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以下の記事は前後編に分かれています。まず前編からお読みください。→ 前編高級品というよりは日常品を作りたい。大衆が日常で使うからこそ文化となります。--------そこまでして、日本製にこだわられるのはどうしてでしょうか。「日本製にこだわっているというより、『本物』を作りたいと思っているんです。洋服やその他の西洋文化のものならまだしも、着物や足袋、扇子等、そのルーツに日本の暮らしや文化的な背景があるものに関しては、日本の職人が作るのが本質だと思っています。そして高級品というよりは日常品を作りたい。大衆が日常で使うからこそ文化となります。伝統技術を使いながら今の時代に合う日常品を作ることで今の日本文化を作ることが出来ると思うのです。戦後60年はアメリカに支配され、日本は効率化の時代だった。いかに安く簡単に作って大量に売るか。そればかりを時代が考えてきた。結果、今、安いものはあふれています。けれど、質がいいかというと、必ずしもそうは言えない。安ものは安いなりに、ですよね。技術継承や文化を無視して安物を作れば、日本の技術は衰退するだけでなく、良いものを長く大切に使うという意識が育ちません。それを助長する会社にはなりたくない。和の本質を捉えたもの。それは使い込まれ、いい感じに朽ちていってさらに愛着がわくような…そんなものを作るメーカーになりたいと思っています。」--------朽ちていく。いい言葉ですね。伊勢木綿も洗えば洗うほどやわらかさが増し、光沢が出て、磨かれていく……。使うほどに風合いが出て、やがて使い尽くされて、枯れるようにモノとしての生命をまっとうできれば、すばらしい。若林氏のものづくりを「人」「和」そして「本質」というキーワードを抜きにして語ることはできない。先般、京都産業会館で行われた「有松鳴海絞り inKyoto」は『SOU・SOU』がプロデュースした。→ 有松鳴海絞×SOU・SOU若林氏の思いを建築家の辻村久信氏が、特大パネルなどで力強く構成した会場。その中央に、『SOU・SOU×有松鳴海絞』のブースがあった。脇阪克二氏による「絞りと注染」のテキスタイル群は、従来の絞り製品の概念をくつがえす。昨今の「いかに凝った絞りで高く売ろう」という着る側の立場を考えていなかった絞りの業界。しかし、本質を捉えるなら、これでも十分に絞りの世界の卓越性を伝えることはできるのだ。例えば豆絞りの工程をご存知だろうか?ここに短い動画がある。(→『SOU・SOU』有松鳴海絞りの伝統柄~豆絞り)。→ ページ中の動画をクリック私たちが現代で豆絞りと呼ぶ多くの品は、「豆絞りに見えるようにプリントされた柄』を示す。しかし、実際はこのような工程を得て、ファンタスティックな柄ゆきになるのだ。どのドットも同じに見えて同じではない究極の手仕事の結晶。なるほど、絞りで見せる平面にこだわり、注染で柄の可能性を広げれば、和の本質、絞りの進化というものが見えてくる気がする。実際この「本質」というものをとらえるために、若林氏は外からは見えにくい多くの努力をしておられる方だと察した。話の端々に出てくる時代考証やエピソードは、専門分野とはいえ生半可ではない知の蓄積を物語る。--------『SOU・SOU』さんは、日本から消え行こうとする貴重なものの生命をつないでこられました。そこには和の本質を捉えた、揺るぎない視点を感じます。洞察力と判断力。しかし、これだけのプロジェクトです。ささいな疑問や不安がよぎることはないのでしょうか。「もちろんあります。ガーッと一人で盛り上がっている時、ふとかたわらにいる妻に聞くんです。彼女は鏡のような立場で、それはこうだ、ああだと、実に的確な示唆をくれる。そこで『じゃあ、これでいこう』とか『もうすこし、こうしようか』と、冷静になって考え直すことが出来るんです」なるほど。生まれ育った京都の下鴨に位置する、二世帯住宅。若林氏が平成という時代に提示し続ける和は、そうした家族や周りにいる人々の中で育まれる。だから、モダンでポップ、それでいて奥行きが深い本物の輝きを放ってやまない。最後に、SOU・SOU流の和服を楽しむコツをうかがってみた。「清潔感、季節感、そして他人から見て見苦しくないこと。この3つを大事にしてもらえたら、あとは自由に楽しんでほしいと思います。安土桃山時代には着付けというルールはなかった。襟にフリルの様なものが付いた着物もありましたし、男性が水玉の着物も着ていた。語弊を恐れずに言うと、周りに不快感を与えなければ、あとは自由に。」冒頭で、『SOU・SOU』の存在を「口笛でも吹くかのように」と書いた。その通り、軽やかなメロディはモダンでポップな響きをまといながらも、決して本質が失われることのない本物の和の詩である。2007年。若林氏にとっては「不惑」の年。新年からは社名を若林株式会社と改めて、一層の内部充実を期す。ますます、目が離せない『SOU・SOU』である。
2006年12月26日
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形だけや、見た目の和には興味ないんです。日本には四季があり伝統文化がある。そこに和がある新京極から四条通りへと抜ける花遊小路。いかにも京都的な名前のこの路地に、『SOU・SOU』は口笛でも吹くかのように軽やかに存在している。京都市内の店舗は、花遊小路に『SOU・SOU足袋』『SOU・SOU作務衣』『SOU・SOU伊勢木綿』の3店、御幸町御池通に『SOU・SOUしつらい』と計4店を構える。東京にも2店がある。→ SOU・SOU店舗情報『SOU・SOU』とは、そもそも日本的な相づちの言葉に想を得ている。自己主張よりも先ず、「そうそう」と相手を認めようとする。そこにディレクターの若林氏は“日本人らしさ”を見たという。実際、様々な職人とコラボレーションして作られているSOU・SOUの商品は、お互いの良さを認め合いながら生まれたもののように感じられる。私は「そうそう。こういうのが欲しかった」と思わず首を縦に振っていた。商品のユニークさはもちろんだが、私が若林氏にお話をうかがいたいと思ったのは、実は『SOU・SOU伊勢木綿』でベビーベッドに入った可愛い赤ちゃんを見たことも大きく手伝っている。「ベビーベッドが置いてある。へえ、赤ちゃん連れのお客さんもこれなら安心して買い物が」と思っていた。赤ちゃんに思わず微笑んでしまった私に、レジのスタッフさんが「可愛いでしょう。スタッフの赤ちゃんなんですよ」と。すごい。今、大企業では子どもを持つ女性がなんとか働き続けることができるようにと、やっきになってシステムを構築している。それを、この『SOU・SOU』ではあっさりとやってのけている。こんなに魅力的な商品の数々を、しかも6店舗という展開で、どれひとつちぐはぐな印象など感じさせずに、モダンでポップな和の詩を奏でている。商品の質の高さも、見せ方もさることながら、さらにそのうえに人材に対する考え方までが確立され、『SOU・SOU』をつくりあげている。しかも脇を固めるのは、テキスタイルデザイナーの脇阪克二氏、建築家の辻村久信氏という、そうそうたる顔ぶれ。若林剛之氏とはどんな方なのだろう。力量と揺るぎないセンス、パートナーの信頼を集め、人・もの・ことを寸分なくオーガナイズされている様子を見て、私はややご年配の方なのかと勝手に想像していた。しかし、サイトのプロフィールで拝見した若林氏は、39歳。繊細で優しいいでたち。この方のどこに、これほどのエネルギッシュな創造力がひそんでいるのだろう。お会いしてみれば、やはり繊細。自然でニュートラル。けれど、まなざしは熱く、尖鋭的で力強い方だ。-----------------------------------------------------------------私は最も気になっていたことをうかがった。---------『SOU・SOU伊勢木綿』の赤ちゃんがスタッフさんのお子さんとうかがい、驚きました。大企業が躍起になって構築しようとしていることを、『SOU・SOU』さんではすでに実践されている、そのことに。「『赤ちゃんが生まれるからどうしよう』と最初にスタッフから相談を受けた時に『昔の人みたいに赤ちゃんをおんぶして働けばいいよ』と言ったんです。そしてベビーベッドも買って店に置きました。最初は少し心配もしましたが、今ではこのスタイルがうちらしくていいなと思っています」--------今ではお客さんのアイドルですね。地域で子どもを育てることがなくなった日本ですが、この「SOU・SOU」の中にひとつの小さな地域が生まれているようにも見えます。「若い人も年配の人にも愛される『SOU・SOU』でありたいと思っています。そのためには、若いスタッフだけが働くのではなくて、母親も、中高年の方も働ける環境をつくりたいと。実際にうちには20代・30代・40代・50代のスタッフがいます。幅広い年代の店員さんがいるほうが、いろいろな層のお客さんに安心してお買い物をしてもらえますし、会社の信用にもなると思っています」---------なるほど。カラフルな地下足袋のお店に若い店員さんだけなら「ああ、やっぱり若い方の履物?」と思われがちですが、様々な年代の店員さんが素敵に履きこなしておられたら、「私にも履けるかな」とお客さんは思いますよね。「そう。今まで地下足袋は、ファッションで履かれた事はなかったわけですし、特に年配の人には当然ながら抵抗があると思います。しかし『本当はこんなにポップでおしゃれな履物だったんですよ!年齢に関係なく履けて、外国人にも人気があるんです。本来、地下足袋はそういうものですよ』という事を啓蒙したいと思っていますし、それが我々の使命だとも考えています。次世代への技術継承も考えて。形だけや、見た目の和には興味ないんです。日本には四季があり伝統文化がある。そこに和がある。江戸には江戸の、明治には明治の和があったように、平成には平成の和があると思います。それをつくっていきたい。そのためには、やはり『人』です。今はやりの派遣社員というのは『SOU・SOU』では考えられません。その道何十年の職人さんにお願いして、本物のプロダクトを作り、信用を売って行くお店で、1日限りの社員なんてあり得ませんからね。一人一人に、できるだけ長く働いてもらいたい」---------作り手だけでなく売り手も一体となっての『SOU・SOU』。人に対する考え方が徹底していますね。『SOU・SOU』さんの商品は、すべて職人さんのこだわりが息づいていて、それが単なる和風モダンに終わらない、奥行きの深さを醸し出していると感じます。「職人さんとの付き合いは、根気の一言です。特に最初のうちは大変です。けれど、良いものを作ろうと思えば仕方がない。例えば“伊勢木綿”は数ある木綿の中の一種と思うでしょう?違うんです。」--------違うんですか。「ええ、伊勢木綿は綿布の中でも別格なんです。普通は強撚糸で作るものを、伊勢木綿の場合は弱撚糸で織り上げます。強撚糸で織ったものは、洗うたびに堅くなっていきますが、2、3回しか撚っていない糸を天然のでんぷんのりで固めて織り上げている伊勢木綿は洗うたびに柔らかく、優しくなっていくんです。そこに魅力を感じました。しかもこれを織っている工場はもう一社だけ。豊田式織機という昔ながらの機械で織り上げるのですが、全部で40台ある機械も、稼働しているのはその半分です。機械の調子が悪くなれば、稼働していないものから部品を取って、修理する。そんな貴重な機械で織れる量は1日に1反が限界です」--------得難い木綿なのですね。何か製作するにあたってすんなりといかなかった点等ありますか?「もともと柔らかさが売りの木綿です。着物ならいいんですが、かばんにも使えるようなものをと考えれば、もう少し肉厚なざっくりしたものが良い。そこで『もう少し太い糸で織ってもらえませんか』とお願いする。10m織って『無理だ』と言われるわけです。何度も頼んで、お願いして、トライして、また『無理だ』と言われて、それでも半年後にようやく作ってもらえるような世界なんです」」--------大変な根気ですね。地下足袋もそうでしたか。「ええ。普通に労働のための地下足袋をつくっておられるところに持ち込みましたからね。最初から受け入れてはもらえませんでした。まず、柄合わせなんてする必要がなかったところへ、いろんな要請をしていき、それを具体化していかなくてはいけない。『無理だ。できない』『では、これならできますか』と、柄物の前に無地の色物をお願いしてみる。そんな風に、じわじわと、ちょっとずつ進めていきました」前編ここまで → 後編へ続く
2006年12月26日
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今日は街ナカのお話。街ナカといっても中京区。最近、このあたりにすごく人が流れています。先日,久しぶりに三条通りを烏丸から堺町通りあたりまで歩いていたのですが、「うっわぁ~、何だこの人の流れ」。なんて言うんでしょう、地面が歪曲してこっちに迫ってくるみたいな勢いを感じたのです。 大げさかな。ちょっと前まで河原町や嵐山を楽しんでいた観光の方も街中に注目し始めていると思う。これは、堀川通り以西の西陣で町家にアーティストたちが暮らし始めたことや烏丸通り界隈の北は御池から南は四条あたりまで素敵な店がどんどん増えていることによるでしょう。郊外に足を延ばす前に、街中に興味津々。 そんな感じ。三条烏丸の新風館、三条高倉の京都文化博物館、目立ったスポット以外にもフレンチやイタリアンのお店、和グッズのお店、とにかく増殖中。つい先日は、姉小路堺町東入に『ケーキ・ケーキ・ケーキ』いうケーキ専門店がオープン。これはすぐきで有名ななり田さんがプロデュースされたお店です。でね、ふと気づいたんです。自転車をすいっと止めてケーキを買う方が多い。地元の方かな。お店に入ってみると、このあたりのマダムかな~と思われる上品な女性がケーキを選んでおられました。中京のマダム?お店の方にそっと聞くと自転車で来られる方は多いらしく時には10台くらい並ぶこともあるとか。すごい人気です。 ここのミルクレープロール、うちの子も大好き☆お店を出てみると、ふと姉小路堺町角に『レンタル自転車』屋さんののぼりを発見。何と1時間105円です。「観光に、ビジネスに、要る時要るだけ」うん、うん。この通り、この界隈にこそ要る店です。入り口を見ると、キュートな看板自転車。「こんにちは~。ちょっとおうかがいしたいのですが」といきなりの質問。「自転車よく出てますか?」「全部で20台全て出ることもありますよ」イケメン店長さんの丸山博さんが快く答えてくださいました。へえ、やっぱり。観光に自転車便利ですもんね。「地元の方も自転車で移動する人多いみたいですね」「多いですよ」このbol.cycle shopさんは自転車通勤応援店。「自転車ツーキニスト」を増やそうと、がんばっておられるお店で通勤に乗りやすい自転車を販売しておられます。なるほど、京都の街ナカ探検は自転車。街ナカを颯爽とペダルをこぐ中京マダムは、アシヤレーヌならぬ、「ペダレーゼ」。さて、街ナカ散歩を終えた私は今度はネットの京都を散歩してみました。他にもいろいろあるんだろうなあ。京都を自転車で楽しもうというお店。と思っていたら、ありました!京都サイクリングツアープロジェクトさんというサイトを見つけました、自転車で旅した景色の画像もあって、お~~、感動の充実ぶりです。排気ガスも出ないし、マナーさえ守ればこれほどロハスな乗り物はありませんからね。なんとこちらでは京都市内5カ所にターミナルが。他のターミナルで返してもいいらしいので、これは便利ですね。80年代に京都の嵐山・嵯峨野を席巻した自転車ブームを支えたのは「アンノン族」と言われる女子大生・OL族でしたが >これを知ってるあなたは同世代。平成の京都、街ナカ自転車ブーム」を支えるのは,すいすい優雅に風を切る、中京マダム「ペダレーゼ」。あなたも、京都に来たらぜひ、bol.cycle shopさんや京都サイクリングツアープロジェクトさんで自転車をレンタルして、ペダレーゼになってみてはいかがでしょ。 --------------◆ちょっとおすすめ◆-------------もちろん、紅葉の嵐山もやっぱりこの時期見逃せませんよ。昨日12月9日から始まっています。灯りが照らし出す幻想的な世界、ぜひお出かけを。京都嵐山花灯路
2006年12月10日
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