移動祝祭日にて。

移動祝祭日にて。

2010.04.29
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  雨上がり、ひとり立つ。
          ──仲井戸麗市の追憶の方法


 忌野清志郎が死んだのが去年の5月。それから、5カ月後、残された盟友、仲井戸麗市は、毎年恒例のようになっている渋谷AXのコンサートで、たった一人でRCサクセションの曲を演奏した。
 その模様は、ライヴ盤としてCDとDVDの形でリリースされた。タイトルは“アイ・スタンド・アローン”。STAND ALONE。辞書を引くと「孤立した」あるいは「並ぶものがない」とある。文字通り、たった一人になってしまった仲井戸麗市は、過去に並ぶものがない記録として、このライヴを成立させている。
 死者への哀悼を標榜して、作品を制作することは、ロックの歴史を繙けば、幾度となく出くわすことができる。ジム・モリソンの場合しかり、ジョン・レノンの場合、またしかり。ただ、その“死”をまだ冷静に受け止めることができないうちに、もっといえば、いまだ死が冷徹な事実としてとらえられないうちに、制作されたということでは、この作品は、稀有なものだ。
 仲井戸麗市は、コンサートの始まりで、「でも、そういうことが起こってしまって……」と、清志郎の死を説明する。そう、彼は、一度も「清志郎が死んで……」とは言わない。それは、このステージだけに限らない。清志郎が癌性リンパ管症で亡くなる、その最期を看取った者であるにもかかわらず、彼は、その後、何冊も出た雑誌やムックの忌野清志郎追悼特集号のどのページでも、清志郎の死を「そういうことがあって」とか、「そういうことが起きてしまって」という曖昧な語り口に終始する。
 かつて私は、仲井戸麗市に、こんな質問をしたことがあった。
 「後悔というのは、“やらなかった後悔”と“やった後悔”と2つあると思うんですが、あるアイドルが、『わたしは、やらなかった後悔とやった後悔なら、後者を選ぶ。そちらの方が、悔いが後まで長引かないで済むから』って発言してたんですけど、チャボさんにとっては、どちらの方が後まで気になりますか」。その時、彼はちょっと間をおいて、、ゆっくりとこう言った。「それはね、やっぱり、両方とも同じように後を引くよ。やった後悔の方が、やらなかった後悔より、マシだったとは、おれにはとてもじゃないけど、断言できない。いま、いくつかのことを思い出して言ってるんだけど、やっぱりそうだよ』。それは、まるで自分にもう一度言い聞かせるかのように、私には聞こえた。


    〇        〇        〇
 花田清輝は書いている。
──さて、父親の死の床で娘がさけぶ。「お父さんが死んであたし悲しいわ」。これは正確な言葉だ。いささか正確すぎる嫌いがある。そのために、ともすれば折角の愁嘆場を、ぶちこわしかねない台詞である。…(中略)大切な悲劇的クライマックスで、まず普通の劇作家なら、決してこういう間の抜けた白を、娘にさけばせはしないだろう。気の毒なことにお父さんばかりではなく、その白も死んでいる。観客は、そういう死んだ白を聞いて、悲しくなるよりも、むしろ悲しさとは反対の気持に、否応なしに追いやられてしまうにちがいない。……では、二十世紀の劇作家は、父親の死に際して、娘にどういう白を与えるか。一例としてオニールをあげよう。
「そうです、亡くなりました──お父さまは──その情熱があたしを創った──あたしというものを始めた──お父さまは亡くなりました。唯お父さまの最後が生きているだけです──お父さまの死が。それが生き返って来てあたしの傍に段々と近付き、又あたしを段々傍に引寄せて、あたしの最後がやって来るのです! どうしてあたしたち哀れな猿共は自分から離れて、言葉という音の後に隠れるんでしょう!」(岩波版『奇妙な幕間狂言』)。たしかに「お父さんが死んであたし悲しいわ」にくらべると大分手がこんでいる。「悲しいわ」などという原始的表現は、どこを探しても見当たらない。これならば、娘役の見世場も一応引きたとうというものだ。一九三六年度ノーベル賞の受賞者。独創的な劇作家。とはいえ──とはいえ問題はこれからである。断って置くが、正直なところ、私は右にあげたオニールの白を高く買うものではない。むしろ、「お父さんが死んであたし悲しいわ」の簡単率直を愛するものだ。いかにも芸術の世界では、「お父さんが死んであたし悲しいわ」という言葉は間のびしている。白々しい。いささか軽薄でもある。したがって、娘さんの悲しみに、私たちは素直に同感することができない。しかし、これが現実の世界でならどうだろう。案外、悲しみきわまった時、私たちはそういう紋切型の白を、大して不自然とも思わず平気でつかっているのではないだろうか──(『笑の仮面』)
    〇       〇       〇
 やった後悔とやらなかった後悔の両方を嫌というほど了解している彼。「清志郎が死んで悲しい」と決して言わない彼。にもかかわらず、かの人は、誰よりも早く、誰よりも前のめりに、誰よりもあからさまに、鎮魂と追悼のライヴを行い、それを作品として残した。今回は、あえてしゃべり過ぎることを選択したかの如く。そして、「アイ・スタンド・アローン」と、きまり切ったことを、声高らかに宣言する。そこには、追悼という紋切り型を持って、紋切り型を殺そうとするような意図さえ感じられる。
 古くからの友人であり、バンドを支えてきた両輪の一方であり、誰よりも忌野清志郎のことが分かっている人間が、偉大なるパートナーの欠落を抱えながら、過去のバンドの曲を再現する。それは、RCサクセションのファンにとっては、願ってもない、一番の望みでもあるはずだ。ここで、仲井戸麗市は、臆目もなくその期待に応える。それは、受け手にとっては、この上なきサービス精神の発露に映る。望んでも叶えられそうにない夢が、そのまま実現してしまうこと。そんな印象に近い。
 たとえば、遠藤周作の『沈黙』は、いささか乱暴に言ってしまえば、“神は死んだ”の一言をいわんがために、膨大なページを割いて物語が書かれている。仲井戸麗市の「アイ・スタンド・アローン」もそれと同種の役目を担っているのではないだろうか。彼は言わない。「清志郎が死んで俺は悲しい」と。しかし、25曲以上のお馴染みの歌と、彼の独壇場であるポエチュリー・リーディングによって表現されるのは、忌野清志郎が死んだという事実と、その喪失感の大きさである。
  もうすぐ、忌野清志郎の一周忌がやってくる。あっという間の一年間。青山ロックンロール・ショー。遺作の発売。そして、またぞろ、デビュー40周年記念の企画など、5月2日に向けて、囂しい日々がやってくるのだろう。たぶん、わたしたちの周囲でも、自分の都合のいいように、その死がとりざたされ、いかにして清志郎が、不世出のミュージシャンであり、鋭敏な才気を持ったものであるかが語られるに違いない。もう、その忌野清志郎の特集本の構成は、目に見えるようだ。
 「悲劇とは擬態である」。
 そこから、逃げる術はあるだろうか。それには、進んで言い放つしかない。一歩先んじて、明日やることを今日やってしまうしかない。漆黒の沈黙の中に身を置くのではなく、白日の下におのれの饒舌さを解き放つしかない。やってしまった後悔の後ろめたさは引き受けつつ。


 サンキュー、チャボ。あなたは、残された私たちの想いを十全に内包して、いや、その想いを一歩先、二歩先まで伸長して、代弁してくれた。
 そういえば、あなたのソロ・アルバム『絵』の“スケッチ 89夏”には、あなたのお父さんの俳句が挿入されていたっけ。いまでも、それは諳じることができるよ。
  お別れの 何か告げてる 目の涼し
  菊手向け 心づくしの 野辺送り
  コラもっと 日陰歩けよ 黄泉の道

 アデュー。





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最終更新日  2010.04.29 12:59:59
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