2004年08月12日
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しばらく書き込みをしてなくて、日記もチェックしていなかったのですが、気づいてみるとなんだか小さな字になって見難くなってしまったような気がします。ま、いいか・・・。


先日、生徒さんのお母さんから、私がどのように英語を学習してきたか教えてほしい、とたずねられました。そんな経緯もあってしばらくこの話題で日記をつづってみようと思います。自分の子どもについては、どうも母親としての主観が入ってしまいがちですが、自分の英語人生(大げさですが)、比較的冷静に見れるような気がするので、素直につづってみたいと思います。

英語の世界を知る (5歳から小2まで)
私が英語の世界をしったのは、5歳ぐらいの時だったと思います。ある日、父親の知り合いのアメリカ人(どういう経緯があったのか知りませんが)が、私たち家族の住むアパートに訪ねてくることになりました。そのアメリカ人は家族とともに、大きなキャディラックでたずねてきたものだから、アパート中の人たちがみな外に出てきたと、父は私によく自慢していました。父は英語が話せませんが、なぜか度胸だけはある人で、そのアメリカ人と英語で話すのをみて、「かっこいい」と素直に思いました。
それからというもの、私はABCに興味を持ち出し、クリスマスソングを英語で歌ってみたい、と思うようになったのです。親にクリスマスソングのレコードを買ってもらい、それを必死に「ひらがな」で紙に書き留めました。とにかく、日本語とは違う「英語の世界」があることを知り、自分も「かっこよく話せたらいいな」と思うようになりました。

私の親も、小さい頃から「英語はできないないとこれからの将来は使い物にならない」とことあるごとによく言っていました。それなのに、親は何をするわけでもなかったのです。小学校一年生の頃、近くの教会でやっている英語教室に通うことになりました。その教会の天井は高く、窓も上下にあくもので、日本の家とはかなり違って、なんとなく薄暗い室内でした。数人の子どもと牧師さんであろう先生が、単語をリピートしていたような記憶があります。なぜか母がいつも同室(教会内の離れた席に座って)しいたので、先生が「Close the door.」と私に言うと、私は母親にジェスチャーで「ドアを閉めろって言っているの?」と目でたずねていました。母親がうなずくと、私は自信をもってドアを閉めることが出来たのです。「お母さん、英語わかるんだ、すごい」と密かに思いながら、ドアを閉めていた記憶があります。母は、英語は全くダメです。

そんななか、ラボパーティの話が近所であり、友達数人で通うことになりました。その頃はラボ専用のカセットを再生できるレコーダー(当時1万円ぐらいだったと思います)というのを買わなければなりませんでした。母はぶつぶつ言いながらは仕方なく購入していましたことを記憶しています。ただ、そのレコーダーをいつも寝る前に聞いているせいか、私も妹も絵本の内容を全て覚えてしまいました(今で言う暗唱ですね)。絵本の劇をしたりしてとても楽しかったのですが、なぜかあまり英語が上達した感もないまま、2年あまりでやめてしまいました。母は、「せっかくレコーダーかったのに・・・」と最後まで往生際の悪いことを言っていました。
やめた理由は、すぐすぐ近所に英語教室をしている先生を紹介されたことでした。つづく。





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最終更新日  2004年08月12日 14時14分01秒


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