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2010年06月17日
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友人がブログで、マリアとマルタ姉妹の話を書いていたので、ちょっと書きたくなって。


このマリアとマルタの話は、ラファエロの絵の題材になるほど有名な説話のようです。
イエスがこの姉妹の家に訪れたとき、もてなしのために奔走するマルタと、まったく手伝おうとせず、イエスの話に没入するマリア。典型的なマルタの私は、
「じゃあ、食事のしたくは誰がすんのよ?」
と、マジでぶちきれます。

そもそもソウル9番「隠者」な私は、ほんとうはとにかくなにもしたくて、できれば形而上の世界でエゴと遊んでいたい、というタチのわるい欲求があります。だったら素直にマリアしてればいいのに、それでは誰も認めてくれないとばかりにマルタする。「女たるものマルタ当然」という一族のもとに育ったことも影響してると思います。親類縁者あつまると、もう台所はマルタだらけですわ。それにスピリチュアルに出会ったのが子育て激闘中だった、そしていまは両親の生活の手助けも仕事になり、有無を言わさずマルタだという話もあります。

そういう意味では、佐藤初女さんの、
「私にとって祈りとは生活です」
という言葉に支えられてきました。

だったら誰かのために、台所に入っておむすびをむすんでいる。
家庭の主婦という立場でも、祈ることはできる。
ACIM的に言えば赦すことはできる。
っていうより、主婦の仕事が祈りになる。

話し変わって…
イギリスの絵本にグレーラビットという絵本があります。(ピーターラビットのばったもんだと思ってた…)とても面白い、良質な絵本です。主人公のグレーラビットは、同居人である野うさぎとリスのためにすべての家事を喜んで引き受けています。野うさぎとリスには馬鹿にされているのですが、ある事件をきっかけに大変尊敬され、正確ではありませんが、野うさぎに
「いつも家事をぜんぶやらせていてすまなかった、暖炉の前の温かいイスにはぜひ君がかけたまえ」
とかなんとかいわれるんです。
するとグレーラビットは、家事は自分が好きでやっているのだからと、笑ってその席を辞退する。

「なんてできたウサギなんだ…」
絵本を読んで思わず感動してしまいました。


それにくらべて私ったら、
「私だってもっと本を読みたいし、勉強したいし、瞑想もしたいし、勉強したいし、家事以外のことがたくさんしたいのになんで私ばっかり…」
と愛のない家事をただただこなしていたんだなあって。
ああ、愛の深さでウサギに負けた私…。

親類縁者のマルタなおばやいとこたちは、みんなどこかマルタ度を競っている感じがします。いかに自分が主婦として女として、気の利く、できる女であるか。うちの親戚筋の女性たちじゃなくても、女性の集まりってけっこうそういうところがありよね。で、割とシニカルな私の母は、それをきらってわざとマリアになったりします。私もたまにやる。だから、一部では私たち母娘は「気の利かない人」と言われたりしていますw



おそらくマリアのような、姉が必死に働いているのに足元に座り込んでいる女はとんだKYだし、要はグラウンディングしてない形而上の住人。形而上の住人はどんなに学んでも「形而上」という世界の夢からはさめることができない。そこに兄弟はいないから。

むしろマルタのように、日常をきちんと、人のために働いて暮らしている人のほうが夢からは早く醒めるでしょう。

その働く動機が「愛」であればねっ!

「ちょっと、あんたたちのために、私はこれだけ働いてんだからね!私に感謝して、私がマリアなんかとは違う特別な女だって認めなさいよね!」
って言ってる間はNGですね。(ちゃんと聞いてるか?<自分)

「愛は伝えるものではなく、溢れ出るもの」
と師匠に言われて以来、そして神使者やコースが日本語にしてもらっているにもかかわらずぜんっぜんわからないという体験をして以来、言葉というものに対する不信感は日々募っております。きっとJの愛は、台所で立ち働くマルタにもあふれて伝わっていたんでしょうね。マルタが受け取るつもりになれば。


それでも、とくに私がそうだったんですが、自分の体感を言葉で明確に説明しないと腑に落ちないタイプなんかは(だから私の日記は毎回長いんだろうな)、この「言葉」と「言葉による体系」を獲得するために、形而上の世界に入り浸ることが不可欠なんですよね~。

だから、マルタさんにもJのお話を聞くチャンスがあればよかったなと、やっぱり思います。







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最終更新日  2010年06月17日 16時05分05秒
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