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◇ 5月5日(金曜日);旧卯月八日 甲午、上弦、端午、府中くらやみ祭、旧潅仏会♪柱の瑕は一昨年の 五月五日の背くらべ粽食べ食べ兄さんが 計ってくれた背の丈昨日較べりゃ何のこと やっと羽織の紐の丈柱に凭れりゃすぐ見える 遠いお山も背くらべ雲の上まで顔出して てんでに背伸びしていても雪の帽子を脱いでさえ 一はやっぱり富士の山♪ 今日は端午の節句。男の子のお祭である。時折薄く雲が流れていきながらも、空は晴れている。街路樹の花水木が光に映えて美しい。田舎では鯉幟が皐月の空を晴れがましく泳いでいる事だろう。上の歌は唱歌「背くらべ」だ。今朝目がさめたら自然にこの歌が頭に沸きあがってきた。僕の郷里では富士山は見えないが、それでもこの日には両親は何がしかのお祝いをしてくれた。母親手作りの太巻き寿司とお稲荷さん、つまりは東京で言う助六寿司がご馳走だったように覚えている。又ちんちん電車に乗って数駅先に住む祖母の家に行くと、おばあちゃんお手製の散らし寿司を振舞ってくれたものだ。そして粽か柏餅だ。これらはお店で出来合いを買ってくる。だからそれが普段とは違うご馳走だったのだ。父親の撮った写真が残っている。小さい僕は、軒先に立てた竿竹に吊るされた鯉幟を背景に、B紙(昔はそういう大判の紙があった)で折った兜を被って、父親の机から運び出した木製の肘掛つきの椅子に座らされている。父親の几帳面な教科書体の字で、「鯉のぼりと坊や」という添え書きが付けられている。鯉幟も器用な父親のお手製だった。謹厳な貧乏教師だった父親が、幼い長男のために作ってくれたものだが、この鯉幟は何年か後の端午の節句の日に、強い風に飛ばされて何処かに行ってしまった。外から帰って、竿竹の先に鯉幟が無くなっているのを見つけた時、一生懸命作ってくれた父親の気持ちを思って随分哀しかった記憶がある。当時から僕は妙に大人びた変な子供だったのだ。それでも、この歌のような経験は、もう今の子供たちには出来ないのだろうと思う。今でも端午の節句に粽を食べ、菖蒲湯に入る習慣を守っている家は、どれほどあるのだろうか?そういえば昨日出社がてら立ち寄ったデパートで、「今日は菖蒲湯に入らなければ」という声を聞いたが、振り返ってみたらかなりお歳を召した老夫婦の会話であった。歌の中の子供は、縁側に向かう柱に凭れて、目の前の広々した風景の向こうに、富士山とその前衛のような山々の畳なはりを眺めているのだろう。しかし、今時の家には縁側も凭れる柱も無くなってしまった。今の日本の家は「箱」になってしまったのだ。先ず縁側というものを持っている家が稀になってしまったし、柱は構造壁に置き換わり、窓枠はサッシに変わってしまった。家の中に凭れる事の出来る独立した柱というものが無くなってしまったのだ。それに、眼前に広々とした光景が広がるような場所も、街中では探すのももう難しいだろう。山々の畳なはりはビルやマンションの陰に隠されてしまうのである。だからこそ、子供の頃に口ずさんだこの歌を頭の中で唄っていると、普段は忘れてしまっている昔の身の回りの風景を思い出して懐かしさがこみ上げてくるのだろう。今の仕事を成功裏に仕上げて、余裕が出来るようになったら、広い縁側と独立した柱がある和風の家を、どこか眺めの良い場所に建てて暮らす事にしよう。そう思う。それにしても、羽織の紐の長さとはどれ位のものか?10センチくらいの長さだとすれば、「なんのこと」どころではない。この歌の子は一年で急に背が伸びたのだ。つまり中学生くらいなんだろうな。山々の向こうに富士山が見えるのだから、この歌の詞が作られた(大正時代のことだ)のは丹沢山系の向こうに富士山を望む西東京か神奈川県の何処かだろうと思っていたら、作詞をした海野厚という人は静岡県静岡市の出身だそうだ。そうなると「山々の畳なはりの向こう」ではなく、駿河湾を背にして、左に南アルプスの連山が見え右に富士山が見えるという風景だったことになる。これはかなり雄大な眺めであるはずだ。今まで頭に描いていたイメージをちょっと修正しなければならない。ところで、端午の節句の端午とは、「旧暦午の月の最初の午の日」のことである。「端」には、「端緒」というが如く「始め」、「最初」の意味がある。旧暦の午の月は五月のことだ。そしてその最初の午の日となると、毎年端午の節句の日付は変動するのだ。実際今年の暦では、5月29日が「午の月の最初の午の日」になるが、この日は、旧暦では今年は五月五日ではなく三日である。昔の中国では端午の日に厄除けと健康を祈って香りの強い蓬で作った人形を飾ったり、同じく芳香のある菖蒲を酒に漬けた菖蒲酒を飲む習慣があったのだそうだ。それが日本に伝来して、「五月忌み」の風習と結びついた。五月忌みとは、田植えを前に女性が物忌み潔斎をする習慣のことだという。つまりは、端午の節句は元々は女性の行事だったのである!日付についても「午」が「ご」つまり五に通じる事から、五月五日を端午の節句として固定するようになった。これが男の子の節句に変わったのは、武家政権が出現した鎌倉時代のことで、「菖蒲」が「尚武」に通じる事が理由だったのだそうだ。女の子には桃の節句が有ったのだから、端午の節句が女子の側から男子の側に引っ越してきてくれたのは嬉しいのだが、今では単に「子供の日」と呼んで、男子のみならず女子まで平然と休日にしている。槍や剣を持って偉そうにしてはいても、所詮肝心なところは女性に抑えられ、実も持っていかれてしまう。そういう哀しい男子の現実の一例である。♪甍の波と雲の波 重なる波の中空を橘薫る朝風に 高く泳ぐや鯉幟開ける広きその口に 舟をも呑まん様見えて豊かに振るう尾鰭には 物に動ぜぬ姿あり百瀬の滝を登りなば たちまち龍になりぬべき我が身に似よや男子と 空に躍るや鯉幟♪この辺りでは「甍の波」も最早死語になりつつある。それにしても、文語体の詞はリズムがあって記憶に残る。「背くらべ」は文語体ではないけれど、「鯉のぼり」と同じく七五調である。文語体も七五調も、日本人の伝統的な心象を構成する大きな要素である。今の小中学校では、唱歌も余り唄わなくなったのかも知れない。しかし、せめて学校で唄う歌くらいは、文語体・七五調の昔の歌も唄い継がれるようにしてくれればと思う。こんな事を書くと、又「固陋なる年寄り」とかなんとか謗りを受けるかもしれない。然し、伝統が失われ、「国語」がしっかり受け継がれないところに、愛することが出来る「国」などというものは無いのだ。
2006.05.05
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◇火曜日:旧暦九月二十三日 壬午、下弦、伊賀上野天神祭どうもこのところ中々ブログを書けなくなってしまった。「始めた事は続ける!」というのは、常々部下に言っていることだ。だから、張本人がそれに反する状況になると大いに拙い。何となくコソコソした気分になってしまうのが、甚だ面白くない。面白くないけれど、如何せん待った無しの仕事が山積していると、不本意だけどブログは後回しになってしまう。こういうのって良くありませんね。先頃も都内である区の区議会議員をやっている同期の友人(女性)から、「決算委員会の審議のための準備で、一夜漬けの連続。もうこんな生活いやっ!」と、悲鳴に似たメールを戴いた。一方で、既に趣味三昧に生きておられる、やはり同期の友人もいらっしゃる。不公平だ!不公平だと思うけれど、これも天の配剤。過去に楽をしすぎたツケが今頃になって回ってきているのかもしれない。或は、これも塞翁が馬。禍福はあざなえる縄の如し。いずれうんと楽しいめぐり合わせがやって来るのかもしれないじゃないか。まぁ、文句をいっても始まらないから、出来る事を順に一つ一つ潰していこうとは思っている。ブログも精一杯マメに書き込むようにしますので、見放さないで下さいね。二十三日(日曜日)は二十四気の「霜降」であった。文字通り霜降の頃になると、所によっては里でも朝夕に白いものを見るようになる。富士も初冠雪の報を聞いたし、日光や那須でも周辺の山の頂には雪を観たそうだ。全く時の経つのは早い。殊更今年はそう思う。面白いもので、ミクロ的には時の経つのはむしろ遅いのだ。「えっ?未だ火曜日かい?も今週の週末に近いくらいな気がするよ。」ということが良くある。ところが、一方でマクロ的には時間の経つのが随分早く感じられる。「えっ?未だ×曜日かい?」という時間を拝つくばるように重ねていって、ふっと気が付いて背を伸ばして深呼吸すると、「えっ?もうこんなに寒くなってしまったんだ。ついこの間まで汗を滂沱と流して、暑い暑いと云ってたのにねぇ!」となるのである。人間の時間とは左様に相対的且つ主観的である。ミクロ的多忙な時間を過ごして、通勤電車に揺られて帰る道すがら、車内の吊広告に目が止まった。これは都内の主要ターミナルの一つから僕の住む駅へ通じている私鉄線の会社自身の広告だ。題して「進んでいます!駅のバリアフリー化。」まことに高々と誇らしげである。そして、右肩上がりのグラフが描いてあって、左から順に;2000年 バリアフリー法施行 20%(これはバリアフリー化率のことだ)2005年 70%2007年 90%2010年 100%とグラフ上に書き込んである。フム・・・・待てよ、しかし、これは自慢できる事かい?要するに、法律が出来た時には80%という膨大な部分が何ぁーんにも手付かずになっていたのだ。それから5年も経った今年ですら、未だ30%もの遣り残しがあるって云うのだろう?やっと2010年になって、2000年の基準でのバリアフリー化の目標が達成できるという。それは自慢かい?元来法律が時代を先取りした事など金輪際無い。法律の本質を考えれば、それは当然のことだ。何もしないで野放しにしておくと混乱が生じてどうにもならないから、法律を作って規制なり強制なりするわけだ。そうでしょう?年寄りや身体障害者は法律施行以前にも居たのは当たり前だし、駅の階段や段差、表示の不備などに難渋していたわけだ。それをこれ以上放置しておくと大変な事になるし、民間の随意に任せておいては一向に何も改善されないから、法律として制定したわけだし、且つしかるべき準備期間を置いて施行したんだろう。そうしたら、バリアフリー法施行時の実施率が100%ならともかく、20%なんてのは威張れた数字じゃないだろうに!それとも、この広告「最初はいい加減に考えて高をくくっていましたが、途中で反省して一生懸命頑張っています。だから許してください。」という主旨の謝罪広告なんだろうか?それなら、分かるし、却って素直で面白いなぁと思えるのだが。
2005.10.25
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◇土曜日:旧暦七月二日 壬戌(みづのえ いぬ)広島原爆被爆の日、山形花笠祭、秋田竿灯祭かみなり雲、つまり積乱雲(入道雲)の立派なものには、一立方メートル辺り約5ccの水(雲粒)が含まれているという。真夏の暑熱の中で大きく発達した積乱雲の場合、1万メートルくらいの高さまで立ち上がった雲の塔が、直径数キロの地域を覆う。こういう積乱雲を、例えば半径3キロメートル、高さ10キロメートルの円筒形に見立てると、その体積は約2.8×108立方メートルになる。つまり、この位の大きさの入道雲の中には、なんと約141万トンもの水が浮かんでいることになる!ドラム缶にすると700万本分だ。なんとも、入道雲はエライ!逆に言うと、700万本のドラム缶に入った水を用意して、巨大な送風機で大空に吹き上げ、加熱して蒸発させ続ければ、あの雄大な入道雲が出来上がるわけだ。これだけの仕事を真夏の太陽は、わずか数時間でやってしまうのだから、エライのは入道雲ではなく、実は太陽なのだ。人間にはこんな作業は出来るのだろうか?普通のやり方では無理だ。しかし、工夫すれば出来る。原爆か水爆を落とせばいいのだ。或いは、焼夷弾を使って執拗に空襲し続け、地上に大火災を起こさせればいいのである。それが60年前の今日、広島で起こった。同じ年の9日には長崎にも起こった。60年前の真夏の日に、”ベーテー”の飛行機は、我が同胞を地上に焼きながら壮大な雲の峰を製作したのである。
2005.08.06
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【2月23日(木曜日) 旧壬辰二月二日 甲寅 先負 月齢1.2】昨日は旧二月の朔日だった。旧暦でも二月になった。それかあらぬか、天候も少しだけ春の気配になった。外は冷たい雨が降っている。春の迎え雨になるのだろうか?福岡伸一さんの「動的平衡2」(2011・12月;木楽舎)を読んで、「マターナルRNA」(Maternal RNA)という言葉を知った。Maternalを日本語にすれば、「母の」、「母方の」、「母らしい」という意味だ。RNAは「リボ核酸」。だから「マターナルRNA」は「母方のリボ核酸」ということになる。※ 最近知ったが、「マターナルRNA」という名の核酸ドリンクというものが販売されているらしいが、それとここでの話とは関係が無い。生きとし生けるものの生命活動は、遺伝情報を保持しているDNA(デオキシリボ核酸)に依存している。元々一個の受精卵が、分裂を繰り返して分化していって、心臓ができ、骨ができ、血液や髪や手や足ができる。それらの情報は全てDNAに「書かれて」ある。DNAはいわば生命の設計図だ。DNAに「書かれて」ある情報は、具体的にはたんぱく質の合成処方だ。生き物の体の基本はたんぱく質だ。たんぱく質は体の構成要素であるだけではない。代謝など生体内の化学反応を起こさせる触媒として働くたんぱく質。抗原抗体反応を司り免疫機能を果たすたんぱく質。摂取した栄養の輸送や貯蔵などロジスティクスに携わるたんぱく質。そして、生体内の通信や情報伝達に関わるたんぱく質。・・・等々、生命の活動はたんぱく質の多様な活動に他ならない。そしてたんぱく質の材料になるのはアミノ酸だ。たんぱく質の種類は構成アミノ酸の数や組み合わせ方によって数千万にも及ぶ。しかしそれの構成材料になるアミノ酸はたった20種類である。この20種類のアミノ酸のどれをどう組み合わせて、どのたんぱく質を作るか。それを記述してあるのがDNAなのだ。つまり、このDNAの設計図は「静的」である。「どこで、いつ、どれくらい」という動的な情報は書かれていない。福岡さんはDNAを楽譜(スコア)に喩えている。なるほど、スコアはどのタイミングでどの楽器がどの音程を、どれほどの強さ、長さで演奏されるのかは書かれてあるけれども、それはあくまでも静的なものだ。スコアは楽器と演奏者と、そして指揮者を得て初めて動的なものとなり、音楽として響き渡る。DNAに書かれている情報がたんぱく質として実際に実現される時、DNAの情報→RNAに伝達(転写RNA)→伝達された情報を翻訳して実行(たんぱく質の産生)する、という現象が起きている。これは音楽になぞらえれば、例えばヴァイオリンのパートの演奏に相当する。各パートの楽器を組み合わせて交響曲を演奏するには、先ず全パートを網羅するスコアとしての表現が必要だ。更にはそれぞれの楽器の演奏の仕方を調整する必要がある。そのためには交響曲の場合、それぞれの楽器と演奏家とは別個に、指揮者の存在が必要となる。遺伝子の世界では、遺伝子A、B、Cのそれぞれの情報の発現順序やタイミングを決めてやる仕組みが存在しなければならないということである。いわばスコアである。ヒトとチンパンジーのゲノムの相違はたった1.23%だそうだ。逆に言えば両者で約99%ものゲノムは共通なのだ。ならば何故チンパンジーは時としてヒトになったりしないのか?これは同じ遺伝子であっても、それぞれの発現(活性化)の順序とタイミング、そして強さが、ヒトとチンパンジーでは異なるからだという。つまり同じベルリンフィルが同じベートーヴェンの第五交響曲のスコアで演奏しても、カラヤンが指揮する時とバーンステインが指揮する時には、それぞれに異なる音楽になるのと類似である。細胞の場合はこれよりドラスティックで、指揮者が変わるとヴァイオリンとオーボエの演奏順序が入れ替わったりもする。そして、この指揮者に相当する役割をマターナルRNAが果たしているのだという。このマターナルRNAは受精とは関係しない。女性の体内で卵細胞が形成された段階で、他の物質と共に卵細胞の環境として用意されているのだ。そして卵細胞が受精して受精卵になると、新たに作られたゲノムに対して、その上に有る各遺伝子の発現の仕方の引き鉄を引くのだ。つまり、マターナルRNAは、オーケストラを前に指揮棒の最初の一閃を与えるのである。かくしてチータはチータになり、決してターザンにはならない。ヒトも時としてチンパンジーになったりはしないのである。つまり、マターナルRNAは母親を通じてのみ娘へと継承されていく。そしてそれを受け継いだ娘は、新たに卵細胞環境を整え、更に次の世代のゲノムの発現をコントロールするのだ。母から娘に引き継がれていくという意味ではこれも遺伝子だといえる。但し受精によって父方のそれとシャッフルされる遺伝子ではない。マターナルRNAは、セントラルドグマにおけるように、DNA配列の変化を伴わない。つまり生き物は遺伝子変化に因らなくても変わり得るのだ。ダーウィン以後、遺伝子の突然変異によってのみ、生き物は変化(進化)するとされてきた。突然変異は本質的に無目的で、偶発的で、ランダム(全方位的)なものだ。だから、その後環境によって淘汰され、絞り込まれた結果が、現世生物なのだと。福岡さんは、それだけでは、セントバーナードとチワワの違いは説明できないという。どちらも遺伝子として見れば同じ犬だ。巨大なセントバーナードとチビのチワワの違いは、犬として共通に持っている各遺伝子が発現する順序、タイミング、そしてその強度が変化する事によって理解できる。それをコントロールしているのは、マターナルRNAを含む卵細胞環境なのだと。つまり生物の多様性とそれによる生命の柔軟性は、そして個体の側から言えば「個性」は、母から娘への卵細胞環境の継承の結果なのだ。生命のもう一つの「歴史」は、女性の歴史でもある。長々と書いてきたが、さてこれからが今回のブログの本題だ。家系というものがあって、これは男子、それも長男によって継承されることになっているのは多くの国で共通である。男の本性は環境への挑戦と変革だ(だった)。それが目指すところは、権威と権力だ(だった)。そして権威と権力のもたらすものは、富と豊かさである。この最後の成果物は、生活の安寧を与えるものだから、「功労者」としての男を軸に「家」と言うものの系図が描かれて来たのかも知れない。しかし今では昔とは状況が変わってきている。最早「競い合い、奪い獲って、我が物にする」という風潮はかつてほど賞賛を集めない。環境に対しても、「開発」つまり挑戦や変革よりも、保全や継承の方が重んじられる時代だ。外交や政治の世界でも、かつての挑戦力や強い指導力よりも、きめ細かい合意と調整の才の方が重視される。昔流の「男らしい」政治家などに目にかかるのはもう難しい。文明の成熟につれて、社会全体は概して「女性化」しつつあるようだ。今や挑戦と変革よりも調和と保全、そして継承だ。「調和、保全、継承」は、本来男性より女性に備わっている資質である。そうなると、この際家系というものも母系を中心に見直した方が良いのかもしれない。上に述べたように、遺伝の世界でもDNAの継承においては男女互角。遺伝子の発現に際しては男の出る幕は無いのだから。今日東宮殿下が誕生日を迎えられた。東宮は52歳におなりだそうだ。東宮家には男の子がいらっしゃらない。それで女性皇統の話題がそろそろ活発化しようとしている。先ずは皇族の女子が結婚しても皇籍を離脱しないようにする辺りから議論が始まるようだ。私は第一次ベビーブーマーの片割れとして、学生時代はよく「運動」していた。その「運動」の中では「帝国主義」の象徴としての天皇制に反対する部分もあった。しかし段々「大人」になって来て、日本人には皇室という存在が必要だと宗旨替えをした。日本人には確たる「軸」が無い。キリスト教やイスラム教のような「国教」を持っていない。これは一面幸いな事でもある。しかし、「日本人」としての倫理観や帰属意識、易しく言えば「国をいとおしむ心」、つまり「軸」を共通して持つには、やはり天皇制はあった方が良いと、今では思っているのだ。その皇統の継承が危うくなりそうだというので、議論が萌芽しようとしている。その際には女性の皇統継承もむしろ積極的な意味で考慮するほうが良いと私は思う。女性天皇は日本の歴史では前例の無い事ではない。推古天皇を始めとして既に10代8人おわしましたのだ(いずれも男系女性天皇ではあるが)。それに何より最新の遺伝学においても、科学的根拠は用意されつつあるのだから。(註)語彙の理解をはっきりさせるために:【ゲノム】=ヒトならヒト、チンパンジーならチンパンジーたらしめている遺伝子の総和。発見に至る歴史的経緯で染色体と呼ばれることもある。【遺伝子】=たんぱく質合成に関する情報が書き込まれている単位でゲノム上にある。ゲノム上の遺伝子の位置を示したものは遺伝子地図と呼ばれる。遺伝子は全ての生物においてDNA上に塩基配列の組み合わせとしてコード化(=記述)されている。【DNA】=遺伝子情報を担う物質。デオキシリボース(五炭糖)と燐酸、塩基からなる、二重ラセン構造の物質である。塩基はA=アデニン、G=グアシン、C=シトシン、T=チミンの4種類である。遺伝情報(たんぱく質製造処方)はこの4種類の塩基の配列の仕方によってコード(記述)されている。
2012.02.23
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