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この忙しい年の瀬に、ブログを書いている場合じゃないとも思うのですがちょっと息抜きに書きたいと思います。
書きたい題材はいろいろあるんですわ。震災に関する事とか、行動科学に関する事とか、あるいは、ただのきいちゃん日記とか。
今日は、 言葉 について書こうと思います。
言葉には、古より言霊と言われているように、力があります。魂があります。
ですから、人の悪口や批判・非難ばかり言ったり、ネガティブな言葉ばかり使っていると、良くないパワーが常に自分のまわりに充満する事になります。
「 口が悪い
」と言われる人達は、長年の習慣で慣れてしまっているので、案外
その事に気づきません。
でも動物は、ちゃんと知っているんですよね。
きいちゃんは、大きな声と罵倒するような汚い言葉、荒々しい言葉が大嫌いです。
ヘタレだからとも言えますが、平和主義のきいちゃんには、それらの言葉が持っている
負の力を感じられるのだと思います。
私も、ネガティブな言葉や悪口、一方的な批判批評、罵倒する言葉は嫌いです。
先日、ターミ兄が(彼は口が悪い)新聞の、韓国の歴史を書いた本の広告欄を見て
「こんなクソくだらない、インチキ歴史を書きやがって」
と私に文句を言いました。
私は、
「だったら、出版社に直接文句を言わなくちゃね」
と言いました。
私に文句を言っても、何も変わらないし伝わりませんから。
それからまた、新聞の記事を見て(何の記事だったかは忘れましたが)、
「この馬鹿野郎どもは、またこんなくだらない事をやりやがって」
と言った類の事を言ったので、
「じゃあ、新聞の読書欄に投書するとか、本人に何らかの連絡を取れば」
と言いました。
すると、「そんな事をしたって、何も変わらない」
じゃあ言わないでくれ、と私は言いました。
罵倒する言葉には悪意がありますから、嫌な波動が強く出ます。私はそれを感じるので、私に向かってそれを浴びせかけて欲しくないのです。
「話す」と言う行為によってストレスを発散する、と言う事はあります。
例えば、主婦が集まって 姑の悪口
を言う、なんてのはその典型です。
悪口を言う事は決して良くはありませんが、それで皆で盛り上がって発散出来て明日からの活力になるのであれば、多少は許される事なのかな、と思います。
でも、始終一方的に不平不満、悪口、批判などをするのを聞いているのは決して楽しいことではありません。
内容に賛同出来ることは、たくさんあります。
韓流に疑問を持つ私も、くだんの歴史本には、同じく「どうなのかね」とは思います。
でも、批判する言葉や方法は選ぶべきだと思うのです。
以前、動物虐待のシーンを描いたマンガを出版していた出版社には、私は直接メールを出して批判しました。
しかし言葉は選びます。それがオトナの対応だと思うのです。
悪い言葉、汚い言葉で育った子供は、やはり 本来の姿 から外れて育つ気がします。
同様に、いつも怒鳴ったり、悪意に満ちた言葉が充満するなかで暮らす動物も何らかの弊害が出ると思います。
今年1年を振り返って、いろいろ考えたり反省した事はあるのですが、その反省から来年は悪い波動から出来るだけ離れよう、と考えています。
ネガティブな人とは、積極的に関わらない(身内は仕方がないですが)、 悪口三昧
の人には近づかない。
そして、嫌だなと思うオーラが充満しているところには行かない。
何かお手伝いしようと思って接触しようとしても、悪意に満ちたものが返ってきたら、追わずにそれはもう手放すようにする。
歯をむき出して唸っている犬には、近づかない方が良いのと同じですね。
反対に、積極的かつ良い波動に満ちている人・場所に関わっていきたいと思います。
もちろん、自分も悪い言葉は使わないように気を付けようと思っています。
悪い言葉の持つ、悪いエネルギーは自分に返ってきますし、それに
「 馬鹿野郎
」を連発するよりは、「 ありがとう
」を言った方が、自身の気持ちも
綺麗になる気がするんですね。
来年は自分の周りの空気を綺麗に保って、心身共に健やかでありたいと願っています。それは、きいちゃんの平和にも繋がる事なのではないかと。
だって、きいちゃんは文句なしに可愛いですから。

