シルク特選~シルクで健康

シルク特選~シルクで健康

August 22, 2009
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今年の小正月を迎える前の1月8日に、実父が腰の痛みを訴え救急車で運ばれ入院しました。

遠方に住む私に連絡が来たのは2日後の1月10日。

この時点では母曰く、「腰が痛くて立てないし、痺れているから救急車呼んでくれ」と父に言われ、母がまごまごしながら電話すると、受話器を奪い自分でペラペラ所番地氏名を話し、歩いて脇を抱えられながら救急車に乗り込んだと言う事でした。

でもとうに70歳を過ぎて、あちこち具合が悪くなっても不思議の無い年齢、「万が一って事も有るといけないと思って、大丈夫だと思うけど連絡だけしておこうと思ってね」と電話で知らせた経緯を話してくれました。

2週間程度で退院出来ると診断されて、私もその2週間が来る頃に「どう、具合は良くなって退院の運びになりそう?」と電話しようと思っていたのに、電話したら当初の予定とはまるで違う事になって居ました。

連絡の電話を寄越した直後に、幻覚や妄想、自殺願望などを口にしだして、ご飯のお茶碗に虫が居る、壁にも虫が這いずり回る、母に向かって『もう死にたい』と言い出す始末と言う事で、母に病気の診断名は何?、どんな治療をしているの?と電話口で問いかけてもこれがまた母も全く要領を得ませんでした。

ただ、父の腰痛はこの時点で既に「脊椎管狭窄症」であり、持病としておそらくは10年来持って居た病気でした。

特に趣味もなく、一旦定年後同じ会社に二次就職でお世話になりながら、暫く過ごしていましたが、その後は以前は車で1時間程度の距離に住んでいた私のところへ孫の顔を見に遊びに来ることですら、1時間座って運転すると腰が痛くてダメだと言い出し、母を買い物に連れてスーパーへ出ても、車から降りる事無く運転席に根っこでも生えたように座って動かない、若い頃から、人の頼まれごととか、家の周りの修理とか、その手の事は動いてこなしても、定年辺りからは体の為に歩くとか、動くと言う事はまったくしない人でした。

結局こういう生活が体を余計に悪くする、筋力を落とす、更に長年の不摂生から心房細動に見舞われて入院する事が数回あり、今回のお正月の入院になったのですが、今までは入院しても数日程度で安静を採り退院していたのですが、今回は入院後数日であれよあれよと言う間に、痴呆状の症状が出てきたのでした。



母はと言えば、酒量の多い父に苦労しながらも、本来外交的、父も家では暴君でも外面はばっちり、さらに細かい書類の整理や書き物など、社会生活に必要な手続き関連は全て父が受け負い、母は父が近くに居なければ宅配物の伝票でさえも自分では書かないような人なので(お店の人に「字が汚いから書いて貰っていいですか?」と何時も頼んでいたがちゃんと読める字で有るのに、全く事務的な作業をする気がサラサラ無く、自分が面倒と思うことは全くシナイ)その手の細かい事を全くしないで数十年以上を生きてきたため、父が居なくなった途端に、父の入院手続きから相当手間取って居たと思います。

しかし父の容態は、思いのほか違う方向へ進み、病院食だけで済ませれば良いところ、腕の痺れも訴えて居た父の為に、看護婦に任せずに(勿論看護婦の対応が気に入ろうが入らなかろうが完全看護です)母が食事の介助をして、食事を与えている時に誤嚥を起こし、そのまま誤嚥性肺炎を起こし、これを切欠に意識状態も悪くなり、数日間は寝たままの状態で呼吸器を付けられ、おそらく抗生物質を点滴で入れられていたようでした。

この肺炎の時ですら、母は疲れた疲れたといいながら「私が毎日病院に行って居る、誰も来やしない」(実際には知り合いや近くに住む兄弟はそれなりに出入りしてますし、誰しも自分の生活が有ります)と言いながらも父の傍に付き添っていたようです。

今どんな事病院でされて居るかと母に聞くと「なんだかわかんないけど口になにか管通されたり鼻からなんか吸ったりしてる」と答え、薬は飲んでいるかと聞けば「薬も飲まされているみたい」との返事でした。

この時に成り初めて先の誤嚥が原因で誤嚥性肺炎を起して実際には生死の境に父が居た事が解りました。

母は「病院で婦長が(婦長さんの事は大嫌いなんだそうです)○○さん、もしこのまま呼吸器つけないといけないと言う事になったらどうしましょうか、ご家族と考えておいて下さいね、って言われたんだけどどういう事?解らないんだけど。。。」と私に電話を寄越してきたので、肺炎で状態が悪くなったから、このまま良くならないと息も出来なくなるし、食事も出来なくなるから、命を永らえるように息が出来るように処置するか、もし息が出来なくて苦しいようでもそのまま天に召されるように何も処置しないで置くか決めてくださいって事なのよと、説明するとやっと理解はしましたが、それでも母はどうしていいか解らないと言うので、私は(これ以上母には全ての事に無理があると思い)つけない方が良いと思うと伝えました。

説得力は無いかもしれませんが、74.5歳の男性と言えば日本人の平均余命で大往生でしょうと付け加えました。

でも峠をこしたら見る見る回復し、相変わらず幻覚や痴呆状の症状を呈しながら、元気になったけど意味不明の事を言い出す父を叱り飛ばしながらも、きっと母は嬉しかったのだと思います。

病院の食事は不味い、看護婦は病人を子供扱いして癪に障ると言いながら、お酒と甘い物が好きだった父に、「何が食べたい?」と聞いてはお腹空いたと訴える父に甘い物を与えては、「腰から下が悪くて歩けないんだから可哀想で食べるしか楽しみないでしょう!!」と言いながら、せっせと沢山食べさせて『アルコール性も含めた老人性痴呆症と脊椎間狭窄症』で、重くて移動も大変な介護人泣かせの立派過ぎる体格の痴呆老人が出来上がっていました。

遠方なので私が介護する事は無いのですが、今回はお見舞いで子供と主人とやっと休みを合わ旅費の工面なども手伝って貰いお見舞いしました。

少し前に母の弟で私の叔父夫妻に当たる人が600キロ以上離れている関東から、我が家へ来てくれて、その時も「お父さんあんなぐずぐずになって困ったね」と話して居たのですが、その直後から誰に聞いても「どこがボケてるの?」と言われるほどに回復した父は、私から見ても99%はまとも、むしろ昔から『宇宙人みたいな』空気の読めない母よりよっぽどまともに感じる父でした。



主人とも「仕事はどうですか?」なんて話を父から言い出して話しかけたりして父の状態がとっても悪くて言葉も朧な時に見舞ってくれたらしい私の従姉妹にも帰省中に父と合わせたのですが、その従姉妹も「おじさんなんともないよね、前は何言ってるんだか全然解らなかったけど普通にじゃベってるよね」と言われ、皆が口々に病院職員や(現在は介護老人保健施設に居ます)介護の方もしっかりしていると言ってくれます。

母はそれを聞いて最終的に「そうなんだよね、頭はもうなんとも無いんだよね、みんな大丈夫って言うもん」と言い出す始末ですが、残念ながら痴呆症である事に間違いは無いのです。

たった1%程度ですが、話がぽ~んと彼方へ飛びます。

介護施設から許可を得て、施設外へ食事に出る事を許されて、大人数でわさわさと沢山の人達の手を借りて出たのですが、父は私の運転する車の助手席で、故郷を暫く離れていて道がわからない私の為に、手足は不自由でもしっかりした口調で道案内をしてくれました。

でも、1%の彼方が時折顔を出し、バスや電車の交通機関で行けない母罹かり付けだった眼科医院まで案内すると、『駐車場は向うだけどこのあたりの田んぼの傍に車止めれば医者に行けるから停めて』なんて言い出したり、(実際に場所は母の罹っていた医院の前です)ボケても心配はしているし、医者に連れて行かなきゃって思って居るんでしょう。





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Last updated  August 22, 2009 03:31:57 PM
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