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2014/07/17
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テーマ: タイ(3476)
カテゴリ: タイ旅行記
泰緬鉄道の線路跡を離れると、

  • 16_01.jpg


この辺りは水深が浅いのか、立ち枯れた木々が
湖面から突き出ているのが多く目につきます。

お、近付いてきました。



ランティー川 に架かる橋に。
昨日 ヒンダート温泉 から乗ったバスが渡ったのをよく覚えています。

橋の近くにも湖上集落があるんですね。


Uターンして反対側の陸地伝いに船は進みます。

  • 16_03.jpg




なぜか気になって船の進むすぐ先の湖面に目をやると
何かが横切っているではないですか。

よ~く見ると、長い体をうねらせています。…ヘビだ!!
ヘビが湖面を泳いでる!!

子供船頭さんに告げると、船を操るお父さんに向かって
「ヘビが泳いでたってさー!」と大声でわざわざ知らせています。

「父はヘビが大嫌いなんですよ」

嬉々として話す子供船頭さんの顔を見て、
大人顔負けのしっかり屋さんだけどやはり子供なんだなと
微笑ましく思った私でした ^_^;)

「歳を聞いてもいいですか?」と子供船頭さん。



「お父さん! この人お父さんと同い年だって!」

うひゃーーーーー。


船は対岸の岩山に近付きます。

  • 16_04.jpg


「あそこだよ。砲撃跡」

とさっきまで私とまったく言葉を交わさなかったお父さんが


それよりもどこ、砲撃跡は?

  • 16_05.jpg


指差してくれるんですが、うーん、よくわかりません。
あれかなぁ。まぁ、砲撃跡があるっていうんだからあるんでしょう。
それでヨシとしますか。


お父さんはそのまま船を岩山近くに寄せていきます。

「そこにも 泰緬鉄道 の線路跡があるよ」

と船を止めました。

  • 16_06.jpg


「こっちは2つの盛り土の間の溝に線路が通っていたんだ」

そうかなー。私には盛り土2つは本線と待避線に思えるんですが、
いずれにしてもここが 泰緬鉄道 の線路跡に間違い無さそうです。

線路はさっき見たところの先で直角に右へ曲がり、
さらに直角に左へと曲がってここに至っていたようです。

実はこのかつての谷間、現在の湖底には ニーケ という駅がありました。

ランティー川 を渡った先に存在していたようなので、
もしかしたらこの場所が ニーケ駅 だったのかもしれません。

数本の待避線に、三角方向転換線、給水塔、機関庫があり、
さらに兵站も置かれ、戦後も1946年10月の引き揚げまで
この ニーケ駅 に連合国軍の下、日本兵が361人配備されていました。

戦後すぐに 泰緬鉄道 はこの ニーケ駅 を境にして
ビルマ側と遮断されたんだそうで。

きっと全線の中でも重要な位置づけの駅だったんでしょうね。
実はその ニーケ駅 の写真が残されているんです。



駅名板はカタカナでも書かれていたんですね。

ちなみに12km余り先の次の ソンクライ駅 はビルマ国境にありました。

  • 16_07.jpg


線路跡はまたもやこの先で湖に沈んでしまっています。


ありがとうございました。
お父さんにお礼を行って、船に戻ります。
時刻は、10:07。

岩山から離れ西へ向かう船から、線路が伸びていたであろう方向を
眺めてみます。

  • 16_08.jpg


泰緬鉄道 は岩山に沿って回り込み、
 あの奥へと伸びてミャンマーまで行っていたんだ」

とお父さん。
地形から考えても間違い無いでしょう。

  • 16_09.jpg


船は再び狭くなっている部分を抜け帰途に。
…かと思いきや。

  • 16_10.jpg


「ここまだ見てませんよね?」と子供船頭さん。

確かカレン族の寺だったとの説明だったような気がします。
今は陸地に移転してるものの、船でないと行けない場所だと言っていたような。

泰緬鉄道 線路跡を見れた余韻にまだ浸っていたのでよく覚えてないんです。
すみません m(_ _)m


船は再び走り出し、金色の チェーディー・プッタカヤー の前を通過すると、

  • 16_11.jpg


モン橋 が彼方に見えてきました!


「ミャンマーまで船で行けるんですよ」と子供船頭さん。
本当ですか! またの機会にお願いしてみたいですね。

「この船もミャンマー製です。30年経ってますけど」

どうりで時々溜まった水をコップで掻き出していたワケだ(笑)


「水位が高い時期には船でターク県まで行けます」

そんな旅も面白いでしょうね~。




グーグルマップ の航空写真を拝借した各場所の説明に
対岸の砲撃跡と 泰緬鉄道線路跡 も追加しておきました。

  • 泰緬鉄道線路跡2.jpg





<旅費交通費>
船賃未払いなので:0バーツ
ここまでの合計:975バーツ

※旅は2014年4月1日(火)~2日(水)に行いました。

<参考>
『泰緬鉄道-機密文書が明かすアジア太平洋戦争-』吉川利治著,同文舘,1994年

つづく


※当ブログから1日旅の記事だけを抜粋し見やすくまとめたブログ
タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~ 』 もぜひご覧ください。

そちらのブログは左側の「旅ごとに見る」欄で旅名を選ぶと順を追ってお読みいただけます。
旅の参考になれば幸いです。



  • サンクラブリー.jpg





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最終更新日  2014/07/17 12:50:04 PM
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