第十章~笑う海賊王



シグル:この船の名を聞いたときから気になってたんだが・・・。

ヤジル:は?

シグル:・・・いや、何でもない。

 一行は船に乗り込むべく、タラップを上がって行きました。ちょうどアヤが船に乗り込もうとした時、一陣の風が吹いてアヤが少しよろけました。

 シグルがとっさに差し伸べた手をアヤが掴んだ刹那、シグルの頭の中をあるイメージが稲妻の様に走りました。

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 それは22年前、ティアマトのラーズが暴漢から幼いシグルを庇ってこときれる瞬間の心の叫びでした。

 「僕はもう戦えない。僕は殿下お一人もお守りできない程弱かったのか・・・。誰か殿下のために闘って・・・、殿下を守って!」

 その頃、スクナヒコの魂は転生もせず、光が満ちあふれ世界全体に霧がかかった様な「生命の苗床」としか言いようのない不思議な空間で永い眠りについていました。

 その時、誰かの叫ぶ声が聞こえました。

 声のした方角から光る魂魄が飛んできて「下方を見ろ」というテレパシーを投げかけて来ます。魂魄の示した方向に意識を集中すると、幼い子供を抱いて走る女性が見えました。ピロテーサです。その腕に抱かれていた幼子は、顔こそ違いましたが魂が放っている波動は紛れもなく愛児イエルカの転生の様です。今、彼の身に危機が迫っている様でした。

 ジョカを死に追いやった責任を感じ、二度と生まれたくないと思い、自分を呪い続けていた気持ちはどこかに吹っ飛んでしまい、すぐさま現象世界に飛び立ちました。

 気がつくとスクナヒコは額に水色の飾り羽を持つ白い小さな翼竜の姿になっていました。

 その時、遙か下方から現れたアジダハーカが長い首の1本をもたげ、翼竜の右足に噛みつきました。

「貴様に吹き飛ばされた首の痛み・・・とくと味わうがいい!」

 漆黒の魔竜は真ん中のドクロの顔を失っていましたがしつこさは相変わらずです。

 永い死闘の末、翼竜は魔竜の首を食いちぎりましが、食いちぎられた頭は黒い煙の様なもやもやになって翼竜の右の腿に絡みつき、やがて染み込む様に消えて行きました。すると、

 お前は誰も守れない・・・。
 お前が“その時”に間に合うことはない・・・。
 お前が“其処”に辿り着くことはない・・・
 その毒牙がお前を苛む限り・・・永遠に!

 と、アジダハーカに宿るイツァークの魂が呪いの言葉をかけてきました。すると翼竜はバランスを崩し、必死で羽ばたいても何かに流される様に本来の軌道から大きく逸れて光の渦の彼方に消えました。

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シグル:貴方様だったのですか・・・?

アヤ:えっ? (‥?

 ずっと探していた答えは意外な所にありました。まさかアヤがあのティアマトのラーズだったなんて・・・。そしてアジダハーカの呪いによって、生まれるべき時と、場所を間違えてしまったスクナヒコも別の何かに導かれる様にシグルのもとへやって来ました。

 スクナヒコの魂をこの世界に呼び戻したのもまた彼女(彼)だったのです。

 もちろんアヤには前世の記憶などありませんから、22年前の惨劇については「異国の痛ましい事件」としてしか認識していません。だからシグルの言葉の意味も理解できませんでした。

 顔にこそ出さなかったもののシグルの心は千々に乱れ、張り裂けんばかりになっていました。

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 シグル達の乗る船「メリークイニーク号」は黄金色の夕日が照り映える夕凪の海を滑る様に進んで行きます。

 船室ではアヤの歓迎会が催され、大いに盛り上がっています。しかし、アヤの笑顔を見て、何だかいたたまれなくなったシグルは一人甲板に出て、暮れゆく空と黄金色に輝く海原をじっと見つめていました。

 ふと、人の気配に気づいて辺りを見渡すと先客がいました。船の舳先に立っていたのはヤジル船長です。

 ルーテシアの方角をじっと見つめていた船長もシグルの気配に気づいたらしく、互いに目が合いました。

 そういえばヤジル船長が「火焔宝珠の複製」が動力と言っていましたが、一介の海賊にその様な船が手に入るとは思えなかったシグルはヤジル船長に問いかけました。

シグル:貴殿はこの船が「火焔宝珠の複製」で動いていると言っていたが、本
    物はユートムのイエルカ王御陵に副葬されているはずだ。初代イエル
    カ王より後は王族といえども水輪宝珠や火焔宝珠を使いこなせた方は
    いらっしゃらないというのに・・・、何故だ?

ヤジル:詳しいことは俺にもわかりませんや・・・。俺は2代目なんでね。先
    代のドゴー船長が海賊に襲われた異人のジイさんを助けたらしいんで
    さぁ。
     この船はその何年か後にジイさんが息を引き取る時に譲り受けたん
    だそうでさぁ。
     他に空を飛ぶナマコみてぇな乗り物があったけど、それはジイさん
    の弟子が譲り受けたんだそうでさぁ。
     この連中は、え~と、・・・確か、おあ・・おわん・・・あれ・・・
    何だったっけ?


シグル:オアンネス?

ヤジル:そうそう、それ!オアンネスの末裔でさぁ。なんでも水晶の八画錐の
    中に守護霊獣の姿を象った魔精石の像を入れるとその霊獣の力を抽出
できるらしいんでさぁ。
     昔、そのジイさんの先祖には指輪や首飾りにもなるくらいの大きさ
    でもっと凄い力を引き出すことに成功した天才祭器職人がいたらしい
    んですがね・・・デケェ戦(いくさ)があって住んでた島は沈んじゃ
    うし、得体の知れない毒だか呪いだかがばらまかれたってんでどっか
    行っちゃったんだってさ、殆どの島民もその人も。
     そんでそういう技術も失われてバカでけぇ八角錐にしないと機能し
    なくなったって言ってたそうでさぁ。
     この船の動力になってる「複製」は大人2人が肩車したくらいのデ
    カさだからね~。とっても指輪にゃならねえや!ガハハハハハハ
    ハ!!

シグル:(指輪大の宝珠でもっと大きな力を引き出していた?するとその老人
    はジョカの子孫か。すると空飛ぶナマコを譲り受けた弟子というのは
    あのシジムに降りて来た異人達のことか!?)

ヤジル:・・・先代はいい船長でした。

シグル:ん?

ヤジル:この船が商船に偽装してんのはね、商船や客船を襲うためじゃねえん
    で。商船と間違えて襲って来る海賊と闘うためなんでさぁ。
     昔・・・ルーテシア近海の島で暮らす連中はみんな貧しかった。塩
    害で麦が育たねえんでさぁ。だから男達が傭兵になるか、野盗や海賊
    になるしかガキやかかあを喰わせる術がなかったんだ。

シグル:(-.-)・・・。

ヤジル:でも・・・、あの人はちょっと違ってた。弱い者からただむしり取る
    なんてこたぁしなかったんでさぁ。
     そりゃ、海賊なんてまっとうなモンじゃねえけど、せめて人から奪
    うなら、自分も命がけで・・・ってんで商船を襲ってる他の海賊を襲
    ってたんでさぁ。相手も屈強なヤツらだからこっちもタダじゃ済まね
えってことを覚悟の上でね。
     ガキの頃に拾って貰った俺のことは、「大きくなって強くなるまで
    ダメだ」って絶対この船にゃ乗せてくれなかったよ・・・。ホントに
    カッコよかった・・・あのでっかい背中に憧れてたんでさぁ。

シグル:先代・・・ドゴー船長か・・・。

ヤジル:ま、今は“ドゴー”なんて名乗ってないけどね。今はこの船の名前を
    名乗ってまさぁ。

シグル:やはりそうか・・・。

ヤジル:オアンネスの言葉だそうだから意味は知らねぇけど「王様ってのは長
    ったらしくて由緒ありげな名前がウケるらしい。俺もただの“ドゴー”
    じゃなんだから・・・」ってんで・・・。

シグル:そうか、それで心の帰る場所であるこの船の名を・・・。

ヤジル:そうそう!みんなは「メリキニク」なんて呼んでるけどね。
     ・・・それってこの辺で「言葉の暴力」って意味なんでしょ?確か
    に言葉遣いは粗暴かも知んねえけど、人を傷つけるような言葉を吐く
    様な人じゃなかったんでさぁ。
     だからこの辺の荒くれ者達の集落を束ねて国にできたのは力ずくだ
    けって訳じゃねえんで・・・、あの人の人柄に依るところが大きいん
    でさぁ。
     でも、今はあの人の顔が見えねえ。一体どうなってンだかな?

シグル:なるほどね・・・。多分、陛下は昔と変わってないよ。

ヤジル:はあ・・・(・_・)ノノ?

シグル:きっと陛下が暗に「御用船の安全確認ができるまではこの船に乗る様
    に」と密使を送ってまで仰せられたのはそういうことなのさ。
     あの国には内政面で何か子細があるんだ。貴殿は大臣や騎士より信
    頼されてるんだよヤジル船長。

ヤジル:あ・・・。(; ;)

 ヤジルは思わず目頭が熱くなりました。

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 その頃、御用船では・・・、

ラーズ:だ~か~ら~っ!!違うってばっ!!誰が刺客だメラこん畜生!!
    離せっ!!

 水兵に担ぎ上げられ、今にも海に投げ落とされそうになっているのはラーズです。マストの影からトールとダウドが覗いています。

水兵A:黙れ!ならば何故ルーテシアの御用船と知って忍び込んだ!貴様の目
    的は何だ?

ラーズ:忍び込んでなんかいないよ!

スリカンタ :そうですよ!この船の生活班の人が無理矢理引っ張り込んだんですっ
    てば!

水兵B:君は何だ?

ラーズ:その人はマグオーリのシャルマンだ。

水兵達:シャルマン?修道士様ですか?それは失礼しました!(ロ_ロ)ゞ
    しかしその生活班の某氏から「刺客が紛れ込んでいる」と通報があっ
    たので・・・。

 その時、アヤに扮したミアキスが甲板にやって来ました。

ミアキス:何の騒ぎです?

水兵達:はっ!(ロ_ロ)ゞ 捕縛した刺客を始末するところなのですが・・・何
    やら妙なことになってまして。

ミアキス:ラーズ!?

ラーズ:ミアキス!?

ミアキス:((;゜)ワーッ!ばかっ!!今はアヤ王女なの!!)

水兵A:ミアキス?

ミアキス:この者の国の言葉で「ご主人様」という意味です。彼は私の従者
     の隠密です。すぐに解き放ちなさい。ラーズ、貴方が聖戦士であ
     る証拠の光の矢を放って見せなさい。

ラーズ:あ、はい・・・。(・_・)ノノン?

 水兵達に縄を解かれたラーズが海に向かって光の矢を放つと、

スリカンタ :おお~っ!すげ~~~っ!!


水兵A:おお~~~っ!?このワザは・・・(O.O;)

水兵B:貴方は紛れもなく聖戦士!!これはとんだ御無礼を・・・、誠に申し
    訳ございませんでした。


ラーズ:解ればいいんだ、解れば・・・。(-_-メ)

 その頃、マストの影から成り行きを見ていたトールとダウドは・・・、

トール:バカヤロウ!何を先走ってやがんだ!じっくり様子を見ろって言った
    じゃねえか!(▼▼メ)

ダウド:だってェ~、「刺客」って最初に言ったのは親方じゃないスか~?も
    し何かあったら俺が手引きしたことになるじゃないスか~(ノ_<。)

トール:む・・・。

ダウド:やっぱりお叱りを・・・?

トール:国際問題だもんな・・・、ヘタすりゃ縛り首かもな・・・。

ダウド:ええっ!?縛り首ぃ~~~~!!??俺まだ死にたくないですぅ!!
    どどど・・・どうしよう(°°;))。。オロオロッ。。・・((;°°)ねえ、
    俺どうしよう!ねえ親方ぁ!!

トール:まだそうと決まった訳じゃない・・・、が、いざとなったら逃げるぞ!

 その時、ミアキスは背後に殺気を感じてとっさに身を翻しましたが長いドレスとヒールの高い履き物のせいでできた一瞬の間隙を突かれ、首に太い腕を巻かれ、喉元に刃の厚いダガーを突きつけられました。

ミアキス:(ちっ!しくじった)

刺客(水兵C):おーっと動くんじゃねえ!人知れず始末するつもりだったが
       仕方ねえ。おい!そこの2人!むしろこの騒ぎは好都合だっ
       たよ、感謝するぜ!・・・おい聖戦士!動くなよ!!

トール・ダウド:はぁぁぁぁ!!!!????;;;(゜ロ);;;(〇o〇;)!!

ダウド:刺客に感謝されちゃった・・・(@_@;)

トール:仲間だと思われちまうぞ!!

ラーズ:(▼▼メ)おのれ・・・!!

 御用船に風雲急を告げる事態が発生しました。

つづく


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