Last Esperanzars

Last Esperanzars

第8話 小悪魔賛歌


 最近流行りのアキバ系アイドル、ラピス・ラズリの『魔女っ子♪ ジェノサイド』だ。タイトル聞いたときはひっくり返るかと思ったぞ。
 自己申告学年小学○年生、実際20歳以上(これは俺の勝手な推測。身長は確かに小学生っぽいが)のロリ系女子がチャチなアニメに出てくるような魔女服(なぜかフリルたっぷり)に身を包み箒を振り回しながら脳神経に触る意味不明――いや、わかるだけ腹立たしい――の歌を歌って踊って観客をぶん殴るという……まあ、そっち系の歌手である。
 テレビでコンサート姿を見て一目で嫌いになり、街中で流れるだけでムカつくように。こんなのがミリオンとったんだから日本は終わりだ。コンサートで箒でボコボコにされて喜んでるオタクマゾの姿を見て本当にそう思った。
 音の先を殺意をこめた目で睨みつける。すると、音の主は視線に気づいたが、逆にこちらを見てせせら笑った。いいや、最初からこっちを見ていた。俺がこの曲嫌いだと知っていてわざと流したのだ、あいつは!
 始まりは一ヶ月ほど前、教室で流れたこの曲の着メロ(こいつの携帯じゃない)を聞いて苛立ちをあらわにしたら、見ていたらしく速やかに事情を察知、それから度々あいつの携帯が鳴るように。あいつにそう何度も連絡を入れる交友関係にあるものがいるとは到底思えない。なによりこっちが腹立っている様を眺めるその顔! 絶対自分で鳴らしてるんだあいつは!
「ちきしょう……いや、ここで集中力を乱したらダメだ。明日に間に合わない……って、もう出来てるか」
 すでに目の前に置かれた板は『完成』と呼ぶ段階にたどり着いていた、と思う。美術教師に見せなければ完成にはならないため、まだ油断できぬのだが。
 絵の具が乾いていない板を、指で触らないようにウエイトレスのような持ち方で美術教師の下へ運ぶ。年配の(50越えした)女教師はやっと合格を出した。ホッとしたよもう。何度も何度もここ彫れとかここ色変えろとか言われて、さらに勝手に彫ったりして閉口してたもんな。力入り過ぎだって。まあ、俺が他の連中と比べてまともにやってたのが嬉しかったのかどうか知らんけど。
 挨拶をして、美術室を出る。下校時間の校舎内には、普段とはちょっと違う声がした。自分より1年後輩の1年生の声だろう。まだ春に入ったばっかりで、この高校を諦めてないものたちが必死に作業をしているのだろう。文化祭の。
 そう、明日はこの高校の文化祭。どの高校も大抵はやっている(というか、全部か?)行事の1つだ。無論この高校にも存在する。
 ――ていうか、存在“した”かな。来年は無くなるって聞いたし。
 何故無くなるのか。答えは単純。やる奴がいないのだ。この高校では3年に一度文化祭を行い、それ以外の年はミニ文化祭と呼ばれる小規模な文化祭を行う。だが、そのどちらにも積極的に参加する奴が実に少ない。ていうかいない。去年もこの時期、文化祭だと言うのに生徒は誰も何もしようとせず、日常通りの高校生活(あくまで燃余高校の、であるが)を過ごしていた。呆れたねこれには。ま、俺もそうだけど。
 この板の彫刻も文化祭の1つであった。美術の展示品である。どうして文化祭明日なのに作ってたかって? 俺が遅れたからに決まってんじゃん。あいつに「毎度毎度スロースターターですね貴方は」なんて笑われたが、それは筋違いの答えだ。俺は最大出力を出すのに充電する必要があるだけ。……ダメだ。それがスロースターターってんだよ。
 帰り支度をしながら時計を見る。午後4時半。普通の下校時刻だ。
「うわあ……六時間ぶっ通しか。随分かかったなどうも」
 今日は午前に美術の授業(というか作業)があったが、その後は文化祭作業ということで授業が潰れていたのでそのままやり続けた。授業が終わったらすぐさま帰っていった声がかなり聞こえたっけ。
 帰り際に美術教師が団子を1つくれた。昼飯すら取ってなかった身に甘い団子はかなり沁みた。丁重に礼を言って退散していった。
「ふう……やっと終わったよ」
 美術授業の度にこうだった。さすがに平時は午後までなんて不可能だが、昼休みは潰した。遅れを取り戻す必要があったし、別に昼なんぞ食わなくても平気だ。
 学校から出て、大通りに入る。意外とこの高校は駅に近いのだが、外れに位置するのと評判の悪さで入学希望者は減る一方だとか。
 帰っても何もすることが無いので、本屋に行くことにした。近くに小さい本屋がある。
「さてと、何か本あるかな……って」
 平積みされている本に眉をひそめる。そこには『諌拿(いさな)先生最新作! 本日発売!』とあった。
 諌拿とは最近人気の小説家だ。と言っても、年齢は60過ぎだとか。覆面作家で公式の場に出たことがないから本当かどうかはわからないけど。
 この作家、あんまり好きじゃなかった。別に何か因縁でもあるわけでもないし、作品が嫌いなのでもない。ただ、文体と言うか書き方が珍妙過ぎるんだ。馬鹿を莫迦としたり、詳しく説明すると長くなるが、とりあえずそんな感じ。見ていて頭が痛くなるので読み続けられない。まあ、短編は良かったけどさ。単に俺が子供なだけだろう。
 気が滅入ってきたので、本屋から出ることにした。駅前に戻る。
「……ん?」
 ふと足を止めた。ビルの壁にデンと設置された大型ビジョンにニュースが映されている。原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律、略称被爆者援護法の不備による、日本政府への要求を被爆者の会が流していた。
「……変なの。交通事故で怪我した子供が酔っ払い運転した対向車庇って、同乗して怪我した父親に責任追及するみたい」
 さっきまで少しながら感じていた達成感や充実感が一気に冷めた。実行犯を善人とし、同属の被害者を悪党としてリンチにかけているのが普通なのだから本当に変な国だ。
「……今更言ったって仕方ないと思うけどさ」
 無視して帰路に戻った。第一この国は自国を悪く言えば聖人君子の知識人、良く言えば異常者として廃絶されるのが60年間の常識だった。今いる知識人はほとんどそのタイプだ。まともな思考ができる人間は上には行けない。なにが言論の自由だ。そんな国に何か求めるのが馬鹿というもの、か。
 また声が聞こえた。春に兵庫で起きた脱線事故のニュースだ。知ったのは1月くらい前だけど。あいつに「……時代遅れにもほどがありますね」と馬鹿にされた。確かにあれはまずかったと俺でも思う。ニュース全然見ない弊害だあれは。
 歴史や雑学にはそれなりの自身はあるが、時事は全然。中途半端極まりないな俺は。

「……そんな俺が、なんで世界のことなんて教えてるんだ……?」
「……どうかした?」
「いや、別に……」
 嘆息をつく。テーブルの向かいに座っているナオに少しかかって髪が反り返る。テーブルに置かれた紙と筆が揺れて転がった。
 只今宿舎自室にてナオと二人で勉強中。
 教師はもちろん俺である。



 サジタリウス~神の遊戯~
 第8話 小悪魔賛歌



「うう、うううう……」
 ベッドで呻いていた。体の節々が痛い。
 一昨日、崖に落ちて魔獣に襲われた際、サジタリウスを動かしてからこうだ。筋肉痛なのかどうかは知らんが、とにかく体中が痛い。おまけにバテている。疲れが取れない。昨日やっと地方都市に着いたので、ベッドで休んでいるわけだ。痛くて痛くて休めないけど全然。
「何で俺がこんな目に……」
 一昨日のこと、実はあんまり覚えてなかったりする。
 サジタリウスに乗ったはいいものの、魔獣に倒されて叩かれているとこまでは覚えている。でもその後がさっぱり。居合わせたマリーに聞いても言葉を濁しちまうし、わけがわからん。
 ただ……あの時を思い出そうとすると、不思議な思いに囚われる。
 快楽なのか、苦痛なのか――。
 幸福なのか、不幸なのか――。
 愉悦なのか、憎悪なのか――。
 混沌とした感情が渦巻き、脳内を黒く染め上げていくのに耐え切れず、思い出すのを止めてしまうため、結局何も分からない。仕方がないか――。
 と、そこにノックの音がした。俺に用があるとすればヘレナかイーネか……もしくはマリー?(他のやつは俺の部屋に近付きさえしない)やっと話す気になったのか? 「入っていいぞ」とだけ言う。扉は最初から開いている。鍵締めることすらできんからな。……トホホ。
「……話せる?」
「――え?」
 扉を開けて入ってきた人物。とても信じられなかった。
 そこにいたのは――ナオだった。シルヴィア王国騎士団親衛隊所属、看護兵ナオ・ローラグレイ。そのシニヨンヘアーといいお人形さんみたいに起伏のない顔といい、ナオなのは間違いないのだが、どうにも信じられなかった。
 ここに――シルヴィアに来てから半月ぐらい経つが、ナオと話したことなど一度もない。正確には姉のミオと一緒に来たりしたことはあるが、その時ナオは終始無言だった。そういえば、声を聞いたこともなかったりして。やっぱミオと同じだ。音程は低いけど。
「……話せる?」
「あ、ああ、いいけど……」
 部屋の中へ招く。と言っても体中痛くてまともに動けないから起き上がるのが精一杯で、ナオがこっちに来るだけだが。
「……調子は?」
「え? ああ、大丈夫、まだ体の節々痛いけど、これくらいなら問題ない」
「……そう」
 一切感情の篭っていない声がかけられた。表情から何も読み取ることができない。真っ白なキャンバスでも見てる気分だ。
「ど、どうしたの?」
 正直困っていた。なんだか知らないけど、早く帰って欲しい。こういう無口系は苦手だ。と言ってもヘレナのような熱血系も苦手だし、グレタのような堅物もちょっと。イーネはなれなれしくてなあ。マリーのようなお気楽娘もなんだか……そうだよ。全員苦手だよ。
 しかし、こういうタイプは一番困る。掴みどころの無い不思議系はゲームなどで楽しむ分はいいが、実際付き合う人間としては辛い。昔からどうも俺は人を引っ張っていくタイプではなく押されるタイプだと思っている。どっちかと言うと人についていくのが好きなのだ。こういったタイプはそんなレベルの話ではなく、なお一層めんどくさい。
 そんなこと考えてたら、じっと睨まれた。いや、見つめられたの方が正しいか。目には悪意の類は感じられなかった。いや違うな。悪意どころか、何も感じられない。目の前にいるのが人間とは信じられず、精巧なビクスドールだとしたほうがよっぽどしっくり来る。
「……忙しい?」
「へ? ……い、いや、別に忙しくなんか無いけど?」
 そう言ってから、しまったと思った。ヘレナから特訓でも命令されてるとでもして追いだしゃ良かった。でも、それはできない。さっきの無機質、無感情な目で見つめられると嘘なんか全然つけなくなる。全てを見通すような澄んだ瞳。清水に姿を映したように、自己をありのまま出すのを余儀なくされる。
 今、恐怖を感じていた。幼少の頃いじめられてた時、アマダスに触れた時、魔獣と遭遇した時、それらとは全然別個の恐怖。自らの虚飾を全て剥ぎ取られ、真の姿を露呈されるかのような恐怖。
 それは、虚言と自己欺瞞でしか出来ていない自分にとっては致命傷的暴行行為以外の何者でもなかった。
「あ……ああ……」
「……どうしたの?」
 フッと現実に戻る。目の前にナオの顔があった。その瞳に訝しげなものを感じて、心の動揺が収まりだす。
「へ!? あ……だ、大丈夫、問題ない……」
「……ならいいけど」
 そう言って目をまた無機質なものにして、俺から顔を逸らした。そこでやっと呼吸がまともにできるようになり、深く安堵した。
 ――なんでここまで動揺してんだ、俺は……!
 どうしたんだよ、相手はただの子供じゃないか。そこまで自分に言い聞かせたところで、俺はそれにNOと答えた。
 こいつは子供じゃない。ただの子供なんかじゃない。上手く言い表せないが、本能がそう告げていた。敵に回すと危険だ、とも。
「それで、どうかしたの?」
 勤めて明るく、作ったことなどほとんどない笑顔で笑いかけた。そしたら気のせいか視線が冷たくなったような。やめてくれ、似合わないことは分かってる。
「……お願い、あるの」
「……お願い?」

「……お前の世界のことを教えてくれ、だと?」
「そうなんだよ。なんでそんなことを……」
 数時間後。食事時。動けないのでヘレナが持ってきてくれた。んで、一緒に食事する合間にナオの話を少々。
「何を教えるんだ。医術か?」
「んなもんわかんないよ。何でもいいってさ。俺の世界のこととりあえず色々教えてくれって。意味わかんないよ。そんなの知ってどうすんだ?」
 スープを啜りながら、ナオへの疑問をぶつける。ヘレナに言ってもしょうがないのはわかってるが、とりあえず不安なのだ。俺はナオを恐れている。その異質さが怖い。それをなんとか払拭したいのだ。
「さあ……な。私もナオのことはよくわからないのだ」
 しかし帰ってきたのはなんてことない言葉だった。まあだいたい予想していたが。明らかに不満そうな俺の顔を見て、ヘレナもカチンと来たらしい。顔が染まった。
「なんだその死んだような目は! そんなことでいちいち騒ぐな! お前の世界のことを教えるくらい、いいではないか!」
 しまったと感じた。ちょっとジト目し過ぎた。そんなこと聞きたいんじゃなかったのに。
「明後日には出発できるから、それまでナオの教師でもなんでもしてろ! 帰るぞ!」
 言うだけ言って、足を踏み鳴らし出てってしまった。残ったのは中途半端に食われた昼食と呆気に取られてる俺のみ。
 ――俺今、すっごいアホになっているかもしれん……。

「――んで、今のとこ大陸は全部で六つ。ユーラシア大陸、アフリカ大陸、北アメリカ大陸、南アメリカ大陸、南極大陸、オーストラリア大陸だな」
「……一機の国があるのは?」
「俺? 俺の国はユーラシアの外れにある小さな島国だよ。唐辛子みたいな細っそいの」
「……ほっそい……」
 ――うう、ダメだ完全に無反応。
 で、結局教えてます。二人でテーブル囲んで授業中。授業なんて呼べるものじゃないけど。教える内容はもう本当に無差別というかなんというか、とにかく手当たり次第である。ナオが質問する内容に俺が答える、そしたらナオが別の質問をする、これを繰り返している。うう、エミーナの父ちゃん思い出した。
 この問答、二回目だが結構きつい。しかもエミーナの父ちゃんライノスはリアクションが激しくてまだ良かったが、こいつときたら何を言っても無反応。もう無口な魔法の鏡と話してるみたい。何か言ってくれ怖いんだよぉ!
「……何泣いてるの?」
「え!? 俺泣いてた!?」
 あわてて目の周りをゴシゴシ拭う。しかし、いくらやっても涙と推測できる水系物質は確認できない。
「……ううん。泣いてないよ」
「へ……あ!?」
 ――ひっかけられた!?
 唖然とした。ひっかけられたことより、ナオがひっかけるようなことをするなんて、と。
「お前……」
「………………………………フッ」
「……!?」
 一瞬、ほんの一瞬。まばたきでもすれば見逃した一瞬、笑った気がした。楽しそうにではなく、嘲ったようにだけど。
「……なんか、あいつみたいに笑うんだな」
「? あいつ?」
「……あ」
 つい思ったことが出てしまった。怪訝そうな顔をしたような(表情変えないので勝手な推測だからような)。
「あいつって?」
「ええと、その……」
 ああ、ダメだ、この目で見つめられると無理……。
「……あっちでの高校――教育施設だな。そこでの――顔見知り? だよ」
「……顔見知り? 顔覚えてるだけ?」
「いや、何度か話したけど……」
「……顔見知りじゃないじゃん」
「……だよな」
 なんだそりゃみたいな顔をされた気がする。確かに変だよな。しかし他に形容できんのだ。友達と言うほど親しくなかったし、かといって他人ではないし、う~ん……どう言うんだろうな、あいつって。
「……恋人?」
「な!? じょ、冗談じゃない!」
 首と手をブンブン横に振る。恋人? あの変人と? 馬鹿言え、それだけは絶対あり得ない! 真顔で○○○○だの××××だのぬかす女なんかと付き合えるか!
「恋人?」
「だから違うって……!」
「じゃあ……愛人」
「は!?」
 思わず仰け反った。慌てて手ついたから倒れなかったけど。言うに事欠いてなんだこのガキは!?」
「――はっ!?」
 その時、ナオの目を見て、さっきのように嘲ったように笑うその目を見てすべてを悟った。何故こいつが苦手なのか。
 ――ナオの奴あいつにそっくりじゃねえか!
 話は簡単。俺はさんざん馬鹿にされ弄ばれていたあいつの影を持つナオに怯えていただけだったのだ。久しく会ってないから免疫力が下がっていたのだろう。ほぼ毎日会っとったし。――いや、あいつに免疫なんかないか、俺。
 そこまで来て、俺はナオの裏側を見た気がした。掴みどころの無い不思議系? どこがじゃ。そう見せかけてるだけの悪戯好きの小悪魔系ではないか。無口と無表情は、恐らく全てポーズだ。あいつと付き合った2年近くは無駄じゃなかったか。……こんなんで役に立っても全然嬉しくないが。
「……何笑ってるの?」
「……笑ってた? 俺」
「……うん」
「……まあ、いいから続けよう」
 話を逸らすことにした。「あ、逃げた」と聞こえたような気がしたが無視無視。聞かなかったことにしよう。
 なんか懐かしいような気分になった。あの図書室に戻ってきたみたいだ。

「あたたたたたた……まだ体戻ってねえな……」
 翌日の朝。俺は食堂に向かっていた。まだ節々が痛むが、まあリハビリと言うやつで、今日から歩いて食堂で食べることに。
 しかしどうも周囲の隊員の視線が体以上に痛い。「仮病なんかしてんじゃねえよ、こいつ」と言ってる目で睨んできてくる。さすがに3日間この調子だと疑われるのが普通かもしれん。しかし本当に痛いんだからしょうがないだろ。まあこいつらは1日目からこの視線だったが。ミオとナオも本物だって言ってるのにこの有様。立場低いな俺って……泣けてきてより体中が悲鳴上げてくる。悲鳴上げたいのはこっちだっての。
「あらあらまあまあ。大丈夫ですかカズキン」
「……カズキンは止めろって」
 後ろから声がした。カズキンの一言でわかっていたが、振り返るとそこにいたのはミオだった。やはりミオとナオ似すぎだ。ナオ見慣れた目でニコニコ笑ってるこの顔見るとすっごい違和感。
「まだ体痛いんですね。またお茶飲みます?」
「ああ、貰おうか」
 お茶ってのは、なんか良くわかんないけど漢方薬みたいなのらしい。あっちにあった人参茶とかそういう類の。西洋風のここでそんなお茶飲まされるなんてと少々驚いたが、飲んでみると意外と痛いのが抜ける。ただ、全然美味くないんだよな。飲めと言われりゃ飲むけどさ。あーココアが懐かしい。
「はい、どうぞ」
「どうも……ああ」
 渡された茶の匂いを嗅いだだけで顔をしかめてしまう。なんか築百年の校舎の古漬けみたいな変な匂いすんだよな。わけわかんないけど、実際そんな感じ。味は……これきっと木の皮とかだぞ。図画工作の味がするんだけど。
「また変えた?」
「ええ。今度はクルメンを多めに」
「だからどんな材料なんだって……」
「あらあら」
 まただよ。材料聞いても笑うだけなんだよな。無理矢理濁されちまって……どうもナオ同様ミオも裏を持っている気がする。
 ――考えすぎか。
 まさかと思って考え直す。いくら姉妹ったって、そこまで似ることないだろう。ていうかそうでなきゃ困る。あいつが3人になるなんて冗談じゃねえ。
「ところで……聞いていいですかカズキン」
「……何さ」
 茶を渋い顔をしながら飲んでたら、ミオが言いにくそうに話しかけてきた。なんだ改まって。
「ナオのことですけど……あの子カズキンの部屋に出入りして、何してるんですか?」
「……へ? 聞いてないの?」
「ええ。「別になんでもないよ」って言うばかりで」
 キョトンとした。そんな隠すことでもなかろうに。なんでわざわざ……。
「まあ、確かに大したことじゃないけどさ。俺の世界のこと教えてくれって。良くわかんないけど」
「はあ……」
 納得してないような顔をされた。そりゃそうだ。俺だって半信半疑だもん。
「病み上がりに大変でしょう。あの子変わってるから……」
 迷惑かけてるかと思ったのだろう、心配そうに聞いてきた。だから、安心させる気でこう言った。
「いやいや、だいじょぶだいじょぶ。痛さも抜けてきてるし、こっちも楽しくやってるよ」
 楽しく、というのは言いすぎだが、実際最初感じてたやり難さはもうない。苦手意識の正体がはっきりしたせいだろうか。辛さは無くなり、なんだかノッてきたって言うのか。気分良くやらせてもらっている。
 しかし、安心させる気の言葉が起こしたのは予想外の反応だった。息を呑んで目を見開いている。
「ど……どうしたの?」
「えっ、あっ、い、いいえ、なんでもありませんよっ。あらあらあらあら……」
 明らかに動揺していた。笑って誤魔化そうとしてるが上手くいってない。人の顔色には疎い方だが、作り笑いなのが目に見えた。
「そ、それじゃ、ミオはこれで。失礼しました~」
「あ、おい!」
 そそくさとその場を立ち去っていった。やばいと感じたのだろうか。何だってんだよおい……。

「……じゃあ、サジタリウスみたいなのがいっぱいあるの? 一機の世界」
「いや、もう巨大砲は前世紀の遺物だな。今はミサイル主体の長距離誘導兵器の天国だ」
「……ミサイル?」
 数時間後。ナオとの授業中。
 なんかもう、本当に無差別になってきた。今度は兵器学だよ。そんなもん知ってどうすんだこいつは?
「……シルヴィアとは全然違う……」
「ん? そりゃそうだろ。科学技術の発展が数百年以上差がある」
 まあ、この世界が俺の世界のどれくらいの時代になるのかわかんないけど、だいたい中世ヨーロッパ辺りだろ。そん時と現代兵器と比べるほうが馬鹿らしいほど開きがあって当然。最近なんて携帯ですら1、2年経ったら旧式化する時代だし。
「……色々あるんだ……シルヴィアなんて剣だけなのに……」
「……はい?」
 今なんか珍妙な発言しなかったか? いや、その言葉だけで確信するのは早い。形容詞を抜いただけだきっと。
「いやそんな、シルヴィアにだって槍とか弓とかあるでしょ? 親衛隊にもあるし」
「……あるけど使われないよ。「騎士道に反する」って嫌われてる……」
「……はいいいい!?」
 シルヴィアに来てから何度発したかわからない奇天烈な叫び。一瞬ナオがが後ろに引いた。それを見て感情があったと知覚できて嬉しかった。てそれどころちゃう。
 騎士道に反するって、サジタリウスの大砲はともかく、槍も弓もNG!? そんなの、中世ヨーロッパどころかローマ帝国初頭だぞ!?
「え? え? だって、グレタは槍使いだし、弓兵だって……」
「……親衛隊は特別。隊長が反対を押し切って取り入れたの……」
「……ヘレナは織田信長か」
「……誰、その人」
「……後で説明する」
 なんか定例どおり(なんだそりゃ)愕然としてしまった。いやあ、そんなアナクロな戦いしてるとは……こりゃ建国時は石斧とかだったに……ん? あれ、おかしいな。
「……なあ、前にヘレナの剣は初代から受け継がれた物だって聞いたことあるけど、あの時点であれだったってことは……」
「……うん。変わってないよ。500年間ずっと」
「うそぉん!!」
 質問の意図を巧みに読んでくれたのは助かったが、違う解答が欲しかった! 500年間変わんないって……縄文時代じゃあるまいし、どんだけ遅れてんだシルヴィア!
「500年なんでそれで持ってんだよ! 他国からの侵略とかで進歩……」
「……ないもん、そんなの」
「……あ」
 思い出した。そういやシルヴィア王国にはギヴィンとアエスとグリード以外敵対国ないんだった。しかもギヴィンとかだってこの100年くらいから生まれたんだし、つまり相手がいないから発展する必要がなかったのか。しかもMNができて、そこに力を入れてるから白兵戦が疎くなってるし、進歩する暇が無い。
「しかし、500年も進歩しない戦って……平和だったんかなあ」
「……何ぶつぶつ言ってるの?」
「なんでもない……」
 まあ、気にせず(無理だって)授業再開。今度シルヴィアの歴史でも調べてみるかな。500年も戦争しなかった国って、どんなんだよ……。

「そういやさ、今日お前の姉さん来たぞ」
「……ミオが?」
 それから数時間後。なんか問答にだれてきたので話を変えようとミオの話をしてみることに。気分を変えるためにもな。
「ああ。ナオと何してるんだって。言ってなかったのかお前」
「……そう」
「……?」
 なんか様子がおかしい。体震わしてるし、俯いて表情見えないけど強張ってるような……。
「どうか……した?」
「……別に」
 そういうと、さっき感じた違和感は錯覚だったのかと思うほど普通に顔を上げた。いや、普通すぎる。ちょっと感情が読めてたのが、また逆戻り……。
「……ねえ」
「はい!?」
 読み取れなくなった心を解読しようと苦心してたら急に声をかけられた。ちょっとビクついた。
「…………頼みあるんだけど」
「な、なにさ?」
 多分、いや絶対、今の俺はナオの頼みを必ず聞く。OKと答えてしまう。そうさせざるを得ない力が、ナオの中にあった。
「……カズゥって呼んでもいい?」
「……ふぇ?」
 しかしその突飛な内容に、自分でもどこから出したかわからん珍妙な声を出してしまった。ナオもなんだこいつはと顔をしかめる。あ、良かった心読めたって違う。
「か、カズゥ?」
「……うん、カズゥ。……ダメ?」
 ずい、と顔を近づけてきた。上目遣いでこっちを見る。これがミオだったらイーネ仕込みの色仕掛けで熱っぽい視線でもかけるんだろうが、ナオにそんな技術は無い。じっと睨みつけてくるだけだ。威圧感を感じる。5歳も年下の子供に……。
「い、いや……いいけどさ、別に……」
「……そう。ありがと」
 どうしたんだろうか。様子がおかしい。心を開いているわけでなし、心を閉ざしているわけでもなし、何か、誰とも知らん敵意を感じる。
「あの……」
「……なんでもない。続けてカズゥ」
「……わかった」
 言われるまま授業再開。何事も無かったかのように受け答えが繰り返される。しかし、違和感がどうしても拭い去れなかった――。

「……医学も発達してるんだ、そんなに……」
「まあ確かに、発達はしてるんだろうよ。でも電子機器全盛だし、医師免許簡単に取れるって聞いたからあんま信用してないんだよな。医療事故が取り上げられるのも増えたし」
「……電子機器……免許……?」
 んで数時間後、相変わらず授業は継続してます。やり方も全く変わらず。よく続けてられるもんだナオも、俺も。
 なんか、ミオじゃないけどノッてきたような気がする。なんとなくだけど、この時間が嫌いじゃない。楽しんでる自分がいる。
「まあ、メスや聴診器が進化したと思えばいいんだよそんなの。お前らのほうがすごいよ。その年で看護兵なんだろ?」
 軽口風にぼかしてそう言った。正直なところ、最初この2人が看護兵なんてとても信じられなかったっけ。ヘレナの特訓とか隊員連中にボコボコにされたのを簡単に治してくれたの見たら疑いなんかすぐ晴れたけど。
「……お母さんの手伝いしてから」
「……お母さん?」
 お母さん、のフレーズにチクリと突き刺す痛みを感じたが、表面に出ないよう必死で無心を装う。
「……お母さん村医者だったんだ。お父さん早くに亡くしちゃって、お母さん1人でナオ達育ててたんだけど、人手ないからよく手伝いしてたの。だから、自然と覚えた。それで、親衛隊に雇われて……」
「……ごめん。帰って」
 話を打ち切って立ち上がらせる。「……え?」と驚いているようだが放っておこう。
「これで教えるの終わり。帰ってくれ」
「……ど、どうして?」
「いいから」
 強制的に部屋から追い出し、ドアを閉めた。顔は羞恥で真っ赤だろう。真っ青かもしれないが。
 自分の今までやってたこと、いや自分が恥ずかしくなった。
 正気か俺は? 人に教えるなんて、そんな資格がある人間か? 17年間何もせずただのたくってた俺が、ナオに教えられることなんて……教える資格なんて……。
 この世界に来てから、自分の愚かさ、くだらなさばかり突きつけられる、と思った。

「ふう……」
 夜。部屋の中で1人呻いていた。もっともこれは、痛みから来るものではないが。やはり2人の薬が効いたのだろう、もう痛みは無い。 馬鹿なことをしたものだ、と心から思う。俺如きが何を教えると言うのか。道端の蛆虫が釈迦に説法教えるようなもんだ。……少々言いすぎか? いいや、別に間違っちゃいないな。
「先生なんて、もっとも合わないものになっちまって……何楽しんでたんだか」
 本当に恥ずかしい。数時間前の自分が情けなくて愚かしくて殴り飛ばしたくなる。身分不相応甚だしい。もっと早く気付くべきだった。ナオの身の上話を聞いて、自分がナオに何か教えるような立場の人間じゃないとわからなかったのが最悪なところだ。こんなこと誰にも言えるか。
「……ん?」
 ふと、出しっ放しのテーブルにノートが置かれているのに気付いた。ナオが俺の言うことをメモしていたのだ。さっき追い出した時に忘れていったものか。――あれは悪かったなあ。いくら羞恥に耐え切れなかったからって、性急過ぎた。あとで返しに行くか。
 ……と、いうのが普通の反応だろうが、あいにく俺は悪ガキだ。悪党だ。こんなものが置いてあって、ただただ黙って返すなんてあり得るか。見ちゃお。
 何の躊躇も無くノートを取り開く。望遠鏡手にノート読むのは無理だから、思いっきり顔を近づける。ま、どうせ言ったことをメモしてるだけだろうから、別に面白いことなんて載ってるわけがないけど――。

『――嫌々そうだったけどOKした。やっぱり頼まれると断れないタイプらしい。うさん臭さは感じていたようだけど、当面は問題ない。世界のことを、なんて自分でも変なのとは思うけど、長く喋らせることと考えて他に思いつかなかった。口下手で人と話すのが苦手なのはわかり切っている。ならば知ってることを言わせるのがやりやすい。――なんか、知人に似ているらしい。どんな人なのだろうか。なんかにやけ顔されたのでいい気分じゃないけど、とりあえず警戒心が薄れたので研究しやすくなったから良しとしよう。……どこら辺が似ているのだろうか? いや、こんなこと気にしてはいけない。一機を研究するほうが先だ。――ミオが来たらしい。邪魔っ気な。どうせ余計なことを言うに決まっている。すぐに退散したらしいけど。ミオにしては珍しい。そういえば顔を合わせたとき動揺してたみたいだけど、何かあったのかもしれない。……カズゥとは、我ながら馬鹿なことを言ったものだ。つい聞こうとしてしまったのがまずかった。とっさに煙に巻いたけど、変な顔と声をされた。当然かな。面白かったからいいけど。さて、これくらいで一機の、いやカズゥのメンタリティ調査は終了していいかな。本当はもっと時間をかけてやるべきだけど、もうだいぶ見れたようだし、何より次に進みたくて仕方が無い。そろそろ、身体調査の段階に上がるろうか――』

「…………」
 ノートを持つ手のひらに、いや全身から汗がだくだくと音を立ててるかのように流れ落ちているのがわかった。ノートを持つ手が震え、力の入れすぎでノートはしわくちゃになってしまった。
 ノートの中には、俺が言ったことなど一言も書いてなかった。ただ、質問に対し俺がどう答えたか、どういう表情をしたか、それによって俺がどう思い、どういう考えを持っているかなどがきめ細かに書かれていた。これはつまり――
 ――観察されてたのか、俺は。
 最初から俺の世界のことなどどうでも良かった。ナオが知りたかったのは、俺について。しかしそれは俺が男だからとか人間的なものではなく、カエルを解剖する学者のような、研究素材としてのもの。ナオはそういう目で俺を見ていたんだ。世界の事を教えてなんて言って、俺の反応を、生態を観察していたんだ。
 そして、何よりも気になったのが最後の一文。
『――そろそろ、身体調査の段階に上がるべきか――』
 これが何を意味しているか。火を見るより明らかだ。カエルの観察。生態が研究し終わったら、今度は――。
 キィ……。
 ふと、蝶番がずれる音がした。ドアが開いた? そういえば鍵をかけるの忘れていた――そう思って振り向こうとした瞬間、
「……がっ!?」
 突如頭に強い衝撃がきた。

「ん……うん……」
「……起きた?」
 薄ぼんやりとした意識の中、少女の声がした。それがナオの声と気付き、瞬時に覚醒して起き上がろうとしたが、できなかった。動けなかったのだ。
「……!? ッ!」
 驚きの声を上げようとしたが、それもできない。口に何か巻かれている。
 そこで初めて、自分の現状を理解した。縄か何かでぐるぐる巻きにされ、ベッドにくくりつけられている。まるで解剖されるカエル、いや正にそれだ。
「……ごめんね。もっと優しくする予定だったんだけど、ノート見られたみたいだから……」
 テーブルによく見えないが何かの道具を並べながら、ナオは薄く笑いそう告げた。その笑みは今まで俺に見せたものとは全く違う、狂気を感じさせる代物だった。
 必死にクビを横に振るが、聞いていない。嘘だとわかっているのだろう。あるいは、もう俺の声などどうでもいいのかもしれない。
「……大丈夫、すぐ終わるから……」
 そう言ったその手には、手術で使うメスがあった。手術経験など無く、テレビぐらいでしか見たことが無いそれを、まさかこんな状況で拝む日が来るとは。
「~~~~~~~~~~~~ッ!!」
 ナオが近付いてくる。なんとか縄から抜け出そうと暴れるが、縄はきつく体に食い込んでおり抜けない。
「……ほら、暴れないで……」
 微笑を携えながら、メスをこちらに向けてきた。そのメスが向かう先――切り裂かれ、内臓がむき出しになった自分の姿が浮かび、気が遠くなりそうになる。いっそ気絶したいと思ったが、恐怖のあまり体が凍りつき目を逸らすこともままならない。
 殺される――! そう知覚した瞬間、バタンと叩くかのような音が部屋に響いた。

「……うっかり服ごと縛っちゃって、スケッチ描けないから服メスで切ろうとしただけだったのに……」
「それだけでも十分問題だ! みろ、一機あんなに震えているではないか!」
 ぶつくさ言い訳するナオをヘレナが叱り付ける。ヘレナの前で正座させられているナオから離れるように、俺は部屋の隅で毛布にくるまって縮こまっていた。部屋の外には親衛隊員が騒ぎを聞きつけ大勢やってきていた。
 あの時、殺されると思ったあの瞬間、ヘレナが部屋に押し入ってきたのだ。鍵かかってるのに無理矢理入るものだから、おかげでドアは破壊されてしまった。
 聞くところによると、ミオがナオがいないと言って皆に探して欲しいと言ってきたそうだ。で、そのうち俺に興味を持っていたことを思い出して、嫌な予感がしたので駆けつけたというわけらしい。
「まったく、看護兵としては優秀なのだが……その研究熱心さを別なところで生かせないのか? 前にもイーネの体を調べるとか言って、痺れ薬を飲ませたときもさんざん叱ったというのに」
「……なんでそんな奴雇ってんだよ……」
 震えるあまり歯が噛みあってない言葉を発すると、ヘレナもさすがに問題だとわかっているのかばつの悪い顔をした。そんなに人員不足なのかシルヴィアは……。
「とにかく、もうこれ以上研究のためとかいっておかしなことをするな。さすがにこんな問題を起こし続けるなら、親衛隊に置くわけにはいかん」
「……え」
 そすがにクビは困るのか、怯えたような顔をした。まあ当然だろう。腕が良かろうが悪かろうが、身内人体実験にかけるような奴、雇っていられるわけがない。――しかし、
「……いいよ別に」
「……え?」
「なに?」
 2人の驚いた声がした。振り向かず、毛布にくるまったまま続ける。
「もういいってば。もう忘れるからいいよもう」
「い、いいのか? こんな目にあわされて……」
「いいってば。とにかく今日は帰ってくれないか? もう寝たい……」
 困惑したヘレナも無視し、二の句も告げさせず追い出しの言葉を捨てる。実際眠い。疲れた。
「わ、わかった。行くぞ、ナオ」
「……う、うん……」
 そのまま部屋を出る2人。ドアは壊れてしまったので立てかけるだけだが、どうでもいい。さっさと寝たい。
 ついさっき縛られたベッドに入るのは一瞬ためらったが、眠気には勝てず潜り込んだ。
 ――なんで庇ったのかったというと、優しさとかそういうものではなく、このせいでナオがクビになったら気分が悪いからだ。酷い目にあわされて怒ってないといえば嘘だが、辞めさせられるのはちょっと……と思ってしまったのだ。甘いな俺は。
 なんでもいい。恐怖から解放された反動でドッと疲れた。もう寝る。

「……ふう」
 同時刻。ミオ&ナオの部屋。
 部屋に戻ったナオは、そのままベットに突っ伏していた。
「……なんでかな……」
 ――どうして、許してくれたんだろう。
 さっきから、頭の中に巡るのはそれだけだった。自分でも少しやり過ぎたと思っていた。ノートが見られたのでもはや一刻の猶予も無いと思いつい強行手段に出てしまった。もう何度もこんなことをしているので、隊長の怒り振りからもうお終いかなと諦めかけたけど、まさか縛った本人が助けてくれるとは。予想外だった。
 まあ、自分のせいで辞めさせられるのは気分が悪いからとかだろうけど。この“授業”からカズゥの性格は大体わかったと自負している。どんな酷い目にあわされても、気が弱くてお人よしだから人を捨てるなんて真似ができる人間じゃない。とてもひ弱な奴だ。
 ――でも、本当にそれだけ?
 頭を支配しているのはこの単語、この一言のせいで頭にぐるぐる渦が巻かれている。どうしてなのか。理由は……巡ってるもう1つの言葉だ。
 ――なんか、あいつみたいに笑うんだな。
 これと、その時のカズゥの苦笑が頭から離れない。思い出すたびに何故かムカムカしてしまう。懐かしそうなその顔に、何度ペンを突き刺そうと思ったことか。……そんなことしたくなる理由わからないけど。
「……帰ったの?」
 ふと、隣のベッドから声がした。ミオだ。もう寝たかと思ったけど、起きてたのか。それとも騒ぎで起きだしたか。……違うか。ミオは慣れてるから。
「もうお咎めなしですか? 珍しい……」
 背中を向けたまま。何の感情も無い声をかける。心配とかはしていないのだ、こいつは。
「……うん。カズゥが許してくれた」
「……え?」
 起伏のない声に、驚きが混じる。許してくれたというのも1つ、カズゥと呼んでいるのも1つだろう。
「……それじゃ、おやすみ」
 言葉を失ったミオを無視して、私も寝ることにする。
 また頼んだら授業してくれるかな、と眠りに落ちる前に少し頭をよぎった。



「……次回、サジタリウス~……え? いきなりタイトルじゃなくて自己紹介と何かを言え? ……ナオ・ローラグレイ。シルヴィア王国騎士団親衛隊看護兵……次回は副長がヒロイン……サジタリウス~神の遊戯~ 第9話 『信奉者達』……次回は脊髄反射主体? ……いつもじゃん……」

to be continued……

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