愛されたいあなたへ、心の痛いあなたへ

愛されたいあなたへ、心の痛いあなたへ

2008.09.30
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お金に対する罪悪感その3です。

家庭環境から、自分だけにお金を使う人にはなりたくない
と思いこんだのも、欲しい物をねだることは誰かを
悲しませる事だと思いこんだのも自分なりに理解出来る。

だから、人に対してはそれがたとえ不本意であったとしても、
お金を使えるのに、自分に対してはどうしても許せなかったり、
罪悪感を感じたりするようになった理由はわかる。

だけど、誰かに対して、仕事の報酬をもらう事に対して
あるいは、いただいた後に感じる罪悪感に対しては


だから、罪悪感を感じないように、自分に色々な
言い訳をする嫌な奴になり下がっていた。

相場より安いとか、よい物を提供しているとか
相当量以上の仕事をしているとか、時間をかけているとかである。
報酬を払ってくださる方々に言い訳するのではなく、
自分に対して言い訳するのである。
要するに、お金を受け取るという事に対して
自分なりに納得しなければいけない。

お金が沢山あれば、人を楽しませる事ができる。
お金が沢山あれば、人を助ける事が出来る。
それなのに、何故こうもお金に対して罪悪感があるのだろう?


特に何もないのだけれど、お金はエネルギーだと
気がついてから、この罪悪感が何処から来るのかと考えていた。

そして、無収入だけれど、自由時間が有り余るある日、
突然思い出したのである。

私が突然思い出した出来事とその時に感じたであろう感情は、


簡単にお金を手に入れば、とんでもなくひどい事が起こる。
シメシメなんて思った後に、とてつもなく辛い事が起こる。
ウキウキしていたら、大切な物を失くすような事が起こる。

そういう風に私の潜在意識に書き込み、40年以上に
わたって、封印していた出来事を突如思い出したのである。

それは、私がまだ8歳か9歳の頃の事。
その出来事の前後は思い出せないのだけれど、
テレビを父親と見ていたら、父親に
”100円やるから、ママについて行け”
と言われ、家から出て行った母親の後を追って
母親に追いついた私がいる。
”追いかけて行けって言われたの”と言うと、
”100円あげるから、家でお留守番していなさい”
と言われ、200円を手の中に入れて
それを眺めながら、ニタニタしながら、
ウキウキしながら、家に帰って行った私。
子供心に”やった!”と思ったことを思い出した。

いつもひもじかった私にとって大金である。
覚えてはいないが、きっと何を買おうか
やっぱり、貯金をしようかなどと考えながら
次ぎの日を楽しみにしていたに違いない。

ところが、次の日か、その次の日かは
覚えていないが、待っていたのは
死にかけている母の姿だった。

あの時、一緒について行けば、、、
お金をもらってデレデレして、
夢を膨らませ、事の重大さに気がつかず、
気軽に帰ってきた自分を責めた。

生まれてこなければ良かったと
自分を責め続けていた少女は、
未来と自分に対する恐怖に怯えた。

突如思い出したこの出来事で
私はどう思考を塗り替えたのか
次回書きますね。

(Cocoの日記より)





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最終更新日  2008.10.01 14:43:28
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