彼らは凶弾や暴力にも怯まず、主義主張や信条のために立ち向かい、
世の中をいい方向に導こうとしていた。
「義」も「侠」もあるのだ。
今日、720余名もいる国会議員の中に、どれだけ似た志を持った人がいるだろうか。
そうは言っても時代が違いますよね。
政治がひっぱる社会から、経済がひっぱる社会になるほど、
懐具合は豊かになっているようで、
お隣の中国はまさにそのような展開ですし、
別のお隣の北朝鮮はまだまだ人々の懐具合がピーピーなので政治主導なんでしょうね。
政治と宗教と民族の話はするな!と言われておりますのでここで止めますが、
確かに昔は政治家とジャーナリストは尊敬されていました。
それは言うことに責任を持たねばならず、もしそれが果たせないと殺される。
また言うことを実現するためにはいろいろな抵抗があり、ここでも命が狙われる。
いまの政治家はもちろん、ジャーナリストと自称しているマスコミ人も、
命がけで発言したり仕事をしていないので、
そりゃ、世の庶民から尊敬されませんよね。
時々、テレビでは目をつぶってコメンテイターの話を聞きますが、
たいしたこと言ってませんね。
あれって、顔を見ることで
「なにか特別なことを言ってくれそう」という刷り込みを、
すでに持たされているよう…。