第八章~若公達3 “称号獲得・後編”



 もとはイムラントだったこの国の名前がイエルカに変わったのは、建国から270年ほど経過したイエルカ3世の治世の時です。国名の「イエルカ」は初代国王への敬意を表したものではなく、イエルカ3世自身の名前を後世に残すためのもので、世はまるで熱に浮かされた様なバブル景気に湧いた栄耀栄華と退廃を極めた時代でした。

 王都のニンファ神殿(北極星を天帝として祀っています)に描かれたスクナヒコの肖像はこの時代に黄色人種から白人種に、猿系の顔は超2枚目に、黒髪は茶褐色の髪に描き替えられ、名前もイエルカ3世の幼名と同じ「ラルーサ」に改ざんされました。

 この頃から有色人種を蔑む風潮が見え始め、王都の有力者が住む第1市街を高さ10mの貯水槽で囲い、一般市民はこの貯水槽の外に追いやられ第2市街が形成されました。やがて第2市街も貯水槽で囲われ、有色人種達は王都市民の召使いにでもならない限り王都に立ち入ることができなくなりました。

 現在の国王は、初代国王の「政経済民(安定した公正な政治を行って、経済を活性化させ民の暮らしを豊かにする)」の思想を再び掲げ、かつてこの地に芽生えた理想国家を復興したいと願っています。

 でも、その治世は年若き初代国王の傍らにいた知恵袋であるサリエスの、
「国造りは家造りに似ています。住み心地がよければいつまでもいたいと思うし、何かあったら体を張って守ろうとします。逆に居心地が悪ければすぐに去ってしまうものです。だから民が住み心地の良い国を造れば、その国は万代まで栄えるのです」
という言葉をそのまま実行したまでのことです。

 かつて自分を支えてくれた人が、生まれ変わって過去の自分の政策を支持してくれている。そんな不思議な巡り合わせに喜んだり、「あ、でもそれって結局、陛下は1200年前の御自身の理想を実現しようとしてるってことなのか?」なんてことを考えながらシグルはニヤニヤ笑ってしまいました。彼のことを知らない人にはアブナい人に見えたことでしょう。

 その時、多種多様な民族が肩を寄せ合い、活き活きと暮らしていた黎明期のイムラントの風景がふとシグルの脳裏を過ぎりました。

 10歳のイエルカが通りを行き交う人々を眺めています。

彼の目には手を繋いで通りを歩く親子連れが・・・、公園で蹴鞠(けまり)に興じる父と子が・・・、芝生に腰掛け母親の手作りのパンをほおばる子どもが見えていました。

「僕もお父さんと蹴鞠がしたい・・・、僕もお母さんの焼いたパンが食べたい。英雄とか女傑なんかじゃなくていいから・・・、普通の人でいいから生きてるお父さんお母さんのそばにいたい・・・でもそんなこと言ったら今の父さんや母さんに悪いしな・・・」

10歳のイエルカはじっと孤独に耐えていました。

 それに続いて見えたビジョンは、

息子を一人残して死んでしまったこと、妻を巻き添えにしてしまったことを悔いて泣くスクナヒコの霊の姿でした。それは英雄だとか神の使徒ではない、普通のお父さんの姿でした。

「こんなことならせめてもう一度だけイエルカを抱きしめておけばよかった・・・。なんであの時怪物の前に飛び出しちゃったかなぁ・・・(´ヘ`;)」

「ジョカは俺なんかと一緒で幸せだったんだろうか?」

「今度生まれ変わったら、もしもの時には真っ先に“逃げよう!”って言える人になるぞ!そしてみんなと一緒に地の果てまで逃げたらそこで幸せに暮らすんだ。でも俺ツイてないからな~・・・無理かなぁ?」

 次に見えて来たのは、

「貴方ってホントにバカなんだから・・・でも、いいんですよ・・・私は貴方から家族の温かさと安らぎを教えてもらいましたから・・・」

そういって微笑みながら消えていったジョカの姿でした。

そして次に見えてきたビジョンはどこか遠い星の、大きな森の中で、小枝と枯れ草で編んだ巣の中から頭に水色の飾り羽があるオスと、薄紅色のメスの翼竜を見上げている2羽の雛がいて、そのうちの1羽が自分であるという記憶と、幸せに暮らしていたこの親子を襲った悲劇についてでした。

 今、学長の前に傅いたラーズを見て、

(いつも引かなくていいはずの貧乏くじを引いて来たんだなぁ。そんな不器用な人に結果としていつも守ってもらってたんだ・・・。だったら今度は私が守る番だな)

 今回の掌陽観では見えませんでしたが、ひょっとしたら22年前のティアマト内乱の折りにシグルを庇って死んだアズール人の“ラーズ”も、このラーズなんじゃないか?・・・と思っていたシグルは心の中でそう呟いていました。

「・・・先生、シグル先生」

ぼんやりと考えごとをしていたシグルは隣から呼びかける女性の声に「はっ!」と我に帰りました。声をかけたのはテオの奥方で宮廷医師のミフューレでした。

ミフューレ:先生、魂が半分はみ出てましたよ。

シグル:えっ!?((◎-◎;)ドキッ!!)

ミフューレ:冗談ですよ。((^^)クスクス)

 宮廷医師などというお堅い仕事をしている割に、ミフューレはよく笑う気さくな女性です。

ミフューレ:でもいよいよですね~・・・。アモリ人やアズール人以外の外国
      人の卒業生はラーズ君が初めてなんですって。一昔前はすごく閉
      鎖的だったアカデミーも変わりましたね~・・・。この調子でも
      っともっと風通しのいい国になってくれるといいですね。

シグル:ええ、本当に・・・。

「そう願いたいものだ・・・」シグルは心からそう思いました。

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 2年ほど前、国王に謁見した時のことです。

国王:ネグリトやダスユと言った蔑称は撤廃の方向へ持っていきたいものだ。
   彼らには出自に応じた民族名を名乗ることと、第2市街までなら自由な
   立ち入りを許そうと思うのだが、どう思う? 

シグル:私も賛成です。シジムの漁師や海女達は朗らかで温かい人達です。
    クリオ鉱山の労働者達も勤勉で真面目です。・・・ただ「黒い者」へ
    の嫌悪や恐怖には未だ根強いものがあります故、一朝一夕には・・・。

    国王:う~ん・・・悪魔竜アジ・ダハーカか。

シグル:ただ、「興国の祖ラルーサ」の正体も「スクナヒコ」という有色人種
    の青年ですし・・・、ニンファ神殿の地下で発見された3柱神と並
    座する「小麦色の肌の女神」の正体が判明すれば事態は変わって来る
    かも知れません。

この頃のシグルはまだ、地下神殿で発見されたその「スクナヒコ」が自分のかつての父で、あのラーズだとは夢にも思っていませんでした。


国王:うむ、イエルカ3世が意図的に屠(ほふ)ってしまった謎の女神と興国
   の祖か・・・。あの隔壁を取り払ったらあんなに広い地下神殿が出てく
   るとはな・・・。あそこまで徹底して史実を隠蔽しようとする執情には
   私も慄然としたよ。ティアマトからトクラ族が姿を消したのもこの時期
   だったな・・・。どんな民族だったのか・・・。イエルカ3世がおかし
   なことをしていなければよいがな・・・。

シグル:・・・。

 シグルにはイエルカ3世が雇った傭兵団が彼らの郷に火を放って放逐する光景と、燃え盛る郷の方角を振り返って、一筋の涙を流し逃げて行く少女の顔や、「何故?我等は朋友ではなかったのか?」と呟いて凶刃に倒れた老人の苦悶の表情、「今日、我が民が流した血はいつかアムリアの民の血で贖わせてやるぞ」と血の涙を流す若い族長の顔が見えていました・・・そして国王のすぐ側にその末裔がいることも知っていましたが、
「この国王がそれを知れば、きっと心を痛め、床に伏してしまうかもしれない」そんな気がしたので何も言えませんでした。

国王: いずれにせよ我々の血の起源や「興国の祖」に有色人種が深く関わっ
   ていることが証明されたら詔を発して広く国民に伝えることにしよう。
   時間はかかるかも知れんがいつか下らん差別もなくなることだろうよ。
・ ・・時々夢に見るのだよ。他愛もない夢と言ってしまえばそれま
   でなのかも知れないがね・・・。
その夢では色とりどりの民族衣装を着たさまざまな民族が、秋の大収
   穫を共に喜んで酒を酌み交わしたり、歌ったり、踊ったりしているんだ。
    かつてこの世界にあった光景なのか、それともこの国の未来の姿なの
   か、それとも遠い国の出来事なのか・・・。いずれにせよ、笑顔と歌声
   に溢れたこの世界こそ私の思い描く理想郷なのだよ・・・。

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 「私は良い主君に仕えることが出来た・・・。裏面史には血塗られた過去があるが、この国王を奉戴している限りこの国は良い国に生まれ変わるだろう・・・。トクラ族の末裔も少なくとも2人はこの国にいる。彼女らを守ることで贖罪になるだろうか?」

 シグルが再び魂をはみ出させながらこんなことを考えていると、ラーズに帽子を被せようとした学長が「うっ!!」と短く叫んで口を押さえ、腹を抱えて蹲りました。

 今年78才の学長の身体に異変が・・・!?まさか心臓発作?腸閉塞!?
教諭陣も在校生達も色めき立ち、場内が騒然としていました。・・・そして次の瞬間・・・。

 「くっくっくっくっくっくっくっく・・・」と低周波の様な音が聞こえてきたかと思うと「あ~~~~~~っはっはっはっはっはぁ~~~~~!!!」と爆笑する学長の声が講堂内に響き渡りました。

 壇上には真っ赤な顔で肩をぷるぷると振るわせて蹲っているラーズと、それを指差してヒーヒー肩で息をしながら笑っている学長の姿がありました。

テオ・シグル:あっ!!!!

学長:き・・・君は、くっくっくっくっ・・・私をっ・・・はぁ~っ、はぁ~
   っ、殺す気かね・・・いや・・・こりゃたまらん!!

 さしもの大賢者も「かりあげボンバー」には勝てなかった様です。

ラーズ:ぶぇ~つ~にぃ~!好きでしてんのとちゃうわい!!凸(▼▼メ)

在校生A:何だアレ!!?(^▽^

在校生B:ビロードの様な後ろ頭!!(゛゛)

在校生C:皿載せたらカッパじゃねーか!!!何考えてんだあいつ!?

 講堂内の在校生も一斉に「どっ!」と笑いだし厳粛なはずの戴帽式がこんな形で終わろうとは・・・、しかもイエルカ最期の戴帽式が・・・。

 しかし、さすがエミス・サリエス(大賢者)の呼び声高き学長のシャーディーも気を取り直して最後を締めくくりました。

学長:今、ここに2人のセージ(識者)が誕生しました。一人は観星官補とし
   て政務に汗を流し、いま一人は医師として領民を慈しみ、癒すことを職
   務として精励して頂くことになります。殊にダルヒム君は入学以来、試
   験は全科目満点という秀才で、ラーズ君は隣国ティアマトの民を除くと
   初の外国人の卒業生ということになり、17才10ヶ月での卒業は、シ
   グル先生の17才8ヶ月に次いで史上2番目に早い卒業ということにな
   ります。
    卒業・・・と言ってもこれは当校におけるカリキュラムの終了という
   ことに過ぎず、長い人生における通過点の一つに過ぎません。どうか、
   今後とも諸先輩の許で刻苦勉励され、ますます自己の修練に努められま
   すことをお祈りいたします。

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 史上2番目のスピード出世、しかも出自不明の外国人・・・、となればマスコミが放っておきません。教育ママたちもこれにあやかろうと講堂から出てきたラーズを取り囲みました。

記者A:王都日報のニンフルザクです!ラーズ先生おめでとうございます。

記者B:広報イエルカのラガシュです!今のお気持ちは?

記者C:文化広報局のニドフィリーです!ズバリ勝因は?

ラーズ:この頭です。空気の通りがいいんで超気持ちいいです。冴えまくりで
    すよ。

記者・ママさん連中:おお~~~!! _〆(。。)メモメモ…

ラーズ:(ウソに決まってんだろ!腹抱えて笑ってただろおまいら!!)

・・・でもこの一言で、「かりあげ」や「スキンヘッド」がアカデミーのいたるところで見られるようになりました。・・・ただ、成績が向上したかどうかは・・・?な様です。

つづく


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