音楽小史



そしてまた、音楽史を語るとき肝要なのは、どんな視点がそれを見つめているかである。

いかに正確かつ利便性ある音楽史を編んだとしても、それはすでに完結したプロジェクトであり、今日における意味を見出すことはできない。

一つの、己が語らされる業をもった何かによって記述されなければ、音楽史論に意味はないのだ。

わたしがここで試みるのは歴史の進展と歩みをともした音楽というジャンルを基本的には時系列にそって素描してみることである。

そのとき、歴史ということばは特定の意味を持つ。
「人類の歴史は脱呪術化、耐えざる啓蒙」
「わたしたちは信じたいとは思わない。ただ知りたい」
「写真は精神分析が無意識に明かりを照らすように、
無意識の映像を明るみに出す」
「自由連想法は両者が対等に語り合うカウンセリング形式へと変化していった」
「映画の制作において、人間は機械との関係性形成の方法論を会得する」
「貧困→技術、大量生産大量消費→個別、特別製、独自」

何れのことばも著名な作家によるものをパラフレーズし、あえてその統一感にはこだわることなく列挙したのが上のパラグラフだ。

今少しの間、にたような試みを行おう。

「ユニクロは時代遅れだ。これからは自分のデザインを含めたオーダーメードへと近づいていく」
「今の時代にコンセンサスはない。ヒーローもいない。」
「コンピュータの優れたエディタは、優れた文書を市井の
人々にその形成契機を与えている」
「コンピュータは歴史的にフリー、共有のものである。UNIXの精神を受け継ぐ勢力が、共同と共有のソフトウェア伝統の維持に力を注いでいる」
「ソフトウェアには単にフリーというだけでなく、完全な情報公開、オープンソースのものがある」

そしてその意図は、これに続く一つの歴史認識へのおぼろげなヴィジョンを消費者各々が無意識里にいだくであろうことを予想し、記述を具体性高いものへと移行させていく、の
流れにある。

もっとも原初的な音楽は、儀式、とりわけ呪術、宗教的儀式においてむしろ祈りのことば、感謝の発声などのかたちであらわれた(音楽ということばは、ここでは広義に用いられている)。

このとき音楽を支配できるのは村の祈祷師であり、村長、長老といった特別な存在がそのコントロールを行った。このとき、例えば雨乞いの祈りの場合を考えてみよう。
祈祷師は何か道具を振り回すかもしれない。聞き取れないことばを発するかもしれない。

ここで肝要なのは、それがけっしてその原理、いやそれどころかその効果さえ周りの人間にはわからないということだ。当事者に確信があったとしても、革新はないだろう。ブラックボックスの中で行われる音楽儀式は、誰にもその内実を教えてはくれない。

クラシック音楽ということばがある。古典、という広い解釈をなすならば、民族音楽なるものもこれにふくまれることになる。民族音楽とは、しかし、屈辱的な名前であると考えねばならない。それはローカル音楽というネガティヴな意味合いをもつものであり、その内実においてもまた、ローカルにしか通用しない力量、少なくともそういった性質があるのだ。

いわゆるクラシック音楽において作曲家を作るのは才能の他にあまりに多くのお膳立てが必要とされる。当時のまさに特権階級にあった人間たちが特権的にピアノを所有し、特別に音楽の教師をつける。そしてごく少数の音楽家が生まれる。さらに、その音楽を聴くことのできる階級、できない階級とは厳然と存在し、前者は氷山の一角である。

しかし、これらは白人特権階級の快楽文脈に奉仕するものしか作ることのできないメカニズムであると言える。少なくとも、そうした性質を帯びてしまうことは回避できない。

そのことに対し批評的であったシェーンベルクらは調正の解体を試みた。しかし、そういった音楽は逆にどのローカル共同体にとっても安心感を与えることができなかった。音楽芸術の域をでなかったのである。

ヒンデミットやヴァイルは時代が特定少数者の独占から大衆主役へと移行していくことを看過しなかった。かれらの音楽には、より広い人々へのメディアたりえるものがあった。

シャンソン、ロック、ポップ、ゴスペル。本格的な大衆音楽の到来である。ここで前パラグラフまでと決定的に異なる地平に、音楽はいたる。3歳からピアノを習って無くても、音楽をならすことができるのだ。

これらの音楽を語弊があることを承知の上で広義のポップミュージックと呼ぼう。ポップは、多くの人間を作る側として受け入れる。しかしなによりその特性はポップという名自体が既に表明している汎用性、通俗性である。

ビョークは「ポップミュージックにこそ一番可能性がある」と言った。それはとにもかくにも伝播していく力がそこにあるからだ。

’70年代後半に現れたパンクという手法(あえてスタイルとは呼ばない)は、高度なギターテクニックも、幼少期からの音楽との親しみも必要としない。スリーコードのマジックは、言いたいことがあればそれで十分に効果を発揮するのだ。

同じ時期に生まれたHIP-HOPにおいては、もはや楽器すら必要ない。HIP-HOPの特長は、ミュージシャンの真似をリスナーがするのではなく、その逆だというところだ。ミュージシャンはストリートからファッションを拝借する。
このころには、ヒーロー的ミュージシャンは消えていた。カリスマ的ミュージシャンがポップの主役ではなくなっていったのだ。

80年代はじめの日本でネオアコと言われる系統の音楽をならした若者たちは、ハンサムでファッショナブルだが、威厳だとか迫力はない。普通の男の子たちであった。フレディ・マーキュリーや初期デビッド・ボウイを、ロディ・フレイムやエドウィン・コリンズと比較してもらいたい。

テクノロジーの発達は音楽にも当然大きな影響をあたえる。シンセサイザーやサンプリングがどれだけ多くの作曲家を養成しただろうか。

90年代の主役はオーディエンスだ、といったジョン・スクワイアのことばはまさに喝破というにふさわしいものであろう。

クラブ、レイヴの対等、も非常に大きな意味を持つ。そこには作曲家はいない。音楽を鳴らすものはターンテーブルの前にいるが、ライトを当てられることもあまりない。DJと呼ばれるその人々は、ステージを降りたのだ。

カリスマDJなどというのはカリスマ流通業販売員と同様、退行であり反動であり、恥さらしの宣伝だ。

PCのマルチタスクは文書を作成しながら音楽再生ソフトで音楽を聴くことができる。歴史を振り返ってみてほしい。原初の音楽を思い出してほしい。わたしたちは、気軽に音楽を聴いている。音楽に対して、人間は優位に立ったのだ。そして音楽は広義のTextとして明示的にできる。

補足ながら90年代に大活躍したオエイシスというバンドの音楽は「みんなの歌」と呼ばれ、ローゼズがダンスのグルーヴによる一体感までたどりついたあとに、合唱という領域にまでたどり着いた。その音楽の中には、どんな民族音楽にも真似のできない汎用性がある。

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