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ユニフォームの着方も知らず、ボールの持ち方も知らなかった約6年前。ボール回しは1球投げては取りに行き、そのくり返しで続くことがなかったね。ノックを受けては万歳状態で(笑)今はそんなことを言ってもまさかぁ…って信じてもらえないくらい、みんな上手になりました。予期せぬ早い幕閉めの予感に心の整理がつかないまま学校へ到着。監督からの話の中で「ありがとう。」と6年生にお礼がありました。…あんなへたくそだったのに、 野球を充分楽しめるまでにしてもらえて こちらこそありがとうございます、だね…円陣で話を聞いていた子供たちの後ろには大きな虹。この子たちの少年野球での思いは、この虹のように、次のステップへと繋ぐ架け橋になることでしょう。
2009.02.12
6年生最後の大会は、予選リーグで1戦逃してしまい、決勝までいける可能性がほぼなくなってしまいました。0-1。今の6年チームの公式戦では0-1という試合をして負けたことがなかったように思います。思うところはありますが、一番悔いているのは子供達だと思います。ただ一つ、子どもが帰ってきて口にしたことは、生きた、活き活きとした大きな声援はとてもプレッシャーになるのだということ。相手チームの父兄の先制点をとったときの喜び、ウチのチームのチャンスを無事守りきった場面、自チーム内でのファインプレーの喜びの表現。気持ちに正直な大きな声援は結構伝わってきたとのこと。いずれにしても気持ちの面が大きいとして、今後野球をやっていくならば自分たちで立てなおしたり強い気持ちに奮い立たせることができる心の技術が必要でしょう。勝って締めくくるのもスカッとするけれど、0-1で負けたからこそ、これから成長することもあると思います。6年生のみんな、全員が怪我もせず、病気をしないで試合に臨めて偉かったよ。
2009.02.12
先日市内の公民館で思わず立ち止まって読み入ってしまった言葉です。 あじさいの道紫陽花を大願川の土手に植える計画が持ち上がり、公民館友の会を中心に実施されました。このアイディアのいいだしっぺ、今は亡き平野萬右ヱ門氏が、こんなことを言っていました。「ある会議で大願川の土手に紫陽花の並木を作ろうと提案したら 一笑に付された。しかし、俺ももう従心の歳になる。 人に笑われようと心の欲するところに従って行動したい。 幸い友の会や自然保護の皆さんが協力してくれる。 そして数年後、紫陽花が大願川の土手を埋め尽くして咲き乱れるとき、 それを美しいと感ずる心があれば、 広域農道を走る車から空き缶やゴミを捨てなくなるだろう。 それでいい。 そんな心情を次の世代に託したい。 大願川の名前のとおり、 俺の願いが大きな流れとなって実ることを託したい。」チームのロゴの由来には関係のない話なのですが、よく通る道路の川岸に毎年きれいに咲いてくれるあじさいの道が生まれる原点はこういうことだったんだ、と。最近、いろいろ考えます。考え込んだりします。もちろん野球に関することじゃなくて(笑)そんな時ね、思うんですよ。芯となる、核となる、軸となる思いが間違っていなければ、つまり人間的であるならば、そしてぶらすことがなければ、そこから枝分かれしてさらに枝分かれして葉がついていても一見、その核となる思いと関連がないように思えても進みながら自信がなくなったとしても大丈夫ってことを。きっとこの道はどんなに曲がりくねっても曲がっても不安になっても大丈夫って。一貫した人間的な思いであるならば。そんなふうに思いたかったので後押ししてくれるような言葉に出会えて感謝します。
2009.02.04
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