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土星・火星・金星・水星が一直線に並ぶ日、グランドキャニオンの谷底の村、ハバスパイへ行ってきた。前日の朝、セドナで、ハバスパイ族のシャーマン、ユークアラと日の出のセレモニーをした。そして、翌日の日の出と共にキャニオンを下り始めた。ハバスパイ出身のユークアラの祈りから始まって、ハバスパイの村へと導かれていけることが嬉しかった。歩いたー! いっぱい歩いたー。(体にいっぱいいろんなのが巻き付いているのは、荷物をいかに軽くするかの思案の結果です(笑))谷底のロッジに着いた後、荷物を置いて、すぐに、ハバスホールまで歩いた。ハバスパイのランドマークとしてもとても有名なこの滝。奇麗なグリーンの水にゆったりつかったり、洞窟の中に入ってお祈りを捧げた。翌日は、ナバホホールへ行き、地球と人類に関するお祈りを捧げた。滝のゴウゴウという音の中、めいっぱい声を張り上げてお祈りをした。たくさんのスピリットが集まって来ているのを感じた。鳥肌が立つくらいに、神々しい空気感だった。1時間くらいお祈りをした後、自分の中で、しっかりとその祈りを定着させる必要を感じた。すぐそばにある滝の上から飛び降りるイメージがきた・・。マジですか・・。と思った。かなり高い滝だった。 えらく度胸がいったけど、エイっ!と気合いを入れて、飛び降りた。水に落ちる時、足が前に90度に曲がってしまったため、腰から水面に落ちた。尾てい骨から頭頂部にかけて、強い衝撃がまっすぐに突き抜けた。トコロテンをつくるときみたいに、ギュっと押された感じがした。あちゃ~~!腰を痛めたかなぁ・・と思った。でも、大地の上に立ったら、さらに体がしっかりとグラウンディングしているのを感じた。腰へのダメージもまったくなかった。かえって、腰が痛かったところが調整されて痛みがなくなっていた。そして、エナジーが気持ちよく体の中をめぐっているのを感じた。ときどき、こうして直感を行動に移す時、「信じる」ことを試される。「信じる」ことは、「勇気」がいることなのである。ほんとに・・本当に・・そうなのである。しみじみ・・と感じるのであった・・。ハバスパイの村は、馬と人が共存している。とても穏やかな空気が流れている。馬の後ろにゲートのような岩がある。村を見守る聖なる岩。帰りは、足が痛くてフラフラだったので、ヘリコプターで谷の上まで飛んだ。ベンチに座りヘリの順番待ちをした。同じく順番待ちをしている人たちのリュックが目の前の金網にぶら下げられていた。私のは、一番左のキャメルバック。2泊3日用のサイズ。レディース用でとても使いやすかった。ヘリに乗るとき、プロペラの風にあおられて、かぶっていた帽子が飛ばされ、どこかに飛んで行ってしまった。この帽子のつばはとても大きかった。 ハバスの滝の横の洞窟の中では、 帽子のつばで前が見えなくて、頭頂部(クラウンチャクラ)を岩に強くぶつけてしまった。そして、同じく滝のそばのテーブルの近くで、靴を履こうとしたら、テーブルとの距離感がつかめなくて、眉間を勢い良くテーブルの角にぶつけた。なんだか、とても意味深いなぁ・・て思いながらハバスパイを後にした。ヘリコプターに乗ったら、あっと言う間に、谷の上に着いた。ヘリを待つ時間が4時間。ヘリに乗っている時間が4分だった。次回のときは、もっとトレーニングを積んで、いっぱい歩こうって思った。ハパスパイの旅に誘ってくださったサチコさんとモトイさんに感謝します。谷底での私たちの行動は、ハイキング班と祈りの私と言う感じで、別行動だったけれど、調和の中でと~ても楽しい旅となりました。ありがとうございます。
2012年07月24日
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日本からいらした二人の女性の希望でスウェットロッジをした。とても広いロッジなので、地元の人にも声をかけて、スピリチュアルファミリーが集まったアットホームなスウェットロッジとなった。私は、ロッジの中で、私の二つの名前、「アイル」と「イル」を統合して、「アイル」のみにした話をシェアした。アダム・イエロー・バードは、私に、「アイル」という自分の名前をスピリットに宣言をして、歌を捧げることを促した。私は、ドラムを叩きながら、「アイル」という響きをハートにしっかりと納めながら、大きな声でネイティブの歌を歌った。ハバスパイ族のユークアラは、「アイル・アイル」と連呼をして、ユークアラの口からも「アイル」という名前をスピリットに届けてくれた。アダムも私の横で一緒に「アイル」繰り返し、そして、「アイル」と口にしたときの波動を全身で感じていてくれた。セレモニーが終わった後、アダムは、私のエナジーと「アイル」がしっくりとおさまっていて、「アイル」という音魂から、強いスピリットの意思を感じたとシェアしてくれた。ネイティブアメリカンたちは、「名前」を、その人の存在、エナジーを象徴するものとして大切に扱う。だから、私が名前を統合したとシェアをしたときに、私の内面で起きていることをすぐにキャッチして、それを真摯に受け入れてくれた。そして、名前の儀式をしてくださった。とてもありがたかった。日本の文化で育ち、ネイティブアメリカンの文化を学び、今、私の中で、日本とネイティブアメリカンの文化が良い感じで混ざっている。どちらも私の魂の家族に感じる。ハートとハートで繋がる魂の家族。どんどん、ワールドワイドで、ワンハートになっていく。これは私の人生の中の最高に素敵なギフト。いつもありがとうございます。
2012年07月18日
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夕方になり、なんとなくタイカレーと玄米が食べたくなった。近くのタイ料理屋さん「タラ・タイ」へ行った。セドナにあるタイレストランや中華レストランでは、白いご飯か玄米のどちらかをオーダーできて、お肉の代わりにお豆腐を入れてもらえる。お豆腐も、厚揚げと木綿豆腐のどちらかを選べる。とても嬉しいのである。今日は、厚揚げ入りのレッドカレーに玄米添えをオーダーした。一人でもくもくと食べていると、あっと言う間に食べ終わってしまう。お腹もかなりいっぱい。腹ごなしをかねて、少しセドナの町をドライブすることにした。雨期に入ったから、赤い岩や木々の色がイキイキとしていて、輝いている。気持ちがいい~~!ベルロックによって、すこし歩いた。そして、今日、気がついたことがあった。ベルロックのハイキングトレイルの入り口を入るとすぐに、二手に分かれる道になる。一つは、「ベルロックトレイル」、もう一つは、「フォーントレイル」いつもここを通るときに、どうして、フォーンという名前がついたのかなぁ・・って思っていた。そした、今日、ついにわかった。「フォーン」と「ベル」・・「電話」と「電話のベルの音」のことだったー。とてもシンプルな答えだったのですねー。納得、なっとく。よかった。よかった。すっきりとした・・(笑)何だか、この当たり前のようなことの気づきが嬉しかったので、シェアしまーーす。うふふ・・。夕日もとてもキレイでしたー。いつもありがとうございます☆
2012年07月16日
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私の名前には、二つの呼びながあります。IRU と書いて 「アイル」と「イル」。これからは、「アイル」のみでいきますので、よろしくお願いします。これは、私の中で、新しい扉の中に一歩前に進み出す決意の結果なのです。数年前にこのドアが開かれていたけれど、なかなか一歩前に踏み出す勇気と自身がなくて、二つのエナジーの間でずっと揺れ動いていました。「アイル」というエナジーと、「イル」というエナジー。どちらのエナジーも私の中にしっかりと存在していて、時と場合に応じて使い分けて、いったり来たりしていました。でも、7月に入り、たて続けに、スピリットから、そして、人の口を介して、同じようなメッセージが入ってきました。もう決断の時が来たとはっきりとわかりました。私の中で、「イル」は「アイル」に統合されて、あらたな「アイル」になっていきます。今まで、「イル」とよんでくださった方々ありがとうございます。これからは、「アイル」でよろしくお願いします。いつもありがとうございます☆
2012年07月16日
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ホピの村から戻ってから、気づいたらもう10日以上がたっている。その間、コロンビアの長老マモたちはコロンビアに戻り、マヤの長老はガテマラマラへと戻り、日本からやってきた人たちも次々に帰って行った。ホピの村で入ったロイのスウェットロッジは、いつも私が慣れ親しんでいるスタイルではなかった。ロッジの中は、地面が丸く掘り下げられ、足を降ろして座れるようになっていて、天井も木でつくられている。その外側は土で塗り固めている。「キバ」というスタイルのスウェットロッジ。外から見ると土を丸く盛ったように見える。ロイは、日本に住んでいたこともあり、セレモニーの中で唱える言葉は、「アマテラスオオミカミ~!」「天照大神!」「あまてらすおおみかみ~!」であった。そして、「オノロ・・・・」。この言葉は、97年にロイと日本の聖地や原発を訪れたときに、みんなで、声をそろえてお祈りをした言葉だった。15年ぶりにロイと一緒に唱えた。ロイはずっと同じ「ワン・ハート」の祈りを続けているのだとわかったとき、心の奥ですごい感動がおきた。ロイの信念の強さがにじみ出ているロッジで、とても熱くてハードだった。途中で何人かギブアップする人もいた。私たち日本人(全員女性だった)は、もう限界というとき、意識的に呼吸法をすることで、どうにか最後までやり通した。その呼吸法とは、まるで出産のときのようであった。ロッジの中で、母なる大地の中で、女性である私たちは、生み出しの儀式をした。まさしく、再生のセレモニーだった。セレモニーが終わり、赤ん坊のようにハイハイしながら、外に出た。やったーー!!やり通したーー!!夜のヒヤっとした空気をおもいっきり吸い込んだ。新鮮なエナジーが体の中と体の周りに行き渡る。空を見上げた。星がきれーい!!父なる空に感謝をした。「見守っててくれて、ありがとーーう!!」出口の前では、たき火が燃えていて、火の向こう側で出口に向かって、かみんちゅの和美さんが渾身の力でお祈りを捧げていらしていた。ロッジの中と外とで、お祈りがなされたすばらしい儀式であった。翌日、セドナへの帰路の途中で、ホピのご先祖様が住んでいたとされている「ウパキ遺跡」を訪れた。この遺跡はセドナの隣町、フラッグスタッフにある。そしてここには、大地が呼吸する穴がある。井戸の様な穴が大地に空いていて、気圧によって、大地から勢いよく風が吹き出したり、掃除機のように勢いよく中に吸い込んだりしている。この日は、掃除機の日であった。みんな順番にその穴の上にたったり、寝転がったりして、もう自分にとって必要のないものや、執着しているものなどが、体から引き離されて、大地の中へと吸引されていくのをイメージした。吸引後、体がふわっと軽く感じた。すごいヒーリングパワーだ。私たちは、母なる大地の癒しをいっぱい受け取りセドナに戻った。その翌日、セドナの私の家の庭に、大きな亀が現れた。デザート・タートル。砂漠の亀。本当にいるんだ・・。ここに10年以上住んでいるが、初めて遭遇した。亀が象徴とするもののひとつは、母なる大地。母なる大地を癒すことがテーマとなっていたセドナでのギャザリングを終えた翌日にこうして亀が現れた。スピリットからの祝福とメッセージに感じた。ありがたかった。たくさんの人たちと出会い、祈りを共にできたことに感謝します。ありがとうございます。
2012年07月15日
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コロンビアのマモスと、アダム・イエローバードと、日本人数人とロイ・リトル・サンの家(タイタス・ファーム)を訪ねた。ロイは、ホピの村で創造主マサウが人類に示した生き方を実践している人。http://www.oneheartportal.net/片道一車線ずつのまっすぐに伸びた道路を、ロイの家に向かって車を走らす。第三メサの集落を過ぎたところから、家は見当たらなくなり、360度にわたって、荒野が広がる。この辺りは、ガスも電気も水もない地域だ。荒野の向う側には、低い山々の連なりが見える。山をいくつか過ぎた右手のずーと向うの方に、家らしき建物が見えて来た。そこに向かって車を走らせる。道路の脇に目印のような感じで、4色の布を結んだ棒が立っている。そこを右に入って行くと、左側にトウモロコシ畑が広がり、その向こう側に箱のような小さな家が建っている。そこがロイの家。このトウモロコシ畑の種は、人間の手で、コーンステイック(木の棒)を使って穴をあけて植えられたもの。均等に、3歩ごとに植えられている。元気な葉が30センチくらい伸びていて、風にゆらゆらと揺らいでいた。ウエルカムと言われているみたいだった。ロイは大きな笑顔で家から出て来た。もう80歳に近いロイだが、昔からちっともかわらない優しくて力強い笑顔だ。私とロイとの出会いは、1997年の日本の夏。ロイと日本の仲間たちと一緒に、原子力発電所をまわってお祈りをしたり、富士山でレインボーギャザリングに参加したりした。そのときに出会った仲間たちとは、今でもずっとつながり、今では魂の家族となっている。そのときの私は、まさか私がセドナに移住をして、再びロイと出会い、セレモニーを一緒にするようになるとは思いもしていなかった。マクロバイオティクの講師であるロイは、人間にとって大切なことは、全て食にあるという考え方で、自給自足の生活をしている。以前、ロイの家を訪ねた時、玄米ご飯にごま塩をかけたものと、みそ汁と、野菜の煮物と、野菜のおひたしをいただいた。どれも畑からとってきたものでとてもおいしかった。ホピの荒野の中の一軒家で、この食事をいただけることがとっても不思議に感じた。今回は、到着と同時に、手作りのライスミルクでおもてなしをうけた。ゆでたお米をしぼってミルクにしたもの。ほのかにあまくておいしかった。ロイの家の後ろには、藁が敷き詰められた気持ちのよいスペースがある。そこで、私たちは、丸くなりセレモニーを始めた。ロイは、彼自身が世界中で伝え歩いている「ワン・ハート」のメッセージをシェアして、セレモニーをした。ルーベンとアダムもそれぞれシェアをした。セドナのギャザリングを主催したのがアダムで、ホピのギャザリングを主催したのが、ルーベンだ。それぞれのギャザリングを終えた私たちは、人種を超えて、平和と調和に満ちたエナジーの中にいた。本当に幸せな空間だった。シェアの途中で、ルーベンが泣いた。そして、アダムも泣いた。二人は抱き合って、子供のように泣いた。セドナのギャザリングは準備段階でいろいろなことがあり、一筋縄ではいかなかった。ホピでもそう・・。今回、マモスを呼ぶということで、二人の中でたくさんのチャレンジが起きて、そして自分たちの中での信念をいつも問われ続けていた。だからこそ、二人は、喜びと感謝の中で泣きながら抱き合っていた。見ている私の目にも涙がこみ上げた。突然、パラパラと天から雨が落ちて来た。周りは青空で、私たちの上空だけ小さな雨雲ができていて、ほんの少しの雨が降った。まるで、祝福のお告げのような雨だった。目の前に座っていたアルワコ族のマモが笑顔で空を指差し、にこっ!と笑った。サークルの中に座ってた私は、輪の外に出て、全体的なエナジーを楽しむことにした。いつのまにか、コギ族の96歳のマモが、私の左側にピタっと寄り添い、静かに立っていた。私たちは、しばらくの間、二人並んで静かにそこに立っていた。沈黙のコミニュケーション。二人の間でエナジーがめぐっていった。このとき、「あ~~、受け入れてもらえたんだなぁ・・。」って嬉しく感じた。そのあと、私たちは、家の横につくられているセレモニー場で、セレモニーをした。それは、15年前に日本でおこなったセレモニーと同じだった。ロイはずっと変わらずに、このワンハートセレモニーをやり続けているんだって感動した。大きな円の中を4つにわけ、それぞれ4つの中にはさらに小さな円ができている。私たちは、一列になって、ひとつの小さな円のまわりを歩き、次に隣の小さな円に移り歩く。私たちがつくる長い列は、うねうね・くるくると、無限の形をつくりながら、ほとんど走るに近い早さでまわり続けた。4つの円が統合されて、みんなのエナジーがひとつになり、新しいものがつくりだされていくようだった。大きな笑顔と共にセレモニーは終了した。そのあと、マモたちは、アダムが運転するバスに乗り込み、セドナへと帰って行った。調和に満ちた、素敵な時間だった。その後、マモたちを見送った私たちは、ロイがリードするスウェットロッジに入ったのであった。つづく・・。
2012年07月05日
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朝、ホピの村のモーテルで目覚めた私は、夢の中のことをもう一度頭の中でリピートしていた。何だか、やけにスケールの大きな夢だった。まるでマモスから届けられているような感じだった。隣のベッドでは、ちょうど、かみんちゅの和美さんが目を覚ましたところだった。二人でそのままベッドの上でゴロゴロとまどろみながら、夢の内容のことやギャザリングで感じたことを私はシェアした。和美さんは、「あなたが受け取ったメッセージは大切なことだから、ちゃんとメモしておきなさい。」と私に言った。私は、こんなにはっきりと覚えているから、メモはしなくても大丈夫だと過信して、メモをとらなかった。だが、それからの数日間は、ものすごく濃い日々で、いろいろな経験をして、いろいろなメッセージを受け取り続けていた。・・そして、今、私がこれを書きながら、あのときのベッドの上で話していた内容のことを思い出そうとしたら、きれいさっぱりと忘れていた。そうかぁ・・。こうやって、忘れて行くんだぁ・・。だから、メモをしなさいって言っていたのかぁ・・。・・・と今さらだけど、和美さんが言っていたことは正しかったなぁ・・っと振り返りながらつくづく思った。ベッドから起きて、部屋のドアを開けて、空気の入れ替えをしていたら、開けたドアから白い服を着た人が見えた。わ~~!!マモたちだぁ~~!コギ族のマモたちは隣の部屋に宿泊していた。知らなかった・・。彼らは、ホピの村の誰かの家にお世話になっているのかと思っていたが、アルワコ族の人たちが泊まる家は見つかったが、コギ族の人たちが泊まる家が見つからなかったらしい。夜中にこの部屋を急きょとって、チェックインしたとのこと。隣で、マモたちが寝ていたから、英知に満ちた大きな夢を見たのかなぁ・・って思った。アダムの話によると、昨夜、マモたちが寝る時、マモたちにとっては、生まれて始めてのホテルのベッドで、どうやって寝たら良いのかわからなかったらしい。アダムがシーツとシーツの間に体を滑り込ませて寝る方法を実践して教えていたら、彼らは目をキラキラさせて、始めての体験をウキウキと喜んでいたらしい。うふふ・・、文化交流・・♪私たちは、モーテルの横のレストランで一緒に朝食をとった。もうこのときは、日本語とかコロンビアの現地語とかなんてまったく関係なくなっている。目を見て、にかっ!と笑い合うだけで、ハートとハートが通い出す。コギ族たちは、コミュニケーションのひとつとして、日常的にテレパシーを使っている。だから、目を見ているだけで、そして、静に横にいるだけで、大きな渦の中に一緒に入って、エナジーが交流されていくのを実感する。宇宙と大地とまっすぐにつながっているマモから、その英知が投入されてくる感じ。この感じって、確か、なんかの映画で見た感じがする。「コンタクト」だったかな・・。「アバター」だったかな・・。これからの人類は、このコミニュケーションをとっていく時代に入って行くって思った。創造主から伝えられている本来の古の方法に戻って行く。いや、戻るというか、そこに現代の私たちにそったやり方が加わった方法になっていくのであろう。朝食後、私たちは、ホピの村で、ガス・電気・水もない土地で、創造主マサウの教えを実践して生きている長老「ロイ・リトル・サン」の家を訪れた。つづく・・。
2012年07月05日
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コロンビアの原住民、コギ族とアルワコ族のマモ(高僧)たちと、ホピの村に向かった。マモたちを乗せた車は、アダム・イエロー・バードが運転するスクールバス(昔使われていたもの)。黄色かった車体は塗り替えられているけれど、やっぱりどう見てもまだスクールバスだ(笑)。朝、ハイウエイの入り口のところで待ち合わせをした。「あと1マイルで、Iruたちが待っている入り口を通過するよー!」と、 アダムから携帯に連絡が入った。1マイル分の時間を計算して、ハイウェイに入ったら、左からマモスを乗せたスクールバスがやってきた。グッドタイミング!!そのまま車を連ねて、ドライブした。途中のナバホ族の居留区に入ったところで、バックミラーを見たら、後ろを走っていたはずのスクールバスが見当たらない。おかしいなぁ・・・。しばらく待っていてもやってこないので、戻ってみたら、ある山の手前でバスを停めて、儀式をしていた。どうやら、その場所は、ホピの村へのポータルらしい。そして、最近、その山の中からピラミッドが発見されたとのこと。たまたま、山を削っていた人が、頂上から50フィート下に白いピラミッドを発見したらしい。最初は写真が出回っていたが、ある時から、政府の中でシークレット扱いとなり禁句となった。だから、ここで書いているのも、オフレコということでよろしくです(笑)後から合流した私たちもそこでタバコの葉っぱを撒いて、ポータルの中に入る許可を求めた。ホピの村まであと1時間のところにあるガソリンスタンドでトイレ休憩をした。そこでガソリンを入れているナパホ族の男性が、コロンビアのマモたちを見て話しかけて来た。「今、ちょうどこのガソリンスタンドの横のナバホ政府の集会所で、ホピ族とナバホ族の土地の水が、鉱山会社によって大量に使われている事に対する問題を話し合っているから、ぜひ、そこに行って欲しい・・。」と言う。コロンビアの土地も鉱山会社によって破壊されていて、ダムによる水問題もある。原住民同士の共通する問題でもあるとのことで、急遽、その集会に顔を出すことなった。この日、ホピの村でも、ギャザリングが用意されていて、みんながマモたちの到着を待っている。この時点でもすでに遅刻をしているわけだから、私は時間的にちょっと心配になった。ホピのルーベンに電話をして、この事情を説明をしたら、「ホピの村でもみんな待っているんだから、数分だけ話してすぐにホピに向かってほしーー!!」と言われた。ネイティブタイムは、現代の時間の流れと違うから、時々私は、日本からやってきた人たちとネイティブとの間に入って、ドギマギする。この日は、ネイティブの間に入って、ドギマギした。普通、ホピもホピタイムで、かなりその場の流れ主義なのだが、やはりマモたちがやってくるということで、みんなはりきって早くから待っているようだった。この日の私は、なぜだかタイムキーパー役になり、「早く切り上げるようにー!!」と目線とテレパシーをアダムとマモたちに送り続けた。成功した・・。5分くらいで、みんな会場を後にした・・。ほっ!・・ とした。そこからは、ホピの村の集会所までまっすぐに向かった。1時間ちょっとの遅刻だった。ホピタイムの中では、時間どおりってとこかなっていう感じで、みんな普通に待っていた・・・。ルーベンが、ホピの村からの参加者の一人一人を名前とクラン(家の紋章)と一緒に紹介した。最後に、私の方に向かって、「僕の友人でもあり、ドルフィンクランのIruです。」と私のことを紹介した。びっくりして、嬉しかった。ホピに新しくドルフィンクランができてしまった(笑)まだ私だけだけど、将来、増えたら嬉しいな・・。うふふ・・。マモたちは、3日間のセドナでのギャザリングの後だったが、疲れた様子も見せずに、セドナのときと同じように彼らの英知をシェアした。シェアが終わったとき、一人のホピの女性が立ち上がって感想を述べた。「本来のホピの教えは、コロンビアの原住民の人々と同じです。自然と共に、自然のエレメントと調和をして、シンプルに生きる・・。だけれど、現状のホピは、その自然の英知から外れてしまった。アルコール中毒、性虐待、ジェラシー、暴力・・。今、私たちはもう一度原点に戻るときに来ている。こうして、クリエーターからの英知をそのままに生きているあなたがたの姿を拝見できて、話を聞けたことは、私たちにとっての励みであり、気づきになりました。ありがとうございます・・・。」と涙とともに語っていた。ホピの居留区は現代社会と密接につながっている。創造主マサウの教えを貫きたいが、現代のあふれる情報と誘惑と、ご先祖さまからの英知との間で、いろいろと難しいのであろう・・。マモたちによるシェアが一段落したところで、昼食となった。ルーベンの奥さんや娘や友人たちが、マモスと参加者全員のランチをつくってくださっていた。ひき肉とジャイアントコーンのスープと、ホピブレッドと、スパゲティーとプロッコリーのゆでたもの。デザートはスイカ。味のバランスがよくてハートがあったまるおいしさだった。ホピの村でのカチーナダンスの祭りのときも、それぞれの家でごちそうが提供される。それが、ホピスタイル。訪ねて来た人たちを食事でもてなす。カチーナダンスの祭りに行くと、いろいろな家でランチを食べ、結局何度もいいただくことになる。ランチの後、再びマモたちの話となった。集会が終わった後、マモたちと、私たち数人で、予言の岩に向かった。岩の前で、予言の岩の説明を聞き、そのあと、オライビ村を訪ねた。夜もかなりふけたところで、ルーベンの家に戻り夕食をいただいた。その夜、ホピの村に一件だけあるモーテルに宿泊した。部屋に入った瞬間、ベットに倒れ込み、爆睡した・・。つづく・・。
2012年07月03日
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アルワコ族によってコットンセレモニーがシェアされた。参加者全員に真っ白いコットンが配られた。一握りのコットンをふたつにわけて、両の手の平に握る。手のひらの中のコットンに意識を向けて、その暖かさから母なる大地へと繋がって行く。コットンを握った両手をハートの前でゆっくりと回転させながら、自分にとって必要のない感情や思いなどが白いコットンに吸収されていくのをイメージする。そして、母なる大地への感謝の気持ちもこめていく。ひとりひとりがそれぞれの手の中のコットンに意識を向けて手を動かした。シーンとした静寂が会場を包んだ。集中した意識とシンプルな繰り返しの動作によって、内観が進み、内側がどんどん静かになっていく。大きく息を吸ったら胸のパイプが太くなって、清らかな空気がいっぱい入ってくるのを感じた。10分~15分くらいたった後、舞台の上にコットンでできたバックが二つ置かれた。バックの蓋は大きく開けられていて、右側のバックには、右手のコットン、左側のバックには、左手のコットンを入るようになっていた。参加者全員がひとりひとり前に行って、それぞれのバックにコットンを納めた。集められたコットンは、後ほどマモたちだけによる儀式の中で大地へと返されて行った。その後、アルワコ族の現地の様子のビデオが上映された。その映像の中でも、コットンをくるくるとハートの前で動かして、母なる大地に感謝を捧げている様子がたびたび出て来た。裸足で山々を歩き、大自然と調和しながら、母なる大地に感謝を捧げている彼らの日常の姿の中には、現代社会を生きる私たちにとって思い出す必要のあることがいっぱいだった。彼らの生き方は、生きる英知に満ちている。自然と精霊と人間が共存するすばらしい世界だ。だが、現代社会は彼らの大地にブルトーザーを入れて、穴を開けて、石を採掘し、彼らの生命の川を塞き止めてダムをつくった。ついに古から守られていた彼らの大自然との調和が保てなくなって来た。人類の危機を感じた彼らは、山を降りて、私たちに大切なメッセージを届けに来た。アルワコ族はシエラネバタ山脈の中腹から麓近くに住んでいて、車で村の近くまで行くことができるから、現代文明にいくらか近いところにいる。裸足の人たちもいるが、サンダルを履いている人たちもいる。コギ族は、山の上の方に住んでいて、文明社会まで歩いて2日間くらいのところに住んでいる。裸足で生活をしている。このギャザリングに参加されたコギ族の最高年齢のマモは96歳。彼も2日間かけて山を降りて来た。ギャザリング会場に現れたコギ族の足もとを見たら、みんなサイズが大きいブカブカのスニーカーを引きずるようにして履いていた。飛行機に乗るときに間に合わせで調達したような感じだった。肩から下げたコットンのバックと白い服という着のみ着たままの姿で、山を降りて、飛行機に乗って、セドナまでやって来てくださった。なんというシンプルなあり方。彼らとの出会いは、仙人と出会ったような感じがした。アルワコ族とコギ族のマモ(高僧)たちは、都会の中にいても、まるで大自然の中にいるように存在している。彼らの体の中に宇宙の気が、大自然の気がそのまま循環している。彼らは、パイプ椅子に3日間座り続けていても、まったく同じ姿。自然の流れの中にいる姿。96歳のマモもまったく疲れを見せずにヒョウヒョウとした姿でいる。すごいなーー。これが、自然のゆらぎと共に生きる姿なんだ。これが、体の中心軸がしっかりとしていて、母なる大地と父なる空とまっすぐに繋がっている姿なんだ。どんな環境でも、自分と宇宙とのつながりをしっかりと保っていれば、自分は心地よいゆらぎの中にいられるんだって実感した。3日間におけるギャザリグの中で、マモたちの姿をとおして、そして彼らから発するエナジーをとおして、彼らからのシンプルなメッセージをとおして、自分の今後のあり方をあらためて見させていただいた気がした。とてもありがたい英知の宝物をいっぱい頂いたギャザリングであった。このギャザリングの後、マモスと一緒に、私と数人の友人たちはホピの村へと向かった。つづく・・。
2012年07月03日
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セドナで3日間にわたって催された「Dawn of A New Time / 新しい時代の夜明け」が先日の24日に終了した。とてもすばらしい集会となった。日本から参加してくださった方々、そして、日本から祈りを送ってくださった方々、ありがとうございます。コロンビアからマモスと呼ばれる原住民の長老たちがやってきて、新しい時代に向けての必要な英知を私たちにシェアしてくださった。ギャザリングで語られていたことの中心にあるものはとてもシンプルなもので、母なる大地と、4つのエレメント、大地・風・水・火を大切にして敬い、それと共に生きるということだった。それらが、彼らの自然体の姿や波動から、私たちのハートに直接届けられた。ギャザリングでシェアされた内容については、 Trinityのwebマガジン「アイル・グラハムの光日記 第15回・第16回」にupしていますので、ぜひそちらをご覧になっていただけたら嬉しいでーーす。 http://www.el-aura.com/contents/irugraham/ギャザリングは、セドナの大きなコンサート会場でおこなわれた。拍手と共に、上下真っ白な服に身を包んだマモスが舞台に現れた。とてもナチュラルなその姿は、神様に近いようでもあるし、動物的にも見えた。舞台にセットされたパイプ椅子に座るマモスたち。舞台に向かって左側から3つの椅子にアルワコ族が座り、右から4つはコギ族が座った。アルワコ族とコギ族の間には、通訳が座った。白いカイコのような帽子をかぶっているのがアルワコ族。この帽子はコロンビアのシエラネバタ山脈の万年雪を現している。アルワコ族は体系ががっちりとしていて、身長も高くて、目鼻立ちもくっきりとしている。コギ族は、とても小柄で、顔のつくりがサラっとしているというか、くしゃっ!としていて、日本のお年寄りに近い雰囲気がある。一列に並んだマモスたちを観客席の後ろから、客観的に観察した。アルワコ族はゴリラ族で、コギ族はチンパンジー族だった。身長が小さいコギ族たちは、パイプ椅子に座っても足が床にしっかりとつかないから、ずっと足をプラプラ揺すっていた。そのナチュラルな姿は、まるで子供のようでもあった。次回またこのような集会があるときは、足置きの準備が必要だな・・と思った。2日目のギャザリングの朝、マモスたちから日の出セレモニーの招待を受けた。朝3時に起きて準備をして、日の出にあわせてでかけた。だが・・「あらら・・・家から誰も出てこないよー!」なんとマモスたちは、夜通しミーティングをおこなっていて、明け方の3時に寝たとのこと。起きれなかったようだ・・・。そうだよね・・。昼間はずっと椅子に座り、夜もずっと座ってミーティングだもんね。マモスがいないので、かみんちゅの和美さんが日の出の祈りを捧げ、私と他の日本人やアメリカ人やマヤの長老がその後ろについて祈りを捧げた。気持ちの良い日の出を迎えた。祈りが終わる6時ごろ、マモスたちが起きて来た。睡眠時間3時間だ。その後、ギャザリング会場で会ったマモスたちは、眠い様子も見せずに、しっかりと自分たちの英知を会場のみんなにシェアしてくださった。つづく・・・。
2012年07月01日
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