勘兵衛日綴帳

勘兵衛日綴帳

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

島田 勘兵衛

島田 勘兵衛

カレンダー

お気に入りブログ

2222222アク… かむ太郎さん

小人の日記 cohakuさん
ΜΙЙΑΜΙδΑΙΕЙ ○*:+。ΜΙΝΑΜΙSΑΙΕΝ.....φ(。・ω・。 )ちゃき。+:*○さん
そして幼児~ ちょっすんさん
Sun Dancer Sun Dancerさん

コメント新着

天変地異武男@ 格オタですか? 勘兵衛さんはスポーツ競技としての全空連…
当破@ 過去の日記に失礼致します 突然の書き込みをご容赦ください。 私北…
海のくまさん@ チン型取られちゃったw http://onaona.mogmog55.net/gwviskt/ 俺…
ドライブ好き@ 風呂入るのメンドクサイ! http://feti.findeath.net/0ts4of9/ 今日…
チリチリ@ 次は庭で全裸予定w http://kuri.backblack.net/q0lr8y-/ ち○…

フリーページ

2007年09月17日
XML
カテゴリ: 考え事
ブログを始めてから、最も長い文章で綴ってみようかな?



今日、世界柔道が開催している。

本日はメダルが期待されている「谷亮子」選手の試合もある。

世界において日本の「お家芸」とも言える柔道。

しかし最近の世界戦は、表彰台に上がれない事もしばしば。

柔道界において、世界のレベルが上がってきたという事になるが、

じゃあ日本のレベルが下がったのかというと、そんなことはないと思う。

ただ、日本より世界が強くなっただけなのである。

日本選手の実力も、毎年上がってきている。



「「柔良く剛を制す」という言葉が成り立たないじゃないか!」という人も
間違いなく居ると思うが、それは大きな勘違いである。

「柔良く剛を制す」ならば、その逆も又真なり!

「剛良く柔を制す」となりうる。

極真会館の始祖「大山倍達」の言葉に「技は力の中にあり」という言葉がある。

技が力を発揮するのではなく、力が技の威力を発揮するのである。


過去の名雄として「古賀稔彦」選手の必殺技「一本背負い」は
世界各国の選手が警戒し、対応策を講じたに違いない大技である。
しかし、警戒しているにも拘らず、取られてしまう「一本背負い」。

そして、世界戦・オリンピックと、この一本背負いは
古賀選手の代名詞となったのである。


その偉業が成し得たのは、外国人を寄せ付けない、
センスとスピードとパワーなのである。

今の選手にこれが足りないという訳ではないと思う。

ただ単に、世界レベルが上がり身体能力が高い外国人選手が強くなったのである。

それと、世界選手権における審判のジャッジも日本の感覚とは違うジャッジが多く、


しかし、だからと言って外国人びいきと言う訳でもない。
みんな殆ど同じ判定の元、試合を行っているのである。

もし仮に、日本バッシングという事であれば、
そのバッシングを跳ね除けるくらいの勝ち方を目指すことが、
判定に左右されず、選手のレベル向上にもつながる気がするし、
過去の日本代表もその心持で稽古に励んでいたであろうことは、
容易に想像が付く。

「金が取れなければ切腹」と言う心構えである。



空手家であるオイラが柔道を語るのもおかしな話だが、
オイラの中で、オリンピックを含めた世界戦で
最も記憶に残っている名勝負は、

1984年のロスアンゼルスオリンピック無差別級決勝。
山下泰裕 対 モハメド・ラシュワンの勝負である。

この大会の最中、2回戦目の西ドイツのシュナーベル戦で、
右ふくらはぎに全治3ヶ月の肉離れを起こした。

この事で、右前の自然体で組む山下の組手は、軸足が右前に出ることで
その後の試合が非常に不利になった。

この怪我は、他の選手にも気付かれた為、準決勝まで執拗に攻撃され、
厳しい試合が続いたのである。

そして、悲願の決勝。

1980年のモスクワオリンピックは、ソビエト連邦の
アフガニスタン侵攻に対する抗議が原因で、
日本オリンピック委員会(JOC)が出場をボイコットした為、
当時23歳で選手として絶好調であった山下は、オリンピック出場停止を余儀なくされた。

そして27歳に迎えたロスアンゼルスオリンピック。
選手としては、金メダルを取れる可能性が最も高い最後の大会。

何としても日本柔道と日本の誇りを死守すべく、
決勝の畳に上がったのである。

開始直後、それまで執拗に攻められていた右足を、
ラシュワンは狙わなかった。
※(という話だが、そうではないらしい。詳しくは
           「山下泰裕先生の詳細」に記載されています。)

そして苦手であった左足による大外刈りを狙うも、左利きの山下は
難なく大外返しに成功し、寝技により一本をとった。
忘れもしない、「右横四方固め」である。


全治3ヶ月と言う大怪我を負いながら、決勝まで上り詰め、
見事優勝した山下選手の凄さもさることながら、

あえて右足を攻めなかった、フェア精神の強いラシュワン選手にも
大きな拍手を送ると共に、最高の勝負を見せてくれた事に、
本当に感謝している。

ちなみに、山下泰裕選手は、
1977年10月の日ソ親善試合から1985年4月の全日本柔道選手権優勝を
最後に現役引退するまで「203連勝」の記録を持ち、
この記録は、前人未到であり、未だ破られていない歴史的大記録である。

道は違えど武道家として、勝負の真髄を見た一戦であった。

以上、空手家の戯言でした・・・。


山下泰裕先生の詳細





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年09月17日 19時45分49秒
コメントを書く
[考え事] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: