下山2日目はパンボツェ(3960m)→タンボツェ→ブンキタンガ→キャンジュマ→ナムツェバザール(3450m)というルートを歩いた。行きに通ったシャンボツェやクムジュンは通らない。距離的には1日目より短いし、高度も500mほど下がるだけなのだが、これがまたしんどかった。傾斜のある登り降りが激しくて消耗した。熱こそ出ないが呼吸器周りは昨日と変わらない状態で喉の痛みは益々酷く、咳と痰で悩まされた。
絶景が続いていたが、今ひとつ心から楽しむ余裕はなかった。今回はタンボツェ僧院経由だった。そこから遥かかなたにエベレストが見えた。小さくなったエベレストを見て心から悲しくなった。この間は目の前に黒く巨大にそびえていたエベレストがあんなに遠くなっている。ああ、私は登りたかったあの山に登れないで、もう登山の圏外に下山してしまったのだと思うと、心から悲しさがこみ上げてきた。
タンボツェ僧院前から見る遥かなエベレスト
思い出あるタンボツェ僧院だったが、ろくに休む暇もなくベーカリーによる余裕もなく更に下った。タンボツェからナムツェは「こんなに遠かったっけ?」と思うほど遠かった。シェルパのMは新婚ほやほやだと聞いていた。その妻が何とナムツェまでまだかなりある距離がある地点に食べ物と飲み物を携えて夫を迎えに来ていたのには仰天した。
このMというシェルパは不親切で、これまでも私がどんなに咳こんでも「Are you ok?」の一言もないヤツだったが、夫が夫なら妻も妻、それ以後、二人だけでネパール語で楽しそうに喋り続け、私は彼らから離れて歩いた。


今日も悲しいほど空が美しい タンボチェ僧院 新婚のM夫妻
登っても下っても曲がってもなかなか着かなかった。やっとのことでナムツェのロッジに着いたと思ったらMは明日の出発の時間確認もしないで、すぐに妻とナムツェの街に遊びに出かけた。とんでもないシェルパだった。彼は親切で忠実というシェルパのイメージを完璧に覆したのだった。
その夜はこのロッジで連泊しようかと思うほど疲れていた。帰りにここで仮面を買う予定で行きに下見したおいたのに、街にでる元気もなくベッドに横たわったままだったが、一晩中咳であまり眠れなかった。心豊かに寛げたシラビソ小屋 2026年07月28日
小海線に揺られてシラビソ小屋へ 2026年07月27日
深い霧の中で快適だった大菩薩嶺 2026年06月06日 コメント(2)