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選挙のことは、予想通りとは言え語る気になれん。一つ言いたいのは、私の選択と違う人・党に投票した人よりも、投票自体をしなかった40%の人を、批判したいということ。気持ちはわかるけれどね。さて、今日のタイトルは選挙のことではなく、仕事でお世話になった方(女性。年齢未確認。40代か??)のご発言から。HPに掲載する生き物の写真のあれこれを話していた時のこと。その方が、「チョウは嫌いなんです。粉(注:鱗粉のこと)の感じが…バッタとかは、子供の頃は触ってたんですけどね」とおっしゃった。ここまでは、良くある話。続いて…「イナゴとかも捕まえて佃煮にしてたんです」うーん…世代的には、これは「良くある話」といえるかどうか…まぁ、でも十分あり得る話だ。しかし、問題は次の…「でも、お弁当にイナゴの佃煮を入れられたことがあって、それ以来ダメになりました。白いご飯の上のイナゴが…」そ、それは…いや、平気な人は平気だろうけど…私は、たいていのモノは食べられるけど、虫はダメかな…とかつては思ってた。でも、いざとなったらイナゴも普通に食べられた。でも、お弁当の、白いご飯の上に乗ってたら…たしかに絵的にツライものがありそう(苦笑)。
2012年12月17日
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もうずーっと考えていることなのだが、なぜ人間は「美」というものを感じるのだろう。美味しいとか怖いとか気持ち良いとかは「生き物」としての生存に関わるので、そういう感覚があるのは理解できる。容姿に関する意味での「美」も、同じように理解できる。でも、芸術的な意味での「美」という感覚がなぜあるのか・・・とても不思議であり、だからこそ重要なことのような気がしている。もうずいぶん前に買ったまま、読みかけては途中で止まってそのままになっていた「美を脳から考える」という本を、数日前から「今度こそやっつけよう」と思って読んでいる。理解できない部分も多いのだが、そのまますっとばすことにした。(訳本だから読みにくい部分もあるのかも・・・というのは言い訳か?)今日読んだところでは、とても興味深いことが書かれていた。脳の右半球と左半球の機能がかなり違っていることは聞いていたけれど、そのことによって画像の配置に対する印象や表現がかなり異なるのだそう。右利きの人は画面の左側に注意が強くなる。鏡像となっている同じ図柄の相互に反対の絵を並べたとき、例えば顔の左半分が笑っている絵と右半分が笑っている絵を並べると、左が笑っている顔の方がより強く「笑顔」として感じられる。関心が惹かれる素材が右に偏っておかれる方がバランスの良い像として感じられる。幸福感を感じられる素材は右側に、悲しみが感じられる素材は左側に表現されることが多い。などなど。へ~!「なぜ」に美というものが感じられるのかはやっぱりわからないけれど、「どのように」というところはなかなかヒントはありそうで。
2009年02月09日
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千葉県北東部を16時過ぎに出て、途中のPAで30分ほど休憩をとったとはいえ、東京西部の会社に着いたのは20時だった。距離は100kmくらいしかないのに。おかげさまでレインボーブリッジからの眺めが堪能できました・・・北海道だったら100kmなんて・・・東京湾岸の夜景を見ながら走ってるといろんな記憶が・・・言わない言わない(苦笑)。曜日感覚が無くなってきた。すいません、明日はたぶん、休みます。許してください・・・(ちなみに今日はホテルを朝の5時に出た・・・眠い)
2009年02月13日
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