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娘も3才半を過ぎた。可愛いけれど、最近は自己主張が強くて本当に疲れる。お隣のママさんが子どもを怒鳴りまくっていたり、外出先でめちゃくちゃ不機嫌なママさんを見かけたりする度に、「あんな言い方しなくてもいいのに・・」と思っていた私だけれど、最近は、自分がそんな言い方ばかりしている。毎日反省して、毎日「今日こそ優しいお母さんでいよう」と思うのだけれど、イラっとすると抑えられない。自分は穏やかな方だと思っていたし、たぶん他人にもそう思われているし、他人に対してそんなに腹が立つことはないのだけれど、ダンナや娘に対しては感情が抑えられない。大好きなのに、イライラしてたまらなくなる。感情の振れ幅が大き過ぎるのは、家族という甘えがあるからだろうか。そして、私の胸が一番痛むのは、後で娘に「ごめんね」と謝った時の娘の反応だ。「気にしなくていいんだよ。お母さん悪くないよ。お母さん大好きだよ。」私よりも、娘の方がよっぽど大人だ。3歳の娘に、人間として負けている。情けない・・・。
2011年12月27日
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娘も2歳を過ぎた。心配していた筋肉の難病については、詳しい検査の結果、幸いにもごく軽い部類だということがわかった。日常生活にはほぼ支障はなく、医師の診た感覚では、おそらく普通の人の7割くらいの筋力ではないか、とのことだった。標準的な子供よりはだいぶ遅かったけれど、1歳9ヶ月の頃から歩くようになり、今では走り回っている。歩く姿は他の子供に比べて少しぎこちないけれど、今のところ、素人がぱっと見てわかるほどの差はないように思う。でも小学生くらいになったら、体育の授業についていけなくなるかもしれない。娘が、自分は他の子供と違うと気がついて、傷ついたりいじけたりするかもしれない。それが原因でイジメられるかもしれない。そんな風に将来のことを考えて心配になることはあるけれど、先のことはわからないし、考えても仕方がない。・・ということで、普段はほとんど、娘の病気のことは忘れている。私にとっては、ただの可愛い娘。「抱っこして」と両手を伸ばして近寄ってきてくれる娘がいる日々を、ぎゅうぎゅう抱きしめて、過ごしていきたい。
2010年07月24日
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4月に仕事復帰してから、早3ヶ月。復帰と同時に部署が異動となり、仕事も職場の人間関係も、ゼロからのスタート。働きながら家事や育児をするという日々の生活には慣れてきたけれど、新しい仕事(というより上司)に、全く、慣れることができない。この3ヶ月の間、上司に何度も怒鳴られてしまった。怒鳴られることは誰にとっても嫌なことだろうけれど、子供の頃から怒鳴られた経験のあまりない私にとって、それは恐怖以外の何者でもない。上司の逆鱗に触れるポイントがわからず、何をするにも「また怒鳴られないか」と不安で一杯になり、すっかり萎縮してしまっていることが、余計にミスを誘う。私が自信を持って仕事を進められるようになれば、解決する問題だとは思う。でも、この上司の下で、私が自信を持って仕事ができるようになる自信がない。それが苦しい。帰宅後も休日も、上司のことが頭から離れない。毎朝、また会社に行くのかとたまらなく憂鬱になる。家族旅行の計画を立てようとしても、全く楽しい気分になれない。うまく気持ちを切り替える術を身に付けなければ、精神的にやられてしまいそうだ。
2010年06月30日
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ダンナがタバコを吸った。結婚する時、タバコは吸わないとダンナに約束させたのに。元々私はタバコの臭いが大嫌いなのだけれど、絶対に吸うなと約束までさせたのは、ダンナの健康上の理由が大きい。ダンナは以前、脳血管疾患で入院したことがあり、再発したら普通の生活には戻れない可能性があると言われている。そういう人を生涯の伴侶とすることは、未亡人になるとか、ずっと夫の介護をしていかなければならないとか、そういったリスクを背負うことだ。結婚する時、私は私なりにその覚悟をした。だけどその覚悟は、少しでも再発のリスクを減らす努力(=禁煙)をダンナがするというのが条件だ。ダンナがタバコを吸うことは、自分の命を縮めること。自ら自分の命を縮めることをするのは、私や娘に対する裏切り。「吸ったら離婚」と、半ば本気で言い渡したし、ダンナも了承したはずなのに。今までにも何度か疑わしいことはあり、その度に問い詰めてきたけれど、「吸ってない」と言い張ってきたダンナ。だけど、ついに喫煙の現場を目撃してしまった。おまけに、今までにも何度か吸っていたと白状した。約束が何度も破られていたこと、そして何度も嘘をつかれていたこと。腹が立つというのでもない、裏切られて悔しいとか悲しいとかいうのでもない、なんとも言えない負の感情がむくむくと広がっている。「吸ったら離婚」と言ってはいたけれど、これで離婚はさすがにできない。だけど、ダンナに対して、心の底から笑える日はまた来るのだろうか。
2010年03月15日
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1歳半の娘がつかまり立ちをするようになった。少し前まで、立たせてあげれば立っている、という状態だったのが、最近では自分で何かにつかまって、にょきっと立ち上がれるようになった。初めて自分から立ち上がったのを見た時は興奮したけれど、最近ではすっかり慣れてしまい、「あ、また立ってる」と思うだけだ。感動した事が日常になり、また新たな感動があり、それもまた日常になり・・その繰り返しで、子どもはどんどん成長していくのだろう。ひとつのことにずっと感動し続けることはできないけれど、感動を持って娘の成長を見つめた記憶だけは、忘れないでいようと思う。
2010年01月22日
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娘も1歳半を過ぎ、言葉もだいぶ理解するようになってきた。可愛さも倍増だけれど、自己主張も強くなり、イライラさせられることも度々。感情が抑えられずに冷たくあたってしまうこともあるけれど、そんなことがあった後でも、娘は、にこっ、と、愛らしい笑顔を返してくれたりする。1歳半の娘に負けているなぁと思う瞬間だ。私の方が大人げない。育児は育自。まったくその通りだと、日々痛感している。
2010年01月19日
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もうすぐ1歳半になる娘は、筋肉の病気(多分)のため、まだ立つことができない。外出していて声をかけてくださる方に娘の年齢を言うと、「じゃぁもう歩くでしょ?」と言われる。今までは「うちの子は遅くて」と答えて流していたけれど、そろそろ普通の子が歩き始める個人差の範囲の年齢を超え、「遅くて」では済まなくなってきた。これからどう答えようか。「病気なので」と説明するしかないけれど、そんなことを聞かされれば、相手の方は返答に困るだろうし、多少なりとも精神的に負担になるだろう。病気だと説明して、見ず知らずの他人に無用の同情をうけるのも、嫌といえば嫌だし・・。こんな時に、うまい答えかたがあるといいのだけれど。
2009年12月23日
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我が家の体重計は私が大学生の頃から使っていたもので、購入してから、カレコレ10年ほどになる。身長と性別を登録しておくと体脂肪率がはかれるものなのだが、先日、娘がボタンをいじっている所をのぞいて見ると、そこに表示されていたのは、元彼の身長だった。登録できる4つのボタンを押してみると、1つ目は私、2つ目はダンナ、3つ目は大学時代の友人、そして4つ目に元彼。最近はもっぱら1つ目のボタンしか使っていなかったので他のボタンのことはすっかり忘れていたけれど、こんなところにも元彼の名残があったのか。なんだかタイムスリップしたような、懐かしい気分。消去するのも面倒なので、この体重計が寿命を迎えるまで、きっとこのまま放置されるだろう。いつか娘が話せるようになったら「これ、誰の身長?」と、聞かれるかもしれない。そんな想像をするのも、また面白い。
2009年09月09日
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筋肉の難病らしい。運動発達が遅いとは思っていたけれど、病気だったとは。幸い命にかかわるものではなく、進行性のものでもないようだけれど、歩けるようにはならないかもしれない。歩けるようになっても、筋力の低下は一生続くから、階段は手すりがなければ昇れないとか、重いものは持てないとか、日常生活にも多少の支障はでる、とのこと。今はまだ、無邪気に笑顔をふりまいている娘だけれど、いつか自分の病気に気づいて、悲しんだり傷ついたりする日がくるだろう。どうしてこんな体に産んだのかと、私を責める日もくるだろう。娘がつらい思いをするだろうことを思うと、たまらなくせつない。でも、私たちが暗い顔をしていて、娘にいい影響があるわけがない。今は、娘の病状が少しでも軽くすむことを祈りつつ、笑顔を忘れず、日々娘の成長を見守っていきたいと思う。
2009年08月25日
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無差別殺人が起こったとき、以前なら、もしも自分や自分の周りの人たちが被害に遭ったらどうしよう、と、そんな不安を抱いていた。でも子どもが生まれてからは、そんな不安にプラスして、もしも自分の子どもが加害者になってしまったら、と、考えるようにもなった。誰でも良かった、なんて言って人を殺めてしまうような、そんな人間にだけは、してはいけない。親が子どもに残すべき最大のものは、財産でも教育でもなく、『自分は親に愛されている』と、子どもが確信できることではないかと思う。愛されて育った記憶があれば、人はそんな犯罪は犯せないんじゃないだろうか。加害者たちの親が悪かったと思っているわけではない。きっとどの親も子どもを愛していたはずで、でもそれがうまく伝わらなかったのだと思う。どうしたら子どもにきちんと伝わるような愛し方ができるのか。わからないけれど、私なりに精一杯やっていくしかない。
2009年07月10日
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7月から仕事復帰の予定だったけれど、保育所は定員いっぱいで入れず、結局、来年3月末まで、育休を延長することになった。結果を知った時はショックを受けたし、結果を職場に報告する時にはなんだか情けなくてなぜか涙が出そうになってしまったけれど、今はもう、すっきり。自分の思い通りにいかないのが人生。思い通りにいかないことが、この程度のことで良かったじゃないか。育休を延長したからといって、首を切られる職場でもない。(復帰時の風当たりは強くなるかもしれないけれど。)神様が、もう少し娘と一緒に過ごしなさいと言っているのだと、そう思うことにする。すっぱりと頭を切り替えて、残りの育休生活、たっぷり娘と楽しもう。
2009年06月29日
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最近成長目覚ましい娘は本当に可愛いけれど、単調で達成感のない毎日が退屈にも思える。娘にとっても、私と2人きりで狭い家で過ごすよりも、たくさんの同年代の子供たちと一緒に遊べる方が有意義な気がする。俗だけれど、仕事復帰しないと収入がなくなってしまうのも、正直つらい。だから娘を保育所に預けてそろそろ仕事に復帰したいのだけれど、通所可能圏内の保育所は既に定員一杯であきがなく、来年4月まで待たなければならない可能性が高い。来年4月までなんて、気が遠くなるほど長く感じられる。その間、良い精神状態で過ごせるのか心配だ。でも、運よく保育所に入れて仕事復帰できたとしても、猛烈に慌しい日々が待っているのは目に見えている。慣れない仕事をしながら、今丸1日かけてやっている家事を、朝晩だけでこなさなくてはならない。それに、娘と過ごす時間もわずかになってしまう。毎日時間に追われる中で、良い精神状態で過ごせるのか心配だ。保育所に入れても、入れなくても、嬉しくもあり、残念でもあり。
2009年05月26日
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数年前に退職した元同期の結婚式に出席すると、同期全員が招待されており、元彼も来ていた。当日はそれなりにお化粧をしてヒールの高い靴を履いていたけれど、毎日のぐうたら専業主婦生活が顔ににじみ出ていないだろうか、と、久しぶりに会う元彼を前に、緊張した。元彼は気さくに話しかけてくれたし、不意に私にカメラを向けて写真を撮ったりもした。そんなささいなことを、やっぱり嬉しく思ってしまう。親しげに話していると、元彼も私のことを嫌いじゃないなと変に安心してみたりするけれど、元彼は、元々そういう性格の人だ。私のことなんか今はただの同期としか思っていないだろうし、今後、個人的に会うこともないだろう。いつまでもいつまでも緊張しているのは私だけだと思うと、なんだか悔しいけれど、どうしようもない。
2009年05月06日
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娘をつれて、初めての海外旅行を計画している。バリ島は、因縁の場所。入社1年目に会社の同期5人ででかけたバリ島旅行は、元彼と付き合うきっかけになった。元彼とは移動の車内やホテルの部屋で長い時間を共に過ごし、距離が縮まり、帰国後ほどなくして、付き合うことになった。あの時は、バリの景色よりも美術よりも食事よりも、隣に座る元彼(当時はただの同期、そして今もただの同期)の言動ばかりが気になっていたなぁ、と、懐かしくせつなく思い出す。今回、ダンナと娘とのバリ島を幸せに過ごすことができたら、元彼とのバリ島の思い出から、せつなさを少し減らせるような気がする。そんな意味もあって、行き先はバリ島。そんな意味は、ダンナには内緒だけれど。実は数年前、当時付き合っていたダンナとも行こうとしていた。直線にテロが起こったためキャンセルしてしまったけれど、その時も、そんな意味を意識していた。今度こそ、無事に行って帰ってこられますように。そして、ダンナと娘と楽しく幸せに過ごせますように。
2009年04月20日
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娘が生まれて、私は母親になった。でも、自分が母親であるということに、そこはかとなく違和感を覚える。娘は可愛い。最低限のお世話はできていると思うし、いつか娘が自立するまで、責任を持って見守っていかなければ、とも思ってはいる。それでも何だか、「母親」とはもっと偉大な存在のような気がして、自分が母親だと胸をはって言えない。街で出会う他のお母さん方はみんな立派なお母さんに見えるけれど、私はなんだか自信がない。自信がないというよりも、子供の人生に責任を持つ覚悟が足りないというべきか・・。子供が生まれても、まだまだ私自身がコドモだ。この小さな愛らしい生き物を私が育てていていいのだろうか、と、不安にもなるけれど、きっと娘は、こんな私とダンナを選んで生まれてきてくれたと信じて、一緒に成長していくしかない。
2009年04月16日
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もうすぐ9ヶ月になる娘。ぷにぷにでぽよぽよの小さな体は本当に愛おしい。ほっぺにすりすりしたり、おしりをくるくるマッサージしたり、ぎゅっと抱きしめたり。柔らかで、すべらかで、温かくて気持ちいい。娘に好きなだけ触れられるのも、赤ちゃんである今のうち。大きくなったら「セクハラ!」と怒られそうなことも、今ならにこにこと嬉しそう。今のうちに、たっぷりと娘を楽しもう。
2009年03月21日
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8ヶ月になる娘はたまらなく可愛いけれど、たまらなくイライラさせられることもある。何をしても泣きやまなかったり、忙しい時に叫び声をあげて抱っこを要求したり、なかなか寝てくれなかったり。今は、圧倒的に私の方が強い。娘が泣こうが叫ぼうが、放置しようと思えばそう出来る。そんな、とても残酷な気持ちになってしまうことがある。たまにだけれど。これが思うだけでなくなったら、虐待と言われるのだろうな。今はまだ、大丈夫。これから先もずっと、大丈夫でありますように。
2009年02月25日
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同じマンションに住む、小さい子どものいるママさん2人と知り合いになった。その2人が2人とも言ったセリフ。「うちに遊びに来てください。突然ピンポン、でいいので。」突然の来客なんて、私だったら迷惑だ。子どもがやっと寝てくれた所かもしれない。手が離せない家事の途中かもしれない。一息ついて、リラックスしている時かもしれない。家が片付いていないかもしれない。そんな状況はきっと彼女たちにもあるだろうに、それでも「突然・・」と言える彼女たち。社交辞令ではあるだろうけれど、それでも、私はそんなセリフは言えない。突然ピンポン。してみたいような気もするけれど、やっぱり、どうしてもできない。
2009年02月13日
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中学生の頃、いじめにあった。登下校を共にする近所の友達、同じクラスの友達、同じ部活動の友達。学校生活の中心を占める3場面での友達たちに、なぜだか一斉に、無視されてしまった。学校生活の、どこにも居場所がない。それは半年ほどで落ち着いたけれど、その経験は、いまだに私に影を落としている。私は今じゅうぶんに幸せだし、当時を思い出して苦しくなるほどのトラウマもない。私をいじめた人たちに対する恨みも、ない。だけど、もしもいじめにあわなかったら、私はきっともっと、からりとあかるい人間でいられただろうと思う。そんな私に出会ってみたかったなと思うことも、ないではない。
2008年12月21日
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2週間くらい前、風邪を引いた。そして数日前も、体調が悪くなった。どちらも、月に一度の子育ての集まりがある日。せっかくのママ友をつくる機会だから行かなきゃ、と思っていたけれど、結局どちらも行けなかった。人見知りする私は、新しい場へ出て行くのが本当に苦手。そういう場に行きたい、行かなきゃ、と思いながら、無意識に体が拒否しているのかも知れない。なんだか自分が情けなくなるけれど、寒い時期だし、頑張って赤ちゃんを外に連れ出さなくてもいいか、と、自分をなぐさめることにする。
2008年12月03日
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この間、ダンナが言った。「○○ちゃん(←娘の名)の手がキラキラ輝いてる。」指しゃぶりをする娘の手は、いつもよだれでべとべと。その手で、私やダンナの顔や服を触る。可愛い娘とはいえ、私もダンナも、そういうのはすこし苦手なのだけど、“キラキラ輝く”と表現すると、なんだか素敵。家事や育児に気が利かないダンナにイライラすることも多いけれど、今回はちょっと見直した。苦手なことも、ちょっと表現を変えるだけで気分は変わる。前向き(?)なダンナに感謝。娘とべったり一緒の毎日にうんざりすることもあるけれど、できるだけ楽しんで過ごしていこう。
2008年11月26日
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最近、人の違いがわかるようになってきたちびさん。義母やダンナが抱いていて泣き始めても、私が抱けばすっと泣き止んでしまう。義母は「やっぱりお母さんがいいのね」と、すこし寂しそう。ダンナは「嫉妬するわ」と、拗ねてしまう。そんな2人を横目にちびさんを抱っこするのは、ちょっとした優越感だ。周りがどんなに可愛がってくれても、ちびさんにとっては私が一番。一番であることがうっとおしく思える日もあるだろうけれど、この優越感が味わえるのは、何年くらいの間だろう。いつか私が一番ではなくなってしまう日がくることが今から寂しいけれど、その日がくるまで、たっぷりと優越感に浸って過ごそう。
2008年10月23日
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どの赤ちゃんもそうだろうけれど、うちのちびさんも抱っこが大好き。抱っこしていて、寝たなと思ってベッドに降ろそうとするととたんに顔がゆがむけれど、抱きなおすと、すっと寝顔になる。いま寝てたやん、とツッコミたくなるけれど、腕の中で安心しきって眠るちびさんはたまらなく可愛い。もしも私が手を離したら、ちびさんは落ちて死んでしまうかもしれない。そんな不安定な状況で、眠りという無防備な状態に落ちていくってものすごい信頼じゃないだろうか。・・・数年前、祖父母の葬儀が重なり、心身ともに疲れて倒れてしまった母に添い寝をした時、母は私を抱きしめ、「こんなに大きくなって」というようなことを言った。母の腕からはみだしてしまう自分の体が、なんだかとてもせつなく感じたことを、最近よく思い出す。100パーセント頼るだけの存在だった母が、自分を頼るようになってきたせつなさ。今は私の腕にすっぽりおさまるちびさんも、10数年もたてば私より大きくなってしまうだろう。そして今は私に全てをゆだねている状態のちびさんは、逆に私に頼られる存在になるだろう。そんな日が来るまで、ちびさんの信頼に応え続ける母でありたい。
2008年10月03日
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祖母は、認知症だった。同じことを繰り返し聞き、徘徊し、最後の方には食事も下の始末もできなくなり、入院し、徐々に意識がなくなり、数年前に亡くなった。祖母の言動に対して、病気だから仕方ない、と頭ではわかっていても、こみあげるイライラが抑えられず、ついキツイ言葉を浴びせてしまうこともしばしば。私だけでなく、家族の誰もが、祖母に対して優しくありたいと思いながら、うまく感情がコントロールできずにいた。祖母は、家の中でどんなに寂しい思いをしていただろう。怒られてばかりの家に、祖母の居場所はなかっただろう。どうしてあの時、もっとうまくやれなかったんだろう。私たちの対応が違うものだったら、祖母は晩年をもっと心安らかに過ごせただろうに。いつか私に孫ができたとして、私がいくら孫を可愛がったとしても、私はきっと孫に優しく扱われないだろう。そしてその時に、あの時の祖母の気持ちを本当に思い知るんだろう。
2008年09月11日
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ちびさんとの生活も、早2ヶ月あまり。毎日毎日、オムツを替えて、授乳して、抱っこしての繰り返し。単調で、社会から切り離された毎日。でも、産まれたての頃や、1ヶ月前のことが、既に懐かしく感じられる。同じことの繰り返しのような毎日だけれど、ちびさんは確実に成長している。今の姿は、今だけ。こんなに一緒にいられるのも、今だけ。ちびさんを24時間間近で見ていられる日々を、かみしめて過ごしたい。
2008年09月05日
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生後1ヶ月を過ぎた頃から、ちびさんを連れてお散歩をするようになった。ダンナがいるときはベビーカーに乗せるけれど、私ひとりの時は、抱っこ紐が身軽で便利。小さな赤ちゃんを抱っこして歩いていると、特に子育てを終えた世代の女性から声をかけられることが多い。「何ヶ月?」「かわいいね~」「懐かしいわ~」赤ちゃんは公共の財産みたい。私が独り占めしていてはいけなくて、誰にでもこの子を可愛がる権利がある。そんな風に感じる。結婚してこの土地に引っ越してきて、出産前まで仕事をしていた私は、地域とのつながりが全くない。きっとこれから、ちびさんを通じて人間関係の輪が広がっていくのだろう。できるだけたくさんの人に関わってもらって、子育てをしていけますように。
2008年08月29日
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会社の同期たちから出産祝を頂いた。取り急ぎお礼まで、と、全員あてに携帯でメールを送ったら、一番最初に返信があったのは、元彼だった。漢字がちょっと読みにくい私の子どもの名前について、「読めないけど、ネットで検索したら結構いるんやな」と。私の子どもの名前について、ネットで検索するという行動を起こしていること。そして、返信が一番早かったこと。そんなことが、いまだに嬉しく感じられてしまう。元彼と別れてからもう7年。元彼に対する、微妙で複雑な感情との付き合いももう7年。自分が充分に幸せな状況にあっても、元彼の言動は、きっと一生、気になってしまうだろうけれど、それでいいような気がしてきた。
2008年08月20日
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義母とは、結婚前、結婚へのダンドリや結婚式について間接的にモメて以来、良い感情は持てなかったし、どうしても打ち解けられない雰囲気があった。同居ではないから、たまに会う時に表面的におだやかにお付き合いができれば充分、と、結婚後もそんな付き合い方をしてきた。彼女にとって初孫になるはずの、私の妊娠がわかった時も反応は薄かった。積極的に子どもに関わりたいという雰囲気ではなく、「大変な時、私にできることなら手伝ってあげるけど・・」という、消極的な言い方。手伝って「あげる」という、上からの物言い。だから子どもが産まれても、義母との付き合い方は変わらないかも知れないと思っていた。ところが、産まれたとたん、豹変。義母は、私が出産のため入院になった日、外出の予定をとりやめて駆けつけてきた。そして産まれた赤ちゃんを見て涙を流し、私の入院中、毎日毎日、赤ちゃんを見に病院にやってきて、「(新生児室に並んでいる赤ちゃんの中で)冷静な目で見ても、この子が一番可愛いわ」とおっしゃった。今でも週に一度は必ず赤ちゃんを見に来るし、「授乳の間の時間なら私が見てるから、買い物でも行ってきたら」と、積極的に預かろうとしてくださる。とろけた表情でばばバカ全開の義母を見るのは、悪くない。子はかすがい、というのは、夫婦間だけじゃなく嫁姑の間にも当てはまるのかも。・・これがまた、新たな火種にもなり得るとは思うけれど。
2008年08月11日
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ダンナには、出産に立ち会ってもらった。感動の瞬間を一緒に迎えたい、と思ったわけではなく、出産がどんなに苦しいものかを見ておいてもらいたい、そう思ってのことだった。実際に痛いのは私だけ。ダンナがいても何の役にも立たないだろう、と、そう思っていた。でも、違った。断続的に耐え難い陣痛の痛みが襲ってくる間、ダンナが側で声をかけてくれたり、マッサージしてくれたりすることが、どんなに心強かったか。・・・たとえそれが的外れであったとしても。ダンナは、私の入院から出産、そしてその日の病院の面会時間ぎりぎりまで、ずっと側にいてくれた。思えば妊娠中も、「よく歩くように」と言われている私に付き合って、週末ごとに長時間のお散歩に付き合ってくれた。ダンナのおかげで、幸せな妊婦生活、そして出産だった。子どもが産まれたら子どもが第一で、ダンナのことはどうでもよくなるんじゃないかと思っていたけれど、ダンナへの思いは、妊娠出産を経て、より強くなった。改めて、今までありがとう。そして、これからもよろしく。
2008年07月29日
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予定日より2週間ほど早く生まれて来たわが子との生活も早1ヶ月が経過した。24時間、べったりちびさんと一緒の生活。外出もできないし、食事も睡眠も、ちびさんのペースに合わせるしかない。なかなか寝付かなかったり、大泣きされたりするとイライラもするけれど、ちょっとした仕草や表情はたまらなく可愛いし、私の腕の中にすっぽりとおさまる小さな体は本当に愛おしい。でも、くるんとした瞳で見つめられると、なんだか全てを見透かされているようでどきっとしてしまう。私の子ではあるけれど、私の分身ではないし、私のものではない。ちびさんが自力で人生を生きていけるようになるまで、大切に、守り、育んでいかなければ。そしてそのためには、私自身がちびさんに対して恥ずかしくない人間にならなければ。でもまずは、無事に産まれてきてくれてありがとう。
2008年07月24日
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産休前、職場の女性たちのほとんどが、「産まれてきたら大変だから、第一子が産まれるまでの産前休暇の間が唯一のんびりできる時。一人の時間を満喫してね。」と、そういう言い方をした。そんな中で一人だけ、「産まれてきたらものすごく可愛いよ。楽しみだね。」と言ってくださった人がいた。私自身は、前者の思いが強い。あと1ヶ月もすれば確実に子どもは産まれているのだろうし、産まれてきたら、もう二度と子どものいない人生には戻れない。・・何もトラブルがなければ。だからできれば、少しでも長い時間、一人でのんびりできるよう、予定日を過ぎてから産まれてくれた方がいいなと、今は思っている。でも、産まれて来たらその瞬間に、後者のように思える自分でありますように、と願わずにはいられない。
2008年06月20日
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近所を流れる川には、この時期、蛍が舞う。仕事から帰ってきたダンナと夕飯を済ませてから、夜のお散歩にでかけた。梅雨入りしたとは思えない好天が続くここ数日、日中はかなり蒸し暑いけれど、夜はひんやりとした空気が気持ちいい。ゆらり、ぽつり、と、あちこちで小さく光る蛍。来年は一緒に見ようね、と、大きなお腹に話しかけてみた。
2008年06月15日
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ついに臨月に突入し、出産予定日まであと約1ヶ月。赤ちゃんの下着や服や消耗品を整理した。入院時に持っていくものをバッグに詰めた。チャイルドシートを車に取り付けた。必要最小限のものはそろえられた、と思っているけれど、何か忘れていそうでこわい。でもこんな作業をしていても、大きくなったお腹の中でちびさんにぐにぐにと動かれても、いまだに自分が母親になるという実感がわかない。まだ見ぬわが子が愛おしくてたまらない、とも、正直思わない。もちろん嫌だというわけではなく、なんというか、ただただ、実感がない。本当にこのお腹の中で、ちびさんが生きているなんて。それがもうすぐ、産まれ出てくるなんて。こんな私が母親で大丈夫だろうか、とも思うけど、皆やってることだからなんとかなるか、とも思う。どうもまだ、他人事のような気分。何はともあれ、元気に産まれてきますように。
2008年06月09日
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産休に入って約1ヶ月。朝ダンナを送り出してから、夜ダンナが帰ってくるまで、家事をしたり、本を読んだり、お昼寝したり、お散歩したり。やれることはいくらでもあるはずだけれど、必要に迫られないことには、なかなか体が動かず、ついつい、ごろごろ、ぐうたら過ごしてしまう。毎晩ダンナに「今日は何してたの?」と聞かれても、報告は1分で終わってしまう。せっかくの貴重な時間なのに、全然有意義に過ごせていない。そんな中、職場の女性たちがお食事に誘ってくださった。職場にまつわる話をたくさん聞かせて頂いて、仕事は相変わらず大変そうなのだけれど、話ぶりが面白くて、久しぶりに大笑いした。そして私のぐうたら生活についても、「ゆっくりできるのも今のうちだから、いいのよ」と肯定して頂いて、すこし心が軽くなった。お腹のちびさんが出てくるまであと少し。ぐうたらも含めて、この生活を満喫することにしよう。
2008年05月28日
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二胡と揚琴のコンサートに行ってきた。お寺の本堂の仏像の前で、ろうそくと必要最小限の電灯の灯りの下での演奏。二胡のなめらかな音色と、揚琴の繊細な響きと、雨が屋根を打つ音に、時々、鳥の鳴き声が混じり。昔から音楽には疎くて普段はコンサートとは無縁の私だけれど、二胡を習っている友達のおかげでこういう機会が得られたことに感謝。素敵な夜をありがとう。
2008年05月25日
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出産前、夫婦2人の最後の思い出に、と、憧れのホテルにお泊りしてきた。そのホテルは、私が結婚するまで住んでいた場所にほど近い。結婚前、ダンナともよく歩いた街を散策し、お気に入りだったお店を何軒かのぞいたり、「ちょっとこの路地を入ってみよう」と、気ままにぶらぶらと歩いて思いがけないところに出たりと、懐かしい街を、そして新たな発見を、十分に楽しんだ。そして予想以上に楽しかったから逆に、子供が産まれたらこんな風に自由に歩けなくなる、そう思って、なんだか無性に寂しくなってしまった。夫婦2人の気楽な暮らしが失われることが今は寂しくてたまらないけれど、子供のいる生活は、私にとって未知の世界。子供との暮らしに、不自由を補って余りある、まだ私の知らない種類の幸せがあると期待したい。
2008年05月19日
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この4月、課内での係が変わり、席も5メートルほど移動した。私のいた係には女性職員が私の後任としてやってきて、アルバイトを含めて女性が3人いるのだけれど、この女性3人が、皆、本当によくしゃべる。少し離れた席にいて皆のおしゃべりが聞こえてくると、なんだか仲間外れにされているようで寂しい気分にもなるけれど、反面、しゃべってばっかりいないで仕事しろ、とも思い、いらいらもする。私は昔から、いわゆる“おばちゃん”達が途切れなく延々とおしゃべりし続けている状況が苦手で、近くで聞いているだけでなんだかいらいらしていた。よくそんなに話すことがあるな、と呆れてしまうのだけれど、いらいらの本当の原因は、そんな風にしゃべり続ける能力が私にはないという、嫉妬なのかもしれない。
2008年04月25日
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胎動が激しくなってきた。最近は服の上からでも、お腹が波打っているのがわかるほど。元気なのは嬉しいけれど、お腹の中で自分の意思とは関係なく、ぐにぐにもぞもぞ動かれる違和感はたまらない。それにお腹のちびさんが動いていると、何か反応してあげないと無視しているようでかわいそうに思えてしまい、ついつい、お腹を触ったりつついたり、声をかけたり。そんなこんなで、日中は仕事にもさっぱり集中できないし、帰宅後のダンナとの会話も、ちびさんの動きで遮られる。夜もぐっすり眠れない日が続いている。よく動いてくれるのは嬉しいし可愛いのだけれど、自分がちびさんに侵食されているような気分。でも産まれてきたらしばらくは“自分の時間”なんてものは一切なくなるのだろうから、こうやって徐々に、赤ちゃん中心の生活ペースに慣れていくのかな、と思う、今日この頃。今しか味わえない、ちびさんの動き。せっかくだから、ダンナも一緒に十分に楽しんで過ごそうと思う。
2008年04月10日
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4月。人事異動の時期だけれど、今年は異動がなかった。今の部署で私が産休に入るのは周囲の負担が大きいと思い、異動を希望はしていたけれど、戦力にならない人員を引き取ってくれる部署はなかったようだ。ただ、担当が変更となり、仕事の負担はだいぶ軽くなった。その分周りの負担が増えていることを申し訳なく思いつつも、もうすぐ産休に入るのに、大きな仕事を受け持つわけにもいかない。雑用的な仕事に徹しているのはらくちんだけれど、周りがバリバリと仕事をしているなか、単純作業しかしていない自分がすこし寂しくもある。でも最近お腹がよく張るようになってきて、無理ができなくなってきた。特に仕事帰りは約10分の道のりも遠く感じられ、のろのろとしか歩けなかったり、途中で立ち止まってしまうことも。だからせめて定時にさっと帰りたいのだけれど、残業が当たり前で定時になっても誰も帰ろうとしない職場の中にいて、早く帰るのは相当勇気がいる。産休まであとわずか。申し訳ないけれど、今は皆さまに甘えさせてもらおう。そして将来、自分の周りに介護や子育てで配慮が必要な人がいる時に、その人が少しでも気を遣わなくて済むような配慮が、自然にできるような人間にならなくては、と思う。
2008年04月05日
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大学時代の友達で、精神科に通院している子がいる。その子とは大学時代、わりと仲良くしていた。わりと仲良くしていたけれど、その子の被害者意識が強いところが、苦手でもあった。その子の話はいつでも、「Aさんが私の手柄を横取りする」「先生も私をバカにする」といった種類のもので、聞いていて苦しい。「ひどいと思わへん?」と同意を求められても、それが事実かどうか判断しかねる私は、あいまいに聞き流すことしかできない。大学卒業後はあんまり会っていないけれど、たまにその子からメールが届いたりすると、ちょっと緊張する。「また会いたいね」と言われても、その子と会って楽しいひと時が過ごせるとは思えないので、私は「会いたい」とは思えない。それでも、私を信頼してくれているらしいその子との関係を、積極的に切ってしまうことにも抵抗がある。そんなこんなで、一定の距離を保ちつつ細々と関係が続いている。いつか、その子と会うのを心から楽しみにできるような、そんな関係になれるといいのだけれど。
2008年03月20日
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外出中、私が気になる人たち。まず普通に気になるのは、外見に特徴のある人。太っているとか、やせているとか、個性的な服装をしているとか。それと、歩くたびに細いヒールが曲がっている女性。足首をくじきそうで、見ていて怖い。そして非常に気になるのは、歩く姿勢に特徴のある人。背中が丸まっている人とか、足を引きずるように歩いている人とか、両手を必要以上に横に広げてペンギンのように振っている人とか。どんなにスタイルが良くても、お洒落をしていても、姿勢が悪いというだけで、私にはとても格好悪く見えてしまう。もったいないなぁ、と思いながらそんな人たちを見つめてしまい、目が離せない。と同時に、自分は見苦しくない姿勢で歩けているだろうか、と気になってしまう。
2008年02月24日
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上司の上司の上司の上司(社内でもかなりエライ人)は、妊娠の報告をしたときも、ついこの間も、「病気じゃないんだからな」と強調した。なんだかその言い方が「妊娠を言い訳にしないで、仕事は今まで通りにやれよ」と言われているようで、正直ちょっとカチンときた。私の妊娠経過は今のところ順調で体調も良い方だけれど、体には大きな変化が起こっている。満員の通勤電車でめまいがして座り込んでしまったり、展覧会を見に行っても途中で気分が悪くなって早々に会場を後にせざるを得なかったりと、今までにはなかったトラブルがある。確かに病気ではないけれど、普通の健康な体とは明らかに違う。だからこそ、労働基準法にも妊婦を守るための制度があり、電車でもバスでも、妊婦は優先座席に座れるようになっている。(まだお腹が目立たないので気が引けて、優先座席には座れないけど。)妊娠のせいで周りにかける迷惑は最小限にしたいと思って、仕事の場では多少無理をしてでも今までと同じように働いてきた(つもり)。妊娠中にその権利をふりかざす人もいるかもしれないけれど、きっと多くの働く妊婦は、周りに気を遣って多少の無理をしているはず。でもそうやって無理をして頑張っていても、「病気じゃないんだから、当たり前」と思われてしまうなら、報われない。
2008年01月26日
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最近、胎動らしいものを感じられるようになってきた。夜ベッドに入り、横になってお腹に手をあて、じーっとお腹に意識を集中する。お腹の中でぽこんという感覚があったり、お腹の皮膚の下に何か硬いもの(足?)を触ることができたり、そんなひとときがとても幸せに感じられる。今までは「私」ひとり、という感覚だったけれど、最近では「私と赤ちゃん」とが常にふたり一緒、という感覚。確かにお腹の中で赤ちゃんが生きているという実感は、なんだかすごく不思議だけれど、この感覚を味わえるのは、女性ならでは。ダンナは「ずるい」と言うけれど、夜寝る前の赤ちゃんとの対話タイムは、これからの習慣になりそうだ。
2008年01月20日
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学生時代に好きだった人からの年賀状で、彼が昨年結婚したことを知った。その人からは学生時代に告白されたけれど、その時の私には付き合う勇気がなくて、逃げてしまった。気まずい思いを抱えながらも、卒業してからはほとんど会うこともなかったけれど、会えば普通に、友達として話をしていた。あれからもう、10年。お互いに、新しい人生を歩き始めたんだなぁ。今さら未練もないけれど、お相手がどんな方なのかは、とても気になってしまう。・・・・・就職浪人時代に付き合っていた人から新年のメールがきて、彼がこの1月の転勤で、私の住む地方に来ていることを知った。その人とはずっと遠距離で、それが解消される見込みがなかったから、というのも原因のひとつで、別れることになった。その人が、近くにいる。街を歩いていてその人に会う可能性もあるかもしれないと思うと、複雑な気分。会ってみたいような気もするけれど、会ってどうなるものでもない。どうなるものでもないけれど、なんだか気持ちが動揺する。別れてからもう8年、その間一度も会っていないけれど、そろそろ会ってみてもいい時期、なのだろうか。・・・・・元彼である同期からは、家族3人の写真入りの年賀状が届いた。1歳になる彼の子供は、彼にそっくり。子供を抱っこする奥さまを、彼が後ろから包むように抱いて写っている写真は、家族の幸せを象徴しているようで目が離せず、何度も何度も、眺めてしまった。幸せな家庭を築いているんだなぁ。別れてから6年。自分が結婚しても、子供を授かっても、フラれて別れた元彼に対する複雑な感情は消えない。この感情とは、いつまでも付き合っていくしかないんだろうか。・・・・・新年に知った、過去の人たちの動向に相変わらず動揺している私。でもそんな動揺も、子供が産まれたら頭から飛んでしまうだろう。今年の目標は、まずは無事に出産を迎えること。そして、家族3人で健やかに楽しく、暮らしていけますように。
2008年01月05日
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妊娠が判明した。年齢も年齢だし、挙式が終わればすぐにでも、と思ってはいたけれど、実際にできてみると、仕事のあれこれや出産後の育児不安などもあり、判明直後は嬉しさよりも、ほんまにできてもた・・・、という戸惑いが先にたってしまった。つわりはそれほどひどくないとはいえ、体調は不安定。男性の上司たちは理解ある言葉はかけてくれるものの、内心では迷惑に思っていることも伝わってくる。私自身、以前アルバイトの女の子から妊娠を告げられた時に真っ先に頭に浮かんだのが“また私の負担が増えるやん”だったので、他人のことは言えないんだけれど。唯一の救いは、二児の母でもある女性の同僚。周りに気を遣って無理をしがちな私に対して、「妊娠中はもっとわがままになっていいのよ。 病気じゃないとは言っても大きな変化が起こってるんだから、 体は大事にしなきゃ。」と、励ましてくれる。去年までは私とアルバイトさん以外は男性ばかり。もし妊娠が去年だったら、もっとしんどかっただろうと思うと、このタイミングで授かることができたのは、運が良かったのかもしれない。何かと不安は尽きないけれど、まだ数センチの赤ちゃんが胎内で動いている姿を見ると、かわいさも感じられるようになってきた。元気に大きくなって、無事に産まれてきますように。
2007年12月22日
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今日はお友達の誕生日。学生の頃はほぼ毎日会っていたから「おめでとう」も直接言えたし、ちょっとしたお祝いもできたけれど、社会人になってからはめったに会わない。携帯メールで「おめでとう」が定番になって早何年。今年は手書きのカードを送ろう・・と思っていたのに、送らないまま今日を迎えてしまった。携帯メールはとっても便利だけれど、そのお手軽な感じが少し寂しい。何もないよりはメールで「おめでとう」があった方が嬉しいけれど、郵便でカードが届いたらもっと嬉しいような気がする。少し遅れてしまうけれど、やっぱりカードを出してみようか。
2007年11月17日
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この間、とっても気になることがあって、ぼーっと考えごとをしながら上司にお茶を淹れていた。お茶を淹れるのは、毎日毎日のルーティンワーク。頭を使わなくても体が勝手に動いている。いつものように急須にお茶の葉を入れてお湯を注ぎ、上司の湯のみにお茶を注ぎ、ふたをしてお出しする。そして、また別の上司にお茶を出そうとして、はっと気がついた。湯のみを間違えた・・・。今までこんなミスをしたことはなかった。自分が本当にぼーっとしていたんだなぁと実感すると同時に、笑って「ごめんなさい」で済むミスであってよかったと、心から思った。ルーティンワークも、心を入れてやらなければ。
2007年11月01日
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高校卒業以来、私は約10年間、気楽な一人暮らしをしていた。結婚前、数年間の交際期間中、彼とはよく会っても週に1回、予定が合わなければ月に1回、ひどい時は3ヶ月くらい会わなかったりもした。だから正直結婚を決めた時は、毎日彼と顔を合わせるのは苦痛なんじゃなかろうかと、少なからず恐れていた。毎日毎日一緒なんて、うっとおしいんじゃないか。家事能力もやる気もない彼に、イライラするばっかりなんじゃないだろうか。一緒に暮らしてみないとわからない、何か耐え難い変なクセを彼は持っているんじゃないか・・だけど意外と、楽しかった。毎日毎日顔は合わせるけれど、24時間一緒なわけじゃない。イライラすることも多々あるけれど、彼の思いやりを感じて幸せに思うこともある。嫌なクセはいくつかあるけれど、今のところ耐え難いというほどではない。ちいさなケンカは日常茶飯事だけれど、そうやって微調整を繰り返して、ふたりの生活をうまく馴染ませていくのも、結構面白い。
2007年10月24日
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同僚の女性職員にちょっと疲れている。4月に異動でやってきた彼女は、上司ではないけれど、年齢も身分も私より上。だから教わることも多いのだけれど、接していると疲れてしまう。何が疲れるって、彼女はとにかくよくしゃべる。そして文句が多い。「何でこの仕事を私がやらなあかんの。」「あー疲れた。」「いまの人、こわーい。ああいう人、きらい。」と思いきや、突然「あのお菓子めちゃおいしかったよねー」とくる。ついていけない。勝手にしゃべっているだけなら聞き流せばいいけれど、時々同意を求められるので困ってしまう。最初は頑張って対応していたが、だんだん疲れてきた。最近は彼女の話に答えようがなくて黙ってしまい、ちょっと冷たかったかな、と反省することもたびたび。すこし距離を置きたい気もするけれど、社内で貴重な女性の先輩として、味方にはつけておきたい。話を真剣に聞いているフリ、がうまくできればいいのだけれど。
2007年10月18日
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この間、グアムで挙式してきた。近いというだけで選んだ、何の思い入れもないグアム。クリスチャンでもないのに、チャペルでの挙式。こんなのは「結婚式」ではなく、単なるイベントだ。そう思っていた私は、結婚式を淡々と迎え、そして淡々と過ごしてしまった。それでも、ウェディングドレスを着ている間は、私が主役。式を終えてドレスのままホテルに戻ってくると、居合わせた人たちが「わ~きれーい」とか、「おめでとう」とか、言ってくれる。写真を撮られたりもする。自分が主役の一日なんて、もう一生ない。見ず知らずの人たちに祝ってもらえるなんて、もう一生ない。そう思ったらむしょうに寂しくなってしまい、ドレスを着て過ごしたほんの数時間や、挙式準備の数ヶ月を、もっと心から味わえば良かった、と少し後悔した。そして挙式2日後のグアム滞在中、式を終えてホテルに戻ってきたカップルに遭遇した。ウェディングドレス姿の花嫁を見て、たった2日前の自分を思い、でももう二度とあの姿にはなれない自分を思って、なんだか本当に寂しかった。グアム挙式なんてただのイベントと思っていたけれど、海は綺麗だったし(雨だったけど)、まだ新しいチャペルも清潔感あふれる美しさだった。参列してくれた姪っ子(11ヵ月)はかなり可愛かったし、「化粧が濃い」と文句を言いながらも、少し涙目になっている母を見て、ちょっぴり感動もした。終わってしまってすごく寂しい思いもあるけれど、ウェディングドレスを着ることができて、本当に良かった。気に入って選んだドレスは、まだ部屋につってある。もう二度と着ることはないけれど、処分する気にはなれないし、ハサミを入れて何かにリメイクする気にも、まだなれない。
2007年10月12日
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