第十章~笑う海賊王6



 シグルが目覚めると、そこは地下室のようで、薄暗く空気に淀みが感じられました。寝台から上半身を起こすと、傍らに痩身・隻眼の男がこちらを見下ろしていました。

シグル:貴方は・・・バトウ閣下!?

 その時、日本刀の鍔のような眼帯をしたその男は錆を含んだ声で、

眼帯男:貴殿等は何を狙っているのかな?

と訪ねてきました。

シグル:は?

眼帯男:陛下に何を吹き込むつもりかと聞いているのだよ。

シグル:私はただ陛下に読み書きを・・・。

眼帯男:詭弁は結構だ。貴殿の本当の目的を知りたいのだよ。

シグル:本当の目的もなにも、これは陛下が御自ら御所望されたことです。

眼帯男:今まで貴国やアプラサスにはいわれのない誹謗中傷を受け、我等は幾
    度となく煮え湯を飲まされ続けてきた。だが我が国の民は人がいい。
     今までの仕打ちに対する怒りも貴国の第二王女のお輿入れで一気に
    祝賀ムードに転換してしまった。これは憂慮すべき事態だ。

シグル:御言葉ですが・・・、陛下は近隣諸国との関係・・・、特に交易にお
    ける不祥事について殊の外心を痛めておいでです。ですから御自らそ
    の調査に乗り出すためにも読み書きの修得は必須であると・・・。

眼帯男:語るに落ちるとはこのことだな・・・。アムリア評議会で陛下に満座
    の中で恥をかかせただけではあきたらず、今度は責任転嫁のうえに我
    々と陛下の離間工作まで・・・。

シグル:責任転嫁?・・・御言葉ですが我が国が輸出品の対価を誤魔化されて
    いたのは紛れもない事実です。
     そのことをはっきり口にできたのは我が国とアプラサスの陛下だけ
    ですが周辺国の代表者の多くが評議会の場で大きく頷いていたところ
    を見ると周辺国の殆どが同じ思いをしているということではないでし
    ょうか?
     この国の誰かが・・・、陛下ではない誰かがそれをしたのです。そ
    んなことが可能なのは政府高官をおいて他にいるでしょうか?
     そしてその莫大な資金は何に使われているのでしょうか?それを究
    明することこそ急務なのではありませんか?

眼帯男:この期に及んでまだそんなことを言うか?あくまで我等を疑心暗鬼に
    して内部崩壊を誘発しようというのだな?やはり彼の言うことは本当
    だったな・・・。

シグル:彼?・・・彼とは一体何者ですか?その者こそがイエルカと貴国の離
    間工作を演出しているのではありませんか?

眼帯男:ええい!黙りおろう!すでに十数年来の付き合いになるが彼は心ある
    イエルカの高官だ!昨今のイエルカの風潮を憂いておられるのだ。そ
    して彼が最も危険視しているのが貴殿ら王府付きの観星官なのだ!

シグル:私達を危険視?もしや元老の・・・、

眼帯男:元老ではなく賢者の一人だ・・・。王は強権をふるって先王の施政を
    悉く否定して伝統を破壊し、若い観星官は王の腰巾着よろしく元老の
    バンディとかいう輩と組んでイエルカの内政を恣にしていると聞いた。

シグル:陛下が強権?私がバンディと組む!?そんなバカな!!

眼帯男:往生際の悪い、やはりこのまま帰すわけにはいかん。イエルカで悪党
    を討伐するには彼の手引きが必要だ。貴殿を帰せば仲間と謀って彼を
    討ち、また地下に潜るかもしれないしな。
     ライゾ!最大出力の雷撃をお見舞いしてやれ!目玉が飛び出るく
    らいのやつをな。

ライゾ(忍者装束の男):御意!

シグル:また地下に潜るってどういうことですか?

眼帯男:貴殿はティアマト戦役の生き残りだそうだな?
     その時に国家転覆を謀ったサリエスが3人逃亡している。そのうち
    の少なくとも一人は他人の身体を乗っ取ってその被害者になりすます
    って話じゃないか。
     貴殿がそうでないかどうかこれから詮議をしてやろうということさ。

シグル:身体を乗っ取る!?閣下!それは“アヌンナキ”という異世界の生物
    です。太古のイエルカも彼らの襲来に遭ってこれを撃退しています。

眼帯男:ほう・・・。言い残すことはそれで全てか?

シグル:閣下!

 何か妙な具合に会話が咬み合っていません。バトウは最初からオースィラ王やシグルを悪人と思っているようです。
 もしバトウがいうことが事実ならば、バトウにイエルカ敵国論を吹き込んでいる「賢者」とは古参のサリエスということになりますが、一体何者なのでしょうか?

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  一方、アルムレーべ港近くの広場では夜市が催されていました。
 手持ち無沙汰だったラーズは夜市に来ていました。すると・・・。

「・・・ェーラ。シェーラ」と、誰かを呼ぶ女性の声が聞こえてきました。

ラーズ:(シエラ!?)

ラーズは“どきっ!”として周囲を見渡しました。すると、

母親:シェーラ、お待たせ。誰か来た?

 と、薬屋の露店で一人留守番していた、見たところ5~6歳の娘に母親が声をかけていました。娘はかぶりを振って来客がなかったことを伝えます。

ラーズ:(なんだ、シェーラか・・・。びっくりした~!(¨;))

 ラーズが間違いついでにちょっと薬屋を覗くと色々な生薬があって、独特の香りを漂わせていました。

ラーズ:(母さん最近疲れがとれにくいっていうし、腰が痛いっていうし・・・、
    王都で手に入りにくいものもあるしな~・・・、お土産はここがいい
    かな?)こんばんは~。

母親:いらっしゃいませ~。何かお求めですか?

ラーズ:あの~、ここは調剤もしてくれるんですか?

母親:はい、致しますが・・・。

ラーズ:じゃあ、ゴミシ1に対してタクシャ、ボタンピ、バクモンドウ、ブク
    リョウを1・5、サンヤク、サンシュユを2、ジオウを3の割合で・・・。

母親:あら・・・(^^ゞ お客様はお医者様ですか?とても詳しいですね。

ラーズ:ええ、まあ・・・、まだタマゴなんですが。

母親:やっぱり、・・・じゃ、お母様は立ち仕事が多くて下肢がむくみっぽい
   のね?

ラーズ:そうなんです。

母親:じゃあ、これはおまけ。(^^)

 店主の女性はそういうと葛根をつけてくれました。

ラーズ:あ・・・、ありがとうございます。(^^)

 調剤を待つ間、ふと目をやるとシェーラがつまらなそうに木炭で石畳の上にヒゲを蓄えた男性の絵を描いていました。歳の割に結構上手です。

ラーズ:へー、上手いね~。これはお父さん?

 ラーズが声をかけるとシェーラはびっくりしたような顔をして慌てて絵を洗い流してしまいました。

ラーズ:えっ?上手なのになんで?

 そこへ調剤を終えた母親が戻ってきて、

母親:まあ、シェーラったら、またお父さん描いてたの?

 と言い、しょうがないか・・・、(´ム`;)と言う顔をしました。

 聞けばお父さんはこの時代には珍しい外科医であちこちから治療の依頼があって留守がちなのだそうで、幼いシェーラは寂しくてしかたがないようです。
 でもお母さんに気を遣って、なるべく寂しいとか言わないように我慢しているようです。

ラーズ:(なんとか元気づけてあげたいな~、さっきからちっとも笑わないん
    だもんな~。さてどうしたものか・・・)

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 ある時、御用船の船倉で、孔雀の羽のような扇子をパタパタやっていたケディが、扇子を畳んでくるりと一回転させるとステッキに変わりました。マジックなど見たことのないラーズは(〇o〇;)!!状態です。

ラーズ:何?何?なんで!それどうやったの?

ケディ:ワズマよ。タネと仕掛けがちょっとずつあるの。

ラーズ:ワズマ?

ケディ:そう、この国の言葉で言うなら「魔術」とか「手品」とかって言った
    らいいかしらね。よかったら一つ二つ伝授しましょうか?

ラーズ:ホント?うんうん御願い。

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ラーズ:(生兵法だけど、こんな時こそ練習の成果を試す時だ)シェーラちゃ
    んいいかな~、この扇子タネと仕掛けがちょっとずつ・・・、いやい
    やタネも仕掛けありません。

 ラーズはそう言って扇子をパタパタさせて普通の扇子っぽいことを強調して見せると、

ラーズ:この扇子がアッという間に・・・。

 そう言って一回転させると扇子がステッキに早変わり・・・なんですが、

ラーズ:アウチッ!

 勢い余ってステッキの先端でアゴを強打してしまいました。歯も痛いし鼻血も出そうな感じです。

ラーズ:ぷぷぷぷ・・・・。

 ラーズがアゴや口許を押さえながらシェーラに目をやると  (・д・) と言う感じでした。

ラーズ:(くそ~、・・・よし、気を取り直して)この紐、なんの変哲もないた
    だの紐です。この紐を今から真っ二つに切ります。そして~、掌でも
    みもみすると~・・・、ほら、元通り・・・。

 と言ってラーズが紐の両端を勢いよく引っ張ると真ん中で真っ二つに切れた二本の紐がだらんと垂れ、短い紐がぽろりと落ちました。

ラーズ:・・・って長い方切っちゃった~(T^T)

 シェーラは(〇д〇;)状態です。二回続けて失敗してラーズが落胆していると・・・、暫くしてシェーラが「くすっ・・・、くすくす」と笑い始めました。

ラーズ:(お?ウケてるウケてる・・・(^^ゞ)

 シェーラがちょっとだけラーズに近づいて座りました。これは「もっと遊んで」の催促かもしれません。

母親:シェーラ、もうそれくらいにしなさい。お兄ちゃん忙しいかもしれない
   でしょ?

 シェーラは母親の方を振り返ると小さく頷いて、ちょっと離れたところに座りました。つまらなそうに俯いています。

ラーズ:僕ならいいですよ。休暇中なんで時間ならあり余ってますから。

母親:え~、でも・・・。

ラーズ:そばで調剤の様子を見させていただければ勉強にもなりますし。ホン
    トに大丈夫ですから。

母親:じゃあ、ちょっとだけいいですか?

ラーズ:はい。・・・どうもワズマはダメみたいだからコマ回しにしよっか?

 シェーラは目を輝かせると「うん」と大きく頷きました。

その様子を遠くから見ている二人の人影がありました。

男:見つけたぞ・・・。




つづく

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