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今日、8月16日。ツヨシの誕生日。今もそばにいてくれたなら、23歳。いったいどんな大人になっていただろうか?想像が出来ない。
2009/08/16
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嫁のMちゃんと孫のRちゃんが帰って来たので、昨日、会いに行ってきました。もうすぐ2ヶ月になるRちゃんは、顔がまん丸になって、ニコニコとよく笑い、本当に可愛い♪体重もうちのタイガーくんぐらいになって(笑)、ずっしりと重かった。さて、「天国の郵便ポスト」という曲が聴きたくて、キマグレンのアルバムを買った。最初にこの曲を聴いた時、とにかく涙が止まらなかった。天国にいる「きみ」に手紙が届く郵便ポストがあればいいのに…という内容の曲。「今もお元気ですか?僕は涙見せずに頑張っています。 今度会う日には、頑張ったねって言ってください」曲の終盤に天国の「きみ」からの返事。「きみへ。いつも見守ってるよ。雲の上からきみを。 今も、この先も。 元気にしてるよ。突然いなくなってごめんね。 本当に本当によく頑張ったね。 いつかまた会えるのを、楽しみにさせて…」誰もが願うこと。もう会うことも、話すことも出来ない天国のきみに、たくさんの想いが届けばいいのに、って。だけど、それが叶わないから、いつか会う時に「頑張ったね」って言ってもらえるよう、生きていくのだ。頑張ってる。たぶん。きっと、ツヨシやHくんに「頑張ったね」って言ってもらえるくらい。
2009/06/22
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今日は休み。家で一日のんびりとし、夜ごはんをマッキーの家で食べた。まだ孫と嫁は実家から帰って来てないので、三人で。帰ってくれば、賑やかになるのだろう。もう一ヶ月、Rちゃんの顔を見ていないので、早く会いたいなぁ。さて、今日のアツシの話で…。近所のYさんという人の次男が亡くなったという。Yさんは、母子家庭で次男とその下の娘さんと三人で暮らしていた。次男はもう成人しており、娘さんは高校1年生。娘さんが、歳の近いアツシと仲がいいので、私は時々Yさんと話をしていた。警察が入るような、急な亡くなりかただったようだ。どうしたらいいか?迷った。そして、時間をおくことにした。私は、同じ悲しみを知っている。だれもが知ることではないこの悲しみを知る人間なのだ。だから、いつかYさんが私に話してくることがあれば、ちゃんとちゃんと聞いてあげればいい。今はそっとしておこう…。ツヨシが居なくなって、4年半。今も、ふとしたことで涙がとまらなくなることがある。ツヨシに会いたいと、一人号泣することがある。私がツヨシを亡くしたばかりのころ、数年前に子供を亡くしたひとから「いつかこの悲しみに慣れるときがくる」と言われたことがある。「子供がいないことに慣れる」のではなく「悲しみに慣れる」と。その意味が最近わかってきた気がする。これ以上なにかを考えたら泣いてしまう、とか、この人に話しても仕方がないから受け流そう、とか、これ以上ガマンするのは嫌だから、付き合いをやめよう、とか、そういったことが冷静に判断できるようになった。私がこれ以上、傷つかないために。私がもう余分な涙を流さないために。そのかわり、私は自分が一番ツライところで生きることを選んだ。毎日毎日、苦しみながら生きる場所をあえて選んだ。それが今の仕事である。私が生きていく意味を探した結果だ。この悲しみを乗り越えることなんて、誰にも出来ない。それなのに、月日が経つにつれて、まわりの人たちとの気持ちのズレを感じますます悲しみは増していく。「所詮、ひとごとなのだ」と思う。そんなこと当たり前じゃないか、ひとごとなんだよ。だとしたら、あとは私がどう生きていくか…それだけだ。この4年半をかけて、私が考えた答え。Yさんもいつか見つけるだろうか?
2009/06/12
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一年以上サボっていた、このブログを再開しようと思う。この一年でいろんなことがあった。長男(マッキー)が結婚し、パパになり、自動的に私はおばあちゃんになった。去年は、私自身、二回転職した。そんなあれこれを、また書いていこうと思う。
2009/06/07
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今日は転職してから初めての休み。銀行や役所などをまわり、美容院で髪を切った。昨日の夜、前の仕事のお客さんだった職人さんから電話が来て送別会をしてくれるという。なので、今は電車に乗り、向かっているところ。明日はまた仕事だから、飲み過ぎないようにしないと…。新しい職場は、和気あいあいとしていてなかなかいい感じ。休みに仕事のことを考えなくていいのが今はすごく嬉しい。
2008/02/07
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5年間、勤めた会社を辞めた。来週月曜日から、新しい職場での仕事が始まる。頑張らないと、ね。
2008/02/02
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新しい年が始まり、今日は仕事始め。 朝から本社に行き、年始の挨拶回りのため、早めに引き上げて来た。 長い休みだったので、今朝は本当にダルかった(笑)。 今年の変化。 金曜日の夜にバイトに行くことになった。 いつも飲みに行くスナックのお手伝い。 すでに4日に初出勤。オタオタしているうちに終わった。 気取った店ではないけれど、お客さんに接するから やはり気は使う。 続けられるだろうか?と、少し不安…だったのに 昨日、ママさんから電話があって、お店で着るための私のブラウスを 二枚買ってくれたと言う。 申し訳なくて、時給を下げてもらおうかと考え中。 金曜日は、私が以前バイトしていた店で一緒に働いていたIちゃんがいるし お客さんも、前の店に来ていた人も多いから 少しだけ嬉しい。 とにかく頑張ってみよう。 新しいことを始めるのは、ちょっとキツイ歳になったけれど…。
2008/01/07
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三連休の最終日の今日は、子供達とお出かけして来た。 22年前、マッキーがまだ赤ちゃんだった頃に 暮らしていた都内の町の、有名な商店街へ。 貧乏のどん底だったあの頃。 美味しそうなモノがたくさん売っていても 買うお金が無くて、買い物に行く時には、下を向いて歩いた。 目的の店に、目的のモノを買いに行き、 脇目もふらず家に帰る。 だから、今日行った時に鮮明に覚えていたのは マッキーのミルクを買っていた薬局と 妹の夫に、靴を買ってもらった靴屋さん。 あの頃には食べられなかった「おでん」を買って、 マッキーを毎日連れて行った公園のベンチに座り 三人で食べた。 あの頃食べたかったおでんは、本当に美味しかった。 それから、タコ焼きや、焼鳥を食べ お肉屋さんやお菓子屋さんで買い物をし 妹の夫に靴を買ってもらった靴屋さんで 安いブーツを買って、帰って来た。 途中、昔住んでいたアパートを見に行ったら そこはまだ取り壊されずに建っていて、人が住んでいるようだった。 日当たりの悪いその部屋で、19歳の私は、赤ちゃんのマッキーと 知らない人ばかりのその土地で暮らしていたのだ。 幸せとはいえない時を過ごした場所なのに 今日は不思議と嫌な気分にはならなかった。 私達は穏やかな日々を暮らしている。 昨日の夜は、三人で近くの銭湯に行った。 私とマッキーとアツシ、争い事もなく、静かに穏やかに…。 ツヨシが居なくなって、その上、ツライ思いをするのは 堪らないけれど、私はこの穏やかな日々が 心の底では泣きたくなるほどイヤだと思う。 ツヨシが居て、私達は自由に言い争って 泣いたり笑ったりしていたのだ。 家に居れば家でケンカし、出掛ければ車の中でケンカした。 だけど、私達は四人だった。 騒がしく、楽しく、そして穏やかではなかった。 静かに穏やかに、私達は三人で暮らしていく。 だけど、本当に欲しいのは、そんな暮らしじゃない。
2007/12/24
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明日から三連休。 11日のツヨシの命日には家族が集まり、 ツヨシの友達がたくさん来てくれた。 こちらから何も連絡していないのに、そうしてちゃんと ツヨシのところに来てくれるキモチが嬉しかった。 お花やビールやタバコを持って。 その他の日にも、何人かの子たちが来てくれた。 昨日の夜も…。 でも…思う。 命日ってなんだよ、って。 居なくなってしまった日が、なんで「命の日」? これから先ずっと、私にとっては苦しいだけの日なのに。 さて、タイガーくんの体調がよくない。 一昨日、病院に連れて行って、点滴をしてもらい 薬をもらって飲ませ、昨日は少しよかったんだけど。 明日はまた病院に連れて行こう。 元気がないのは、見ていて本当にツライ。 早く元気になれ。
2007/12/22
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今日は本社。 明日、12月11日は、ツヨシが居なくなってしまった日。 三年の月日が経った。 もう三年?まだ三年? 確実に言えることは、三年が経ち、周りの人々との温度差が 大きくなったということ。 ツヨシが居なくなったばかりの頃、私は月日が経てば ほんの少しでも気持ちが落ち着くものと、 漠然と、そう思っていた。 少なくとも、今このときよりは、楽になっているだろう。 そんなふうに…。 毎日が地獄。三年経っても。 日々の暮らしの中で、瞬間瞬間、ツヨシがもう居ないのだと 思い知らされる。 買い物の時、例えば、マヨネーズが安かったとする。 あの頃なら、迷わずカゴに入れた。 まだストックしたモノが家にあっても。 ツヨシはマヨネーズが大好きだから。 今は、マヨネーズが安いな、と思う。 でも、買っちゃいけない、と思う。 ツヨシがもう居ないから…買っちゃいけない。 ツヨシが居なくなったばかりの頃、以前と変わらず買い続けていたら シンクのしたが、マヨネーズで一杯になった。 それを見たマッキーが、とても悲しそうな顔をした。 だから、買ってはいけない。 他にも、日々のごく普通の何ともないことが 私を苦しめ続けている。 そんな三年の月日。 ツヨシの居ない三年。
2007/12/10
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布袋さんのライブに行ってきた。 月末ということもあって、たぶん仕事の都合で行けないだろうと諦めていた。 でも、目標額に達したので、県民ホールに当日券があるか電話してみた。 果たして、当日券の発売があるとの返事。 そうなると、行きたい気持ちでいっぱいになり、 急いで家に帰って着替え、会場に向かった。 久しぶりの布袋さんは、やっぱりステキだった。 両サイドの男の人たちに挟まれ、充分に楽しんだ。 ラストの、予想外の曲に…涙、涙、涙。 そして、会場を出て、久しぶりの友との再会に、抱き合ってまた涙。 それから、みんなでご飯を食べて、帰って来ました。
2007/12/01
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更新。 PCが使えないので、携帯から書き込んでいます。 あれから…いろいろあった。 事務所が閉鎖になり、自宅を拠点に仕事をしている。 いろんなコトがあったけど、仕事だけの日々だったような気もする。 しばらくは携帯からの書き込みで、ボチボチ更新しようと思う。 ひっそりと…復活。
2007/11/28
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(先に「Aさんの思い・1」を読んでください)★亡くなった原因について、根掘り葉掘り聞かないでください。……それは、興味本位としか思われません。……Aさんが話してくる以外は、あなたから聞かないでください。★「いつまでも悲しんでいても、Bくんは帰ってくるわけじゃない」 「Bくんは喜ばない」「Bくんに心配かけないで」「成仏できない」 という言葉は、励ましになりません。★「Bくんがあなたを守ってくれる」という言葉は、決して 嬉しくありません。……母親である自分が、Bくんの命を守れなかったのに、……Bくんに守って欲しいとは、思っていないのです。★あなたの祖父母、父母の死と同じだと思わないでください。★あなたの子供が、もしBくんと同じ歳、もしくは同年代だったら あなたの子供の話は、極力しないでください。……とくにお祝い事は、報告程度にしてください。……「Bくんだって生きていたら」と思い、辛くなるのです。★あなたの喜びを、Aさんと分かち合おうとしないでください。……Aさんは、自分の人生に落胆しています。……ひとの幸せを喜べる心はなくしていまいました。……嬉しいことは、あなたと共に喜んでくれる人と祝ってください。★食べているか、寝れているか、と共に、 食べ過ぎていないか、寝過ぎていないか、聞いてあげてください。……この悲しみからの逃避から、明らかに食べ過ぎや寝過ぎの……人がたくさんいます。★言葉だけの励ましは、真実味を感じられないこともあります。……あなたがメールで「心配しているよ」「いつでも思っている」……と、何度送っても、言葉だけならそれは半分も伝わって……いないと思ったほうがいいでしょう。言葉に心が伴っているか……ちゃんとわかるものです。あなたのそばにいるAさんは、もう以前のAさんではありません。それをどうか忘れないでください。ここまで読んで、Aさんと距離をおきたいと思われても、それはそれで間違っていないと思います。ムリをして続けても、その人間関係はいつか破綻するでしょう。あなたには、元気なあなたの子供たちがいるのですから、Aさんの気持ちは、わかるはずはないのです。もし、このAさんの願いを忘れずにいて下さるあなたなら、きっとAさんの大事な大事な存在になるでしょう。
2007/04/30
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あなたのそばにいる私たち(仮にAさんとしましょうか)は、子供(Bくん)を亡くし、悲しみの中にいます。Aさんはまず、Bくんが居なくなってしまった大きな大きな喪失感を味わいます。姿が見えない、話すことも出来ない、どこに行ってしまったの?そして、Bくんが亡くなった時のことを思い出し、苦しみます。繰り返し繰り返し、思い出し、そして自分を責めます。母親として、彼の命を守るために、もっと何か出来たのでは?悲しみのその先にあるものは、実は人間関係の苦しみです。究極の悲しみは、夫婦、親子、親戚、友人との関係を大きく変えてしまいます。何気ない、悪気のない一言は、あなたが想像する以上にAさんを苦しめます。それでも、Aさんは笑っているかもしれません。薬に頼りながら、家の中で一人泣きながら、あなたの前では笑っているのです。これから書くあなたへのお願いを読んで、あなたがもし「そんなに気を使わなければいけないなら、面倒だわ」と思うのであれば、あなたはどうかもうAさんに係わらないで下さい。誰もあなたを責めません。「あなたへのお願い」は、Aさんの気持ちであり、子供を亡くした母親すべての思いです。もし、あなたのそばに、あなたの友人に、Aさんがいるのなら少しだけ、その思いをわかって欲しい。そう願いながら書いています。---------------→つづく
2007/04/30
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一日たりとも頭から離れぬ悲しみを抱え、それでも社会の一員として外に出て、多くの人と接する日々を送っていると、心に蓋をするのが上手になるようだ。話しているときには、心に蓋をしているから笑っていられる。ずっと蓋をしていられればいいけれど、その蓋は、一人になったとき、開いてしまい、私を苦しめる。その結果、私の心の蓋は、ちゃんと閉まらなくなってきている。今、私が口を開けば、このブログを書こうとすれば、消化したはずのことまで言わずにいられなくなってしまうと思う。それは「毒」となって、きっと誰かを傷つける。だから…。まことに勝手なのですが、しばらくブログをお休みさせて下さい。本当に勝手なのですが、よろしくお願いします。
2007/04/21
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↑抱っこされ、まったり中のタバサちゃん。今朝、会社に着いてゴミを捨てるため、裏道に行くと、事務所に遊びに来るネコちゃんが、横の家の門の上に座っていた。一瞬身構えたので「忘れちゃったの?ご飯あげたじゃん」と言うと、「!」という顔をして、思い出してくれた様子。鼻と鼻をつけてご挨拶して、歩き出すと、しばらくついてきた。そのあと、植え込みに入ってしまったのだが、ゴミを捨て戻って来たとき、先ほどの植え込みに隠れているのが見えた。私がそばまで来た瞬間、「バッ」と植え込みの中からまるで驚かせようとしたみたいに、私の前に出てきた(笑)。「ね、ビックリしたでしょ?」と言って、喜んでいた。上手く隠れているつもりだったみたい(笑)。可愛かった♪「またご飯食べにおいでね」と言うと、「気が向いたらね」だって。さて、朝方、ツヨシの夢を見た。私が誰も居ないはずの昼間に、家に帰る。でも、その家は、今の家でも以前住んでいたことのある家でもない。家の前に駐車スペースがあって、そこには枯葉が落ちていた。古いドアを開けて、家に入ると、人の気配がして、「あれ?誰も居ないはずなのに」と思う。すると、廊下の先から、中学の夏服を着たツヨシが歩いてくる。髪が短めで、背もそんなに高くない、まさに中学生のツヨシ。「あぁ、ツヨシ!退院してきたんだ?そうか、今日だったんだね。迎えに行けなくてごめんね」と私がそばまで行くと、ツヨシは、ニコニコ笑って…でも何も言わないの。「何か食べた?お腹すいてない?」とか「ツヨシの部屋、片付けてなくてごめんね。しばらくは、一緒の部屋で寝ればいいよね?」とか、私は嬉しくて、一人でずっと喋っているのだ。ツヨシはずっとニコニコ笑っている。そこで、夢はおしまい。現実のことのように、本当にリアルな夢で、だから、余計に悲しくなる。本当に、ツヨシが帰って来てくれたのかと思ったんだもの。
2007/04/16
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仕事中。 今日は県内でも田舎というか海の近くに来ていて、 「かまぼこ」とか「干物」とか書いたお土産屋さんが通り沿いにあって、 ちょっと旅行に来たみたい。 次の約束まで、ものすごく時間があいてしまい、今はファミレスで ランチを食べて時間つぶし。 月曜日からアツシのお弁当が始まった。 マッキーと全く同じサイズの特大弁当を、ペロリと平らげてくる。 すごい食欲。 前から書いているが、アツシは上の二人とはタイプがあまりにも違う。 中学生になって、どの部活に入るか迷っているアツシを見ると、 マッキーやツヨシは当然のように野球部に入り、 毎日真っ黒になって帰って来たよなぁ、と懐かしく思う。 スポーツが苦手なアツシは、もしかしたら文化部に 入るのかもしれないと思えば、同じ親に生まれても 違うように育つのだな、と複雑な気持ちがする。 だから、アツシには悪いが、つい「マッキーやツヨシのときは…」と 比べてしまうのだ。 お腹がいっぱいで、思い切り体を動かしてさえいれば、 たいていは機嫌がよかった二人は、実にわかりやすい子供たちだった。 私は今、タイプの違うアツシを前に、少々戸惑い気味なのである。
2007/04/11
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今日は午後からアツシの入学式だった。午前中は、みっちり仕事が入っていて、間に合わないんじゃないかとヒヤヒヤしたが、道が空いていたので助かった。アツシが入学した中学校は、マッキーやツヨシが通ったところではない。同じ学校だったとしても、二人が卒業してから何年も経っているから知っている先生はもう居ないだろう。アツシの担任になった先生は、マッキーたちの中学から今年転任してきた人だった。でも、私は名前を知らなかったので、きっと二人が卒業した後に来て、今年また転任になったのだろうと、アツシと話していた。「きっと兄ちゃんたちは知らない先生だよ」と。ところが、マッキーが帰って来てから聞いてみると、「いたよ、ツヨシが理科を習ってた先生だよ」という。こんなこともあるんだなぁ、と思った。違う中学で、ツヨシを知る先生がアツシの担任になるなんて。さて、前回の「訃報」の続き。母と一緒に、お通夜に行った。最後にお顔を見せてもらい、大泣き。前社長の娘で、現在の社長が「部長はずっと○○ちゃん(私)のことを、心配していたのよ」と言った。昨日の出棺の時間には、仕事を調整し、斎場の近くに車を止め、斎場の前の道の反対側から、見送らせてもらった。「ありがとうございました」と頭を下げた。マッキーやツヨシを、ご自身の孫以上に可愛がってくれた人だ。私たちの辛い時期を知っている人である。私を呼ぶ声を、もう一度聞きたいと思う。
2007/04/05
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しばらく更新できずにいました。もう四月です。横浜の桜も満開。さて、さっき母から電話があり、私と母が、以前勤めていた会社の、当時の部長が亡くなったという。明日、お通夜に行く。5年弱、その人の下で働いた。まだ創立したばかりの会社で、軌道に乗せるため、みんなが一生懸命だったあの頃。最年少だった私を、部長は特に可愛がってくれた。あれは、忘年会か何かの飲み会の日だった。終業時間になってから、急な仕事が舞い込んだことがあった。その時、部長は外出中だった。「誰がその仕事に行くか」ということになって、私と、Iさんというおじさんが「私たちが行くよ」と申し出た。準備して、外に出た時、部長が帰って来て、急な仕事が入り、私たちが行くことを知ると、「そうか、行ってくれるのか?さっすが、○○ちゃん!(私のこと)」と、そう言って、送り出してくれた。ツヨシの葬儀の時には、本当にお世話になった。最後に会ったのは、そのお礼に会社に行った時だった。その頃には、ほとんど会社に来ることもなかったのに、その日はなぜか、会社にいて、私と母にお茶を入れてくれた。歳を重ねるということは、こういうことなんだな、と思う。何年もの間、毎日そばにいた人が居なくなる。こうした悲しみを、これからどのくらい味わうのだろう。もう会うことも、話すことも出来ない。今は、ただ呆然と、涙が溢れるばかり。明日行く斎場は、ツヨシの葬儀を執り行ったところだ。それも、とても不安。
2007/04/02
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今日、アツシが小学校を卒業しました。卒業式で、驚いたことがふたつ。ひとつは、平日にもかかわらず、たくさんのお父さんが来ていたこと。エーッ!わざわざ休んで来たの?それとも、私みたいに午後から出勤するの?にしても、休めるんだ?ちょっとビックリ。まさか全員自営じゃないよね?もうひとつは、卒業生の女子の何人かが、袴姿だったこと。マッキーやツヨシの時は、ひとりも居なかったよ。お金かけてるんだね~。たかが小学校の卒業式なのに。で、思った。女の子の親って、こだわるんだよね。「晴れ舞台」にしたがる。男の子は、みんな同じようなスーツで、誰が誰だかわからないのに。ま、アツシも髪はワックスとスプレーで立ててやったけどね(笑)。アツシは、本当にたくさんの人に可愛がられ、大きくなった。だから、卒業式の写真を、いろんな人にメールで送った。ありがたい、と心から思う。感謝の気持ちでいっぱいだ。ひとりで育てている、なんて、思い上がってはいけない。卒業式の今日、そう思った。会長にも、「おかげさまで卒業させることが出来ました」とお礼の電話をした。感謝の気持ちを忘れたら、私などは、ただのバカになってしまう。私を雇い続けてくれる会社があったればこそ、今日の日を迎えることが出来たのだ。夜は、母と姉が、お赤飯やケーキを買ってきてくれて、お祝い。そんな感謝の一日。卒業式に穿いたズボンに、アツシはツヨシのベルトを締めて行った。
2007/03/20
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昨日は、誕生日でした。前日に友達がプレゼントを届けてくれたり、お祝いのメールを頂いたりしました。休日が誕生日というのは、本当によくない。休みの日は、普段でも気持ちが落ち込みがちであるのに、誕生日が重なったのだから、最悪である。41年生きてきた。あと何年生きるんだろう?何のために生き続けるのだろう?子供たちのため?だとしたら、あと何年、子供たちのために生きればいいんだろう?なんで、私がこんな思いをしなきゃいけないんだろう?たぶん、ひとより頑張って生きてきたはずだし、今だって、たぶん、ひとより頑張って生きているはずだ。でも、なんのため?家族が、子供たちが、タバサが、周りの人たちがこれ以上悲しまないため。自分の幸せのためじゃない。
2007/03/18
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ユーミンのCDを買った。ユーミンの数多くの曲の中から、春と夏の季節にちなんだ32曲が収録されている。最近は聴いていなかったが、ほとんどの曲を知っていて、流れる曲と一緒に、ちゃんと歌うことが出来た。懐かしくて、思わず涙が出る。「まぶしい草野球」や「最後の春休み」「悲しいほどお天気」など好きな曲がいっぱいだったけど、特に大好きな「月夜のロケット花火」が入っていたのが嬉しかった。以前に書いたことがあるが、私がユーミンを好きになったのは、高校の頃に付き合った人が、ユーミンを好きだったからというありがちなものであった。ユーミン好きの彼(Yクン)は、ユーミン好きらしくサーファーだった。付き合った期間は、そんなに長くなかったのだが、その後も、私は、Yクンのことがたぶんずっと好きだった。そして、月日は流れ、私たちは再会した。私はすでに結婚して、二人の子の母親になっていた。元夫と一緒に行ったお店で、Yクンが働いていたのである。それから、時々電話で話したり、共通の友達みんなで飲んだりした。私は子供たちを連れて、もちろん元夫には内緒で。Yクンのお母さんにも再会できて、嬉しかった。私たちの会話には、頻繁にユーミンの曲が登場し、「今の気持ちは、あの曲のこの部分」と言ったりし、それがどんな言葉より、気持ちを上手に伝えることが出来たのだった。私がYクンの留守番電話に「魔法の鏡」を歌ったときには、「オレ、泣いちゃったよ」と、Yクンは言った。「またいつか会えるよ」と言って、私たちは会うのをやめた。私の携帯には、今もYクンの携帯番号が登録されていて、番号を変えていないのなら、いつでも話すことは出来るだろう。でも、電話しない。偶然の再会、邂逅でなければ意味がないのだ。たぶん、ユーミンのCDを、Yクンも買っただろう。彼の好きな「DANG DANG」も収録されているのだから。Yクンには、幸せでいて欲しいと願う。 こんなにいい曲を作るユーミンを 罪つくりだと、あなたは言った そうね こんなに涙がでちゃうんだもの だけど あなたを想って涙がでちゃうんだから あなたがいちばんの罪
2007/03/12
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↑今日夕方のうちの富士山。昨日のお昼過ぎ、母が夜勤明けでうちに来た。アツシと二人で散歩に行き、ご飯を食べてきたらしい。母は仕事柄、毎日寝たきりのお年寄りを見ている。「なんでだろう、と思っちゃうんだよね」と言う。高齢のお年寄りが、何年も何年も寝たきりで、それでも生き続けていられる。それなのに、ツヨシは…。病気になって、一ヶ月ちょっとで居なくなってしまった。なんでだろうと、いつも思うのだ、って。私は、ツヨシが居なくなってしまうまで、頑張って生きていれば、幸せになれると信じていた。幸せは、努力すれば得られるものだと、信じて疑わなかった。事実、私たち親子は、そうやって小さな幸せを手にしたのだから。でも、そうじゃなかったのだ。どんなに努力しても、どうにもならないことがあると知った。どんなに頑張っても、もう幸せになれない。それなのに、これからも私は頑張り続けなければいけないのだ。なんのために?ただ生き続けるために?もう幸せになることはないのに…。ツヨシに会いたいよ。
2007/03/11
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↑タイガー氏のアップ。最近、タバサちゃんに負けないぐらい、抱っこが好きになった。だけど、とっても重たい(笑)。さて。私は、忙しがるのが好きじゃない。例えばものすごく忙しい日でも、ひとの前ではそう見えないようにする。それは、私自身が、「忙しい、忙しい」という話を聞くのがキライなせいかもしれない。「アレもやって、コレもやって、本当に忙しくてバタバタしてるよ」と言う人は意外に多いが、聞いていてあまりいい気はしない。忙しがらないと、私が楽に見えるらしい。余計に、自分の忙しさを話される。確かに、私の仕事は、人間関係は楽かもしれない。事務所に私以外の人間はいないから、うるさく指示されることがないし、自分の一日の行動は、自分で決めるから、自由といえば自由だ。家に帰っても、夕飯のおかずに文句をつける夫がいるわけでもない。要するに、すべてが自分の責任なのである。だから、楽そうに見えても、頭の中では、今日の売上げを計算しているし、仕事の順番を常に考えている。事務所を出たとたんに、今度は夕飯のメニューを考える。それでいて、何も考えてないような顔をしていたい。そんな顔をしているから、楽だと思われ、忙しい話を聞かされる。悪循環だ…。また、なぜか私は、人から羨ましがられることが多い。特にマッキーのこと。「優しいよね、いいなぁ」と、何度言われたかわからない。そのときに、私は思う。忘れてない?私は子供を亡くし、マッキーは弟を亡くしているってこと。確かに、マッキーは優しい。それは、たぶん、自分が悲しい想いをし、そしてまた、悲しい想いをしている私を可哀相だと思っているから。もし、ツヨシが今も元気でいてくれたなら、マッキーはこれほど優しくはなかったし、私は、優しい子供が一人もいなくても、構わなかった。好き勝手なことばかりしていても、みんな元気でいてくれたなら、それに勝る幸せはないのだ。だから、私を羨ましがらないで欲しい。マッキーと自分の子を比べないで欲しい。マッキーの優しさの奥には、深い悲しみがあることを忘れないで欲しい。
2007/03/10
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昨日から、マッキーは夜勤。今日も、暗くなってからお弁当を持って、仕事に出かけた。昼間に寝なければいけないのに、今日は選挙カーや焼芋屋さんが来てとてもうるさかった。早いもので、もう三月。誕生日月なので、今月で、41歳になる。だからといって、何も変わらないのだけど。
2007/03/03
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今日は会議のため、朝から本社へ。着いてすぐ、会長に挨拶をすると、「しばらくぶりに会ったら、なんだかキレイになったんじゃねぇか?」と言う。ひとしきり笑ってから、「そんなこと言っても、何も出ませんし、売上げも伸びませんよ」と返す(笑)。お昼を食べているときも、営業の部屋でみんなで大笑い。そうやって、楽しい雰囲気のなかにいると、「早起きしなければいけなくても、来てよかったなぁ」と思う。今日の朝は、時間がなくて、アタフタと出かけたので、マッキーのお弁当に、フリカケを入れるのを忘れてしまった。帰って来て、気が緩んだのか、目の前を通る救急車のサイレンを聞いただけで、涙があふれてしまった。少し、情緒不安定なのかもしれない。
2007/02/28
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最近、アツシは、私に何か注意されたりすると、「ドンマイ」と言う。ちょっとふざけた感じで。それが、ツヨシにそっくり。本当にそっくりで、驚く。さて。マッキーは、あまり日本語が上手く使えないようで(笑)、なんでもかんでも「やべェよ」で済まそうとする。例えば、今行っている現場の話をしているとき。現場は、大型ショッピングセンターと映画館を作っているところで、「今、行ってるところ、マジやべェよ」と言う。この際の「やべェ」は、「出来上がったらすごく面白そう」という意味らしい。専門店が何百も入って、それが「やべェ」らしい(笑)。話をしていると、そうやってちゃんと説明してくれないので、私の頭の中で、「何を言いたいのか?」想像をしなければならず、とても疲れる。職人を始める前、私の会社で一緒に働く話があったのだが、今考えてみると、営業をやらなくてよかったなぁ、と思う。現場で「ホントこれ、マジ、超やばいッスよ」なんて言っていたかもしれず、ちょっとゾッとする。ちなみに、この際の「やばいッス」は、「すごくいいですよ」という意味。で、その「やべェ」ほどのショッピングセンターが出来上がったら、私の大好きな道は、きっといつも大渋滞になって、もう通ることはできなくなるんだろうな、と思えばちょっと淋しい。
2007/02/26
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花粉症の季節がきて、例年通りアツシはもうすでに重症。薬を飲んではいるのだが、昨夜は辛くて寝られなかったようだ。鼻も目も耳も痒いようで、見ていて本当に可哀相。どうにかならないものだろうか?さて、「壬生義士伝」と一緒に借りてきた「天国までの百マイル」。これも、原作は浅田次郎さんである。あまり期待していなかったのだが、これはよかった。原作通りで、感動し泣いた。ただ、ひとつだけ違ったのは、原作本では主人公のやっちゃんは、前歯が抜けていて、たどり着いた病院の先生に「お母ちゃんのことより、お前はまず歯を治せ」と、言われたと思う。「オレは歯が抜けてるヤツが信用できない」とか言ったような…。やっちゃん役の時任三郎さんは、歯は抜けていなかったし、ちょっと格好良すぎた(笑)。もう少しくたびれた感じが欲しかったかな。それでも、期待していなかったぶん、本当によかった。レンタルビデオ屋さんに、久々に行って見ると、「これは見たな」と思うものが結構あった。で、そこで「あぁ」と思う。そうだ。みんなツヨシが借りてきてくれたんだった…。借りてきたものは必ず「これ見る?」と私に聞いてくれた。また、借りに行って、人気の新作がたまたま残っていたりすると「今なら借りられるけどどうする?」と電話をくれたりした。あれもこれも…みんなツヨシが借りてきてくれた。それと…私はいまだにビデオの録画が出来ない。ずっとツヨシに頼んでいたから。
2007/02/25
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今日は、母の誕生日。64歳になった。母のことを書こうとすれば、話はいくらでもあるのだが、今日のところはやめておこう。ともかく、64歳になった。さて、浅田次郎さんの「壬生義士伝・上下巻」を読んだ。読んで涙が出るほど感動し、映像で見たいと思い、映画化されたDVDを借りてきて、ワクワクしながら見た。やっぱりムリだよなぁ、と思った。上下二巻ぶんの長編を、二時間ちょっとでまとめるのはやはりムリがある。ただ、主人公・吉村貫一郎役の中井貴一さんが、本当に適役で、私のイメージ通りだったのが、嬉しかった。浅田次郎さんは、ご自分の本が映画化されることに関して、「映画は監督さんの作品」とし、原作とは別のものと言う。今回はそれをイヤというほど痛感した。もし、映画「壬生義士伝」をご覧になり、「イマイチだったなぁ」と思った人がいらしたら、原作本をぜひ読んで頂きたい。でも、もしかしたら、映画を先に見ていたら映画「壬生義士伝」は感動モノなのだろうか?本は相変わらず読み続けているのに、感想を更新できないでいる。重松清さんの「送り火」の中に「かげぜん」という話がある。かげぜんというのは、亡くなった人のために用意する食事のこと。幼稚園の息子を亡くした夫婦の話である。子供のお友達の親が「親切心」で言った言葉に、悲しみを深くする姿が、「まさにその通り!」で、泣きながら読みました。 会いたくて 会いたくて 涙の海 ひとり漕ぎわたる どこまでも どこまでも あなたの声 聞こえてきそうで (コブクロ)
2007/02/24
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まただ…。親のせいで死んでしまった子供のニュース。1歳7ヶ月も三男と、4歳の長男を家に残し、交際相手の男のところに行っていたという。しばらくぶりに戻ってみると、三男が亡くなっていた。保護責任者遺棄致死なんかじゃない。そんなに甘いもんじゃない。これは殺人だ。母親は21歳。確かに若い。でもそんなことは、なんの理由にもならない。子供たちにとっては、ただ一人の母親なのだから。4歳の長男は元気でいるのか、それも気になるが、すでに亡くなっている次男のことも、気に掛かる。亡くなった三男。1歳7ヶ月といえば、可愛い盛りである。きっと「ママ」と呼ぶことは出来ただろう。やりきれない。この子が生き続けるための術は、きっと何かあったはずなのに。母親が「育てきれない」と相談に行った児童相談所が手を差し伸べていたら?母親と一緒にいた男が「お前、子供大丈夫なのか?」と言っていたら?様々なことを考えてはみても、もう遅い。私たちのように、どんなに泣き、嘆き、望んでも、子供を取り戻すことが出来ない母親がいるというのに、その母親のように、身勝手な行動で子供の命を奪う母親もいる。やりきれない、本当に。今日、ふと思った。私は、ツヨシが居なくなって、例えば、周りの人たちや、あるいはこのブログで辛いの悲しいの淋しいのと、言葉にすることが出来る。だけど、ツヨシは?私は生き続けていて、マッキーたちや母や姉、妹、友達、一緒に泣いてくれる人たちがいる。だけど、ツヨシは?ツヨシはもう、何も言葉に出来ないし、一人で淋しいのじゃないか?そう思ったら、涙がとまらなくなった。入院中、私に「淋しいから早く来て」とメールを寄越していたぐらいの淋しがり屋なのだ。そんな思いをさせているのだと思ったら、胸が苦しくなった。今回の事件の三男も、誰にも何も伝えることは出来ない。名前も知らないその子に伝えることが出来るなら、「ツヨシっていうお兄ちゃんがいるから、ね」と言いたい。たぶん、キミが泣いていたら「おう、どうした?」と話し掛けてくれるよ。きっとキミが笑えるように、一緒に遊んでくれるよ。そう考えてみても、やっぱりやりきれない…。
2007/02/21
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昨日の土曜日は、職人さんに「どうしても」と言われ、休みを返上して配達に行った。職人さんの仕事が止まってしまうことを考えたら、仕方が無い。さて。以前にも書いたことがあるが、わが家では、玄関マットをレンタルしている。誰でも知っている、大手のお掃除レンタルの会社である。わが家では、以前は様々なものをレンタルしていたのだが、いろんな問題があって、現在は玄関マットだけ。その金額が安いこともあって、前の担当者Aさんは、たびたび「先月は集金できなかったので」と、次の月に2ヶ月分払わなければいけないことがあった。それが度重なって、私は怒った。私のいない平日に、マット交換に来て、これまた私のいない時間に、留守電にしきりに「電話をください」と録音する。私が帰宅した時間には、その会社はもうやっていないのだ。たった一回、私の在宅している夜に、電話をくれるだけで、こうした問題はなくなるのに、である。なにより、集金は立派なあなたの仕事でしょう?と思うのだ。少額だから、2ヶ月分になってもいいというのは、Aさんが決めることじゃない。で、担当者を変えてもらった。「責任を持ってやらせて頂きます」そうBさんは言った。ところが、たった二回来ただけで、また担当者が変わるという。当然、私は怒った。「あなたの責任感は、たった二回分ですか?」と。彼女が言うには、土曜日専門の人が新たに決まったのだという。その人に、なるべく多くのお客さんを持たせたい、とも言った。私は言った。あなたたちは、お客さんのほうを向いてない。会社や、仕事仲間のほうに向いている。もし、会社から話があったとしても、「○○さんは、いろんな経緯があって、私が責任をもってやらせて頂くと言ってある。あと何ヶ月かは引き続き私に受け持たせてください」と、言ったなら会社だって「ダメ」とは言わない。あなたは、会社にそう言ってみたの?と聞いた。Bさんは、「すみません、言っていません」と言う。お客さんが買い物に来る「お店」とは違い、自分がお客さんを持つ「担当者」となる仕事は、確かに大変である。その代わり、お客さんとの繋がりは、自分の努力しだいで太く深くなり、そこが楽しくもあるのだ。私が前の会社に居たとき、電話の向こうで怒る職人さんに、「これからは私が責任を持ってやらせていただきます」と、今回のBさんと同じように言ったことがある。それから何年経っただろう。その職人さんは、会社を移った今でも、私のお客さんである。Bさんの上司から電話が来て、結局は担当者は変わらないことになった。当たり前だ。仕事とはそういうモノだ。私より年上のBさんに、それを教えるのは、私や他の客ではなく、本来は会社でなければいけない。
2007/02/18
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今日はバレンタインデー。例年通り、前日の昨日から職人さんたちにチョコを配った。「今日は何人で来てます?」と聞いて、人数分渡す。いったい何人に渡したか、いくらかかったのか、わからない。みんな本当に喜んでくれる。会社に配達の時には、事務員さんたちにも食べて貰えるように、大きな箱詰めのモノを選ぶ。これで仕事がやりやすくなるのだ。女性に嫌われたらキツイ。そんな感じで、毎年恒例の「義理チョコ配り」は終わった。さて、夜には、K子ちゃんがツヨシにチョコを持って来てくれた。今日は仕事がお休みだったらしく、手作りチョコだ。ツヨシが居なくなって、三回目のバレンタイン。ツヨシと一緒にバレンタインを過ごすことは一度もなかったのに。そんなK子ちゃんがいじらしくて、そしてかわいそうになる。いつか、ツヨシと同じぐらい、ツヨシよりもっとK子ちゃんが誰かを好きになる日がくるだろうか?そうならなければいけない…いつかは、本当に。K子ちゃんは、誰より幸せになる権利があるのだから。
2007/02/14
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昨日、アツシは私の母と久々のデート。映画「バブルへGO!!」を見てきたようだ。アツシが最近ずっと「見たいなぁ」と騒いでいた映画なので、よかったぁ、これで静かになる…と思っていたら、阿部寛さんや、広末さん、また映画のCMを見るたびに、内容をチョコチョコ説明してくる。お土産に買って来てくれたドーナツを食べながら、母とお互いの仕事の話をした。以前、書いたことがあるが、私が20代のころ、母と一緒に仕事をしていたことがある。そこで、母の仕事に対する姿勢を学んだ。どこでも、誰にでも、気配りを忘れない。だから、母を悪く言う人は居なかったし、私が母の娘だとわかったとたん、それまでの態度が一変した人が確かにいたのだ。「あぁ、そうだったの?○○さんの娘さんなの~?」と、声までが優しくなる。私たちが勤めていた会社の社長でさえ、私のことを「娘」と呼ぶので、「私は娘っていう名前じゃありません」と抗議したりした(笑)。そんな母が、立場が弱いというだけで、今の仕事では、正統に評価されずにいる。それが私には悔しいのである。母が仕事を辞めた暁には、文句を言いに行ってやろうかと密かに思っているのだが(笑)。さて。昨夜、初対面の人が、私の知り合いの人と一緒に訪ねてきた。私の家のことを詳しく聞いていなかったのだろうが、しきりに「立派な息子さんが二人もいて…」と言う。早く帰ってもらいたかったので、適当に返事をしていたが…。私の息子は二人じゃない。なんだよ、二人って。なんで、ツヨシが「居ないこと」になっちゃうんだよ。だから、知らない人に会うのはイヤなのに!ツヨシは18年も私のそばにいたのだ。今、居ないからって、居なかったことにしないで欲しい。
2007/02/12
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三連休の初日。仕事の電話が何件か掛かってきたものの、相変わらずダラダラと家の中で一日を過ごし、夕方の早い時間に、ゆったりとお風呂に入った。髪を染めた。ほんの少し茶色。最近はずっと染めないでいたのだが、ここのところ白髪が増えてきてマッキーには「仕方ないよ、歳なんだから」と言われる始末。そうは言っても、気になる。ツヨシは、よく髪染めを手伝ってくれた。その頃は、ブリーチだったのだが、自分で見えない後ろの髪はツヨシがやってくれた。そうやって、何かをするたびにツヨシを想う。一日に何度も何度も。休みの日は、ネコたちが何度も抱っこして欲しがり、私のところにやってくる。私が家にいるのが嬉しいのかなぁ、と思うと可愛くなる。
2007/02/10
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今日はお昼頃、都内の現場へ。昨日、ある職人さんから電話があって、「注文したのと違うものが届いている」と言って怒っていた。しかし、どう調べてもこちらに間違いはなく、それを説明してもさらに怒鳴り散らし、話にならない。で、今日会いに行ったというわけ。怒っているとわかっている人の所へ行くというのは、気が重い。何より、こちらに落ち度はなく、言いがかりに近い話なのだ。やっぱりすごく怒っていた。正当なクレームに関しては、丁重にお詫びをするけれど、今回は確認と説明だけをして、一切謝らなかった。こちらには、そうするだけの根拠があるのだ。毅然とした態度も、時には必要。心の中で、ここには書けない悪たれをつきながら、帰って来ました。家に帰って来たら、アツシが「塾に行きたい」という。パンフレットを見てみると、なるほどいい塾のようだ。しかし…授業料が高すぎる。私は、アツシに「ごめん、行かせてあげたいけど、ムリだよ」と謝った。本人が行きたいというのだから、出来ることなら行かせてやりたい。でも、私の給料の10分の1以上の授業料は、やっぱり払えない。それも全部アツシに説明して、「本当にやる気になったら、今、通っている公○式でだって頑張れるんじゃないかな?」と話すと、「わかった」と言う。親として情けない思いは確かにある。だけど、精一杯やっているつもり。マッキーは毎朝早く起きて仕事に行き、私は今日みたいに大の男に怒鳴られながら、精一杯。それは、アツシだってわかってくれるはずだ。そう思わなかったら、やっていけない。
2007/02/08
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今日は事務所でデスクワーク。お昼頃になって、最近よく見かけるネコちゃんが、遊びに来てくれた。人懐っこいわけでもないのだが、事務所に平気で入ってくる。「ちょっと待ってて」と言って、コンビニでキャットフードを買って、戻ってみると、もう居なくなっていた。ガッカリしていたのだが、しばらくすると、少しだけ開けておいた入り口から、事務所に入ってきたので、ご飯をあげたら、お腹が減っていたらしく、すごい勢いで食べていた。お腹がいっぱいになったら、少し事務所の中をうろうろし、またどこかへ行ってしまった。家に帰って来て、うちのネコたちに「今日ね、ネコちゃんが来たんだよ」と報告したら、とくに興味がない様で、聞こえないフリ(笑)。また、遊びに来てくれるかな?さて。このごろ、ずっと考えていること。ツヨシの入院中のカルテを開示してもらおうか、と。そうしたからといって、何が変わるわけではないのだけど…。心のどこかで、いつも思う。「あの病院じゃなければ、こうならなかったのではないか?」あの先生は、ツヨシの命を救うことを、途中から諦めていたように思う。少なくとも、精一杯やっているようには見えなかった。だからといって、どうすることも出来ないし、何より、ツヨシが帰って来てくれるわけじゃないのだけど。
2007/02/07
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昨日の夜は、友達が来て、うちで飲んだ。彼女の息子(Yクン)と、マッキーが一緒に仕事から帰って来て、その後、今は別に暮らしている、Yクンのお兄ちゃん(Nクン)が、年上の彼女を連れてやって来て、賑やかだった。Yクンたちが帰り、マッキーが寝てしまって、私たちは、三時半まで飲んでいた。そのあと、ご飯を炊いてマッキーのお弁当とお握りを作り、五時に就寝。マッキーが出かけたのも気付かなかった。昨日、マッキーとYクンの現場は渋谷で、「江頭2:50を見たよ」と大騒ぎ。なにかイベントをやっていたようで、お約束の布袋さんの「あの曲」がかかっていたらしい。マッキーは明日も仕事。ってことは、明日もお弁当だぁ…。
2007/02/03
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★布袋さんの45歳のバースディ★今日は、チョコケーキが売ってなかった。他のお店に行く時間もなかったので、生クリームを買ってきた。さて、今週からマッキーの現場が変わって、出かける時間が少し遅くなったので、私の起きる時間も一時間ぐらい遅く、5時半になった。この一時間の差は大きい。最近、強く思うこと。「男のおしゃべり」はイヤだな…。相手の反応とか、興味に関係なく、自分の喋りたいことをず~っと喋り続ける男の人って、意外に多いのだ。面白くもないことを、延々と話していると、つい「うるさい!」と言ってやりたくなる。喋るだけで、会話になっていない。ちょっとウンザリする。
2007/02/01
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今日の会議は、とても穏やかな感じでよかった。部長が「○○さん(私のこと)が居るだけで、会社の雰囲気がふんわりと柔らかくなる気がする」と、ボソッと言った。なんだかちょっと嬉しかった。
2007/01/30
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今日は会議のため、朝から本社。 いつものように早く着いて、時間を潰しているところ。 途中、高速で横転している車を見た。 まだ事故ったばかりみたいで、警察も来ていなかった。 事故をあまり見かけないので、ちょっと怖くなった。 さて。 子供達がまだ小さく、私が化粧品の営業の子供達を 預かる託児所で働いていた頃、近所にちょっと素敵な女性がいた。 平日はきちんとお化粧をし、長い髪を綺麗にまとめ、 ミニクーパーに乗って仕事に出掛けて行き、 休みの日は、ノーメイクで髪も長いまま、子供と一緒に 近くの店で買い物をしていた。 その「落差」がかっこよかった。 その頃は、車の免許も持っていなかった私には 彼女が輝いて見えた。 いつか私も、と、極貧生活のただ中にいた私には夢のような目標を持ったのだった。 彼女のように輝いているかは別として、 私は彼女のような生活になった。 ミニクーパーではなく、ワゴンRに乗って、お化粧をして 毎日仕事に行く。 あの頃の夢は叶ったけど、私は今、戻れるなら 彼女に憧れていたあの頃に戻りたいと思う。 美容院にすら行けず、誰かのお下がりの服を来て、 財布には小銭しか入っていなかったあの頃に。 だって、そのみすぼらしい私の隣には、 ツヨシが居てくれたのだから。 そんなことを、ふと考えていた朝だった。
2007/01/30
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今日は夕方から、近くの銭湯へ行った。写真は、お風呂から出た後に、軽食コーナーで食べた「冷奴」。アツシは豆腐が好きなので「美味しい」とご満足。わが家の近くの「S湯」という銭湯は、いま流行の「スーパー銭湯」ではない。値段も、大人が430円と安い。小さいが、泡風呂や薬湯、露天風呂もあり、私は利用しないけど、サウナもある。スーパー銭湯のように、押せば適温のお湯が出るカランではなく、昔ながらの、お湯と水を両方出して、自分でお湯を調整するモノだ。洗髪用のシャワーは、固定されている。そして、一番大事なこと。「ケロリン」の黄色い洗面器がある(笑)。駐車場があるので、私たちが今の家に越してくる前のように、車で、遠くから来る人も多いようだ。歩いていけるところに、こうした銭湯があるのは嬉しい。わが家では、「S湯に行こう」と言えば、下着とタオルさえ用意したら、すぐに出れるような、S湯用のお風呂セットが準備されている。マッキーが赤ちゃんの時、住んでいたアパートにはお風呂がなく毎日銭湯に通っていた。内風呂がある家に憧れた。たまに遊びに来る妹が、入浴剤を買うのを見て、「いいなぁ」と、羨ましく思ったりしたものだ。次に住んだ家は、お風呂はあったがシャワーがなかった。小さかった子供たちと、賑やかに入ったお風呂だった。次に住んだアパートは、シャワーがあった。子供たちは、シャワーにすごく喜んだ。そして、前に住んでいた二階建ての一軒家では、最新式の給湯システムで、ご親切に「お風呂が沸きました」と言って、お知らせしてくれた。女性の声だったので、よく「ホラ、おばさんがお風呂沸いたって言ってるよ」と、言って、ツヨシとふざけていたものだ。「サッサと入れって、おばさんが怒ってるよ」なんて言って。今の家は、浴槽がちょっと大きい。そうやって、引越しをするたびに、私たちの家のお風呂は立派になった。そして、あの頃に憧れた内風呂があるのに、私は、お金を払って銭湯に行く。ささやかな、430円の贅沢である。
2007/01/27
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この前の日曜日、マッキーにも一緒に行ってもらい、アツシの中学の制服の採寸をしてもらってきた。以前は、学ランの制服だったのに、ブレザーに変わっていて、しかも、ネクタイがない。何となくしまりがなくて…。子供たちに甘えていると感じる。土曜日は布団に丸まっている時間が長く、本当は行かなければいけない所があったのに、マッキーとアツシが二人で出かけて行った。日曜日は、制服の採寸の後、みんなでスーパー銭湯に行った。ツヨシが居なくなってから、私は子供たちに甘えている。マッキーは、どこまでも優しい。一生懸命に生きている。そんなマッキーに申し訳なく思う。同じ歳の子たちは、勝手気ままに暮らしているのに、私が腑抜けのようになっているから…ごめんね、と思う。でも、やっぱり、ツヨシがいない現実は辛い。
2007/01/24
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言葉は、時に刃物になる。それは、例えば心が元気なときや、何もないときであれば、聞き流せる言葉だったとしても、そうじゃないとき、一生忘れられない、生涯残る傷になる。風見しんごさんの娘さん(えみるちゃん)が亡くなり、テレビで流される様々な人のコメントに、「あぁ、この人たちは自分が残酷なことを言っていると思っていないんだな」と思う。最初にそれを言ったのは、フジテレビのOというアナウンサーだった。「私にも同じ歳の娘がいます。昨日、寝顔を見ながら考えましたよ。もしこの子が同じ目にあったら…たぶん、おかしくなってしまうでしょう」「自分の身に置き換えたとき」といろんな人が言った。自分の子供だったら…頭がおかしくなってしまう。自分の子供だったら…風見さんのように、振舞えない。自分の子供だったら…。それを言った人は、その言葉の残酷さを知らない。自分の子供だったら、と考えた後に、どう思った?「あぁ、うちの子じゃなくて良かった」そう思ったはずである。あそこで話しているのは、風見さんじゃなくて、自分だったかもしれない、と考えた後に、思わなかったか?「あぁ、自分じゃなくて良かった」そう思ってしまうことを、責めることは出来ない。親として当たり前だからだ。私みたいなタイプは、特にそう思うであろう。ただ、口に出すな!と言いたいのだ。自分の身に置き換えて、なんて言わなくていい。その子供は元気なのだから。生きているのだから。ただただ、えみるちゃんのことを想ってコメントすればいい。えみるちゃんのことだけを、偲べばいいはずなのだ。風見さんのことも同じである。自分の身に置き換えるな!と言いたい。きっとその人が想像する悲しみや苦しみを、はるかに超えたモノだから。ただただ、風見さんの体を案じてあげればいいのだ。一昨日の夜、娘さんを亡くした友達から電話が掛かってきた。マッキーの初恋の相手(Aちゃん)のお母さんである。Aちゃんのお姉ちゃんを亡くして、9年。今も、周りの無神経な言葉に、心を傷つけられている。悪気がなければ何を言ってもいい、なんてことは絶対にない。悪気がない=罪がない、それは違う。なぜなら、言ったほうは忘れてしまっても、言われた人は、その言葉を、そして言った人を一生忘れない。一生分の罪なのである。言葉なんていらないのだ。風見さんも、Aちゃんのお母さんも、私も。ただ、えみるちゃんや、Aちゃんのお姉ちゃん、ツヨシを、忘れないでいて欲しい。忘れずにいて、「忘れてないよ」という態度をしてくれたら、それだけでいいのだ。
2007/01/22
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ネコの話をしよう。(またかよ!)私が大人になってから、一緒に暮らしたネコは三匹。現在、うちにいるタバサとタイガー、そして、平成13年に亡くなったサマンサという名前のネコ。サマンサは、ステキな名前なのに、呼びにくいという飼い主の勝手な理由により、「サマコ」と呼ばれていた。タバサより少し茶トラの部分が多い、体の小さいネコだった。アツシが生まれてからしばらく経って、買い物の帰りに車のタイヤの上で鳴いているところを、確保したのだった。二回引越し、そのたびに家が広くなっていくのに外で遊ぶのが好きで、サッシの窓も鍵さえ掛かっていなければ、足を踏ん張って、両手を使い、開けて外へ行ってしまう。昼間、家に居ても、誰かが帰宅すると、待ち構えていたように、ドアからサッと出て行ってしまうのだ。気の強い性格。そして、祖先は家柄が良かったのか、気位の高いネコだった。キレイ好きで、年中体を舐めていて、例えば私が撫でたりすると、「ちょっと!勝手に触らないで」と言い撫でたところを、汚いものが付いたみたいに舐めていた。タバサちゃんのように、デレデレと甘えることは全くなく、私が仕事から帰り、家までの道を歩いていると、子供たちが帰って来たときにでも、外へでたのだろうと思うがサマコが遠くから私を見つけ、「!」という顔をして走ってくる。途中まで走ってくるのだが、少し手前で走るのをやめ、「私、走って来てなんかないわよ」「あんたが帰って来たからって、喜んだりしてないわ」という顔をする。で、また姿を消し、玄関に私がつく頃には、もう家の前にいて、「遅いじゃない!」と文句を言う。また、仕事に出かける朝は、何とか家に入らせようと、高いところに座っているサマコを見上げながら、「サマコちゃん、お家に入りなさい」と、私がいくら呼んでも私のほうは一切見ないで、知らん顔する。また、窓の正面にある塀の上を歩いているサマコを見つけ、窓を開けて「サマコちゃん、お家にはいろう」と声を掛けても知らん顔して、悠然と塀の上を歩いていたりする。とてもキレイな歩き方で、本当に悠然と。そんなサマコは、近所のネコと年がら年中ケンカしていた。たぶん、なにかプライドを傷つけるようなことを言われたのに違いないのだが、ケンカは強かったようだ。きっと、亡くなったときもケンカしていて、他のネコを追い車にぶつかってしまったのだと思う。サマコが居なくなって、ずっと、「サマコは幸せだったのだろうか?」と、考える。
2007/01/20
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↑今日のメニューは、野菜を「これでもか!」とたっぷり入れた「すいとん」。美味しかった。風見しんごさんの娘さんが事故で亡くなったらしい。ただただ可哀相…と思う。私は、高校の頃、風見しんごさんが好きだった。その頃は、名前も漢字で「慎吾」であった。お笑いなのに可愛い顔をしていて、それが当時は珍しかった。そんな風見さんも、お父さんになって、「きっといいお父さんなんだろうなぁ」と想像していた。「チチ」と呼ばせていたらしい。あの頃。私が風見さんを好きだったあの頃、まさか私も風見さんも子供を亡くす日が来るだなんて、思いもしなかった。どうしてだろう?何も悪いことをしていないのに、私の息子のツヨシや、風見さんの娘さんがこんな目に合うの?どうして、選ばれてしまったの?他に何も言葉が浮かばない。
2007/01/18
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今日は仕事帰りに薬を貰うため、かかりつけの病院へ行った。定期的に通うこの病院には、5台分の駐車スペースがある。私が病院に行く診療時間終了間際には、よく製薬会社の車が停まっている。以前から、この製薬会社の車に関して、「イラッ」としていた。あるときは、5台しか停められない駐車場の、2台が、同じ製薬会社のモノだった。何かの事情で、2台で来たのだろうが、そのために診察を受けに来た人が、車を止められずに困っていた。それでも、これまでは何も言わずにいたのだが…。今日はガマンが出来なかった。病院の入り口に一番近いところに、しかも、一台分にきちんと入れず二台分にまたがった形で停まっていたのだ。私が診察を終え、車に乗ろうとしたときに、その製薬会社の営業が、車に戻って来た。私は「ちょっといいかな?」と声を掛け、この停め方では、他の車に迷惑になることや、営業で来ている以上、入り口から一番遠いところへ車を入れるべきであろう、というようなことを話した。ここは病院なのだから、もしお年寄りを乗せた人が来たらやっぱり入り口に一番近いところへ車を停めたいでしょう?あなたは営業で来ているんだよね?業種は違うかもしれないけど、同じ営業として言わせてもらうね。営業で来ている以上、一番邪魔じゃないところへ停めるべきだと思う。もし、一台分しか空いてなかったら、そこはあけておいて他のところに停めてくるぐらいはしないと。…そんなふうなことを話した。その人は、25歳から30歳ぐらい。たぶん、とても素直な人なのだろう。「そうですね、勉強になりました」と言い、「差し支えがなければ、どのような営業を?」と聞いてきたりした。「うるせぇババアだな」という顔をしなくて良かった。
2007/01/17
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おはようございます。この時間、マッキーは仕事に出かけ、アツシは爆睡中。ネコたちは、なんだか走り回っている。さて、大手洋菓子店「F」のニュース。賞味期限切れの材料を使っていたとかで、販売中止になっているらしい。このクリスマスには、「F」のケーキを食べた。高校の一時期、「F」でバイトしていたこともある。私たちから上の年代の人にとってみれば、「F」は子供の頃の憧れだったように思う。バイトしていた頃には、気が向けば母にホールのアップルパイを買って帰り、喜ばせたりもした。その頃と変わらぬ味は、安心感があって、大人になってから、誰かの家に行くときのお土産に、「Fのケーキなら喜ぶだろう」と、わざわざ遠回りして買い求めたことも、多い。「信頼を裏切った」などという大袈裟なことを言うつもりはない。ただ、クリスマス前に公表しなかった「いやらしさ」を感じる。クリスマスを過ぎてしまえば、普段はそれほど売れないんだし、次のクリスマスには、すでに販売を再開しているはず…というような。しかし、洋菓子だけにとどまらなかったようで、スーパーなどで見かけるお菓子にも、問題が出てきたらしい。昨日、買い物に行ったとき、Fの「ママの味」を見たアツシが「あーっ!売っちゃいけないんだって、ニュースでやってたのに」と騒いでいた。さすが情報通である(笑)。しかも、アツシは賞味期限にうるさい(笑)。大人は「子供の頃の憧れ」で、Fが販売を再開しても大目に見てくれるかもしれない。でも、子供たちはそうじゃない。小さな頭の中に、悪いイメージがインプットされる。「賞味期限」が当たり前のように、あらゆる商品に書いてあり、それによって「○」「×」を決めるのは、もう当然になっている。「納豆は、糸が立てば食べられる」といった、私たちの常識はもう通用しない。賞味期限にうるさい子供は、アツシだけじゃない。そんな子供たちに「Fでケーキを買って行こうか」と聞いて、子供たちが「あそこのはイヤだ」と言ったら、子供たちに対して、ケーキより甘い育て方をしている今時の親は、「それなら他の店で買いましょう」ということになるだろう。Fは、もっと子供たちの厳しさを知らなければいけなかった。それでも、私はFを応援する。鰹節のようなチョコがかかった「生チョコケーキ」は。やっぱり美味しいだろうと思うからだ。それに…私は賞味期限にうるさくない(笑)。
2007/01/15
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今年4月から、アツシは中学生。その前に、小学校の卒業式がある。卒業式に、中学校の制服を着る地方もあるようだが、この辺りでは、制服は着ないので、卒業式のためだけに二度と着ることが無いようなスーツを、用意しなければいけない。マッキーの時には、白いVネックのセーターとスラックスを買って、それにネクタイだった。次の年のツヨシにも、同じモノを着せた。さて、時代は変わった。「卒業式用スーツのレンタル」なるものがあるらしいのだ。「中学の制服を買うと無料」だとか、着物レンタルで有名な店からハガキが届いたりする。どうしたものか…。私が思うに、二度と着ないスーツを買ったり、何千円もするモノをレンタルするよりも、その後も履けるような、ちょっといいジーンズを買っていつもより少しだけお洒落にすれば、いいんじゃないの?中学の制服すら、最初からお古で済ませる時代。なにが一番いいのか悩む。卒業式に無駄なお金を使うよりも、新しい制服を用意してやりたいとなんとなく思うのだが…。
2007/01/14
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昨日のクシャミや鼻水は、今日には治まっていた。やっぱり花粉症だったのだろうか?イヤなニュースばかりだ。妻が夫を、兄が妹を、殺害して切り刻む…。本当にイヤなニュースだ。事件の背景に見えるのは、肉体的あるいは、言葉による暴力。たとえ、そのようなことが原因だったとしても、耐えがたい苦痛があったとしても、それでも人を殺すことは許されない。私は、彼らを擁護するつもりは全くない。私がこれまで生きてきて、誰かを殺したいと思ったことはないが、「死んで欲しい」と思った相手は、二人いる。父親と、元夫だ。殺したいとは思わなかったが、寝ている枕を蹴飛ばしてやりたいとは、何度も思った。「死んで欲しい」と思うのと、「殺してやりたい」と思うのとでは大きな差があると思っていた。でも、実はほんの少しの差なのかもしれない。私は、父や元夫を殺さずに、犯罪者にならなかった。彼らから、逃げたからである。夫の暴力に苦しむ妻も、妹の言葉に心を壊された兄も、凶器を手にする前に、逃げてしまえばよかったのだ。「こいつとは一緒にいられない」と感じたのなら、その人がいないところへ行けばよかった。そうしていたら、自分は犯罪者にならず、夫や妹は、私の父や元夫のように、知らない場所でノホホンと生きていられたのだ。どんなにひどい目に合わされたとしても、それがその人の人生を奪っていい理由には、絶対にならない。
2007/01/12
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今日は朝から鼻がグズグズ。まるで花粉症のように、連発のクシャミと鼻水で、参った。朝起きるのが早いので、夜眠くなるのも早い。ついつい「明日の朝にしよう」と、用事を翌朝に持ち越してしまう。で、朝はまた時間が足りなくなる。その繰り返し。今日は早めに寝るとします。
2007/01/11
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