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A「発掘!あるある大辞典の『納豆でやせる』のデータは 丸っきりの捏造だったそうだね」B「まったく、番組制作者の倫理はどうなっとうのかね」A「過去の放送分も同様な事をやっていた可能性は大きいですから、 この問題は後を引きそうですね」B「この調子だと不正が次々と発掘されそうだね」A「でもほとぼりが冷めればまた同じような番組を作るよ。 特に「やせる」ってのは視聴者のハートを鷲づかみにしますからね。 実際にやせなくても、視聴率は増やせますから」
2007.01.20
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食品系の所でバイトすると、確実にそこで扱っている食べ物は、食べられなくなるね
2007.01.19
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一定条件下の会社員を労働時間規制の対象外にして、残業代をゼロにするというホワイトカラー労働時間規制適用免除制度(長っ!)。これの賛成・反対は個々あると思いますが、私はそれよりもこの制度の命名によってイメージががらっと変わるのが面白いなと思っています。『ホワイトカラー・エグゼンプション』by 経団連なんだかかっこいいです。RPGにおける極大魔法っぽい感じがします。「数多に存在せし精霊たちよ、大地を穢す者どもをここに浄化せよ! ホワイトカラー・エグゼンプションっ!!」しゅばばばばばば。関係ないけどメタボリック・シンドロームも極大魔法っぽくてかっこいいですよね。「暗黒の濁流よ!我に仇なす者を葬り去れ!メタボリック・シンドローームっ!!」『ホワイトカラー休日確保法』『休日家族サービス法』by厚生労働省幹部なんだか労働者救済のための制度かのように見えてきました。さりげなくカタカナが混じっているのがポイント高いですよ。言葉ひとつでここまで変わるものなのですね。こういうのって大事ですよ。またまた関係ない話になりますが、企業の収益をあげるために都合の良い存在として「フリーター」がいますが、これも「従来の型にとらわれない自由で新しい夢のある生き方」として一時はもてはやされましたが現実は日雇い労働者で、今はワーキングプアだとか、ロストジェネレーションだとか言われてます(あ、でもカタカナにするとかっこいい…)フリーって言葉が入っているけど、何が自由なんだかよく分からないわけで。次は「ハケン」なんかもてはやされたりして…。いや、なんかこれ、駅前にトラックが来るイメージですからもっとオシャレに「ギルド」って呼んでみるのどう?『残業代ピンハネ法案』by民主党・管直人代表代行なんか言葉にインパクトがないんですよ。こんなん流行りませんよ。一回聞いただけじゃ、何が言いたいんだかよくわかりにくいのがいいのです。まだ「サービス残業合法化制度」などの方がましです。もしくは「強制ボランティア制度」などナンセンスでいい感じです。『残業代免除制度』by 誰だか忘れた地味です。さらに酷くなりました。だいたい免除って何だこれ。免除って聞くと確かに「幸せ」な気分になるけどさ・・・『過労死助長制度』by過労死弁護団全国連絡会議やりすぎです。もはや本題からそれてきました。『国民が喜ぶ制度』 柳沢厚生労働相わーい、わーい。ついでなんで、ホワイトカラー・エグゼンプションに関する派遣の「ザ・アール」奥谷禮子社長コラムを抜粋してみます。若い人の中には、もっと働きたくてウズウズしてる人たちがいる。結果を出して評価を得たいから、どんどん仕事をするわけですよ。今まで8時間かけてた仕事を4時間でこなして、残り4時間は勉強に充てようとか、ボランティアをやろうとか、介護や育児に回すこともできる。 24時間365日、自主的に時間を管理して、自分の裁量で働く、これは労働者にとって大変プラスなことですよ。 自己管理しつつ自分で能力開発をしていけないような人たちは、ハッキリ言って、それなりの処遇でしかない。 格差社会なんて言いますけど、格差なんて当然出てきます。仕方がないでしょう。能力には差があるのだから。下流社会だの何だの、言葉遊びですよ。そう言って甘やかすのはいかがなものか、ということです。 さらなる長時間労働、過労死を招くという反発がありますが、だいたい経営者は、過労死するまで働けなんて言いませんからね。過労死を含めて、これは自己管理だと私は思います。 自分でつらいなら、休みたいと自己主張すればいいのに、そんなことは言えない、とヘンな自己規制をしてしまって、周囲に促されないと休みも取れない。挙げ句、会社が悪い、上司が悪いと他人のせい。ハッキリ言って、何でもお上に決めてもらわないとできないという、今までの風土がおかしい。 たとえば、祝日もいっさいなくすべきです。24時間365日を自主的に判断して、まとめて働いたらまとめて休むというように、個別に決めていく社会に変わっていくべきだと思いますよ。 同様に、労働基準監督署も不要です。個別企業の労使が契約で決めていけばいいこと。「残業が多すぎる、不当だ」と思えば、労働者が訴えれば民法で済むことじゃないですか。 もちろん経営側も、代休は取らせるのが当然という風土に変えなければいけない。うちの会社はやっています。 だから、何でこんなくだらないことをいちいち議論しなければならないのかと思っているわけです。 (週刊東洋経済・最新号より、抜粋) ま、みなさん頑張りましょう。
2007.01.12
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目を覚ます。そう認知出来る地点で、どうやら残念な事に今日の今日とて生きているようだ。地球という巨大な装置の中で、今朝に命を落とす人間の数があらかじめ設定されているとしたら、私が目覚めた事でどこかで誰かが命を落としているはずである。そう考えると痛快な事ではあるが、もし命を落としたのが美少女だとしたら私は朝から何とも罪深い事をしたものである。命を落としたのが男なら、一日一善の責務を既に果たした事になるのだが。そんな事をぐだぐだ考えて着替えようとした所ではっと我にかえる。一日に一度しか訪れない最高の妄想の機会を逃していた。朝は「お兄ちゃん朝だよ」の脳内ボイスで起き上がるべきなのだ。断っておくが、別に性的な意味で起き上がるわけではない。まぁ、明日に期待しよう。これで明日まで生きる大義名分が出来たわけだ。顔を洗う時は決して鏡を覗いてはならない。これは私にとって、モーセの十戒の如く、絶対遵守を義務付けられた戒律である。これを破ると今日一日、呪われた姿にされてしまう。この呪いは時間経過とともに回復し、元の「ジョニー・デップ似」の顔に戻るのではあるが、一時であれ呪われた姿になるのは遠慮したい。それにもし戻らなかったら命を絶つ以外の選択肢がないではないか。朝食。ここで試されるのは、食べられるものと食べられないものを、瞬時に識別する判断力である。白米は食べてよろしいが、箸はなるべく食べるものではなく、机にかじりつくのも紳士的ではない。納豆を口の中に入れるなどもどこぞの蛮族以外は慎むべき事である。変色した便所虫が粘着性のある糸を吐き出しているのが納豆なのであるが、たまに卵や味噌汁などに並んでなにくわぬ顔で卓上に置かれている事があるから用心せねばならない。長めの黒いコートですっぽり全身を覆って犬の散歩に出かける。自室にあるひきこもり空間を小型化し、携帯可能にしたのがコートという防寒具だ。他にも自らの存在を隠すためにサングラスなるものもあるのだが、かえって目立つために、むしろ「私をもっと見て」という顕示欲をありありと感じさせるアイテムになっている。芸能人がプライベートという名の営業中にかけている事があるが宣伝活動の一環なのは言うまでもない。今日は近くの公園まで向かう事にする。BGMはヨハン・セバスチャン・バッハの「G線上のアリア」イヤホンから聞こえる音に神経を集中させつつ、世界が核の炎に包まれ、自分以外の人間全てが死滅し、廃墟の中を犬と散歩するという牧歌的な光景を浮かべてみる。だのに空気も読まずに挨拶をしてくる近所のおばさん。枯れ木が喋るなよ。しかし、一応会釈だけはして通り過ぎる。私は死んだような虚ろな目をしたまま、口まわりの筋肉だけを笑顔の形にするのが大の得意だ。しかしここまで日記に書いたが…退屈で単調な夢の話などして何が面白いのか。私の現実はパソコンの電源を入れ、アニメを見ている時である。それでは、ごきげんよう。
2007.01.09
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