「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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外伝~思い出は玉葱の香りとともに
4月9日の昼下がり、ラーズがなんだか懐かしい香りがしたような気がして足を止めると、シジムの村の中程を流れる小川の畔で、トォニィのお母さんのジュリエッタが洗濯をしていました。みんなトォニィが「マードリー」と呼んでいたのでこれがこの人の名前だと思っていたのですが、「マードリー=お母さん」という意味だったようです。
ラーズ:こんにちは。・・・お洗濯ですか?
ジュリエッタ :アア、コニーチハ。ソウデス、オ洗濯デース。ウチノヒト「ワキガ
モチ」デ・・・スグ洗ワナイトアチコチ黄バンジャッテ・・・ソレ
ニ夏場ハ傍ニイルダケデチョトキビシーデース!(>_<)
ラーズ:え~?そうですか~?僕はあんまり嫌いじゃないな~、こういう匂
いって。なんか香味野菜みたいで・・・。
そう言いかけた時、あるイメージが浮かんでラーズは“はっ”となり、言葉を失いました。
その時、ラーズの脳裏を過ぎったのは2年前、汚職の咎でマグオーリ総督の座を追われた父とともに、石もて追われるように遙か東方の開拓後間もない金鉱の町「アビス」に引っ越していった少女の顔でした。
造形的には決して美人というわけではありませんでしたが、げっ歯目の(たとえばシマリスみたいな)動物を思わせる顔立ちがとてもチャーミングなその少女は、名前を“シエラ”といいました。
===================================
それはラーズが飛び級によって15歳で2等修道士2回生への進級が決まった学年末のことです。
アカデミーからの認定とはいえ、今一つ自信のなかったラーズは「自分の納得がいくまでマグオーリ分校の夏季と春季の集中講座に通わせて欲しい」とシグルに頼み込みました。
この集中講座は本来マグオーリ分校の学生を対象に行われている、春休みや夏休みの前後6日間ずつを削って必修科目や共通専門科目を重点的に教える特別講座です。
朝から1日につき50分6時限授業で勉強している王都本校の学生に対し、昼間さまざまな職業に就いて働きながら夜間に勉学に励んでいる分校の学生は40分の4時限授業ですからどうしても修業時間が短くなってしまうので、それをカバーするためにこうした講座が設けられていました。
シグルから話を聞いたマグオーリ分校の校長も「それは殊勝な心懸けではありませんか。本校の生徒と机を並べて学べるなんてウチの学生達にもいい刺激になります」と悦んで許可してくれました。
更に、「毎日王都から通うのでは大変だろうから」と、集中講座の間はマグオーリ分校の宿直室に泊まることが出来るよう配慮してくれました。
そして本校の終業式が終わると、ラーズは講座が始まる2日前の土曜日のうちにマグオーリに向かいました。これから通う学舎を見ておきたかったということと、日曜日にはシジムの村まで足を伸ばそうと思っていたからです。
3年ほど前、1泊2日の社会科見学で来た時は王都から片道8時間はかかりましたが、街道の再開発が進んで車道と歩道がきっちり整備し直されていたうえにラーズ自身も背が伸びたこともあって今回は5時間ちょっとで着いてしまいました。
校長先生との面談の予定は午後3時ですが、まだお昼前です。
お昼時ということもあって、港近くの商店街からはいい匂いが漂って来ます。
なんだかお腹も空いてきました。そんな時に目にとまったのが港の弁当屋で売っていた「香味野菜とラム肉のソテーのパン包み」でした。(今で言う「ピターヤ」みたいなものと思って頂ければいいでしょうか)
弁当屋はイートインの様な作りでしたが、折角海辺の町に来たんだからと海が見渡せる場所で食べることにして「持ち帰り」にしました。
防波堤に腰掛け、エンスール灘を眺めながらまだ熱々のパンを頬張ろうとしたその時・・・、
少女:ちょっと僕っ!
ラーズ:わわわっ!
突然の大声に、手に持ったパンを海に落としてしまいました。
“なんだよ~!(T^T)”という心境で振り向くと16~7歳のエプロン姿の少女が立っていました。さっきの弁当屋の奥で一生懸命香味野菜を切ったり炒めたりしていた娘です。
少女:その制服・・・あなた本校のクマル(学童)でしょう?お父さんやお母
さんは?・・・一人でそんなとこ座ってたら危ないでしょう?
王都本校とマグオーリ分校の制服は、どちらも水色のローブですが襟や服の合わせ目にある縁取りの色が王都本校が青なのに対し、分校は紺色です。
ラーズ:(後ろでいきなり大声出すあんたの方が余計に危ないわ!)あのね、
僕はこう見えても9月から2等修道士の2回生なんですけど。
(暫し沈黙ののち・・・)
少女:ええ~~~っ!!??(@△@;)
ラーズ:何?眼が3倍くらいでっかくなってますけど?
で、ついでに言っちゃうと両親はいません。養父母が1組と養母が
1人いるけど。
少女:あら、ごめんなさい。私、知らなくて・・・。てっきり子どもの家出か
と思っちゃった。
この辺はたまに奴隷商人やら盗賊やらが出るから「クマルが一人じゃ
危ないな~」って思ったから。
でも9月から2等修道士の2回生って、あなた私より1コ上なの?全
然そう見えないけど・・・。
ラーズ:えっ?ひょっとして分校の学生さんですか?じゃあ先輩ですね?
少女:私ダブってないわよ。何よ先輩って?
ラーズ:いや、実はまだ15歳になったばかりなんで・・・。
少女:は? ??(。_゜)??・・・。ええっ!?じゃあ2年も飛び級なの?
本校で飛び級なんて凄いじゃない!
ラーズ:いや、全然凄くないです。何かね、掌にオーラで模様が描けるように
なったら「進級」だって・・・。それで僕としてはお兄様お姉様方に
ついて行く自信がなかったから月曜日からの集中講座で3等修道士の
必修科目とか共通専門科目だけでも勉強しようと思って・・・。
少女:そうなんだ。あなた3等修道士のうちにムドラの具現化が出来たんだ~。
やっぱり本校はレベルが違うなぁ・・・。
ねえ、変な心配しなくても大丈夫なんじゃない?3等の2回生なんて
「オーラの具現化」の実地訓練が週3回もあるんだから。あなたもう
必要ないでしょ?
ラーズ:それが・・・、蜂に追いかけられたんで夢中で手を振り回してたら勝
手に紋様が出てたんです。どうして出来たのか自分でも解らなくて、
意図的にできないから困ってるんです。
少女:・・・(--;)ねえ?宿なんかは決まってるの?まさか毎日王都から
通うつもりじゃないでしょう?
ラーズ:おっ、今“スルっ”と“スルー”したな・・・。
(沈黙の天使通過中)
少女:ε-(`へ´;)・・・ねえ、宿は?
ラーズ:“スルっ”と“スルー” ・・・。
少女:(▼曲▼メ)
ラーズ:いやっ・・・(^^ゞ あの、学校の宿直室に・・・。(おおコワ!
冗談通じないんだもんな・・・(O.O;))
少女:え~!そりゃやめといた方がいいわ。煙草臭くて死んじゃうわよ。
ねえ、よかったらウチに来ない?すぐ近くだから・・・。
ラーズ:えっ?でも、そんな・・・何か悪いですよ。
少女:いいからいいから。ちょっと店長に断ってくるね。
ねえ店長~、ちょっとだけウチに戻っていい?すぐ戻って来るから。
店長:あいよ。シエラちゃんここんとこ働きづめだからゆっくりして来ていい
よ。
少女:ありがとう!・・・じゃあ行こっか?
ラーズ:はあ・・・。(それよっか・・・腹減ったな~・・・)
港湾労働者相手の弁当屋で学生の娘を働かせてるなんて、あんまり裕福な家庭ではなさそうだな・・・。港湾労働者かな・・・?そういう家に厄介になるなんて悪いな~。・・・なんて思いながらも少女について行きました・・・。
少女:私はシエラ。あなたは?
ラーズ:ラーズです。
シエラ:ふ~ん、変わった名前ね。外国から来たの?
ラーズ:いや、この辺で生まれたはずなんですけど・・・。名付け親の養母は
ティアマトの人です。
シエラ:ああ、なるほど・・・。
そんなやりとりをしている間に・・・、
シエラ:着いたよ。ここが私の家。
ラーズ:着いたよって、ここ・・・、総督府じゃありませんか。(((゜;)(;°)))
シエラ:そうよ。総督のレガートは私の父さん。母さんは王都の王立医薬院に
入院中・・・。だから今はここに2人暮らしなんだ。で、部屋はいく
つか空いてるの。・・・さ、上がって。
ラーズ:上がってって・・・別の意味であがってます。(お父さんが総督か~、
怖い人だったらヤだな~・・・(´ヘ`;))
ラーズは恐る恐る勝手口から上がらせてもらいました。
===================================
シエラに案内されて、執務室で逢ったレガート総督は想像とは大きくかけ離れた、細身で物腰柔らかな癒し系の笑顔の持ち主でした。
レガート:君がラーズ君か・・・。話は分校の校長から聞いてるよ。男親と娘
一人の暮らしだから大したもてなしはできないけど、ゆっくりして
いきなさい。
ラーズ:はい・・・。
シエラ:ホントに遠慮しなくていいよ。母さんが元気な時分には父さんお酒が
入ると「もう一人子宝に恵まれるなら男の子が欲しい」ってしょっち
ゅう言ってたから。半分願いが叶った気がしてるんじゃない?
レガート:ははは、君が18歳になったら晩酌のお供を頼もうかな・・・。講
座が終わっても遠慮せずに遊びにおいで。
ラーズ:はぁ・・・(;^_^;)(酒の匂いを嗅いだだけで吐きそうだ・・・なんて
いえない雰囲気だな・・・。それにしてもレガート総督ってマトゥラ
父さんみたいだ。寡黙で穏やかで・・・。シエラ先輩ってミギワ姉さ
んみたいだな・・・。賑やかで優しくて・・・。シャレが通じないの
が残念なんだけどね・・・)
この親子には「里帰り先がもう一つ増えそうだ」と思えるほど温かな時間を過ごさせてもらえました。
そしてあっという間に集中講座前半の6日間が過ぎました。
分校の学生達は、昼間働いて自分で学費を稼いでいる人が多いせいか、本校の学生とは何かが違います。一言で言ってしまうと「根拠のない優越感」に浸っているヤツが一人もいなかった・・・というところでしょうか?
そして中には15歳年上のおネエたまとか9歳年上の兄さんもいました。
3等修道士2回生のクラスのみんなも、最初は「本校から優等生が研修に来る」ということで表情が硬かったのですが、2日目に「お弁当忘れたでしょ?」と言ってシエラが教室まで届けに来た時に「いけねっ!」と言ってラーズが舌を出したとたん、クラスの空気が一気に緩みました。
その日を境に友達もできはじめ、6日の間にクラスの殆どが友達になっていました。
ただ教室の隅で、3つ年上のジャミルと、その取り巻きの2人だけは上目遣いにこちらを見ていました。
転校生が来ると、まず足を引っかけるのがこういう連中なんですが、取り敢えず静観している様でした。
王都に帰ったあとも、40日後の集中講座後半が待ち遠しくて、「思い切って転校しちゃおうかな~?」と思えるほどクラスのみんなやこの親子にまた会える日を指折り数えて待つ様になっていました。
つづく
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