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早朝、シエラブランカを後にしてサンタフェに向かった。サンタフェの町の周辺に住んでいるネイティブアメリカンにとって、ここは商業の場所であり、情報交換の場所。近隣に住んでいるいろいろな部族のネイティブアメリカンが、自分で作ったジュエリーや壺を路上に並べて売っている。巡礼の小休止といった感じで、サンタフェの中心にあるプラザ周辺をそれぞれが散策したり、ウインドウショッピングをして楽しんだ。ギル長老がラベンダーとセージのブーケをどこからか購入しきて、私たち一人一人にプレゼントしてくださった。とてもダンディーなリチャード・ギヤ似の我ら隊長なのである。サンタフェはアドビスタイル(土壁)の家とおしゃれな店が立ち並ぶ町で、セドナに住んでいる私にとっては、セドナのアップタウンぽい感じもする。サンタフェもセドナもやっぱりどこか似てるんだね。私たちの目の前をネイティブアメリカンのカップルがアイスクリームを食べながら通り過ぎていく。突然ギル長老が冗談ぽく「へいっ!そこのインディアンっ!」って言いながら、彼らを追いかけて声をかけた。彼らはかなりびっくりして振り向いた。変なことを言って声をかける人がギルだとわかったら大笑いしていた。ギルの友人のマイケル・ホース Micharl・Horse という方で、俳優とアーティストをしているらしい。ツインピークスというテレビ番組にも出ていたとのこと。しばらく楽しく立ち話をする私たちであった。おしゃれなホテルの中にある小洒落たメキシカンレストランでランチを食べた。私は蒸した白身魚にアスパラとズッキーニが付け合わせになっているプレートをオーダーした。おいしかった~~~。巡礼中におけるシティーガール体験のひと時でした(笑)サンタフェを後にして、そこから30分くらい離れたナンベプエブロ族のアーネスト長老の家を訪ねた。アーネスト長老は、ナンベプエブロ族のガーバーナーという立場のお方。いわゆるここの民族を率いる州知事的な存在。長老中の長老。私たちはサンタフェでゆっくりと過ごしていたから、長老の家に付いたときはすでに夕暮れどきだった。長老は「もう来ないのかと思った・・」とおっしゃっていたが、私たちの訪問を快く受け入れてくださった。そして、すぐにナンベプエブロの聖地の滝に案内してくださった。ネイティブの風習で、長老に会うときやセレモニーに参加するときはロングスカートを着用するのが一応のお約束になっている。私たち4人は、お約束通りちゃんとロングスカートを着ていた。向かった滝は、山を15分から20分くらい登ったところにあった。ロングスカートにヒールのサンダルやピーチサンダルの私たち。「え~!聞いてないよぉ~~っ!」って、きっと一人ひとりの胸の中では叫ぶものがあったであろう(笑)サンダル履きの足にいっぱい力を入れて大地をしっかりと踏みしめながら、スカートの裾をわしずかみにして長老の後を追った・・。頂上に着いた。あれっ!けっこう急な山道を登ったのに、息切れも疲れもない。以外にあっという間に着いてしまっていた。この感覚って聖地でよく経験する感覚。そうなんだぁ・・やっぱりここは、ナンベプエブロの聖地なんだぁ・・って実感。頂上に滝があった。滝は上にあるダムから勢いよく水が流れ込んでいる。滝の前でしばらく過ごした後、山を降りて車で滝の上のダムに向かった。そこはダムというか湖のよう。とても穏やかなバイブレーション。光がいっぱい。水と光のエナジーが私の細胞という細胞にしみ込んでいく。しばらくその水の美しさに浸った・・・。浸ったあと、後ろを見たらニコニコとアーネスト長老が私を見ていた。声を出さずに、「ビューティフルっ!」って言ったら、やさしい目をしながらうなずいてくださった。そのあと、アーネスト長老の家でジャパニーズ・ティーセレモニー(茶道)をした。リードするのは僧侶のえりこちゃん。アーネスト長老もギル長老もこの異文化のセレモニーに敬意を表してとても喜んでくださった。二人のその姿にとても感動してうれしくなった。セレモニーをしている中、辺りの空気がセピア色のような異次元になってきた。セロファンの紙を私の目の前にかざして見ているみたい。プルーとゴールドが混ざりあう世界。半端じゃない不思議な空気感。雨がポツンポツン落ちてきた。空にダブルレインボーが出た。やったー!巡礼成功っ!異文化のブリッジ成功っ!みんな心からはしゃいで、飛び回った。アーネスト長老の庭をスキップしたり走ったりしながら、小雨を身体に受け、虹の祝福を全身で感じながら、超ワクワク状態になっていた。アーネスト長老の家を後にするまで、その異次元の空気感は続いていた。不思議だった・・。ありがたかった・・。ナンベプエブロを後にして、タオスプエブロに向かった。タオスに着いたときはすでに夜10時ごろになっていた。つづく・・。巡礼の旅を共にした3人の美しき女性たちもそれぞれのブログでこの旅のことをUPしています。同じ場所を訪れて同じ体験をしても、ピックアップする場所が違ったり、感じることが違ったりしていて、とても面白いです。ぜひこちらもご覧になってくださいねーー。雅代ちゃん http://masayob.wordpress.com/2010/06/操ちゃん http://shasta.exblog.jp/11398208/えりこちゃん http://ameblo.jp/eigetsu5/ ☆ありがとうございまーーす☆
2010年06月27日
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ニューメキシコ2日目は、ホワイトサンズを訪れた。ここのあたりはアメリカ軍の基地。もうすぐホワイトサンズだなぁ・・って外を見てたら、ミサイル実験場・・という看板が・・。どきっ!65年前、日本に核爆弾が落とされる直前、ここの地下でその核爆弾が実験された。そこで働いている人々はもちろん、近隣の人々(多くはアパッチ族)は被爆という影響を受けた。ホワイトサンズ・・そういったことをすべて覆い隠すかのような真っ白な世界。ここはアパッチ族の聖地。覆い隠すという言葉はあてはまらないかな・・。それよりも、すべて白で浄化されているっていう感じ。とても気持ちが良い。ギル長老のお計らいで、ここでは現地のサイモン長老がずっとそばに付き添ってくださった。灼熱の太陽が白い砂に反射する。車から見ていると雪国にいるかのよう・・。でも、ひとたび車の外に出ると容赦なくギラギラ太陽が全身に降り注いでくる。あつ~~!!日差しを遮るもの何もなしっ!あたり一面、さ・ば・く~~。暑いけど・・この白さ・・ハイになっていく。この白さが無邪気にさせてしまうのかな。操ちゃんがいきなり、小高い山のてっぺん目指して走って行った。一歩一歩が砂にのめりこむからなかなか進まない中、子供の様にひっしで駆け上がっているその姿がとてもかわいらしかった。降りるときは、寝転がってコロコロ転がってた。うふふ・・♪私は着物を着て、両手を大きく動かしながら丘を駆け降りた。子供心にもどった。着物を着ながら、ピョンピョン走り回った。それを雅代ちゃんが写真に収める。「くるくるまわって~~」と雅代ちゃん。要望に答えたいが、足に砂がめり込んでなかなか周れない。とりあえず、2回転くらいした。地平線がまわる。地球がまわる。きもちい~~!!あづ~~~~い!!!うふふ・・♪えりこちゃんは、僧侶の姿で、ギル長老と2ショット。それぞれの文化と民族のエナジーの融合。私たちがここでお互いの民族の衣装を着てワクワクと撮影をすることで、足元の白い大地の中にこの調和のワクワクが届いていく。ありがとうございます・・・。ここに来れたことに感謝します・・・・。そのあと、サイモン長老の車と私たちの車2台連なって、シエラプランカという万年雪をかぶるアパッチの霊山に向かった。その麓にアパッチが経営するカジノ&ホテルがあってそこが私たちの今夜の宿。カジノ経営・・。ネイティブアメリカンにとっては、これがアメリカ政府から認められた彼らの資金源。日本人の私たちにとってはまったく異文化。老若男女・・カジノを楽しんでいる。カジノ&ホテルのレストランで食事をしていたら、ギル長老の知り合いの長老が入ってきた。チェリカワアパッチ族は、侵略・戦いの歴史を得た結果、スペイン人との混血がとても多い。その中で、今現存している純潔のチェリカワアパッチは2人しかいないとのこと。そのうちの一人の長老(90才くらい)が息子さんと食事にいらした。「彼は歴史的重要人物なんだよ。」と私に語るギル長老の声から、この長老に時同じくしてこのレストランで出会えたことに嬉しさと誇りをもっているのを感じた。ギルも同じチェリカワ族なのだ。ギルはしばらくその長老たちの席に移り、楽しく語り合っていた。そしてなんと・・長老の息子さんに、食事の後、私たちにこのホテルの中を案内してくださるように頼んでいてくださった。長老の息子さんの写真はホテルの廊下という廊下にたくさん飾られている。たくさんの写真を本人とともに歩きながら拝見するという光栄にあずかった。この方はチェリカワアパッチとコマンチアパッチの混血とのこと。やはり息子さんのお父様の代で純潔チェリカワ族は終わってしまうらしい・・。このチェリカワ族歴史的重要家族に出会えたことに感謝。ネイティブアメリカンは、お金をあまり持っていない・・。そして、それをエネルギーとして使うことを私たちよりも知っている気がする。ギルは、食事後、この最後のチェリカワ族の長老に「カジノを楽しんでくださいっ。」といくらかのお金を手渡していた。その長老はそれをありがたく受け取りそのままカジノに行った。ネイティブの祭りを見ていても、ダンサーに数ドルを握らせている同じ部族の人を見かける。「私たちのために祈りのダンスをありがとう・・」という意味だろう。とても上手にお金を使う。お金をエネルギーとして使っている。私もできるだけ、部族の土地を訪れたら小さなものでも買うように心がけている。私のエネルギーと共にありがとうを一緒に届けたいと思って・・。だから、はたからみたら買い物好きな人に見える・・。あはは・・確かに買い物好きな私です。だからこそできる私なりのエネルぎーの廻し方。みつけたんだ。これっ!ワクワクしながら、エネルギーをまわせる私なりの楽しい方法です。うふふふ・・♪買い物するときにいろいろなことを話す。そうするとその部族の人たちと、その時、その空間を共有することができる。うふふ・・♪ 楽しい・・♪きれいな湖畔の宿でこの夜も爆睡。次に続く・・・。今回も読んでくださってありがとうございまーーす。おかげさまで、ぎっくり腰はかなり良くなってきてまーーす。感謝っ!
2010年06月20日
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なんかね・・、こうして腰が痛いと家の中でできることと言ったら、家の中で静かに、瞑想をして、読書をして、LeeのチャネリングのCDを聴いて、そしてブログを書くこということ・・・。 今までの私としては、あり得ないくらいの「静」な生活。 良いもんだね。この感じ・・長いこと忘れてたかも。 いつも何かに向かって頑張り続けてた。 Leeの生前は、Leeの死を恐れていつもそれに向かって頑張ってた。 Leeが他界してからは、くじけちゃいけないぞって、歯を食いしばってガンパってた。 頑張り続けることで生きてきた感じ・・。 どうやって休息して良いのかわからなくなってた。 休むことが本当に難しい私になっていた。 巡礼に出る数週間くらい前から体調が悪くなっていていた。 原因は分からないけれど、時には歩けないくらい・・。 自分でも過労だなって感じてた。 ありがたいことに、意思の力は「Leeのお墨付き」もあるくらいに強いと自分でも思っている。 言い方を換えれば、「わがまま」で「思い込みが激しい」とも言えるのかもしれないけど・・・(笑) 体調が悪くても、用事があるとそれに向けて、体調を無理やりOKに持って行っていた。 そんな中で、巡礼の旅に入った。 旅の間、身体は快調だった。 でも、私のハートの中では、いろんなことが起きていた。 今までの自分のパターンや、癖、過去性から引き続いてしまっている習慣などが表にでてきた・・。 それは、アパッチの土地が引き金になった。 数年前、アパッチの土地を初めて訪れた時、私はその激しさ、血なまぐささ、戦闘的な気配に嫌気がさしてしまって、夜中の12時ごろ、我慢が出来ずに飛び出し、セドナに向けていちもくさんに逃げるように帰ってしまったことがあった。 過去性から自分の中に持ち続けている、戦い、奪い合い、ジェラシー、短気、怒り、憎しみ・・といった、心の奥深くに閉じ込めていた負の感情や経験が一度に吹き出してくるような感じだった。怖かった・・。 その当時、私は自分の中にあるそれを認めたくなかったのだろう。 純粋な光の私だけでいたかったのかもしれない・・。 それから、少しずつだけど、思いあたることを手放したりしていた。 それでも、しつこいものはそのまんましつこく持ち続けたりしていた。 でもそろそろ、自分の中の負の私を受け入れ、やめる必要のあるものは意思の力でそれをやめて、手放す必要があるものはさっぱりと手放す時がきたなぁ・・って感じてた。 今回のアパッチの滞在では、みごとに、ありがたいことに(今思えばね、そう言える)そのチャンスがやってきた。 それも私たちが関わったのは、アパッチの中でも、もっとも戦闘的なチェリカワ族。 「男は黙ってやるべきことをやる。皆を守る。」 「女はそれを受けいれ、サポートする。」 という昔の男性気質がまだまだ残っている社会。 そして最後まで戦い抜いたインディアン「ジェロニモ」の部族たち。 先祖から戦い抜いてきた血だからか、ものすごい短気。それが彼らの文化だから彼らにとっては普通のことなのだ。 ときどき彼らと話していると、まだまだ白人に対しての恨みがことばの端々に出てくるのを感じる。 その度、私のハートは「かなしさ」を感じたりする・・。 私が何気なく言った一言に、目の前を通った鹿めがけて槍を投げるかの勢いで、ずばっ!と両目を見据えて、私に強い言葉を投げかけてくる。 そして、私の心は、今だぞっ!とばかりに、どんどん戦闘的な言葉を突発的に口から出している。 その言葉と声に自分でもびっくりする。 私の中の良い子ちゃんは、「私は静かなところが好きなのに~~。平和が好きなのに~~。調和が一番なのに~~。」て言いながら、私の自動反応は、目には目を歯には歯を勢いで、しっかり相手のリズムに乗っかって、私の怒りの部分、戦闘的な部分を出している。 くるし~~。ぐるし~~。苦し~~~。 自分の中の陰と陽がそれぞれ意見を持ちだして暴れてる~~。 リーは生前、私がネイティブアメリカンたちとたびたび巡礼に赴くのは、 「古い地球のカルマ・・レムリアン大陸とアトランティス大陸のカルマを解消するためでもあるんだよ。 地球が次の段階に進む(アセンション)ためにはこのカルマを解消する必要があるんだっ! レムリアンのつながりを持つ日本人と、アトランティスのつながりを持つネイティブアメリカンがお互いに交流してエネルギーを混じあえることで調和へと導かれる。カルマが解消される。アイルは地球のために良いことをしているんだよっ!がんばれっ!」 ・・と、いつも私を励ましてくれていた。 レムリアン大陸とアトランティス大陸のカルマの解消は、地球に陰と陽の調和をもたらすことにもなる。 小さな地球の私たち、巡礼を通して私の中の陰と陽も表に出てきて暴れだす。最中は苦しいが気づくと調和へと向かう。 毎回、その過程が苦しい。私はマゾかっ!て思ってしまう。 だけど、その分、謎がとけたり、自分の中の何かが解決できるとうれしい。 1954年のニューイヤーズイブを持って、2000年続いた、ジーザスの時代(うお座)が終わり、 1955年のニューイヤーから、セイント・ジャーメインの時代(水がめ座)となった。 男性社会から女性社会となった。 ジーザスの時代のリーダーシップとは、男性性的で、Transancion(トランザクション)リーダシップ。「あれをしろっ!」「これをしろっ!」という支配型。 水がめ座の時代のリーダーシップとは、女性性で、Transformaion(トランスフォーメーション)リーダーシップ。 「これをするのに、どうしたら良いと思う?」「君はどう考える?」という相手側に促す変換型。 アパッチの部族たちも自分たちが、支配型の人種で、短気なことも承知している。 日本人と関わることで「静」なる「禅」の世界を自分たちの世界に取り入れたいとも言っている。それによって自分たちの気質に穏やかさを持ち込みたい、調和したいとも・・。 彼らたちも、今の新しい時代への波をちゃんとキャッチしているのだ。 彼らにとっては、私が私の中でもがいている、陰と陽の暴れ方はきっとささやかなもんなのだろうな。 彼らこそ、今までの先祖代々から引き継いだ戦闘的な生き方に女性的なリーダーシップを入れていくということは、すごいチャレンジなのであろう。 それに気づいたら、私がいちいち彼らの言葉に自動反応していた「自分」はもういらないなぁ・・って感じた。 きっと今度はやり過ごせる。 アセンディッドマスターのセイント・ジャーメインから届く紫の炎が怒りやネガティブなものを燃やしてくれるのを助けてくれる。 今も、家でじっとしていながら、常に、バイオレットの炎に包まれているのを意識している。 今、気がついた・・。 私たちがサンタフェに着いた時、ギル長老が少しの間どこかに行っていた。 しばらくしたら、たくさんのラベンダーとセージを手にして戻ってきた。 誰かから買ってきたらしい・・。 そして私たち一人一人にプレゼントしてくださった。 ラベンダーはまさしくバイオレットカラー。ネガティブなカルマを燃やす炎。 ネイティブの中でもアトランティス気質をもっとも受け継ぐアパッチ族の長老から、レムリアンの私たちにラベンダーの炎が手渡されたことになる。 浄化のセージとともに・・。 わおっ!上の世界ではイキなお計らいをしてくださいますなぁ・・。 ありがたや。 でも、それに今気がついた私は「おほほ・・」のノンキものでございます。 そして巡礼が終わった翌日にぎっくり腰になったのも、「怒り」が消化、昇華されてなかったから。腰に要に、怒りがかなりたまっていたのだ。 それに気が付いたら、その痛みが首の方にあがってきた。 首がぱんぱんに張ってきた。 で、これをもうそろそろ書き終えるころになったら、首の痛みもなくなってきた。 やったー!書くことで昇華されたみたい・・。 怒りによる痛みって身体を登って昇華していくんだね。実感。 この経験に感謝。 ありがたや。 そしてこれにお付き合いいただいて読んでくださった方にも感謝いたします。 また次回から巡礼の旅日記の続きとなりまーーす。 ありがとうございま~す☆
2010年06月15日
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ニューメキシコへと向かった。セドナから数十分離れたところからすぐに森に入り、そのままニューメキシコのアパッチの土地まで森の中を9時間走り抜ける。車から見えるものは、青い空と、木々の緑と、白茶けた乾燥した台地とそこにに生える砂漠の植物。ときどき、鹿やリスやコヨーテやチップモンクが目の前を横切ったりする。たまに対向車が通るけど、めったに会わない。ニューメキシコのギル長老の家に到着したときは、すでに日没後・・。日本食のディナーをつくって食べて早めに床についた。私たちの旅は、日本人がネイティブアメリカンの聖地で着物を着て、現地のネイティブたちと撮影するという文化交流と巡礼の旅となっていた。私たちが訪れる前に、ギル長老はすべての場所に申請書を提出してそれぞれの長老から許可をいただいていた。ときには、訪れた場所でそこの長老が待っていてくださり、自ら案内をしてくだった。ネイティブの文化では、他の部族の聖地に入ってセレモニーをするときには、必ず現地の長老にお伺いを立てることになってる。勝手に入っていて、自分たちでセレモニーをしては失礼にあたるのだ。まずニューメキシコで最初に訪れた場所は、ナショナルパークの「Gila Ciff Dwellings」という730年くらい前の遺跡。そこでは、パークレンジャーのスティーブさんが、私たちに同行してくださって、荷物運びやら、撮影のときは反射板を当ててくださったりといろいろと協力してくださった。着物に着替える部屋まで用意してくださって・・・とてもありがたかった。着物に着替える部屋があったのはここだけで、他に訪れた場所では、駐車場とか道端での着替えとなった。それはそれで、いろいろな環境を味わえて楽しかった。そこで生活していたネイティブアメリカンたちは石灰岩の岩壁にできた洞窟の入口にレンガの壁を継ぎ足して住居にしていた。外の暑さから洞窟の中に入るとヒヤッとしてとても快適な温度になっている。だ・け・ど・・そのヒヤッ感は、私にとってはまた別の意味もあった。まだそこかしこにスピリットが住まわれているのだ。敬意を表しながらその場にいさせていただき、楽しく撮影をした。でも、やっぱり・・遺跡のエナジーは思い。いろいろと私の中に入ってくる。楽しくいながら、同時にいろいろとスピリットとやり取りしていた。身体にちょっと重く感じるけど、「おじゃましてますぅ・・」ていう感じで、やり過ごした。この10年くらいの間、たくさんのネイティブの遺跡を訪ねる機会があって、その間、吐いたり、熱を出したり、頭痛がしたり・・といろんな経験を得て出した自分なりのやり方・・。「敬意を表して、やり過ごす。」 ・・・これ、けっこう自分には良いみたい。遺跡での撮影後、私たちは、Gila Liver (ヒラ・リバー)沿いの天然温泉に寄った。石で囲って浴槽にしたところに湯が流れ込むようになっている。温度が違う湯が3つか4つある。好きところに入って、のぼせてきたら、川にどぼーんとつかる。超気持ちがよい。旅の疲れがどんどん抜けて行く。癒される。そのまま長老の家に戻り、みんなそれぞれ明日の準備を終えた後、爆睡。温泉効果はすごかった!次へ続く・・今回も読んでくださってありがとうございまーーす☆(写真は、雅代ちゃんの写真から添付させてもらってます。私のPCは今修理中で、このPCはモバイル用で写真のサイズを換えられないので・・よろしくです。)
2010年06月15日
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ニューメキシコ巡礼の旅から戻りましたぁー。戻った次の日の朝、ルンルンと顔を洗っていたら、腰の中で妙なクキっという動きを感じた。やばっ!この感覚知ってる・・。もしかしたら・・・。恐る恐る腰をまっすぐにしようとしたら・・痛いっ!やっちゃったぁ・・・ぎっくり腰っ!それからずっと家の中で安静を保っている。寝ても座っても歩いても痛い。どんなかっこをしたらいいんだぁ・・って感じ。今日、モヒカン族の友人に来てもらってマッサージをしてもらった。彼女のマッサージは天下一品。技術もさることながら、どこかとつながってしまったネガティブなコードなんかもバシッと切ってくれる。この数日間の安静を通して、そしてこのコードカットを通して、いろいろな気づきを得た。ぎっくり腰になっていなければ、そのまんま巡礼が終わってからまたかっ飛んでいたところだ。ぎっくり腰にラッキーって感じかな。安静中、あらためてこの巡礼の旅の意味と大切さのメッセージをいっぱいいただいた。自分でもそうだったのかぁ・・っと後でしみじみ実感した。今回の巡礼は、あっという間にことが進んで決まった。私が4月にニューメキシコの旅をした後、LAのまさよちゃんがセドナに遊びに来た。そしてまさよちゃんとサンフランシスコの操ちゃんがニューメキシコの旅をしたいと思っていることを聞いた。その場で、アパッチの長老に連絡をしたら、すぐに協力してくれることになり巡礼の旅となった。操ちゃんは今年の1月に着物をつくるというアイディアを受け取り、それをすぐに実行に移している。アメリカのポップな生地を使って、ニューウエイブな着物を作り始めた。そしてそれをフォトグラファーの雅代ちゃんが写真に収めることをスタートした。アイディアを受けとってすぐに行動に移す行動力が素晴らしいっ!って感動した。ちゃんと何かの波に乗っていて、何かに向かって進んでいるんだと思う。私もその話に乗ったぞっ!って思った。私は、その着物のモデルとして参加することにした。そして長老に話たら、すべてがスムースに流れて今回の巡礼の旅となった。旅は本当に毎日がミラクルで素晴らしかった。トータル走行距離は、1866.8マイル。約3000キロメートル。旅の間、ほとんどアパッチの長老ギルが運転した。旅は、セドナからスタートした。ホピの友人ルーベン家族とその伯父さんアレン長老が旅の成功の祈祷と祝福にいらしてくださった。ちょうど、メキシコのパレンケに住んでいる友人のアキちゃんとそのパートナーもセドナに来ていて参加してくださった。アキちゃんのパートナーはメキシコインディアン。アパッチ族、ホピ族、メキシコの民族、日本人と・・いろいろと多文化、多民族が一堂にそろったセレモニーとなった。セレモニーは私の家の庭に作ってあるメディスンホイールの周りをみんなで輪になって座り、アレンのリードで進められた。アレンは自分の前にランチョンマットくらいの大きさの布を広げ、そこにホピの長老たちから引き継がれたたくさんの聖なる祈りの道具をそれぞれ意味ある場所に置いた。そして私に水とそれを入れるガラスの入れ物を持ってきてくれるように聞いてきた。私は、4月のニューメキシコの旅で立ち寄ったチマヨ教会からいただてきた聖水を手渡した。アレンはその水をガラスの入れ物の中に、東西南北からそそぎい入れた。セレモニー中のアレンのすべての所作は東西南北のそれぞれの方角を意識したものとなっていた。威厳に満ちているけれど、決して上から押さえつけるようなエネルギーではなく、夕暮れ時のその気配に溶け込むような、やさしくそしてパワフルな空気を放ちながらの暖かい祝福に満ちたセレモニーとなった。セレモニー後、みんなで記念撮影。その後、ルーベンとその娘ロリースに操ちゃんの着物を着てもらい撮影をした。二人とも着物を着ると、日本人ぽくなる。昔からホピと日本人の顔は似てるなぁ・・って思っていたから、こういう機会を得て確認することができてうれしかった。うふふ・・(笑)この日の午前中、ホピたちが来る前、私たちは赤い岩のところに行って撮影をした。赤い岩のてっぺんによじ登るのは私の担当。着物のを着て裾をうまく持ち上げながら、ぐいーーっと足を出して伸ばして、岩の出っ張りに素足を引っかけてよじ登る。岩のてっぺんに着いたら、裾をきれいに戻して、お澄まし顔で何も無かったかのように撮影・・。降りるときは、また、あらよっ!て感じで、腰まで裾を持ち上げて足をあらわにしながら岩を降りる。たくましい・・。自分でもかっこいい技だわって褒めてしまった(笑)ホピの家族は来客にたくさんの食べ物を出す習慣がある。私もいつもそれにならい、彼らが来る時はたくさん作って待っている。今回はたくさんのジャパニーズカレーと野菜サラダ。そして大判ピザ。セレモニーと撮影後、みんなでおいしくいただいた。翌日の朝、私たち5人、「シャスタと言えば高原操ちゃん」の操ちゃん、「妊婦を世界一美しく撮る写真家」の雅代ちゃん、「サンフランシスコでラジオのパーソナリティーをして、近々、日本に帰り実家の寺を継ぐお坊さん」のえりこちゃん、「アパッチ族の中でもかなり戦闘的なジェロニモの流れのチェリカワアパッチ族」のギル長老、「仲介役、エネルギーの橋渡し役」の私は、ニューメキシコへと向かった。次に続く・・。以下のサイトは雅代ちゃんのブログです。こちらにも旅の記録が・・そしてたくさんの写真がUPされていますので、ご覧になってくださいねー。http://masayob.wordpress.com/2010/06/ありがとうございまーす☆
2010年06月14日
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今、ニューメキシコのタオスプエブロにいます。 3人の日本人女性とインディアンの長老と巡礼中です。 セドナでアパッチ族とホピ族とともに巡礼の成功の祈願と祝福のセレモニーをしてからニューメキシコへと向かった。ホワイトサンドの近くは、広島と長崎に核爆弾が落とされる前に実際に爆弾を実験をした場所。 日本人の私たちとアパッチ族の長老たちとそこを訪れることがとても大切なことを肌で感じた。 わおっ!もう、そろそろ今日の巡礼の出発です。 巡礼からもどったらまたUPしまーーす。 行ってきまーーす。 今日も素敵な日をありがとうございます。
2010年06月07日
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