イルカのこと・・・。



イルカ1

 ゴメンね“イルカ”・・・、君に二度と会えなくなるなら、あの時もっと優しくしてあげればよかった。あんな形でのお別れが待ってるなんて知らなかったんだ・・・。

 “イルカ”・・・と言っても波を蹴立てて海を行く、流面形が美しい彼らのことじゃない。生後40日前後の三毛猫・・・、それが君の名前だった。

 君と出会ったのは、私が17歳になる間際の5月28日だったね。   

 当時、冷え性だった私は、寮の食堂の屋根によく布団を干した。27日も確か敷き布団と毛布を干していた。それが気持ちよかったのか部屋の隅に畳んだ布団の上で、君は丸くなってすやすやと寝ていた。
 目が点、しばし呆然、ナンだこいつ!?ペット禁制の学生寮に何で!?

 部屋の入り口で固まっている私にル-ムメイトのTが、
 「ビックリした?でも可愛いっしょ?捨てられてたんだよ。飼ってもいい  
 かなぁ~?迷惑掛けないからさ・・・d(^-^)ネ!」
と声を掛けてきた。なるほど・・・(¨;)

 子供の頃から猫は好きだった。生まれてから物心付くまで枕元に寄り添ってくれたキジトラの“タマ”の影響だろう。
 でもここは学生寮、他の寮生の目もあるし、第一寮長に見つかったら・・・。「駄目!」が喉まで出かかったその時、子猫がアクビをして、おお~きく伸びをした・・・ああ、体中の力が抜ける・・・なんなんだろう、見てるだけで人を幸せにしてしまう様なこの愛くるしさは・・・。参りました!m(_ _)m

 でも次の朝、Tの悲鳴で目を覚ます。
「あ~~~~~っ!!ションベンひってるぅ~!!このバカネコっ!!」
どうやらル-ムメイトの冷たい煎餅布団は君のトイレになってしまった様だ。その瞬間からTはまるで手のひらを返す様に君のことを「要らない」と言い始めた。やれやれ・・・(´ヘ`;)
 躾もしてない子猫にそんな無茶言うなよ!しばし口論の末、もう一度ちゃんと面倒見ると約束したが、Tは他の寮生の部屋に泊まったのか部屋に帰って来なかった。

 程なくしてTはタバコの現行犯で退寮処分になってしまった。本来の飼い主がいなくなっても君はお構いなしに、私の布団を寝床に一日の大半を寝て過ごしていた。
 ゴミ集積場で拾ってきた木箱にちぎった新聞紙を敷いたら、特に教えなくてもちゃんとそこに用を足す様になった。貧乏学生には“猫まんま”しかあげられなかったけど、君は好き嫌いを言わなかった。夜になると布団に潜ってくる。目覚ましが鳴ると、ぷにぷにした肉球で人の顔を“ぺしぺし”と叩いて起こしてくれる・・・、授業が終わって部屋に帰り、ドアを開けると“サッ”と物陰に隠れ、私だと解ると押入れの陰から半分顔を出し、小指程の尻尾をぴん!と立ててすぐに走ってじゃれついてくる・・・。隠れていて姿が見えない時は「ただいま」の代わりに「お~い、いるか~?」と呼びかけていたから、“イルカ”が自分の名前だと思ってしまった様だ・・・。本当に可愛くて、本当にいい子だった。

 そんなある日、滅多に見回りに来なかった寮長が、部屋にやって来た!!
ゲッ!(〇o〇;)なんでやね~ん!!誰かチクリよったんか!?慌てて“イルカ”を押し入れに隠す。

M寮長:(入って来るなり)「何だ?この部屋、やけに魚臭いな?」

 私 :「あ・・・そうですか?(えへへ~・・・と作り笑い)」

すると押入の隙間から外を覗く君、(わっバカ!(〇◇〇?)出て来るな!)

M寮長:「ん~?」

 私 :(やばっ!!見つかった!やっぱりそれが目的かい!?)

M寮長:「何だよオマエ~!ここはペット禁制だぞ~!」

 私 :殴られる!歯を食いしばって目をつぶる(はいはい、解ってます 
    よ。アレ・・・?でも、寮長の声・・・裏返ってる)

 目を開けると“イルカ”を抱き上げてにっこり笑っているM寮長。相当猫好きな様だ。普段は切れ長の鋭い目が三日月型の3本線になってる。

M寮長:「しょうがないな~、飼ってくれる人が見つかるまでだぞ!」

 声は怒っているが顔は笑ったままだ。ありがとうございます!恩に着ます!一生ついて行きます(ウソ)!

M寮長:「あっ、そうそう、最近授業中に居眠りが多いって先生方ぼやいて
    たから、早く寝ろよ」

 なぁんだ、見回りの目的はそれだったんだ・・・。これでもう安心だね。

ところが一週間ほど経ったある日、君は朝からおかしかった。大きな声で鳴き叫び、私の側から離れない・・・。もう出掛けなきゃ・・・、でも君は離れてくれない。そして思わず「うるさい!」と怒鳴って、押入れに君を押し込んでしまった。あの時の君の悲しそうな目、悲しそうな声、しがみついてきた手と爪の感触・・・、思えばあれが君との別れの言葉になった。

 帰ったら謝らなきゃな~。いっぱい撫でてあげないとな~。奮発して猫缶買っちゃおう。あいつ喜ぶかな~・・・。

 でも・・・、初めて買った猫缶を君が食べることはなかった。
帰宅した私を迎えてくれたのは寮長の、
 「良かったな。あの猫、俺の知り合いが貰ってくれるって連れてったよ。
 可愛いって喜んでたぞ。君が帰ってくるまで待って欲しかったんだけど、
 先方さんの都合でな・・・」
という言葉と、君のいない西日が射す部屋の鰹節の匂いだけだった。
 君はあの日がお別れの日だって知っていたのだろうか?

 二週間にも満たない日々だったけど、私は幸せだった。でも、最後に君にした仕打ちは・・・、悔やんでも悔やみ切れない。

 あれから君はどんな生涯を送ったんだろう。もう星になってしまっただろうか?まだどこかで、家族に愛され、幸せな余生を送っているのだろうか?今の私にできることは、ただただ幸せである様に祈ることだけだ。

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