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2006年06月16日
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カテゴリ: 島のイベント
朝6時、目覚めると船窓の外には硫黄島の景色が広がっていました。のっぺりと平らな土地、浜辺には朽ちて赤錆びた船の残骸…どこまでも青い空と海に妙に不釣り合いな…。朝食後、簡単な全体ミーティングを行なうとすぐ出発です。

硫黄島には自衛隊の飛行場がありますが、港はありません。おが丸は釜岩の沖に錨泊し、私たち参加者は父島から積んできたボートと浮き桟橋を使っての上陸です。初めて踏みしめた硫黄島の砂は黒くてざくざく。まだ8時半にもならないのに、日差しは本当に強烈です。「南へ来た」って実感…ここは父島から南へ280km、東京からは1250kmも離れているのです。

全員が上陸すると自衛隊と鹿島建設のバスに分乗し、まずは祈念公園(硫黄島旧島民平和祈念墓地公園)へ向かいました。私たちのバスで解説をしてくれるのは硫黄島の自衛隊の広報の方。ガイド役として硫黄島の歴史や自然を専門的に学んだそうです。途中の広場で凧揚げをしている隊員が見えると「あの人たちは凧揚げで皆さんを歓迎しています。遊んでいるわけではないんですよ」と教えてくれました(^_^)

祈念公園では9時半から慰霊祭が行われました。村長や旧島民代表のご挨拶に続き、全員が白い花を1輪ずつ捧げます。中学生が「誓いの言葉」を読み上げ、千羽鶴を手向け、最後に皆で「故郷の廃家」を歌いました。この曲には、“硫黄島での戦争が激化する中、ひとりの少年兵が真っ赤な夕陽に故郷の両親を思いこの歌を歌いはじめると、いつしか大勢の合唱になった。それを陰で聞いていた上官は、15~16歳のこの子らを道連れにするしのびがたさに涙を浮かべた” という逸話があります。

慰霊祭

祈念会館(小笠原村硫黄島平和祈念会館)で昼食、旧島民の方々は今夜ここに宿泊です。テントの下でお弁当を食べている時、遺骨収集作業に携わっている男性が、目の前のアスファルト道路の下にもまだご遺骨が眠っているだろうと話してくれました。「13,514人の上に立ってるんだよ、私らは」と…。

午後からは班ごとにバスで島内視察。私たちは時計まわりで、まず陸軍の臨時野戦貨物廠、北観音、小泉首相も訪れたという天山慰霊碑に行きました。204設営隊(釜場)跡には、煮炊きに使ったであろうお釜が残っていました。

釜場

鎮魂の丘で今日3度目の献花を行ない、中学生はペットボトルで持参した真水を碑にかけてあげていました。米軍が上陸してきた南海岸では、世界でこことイタリアにしかないという珍しい「ウズラ石」を見ました。摺鉢山の頂上では戦没者顕彰碑に手を合わせ、水平砲、南観音、ほかトーチカを2ヵ所見学し、午後4時半にはまたボートでおが丸に戻りました。

摺鉢山より

昼間の気温は体感で34~35℃くらいあったのでは。猛烈な暑さと忘れ得ぬ光景の数々に、圧倒された1日でした。明日はいよいよ地下壕に入ります。

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最終更新日  2006年06月21日 13時52分08秒 コメントを書く
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