「ニュアンス」という言葉にジャストな日本語訳を俺が知らないのは既出の話だろうと思う。マトリョーシカ的構造だが、「ニュアンス」というニュアンスの言葉は日本語を探してもしっくりくるものがない。 しかし一方で、「○○さんをリスペクトして」などと言うことがある。これに関しては「尊敬」で事足りる。自民党の「マニフェスト」なんかもそうかもしれない。僕はいずれも否定的だ。 言語というものは、不思議なものだ。 これも間違いなく既出だが、「天体」は英語で「heavenly body」、天の体だ。また、「瞳」は「目の童」と書くが、これは瞳に映った自分が小さく、子どものように見えることに由来しているという。「瞳」は英語で「the pupil」。そしてpupilには生徒とか弟子という意味がある。もちろんこれらは互いに相談しあうことなく発生したものである。 そしてそう、しかし一方で。日本語にはない感覚も英語にはあり、英語にはない感覚が英語にもある。英語のHaveは日本語でしっくりくる同義語がないだろう。また日本語の語順や省略の多さ、曖昧さなんかは、英語を話す日本人を先入的におとしめる。 言語には、「人間」という同胞意識と、「民族」という文化意識とが、他の奇跡と相まって存在している。 だから何かよくわからないワタシタチのコトバがあるとき、誰か他の言語に相談してみようと思う。角度を変えて考えてみようと思う。 今、「私には、私の信じる神がいる」という和文を考えて欲しい。「私には、姉がいる」という和文は「I have a sister.」になろう、そうやって英文「I have my god.」を導く。そして、"再翻訳"する。「私には、私の神がいる」は、「私は、私の神を持っている」になる。そこにニュアンスを問わないで機械的にこれを認めて欲しい。