永礼 盟の楽天日記
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片口 勝が亡くなった。ワシが語れる人では到底ないのだが、あえて書かせて頂く。今から9年前、ワシが介護職に転職した時、その数年お世話になった人だった。とっくに終わっていたうちの会社に投資し、命を少しのばしてくれた人だった。当時鳶職と言うものを全く知らなかったワシに、江戸っ子なるものを教えてくれた人だった。凄い人だった。改めて凄い人だと思う。当時の日記を添付したいと思う。前社長と、その時の社長だった片口氏を自分の感情のままに書いた日記だった。Jとは前社長、マサルは当時の現社長である。今日、現場にJが来た。店長に用があったようだ。そろそろ、うちの会社も社員の身の振り方を検討する段階に来たようである。それを、Jが担当してるらしい。1日の本社ミーティングで今後どうして行きたいか? レポートを提出しろと言う話になったようだが、今日のJの言い分は違った。レポートではなく、それぞれの社員の意志を知りたかったそうだ。ワシは、正直に嘘偽りなく、今後のことを話した。いわれた言葉は、「辞めるときは、急に辞めるな。」だった。同時に、「あっそう。じゃ、五月以降は、勝手に就職活動するのね。」とも言っていた。どうやら、自分が社員のめんどうを見るのが、かなり億劫らしい。ワシの意志を伝えることで、こいつはめんどうを見る必要はないと判断したようで、安心していたようだ。他の社員も、自分で道を切り開く人には、同じような言葉がかけられたらしい。会社をこんな状態にした張本人が、偉そうにしてるのか不思議だった。なぜ、アルバイトの給料が遅れ、社員の給料が遅れだし、ボーナスが無くなったのかは、全て、Jの家が始まりだ。成城の街に買った家。それが、これだけ借金を増やす原因になった物である。それでも、いい車に乗り、肩で風を切って歩く姿に、好感が持てるだろうか?本人は、社長のプライドを守るために、良い車に乗り続けたらしいが。社長がボロッちい車に乗っていたら、社員が悲しむとも聞いたことがある。そんな人柄なので、今更驚きもしなかったが、あれで、社員に信頼されてると思っているのだろうか?そう思ってなかったら、言えない口振りだ。その時の話を、少し書いちゃおうかな?J:「あんた、これからどうすんの?」俺:「はい、自分は介護の道に進んでいこうと思っています。今、資格を取得するために、勉強中です。」俺:「あっそう。じゃ、五月以降は、会社に頼らないで、自分で就職活動するのね?それだけが聞きたかったんだよ。安心した。」俺:「はい。詳しくは、レポート提出させていただきます。」J:「レポートなんていらないんだよ。会社に依存しない意志が聞ければそれで良いよ。今、会社は体力がないんだからさぁ、その意志だけ確認出来れば、レポートなんて、いらない、いらない。色々あるんだよ。残りたいって言う奴がいたら、口きかなくちゃいけないんだからね。そう言う問題があるんだよ。じゃ、あんたはいいのね。」俺:「はい。自分の気持ちは、その線で固まっていますので、地道に頑張ります。ただ、施設の面接を受けて、その結果次第では、五月まで頑張ることが出来ない可能性があるんです。」J:「ああ、いいよ。明日、急に辞めるってことがなければ、いつ辞めてくれても構わないから。ただ、明日の今日じゃ、解ってる通り会社は体力がないんだから。二ヶ月でも、三ヶ月でもいいよ。早めに言ってよ。」俺:「解りました。面接の結果が届いたら、レポートを書こうと思ってたんですが、、、、」J:「ああ、いらない。あんたの気持ち解ったから。」そう言い放って出ていってしまった。社員の今後を考えるのではなく、社員が会社に依存するか?が知りたかったようだ。Jがやってる新事業を成功させるために、ワシら社員は、邪魔なようである。何となく、形だけは責任をとろうとしていたが、悲しいかな、それは責任逃れに過ぎない行為だと、本人気づいてないらしい。もし、社員の今後を本気で考える気があるのなら、その態度はないでしょ?「これで、あの店舗の誰と誰は、勝手に動きますから、放っておいていいでしょう。」そんな報告を現社長にするに違いない。自分の気持ちを、なぜかJに語られるのがイヤだったので、Jがいなくなったその場で、現社長に電話をした。自分の意志を伝えると、親身になって話を聞いてくれた。そう言う人だ。とび職の、ドンの中のドンなので、義理人情に熱い。「君の気持ちは、よく分かった。その線で行くなら、頑張ってくれ。もし、五月まで頑張れないのだとしたら、それは仕方のないこと。その時は、早めに言ってくれ。もし、その施設の線が駄目なら、五月まで、頑張って欲しい。」Jも、現社長のマサルも、言ってることは、似ている。しかし、根本が全く違う。マサルは、その人の未来を案じ、アドバイスしようとしてくれているのに対し、Jは、会社に依存させないように、誘導していたのだった。話を、聞こうとする姿勢と、話を、すり替えようとする姿勢の違いである。ワシがいなくなったところで、会社的には、痛くも痒くもないだろうが、人の手配をする人の苦労。時間が重なったときの焦り、ギリギリのラインで行われている業務が回ってくれるだろうか?それが、気がかりだ。なんか、自分が抜けてしまったから、人員不足で穴が開いたじゃ、申し訳ない。(決して、自意識過剰な気持ちではない。)しかし、今まで、それがネックとなっていたこともあったが、今は、逆に新しい道へ踏み出さないといけない状態になっている。これを、チャンスだと悟って頑張っていきたい。五月まで頑張るか、そうでないかは、自分の未来と相談して決めようと思っている。ここで、いなくなるのは、ワシこそ、責任逃れなのかもしれない。しかし、何年か先、何十年か先を見たときに、どっちが正しいであろう?そう悩んだ。兎に角、悩んで、悩んで、悩みまくった結果、自分に力を付ける事が大事だと思った。色々な資格があると思う。何が、自分に向いているか?何が、自分をやる気にさせてくれるか?一生懸命考えた。このホームページを立ち上げた頃、それは、決まったのだった。『介護』と言う名の職を、自分の手に持とうと。今、その技術を習得する第一歩を踏み出している。選択は、在宅か、施設か、どちらかになると思うが、自分は、施設から入っていきたいと決心した。その、チャンスがやってきているのである。自分の心は、決まっている。その時が来たら、改めて報告しようと思っている。それは、誰が為ではない。自分の為なのだから。。。。。片口氏のご冥福をお祈りする。
2010.01.30
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