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どうやら今年、伊勢神宮に行ったことで弾みがついたらしく、日光に引き続き、今度はお正月の旅行プランが舞い込んできた。今回はガイドブックを購入し、地図には印、見に行きたい場所のページには付箋を貼った。旅行から帰ってきたらそのガイドブックも思い出の宝物になるのだと思うと、気分の高揚はどこまでも高まるばかり。家を出発するのはお昼を過ぎてからだから、今夜は興奮して眠れなくても大丈夫。遠足前日はいつも眠れなくて明け方まで寝返りを繰り返していた子供時代を思い出す、そんな旅行出発前夜、師走、年の瀬、寒い夜。今年も年明けから大晦日まで、嬉しいこと・楽しいことが沢山な、1年丸ごと大入りの年でした。いろいろな形で支えたくださったすべての方々に感謝申し上げます。ありがとうございました!そして来年もよろしくお願いします。(#^^#)
2017.12.30
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木枯らしが吹き、出歩く人もなく車さえ走っていない静かすぎるクリスマスの夜だった。その日、ママとしっぽり飲むことになった私は、お店に着くと一番奥のテーブル席を選び、カウンター越しに出された飲み物のセットをテーブルに運んだ。ママが生ビールを注いだ小さなグラスをふたつ持ってきたところで、大人のクリスマス会の幕が開け、「私たちの若さと美貌に乾杯!」と言いながら持ったグラスを合わせると、いっきに飲み干して笑い合い、話題は例の還暦ちょい前男と詐欺師疑惑の女の進展問題に向かう。お金と事件のニオイがプンプンする、今この店で最もホットで謎だらけの生臭いバカップルの話題である。お酒の席で話すのに、盛り上がらないはずがない。が、あれから姿を現さず、しつこいメールもよこしてこないせいで、様子がちっともわからず状態であることが判明し、面白い展開への期待が裏切られそうでがっかりしたムードに包まれ始めたその時。店のドアが勢いよくバーン!と大きく開いた。そちらに目をやると、そこには自力で歩けない女を脇に抱えるようにして、長身な白髪の男がニヤニヤしながら立っていて、私とママは小声で「あっ!」と叫んだ。例の男が例の女を連れてやってきたのだ。しかし、その直後、私とママの中に嫌な予感が芽生え、その予感は嫌すぎるほどの的中率で現実のものとなってしまった。自力で立てず、背中を丸め、両腕を下に向けてダラーンと垂れた姿勢のまま男の脇に抱えられていた女が急に男から離れたと思ったら豪快な音を立てて、ビシャー!ここにたどり着くまでの間に何度もビシャー!を繰り返していたらしい。店の入り口で豪快に何度もリバースする女と、それを見ているだけで何もせず、ママに介抱を押し付ける還暦ちょい前男のバカップルに、ママも私もイライラモードにスイッチが入る。奥に引っ込んでいるマスターは汚物の片付けをさせられるのを拒否して出てこようとせず、聞こえないふりを決め始めた。こんな時、老人の耳はとても都合よく出来ていて、自分に都合の悪いことは見えないし、聞こえないし、話さない。日本昔話に出てくるような正直で温厚そうな見た目に騙されてはいけない。さて。汚物を片付けている最中に、事件はジョジョに落ち着くと思われていたのが、女がトイレに移動して引きこもること10分。事態は悪い方に着々と向かっていた。男は帰る様子を見せないどころか、お水をくれだの胃薬をくれだの言い始め、さらなる介抱を要求。イライラの温度計はてっぺんまで上がり爆発寸前、店内に緊迫したムードが流れているその最中で、時折、トイレから豪快なリバース音が響いてくる。一番奥の居心地のいい席は、トイレの近くでもあり、この日の席選びに大失敗したことに気が付いた私であった。と、その時。トイレのドアが開き、女が出てきた。ふん。リバース女め。。。目さえ合わせるのも悍ましいわ。。。と、無視をして早く立ち去るのを願っていると、その女はこともあろうか、私のテーブル席に座り、据わった目つきで私をにらみ始めた。無視することで抑え込んでいた私の中のサターンが、大きな影を落としながらムクムクとそびえ立ち、女の睨みを跳ね除けて言い放つ。「店の入り口でゲロして謝らないだなんてねぇ。信じらんない!ブサイクは嫌いなの。あっち行け!ブス!」手の甲でシッシッ!とやりながら、静かなる帰れコールを繰り返す私の中のサターン。女はそのサターンの言葉に驚き、小走り状態で男のもとへ駆け寄ると、豪快なリバース音とは対照的なナヨナヨ声で男に泣きすがる作戦に出た。「私ぃ、嫌われてるみたいなのぉぉぉ。ブスって言われちゃったしぃ。。。あの女がいじめるのぉぉぉ。。。」リバース臭にまみれた顔を男の胸元に押し付けながら泣いている風のナヨナヨ声で言いつけてはいるが、据わった目はこちらを睨んでいる。しかし、そんな女の容姿は太っていない木嶋佳苗風。女にすがりつかれた状態に、男はニヤケ顔の垂れ流し状態で女の頭を抱き寄せながらヨシヨシしながら慰めて、いつまでも帰る様子を見せない。この手の気持ち悪い幸せのおすそ分けなど欲しくない。いつまでいるつもりなのか。その時。この騒ぎの最中にトイレに行った常連さんのひと言が騒ぎの終結に結び付くことになる。「やばいよ。トイレ、流れにくいよ。詰まってるっぽい!」詰まるほどのリバースだったのだ。ママさん、怒りに震えながら言い放つ。「もう今日は帰って!」ドアを大きく開き、抱き合っているバカップルを外に追い出すと、間の悪いタクシーが運悪くバカップルを拾ってしまった。いっきにリバース臭で充満させられたタクシーは二人を乗せてどこに向かったのか、それはいまだ謎である。果たして、年内に別れる。。。の賭けはどうなるのか。大晦日まであと5日。。。
2017.12.26
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夕方の山手線に乗り込むと、薄暗い空はじわじわと深くて碧いミッドナイトブルーに変わろうとしていた。ぼんやりしながら混雑している車両に揺られ、目的の駅に到着すると、そこは瞬くイルミネーションの世界が道路のずっと先まで広がっていて、若い人の群れが途切れることなく長く続いていた。どちらに向いてもカップルだらけのこの街に足を踏み入れてしまったことに、少し戸惑いながらも、その賑やかさと若さ溢れる街のエネルギーを全身で感じながら、人混みの流れに身を任せて歩いていたら、なんだか気持ちが浮かれてしまった、夜の原宿、ミッドナイトブルー。クリスチャンじゃないのにクリスマスだなんて。。と口では言っているものの、なんだかんだ日本人ならではのクリスマスの楽しみ方が大好きなミーハーな私なのであった。人の頭の黒い影の群れがどこまでも長く続く、そんな混雑している道からひょいと脇道に入ると、人の流れはがらりと変わり、ゆったりとした小洒落た雰囲気に変わる。その道沿いにあるお店でひとしきりプレゼント選びを済ませると、「地元に戻って食事するより、せっかくだからこの場所で食事をして帰ろう。」という気になってしまったのは、おそらくこの時期ならではの魔法にかかってしまったからなのかも知れない。その証拠に、たまたま通りかかった地中海料理のレストランに、予約なしで入れてしまったのである。スタッフがみんな地中海の国の人らしく、鼻がおでこから始まっている彫刻のような美しい顔立ちの人ばかりで、自他ともに認める美人好きな私。私の中にいるオジサンが喜びすぎて、小躍りしながら飛び出してきそうな勢いをぐっと堪えながら、お店おすすめのコースを頂くことに。スパイスを効かせた薄い生地のピザは大好物。ブイヤベースは日本人の口に合わせたよく見かけるトマトベースの味付けではなく、食べたことのない風味。外国に来たような気分になり。。。柔らかいタリアータ。デザートは大好物のレアチーズケーキと濃いめのブラックコーヒー。日本人的クリスマスを満喫した日となった。お店を出て駅に向かう道中、サンタのライダー軍団と遭遇。沿道の人達に手を振って写真を撮らせてくれるサービスぶり。爆音立てて暴走行為で迷惑かけまくりなライダーじゃなかったので、事故のないように安全運転でねー!と祈りを込めて撮らせてもらいました。というわけで、今年も楽しいこと満載なクリスマスイブ前夜でした。\(^o^)/
2017.12.25
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時は幕末。徳川慶喜公は落ち着かない江戸城を離れ、上野の寛永寺に蟄居謹慎していた。上野の山を丸ごと抱える敷地にある寛永寺は徳川将軍家の菩提寺で、歴代将軍のうち7人がここに眠っている。最悪の事態が起きた時、徳川家の血筋を絶やさないための策として、水戸家だけに許された尊王攘夷思想がどこまでも深く染み入っていた慶喜公は、尊王攘夷を貫くために自ら蟄居謹慎したのであった。慶喜公、御年32歳。梅の香がほのかに匂う2月の頃である。その思想をもとに深い思考を重ね、この国の将来を見据えた判断が、無血開城に繋がり、歴史を大きく動かすこととなるのだが、その一方でまさかの戦争が起こるとは誰が想像したであろう。時代が変わる時、往生際の悪い行動を起こす者達がいつの世にもいたことを、歴史の中から思い出す。時は初夏を迎えた5月半ば。上野の山に鉄砲と大砲の音が響き渡り戦争勃発。何もかもが壊され、焼け落ち、数百体に及ぶ亡骸が何日も放置され、悪臭と虫が漂う地獄絵図がそのままリアルな形となって描かれてしまった。そんな上野戦争は、江戸城が開城され時代が変わろうとしているにも関わらず、反発をし続ける彰義隊の挑発に乗せられて新政府が攻撃をして始まった戦争であったが、それも1日で終焉を迎える。せっかくの無血開城もこれでは意味がないではないか!きっと慶喜公はそう思ったに違いない。上野の森は博物館や美術館に足を運ぶことがあるものの、寛永寺を意識して行ったことはありませんでした。実際に行ってみると、上野の山の全体が寛永寺の敷地だったのが、今では一番端っこに建物を保存するのに必要最低限の敷地にこじんまりともの静かに佇んでいて、聞かなければそこが将軍家の菩提寺であることに気が付かないほどでした。あとで調べたら、このお寺の建物は明治時代に川越の喜多院から移築されたものなのだそう。当時の大工さん達が、古い建築物を分解して再び建て直す技術を持っていたことに、ひたすら感謝!行ってみて気づくことがあるから、歴史の散策が同時にできる撮影散歩は楽しい。(#^^#)Olympus E-PL6 14-42㎜ パンケーキズームで撮影。撮影日 2017年2月
2017.12.22
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木枯らしにさらされた頬と耳の感覚は、寒くて冷たいというより痛い感覚に近く、早く暖かい場所に移動すればいいものを、イルミネーションの妖しい瞬きに引き寄せられて歩いて行くと、そこには微笑ましい恋人達のシルエットがところどころに浮かんでいて、寒い冬の夜をドラマチックに彩っていた。若い頃はそんな光景を目にすれば、決まって息苦しくなるほど羨む気持ちでいっぱいになり、ギスギスした心を持て余すほどだったけれど、それも今ではすっかり落ち着いて微笑ましく思える余裕がある。そんな大人の余裕を自分の中に感じた週末の夜。忘年会の会場付近でイルミネーションを発見したので、迷わず撮影。角度を変えた場所からもう一枚。書き忘れていたのだけど、実はいつも集まるメンバーの中にひとり手あたり次第キレるカマってチャンな問題児がおりまして。。。毎回問題を起こされて面倒になってきたので、誘う時と誘わない時のオンとオフをはっきりすることにしていました。で、今回は全員に声をかけるからオンということで声をかけていたらしく。。。幹事さんとのやりとりでは「参加するかも知れない」とはっきりしない返事を当日までしていて、先生には「今回は欠席させて頂きます」と。どちらだかわからないから、ドタキャンになっても損しないよう予約の人数に入れないでいたら、ニヤニヤしながら遅れて登場。空いている自分の席にお皿やお箸の用意がないのを見て睨んできたので、あぁ、またキレる!と思ったら幹事さんの気遣いで回避して、大人の発達障がいに対しての接し方がうまくなっていることに関心してしまいました。たぶん何もわからない人から見たら、ただの機嫌取りにしか見えないのですが、機嫌取りじゃなくて一時的にその場でキレさせないための誘導ですね。私は隅っこでひたすら余計なことを言わないようお口にチャック。(笑)撮った写真に自分が写ったの写ってないのとキレられたことが何度もあるので、カメラも仕舞っちゃいました。なので忘年会中に撮った写真は。。。私の前に用意されたハイボールの群れ。(#^^#)
2017.12.18
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しんしんと冷え込んだ部屋の空気が布団をかぶった肩口に当たり、急激に冷やされた首筋がぞくっとして目が覚めてしまった私は、もう一度肩口をすっぽりと布団にうずめながら、まだ寝ていたい気持ちと起きなければならない現実のはざまでひとり戦っていた。ベッドから手の届くところに置かれたファンヒーターに手を伸ばしスイッチを入れると、すぐ布団をかけ直し、部屋が温まるまでの間だけ布団の中のぬくもりに包まれるつもりでいた。そうして二度寝してしまわないよう細心の注意をしていたはずなのに、やはり夢の中へ旅立ってしまったらしく、ぎりぎりの時間に飛び起きての身支度となってしまった。そんな1日のスタートを切った週末の朝。今日は畑のネギを掘りに。。。じゃなくて、学生時代の部活仲間との忘年会を控えています。集まるのは先生も含めて10人前後で、ほぼ決まった顔ぶれ。そしてその集まる顔ぶれ同士の間には、過去にもこの先にもロマンスは。。。ありえない!(笑)40年以上の付き合いになるけど、誰もそういうことに落ちなかったからこうしてちょこちょこと集まることができるのでしょうねぇ。将来、独りぼっちの寂しいお婆さんにならないためにも、この仲間は大切にしないといけないと感じています。というわけで、今夜はカメラ持参で、昔話から現在の話に至るまでいろいろなネタを掘り起こしに!\(^o^)/
2017.12.16
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毎年暮になると必ず行う1年の振り返り。SNSとブログとクラウドに保存しているアルバムは、この1年の振り返りのためにやっているようなもので、振り返りは自分を肯定するために必要な作業。だから良いこと楽しいことは記録しても、苦しいこと辛いことは今は意地でも書かないことにしている。昔は書いたこともあったのよ。でもあとで振り返った時に思い出してしまって精神的ダメージが大きかったから、私の場合、気晴らしは楽しいことで埋めた方が絶対にいい。そうしてキラキラなところだけを残し、私の人生だってそう捨てたもんじゃないんだから♪と思えればそれでいいのだ。そんなわけで、今年も私の記録は嫌みなほどのリア充ぶりで、映画、お芝居、写真展、美術館、博物館、植物園、動物園、工場見学、神社、お寺、お祭り、ライブ、ダンスパーティーなどがぎっしりてんこ盛り。伊勢神宮ではたっぷりパワーを頂いて、長年に及んだ悪い言霊も断ち切ることができたみたい。モヤモヤした嫌な気配が薄まって、清々しい気持ちが続いているのは伊勢神宮のおかげなのだと信じて疑わない。今年もあと少し。元気に新しい年を迎えられるよう、病気やケガには充分気をつけようと思う。年末最後の挨拶をするにはちょっと早いのでまたあとでね。\(^o^)/
2017.12.13
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カメラから記録メディアを出そうと、カメラの底を上に向けたその時、とんでもないことが起こっているのを目の当たりにし、ショックのあまり開いた口がふさがらなかった月曜の午後。バッテリーとメディアを格納する部分の蓋がなくなっていて、中身が丸見え状態になっていたのだ。今 修理に出したら旅行はカメラ無しになってしまう。それは困る。なんとかしなければ。。。切羽詰まった私は無言のままファイルケースに目をやると、カメラの底の太さに合わせハサミで切り出し、ねじ穴の部分はカッターで切り抜いてそれを蓋の代わりにし、セロハンテープで固定。埃が入らないよう、応急処置を施した。絆創膏を当てがったやんちゃな姿になってしまった愛機に、ますます愛着を感じてしまった一瞬である。とりあえず応急処置は施したものの、このままでは旅行中にテープが剥がれてしまう可能性がある上に、濡れたらアウトだ。もうひと工夫が必要だと思った瞬間、あるものを思い出し、パソコンでジャングルの奥地を検索するとそれはあっさりと見つかり、価格もうれしい値下げ価格。迷わず翌日配送の手続きを済ませ、応急処置は完璧なものとなった。皮のボディジャケットを装着。これで応急処置で貼り付けた絆創膏が何かに引っかかって取れるという心配はなくなった。旅行から帰ったらすぐ修理の手続きをせねば!
2017.12.12
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夜の帳が降り始めた銀座の歩行者天国は、若い頃に見た光景とはだいぶ雰囲気が変わり、どこを向いても大陸の言語が無駄に大きく響き渡る。この街ならではの品格と格調高い雰囲気をかき乱されている現状を残念に思いながら、歩道からそっと歩行者天国の大通りに降り立ち、ネオンのある風景をまっすぐ眺めた日曜日の夕暮れ。極度な方向音痴の私は目的のビルを見つけるとため息がこぼれるほど安堵して、ゆっくりと道路の反対側に渡りカメラを構え、ファインダー越しにビルの煌びやかな装飾とネオンを見つめた。そしてこれから始まるゴージャスであろう場面を想像しながらシャッターボタンを押し込み、カシャン!とシャッター音が鳴り響いたその瞬間。オリンパスPEN E-PL6 25㎜ 絞り F8ISO 200歩道を歩いていた男性が、歩道を歩いていた女性を追い越す瞬間、その女性と女性が持っていた幾重にも重なった大きな紙袋がさーーーっと引きずられるように、大きく宙に飛んだ様子がファインダーの中に映った。ほんの一瞬の出来事だった。報道カメラマンならこれをシャッターチャンスと捉え逃すわけがないのだけれど、いくら好奇心旺盛でミーハーな私でも中身はおっとりした平均的凡人。驚いてフリーズしてしまい、撮影どころではなくなってしまった。通りすがりに女性を殴って逃げたのか、ひったくりだったのか、あるいは女性が荷物で歩道をふさぐような歩き方をしていたからわざと激しくぶつかって行ったのか。。。どちらにしても、あの大きな紙袋を大量に持っていた様子と、数分もしないうちにその場から立ち去った逞しい様子から、大陸のニオイを感じずにいられない私なのだった。あっという間にできた人だかりはあっという間に消え、何もなかったように人は流れだす。オリンパスPEN E-PL6 25㎜ 絞り F8ISO 200気を取り直して、ネオンのついた銀座の街並みを横向きで1枚。オリンパスPEN E-PL6 25㎜ 絞り F8ISO 200縦に1枚。オリンパスPEN E-PL6 25㎜ 絞り F8ISO 200角度をつけて1枚。オリンパスPEN E-PL6 25㎜ 絞り F8ISO 200ビルの中から撮った1枚はきれいな光線にしたかったのだけど、失敗。オリンパスPEN E-PL6 25㎜ 絞り F2.8ISO 200パーティー会場に隣接されたショットバー。写真はアップできないけれど、パーティー会場は多数の背中の開いたドレス姿の女性とタキシードやドレススーツの男性で賑わっていて、銀座にふさわしい光景を眺めることができました。(#^^#)
2017.12.11
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塗ってはやり直し、塗り直しては落として。年を重ねた肌の左官工事は、シミは隠せても土台の衰えだけはどうにも隠しようがなく、隠そうとすればするほど主張が強くなる。吹き出物がコンプレックスだった若い頃のあの辛さと比べたら、ブツブツのない今のほうがずっとマシなのよと思ってはいても、やはり衰えが気にならないと言ったらウソになる。そうやって女心はいつだってその時の状況によってコロコロ変わるものなのよね。。と鏡の中の自分に語り掛けながら、いちど仕上がった塗装をスポンジでこすりながら薄い塗装に塗り替え、これが私。堂々としていればいいのよ!と開き直った日曜の午後。お化粧は女にとって鎧のようなもの。戦闘服のようなもの。。。と昔は思っていたけれど、今は外出用の身だしなみ。普段は日焼け止めをつけるくらいのすっぴん派なのだけど、まさか踊り場に行くのにすっぴんはまずいので、仕方なく左官工事をするわけです。最近はやればやるほどアラが目立つようになってきたので、極薄です。口紅も極薄い色にグロスで艶を出す程度。濃い色を付けようものなら、一気にオバサン顔まっしぐら。年齢を重ねることはぜんぜん嫌じゃないけれど、メイクアップがメイクダウンになってしまうのがちょっと寂しいこの頃です。というわけで、今日はこれからカメラ持参でバースデーパーティーのある踊り場へ。ちゃんとドレスアップはして行きますが、きっちりカメラ女子してきます。(#^^#)銀座なので帰りはネオンの街並みを撮影できたらいいなあ。では行ってきます。
2017.12.10
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淡い夢もささやかな希望も、持っては壊され、願っては潰され、努力をすれば邪魔をされ、手に入れれば奪われる。だから夢なんて叶わないもの。。。と割り切っているつもりでも、諦められずにジタバタしている自分が心の底に潜んでいるのを、一時は悲観的に思ったものだけれど、そのジタバタしている存在が潜在意識であること知ったのは知命の年頃。潜在意識によって夢も希望も多かれ少なかれ叶うものらしい。夢も希望も抱くときは大雑把ではなく具体的に。そうしてそれを手帳に記すことで潜在意識に強く植え付けることができる。と、その時読んだ本に書かれていて確かにいろいろ思い起こしてみると、叶っていたことはいくつもあった。ただ、その願い方が大雑把だったために叶ったことも大雑把だったから叶ったこととして受け入れられないでいたのだ。そうとわかれば実行に移すのみだ!と、さっそく夢と希望を叶えるための手帳を用意するべく、できるだけ魔法使いを思わせるような神秘的な手帳を!と思ってじっくり探して見つけたのがコレ。呪文を唱えると手帳自らパラパラパラ~っとページを開く。な、わけはない。(笑)が。1ページ目に強力な呪文をすかさず記入。次のページからは、願い事や希望、欲しいものややりたいことなど、なんでもそれまで思っていた夢と希望のすべてを具体的に書いて、叶ったら、願い事の下に叶った日付や叶ったことで得た感情などを叶った印として書き足す。まあ、それだけのことなんだけど、これが結構楽しくて。例えば。成田屋さんの助六で歌舞伎デビューをし、歌舞伎の面白さがわかるようになる。と書いておいたら、ある日友人から歌舞伎の誘いがあり、取れたチケットはなんと成田屋さんの助六!なんてことが今年の3月にあって、叶った印としてこの次は仮名手本忠臣蔵を観たいと書いておいたら、11月に叶ってしまった。潜在意識を意識すると、自然とそのように自分が行動を起こすようになって、その結果、夢が叶うという仕組みだ。そうやって叶ったことの印が幸せの貯金となり、気が付けば夢は叶うものと信じる自分に変わっていて、壊されてばかり、奪われてばかりの人生は潜在意識がそうさせていたことにも気が付いた。気がついたのだから、軌道修正するべくこの手帳に書き込んだのは言うまでもない。ちなみにこの願いを叶える魔法の手帳には、手に入れたいカメラもレンズもばっちり書き込んである。
2017.12.08
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出かける時はいつもカメラを持ち歩く都合上、その他の持ち物はできるだけ軽量化を意識しているものの、年々必要な持ち物が増え続けていることに気が付いてしまったこの頃。せめて膨らみ続ける手帳だけはなんとか軽量化せねばと、前期・後期に分かれた分冊タイプを使うことにしたのは3年前のこと。ところが専用のカバーを装着すると重さも厚みも元の木阿弥。なので安っぽく見えるのは承知の上でペーパーカバーをかけてみたら、単行本みたいで私には都合が良かった。それ以来、ペーパーカバー派。12月いっぱいまで使う、現在使用中の手帳は赤い和紙。で、来期のはどうしようか考えた末、印刷してみた。持っているCDジャケットの画像をいっぱい並べてみたら、好きな音楽を可視化したみたいでご機嫌だ♪この手帳には、メモや記録は勿論、チケットの半券やパンフレットの切り抜き、切符、シール、スタンプを貼っているから、手帳の厚みは半年でこの倍になる。来年度もそうなるよう、楽しいことでいっぱいの手帳に育てようと思う。\(^o^)/
2017.12.07
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年齢と共に食の好みに変化が現れ、あっさり淡泊なものを好むようになると言われるけれど、量より質を選ぶようになったこと以外は、コッテリ系もあっさり系もウェルカム、食欲旺盛、食べたいものを美味しく食べられることこそ健康の証!と信じて疑わない昨今の私。この日のチョイスは魚料理。すべて、オリンパス E-PL6 25㎜ Mモード 絞りF-1.8 ISO 200 縛りにて撮影。とりあえずで頼んだあん肝と白子。もうちょっとネギにもピントが欲しかった。カニ子とカニのほぐし身とカニ味噌。背景にさっきのあん肝と白子の器を置いてボケを入れ、賑やかさをプラスしてみた。お刺身の盛り合わせ。細長いお皿は真横から撮ると変な切れ方をしてしまうし、全部が入るからと縦にしてもなんだか違う感じがしたので、思い切った斜めの角度から切り取って、足りない角度は傾き補正で調整してみた。ピントは中央の銀色に光る太刀魚のお刺身。キンキの煮つけは撮影失敗。これは真上から撮ったほうが良かったと思ったのだけど、撮り直すには立ち上がらなくてはならず、食事の邪魔になるので諦め。ひと口じゃ食べられない大粒なカキフライ。他の写真のホワイトバランスはオートだったのだけど、この写真だけは3000Kにして揚げ衣のきつね色を強調するべく彩度を上げてみた。もうちょっと衣のサクサクっとした雰囲気が出せるといいんだけどなぁ。。。黒ソイのから揚げ 油淋ソース三枚におろした頭と骨の部分を骨まで食べられる状態になるまでじっくり揚げて、それを器にし、胴体のところに身のから揚げを盛り付けたもの。これも撮影する角度失敗。魚の顔がしっかり撮れたまでは良かったんだけど、気が付けば身の部分がボケすぎて何がなんだか。。という感じになってしまった。お料理の撮影は食事の邪魔にならないよう、一瞬の判断で撮らなければならない短時間勝負の難しさがある反面、そこがスリルとなって面白い。25㎜も結構ボケるから、この次撮る時はもちょっと絞ってもいいかも知れない。
2017.12.05
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スマホでキャッチした紅葉情報に乗せられて、まだ間に合ったか♪と喜び勇んで出かけた昭和記念公園。いざ到着してみれば銀杏の木はすっかり丸坊主になり、わずかに残っていた紅葉中のモミジはカサカサした茶色に変化したところが多く、半ばがっかりしつつもわずかに残っている最後の紅葉を楽しもうと、さらりと気を取り直せるようになったのはやはり年の功。秋の名残を拾い集めながら、こうしてのんびりと季節を感じ、自由に歩き回れる健康と幸せを心からありがたく思ったそんな師走3日の日曜日。葉っぱがすっかり落ちてしまった木々の間を歩いていると、時々こうして秋の雰囲気を醸し出している場所がスポット的に現れる。黄色のモミジも近寄って見ればカサカサして今にも落ちそうな葉が沢山ついているから、画としてどうかと思う反面、見慣れてくるとカサカサがあったほうがなんだか味わいが感じられ、年のせいで肉付きが薄くなり少し皺っぽく見える自分の手をじっと見つめながら、そうよ、これも味わいなのよと開き直る私なのであった。全体的に見渡しても、丸裸になった木とカサカサな茶色い葉をつけた木が多く、赤く見える木もそばに寄ればカサカサしているから撮影には耐えられないが、風景として撮ってしまえばそう悪くはない。落ち葉かと思ったらしっかり地面に生えていて、そんな姿が可愛くて思わずシャッターを切ってしまった赤いモミジ。つくばいに赤いモミジ!これは鉄板の画になるわ!と一瞬喜んだもののの、回りに赤いモミジなんて植えられていなかったから、おそらく誰かがこういう画を撮りたくて拾ってきたモミジを浮かべたのだろう。触ると綿毛が今にも飛んでスカスカになってしまいそうな最後のススキも、バックに玉ボケを入れればそこそこの華やかさ。帰りの道中に繁華街まで戻るともうすぐクリスマスだよと言わんばかりのイルミネーションに迎えられ、年内もあとわずかであることを自覚した休日なのであった。今回の撮影はすべてOlympus E-PL6 25㎜
2017.12.04
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