6月7日の朝にいきます

6月7日の朝にいきます

2026年08月06日
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カテゴリ: 子供時代の想い出
小学校3年生の時、担任は女性教諭だった。
何の学習時間だったのかは覚えていないが、何故だか好きな漬物や佃煮の話しになり、
「私はセロリの佃煮が好きです」と話したら、「セロリの佃煮なんてありませんよ!」と担任はきっぱりと言う。

「うちでは時々祖母や母が作ってくれて食べます!」と返したものの、信じてはもらえない( ノД`)シクシク…
嘘をついているように思われたのが悔しかったこともあり、私は祖母に作ってもらい学校に持って行った。

あのセロリの佃煮、祖母はどういう経緯で知ったのだろうか? 
今と違って、レシピを伝える媒体はテレビかラジオか新聞、もしくは婦人誌くらい?
それとも祖母のオリジナルだったのか。

祖母には料理のアレンジ能力があったように思う。
嫁入りの際に男衆や女衆を連れて行ったほどのお嬢さまだったから、自分で料理をすることはなかったらしい。
父が大学生の時に祖父が病気で亡くなり、そこから女中さんを郷に帰して祖母は料理を作り始めたようだ。
それでも元々食べることが好きだったからか、色々とアレンジを加えて好きな味を作り上げていた。

反対に母の方はといえば、上に5人もの姉がいたので、
実家で料理を手伝わされることもなく、嫁入前の1年間、料理教室に通ったものの、
料理や食べること自体にさほど興味が持てなかったようで、決まりきったレシピ以外に冒険はしない。
母の料理ははっきり言って、おいしくないことが多かった。

春、同じ蕗の煮物を作っても、まったく味が違う。
私は母に睨まれながらも、祖母が作ったおかずの方を食べたがったものだ。

祖母に顔も体つきも、色々な好みもほぼほぼ似ている私。
でも、あの料理のアレンジ能力は・・受け継がなかったかも…。
まあ母ほどはひどくないけれど、祖母ほどうまくはない。

でもね、おばあちゃん、おばあちゃんの作った薄味の煮物、私も時々真似して作っているよ。
ただ、あの味を完全に再現するのは、もう無理かな?
だって、おばあちゃんの味を正確に覚えていたはずが‥
お別れしてから43年が経ち、徐々に薄れてきてしまっているんだもの(´;ω;`)ウゥゥ







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最終更新日  2026年08月07日 08時45分19秒
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