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2008年04月08日
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ぽんぽんの卒園式は、涙、涙だった。
最近涙腺が異常に緩いというのもあるのだが、最初の園児入場で園児たちが歩いてくる、その堂々として自信に満ち溢れた姿を見るだけで、こんなにりっぱになって、という思いで胸が一杯になり、涙に暮れる。こんなに早く泣くのは私だけかと思えば、隣のママも泣いていた(笑)。同時に、こんなに早く大人にさせられて、という複雑な気持ちもまじってしまうが、それと引き換えにしてもこの園で得た経験は、親子ともどもすばらしかったと、お式の間、涙を拭き拭き思っていた。

ぽんぽんの幼稚園は年長児にかける負荷がものすごく大きい。年少、年中と培ってきたことを年長で一気に爆発させ、表現させる。シュタイナー教育に対する憧れから、最初はそれがいやで仕方なくて、年長になったら辞めさせてやるとか息巻いていたのだが、ぽんぽんがちょうど年長になるころ、わたしの精神世界的なものに対するむやみやたらな憧れや現実的なものからの逃避傾向もすこし下火になって、あらためて園と向き合ってみると、ぽんぽん園は先生方の愛がほわほわと一杯に満ち溢れた場所であることにようやく気づいた。

シュタイナー教育のように、こどもたちの魂を覆いの中で守り育てると言う考え方はないけれど、ぽんぽん園はこどもたちにムリな背伸びはさせない。早期教育もしない。ここ数年、小学校からの要請でひらがな教育だけは年長さんから行うようになったけれど、それだって子供たちが自然にひらがなに興味を向けられるように、それはそれは工夫を凝らしている。郵便屋さんごっこが始まると、ぽんぽんは夢中になって字を覚えた。大好きな先生にお手紙を書きたいからだ。字なんかまだまだ覚えなくてよろしい、言葉を操れるようになるとそれだけ世界が狭くなるよ、などという私の思いなんかそっちのけで、毎日せっせとお手紙を書いては先生に渡し、友達に渡す。鏡文字はアタリマエ、右から左に横書きしたり、縦書きで下まで行って上に折り返したり、渦巻きみたいに書いてみたり、でも平気の平左で自信を持って「お手紙」を書いた。いくら先生でもこれは読めないだろう、というものには、ぽんぽんの了承を得て、下のほうに小さく「正解」を書いたりもした。

そんな様子を見ていると、この園にはやっぱり40年のノウハウがあって、こどもたちの気持ちや能力をちゃんと知ってて、その力を無理なく引き出すことに心を砕いてるんだなと、しみじみ思い、たかだか一人のこどもを育て、その片手間に数冊の本を読んだだけで、シュタイナーやらモンテッソーリやらに憧れて、園に対して斜に構えていた自分が、とても困った母親のように感じられた。ぽんぽん園名物戦場ヶ原踏破(ぽんぽんのときは荒天で中止だったけど)、運動会の組み立て体操、リレー、お遊戯会の合唱、合奏、マラソン、どれをとっても年長児は「えー、そんなにがんばらせちゃうの?」というくらいがんばらせる。でもその土台が年中までに完全に築かれているのだということに年長になってようやく気づいた。戦場ヶ原踏破に向けて、ぽんぽん園のこどもたちはしょっちゅう園外保育に連れ出され、歩かされていた。年中ともなると片道三十分から一時間、お弁当をはさんで往復する。道の安全や公園でのトイレなど、先生たちにとっても決して楽な保育ではないはずだ。組み立て体操のみごとなフォーメーションの移動は、年少、年中のときから体操の時間にすこしずつとりいれられているのだと、ほかのママに教えてもらった。ぽんぽん園のすごさはつねに土台がしっかり固められていることだ。いったん固まると、先生たちはこどもたちをそこから「よいしょ!」と持ち上げてその上の景色を見せてやる。そしてまた新たな地固めをする。このくらいの山ならみんな登れる、そのためにはこうする、というノウハウが、ぽんぽん園にはきちんとあり、その山登りがなによりこどもたちの自信につながるのだと言うことを、先生たちはよくご存知なのだと思った。

このことが一番象徴的に現れているのがぽんぽん園の制服かもしれない。つりスカートにリボンタイ、ブレザーの制服の着づらさに、最初のころは激怒したものだ。なんでもっと着やすく動きやすい制服にしてくれないんだろう、リボンタイなんて一人でできるわけがないし、汚れるのが気になって遊べないじゃないか…。でもあとから伺ってみると、この制服は三年間かけ、一人できちんと着られるようになるための制服のだそうだ。たしかに年少さんのころは先生方が一人一人のリボンを結んでくださっていたっけ。ブラウスの襟にリボンを通さず、直接首を絞めてしまう子がいて「わーっ、まって!先生がやる!先生がやるから!」と叫んでいた先生がいたなあ…

卒業式の感想を書くつもりがすっかり長くなってしまった。
結局、なにが言いたかったかと言えば、こどもの教育で大事なことって、やっぱり愛なんだよなあ、ということである。ぽんぽん園に対してもっとこうしてほしい、ああしてほしいという思いがないわけでは決してない。お遊戯会の内容、お歌の選び方、もっといえば保育の内容全般、やっぱりこどもを早く大人にしてしまうものだったと思う。もっと「夢の中」で過ごさせてあげられたら良かったとも思う。でもその大人になる過程の子供たちの一歩一歩に、幼稚園の先生方が愛を持って、きわめてじっくりと付き添ってくださったことに、とても感謝している。

卒園式の後、年少のときの担任の先生と記念撮影をした。この先生はぽんぽんが年少のときから三年間、クラスは違ったけど、ずっと同じ学年を持ってくださった先生で、先生も三年間見守った学年の卒園がひときわ堪えるらしくて、謝恩会のときから涙、涙…卒園式でもずっとこらえていたけれど、とうとう最後は涙声になってしまった。年少のときのぽんぽんはその先生が大好きで、コバンザメのようにその先生のお尻にくっついていた。

と私が言うと、
「そうですね。でも、もう一人で歩けるね」
とその先生がおっしゃった。なんだかその言葉が心にしみて、今でも思い出すたびに泣けてくる。

もう、一人で歩いていかなければならないんだな。

ぽんぽん園の先生方も、私たち親も、それがうれしくて寂しくて、たのもしくて心もとなくて、卒園式の式場を退場していく園児たちの姿を見ながらさらにさらに涙に暮れた。もう夢のようなこども時代が終わってしまう。「希望を胸に」とか「明日へ羽ばたく」とかいろんな言葉が飛び交うけれど、まだまだ未熟な私には、こどもたちが夢の世界からこの地上的世界に突っ込んでいくことが、辛いことのように思えてならない。
「…おばちゃんが守ってやるよ」
なんの根拠もなくそう思いながら、園児たちの後姿を滂沱の涙で見送った卒園式だった。
(いやあ、こんなに泣くとは思わなかったよ…)





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最終更新日  2008年09月23日 08時09分04秒
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