第九章~Voyage2



 王宮内の玉座に国王、その前に傅くアヤと脇に控えるシグルの姿がありました。

国王:本当にそれで良いのか?

アヤ:どうぞ、お気になさらないで下さい。お姉様にも申し上げましたが、こ
   れは王家に生まれた者の宿命・・・。国の大事に身体を張るのも王家に
   生まれた者の勤めでございます。・・・アプラサスの国王陛下にもアト
   リ殿下にも、きっとお解り頂けるものと思います。

国王:・・・お前にはいつもそうやって我慢を強いることになってしまうのだ
   な・・・。お前は幼い頃から、姉を気遣い、義妹を気遣い、周囲を気遣
   って来た・・・。
    アプラサスは小国だが王も2人の王子も「質実剛健」を旨としておら
   れる高潔な方々だ・・・。
    ルーテシアは大国だが得体の知れないところがある。
    国政は勺のバトウが実質的に差配していて、メリキニク王もイカル王
   子も表舞台に出て来たことがない・・・。正直どの様な人物か判然とし
   ない。
    余は、お前には、本当に幸せになって欲しいと思っている。たまには
   我が儘を言っても良いのだぞ・・・。

 しかしアヤは静かに首を横に振りました。

国王は再び溜息を吐いて、「・・・済まぬ」と呟きました。

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 第1王女ラニーニアと第2王女のアヤはオースィラ王と、みまかられた皇后メローニアとの間に生まれた娘です。
 第1王女は第一子ということもあって、愛情たっぷりに、大切に大切に育てられました。

 それなのに・・・というべきか、そのせいか・・・と言うべきなのか、人前ではお淑やかに物腰柔らかに振る舞って見せますが、気心知れた相手の前ではワガママ放題の困ったちゃんでした。・・・国王は、「“立つ鳥跡を濁さず”というが、せめて嫁入り前に一つくらい誰かの役に立って欲しいものだ」と願い今回のルーテシア行きを持ちかけてみたのです。

 もしラニーニアがその思いに応えてくれれば「さすがは第1王女。いろいろ悪い評判もあったが、国の大事には見事な覚悟を見せてくれた」と王都の民も思ってくれるだろう・・・という狙いがあったのです。

 でも、やっぱりラニーニアはラニーニアでした。

 また、第3王女のアスタリテですが、彼女は実子ではありません。

 今から17年前に追っ手から逃れるために王都に逃げ込んで来た異邦人の女性と、その胸に抱かれた生後1年程の女の子がいました。

 その立ち居振る舞いからも凛とした表情からも、高い地位にある貴婦人か、特殊技能を持つ権威者の様に見受けられました。

 早速、王府において亡命者として保護されましたが、母親は不思議な文字の置き手紙に小さな金塊をいくつか添えて出奔し、幼子を残したまま行方知れずになってしまいました。

 第3子を流産し床に伏せっていたお后様が、「これも何かの御縁・・・私達の子どもとして育てられないものでしょうか?」と国王に言上したことで、この幼子は第3王女として育てられることになりました。

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 一方、その婿殿のシグルですが、彼は現在無政府状態にあるティアマト連邦のソアール領(アズール人の自治領にある都市国家)出身のアズール人です。

 かつての同盟国のよしみで現在オースィラ王が、勺(関白)のプラサドというエミスサリエス(大賢者)を派遣して治安の回復に全力を上げているところです。

 かつて神官王としてこの都市を治めていたエミスサリエスがシグルの実父、ソルダムです。

 22年前のある日、1人のサリエスが、ティアマト川で沐浴をしている時に妖しい光を放つ奇妙な「水晶ドクロ」を発見して自分の房(道場)に持ち帰りました。

 これを掌に載せて占うと、吉兆は一向に見えませんでしたが凶兆はぴたりと当たり、「百発百中の危険(回避)占い」として噂が噂を呼び、このサリエスは本業よりもサイドビジネスの方で名を上げる様になりました。

 ただ、「あの占い師はだんだん狂気じみて来た」「だんだん顔が爬虫類じみて来た」・・・と言って眉を顰(ひそ)める人々もおりました。

 暫くすると、ソアールの王府近郊では少年少女の「頭をくり貫かれた」様な変死体が見つかる様になり、やがて水晶ドクロを持つサリエスを筆頭とした11人のサリエスが「アンラマンユ」という邪神を奉じて数十人のセージや数百人の聖戦士、数千人の兵士達を「水晶ドクロ」の魔力で洗脳して謀叛を起こしました。

 その時、神官王ソルダムは「水晶ドクロ」の光を浴びても洗脳されなかった僅かの手勢を率いて邪教徒と闘い、7人の悪玉サリエスを成敗しました。双方が多くの戦死者を出す激しい闘いとなりましたが、やがて数で勝る反乱軍が優勢になって来ました。

 神官王が率いる軍勢が敗色濃厚になった頃、かつて聖戦士だったお后のスーリアも刀身に五芒星の紋章を刻んだ長剣を携えて戦場に駆けつけ、共に闘うことを誓いました。

 お后は神殿に一人残ることになる王子の身を案じ、乳母ピロテーサに、

「私達2人にもしものことがあったら王子を連れてイエルカへ亡命する様に」

と命じ、神殿を後にしました。

 しかし、その隙を伺っていた1人の悪玉サリエスが王子の暗殺を企て、神殿に忍び込み、短剣を振りかざして4歳の王子に飛びかかりました。

 その時、2人の間に割って入ったのがピロテーサの息子のラーズでした。

彼はまだセージになったばかりで歳も若く、性格も温厚でしかも回復系の術師でしたので戦闘には全く向いていませんでした。

 ラーズは脇腹を刺されながらも悪党の手首を掴み、ピロテーサに、

「殿下を頼む!早く逃げて!!」

と叫んでいました。

 悪党が、

「どけっ!邪魔だてすると貴様から殺すぞ!」

と悪態を吐いています。更に脇腹を深く刺された様で、

「ぐっ!!」

というラーズの呻き声が聞こえました。

「ラーズ!」

泣きながら声にならない声を上げているピロテーサに、
「母さん早く行って!そんなに持ちこたえられそうにないから!早く!!」

 彼は太腿を刺され転倒させられても、悪党の足首をしっかり掴んで、何度蹴られても決して離しませんでした。

 涙を堪えて走り出したピロテーサと、その背に背負われたシグルが見た、ラーズ最後の姿です。

 ピロテーサはまず国境を接するアモリ人自治領に入り、そこから南隣のエルモを経てイエルカに入りました。
 彼女からこの騒動を聞きつけたアモリ人の傭兵団やエルモの守備隊が神官王側に加勢したため形勢は一気に逆転し、謀叛の首謀者を含む3人の悪党は敗走、神官王側が辛くも勝利する結果となりました。

 しかし、神官王もお后も戦闘時に深手を負い、ついに帰らぬ人となりました。

 また、神殿では若いセージの遺体が発見されました。

 そしてそのすぐ側で足首を粉砕されて絶叫していた悪玉サリエスが捕らえられ、後に処刑されました。

 幼かった神官王の弟、アキームは行方不明になっていて王位の継承者が不在であるためソアールでは無政府状態が22年も続いています。

 そこで、シグルを実の息子の様に思っていたオースィラ王は、

「もし、ソアールの治安が回復して暫定政府が出来たらシグルをソアールに帰してあげよう。その時、イエルカの王女が妻としてシグルの側にあれば、ソアールの民も心強く思ってくれるだろうし、国の再建にも喜んで手を貸してくれることであろう」

・・・という思惑からシグルのもとにアスタリテを嫁がせたのです。

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 第2王女のアヤは、父や病床の母には「余計な心配を掛けない様に」目立ちたがり屋の姉には「私が前に出過ぎない様に、お姉様を引き立たせる様に」と配慮したり、気の毒な身の上の義妹には「継子である負い目を感じさせない様に」・・・と、とにかく小さい頃から気配り上手な優しい子でした。

 「誰かが我慢をしなければならないなら自分が我慢すれば、誰かが辛い思いをしなくて済む。誰かの辛そうな顔を見なくて済む」

 国王が「アヤには本当に幸せになって欲しい」と願う理由はこうしたアヤの性格と行動パターンを知悉していたためでもあります。

 そんな国王にも、たった一つだけ見抜けなかった・・・というか、気づけなかったことがあります。

 それはアヤが胸の奥に秘めた想いでした。

 天真爛漫なアスタリテは義姉のアヤを実の姉の様に慕っていて、心から信頼していましたので、自分がシグルを見初めた時からアヤにその想いを打ち明け、相談を持ちかけていました。

 しかし、アヤもまた心密かに義妹と同じ人に想いを寄せていました。

「もし私の方が先にこの想いを打ち明けていたら・・・」という気持ちが無いわけではありませんでしたが、あまりに真っ直ぐな義妹の思いに、「私だって・・・」の一言が言えないままになっていました。

 だから、アプラサスに行くことも、ルーテシアに行くことも、アヤにとってはそれほど大差がある訳ではありません。

 「彼らの幸せを願うなら、この想いは墓まで持って行こう・・・ルーテシアに行ったらもう二度とシグルにも会うまい・・・」

 悲しく、切ない思いとは裏腹に、どこか安堵にも似た気持ちが交錯しています。

 そんな想いから来るアヤの寂しげな表情を、国王は「イエルカの国益のために自分が“人柱”になろう」という悲壮な決意を固めた故と思っていました。

 そんなアヤがルーテシアに向けてシグルと「山猫旅団」と数名のお供を連れて王都の東門を出発したのは4月19日のことでした。

つづく

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