Manachan's World-東京下町日記

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2006年07月30日
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この週末は、千葉県の実家でのんびりしてます。東京都心からわずか30kmしか離れていませんが、ここは別天地。蝉しぐれ、鬱蒼とした照葉樹の森、草いきれの匂い・・・私の子供時代と全く変わっていません。優しい自然に身も心も癒されて、今週ずっと出張続きでハードだった仕事のことなんか、きれいさっぱり忘れてしまいそうです。

とはいえ、今回の日記は仕事のことなんですね。先週から東京勤務になって以来、社外秘の情報を含め、ブログにとても公開できないような情報を、立場上、たくさん知ることになりました。その関係で、私のブログは最近、食べ物のことばっかりで、仕事の話題がほとんど出てきません。それでも、

「社名、人名を含めて、固有名詞を出さない」
「業界では、すでに周知の事実となっていることに基づいて書く」

のであれば、差し支えないと思いますので、ひとつ書いてみますね。

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さて、私の東京勤務ですが、今年末までの、約半年間についてはほぼ確定しています。その後どうなるかは、まだ不透明ですが、現状を考えるに、延長になる可能性が高いとみています。

東京勤務のミッションは、一言でいえば、「日本法人が受注した、システム開発・保守などのプロジェクトの一部を、中国法人の現地スタッフに担当させる上での各種計画立案および、見積もり、人員計画、契約締結のサポートまで含む、日中間の橋渡し」です。言葉を換えれば、「日本の仕事を、中国へ持っていく実行部隊」です。

この仕事における、私の立場はちょっとユニークです。私は一応、日本人ではありますが、大連を本拠とする、中国法人の常勤スタッフです。今回は中国側の代表者として、日本へ送り込まれてきました。



ところで・・・いま東京になぜこんな仕事があるのか、背景を少し説明しますね。

私の勤務先は、米国に本社を持つ、大手IT企業です。昔から海外展開を進め、今では世界160カ国以上にオフィスを持つ、多国籍企業になっています。私は先ほども言ったように、同社中国法人のスタッフです。

グローバル経済のご時世、世界中にライバルがひしめくIT業界では、「デリバリー」(ITサービス提供)、生産、販売、研究開発から、資金調達に至るまで、「全世界で最適」な体制を構築する必要があります。

このうち、デリバリーに関しては、当社では数年前から、インド、中国、ブラジルを三大戦略拠点として育成してきました。たとえば、「米国プロジェクトのうち、システム開発やサポートの仕事をインドで行い、コストを下げる」、「米国・インドとの協働で得た知識を、全社的に共有・データベース化する」みたいなことを続けてきました。私自身も、これまで大連で、「米国プロジェクトのデリバリーを中国人にやらせる」仕事を、1年4ヶ月間、続けてきました。

さて、話は日本に移ります。当社のなかで、日本法人は国別でみれば、世界第二位の売り上げを誇りますが、米国とは国情が違い、プロジェクトの海外法人への発注や共同作業は、ほとんど進んでいませんでした。

とはいえ、日本法人も厳しい価格競争に直面してきました。安い海外の労働力を使わずに、どうやってコストを下げるのかというと、要は、「日本国内の外注(SIベンダー)さん」にお願いするんですね。極端な話、当社の日本法人が、プロジェクトマネジメントだけやって、あとの作業は、全部外注さんに丸投げしちゃう、という案件も、決して少なくありませんでした。

これは、会社にとってはあまり望ましくない兆候、とされています。仮に日本法人が、このままプロジェクトの丸投げを続けていくと、「知識やスキルが、当社内に蓄積されない」上に、「プロジェクトマネジメント分しか、売り上げを上げられない」ことにもつながります。要は、技術競争力も収益構造も、痩せ細っていくわけです。

特に昨年は、日本法人の業績が非常に悪化したこともあり、米国本社ではついに、「日本の立て直し」が緊急課題と認識されました。今年になって、米国人が大量に東京に送り込まれ、プロジェクトのレビューを行うことになりました。

「進駐軍」として、東京に乗り込んできた米国人マネジャーたちは、口を揃えて、「中国への受注」の重要性を強調します。インド人の活用などで、コスト構造の改善を目の当たりにしてきた彼らに言わせれば、「中国人を使ってコスト構造を改善し」、「日本・中国の共同作業により得た知見を、全世界と共用する」こと。これ以外に、日本法人復活の道筋は描けない、という意見さえあります。

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しかし、東京の現場では、必ずしも「進駐軍」のシナリオ通りに、事が進むわけではありません。それどころか、現場のマネジャーとの間のコミュニケーションがうまく行かず、重大な誤解や齟齬を生むことも少なくないようです。お互いに長時間働き、大変な努力をしているのに、うまく進展させられないことで、日米とも、ストレスが慢性的に溜まっているようです。



これは、決してクリアできない問題ではありません。日米、そして中国の文化や仕事のやり方の違いを理解し、円滑なコミュニケーションに貢献できる「橋渡し役」が、現場に豊富に存在していれば、難度は高くありません。皆さん優秀なのだから、できるはず。

ところが、そういう人間が現場にいなければ、どうなるのか?米国人は、日本人マネジャーの説明を、米国流のやり方で認識します。それは、日本人の理解と、往々にしてニュアンス面でズレてしまうものです。またその逆もしかり・・・。認識のズレは、会議の場では解決されず、またお互いに確認する術も知らないために、それは後日、「トラブル」というかたちで、顕在化してしまうことが多々あるのです。

また、それとは別に、日本人と中国人の間にも、文化の違い、仕事のやり方や意識の違いが存在します。同じ東アジア人だから、米国人と日本人ほど、差異が大きいわけではありませんが、それでも、橋渡し役がいなければ、いつの間にか、暗礁に乗り上げてしまうリスクを孕んでいます。

だからこれは、非常にタフで困難な仕事なのです。でも私は、「 これこそ、私のやるべき仕事だ! 」と思っています。



私は、これまでの仕事人生で得た経験、というより「身体で身につけたもの」を、いまの仕事に直接活かせる強みがあります。

たとえばの話、日本語の資料を英語に翻訳して、米国人マネジャーに提供する、という作業があります。これは、私のやっている他の作業と比べて、比較的難度が低く、翻訳作業のできるスタッフは、私のほかにも大勢います。

ですが、「単に翻訳するだけでは、付加価値のある仕事とはいえない」のです。実際に米国人が翻訳された英文レポートを読む時、どんな風に認識して、どういう風に話を進めると思われるのか?・・・その辺まで想像して翻訳しないと、仕事上意味のある英文にならないのです。

ですので、私の翻訳は思い切り「意訳」になります。日本語原文のなかで、日本独特のビジネス慣習や思考方法が反映されている部分は、バッサリ切り捨てるか、注釈をつけて小さく書く。逆に、米国人が問題にしたいだろうと思われるポイントについては、想像力を膨らませて、背景説明も含めて詳しく書く・・・。

先日、私が行った英訳が、米国人の上司にたいへん喜ばれましたが、それは、仕事における「異文化コミュニケーションのツボ」を押さえているからでしょう。またそれは、私がこれまで、日本と英語圏のオーストラリアで働き、文化や言語、仕事の進め方における重点の違いを、肌で知っているおかげだと思います。

また、これまで大連で多国籍チーム(4ヶ国、5言語)を率いた経験も、今の仕事に大きく役立っています。お互い、全く別の文化で育ち、言葉も違い、暗黙の了解が成り立たない状況のなかで、チームを立ち上げ、リーダーシップをとってきた経験のなかで、「誰にも理解できる普遍的な言葉を使い」、「チームメンバーの文化に興味を持ち、尊重する」ことを身につけ、いまそれが大いに生きています。

日米間、日中間、米中間・・・各担当者の文化の違い、コミュニケーションの問題を、うまく橋渡しして、プロジェクトに落としていく。その過程で、質の良い多国籍チームをつくる・・・。これはまさに、私の強みが生かせる得意分野であり、これまで長年求めてきた、「 夢の仕事 」だという気さえしています。

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私はもともと、就職にあたって、給料や待遇、会社の規模、職場の安定性などには、ほとんど興味がありませんでした。給料が多少安くても、不安定になってもいいから、「働き甲斐」、「自分らしい働き方」を、求めてきました。その結果、日本を飛び出し、オーストラリアに渡り、中国に渡り、いま6年ぶりに日本に戻ってきた、今の私があります。

どの会社だった忘れましたが、入社式の挨拶で、「ビジネスの世界で本当に勝負できるのは、40歳になってから。それまでは踏ん張れ!」と、言った人がいました。いい言葉だと思いました。

私は40歳になる前に、「夢の仕事」にありつけたことを、非常に幸運に思います。自分の持って生まれたものと、これまでの人生経験が、ほぼ全面活用できる仕事を。自分の得意分野や、本当に楽しいと思えることが、そのまま仕事に直結してしまい、副産物としてお給料までもらえてしまう働き方を。

It's my dream job !

夢の仕事にありつけたからには、私はこの分野で、第一人者になりたい。日本や中国だけではなく、「世界に鈴木あり」と、言われるようになりたい。そして、世界各国を講演して回ったり、多国籍企業のマネジメントに、迎え入れられるようになりたい。

明日は、月曜日。夢の仕事に戻ります。どんな一週間になるのかな?今からすごく楽しみです。





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最終更新日  2006年07月30日 13時09分07秒
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