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今日は衛星予備校の研修会でした。近畿圏だけでなく四国の加盟校も来ていました。
大学受験生の減少が言われていますが、現実は小学校受験の広がり、中学校受験の一般化など、低年齢からの塾や家庭教師需要が増しているのは間違いがないようです。
教育に関する家庭の関心の高さと出費の比率が相関関係を持っています。実際中学受験を一流の塾に通って合格を目指すには3年間で200万円近く必要になります。平均的な家庭でもこれだけの出費は相当にきつい負担になります。私学に行っても、入学後の学校以外の教育費は相変わらず結構かかるものです。
教育は投資としては、かなり有効なものといえるでしょう。適切な教育により、学歴とそれに見合う能力を身につけた人物なら、そうでない人と比べてはるかに安定し高い収入が得られるチャンスに恵まれます。
わたしも教育投資という考えを否定するつもりはありません。ただ、教育によって得られるものが地位や収入というのは、情けないように思います。「社会に役立つ人間を育てる」というのが衛星予備校ネットワークの理念ですが、役に立つといっても具体的にどういうことか、内容がはっきりしません。学歴がなくてもそれこそ「一隅を照らす」ひと、社会の底辺でも地道に働く人は間違いなく「社会に役立つ人」だからです。
そういう観点からは大学出で「社会に役立つ人を育てる」というのは、医者や弁護士、官僚、エリートビジネスマンになれる人というのではなく、「学問を通して、品格と深い教養を修め、自分本位でなく、社会に貢献できる人物」を育てることだと考えたいところです。
究極は親が子供の幸せをどう考えるかに帰着しそうです。霞を食べて生きてはいけませんから、お金も大切です。世の中のたいていのものはお金で手に入れることが出来ます。お金を卑しいものだとは思いませんし、使い方しだいでは非常に有用なものです。しかし、幸福を目指すことが、お金を稼ぐことに矮小化されてしまうと、お金という手段が目的となって、かえって人の心の自由を失わせることになりかねません。お金がないのも不幸ですが、あれば幸福ともいえないのです。(私はいつもなくて苦しんでいますが)
小学生や中学生のお子さまに、親としてどんな幸福をつかんでほしいかということと、お金の大切さ恐ろしさについて、お話になるのもいいかもしれません。