神」の伝承が伝説になり、やがて神話に変わる頃、あの神々が退治したはずの「捕食者」達が再び現れ、銀色のスーツを身に纏い、重力を無視した様に滑空しながら腕の突起から熱線を放ったり、炸裂する矢を放ってユートムの街を襲撃する様になりました。

 遠い先祖が祖霊に祈って神々の降臨を得たことに習い、人々は3柱の神々に祈りを捧げました。

 そんな折りに、3柱神の一人によく似た風貌の若者がひょっこり現れたのですから、ユートムの人々の喜びようと来たら、それはもう大変なものでした。

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 スクナヒコは案内された神殿の最奥部に、故郷の鎮守の神にそっくりな壁画があるのを見て仰天しました。

スクナヒコ:何でオッキルムイ様の壁画がここに?真ん中と左端の方は?

サリエス:これは我らアムリアの民に文明をもたらした3柱神様です。真ん中
     が天地の神アムリル様、右側が雷帝神シバ様、左側が海神イヤヌス
     様です。

 そして奥の広間では、黄銅色の髪と碧眼の女性が上げ膳据え膳の歓待を受けているところでした。女性は「なんで私が・・」という表情をして、固まっていました。

 女性の名は「ジョカ」

 海進現象による大津波で沈んでしまった大オアンネス島の末裔で、遠く故郷を離れセレネイド山脈を越え、ルーテシア海沿岸を東へ進み、ラナリット高原を越えてこの地に辿り着いたところを街の人々に拉致(?)され、ここに軟禁(?)されたと思い込んでいる様です。

スクナヒコ:貴女もですか?私はパンと水が欲しかっただけなのにこうして神
      様に祭り上げられてしまいました。・・・え、と、申し遅れまし
      た。トヨツクニ村のスクナヒコと言います。もっともトヨツクニ
      村は今頃火山灰に埋もれているでしょうけど・・・。

ジョカ:私はジョカと言います。私の故郷オアンネスは大津波でミズガルド海
    に沈んでしまいました。私の仲間がこの大陸に上陸して東に向かった
    と聞いたのでここまで来たのですが・・・。訳がわからなくて途方に
    暮れていたところです。

 街の人々は、何やら親しげに話している(様に見えるだけの)2人を見て、
「やっぱり!・・・あとはアムリル様の再臨を待つのみだ」と確信(甚だしい勘違い)を深めたのでした。

つづく



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