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夢見る夢子のゆえん~どこからか、いつからか、本当の自分の人生が始まるのだと。そうおもっていた。学校を終えたら、自分のやりたいことを見つけたら、しなければならない日々の何かを処理したら、ローンが返済できたら、自分に自身が持てたら。。。。と。しかし、日々のそういった雑務と感じていたことを坦々こなしていくのが、それこそが人生なのだとわかりかけてきました。完璧ではない混沌ちょっと長い年月をかけすぎたきらいはあるけれど。つまづいて、転んで、擦りむいて、痛いおもいをして、気がつく。だけど、気がつけてよかったのだとおもう。返上!夢見る夢子を。
2006.04.29
バカなまねをさせていて。。。。という心境。HPを友人に作り直してもらうことにし、一端閉じようとしたのだけど、見事に失敗し、消えてしまった。ハハハ。。消したのではなく、消えてしまったの。ってことにしておく。いずれにしても、今はHPに裂く時間がないし、自身の心境もまだ次に進めず、地団駄を踏んでいる状態であることだし、一端、クリアーにするのにはちょうどいいのかもってことにしておく。HPをどうしたのか、と問うメールを何通か頂いたのですが、ごめんなさい。。。あと、もう少しだけ。
2006.04.29
夜空を見上げて心の中でつぶやくときがあります。「わたしは、ちゃんとやれている?」と。たまにおセンチになります。今回、それに答えてくれたのは人でした。ありがとね。
2006.04.20
病は気からともいう。腰の痛みの原因をそちらの方から友人がアプローチしてくれました。人に心のうちをきいてもらうことを自分には許していなかったのだと気がつきました。それを、潔しとしていたことを認めます。友人と話していて、本当は涙がでそうなくらい自分の溜めていた感情に気がつきました。真実、涙がこぼれそうでした。が、お茶をしていた場所の珍客騒動でごまかしてしまいました。この友人は何かを嗅ぎつけたのか、ただ単におしゃべりがしたかったのかはしりまへん。だけど、ジャストなタイミングでお茶に誘ってくれました。今だから良かったのだとおもいます。少しずつ、いろんなことの整理が出来てきた今だから。「ワラをもすがるおもい」というがあるのだけれど、一番凹んだ心理状態の時であれば、自分のことを理解してくれる人がいた場合、それは依存になってしまう場合があります。依存がイヤだからということもあるのですが、うまく自浄作用は機能していなかったようです。本当に強い人とは、自分の弱さを認めることができる人なのかもしれないと思うときがあります。そして、それをさらけ出せる友達が、人が1人でもいるといいのかもしれません。昨日の朝は、久々に彩雲を見ました。同僚とワイワイと言いながら。。。
2006.04.20
軽いジャブを受けてノックダウン。繰り出されるパンチは四方八方から襲ってくるように見え、容赦なく弱点をついてくる。巧みなめくらましの戦法になす術もなく。自分相手に七転八倒。倒れたマットに突っ伏してみた。しばらくは自己憐憫にひたっていたってマットをバンバンたたいてみたけれど、さすがに飽きて起き上がろうとした。が、起きれない。どうやら損傷激しく、脊椎へのダメージ。昨年歩けなくなった恐怖を思い出し整体へあわてて駆け込む。(実際には、痛くてあわてて歩けなかったのだけど。)あまりの痛さに先生の軽い冗談にも笑えない。「随分歪んだね~。頑固だから1回では元通りは難しいね~。」とは言え、さすがはプロ。すっくと、立ち上がることは出来なかったけど、かなりシャンとした。歩ける。。。。(涙)
2006.04.15
さくらの盛りの時に、ほんに心のこもった品が届き、風流な短冊が添えられていた。そこにしたためられていたのは、友人達の座右の銘?開いて爆笑するも、すっかり気に入りちゃっかりそれを盗むことにした。「生涯、自己崇拝」それでいこう!。。。。。
2006.04.15
タロットを始めて約2年になります。なぜ、タロットに惹かれるのか?それは一つには、現実をタロットカードで目にすることができるからだとおもいます。もし誰かに、「何をしている時が一番楽しいのか?」と聞かれたら、「夢に描いたことを現実に体現していくこと、そのよろこび」と答えます。よくタロットは当たりすぎて怖いという話を聞くのですが、時代が変わったのか、私にはその実感が全くありません。なぜなら、当たるとか当たらないとかよりも、私自身はタロットに関わったことにより自分のキャパが増え、多くの出会いがあり、また同様に変化していく人を見ているからです。タロットには古い歴史があります。そこには奥深い叡智があります。それを現実の生活の中で照らし合わせていけることが納得につながるのでしょう。そして、それは、もう一つの私自身の主題にもつながります。2本の柱の間で。つまり、夢と現実の間で生きていくという。
2006.03.09
現在花の独身です!(古い?)パートナーに出会う為のアドバイスをとある素敵な方におそわったので、試してみました。(と、その前にそのアドバイスを取り入れるということはその気構えができたというこが前提であるのですが。)イメージをするということ。どんな人がいいのかをイメージして書くのがいいのはよく聞くことなのですが、それだけではなくて、実際にパートナーが隣にいて日々の生活をともにしていることをイメージするというものです。そして眠る前に呼びかけをするともっと効果的だということ。みんなで試して、一緒に現実を味わいましょう!いえ、幸せになりましょう!でした。一つにはちゃんと前向きになったからかもしれませんが、おもしろいもので、素敵だなっておもう独身男性と会う機会が増えました。それは、意識し始めたということかもしれませんが。だけど、自分には決して合う人などいないという先入観が少しずつ消えていきます。少しずつね。。。
2006.03.09
ちょっとだけ浪花節的なところがあります。自分がいいなっておもってることをたまに熱く語るんです。以前、ショップ経営をしていた時にこれは活かされたとこかもしれません。ワークショップ系の小さな企画運営なのですが、ご縁があったり、自分でよいなとおもったことを伝えてました。人にはいろんな見解や感じ方があるのでおもしろいなと思うのですが、先日友人にこんなふうに言われました。正確には覚えていないのですが、「あなたは、ビックネームと近づきになることで自分の立場を保持しているだけ」。つまりは、大物と知り合いだと周囲の人に自慢することによって、自分の満足を得ようとしている、又は、大物と知り合いになることで自分がその大物になったの如くに自分の自尊心を満たしているだけ、だというような意味。まあ、わたし自身のやってきたことには大した意味があるわけではないということでしょうか。(ちなみに、友人は、わたしの心理的な行動パターンについて、友人なりにその真理を説いただけで決して言い争っていたわけではありません。)そして、ここでそのことを書くのは、「うん、そう、確かに。だから何?」と認めるからです。自分の見栄から発した行動だとすると、なんだかカッコ悪いし、そんなふうに人から見られていたとおもうと、今までのわたしだったら大いにへこみます。だけど、実績という現実がそのことに罪悪感を持つ必要はないと後押ししてくれてもいます。だからここは図太く、それを武器に使うのが賢いとあえていいましょう。だって自分の琴線にふれたり、感動したことは自分の小さな胸のうちにはしまっておくにはもったいないんだもの。そしてできないんだもの。それって、人の性分だよね~?おしゃべりが人に伝わる。そしてそれに感じるものがある人がそこに集まる。それはまた人の習性に訴えかけること。いわゆる宣伝効果ってやつ。ビッグネームにはそれなりやはり魅力がある。そして素敵な人もいる。きっかけはどうであれ、その素敵な人を見本に自分も素敵な人になればいい。大切なのは依存しないこと。
2006.03.09
~風に柳のなびくが如し~これは先週のよく晴れた土曜の朝に市内にあるとある神社に行き、ひいたおみくじのうたです。近頃おみくじをひくのはこのうたを見るのが目的です。(待人?見ません。話の種にはするけど。)ショップを閉めて3ヶ月、正直言って体の調子が正常値までやっと戻ってきました。その日の朝は、それを実感した朝でした。そしてあまりの天気の良さに誘われて、どうしても闊歩したくなった早朝でもありました。大役を果たした後はそれなりの余韻が残るのだとおもいます。わたしにとってはショップを開業したことがそうです。それは自分にとってのチャレンジでした。後悔は一切ありません。ただ、夢を現実にしていくこととは、現時的なことを色々と目の当たりにしていくことでもあります。看板を背負うということはそれなりにストレスをともなうことではあります。そして、そこのところは、弱音として人に話せることでない。抱え込み過ぎたストレスはやがて体をガチガチにしてしまうようです。長期に渡って頑なにしたものをほぐすにはそれなりに時間がかかるのだとおもいます。やっとここまでもどってきた、そう思える体の軽快さ。素直に感謝。あともうちょっと。そして、もう一つ、次に向うのには前の余韻を消していくことも必要なのかもしれません。それは時の経過とともに目に見えない形でおこなわれていくのでしょう。風に柳のなびくが如く~そして、タロット的には愚者の如くに~。。。。
2006.03.09
素敵な方を囲んで食事をすることになり段取りを立てました。仕事は、17時30分終業なので、集まりは自然とそれ以降の時間になります。今日の集合は19時30分にしました。正確にいうと、自分の頭の中では。が、しかし集まる友人に送ったメールには17時30分集合にしていました。メールに素直に従って集まった友人は勿論きっかり17時30分に集まったわけで、(あ~、ごめんなさい。)2時間という時間は貴重なのに、どうにか時間を潰し、嫌な顔もせずに迎えてくれました。でもね、ごめんなさい。食事処に向うまでのちょっとの間、あまりの自分の間の抜け方に呆れすぎたのと、みんなの素直さがなんだかうれしくもあり、何度も一人で吹き出し笑いをしてました。そしておかげで楽しいひと時を過ごせました。ありがとね。。。。今は、自分の心が穏やかでいられる事だけをしています。好きな空間や、一緒にいてくつろげる人、すきな本を読む、等々。少し我がままなようだけれどね、自分の好きなことだけを、それだけをチョイスしてとことんやってみるって時期って大切かもしれないとおもうんだ~。好きなことをしている時って、楽しいでしょう、そうするとその逆の好きでないこと、つまり嫌なことをした時の違いがはっきりわかることになる。違いを知ることによって、本当に自分のしたいことがわかってくることになるみたい。世の中一般の判断で良い悪いでなくて、自分の心地よさが実感でね。そうすると、何がしたいのかが分からないってことがなくなってくる。のだとおもう。先日日記で書いたレイチェル・カーソンの本の題、センス・オブ・ワンダーが今気になるのは、自分の持てる全感覚をフルに使い、味わいたいというような欲求があるからだとおもいます。それには、自分の感覚に集中するのが一番だし、自分の感覚を今は確認したいのだとおもいます。だけれど、霞を食べて暮らしているわけではないので、好きなことだけでは生きてはいけません。現実との帳尻はどこかで取らなければ。折りしも通勤手段は自転車。薄い黄色い自転車。現実への架け橋となる大切な、今のわたしにとっては幸せの黄色い自転車です。(どっかできいたセリフ?)
2006.03.02
朝、目が覚めたとき妙に現実感の無いときがある。今朝はそんな朝でした。有象無象な雑多なことを避けたいときがあり、砂の中に頭を突っ込んで、現実が見えないふりをする。楽だから。たまにそんな時がある。だけれど、ただでさえ夢見る夢子ちゃんでロマンチスト。ちゃんと目を覚まさなきゃ。こんな時は、まずはビートのきいた曲で頭をすっきりさせる。出勤前の慌ただしさの中、バタバタとカレンダーを見ると今日は新月。気づくと、この新月に沿ったことを自然とおもっていた、らしい。そして、今日も自転車をしっかりこいで職場へ向う~。
2006.02.28
昨晩、オーラの泉という番組を見ました。この番組を見るのは2回目なのですが、昨晩のゲストへのメッセージは自分にも大いにあてはまる。親との葛藤はそれぞれあることなのでしょうけど、なんだか、母にありがとうが無性に言いたくなり、折りしも母の誕生日!それを口実に朝から実家に電話をかけて、『お誕生日おめでとう、そしていつもありがとうございます!』と一気にまくしたてて、出かける。(よし、言えたぞってなもん。)が、職場について卓上カレンダーを目にして気がついたのだか、母の誕生日は24日。つまり、一日早かったわけである。所詮はそんなもの。感動的に決めたつもりが、笑いのネタになる。夜、今度は日付を間違った詫びを入れるつもりで実家に電話をすると『おっちょこちょいなあなたらしい』、『でも、朝のバタバタする時間にそれでも電話をくれたのがうれしかった』と笑いながら母が答える。それでよかったのだとおもった。その電話の会話は一貫して笑いがあり、朗らかな母の、一番わたしが好きである時の母との会話を結局はすることになりました。
2006.02.23
20分かけての通勤手段は自転車です。途中、なだらかに続く坂が2箇所あるのですが、体力がもたないのでそこは潔く降りておしています。昨日までは。それが、今朝はその坂が自転車を降りることなくのぼれました。『いける!』坂にさしかかった時にそうおもい、ためしながらも一気にのぼり切る。今朝は体が軽い。それも、息も絶え絶えのみっともない姿になることなく!一人で勝手に達成感に満たされた一日の始まりでした。おしゃべりの効能?~昨晩、うちの近くまで来た友人とファミリーレストランで待ち合わせ、とりとめも無く話し込んで気がついたら夜中の1時30分。恐らく、お互いこれまで何度か口にしたことのある話題を繰り返していたようにも思うのですが、実にとりとめもなく延々と、そしてこれまた取りとめも無い内容を話していたように思います。普段、私はどちらかというと聞き役側です。だけれど、昨日は気持ちを許すことができる友人だったからということもあるのですが、素直にくだらないと思えるようなことを話していたようにおもいます。正直あまり打ち解けて人と話すことはないのですが、数少ない友人のうち、彼女は否定的な言葉を言わないから一緒にいて心地よいのだとおもいます。友人であっても、否定的な指摘をやたらとしたり、さも自分はなんでも知っているかのごとくに聞いてもいないアドバイスをされるとあまり気分のいいものではありません。近頃は、そういうことにとても敏感に反応し、長い時間を同じ空間で共有することができなくなってきました。苦痛だからです。一言、『そういう言い方をされるとうれしくないよ。』と言えたらいいのに。。。とは思うのですが、なかなか言えません。であれば、会わないようにするだけです。しばらくの間、この『NO』を言えずに、溜まったものがありました。そんな中での、彼女とのおしゃべりは後で考えるととても有効で、今の自分にとってはよいタイミングだったのだとおもいます。おしゃべりも、ちょっとした発散作用があるのだとおもいました。だから、たぶん、今朝は坂道を、いつもはのぼれなかった坂道を登れたのかもしれません。いつか、この彼女と今度はお互いの恋愛について語れたら、そしてお互いのパートナー同伴で食事ができたら、いいなってそうおもいます。追伸、星をつかむ友へきっと、私達ならできるわね。怖いものなしのタッグチームだもの。
2006.02.22
たまに、とりとめもなくおもったことを文にしたくなる時があります。これはその一つ。星を追うものたちへ~それは、忘れ去られたもののごとくにさびれた箱でした。ず~っと長い間見向きもされず片隅に追いやられた箱でした。ある日、その箱があることに気がつきました。うっすらと積もった埃を払い、そっと箱を開けてみました。そこにはあまたの宝石が燦然と輝いていました。うっとりと見ていると『どれを取ってもいいんだよ』そう言われたような気がしました。 『 どれを取っても、 手にとってながめるだけでも、 身につけてみても、 組み合わせてアクセサリーにしても、 贈り物にしても、 どう使ってもいいのだよ。 それはあなたのものだから。』 と。
2006.02.20
建物を退去するにあたり、持ち主と少しもめました。そして、案の定敷金清算についても予想したとおり、不当な請求がありました。敷金とは担保として預かられるもので、リフォーム資金として使われるものではないとあります。退去最終日にその道のプロの方と部屋の状態を確認し、充分に自己主張できるものでした。一般的には『敷金とは基本的に全額戻るもの』ということを知らないか、またはもめるのがイヤな為に相手の主張を受け入れてしまうケースが多いのだとか。最初の時点でもめたことにより、逆にいろんな知識をつけることができ、主張をするつもりでした。が、最終的に弁護士さんとお話をしていてそれを止めることにしました。争いとは、それぞれがそれぞれの正義に基づく主張から起きるもの。一度出した剣をどの時点でどちらが先に鞘におさめるのか、それの探りあい。どのあたりで譲歩するのか。この件でいちばんひっかかっていたのは、性格的についついいい人になりがちで弱気な自分を今回は返上したくて、あきらめられなかったこと。だけど、負けるが勝ちとすることにしました。少しばかり高い勉強代になったのだけれども。すると、仕事が入りました。『そうね、自分で稼ぐのね』ってその時おもいました。そして今日、そのことが全て片付きました。
2006.02.18
冬の服装の中で、黒のPコートが大のお気に入りです。このPコートと黒いパンツというスタイルで外出するのはそれだけでうれしかったりします。なんだかうれしくて、ついつい大またで闊歩しています。今日の福岡は午前中は天気が良かったのですが、午後からやや曇りがちで風が少し冷たい。いい朝だと思いながら、早朝より今日もこの服装で外出。今年はあと何回このコートを着ることができるだろうか?なんて青い空を見ながらぼんやりとおもう。ウールのコートは3月の気候では暖かすぎるから。確定申告を先生にみて頂いて問題なく終了し、ほっとして、過ごした午後でした。
2006.02.18
『ミカエルさんの個人セッションのお知らせです』 素敵なお人柄と、現実的なアドバイスで定評のある ミカエルさんが3月3日(金)、4日(土)に 個人セッションを予定されています。 希望なされる方は、下記より直接お申込みをなされてくださいね。 (ミカエルさんのセッションは人気な為、お申込みはお早めに!) http://ganz-m.hp.infoseek.co.jp/fukuoka060303session.htm
2006.02.14
尊敬する人物の一人にレイチェル・カーソン(1907~1964)がいます。生物学者だった彼女の著書『沈黙の春』は、農薬を無制限に使用することを警告したものです。彼女の著書で最初に読んだのはこの本で、正直にいうと学術用語や繰り返される農薬名が苦行だったったのですが、それでも文章の流には何かしらひきつけられるものがありました。一番好きな本は邦題名の『われらをめぐる海』。学者としての立場から専門用語やデータなども出てくるのですが、子供の頃に物語作りに没頭していたことがあったらしく、理論性と詩的との組み合わせがファンタジー性を感じさせてくれます。本を読んでいて、惹かれるのは、内容だったり、表現だったりするのですが、言葉の美しさも大きな要因で、表現がしにくいのですが、私が本を読んでいて惹かれるのは、言葉がまるで音を奏でているかのごとく、メロディを感じさせるもので、その余韻が創造性を高めてくれるのがなんともいえません。彼女は米国人なので、私が読む本は勿論翻訳されたものなのですが、翻訳者も上手いのでしょうが、それでも彼女の文章には魅力があります。『The Sense Of Wonder』(センス・オブ・ワンダー)これは、美しいもの、未知なるもの、神秘的なものに目を見張る感性というような意味だそうで、彼女の最後の著書です。何が言いたくて、これを書いてるのかよく分からないのですが、自分の五感をもっと研ぎ澄まそうとしているからかもしれません、このセンス・オブ・ワンダーも音がなんとなく気になります。
2006.02.14
早々と確定申告書類もし終え(ヤッホー!)、只今次ぎのちょっと苦手なレポートに取り込み中。そして、気分転換にその合間にいろんな本を読んでいます。活字好きです。最近読んだのは、『MERCURY AND ME』。クィーンのボーカルだった今は亡きフレディー・マーキュリーの恋人が綴った手記です。初版は1994年。もうそんなになるんですね。でもなぜ、最近フレディ・マーキュリーかというと、一つは通勤時にウォークマンで音楽を聞くようになり、無性に聞きたくなったのと、もう一つは近頃天才と言われる人の思考回路に興味があったからです。天才でなくても、自分の能力を存分に発揮している人もそうなのですが、私自身自分ができることは全てやりたいという気持ちの表れから、その対象となる人たちからヒントを得たかったのだとおもいます。たぶん。わたしからすると、フレディは天才なんです。(ところで、フレディファンだったて、もう言ったかしら?)それはさておき、天才といわれる方の中には同性愛者だと噂される方も多く、先日はそのことを友人達と話していたのですが、ある友人がその理由をこう説明していました。『一つには、彼らには区別がないんだよ、女性とか男性ではなくて、単純に純粋に好きなものが好きなだけなんだ』と。つまりとらわれのない感覚ってこと?でもそうでないと、突出したものなんて創造はできないものね。白か黒でないと理解できない私には所詮無理な話かも。ここで本題に入るのだけど、ちょっと言いたかったのは、もし自分らしく生きたいとおもったら、手始めに自分の好きなことを、好きなことばかりを選択してとことんやってみるのが一番いいということ。ちょっとした、自分の枠崩しになるからです。効能としては、好きなことばかりを選択していくと、何が自分にとって本当は心地よいものなのかがわかってくるということ。おまけに直感も冴えてくる。楽しいことに反応する感覚を身につけると、次にいろんな可能性がでてくるみたい。ただ、真面目な人ほど、これをやり始めの頃はトンチンカンなことをやって人のヒンシュクをかってしまうのだけど、でも、そんなことは気にしないでトライしてみるといい。習うより慣れよ!自分でやらなきゃ身につかない~!。spread your wings and fly away with meちなみに、『MERCURY AND ME』はラブ・ストーリーです。自由奔放に精一杯生きて愛されたフレディのことが書かれていました。
2006.02.14
整理ついでに、今までを振り返ると、『思うとおりの人生を歩いてきたよな~』とつくづくおもいます。ショップ経営を継続できなかったのも想定内なのか、と訊ねられたら複合することがあるので、そうだとも言えるし、そうでないとも言えますが。それはさておき、おもいの現実化は3~4年前に比べて加速しており、簡単かつ簡潔しています。ショップを閉じるにあたり、次ぎの収入源として派遣登録をしたのですが、周囲の方からは、『年齢的に』とか『この就職難では』と結構厳しいことを言われました。が、あっさりと仕事は決まりました。先ずは、短期ですが『やってみたい!』とおもえた内容で、出会いがあり、自主性が尊重された仕事で楽しみました。閉店後すぐにでも気持ちの切り替えがしたかったのと、現実的に収入があることにこしたことはありません。ラッキーだとおもいました。その後は、安定をさせたかったので、『長期の仕事で、なおかつ9to5のきっちりしのもの』と考えていたら、それもその通りの仕事が入ってきました。結構『○○だったらいいな~』とおもい、現実的な必要性があれば、思いは現実化するようです。『祈って(=意図)、行動せよ』ができていさえすれば。少しだけ生意気にいうと、『新月のお願い』などの祈りが必要ありません。当たり前のように、おもったとおりになっていくからです。もし、願いがあるとすれば、それはただ一つ、『それをする勇気が自分にある』ことだけ。現実化していないこともあります。それはなぜか?、答えははっきりしていて、そのことをのぞんでいないか、意図の仕方が悪いかのどちらかだということになります。例えば、『パートナーが欲しい』と口先ではほざいて、縁結び100%の神社にいくら詣でようと、真剣に意図していなければ現実になりようがない。でしょう?全く、『私にそれにのぞむ勇気を!』だわ。
2006.02.12
HPをリニューアルすることにし、それを友人にお願いしました。自分が苦手なことは、それが得意な人のお願いするのが一番。その方がセンスある方ならなおさら。。。リニューアルにあたっては、コンテンツなどをどうするか話をしたのですが、すこし、整理が必要みたいです。移行中で衝動的になりすぎるきらいがある。昨年までショップをしていたのですが、それは『表現』の部分でしたので、大衆性があったのですが、現在は一般的な職についていて、自宅と職場の往復で多少出無精気味。(タロットでいうところの12の吊るし)動から静に大きく振り子を動かしたため、『c'est la vie(=これが人生だ!)』なんて、現実性重視の観点になり過ぎる。12の吊るしよろしく冷静に考えると、『わたしは、わたしでしかない。』(=ルシエル)なんだ、というところにもどって来た。さて、ではどんなふうにシナリオを書くのか?
2006.02.12
人生ってありがたいなって強くおもう時があります。何かを学ぶためのちょっとした出来事がちゃんと用意されているからです。『よい具合に問題のツボにはまってくれたね』ってな感じで。ツボに入っちゃうと一瞬、『五里霧中』のような気がして焦るのですが、ツボの中は静かでもあり、冷静に物事をみるのに適していたりもします。もがいてしまうと、『おもうドツボ』になっちゃうので、そこはそれ気をつけましょう。今回のツボの中身は、自己信頼。自分の中に心地よい、それでいてゆるぎないものがあったのですが、賢い友人の意見に流されて惑わされていました。(苦笑)では、なぜ気がついたのかというと、ただ、単純に状況がその友人とは現実的に合えない状態を作り始めていたり、心地よい自分のおもいを『それでいいんだよ』と後押ししてくれるようなことが続いたからです。(別に『ピンポーン』という正解の合図があったわけではないので、正しいかどうかをはかることは出来ませんが。)それと、もう一つ。うまく表現できないのですが、いろんな状況が微妙に絡み合っていて、その状態が何かを物語っているような気がします。ある機会が同時進行していることです。こんなことを書くと変な人っぽいかもしれませんが、肝心なことは、何一つ過不足のない自分をしっかりとみつめてそれを信じろってことでしょうか。自分の中に不足感があるからこそ、作ったツボなのかも。以前誰かが、言っていた。『本物をみると、そうでないものがわかってくる』と。感謝!
2006.01.26
数年ぶりに寝込みました。39度の熱でした。インフルエンザっぽい熱のでかたなのですが、1日寝ると退屈してしまい、実際どうしても外出しなければいけなかったので、普段通りに起きて外出したのですが、朝方38.4度あった熱も帰宅すると平熱になってました。それでも、来週2月からは新しい環境での仕事が始まるので、今のうちにベストコンディションまで戻しておきましょう。節分までに胸に溜まったものをクリアにしたいものです。でも、もう少しだけ、ゆっくりさせて。。。。そんな気分ではあります。。。
2006.01.25
ホームページなどを新しくしたいのですが、なかなかはかどりません。。。デジカメで取った映像をUPしたくても、画素数が大きくて載せられないとか。。。。パソコンと格闘しながら最近聞いている音楽は、なぜだか、ロック系です。今どきの流行はよくわからないし、学生時代のものはCDではないので限りがあるのですが、あるものでレッドツェッペリンだったり、フレディー・マーキュリーだったりします。(肉食系になったのかしらね?)一つには、昨年末に頂いた短期の派遣の仕事先まで徒歩だったので、ウォークマンを携帯し始めたからかもしれません。(ちなみに、私の通勤姿は色気はありません。リュック背負って、スニーカーで闊歩してます。楽だから。。)そして、次ぎの仕事は2月からです。仕事については、タロットがとても役立ちました。先ずは、いくつかの候補のうちから派遣会社はどこにしたらいいのか、それで決めた派遣会社ではどういう仕事がくるのか又、最初が短期の仕事だったので、次ぎの仕事はいつ決まるのか、とか。当たり前のことですが、おおまかにですが、予めそれらが分かっていたので、ちゃんと予定を立てることができました。(日常密着型タロットです。感謝!)これから2月までの間は、平日に頂いたタロットの仕事をしたり、3月の確定申告時に提出する為の書類を作成します。(ショップ閉店後、直ぐに派遣の仕事に入ったため、書類整理がいまだに済んでおらず。。苦手なんだな~これが。)そしてレポート作成。今年は、タロットの講師になることに集中です。
2006.01.15
田舎に帰省してきました。仕事でお正月に帰れなかったので、今になったのですが、ちょうど1年ぶりの実家です。いつもなら姉の子供達がいて賑やか(いや、うるさい)なのですが、久々に両親と私の3人きり。前情報として、お正月に帰省していた姉の話では、何かと人とは違う人生を歩みたがる娘に、母は小言があったようなのに、何も尋ねもせず、全てにおいて至れり尽くせりでした。顔を見たら安心したのでしょう。気温は高くて過ごしやすく、産すな神社へ詣で、穏やかな海岸を散歩して、お墓参りをし、雲仙岳災害記念館へ出かける、とどこへ出かけるにも3人で。故郷なんて言い方は今はしないのでしょうが、昨年までの一つの流を変えて、新たな側面への出発には自分の生まれた土地にもどることから、そんな心境での帰郷でした。大好きな海は、太陽の光にキラキラと輝いていて、見ているだけで、安らげて。それとは逆に、噴火後初めて見る普賢岳は大地の熱さを感じさせてくれる。自然(海や山)があって、人の営みがある。都会の喧騒の中では感じることのできない、なんとも言えない充足感をた~っぷりと味わって、なんとなく『これがあるから、大丈夫』だとそうおもう。実家を後にして、帰路の電車の窓からは見えたのは、大きな二重の虹。次への始まり。
2006.01.13
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