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Sep 30, 2008
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カテゴリ: 日記


いつしか誰かが「美しいものにはトゲがある」と言い出した。だがあるとき、「美しさそのものがトゲである」こともあるような気がする。
人をひきつけるものっていうのは、しばしば人を惑わせるものであった。人がひきつけられるものっていうのは、しばしばひとがひとを失うものであった。しかしそれが、ヒトに近づくことができた不名誉なのか、人に近づくことができた名誉なのかは誰も知らない。
実は人がどうあるべきかの不変の真理なんてない。なのに、人は多数決で善を決めたがる。世界のどの思想家も、「善」を求める上で「善」が何かを定義できたことは一度としてなかった。そもそも我々の求めるところにゴールなんてない。だから人は死ぬ。死ぬことはゴール、死ぬことは目標。死ぬまでにゴールに到達するのではなく、死ぬことでゴールに到達する。
僕たちは目標に向かってまっすぐに歩いていけたらいいところを、「寄り道する」とか「横道にそれる」とかいって振り返ったりしている。でも実際は時の歩みが一定であるように、常にまっすぐ同じ速さで死に向かって歩いている。誰かがほのめかした「人としての道」から比べればぐにゃぐにゃと曲がっているかもしれないが、同時に「自分としての道」から比べれば「人としての道」はぐにゃぐにゃと曲がっている。もしあなたが完全に「人としての道」をなぞってあるけたら、あるいはそれにできるだけ沿ってあるいたら、あなたはそれだけ「自分」としてではなく「人」として歩いていることになる。いや、「ヒト」として。人は隣の家に住んでいる人より自分の飼ってる犬の方が親しいと感じるくらい、人としての自覚が足りない。でもそれは決して欠点ではない。あなたは、あなたとして生きることができる。
善が何かなんてしらない。人がどうあるべきかなんてない。でも自分として生きる上で、あまりに愛しい花のために、誘われて悪いことなんてあるはずがない。それをとがめることができるのは、あるいは世界を守る者であって、ましてや人間なんかがとやかく言う権利はない。ただその愛しい花は、愛しい故にあなたを引っ張りすぎるかもしれない。それがトゲであることがある。僕は昔スイカが大好きだったが、食べ過ぎて好きじゃなくなった。カロリーメイトはうまいが、カロリーが高いからおやつ代わりに食べてると太るだろう。美しい朝日を汗だくで拝むと、翌日も見たくなるかもしれない。
そう、美しいものにはトゲがある。あるとき、美しさがトゲである。


僕が今愛しい花は、愛しい故に僕を惹きすぎる。


ちくちくする。





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Last updated  Sep 30, 2008 02:34:16 PM コメントを書く


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