国際結婚 ア・ラ・カルト

国際結婚 ア・ラ・カルト

PR

×

Profile

Konnie

Konnie

Comments

タコ社長1952 @ 本当に さようならしてしまうのですか。私もミク…
あんあん@ Re:視力回復手術(01/06) 数年前は50万円とかしていたらしいじゃ…
あんあん@ Re:さようなら。(02/19) なんだ かんだ はなかんだで古い携帯を…
Konnie @ Re[1]:オーストラリア - 驚きの食器洗い事情(02/08) satanmamaさん あれ、もしかして日付を…
satanmama @ Re:オーストラリア - 驚きの食器洗い事情(02/08) へぇ~~!驚き!! 所変われば・・・・…

Archives

2026.08
2026.07
2026.06
2026.05
2026.04
2005.03.11
XML
カテゴリ: 日常
第2次世界大戦の「東京大空襲」から60年の時が流れた。

現代の戦争もニュースで見聞きするだけだから、私は
その本当の怖さはキチンと理解していないと思う。

でも、小さい頃から何度も、何度も、この東京大空襲に
ついて父方の伯母から話を聞いていた。
当時、新宿のど真ん中に住んでいた伯母たち。
焼夷弾が雨あられの様に降り注ぎ、あちら、こちらから
燃え盛る炎が容赦なく、逃げ回る住民に襲い掛かり・・・。

この火の海の中を逃げ回っていたけれど、不運な事に
妹と逸れてしまったらしいの。
妹の無事を祈りつつ、とにかく逃げて生き延びる事が
先決。
川に飛び込む人も沢山いるけれど、顔を上げれば
燃え盛る炎の熱で火傷をするし、潜れば息が続かず
溺死する人が多かったらしいよ。
その状況からすると、川の水の温度もかなり上昇
していたんじゃないかなあ。

何とか命拾いして、炎も落ち着き、はぐれた妹を心配
しつつ、家があった場所に戻ると、ススで真っ黒の顔を


全くの焼け野原になった東京。
新宿から荻窪だか三鷹だか忘れたけど、見えたって。
これって、凄い状況だよね・・・。

・・・話を聞いていると、大変だったな、怖かっただろうな
とか、色々な想像は浮かぶけれど、実際の本当の怖さは

幸運にも、伯母は家族と再会できたけれど、そうでは
無い人の方がきっと多いんだろうし。

----
小学校か中学校の時、「ガラスのうさぎ」って言う本を
読んだ。確か、学校指定だか教育委員会推奨だかの
何かだったので、きっと、読んだ人も多いと思う。
作者の実体験を元にしたお話で、残念な事に母親と
妹二人は、この大空襲の火の海に飲まれて、亡くなって
しまった。
ガラス職人をしていた父親と一緒に、家のあった
場所に戻ると、ガラスのうさぎの置物が見つかった。
でも、熱で半分以上溶けてしまっている・・・。

「ガラス職人の子供なら、ガラスが溶ける温度は
容易に分かるだろう?(・・・つまり1000℃以上)」

って父親に諭され、母親と妹達がどんなに熱い思いを
していたか、生存の可能性は0%に近いって事を悟った
・・・って言う、戦争がいかに無意味で、悲惨な物か、
そして、人を殺しあう事ほど悲しい事は無い、戦争は
絶対にいけない事って言うのを語り継ぐ内容だったと思う。

隣の将軍様の国じゃないけれど、子供まで洗脳されて
戦争一色の日本。男の子は(頭脳明晰な)海軍に入るのが
夢だったらしいし。でも、その海軍のリーダーの
山本五十六は

「絶対に負け戦争になるから止めたほうが良い!」

って最初から反対していたけど、陸軍に臆病者&きちがい
扱いされて、結局、戦争をしたくてウズウズしてる陸軍に
押し切られたって感じ開戦したんだよね?!
その他、通信手段の遅れやら、日本政府の英語力の無さ
とかマイナス効果が沢山加わってさ・・・。
これも、昔、本で読んだだけの知識だから、何処まで
私が正しく記憶しているかは定かじゃないけど(苦笑)

作者は、戦争の悲惨さを伝えるのは、体験した本人の役目
って言う思いから「ガラスのうさぎ」の本を執筆したものの
最近の子供達には中々真意が伝わらず、作者も70歳を
越えたって事もあり、どうやったら語り継ぐ事が
出来るかって悩んだ末、アニメ化する事にしたんだって。

こういう活動をしている人って本当に尊敬すべき
存在だと思う。きっと、思い出したくない事も沢山
あるだろけれど、世の中の平和の為に、こうやって
次世代に語り継ぐって言うのは凄いよ。きっと、伯母も
そういう思いから私に何度も話をしてくれたんだと思う。
他の親戚からは集団疎開について色々聞いたし、
青年団で夢と希望を持って満州開拓団に加わった母方の
伯父が終戦直後にロシア軍の捕虜になって、悲惨な3年を
過ごした話も聞いた。何とか実家に辿り着いた時は
想像出来ないほどガリガリだったんだって。
父方も母方も、運良く生き延びて帰って来れた事は
本当にラッキーだよね。
そして、こういう地道な活動をしているにも係わらず、
戦争は世界各地で続いているんだよね。悲しい。
憎しみあいから何が生まれると言うのだろう?

---
シアトル?だか何処かに住んでいる男性が徴収されて
数年前にアフガニスタンに赴いたのね。
奥さんは沖縄出身で、二人の間には幼稚園か低学年位の
お嬢さんと息子さんがいたと思う・・・。
奥さんは、旦那さんに戦争に行って欲しくなかったけど
旦那さんはアメリカへの愛国心から(陸軍だったと思う)
戦地に出兵したんだけど・・・

・・・数日後に、旦那さんは戦死した知らせを受けるの。

それも、戦って亡くなった訳じゃなくて、味方の
アメリカ兵が、本来、装着するべき暗視ゴーグルを
つけずに戦車を操縦した為、路面に野営していた
旦那さんは、何トン、何十トンってある戦車に
押しつぶされて、ひき殺されて、即死しまった。

訃報を聞いたとき、何故、自分は夫の出兵を
力ずくでも止めなかたのか、今でも悔やまれる
って言う、奥さんのコメント、そして、旦那さんが
亡くなっても、日々の時間は無情にも過ぎていく
訳で、子供の面倒も見なきゃいけないし、このまま
アメリカにいるべきか、家族のいる日本に戻るべきか、
そして、何よりも子供にどうやって父親の死を伝え、
理解させたら良いか凄く悩んでいた。
そして、出兵前の家族の幸せな姿が映し出されてるビデオ、
出兵時が早朝だったから寝ている子供達に向かって

I love you!

ってキスをしている男性。

このニュースをテレビや新聞で見た時、私は妊娠中か、
出産直後位だったと思う。本当に切なかった。
残された家族の気持ちを思うと、心の底から悲しかった。
今でも、時々、会った事も、私の存在も知らない
その親子は元気でやっているのか思い返すときがある。
正確に言えば、頻繁に思い出している・・・。

戦争をする事によって、誰が幸せになるのかな・・・。
そんな状態で得た幸せは、本当に幸せなのかな・・・。
私利欲の為に人を殺せる人も、生まれた時は
純真な心を持っていたはず。
争いでは、絶対的に悲しむ人の方が多いと思うの。
こうした今も世界のどこかではテロだ、戦争だ、
殺人だ、誘拐だって聞かない日は無いよね。

歴史は繰り返すって言うけれど、この悲惨な状況を
学んでいないのか、学ぶ気が無いのか・・・(溜息)
子供達が大きくなる頃には、差別無い、真の意味での
国際交流が行われてれば良いなって思う。
それには、私たち大人が良いお手本にならないとね・・・。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2005.03.11 01:36:00
[日常] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: