古典です。
「独創性ということがよくいわれるが、それは何を意味しているのだろう!
われわれが、生れ落ちとるとまもなく、世界はわれわれに影響をあたえはじめ、
死ぬまでそれが続くのだ。
いつだってそうだよね。(今は21世紀ですが)
一体われわれ自身のものと呼ぶことができるようなものが、
エネルギーと力と意欲の他にあるだろうか。
私が偉大な先輩や同時代人に恩恵を蒙っているものの名を一つひとつあげれば、
後に残るものはいくらでもあるまい」。
瀬戸内寂聴さんが「源氏物語」を現代語訳され、
あの不倫作家の翻訳ならではの仕上がりになり、
実に読みやすく(これはいい意味ではないかも知れませんが)なりました。
その「源氏物語」は実は中国にあった話をいろいろと採り入れ作品だったのだそうです。
しかし現代でもさまざまな作家が、今度はその「源氏物語」をベースに
さまざまな作品を作り上げているんですよね。
何が言いたいの?
「基準があって、ものを言っている人と、本当に独りよがりで言っている人と、
今は同等に扱われている。
その原因は、偉大なものを尊敬し、
それについて学ぶとういう伝統が途絶えてしまったことにある」。
要するに世界で一番ものすごい勉強例をした人間が、独創的な仕事をしているだけなんだ。
と明治大学の斎藤先生はおっしゃています。
今夜のエンディングです。
モーツアルトは一定の勉強を強制的にした後に、
「どんな風に曲を書いてくれと言ってきても、全部できますよ」と。
それは彼がまだ20代前半でした。
そこからどんな風に書けばいいのか、
それを最後まで追い求めたのがモーツアルトでした。
お金を稼がなくてはならない時期には
「時代とは何か」でした。
最後の1791年前あたりからは
「人間とはなにか」でした。
その彼が残せたのが
未完のレクイエムでした。
「未完」だからこそ、
今を生きている自分と比べて、。