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月曜日の診察ではまだきちんと楕円形のきれいな形をしていた胎嚢も、この日の診察ではずいぶんへちゃがった形になっていした。出血もひどくなってきており、流産が進行している旨の説明を受けました。ちょうど3連休の初日の土曜日だったため、週明けの火曜日に入院し、水曜日に手術をする予約をとり、承諾書にサインをして帰りました。帰宅してからも出血は増える一方でした。そして翌日の日曜になって絶えられないほどの腹痛に襲われました。15分間隔で規則的に襲ってくる下腹部痛。その度に体を丸めて痛みが引いていくのを待ちました。傍で見ていた夫が耐え切れず、病院に連絡するよう言いました。「痛みは陣痛と同じです。絶えられないようだったら、市販の鎮痛剤を 飲んでやり過ごしてください。休日の緊急手術をする必要はないと 思います。進行している流産はとめられないから…」と病院から電話で説明を受けました。痛み止めを飲んでもいいと聞かされ、それまで生きた心地がしなかった私はずいぶん安心することができました。なんとか痛みをやり過ごし、予定通り火曜日に入院、水曜日に手術を受けました。術後、担当医から子宮の中にはほとんど何も残っていない状態だったと聞かされました。この流産ではほんとうにいろんな事を学びました。まず、妊娠しても必ず出産できるとは限らないこと。浅はかですが、私は自分だけは絶対大丈夫だと変に自信を持っているところがありました。ですが、命を授かるということは本当に神秘的で、色んな偶然やトラブルを乗り越えて、やっと手に出来る幸せなのだということを初めて知りました。そして夫との絆です。正直それまでは、夫と結婚したとはいっても、夫婦になったというよりは同居人となった、という感覚でしかありませんでした。でもこの流産で、随分格好悪い姿を夫に見せました。小さな子供のように、不安な夜を夫の手を握りしめて眠りました。手術に際しては前日、当日と会社を休んでずっと付き添ってくれました。一緒にいてこれほど安心させてくれる人は他にはいない、心からそう思いました。夫婦になるって、こういう事なんだ…以来今のところまだ私たち夫婦のもとに赤ちゃんはやってきてくれていません。でもあの時の赤ちゃんは、育つことができないと分かっていても、私たち夫婦に沢山大事な事を教えるために宿ってくれたのかもしれない、そう思っています。長くなってしまいました。読んで下さった皆さん、どうもありがとうございました。
2006年02月27日
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「残念だけど、赤ちゃん育ってないね…。すぐに手術しないと」1週間ぶりの診察で受けた、お医者様からの信じられない言葉でした。夫が一緒について来てくれていたので、なんとか待合で平静を装い、その日のお会計を待ちました。その日は偶然にも夫の誕生日でした。うちに帰り、知り合って5年、初めて夫の前で声を上げて泣きました。それまでかかっていた病院では、私の持病のこともあるし、何より私自身が流産の事実を受け止め切れていないこともあるので、来週にも(その日はたまたま土曜日でした)別の総合病院で手術を受けるよう勧められました。月曜になって、隣の市の総合病院の診察でこれまでの経過を話しました。何度見ても袋の中はからっぽ。週数的には赤ちゃんの姿が見え、心臓が動いているのが見えなければおかしいのです。初診ですぐ流産とは確定できないのでもう2週間待つように言われ帰宅しました。しかし次の日から少量の出血が始まり、動くこともできなくなったので、夫が自身も仕事に行きながら、私に代わって可能な限り家のことをやってくれていました。金曜日になって出血の量が増え始めました。生理の始まりのような出血です。私の精神状態も限界に来ていました。その時夫が言ってくれたのです。「yoneはここまでよう頑張った。もうええよ。もう頑張らんでいい。 楽になろうな。明日病院へ行こう。」流産の現実を受け止めきれず、必死にお腹の赤ちゃんに奇跡が起きることにしがみついていた私の、心の緊張の糸がぷつりと切れました。きっと夫は何も言わなくても、張り詰めていた私の様子にとても心を痛めていたのだと思います。翌日夫と共に病院へ向かいました。
2006年02月26日
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昨日の日記には沢山の方が共感&励ましのコメントを残してくださいました。とってもうれしかったです。ありがとう!ホントはおひとりおひとりにお返事がしたかったのですが、夫のいる土日にパソコンを長時間カタカタやっていると怪しまれちゃう(このブログの存在は夫には内緒です)のでこちらでお礼を言わせていただきますね。さて、テーマ「赤ちゃんが欲しい」で日記を投稿している私ですが、いままでの赤ちゃん欲しい履歴をこの辺で少し紹介すると…2004年の6月に結婚し、新婚生活は大阪の、わりと私の実家から近いところで始まりました。その頃はまだ持病のお薬を完全にやめられてはいなかったこともあり避妊をしていまいした。その年の冬になって一応断薬に成功し、生活にも少し慣れが出てきた頃だったので、夫に「赤ちゃんが欲しい」旨を伝え、意識的に子作りをするようになりました。しかしなかなか授からず…。悶々とし出していた矢先に突然の転勤辞令!わずか2週間で荷物をまとめ住む家を決め、はるばる大阪から群馬へと引越しをしました。それが去年の6月のことです。そして引越しから半月ほどして…なんと妊娠していたのです。よく引っ越したり仕事を始めたりするとひょっこり出来るよなんて言葉を聞きますが、まさにその通りに自分があてはまるとは…驚いてしまいました。だけど最初からなんだか不安な妊娠でした。初めての診察では子宮に何も確認されず、子宮外妊娠か流産かもしれないと言われ、不安で不安で仕方ない毎日を過ごしました。6週頃に再度診察したところ、子宮に袋嚢が確認され、子宮外妊娠は否定されました。けれど、頂いた超音波写真には私の目にはなんだかとっても小さく写っているように見え、恐くて何も聞けないまま次の診察を待つことになりました。つわりらしいつわりもないまま1週間後の診察を待ち、そこで待っていたのは「流産」の宣告でした。長くなってしまったので続きはまた次回に。
2006年02月25日
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先程アルバイトから帰ってきました。3週間だけの短期のアルバイトが今日で終了。またお気楽な専業主婦に逆戻りです。さて、今日そのアルバイト先でAさんから言われたひとこと。 Aさん「ここ終了したらどうするの?」 私 「次がみつかるまではまた無職だね~」Aさん「子供いないんだったら、こんなパート仕事じゃなく 全然フルタイムで働けるじゃん」 私 「そうなんだけどね~。あんまり仕事仕事になっちゃうと、 旦那が嫌がるんだ~。家のことちゃんとやって欲しい みたいで…」夫の気持ちは嘘ではありません。実際私がヘトヘトの状態で帰ってきた夫を出迎えると、あからさまに不機嫌になります。「そんなにまでして働かなくていい」彼はそう言います。余裕があるわけではありませんが、今のような夫婦二人の生活なら、夫のお給料で十分やっていけます。私の稼ぎは、貯金やたまの旅行なんかに使える余裕の部分に充てるだけです。実は私は「パニック障害」という持病を患っています。発症したのは3年ほど前で、今はお薬も絶ち、日常生活ではほとんど困ることはありません。ただ時々調子を崩すこともあるので、どうしてもというときの為にお守り代わりにお薬を持ち歩いています。けれど、いつどこで、またあの発作に襲われないとも限らない体では、主婦業と外での仕事を完全に両立させることは今の私にとってはまだ難しいことなのです。夫もそれは了解済みで無理をして働くことを強要しません。子供のいない専業主婦は、傍目からはなんとも気楽で余裕があって結構なことかもしれません。自分でもそれは常にひしひしと感じています。Aさんの言葉も決して悪気があってのを一言ではなく、一般論の話をしただけのことです。けれど…ほんの少し心がチクリと痛んで、目を伏せた自分。もっと強くならなくちゃ…。日々自分に言い聞かせる毎日です。
2006年02月24日
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初めまして!結婚2年目、関東の田舎でのんびりくらしているyoneです。家族は夫と私、それにわんこのララ(1歳/♀)の3人です。以前からちょくちょくこちらのテーマに投稿されている方の日記にお邪魔させてもらっては、色々お勉強させてもらったり、一緒に喜んだり悲しんだり…と楽しませて頂いてました。今回一念発起して私もブログを始めてみることにしました。なかなか赤ちゃんが来てくれなくて、落ち込む毎日ですが、赤待ち以外の話題も含め、日々感じたことを素直にこちらの日記に綴っていきたいと思っています。みなさん、どうぞよろしくお願いしますね☆
2006年02月23日
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