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ブログをお引越ししようと思います。Sleep Is Overrated.このブログも残しておこうと思いますがバックアップが取れないのでね・・・今までと同じくだらだらと大したことは書かないと思いますが(笑)機能等を考えると新しいブログのほうが充実しているみたいですので。それでは新天地でまたお会いいたしましょう。
2015/12/04
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ここのところ非常に忙しい日々を過ごしております。通常業務プラス締切プラス非常勤プラス入試・・・その他の学務もろもろ。寝不足、週末出勤と続いてちょっと、いや、かなりお疲れ残業中に少しぐらい癒されたいと聞いていたのがこの曲です。元Red Hot Chili Peppersのギタリスト、John FruscianteがまだRHCP時代のライヴでやってたものです。元歌はビージーズ。ささくれだった心が多少は癒されたような気分になりましたよ(笑)。というか、ジョンって歌上手かったんだ・・・もうRHCPを脱退してしばらくたつけど、彼がいてこそのあのバンドだったのかもな、と思うような気がします。もともと好きというほどではないバンドでしたが何曲かはいいなと思っていた曲があります。これもそのひとつ。これをギターで弾いてやるとアシスタントやギター仲間の同僚にぶちまかした今日この頃(笑)。人間ストレス溜まってるとろくなこと考えないわね。っつーわけで、天才といわれるフルシアンテのカバーなんてとんでもなく場違い、勘違いもはなはだしいわけですがとりあえず言いだしたものはやってやろうじゃないか。来週の山場祖の1が終わったら練習再開!です。その前に現行のプルーフチェックの締切りと査読3本あるってのは忘れておきます。
2015/10/25
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昨日は卒業式でした。私の不良債権がみんな卒業しました(笑)。いや、本当にすがすがしい気分でしたね・・・私の大学は教員は卒業式そのものには出ないで謝恩会に出るように言われるのですが勿論それも任意です。が、今学期は心からお祝いしてあげたい学生はたった一人(私の学部生アシスタント)だったのでお母様もいらっしゃるということで私のオフィスでお茶会にしました。おいしいケーキ買ってね。今までは謝恩会出てました。でも今回は私に暴言を吐いた元アシスタントに出くわすのも嫌だし個人的に今のアシスタントにお祝いしたいのと、もう一人某大学からお手伝いに来てくれている院生君が出勤ってこともあって謝恩会は遠慮しました。私は自分の仕事して卒業させたからそれでいいでしょうってことです。アメリカ時代は持ち回りであのCap&Gownを来て出なきゃいけなかったり前の職場だと教員全員強制参加でガウンきて出てましたね。うーん、卒業式はやっぱりアメリカがよかったな。あのCap&Gownに意味があった(笑)。日本は女子学生が華やかでそれはそれでいいですが人生のターニングポイントという意味で私はあのガウンが好きだな。あれを来て式にでて、終わってそれを脱いだらもう学生という甘えは通用しない実社会に入っていくことになるという気持ちの切り替えかな。そして教員となってPhDの卒業式のときの自腹のガウンを着るときは「あぁ、そういえば何年か前私もこれ着ていた学生の立場だったな」と当時を懐かしんだもんでした。ただ暑かったけどね(笑)。今回は卒業式も謝恩会もパスしましたが途中で私の担当の院生の一人に出くわしました。彼は手もかからなかったけど、思い入れもないのでおめでとうはその時点で言いましたが謝恩会で話すより、その場で話したほうがまだいろいろ話せるかと思って多少は話しました。そしたら「僕以外卒業式出ていたうちの分野の学生はみんな女子でした」って(笑)。両手に花じゃないか。というか、私が思ったのは「結局文句ばっかり言ってたアメリカ人とか他の留学生はみんな卒業式でなかったってことか」ということです。何人かはさっさと母国に帰ったみたいだし(それはいいことだ)。ただ、うちの元アシスタントの行方は知れず、ということらしい。「でもあいつガールフレンドがここにいるから帰らないんじゃない?」とその学生は言ってたけど私は「GFがいても仕事がなきゃただのヒモってことでしょう。本来もっと前から真面目に就活しなきゃいけなかったのに、教員他みんなの忠告も聞かないで好き嫌いいってるやつに仕事なんてないわよ」といいました。相手は驚いてましたが。いや、GFに食べさせてもらえばいいんじゃない?だってとりあえず日本に残ろうかと思う、なぜなら「住むところはあるから」って答えたぐらいだからね・・・そのGFの助けがなかったらホームレスだったのに、GFに対しても失礼なやっちゃなと思いましたから。本当に日本に残りたいと思った学生はそれなりに就活してましたからね。文句を言いながらも(笑)。だからそれをきちんとまともにやらなかった人間には仕事はないでしょう。それに・・・日本語がビジネスレベルじゃないしな。要は計画性持って動かなかったからどうなるかってことです。元アシスタントTを例にとれば、元から経済的に苦しいことがわかっていたならなおさらどこで就職するのかをさっさと決めて活動に入るべきだった。日本でするなら多かれ少なかれ日本のやり方に沿わなければ無理だしアメリカでならネットワーキングをずっと前からやるべきだった。私は日米両方の就職活動を教員として見てきましたが、そのアドバイスすら聞かなかったものねぇ(溜息)。学生ローンの支払いが始まるのは来月だということも、為替レートが日本円で返済となると不利だということも少なくとも1年以上前にはわかっていたことだからね。先のことを考えて動く、ということは当然計画性を持たないとできない。ビジネスだって同じこと。何年後どうありたいか、それが明確でないと今やるべきことが見えてこない。勢いに任せて進むやり方もありですが、それはばくちを打つのと同じことだと理解しないとね。それだけの運と才能両方持ってりゃそれもありだけどさ。大概の人はそれを持ち合わせないからどこかで計画を立てる。20代も後半に入ったらそれぐらい出来て当たり前だろう・・・大学院でるんだから。情けない院生が多かったですね、ここ2年ほど。みんな卒業させたので本当に気が楽になりました。オフィスでお茶会をして、お手伝いしてくれている院生M君とお昼を食べていたら学部生でなぜか最近私のオフィスに通うようになったL君登場。2週間のバリ島旅行がいかに楽しかったかと日焼けした笑顔で自慢をし私とM君の心をささくれさせました(笑)。M君は「僕の夏休み・・・どこ行きましたっけ・・・自分の大学と、ここと・・・あ、僕らここで飲み会しましたよね、Lがバリに行っているあいだに」とささくれていた(爆)。そうだね、私も家とオフィスと飲み屋ぐらいにしかいなかったわ。私は失った3年間を取り戻し始めるための夏休みだったから働いたけど・・・バリでトカゲ食って喜んでる奴にはわかるまい・・・でもね、ごく若い普通の学生は社会人になる前にいろいろやってみることはいいことだと思う。大学院生は研究しなきゃいけませんけど。Lが去った後、私はM君に「でもさ、Lは卒業して働き始めたらもう2週間のバケーションなんてめったに取れないけど我々は時間のやりくりさえ自分でやればどうとでもなる道を選んだわけだから普段は地味でも仕方ないのよ(笑)」と諭しておきました。ただ学生の間に計画性ってことは学んでおいて欲しいですね。今日もそれがまったく足りずに卒業前のラストのセメスターになって私のクラスが受講できないとわめいているアメリカ人学生からメールが来ました。だから基礎のクラスとらないとAdvancedのクラスを取る許可が出ないってシラバスでも、学内のシステムでも書いてあるじゃないか(怒)。「I need to take it」とか言われても、それを決めるのはアンタではない。きつい同僚になると、許可なしに登録してもFで落とすと宣言しているし現に落としているからねぇ・・・「Prerequisiteもなく、教員の許可なくコースに登録しても単位は取れない」ってはっきり書いてるのにさぁ。何度かのしつこいメールと、あの私の大嫌いなSense of entitlementのにおいがプンプンする返信を読んでぶち切れ寸前になりましたが、その前に我々の分野のルールを再確認し、同時に彼が他にとれる講義の確認をした後「許可なしに受講してもFになるので、許可を出すために資料を出すように」とだけ返事しました。そのまま登録してもFを付けます。だって今まで他の学生にも同じこと言ってきましたし、例外を作ると後が大変になる。最初にルールとしてはっきり提示されていたわけですから、4年生の最終学期の前にそんなもの確認しておくのが当たり前です。それは学生の責任であるとはっきり書いてますし。こういうやつに頭ごなしにダメといっても仕方ないので「それではマーケティングの基礎があるという証拠を提出したら検討します。ですので至急許可を出すための証拠を提出するように」と返事しました。別にそれが出せれば受講許可出せますのでね。なければ登録してもFです。内定出てるんだったらFなんかとったら困るでしょ?前もって計画持ってクラス受講してたらこうはならなかったですしね。それに、彼は私の評判を聞いたことがないのか?Lいはく、「Dr.Izzyはおっそろしいから絶対クラスを取るな」という風になってるらしい(笑)。良い傾向だ(笑)。それでもなんで100人ぐらい取るのかしらね??2,30人でいいんですけど。大体文学とか宗教学とか経済とかみんなクラスの大きさ小さいしさ~。おっそしい教授なのになんでL君は私のオフィスに顔出すのか。そのあたりもよくわからないなぁ・・・やっぱり彼はどっかのねじが飛んでるにちがいない(笑)。
2015/09/19
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私の友人には会社員ではない人も結構います。コンサルタントとして独立していたり、芸術家だったりデザイナーとかもね。で、この間ピアニストの友人と話をしていたのですがそれと同じことを書いてあるブログを別の友人が教えてくれました。プロの知識と経験と時間をタダで求めないでください。獅子舞演者の方のブログだそうですが、まさにこの通り。こういう依頼してくる人多いんですよ・・・ただのサービスだと思ってる。で、そういうことをワタクシみたいな一大学教員にやってくるのもたまにいます。元教え子ですが。この教え子、学生だったころは何の問題もありませんでした。人間的には今も問題ないと思っています。素直でおぼっちゃま。この子が、すべて親もちで英会話学校を始めました。すべて親もちです。父親は会社経営されているのですが、何千万というお金をポンとだして、おもちゃを与えたという感じですかね。ま、それは人のおうちのことですからいいんです。それを始めたのが卒業前で、まだ学生だったということもあり話は聞いていました。あのころは今ほど忙しくもなかったしね。ただし、私が話したことは普段講義で言っていること以上のものはありませんでした。それ以上やるのはコンサルティング業務で、学生の起業のためにそこまでやる必要はないですから。本来そのような助言はスポンサーである父親がすればいいことです。あれから1年半、もうすぐ2年かな。別の卒業生から「どうも彼はGFができてから、英会話学校のほうには力が入っていないらしい」という噂が。所詮お坊ちゃまのお遊びだったんだねぇとその時は言っていたのですが先日学期が始まる前に話を聞きたいと。いや、これ、別に卒業生が「先生こんにちは!」と顔を出すだけならいいですよ。でも明らかに自分の英会話学校の経営とかの話なわけです。起業しても生き残れる数というのは少ないというのは常識ですが女の子にうつつぬかして学校ほっぽりだして経営傾いたから相談ですか・・・それはないでしょう。相談相手は私ではなくスポンサーの父親であるべきです。前話を聞いたりしたのは学生だったからです。私の仕事には学生対応も入っていますからね。ただ、もう卒業生です。全てのリクエストに対応する必要はありません。そして私がマーケティングなりブランディングなりプロモーションとかの相談を受けて提案をするとそれはコンサルティングになります。別に副業を持つことは大学教員は禁止はされていませんがタダでやることではありません。コンサルタントが相談に乗るときは最低でも一回2時間で10万円とか、そんな金額です。それが大学教員とかになるともっとチャージされてもおかしくない。それを教え子だからただでやってもらおうってのは違うんじゃないかと?上記のブログにも書いてありましたが、ちょっとだったらタダでやってくれるだろう、とかはありません。プロにただで仕事を依頼してはいけません。プロとして報酬を受けるには、経験、知識などが必要です。タダでやってくれというのは、あり得ません。弁護士相談だってお金いるでしょう?お医者さんだってそう。同じことです。お金が欲しいわけではありません。欲しかったらもっと前からコンサルティングやってます。私は大学から給料をもらってますからまずその職務を果たすことが一つ。それ以上の仕事には研究費や講師料、あるいは謝礼をいただいています。プロなんですから。そして、いくら教え子でもただでコンサルをやってあげる時間ないです。というか、コンサルしたくないから(苦笑)。そのあたり、親も止めないのか?簡単に頼んでくるあたりがわからない。「ちょっと」話聞きたいぐらいなら、それが大したことないのなら自分でやればよろしい。私のピアニストの友人曰はく「「ちょっと」と思うのなら、ご自分でやってください。「ちょっと」をやってくれないのはケチだと思うのなら、ご自分で「ちょっと」のノウハウを身に付けてください・・・」ただ、本当に近況報告の場合もありますから、この子への返事は「もう以前ほど時間の余裕はないので、来るのだったら何日の何時から何時までです。そして場合によっては私の他の勤務地のほうに出向いてもらう必要があります」と返事しました。返事?来てませんよ。所詮それぐらいでしょう。ビジネスやってて返信が遅いって致命的ですから残念だけど本気ではやってないとわかりました。そんな人に費やす時間はありません。大学の先生は下手に出ることないですからねぇ。企業やほかの大学から仕事の依頼はありますし本務校があれば、ぶっちゃけ気が乗らなければやらなきゃいいです。私なんぞそれの典型で、某大学の先生のつてで非常勤するぐらいです。それは、その先生に頼まれたから。その先生にはお世話になってきたから。だったら私がお手伝いできるのならということで引き受けました。お金のためにやっているわけではないです。もちろん報酬はいただいてますけれどね。こういう人結構多いと友人たちもぼやいております。ただ、ここ最近はこれから先の自分の仕事の仕方、プライオリティの付け方を考え直していって少々いらつき、どんづまり、男友達たちからは「煮詰まったらいつでもよべ!」だの「どうした?大丈夫か?ちょっと会うか?」と救いの手を差し伸べられて「あぁ、友情ってありがたい」と思ってたところにまたこんな無礼(失礼)なことやられたら、ちょっと疲れる。相手にしないのが一番でしょうね。だから結構ドライな返信しておきました。プロを、専門家をなめてはいけません。その「ちょっと」ができないからやってもらうのでしたらそれなりの対応はしないといけません。そんな単純なこと、わかんないかなぁ・・・
2015/09/17
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ちょっと最近は色々ございまして(平和な時期がないよなぁ・・・)同僚と、いったい何のためにこの仕事をここでやっているかという非常にまじめなおかつDepressingな話をしていたのでした。彼も私もアメリカのPhD持ちでアメリカで教えてからここにやってきたのですが日本の大学という中では異端児であるという自覚のもとに溜息をついていたのでした。我々の学部は昔から英語でアメリカのシステムに沿って大学教育を行っているところで最近似たような学部が色々出てきたわけですが最近はどのような学生が多いかといいますと昔は帰国子女がほとんどでしたが、今は留学生と日本のインターナショナルスクール上がりの学生がほとんどです。学部教育に関しては、私はこんなものだろうと今は考えています。ほかの大学にも似たようなプログラムはありますが、いろんな方のお話を聞くと英語での講義がそううまくいっていないという話が多いです。これは学生側の英語力不足と、教員側の問題も両方あります。だって仕方ないよね、ずっと日本で日本語で教育を受けてきた学生が少々英語が得意でもいきなり大学レベルの授業を英語で受けてついてこれるかというとそれは難しい。最初は本当に大変でしょう。石の上にも3年というしね。先生だってそんなにいきなりは英語環境に入れといわれても困るでしょう。国はもっと英語での教育をというけれど、いきなりその方向に舵を切るのは大変だ。その苦労は私にだってわかる。まだその点ここはマシらしい。少なくとも学生には英語が通じる。っつーか日本語が危ういから(笑)。日本語できないのも多いしね。問題はこの子たちが勉強しないことでさ・・・まぁ私もこの3年いろんな経験しましたけどアメリカ時代にはなかった苦労ばっかりでした(苦笑)。少なくともTeachingという意味では、アメリカ時代が懐かしい。もっと楽しかった。それは学生のフィードバックがおもしろかったから。ここなんて大学院でも死んだような感じですもの。院生が。アメリカ人院生だってそう。一体アンタらはなにをしに大学や大学院に来たんだ??という感じ。それでももがいて、しないでいい苦労して・・・その代りに得たものは給料以外ではほとんどなかったかもしれない。そんな話を同僚としていたら、彼はボソッとこういいました。「僕はもうちょっと社会のためになることをやりたい。ここの学生に振り回されて、大きな子供を子守するのは最低限にしてもう少し社会に還元できるようなことをやりたい」って。私もそれを聞いて考え込みましたよ。講義はやるけど、大学院生を育てるのはもういいかなと。ここの学生ではそれはできないと、3年たって気が付きました。それができる学生は2パーセントもいないって、こないだお会いした某先生も言ってたっけ。そうしたら、私の存在意義ってなんだっけ?となる。元々Teachingがそう好きなほうではなかったんですよね。アメリカ時代のことですが。そりゃそうでしょ、アメリカ人相手にTeachingって楽じゃないですよ。当時の同僚曰はく「演技だから」そう、しんどくてもかったるくても演技。元気なように演技。気にかけてるふりする演技!(笑)でもフィードバックはあったからね、まだやりがいがあった。でもそれはここでは得られない。となると、私はもともと何がしたくてこの仕事についたんだっけ?となる。3年間学生に振り回されて研究できなかった期間。あの3年でいったいどれだけ論文出せたか・・・私が論文出しても世の中が良くなるわけでもないんだけど(笑)研究はやっていたい。というか、以前はそこに自分の存在意義を見出していたしアメリカ時代切磋琢磨してきた仲間たちもほとんどがまだその世界にいる。だから、そこから落ちこぼれたくない。となると、研究するしかない。研究するには、余分な作業をそぎ落とさないと時間が作れない。となると、やはり仕事への取り組み方を考え直さなきゃいけない時期に来たんでしょうね。いろんな頼まれごとをされる年齢・ポジションにもなりましたがこれからは断るべき時は無理して受けずにNoと言うと決心しました。自分の存在価値の確認できる仕事をするためにね。そうでないと自分を見失いそうになって、余計なストレスで体壊してろくなことにならなかったので。やるべき仕事はやりますけど、それ以上のことをやる場合は自分が納得してやれるかどうか、を判断基準にしようと思います。細かいストレスのもとはいっぱいありますけど、もうそういうのはできるだけ排除したいなと思いましたので。ほんと、過去3年、ここにきて自分が何のためにこの仕事をしているのか?という基本的な方向性を見失ってしまっていて教員という名の単なるGlorified Babyshitter化していたような気がして・・・だんだんそれじゃいけないと気づいて変えていこうと努力してきましたがやっと腹を据えてやろう、と。社会に還元できることか・・・一体何があるかなぁ・・・
2015/09/16
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来週まで帰ってこないと思っていた同僚でギター仲間のCが戻ってきた(汗)。いきなり人のオフィスに入ってきて、私の新しいギターに目を付け、それを30分ほど引き倒して雑談して帰っていきました。ワタクシ論文の推敲中だったのに、集中力切れたわ(苦笑)。明日が締切ではないので許してやるよ6週間ぶりで、色々雑談をしていたのですが彼は最近私に起こった院生Tの件も知っているので、その後のアップデートもしました。あんだけやらかした後、まだ私にReferenceになってくれって言ってるのよというとは?という表情。「・・・いや、すごい神経だな。あれだけことやらかしておいて、まだ頼み事してくるか?」まあそれも驚きなんだけど、実際に問い合わせが来たらどーしよう。絶対聞かれるじゃない、「この候補者を再雇用しますか?」って。「お前どう返事すんの?」と聞くから「・・・どっちのほうがダメージ少ないかな? I decline to answer the questionか、No I won't hire himか」と反対に聞き返してやりました。しばらく考えたのちのCの言葉。「Decline to answerだろうな。どうともとらえられるけど。Noといったらなんで再雇用しないのかってっ突っ込まれるぞ。その時まさか嘘は言えないだろう」って。いやもちろん再雇用なんてないし、雇用形態が大学でなく普通の仕事だと特にネット上で簡単にいろんなことをぶちまける人間なんて恐ろしくて採用できないじゃない・・・そんなこんなで、しばらくTをはじめとするうちのアメリカ人学生たちの話をしていてふと私がこういったわけです。「なんで彼らって卒業した後も日本にいたがるのかしら?日本語できないとろくな仕事はないじゃない?さっさと自分の国に帰ればいいのに。残ってたって袋小路でしょ」という私の独り言に、Cはこう言いました。「Izzyだってわかってんだろ。あいつらはアメリカじゃ生き残れない。アメリカの競争社会では生きていけないから来たんだって。つまりアメリカ人であってもアメリカ人のメンタリティなんてないんだ」って。私のもとには日本人の学生も留学生もなぜか「アメリカで就職したい」といって相談に来るんですがねはっきり言ってそれは無茶な話なわけです。たとえビザとかそういう条件をクリアしたとしても。Cとその後アメリカの益々ひどくなる競争社会について話をしていました。アメリカは、大卒の人間が、普通にいい大学を出てもそう簡単にエントリーレベルの仕事につけない国になってしまいました。良い大学に行き、その間にインターンとかを継続し、ネットワーキングを一生懸命やっても大学出てエントリーレベルの仕事につけるのはごくわずか。だってエントリーレベルの仕事さえ経験3年必要とかってJob Postingには書いてあるのです。だからこそ大学生は必死になってずっとインターンをやります。たとえ無休でも。経験とネットワークのために。おまけにほとんどが学生ローンを組んで進学してきます。だから卒業したら働かないとローン返済できなくなる。学生ローンだけは破産しても免除されません。とにかく返済しないとどんどん利子が膨らむ。・・・なんと生きにくい社会になったんだろうね。アメリカで働くってそう安易にはできなくなりましたね。コネと経験なしでは働けない。日本にいる留学生でも同じですけどね。Cいはく「留学生採用って言ったって、外国人採用だからな。日本人と同じようにはならない。出世も待遇も。」あほたれ、そんなのアメリカだって一緒だよ。その前に外国人留学生に仕事なんてくれないのがアメリカだ。結局日本で外国人が就職するのもネットワークと経験がいるわけです。「でもお前のところの(お前のところって言うな~!)TはそれをBlow awayしたんだろ?一番コネ持ってる直の上司でありアドバイザーであるお前を激怒させたんだろ?まして他にコネなんてないだろ、あいつ。英会話講師への道まっしぐらだな」とCはいう。さっさとアメリカに帰ればいいじゃないという私に「帰っても残っても地獄だって今頃気づいたってわけだ。うちの学部のアメリカ人学生はほとんどその道まっしぐらだ。だからと言って俺たちに何ができるわけでもないしな。付けを払う時期が来たってだけだから、あとはもう俺らは黙って見ているしかないだろう。」という。そうだね、結局本人の今までの努力だね。アメリカでだってみんなそうしてるんだもの、外国人として働くならもっと努力しないとだめだよね。「結局、あいつらはアメリカの競争社会の落ちこぼれだ」と締めくくる。・・・あんたの国から来たんだよ、彼ら!?だからと言って日本だったら何とかなると思ってるんだろうな。日本がなめられてると思うと、私めっちゃ腹が立つんだけど・・・アメリカが競争社会って言うのは100も承知です。その中で生きてきました。確かにしんどい時もある。嫌になるときもありました。でも若い時だからできた。若い時にしんどいことをやっておいてよかったと思います。今いきなりあれをやれといわれたら多分無理(笑)。若い時に、一生懸命何かに取り組むということを避けてはいけないなと思いました。なんでもいいんですけどね・・・とにかくしんどいことから逃げない。逃げ癖を作ってはいけない。Tに関しては金の切れ目が縁の切れ目という感じで私のもとでの雇用がなくなった後はどうしてるか知りません。まだ卒業式じゃないので、日本にいるのは確実ですが。本当はさっさと帰ってアメリカで職探ししろよと思うのですけどね。それが怖いのでしょう。帰っても仕事がないという現実に向き合うのが。帰っても自分に市場価値がないという事実と向き合うのが怖いんでしょう。怖くても、現実に向き合わないと解決法は見いだせないんだけどね。ほんと弱者には住みにくい国になりましたね、アメリカって。確かにうちの学生はこういうどうしようもないのも多いけど、それにしてもエントリーレベルの仕事につくのになんで2-3年の経験がいるんだか・・・理解できません。それはエントリーレベルとは言えないんじゃないの??私がアメリカから戻ってくる3年前もえげつなかったけど最近はもっとひどいみたいですね。そんな話をCとしていて、溜息ついてました。「・・・もうアタシモラトリアムな北米からの学生は取らないわ」って。日本はそんな楽な国でもないんだよ。だから悪いことは言わないからアメリカに残ってネットワーク作って働きなさいって言うしかない。これからは、すでにそれができてる学生のみ取ることにします。
2015/09/03
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先日こんなブログを発見して思わず読み入ってしまいました。100とか言ってますが94で終わってるのが残念です・・・完結してほしかった(笑)。100 Reasons NOT to Go to Graduate School これ、必ずしもすべての分野に該当するわけでもなく一般的に博士課程、日本でいうと博士課程後期に当てはまる場合がほとんどです。で、書いた方(たち)はかなり大学院で苦労されたんだな、と。私自身、大学院出願前に出願希望者からコンタクトされる方ですが確かに良く考えたほうがいい。で、個人的には色々仕事も増え、当然集中するべき物事が増えたので新規の院生をほとんど取らないようにしているので問い合わせに関しても返事しないこともあります。私の場合どういう場合に返事しないかというと・・・1)明らかに私の専門分野について調べていないので頓珍漢な問い合わせの場合2)大学院を出て自分でビジネスしたいと志願者が言っている場合3)なんで大学院に来たいのか明確に理由を述べていない場合そして実際に学生を取るか取らないかという判断をする際は4)大学院という場は実践教育の場ではないと理解しているかどうか5)日本でなぜビジネスを英語で学ぶのか(そのくせ日本で就職したいと主張)ということを考えているかどうか6)大学院を出たら自動的にキャリアアップにつながる(イコールいい仕事につける、収入が上がると思っている)と考えているかどうかこれらの点も注意深く見るようになりました。うちはほとんどが留学生で占めるプログラムです。で、英語ですべて済む。だから安易に日本に来たいと思っている志願者が多い。日本語能力必須じゃないですから。それで日本での就職はほぼあり得ません。英会話教師かヘッドハンティング会社で働くかしかない。で、この両方の仕事は大学院を出た人間がわざわざやることでもなくおまけに将来性のある仕事ではない。ので、安易にやってくるとほんと2年の間のお金と時間の無駄になります。両者無駄にできる余裕があればいいですけどね。このあたり良く考えずにうちのプログラムに来て、入った後で文句言われてもどうしようもない。こんなの無駄だと思った時点で辞めたほうがいいんだよね、本当は。実際私は日本に戻ってからほとんどの場合学生に「大学院は慌てていく必要ない。働いてから行きなさい。そして生半可な気持ちで行ってはいけない」と伝えます。特に自分でビジネス云々といってる人たち。大学院、MBAプログラムなんかでは起業と成功の方法なんて教えてくれません。あれは組織に属する人たちのための学位です。うちの馬鹿な院生が会社ごっこしてもにっちもさっちもいかなかったことを思いだします。あいつらはただビザのために大学院に居座ったわけですが学位はもらっても、その先どこにも進めていない。むろんビジネスだって立ち上げられなかった。大学院の学位もらってもお金が稼げるわけではありません。それを求めるならすぐに働きましょう。大学院なんて忘れて起業してください。モラトリアムで大学院に進むのもやめましょう。大学側は、一定ラインをクリアした志願者は取ってくれるかもしれませんがその後いつかは自分が何をやるか、どうしていくかは自分で考えないといけません。それを先延ばしするための進学ならやめましょう。そういう院生に、先生たちは時間も労力も割いてくれません。教員はそういうところ、ちゃんとお見通しですよ。そしてこれは文系に当てはまることで、理系の場合は当てはまらないかもしれません。実践教育をお望みでしたらそういうプログラムに行くこと。きちんと下調べしましょう。ただしMBAを取っても成功は保証されません。MBAで役に立つのはネットワーク、そしてその役に立つネットワークというのは一流プログラムじゃないと手に入りません。ので、どんなMBAプログラムでもいいわけではありません。私は学問を究めたい、というのなら止めません。確かに大学院ってそういう場ですので。ただ、その後就職するのに苦労するという覚悟はしておきましょう。夢だけでは生きていけません。いつかは競争に放り込まれます。確かに自分の興味ある分野の「研究」って面白いですよ。でもそれだけで生きていける人は本当に幸せです。大学の先生だって研究以外のお仕事いっぱいあります。本音では自分の研究だけしたくても、実際はそうできる時間は少ないです。私の以前の教え子が今別のプログラムで博士課程に在籍していますがまだこの点がわかってないなと思っています。性格がとても良いんですが、いかんせん競争というコンセプトが理解できていない。私はもう指導教員じゃないので、そのあたりは現在の指導教員に任せますが今は学問ができるだけで幸せというのを満喫しています。それはそれで、幸せなことです。その幸せが長く続くことを祈っていますがもうしばらくすると競争社会の側面がわかってくると思います。自分の研究だけすればいい時期はもうすぐ終わります。その後どうやって進んでいくか、それはお手並み拝見だと思っています。いばらの道以外の何物でもないですから。ただ、やはり自分のこの研究がおもしろいという気持ちがなければ大学院というのは行かないほうがいいなとは思います。そういう意味でこの学生は行って良かったのかな、とも。それじゃ私自身は大学院進学を後悔しているのかというとそうではないです。やってよかったと思いますが、2度とはやらないでしょう(笑)。現場に立つだけなら博士号いらないなとも思うし。でも、お金は儲からないけど時間をやりくりすれば自分の研究はできるのでそういう意味では今の仕事でいいと思ってます。ただ、私は学位取った後のことが怖かったです。どうしてもフルタイムの仕事につかなければいけないという脅迫概念。食べていかないといけなかったですから。大学院時代は色々なFundingのおかげでお金払ってませんけど学位取って卒業したら働かないと食べられない(笑)。だから就職活動すごくストレスフルでした。オファー取るのに必死。それぐらいがむしゃらだったなぁ・・・最初からテニュアトラックに乗れたのはラッキーでもありましたがその分努力もしました。だから100パーセント運だったとも言いたくないけど運も必要だったといいたい。その運をつかむのは、やはり多少のStrategic thinkingってのをやらなきゃいけない。純粋に学問だけやっていたり、ただ働きたくないからと大学院に行っただけではその運はやってこないとも思います。つまりStreet smartnessもいるんじゃないかと。上記のブログ読むと「大学院なんて存在価値あるの?」って思いますけど(笑)警告として読むのはいいと思います。良い面ばかりではない、物事を決断するときは多面的にアプローチしなくてはいけないということかな。良い面も悪い面も考えて、それでもメリットがあるなら進学すればいいです。その代りその決断については自分で責任持ちましょう。大学院に来るというのは大人ってことだからね。そうそう、私に出願前にコンタクトして見事に間違ったタイトルを使ってきた志願者(笑)。やっぱり自分でビジネス云々と書いてあって、それをリサーチだと勘違いしています。こんなの大学院行かなくてもできるじゃないというのがワタクシの正直な感想なので返信は見合わせています。なんでも人に教えてもらえばうまくいくという受け身な考えではビジネスなんて成功しませんよ・・・自分で模索しながら動かなきゃ。
2015/09/02
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日本語で先生を呼ぶときは簡単ですよね。「XX先生」で済むから。それが小学校だろうが大学の先生だろうが一緒です。これが英語になるとちょっと面倒になる。いや、面倒じゃないかな。ただ大学生はこのあたりがわかってない場合が多いです。私は日本人以外の学生(特に院生)を持つことが多いですが、このあたり理解できてない子が多い。昨日も大学院で私に指導してほしいという人からメールが来ましたが「先生のHP呼んで研究分野うんぬん」という割には間違いをやらかしてました。ワタクシのこと「Mr.XXX(ファーストネーム)」だって(爆)。おいおい、ちゃんと大学のHP見てないだろ?そこには写真出てるから性別ぐらい見分けられるはずだからね。まだ返事書いてないけど、気難しい先生だったらこういうのやられただけでへそ曲げますからね。あくまでも私が理解しているアメリカでの場合ですが・・・西海岸ではカジュアルな場合が多く、ファーストネームで呼んでいいという先生もいるみたいですが先生が自らそういわない限りはファーストネームで呼ばないようにしましょう。ワタクシは東海岸、中西部、南部で教員生活送りましたがあちらは基本的にもっとフォーマルです。MrとかMsとかはハイスクールまでの先生につける敬称。Mr. だのMsだのMrsだのは性別がわかる敬称ですので大学みたいなところでは使わないほうが無難。本当に無難に行くならProfessor XX(苗字)で呼ぶこと。これで失敗することはまずありません。そして、博士号もちならDr.XXX(苗字)。私がいた州立大学では99パーセントまでが博士号もちだったのでみんなDr. XXXと呼ばれていました。これならランクに関係なく無難なタイトルだからです。Professor XXXだと、正式にはFull Professorを指すことだとも言われたっけ、オーストラリアとかイギリス流派の大学から戻ってきた同僚たちに・・・だからDr. XXXが無難ってわけ。アメリカだと、Dr持ちにはDrつけるのは、そっちのほうが上という見方だから。博士号なしでもProfessorと呼ばれます。ランクに関わらず。先生によってはそういう堅苦しい呼ばれ方は嫌だといってこう呼んでいいという人もいます。そういわれたら遠慮なくそう行きましょう。言われなかったらちゃんと敬称つけること。これ常識。いきなりファーストネームで呼んで「20そこらの学生にファーストネームで呼ばれる筋合いないわよ!」と怒った女性同僚もいましたね、昔は・・・私は基本的にジョージア時代からの名残でDr. Izzy(ラストネーム)で呼ぶようにといっています。もちろんProf. Izzyでもかまいません。Profと呼ばれる方が堅苦しく聞こえるので好きじゃないですが。Ms Izzyは問題外。アンタのTAでもハイスクールの教師でもないって。ファーストネーム?アンタの友達じゃないわよって。私にとっての敬称は、仕事上でのけじめみたいなもんです。もちろん自分の生徒とか、アカデミアの人間以外にそういわれたらびびりますけどね(笑)。だけど、仮にも大学院入学志望でおまけに指導希望してるんだったらこういうしょうもないところでミスしてはいけません・・・敬称にファーストネームって、見も知らない人に言われたら嫌ですよ。この人はメールでも指導してほしいとかしつこいので今忙しいし、指導はきちんと学生になってから、それに合格するという保証はどこにもないと伝えます。今私は自分のことに集中するため大学院生の数減らしてますから・・・ここにきて3年、大学院教育ということに置いてはアメリカ時代とは比べ物にもならない。無駄な時間、エネルギーを使ってしまったと思っています。残念ですけどね・・・それが現実。だからよほどじゃないと学生は取らないことにしています。毎学期入試がありますが、私志望で願書を出してくる人は結構います。が、取るのは一人。よくて二人。合格しても来ない場合がありますし、それはそれで問題ないと思ってます。他大学や他学部の院生さんたちとは雲泥の差だからです。何人かはまともな学生もいますが私の感触だとそれは4分の1ぐらいかな・・・その4分の1を引き当てられればいいけれど、そうじゃない場合が多い。留学生を取るというのは難しいことです。留学生を増やそうという流れがありますけれどいったいどれだけの先生がその対応をする時間と労力があるのか?ただ闇雲に増やせばいいってもんじゃない。私はここにきて日本人の学生に嫌な思いはさせられたことないですけど(アメリカでもそうだった)外国人留学生、それも院生にどれだけ嫌な思いをしたり失望させられてきたか・・・成功ケースを探す方が難しい。それを思うと、現状でほとんどの志願者が留学生であるこの場ではそう簡単に学生を受け入れようという気分にはなれないのです。ので、このメールの主を思うと、どうしようかなぁと溜息が出ます。こんなタイトルぐらいのことで、と思うかもしれませんが「先生のHP見た」というのは口だけだとわかったのでそういう学生欲しいかな?と黄信号がともったりする。会ったことない人に物を訪ねるのは失礼がないに越したことはないですね。そう思いました。
2015/08/28
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前回のポストに書いたレファレンスの件。頼んできて、私が返事をしたにもかかわらず全く音沙汰なし。これでは必要なのか、どんなところに出したのかもわからず。ただ不快感ばかりが強くなっています。この学生いつもそうだったわ。最初いらない、やりたくない、云々とか言ってまた人にお願いごとをしてくる。レファレンスも同じだった。そのたびに不快感ばかりが募ってイライラする。今までは仕事の一部だと思って我慢もし、言いたいことも言わなかったけれど私、ののしられた後までレファレンスになる必要があるのかしら?そして承諾した後お礼の一言もないってどういうことなの?これって指導教員の職務外のはず。・・・もう前言撤回して断ろうかと思っています。こんなの、レファレンス照会きてもいいこと言えないし私が本音言って訴訟沙汰にされてもいやだし。絶対聞かれるのが「この候補者とまた一緒に働きたいか」って質問。Noとしか言えないし、ここで「I decline to answer that question」って言ってもどっちにしてもいけない。でも嘘をつく必要もない。というかね、ここまで不快感を感じてまでなんで人に便宜を図らなきゃいけないのかとバカバカしくなってきたんです。立場上自分の推薦がある程度の力を発揮するのはわかります。そこで嘘ついて自分の評判を落としたり、これから後私の推薦が必要な学生のチャンスまでぶち壊す必要はない。私にも断る権利はあるはずなのに。おまけに私は目上だ・・・別に相手から何も期待していないです。ただ常識として最低限の礼は尽くしてほしい。それができないと社会人というか大人としてどうかと。こういう風に今不快指数120パーセント!って感じでいても頼んできた相手は何も考えてないわけです。バカバカしくって。もうしなくていいじゃないか、断っちゃえってなってる。もう指導教員の職務は終えたはず。そしてもう雇用者でもないんだから。特に今私の手伝いをしてくれている某大学の院生さんと、継続のアシスタントとで快適に作業しているので余計にこういう学生の振る舞いが頭に来る。今のアシスタントM君いはく「メールの返事なんていくらでもすぐチェックしてできるでしょ。何も長い文書く必要ないんだから。僕、仕事柄メール出すのみんな目上ですけれど長い文なんて書かないです。ただ、できるだけ早く返信します。仕事のことだし、相手も返事ないと困るでしょうし。まして今回向こうは先生にお願い事しているんだったら条件付きでも引き受けてもらったんだったらお礼をすぐ伝えて当たり前なんじゃないですか?」ほんとに。君の言うことがまっとうです。私はこんな不義理で失礼な奴のレファレンスになりたくない。なにより、こんなに嫌な思いを我慢してまでやんないといけないの?それはないだろう・・・損得勘定だけで動きたくはないけれど、ここで私な~んの得にもならないし感謝もされてないってわかったよ。もうどうでもいいわ、この子。だけど最近この「やってもらって当たり前」で「お礼が言えない」人の多いこと多いこと。本当にびっくりです。そういうのに限って権利意識と被害者意識がすごいの。もう私の想像を超えています。こういう人種を相手にするのは本当に疲れる。そんなわけで、私も疲れました(溜息)。こんな学生の将来なんて知らんわ・・・自分で自力で就職してください。
2015/08/19
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8月に入って、新アシスタント君も入り、新しいギターも買い(をい)やっとしんどかった3年目が終わった、これから夏休みだぜ、イエ~イ!って感じで緩く仕事しながら過ごしておりました。平和にね。・・・そしたらご機嫌を損ねるような、そして目を疑うようなメールが。先学期末でアシスタント業務終了した院生Tでした。こいつには最後に煮え湯を飲まされてます。詳細は書きませんが、私、公の場・・・ネットで侮辱されました。それも頼んだ仕事について。あり得ないでしょ。アメリカだったら即刻解雇、大学内でも懲戒にかけるかかけないか、という話になりましたがもう卒業で、指導することもないからと私がかなり譲歩する形で幕引きしました。大事にする気力もなかったです。ただただ、情けない、馬鹿な奴だと。当然全て証拠を出して偉い先生とのミーティングをしたら相手は白旗上げて降伏で、一応表面上は何もなかったことになってました。はらわた煮えくり返ってたけど。でも7月末ですべて終わり、卒業は9月になるけど実質は8月からはもう私は関係ないと思ってました。そしたらね、何とメールで「いるかもしれないんで、就活のReferenceになってください」ときた。一瞬我が目を疑いました。お前、指導教員であり雇用者であった私をあそこまで侮辱してよくReferenceになってくれって言えるな、って。どこまで面の皮厚いんだよ・・・・普通解雇になって当然のことをやらかしたら、その上司にReferenceなんて頼みませんよ。レファレンス照会あった時に何言われるかわからないでしょう?私が正直に書いたら彼はすべての雇用機会失うぐらいのことやらかしたのに。レファレンスになる義務はありません。推薦状を書く義務も。あれだけのことやって、いいレファレンスをもらえると思っているその考えが知りたい。一体何を根拠としてそう思うのかって。こういうの社会人にしちまっていいのかって本気で悩みましたよ(笑)。いったいどうしようか考えましたけどね・・・条件を付けました。まず日本では絶対レファレンスにならない。アメリカでの仕事のみ。アメリカでの就活ではレファレンスを要求されることがほとんどです。それも2,3人。日本だと外資系とかですが、私は彼に日本に残ってほしくないのでアメリカに帰る手助けはしてやる(笑)。そしてどんな仕事でもいいわけじゃなく、ちゃんとした仕事、ポジション以外で使うなと。例えばスタバのバリスタとか、英会話教師とか、Best Buyの店員とかそういうプロフェッショナルじゃないポジションのレファレンスに教授を使うな、と。ついでに説教付。モノの頼み方がなっとらん。レファレンスって自分の将来や仕事を決める大切なものなのにそれを軽く「いるかもしれないから」と頼むなと。受ける方は真面目にそこまで考えてるのに、頼むお前がその態度ってのはいったい何だ、と。お前の将来や仕事、そこまで軽々しく扱ってほしくないんならきちんとものを頼んで来いと。これ送ったの2日前。まだ返事来ず。いい加減にしろありがとうも言えんのか、お前は!まぁレファレンス照会に来る場合、その候補者が一緒に働く同僚としてどうなのか弱点とかも聞かれます。その時に私が答えるのを拒否しても、本当のことを話してもどっちに転んでもいい印象は残りません。勿論彼にも私をレファレンスに入れないという選択もあるわけです。それはそれで全然OK。手間がかからない。自分の選択です。ただ、大学院まで出たら、最初の仕事は普通は指導教員を入れるわな。お子様だから仕方ないとはいえ、なぜあんな馬鹿なことをしたのか。やっていいことわるいこと、後に残ることのこらないこと・・・わからないわけじゃないだろうに。もう以前あった信頼なんてものは、それだけでぶっ飛んでしまったのです。一瞬で。いつまでも甘い顔してると思わないでほしい。私の仕事は終わったし、もう信頼も何も残っていないのだから。一から、何もないところからやり直して来いといいたい。日本に残ったって英会話の先生ぐらいの仕事しかなくてGFに寄りかかるぐらいしかできないんだから。大学院まで出て、情けないことです。こんなのが多かったら、そりゃ私も「もう院生指導しない!」って言いたくもなります・・・
2015/08/15
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世間はお盆休みですが、通常業務中です。私にとっては休憩みたいなもんですがね。なぜかというと、講義がなくて学生の面倒を見なくていいということはもうそれだけで休憩なんですよ(笑)。本当に。マジで。自分のことだけしてりゃいいなんて私に言わせたら休みと同じだ(笑)。この大学に来て3年、振り返るとなんというか・・・今まで感じたことない疲労感を感じています。同僚には文句はない。でも、研究ができたかというとNoで、それはあまりにも教育というか大学院生という大きな子供のお守りに時間を費やさざるを得なくて自分の研究がろくに進まなかったというとんでもない状況でした。今までもずっと大学院教育に関わってきてたんですけどね、アメリカで。でも3年終わって、うちのこの大学院のプログラムでまともに院生を教育できるわけがないと悟った。やってくる学生のほとんどが留学生です。それも志が低いのがほとんど。大学院に留学という名のモラトリアムで来るな人の国に来るならもう少しその国を尊重しろ。日本語を学ぶ努力も、日本人と交流する努力もせず日本の悪口ばかり言うくせになんで日本に残って仕事したいとかいうかね?先生には理解不能だよ・・・で、そんなのには付き合ってられない。正直、大学院生を育てるシステムになっていないうちのプログラムで学生の書いた論文もどきを読んでいると、むなしくなります。直しても直らないんだもの。そんなことやってて自分の研究が進まないって本当にストレスです。進歩が見えるのならやる気も出ますが、大学教員として当たり前のことやったら「あの先生は怖い」といわれ、とどめには罵られる始末。やってられるかよ。何もしない先生の方に学生が流れていくわけで、それはそれでもういいです。だって楽したいから流れていくわけだからね。だから、ここにいる間はもう最低限の院生しか相手にしないと心に決めました。よその大学やプログラムの院生と話をしていると、いかに自分のところがおかしいかがわかったから。もちろん学部教育・・・講義はやりますよ。大学院の講義も。でも「指導」するのは最低限、ゼロまでにおとしてもいいと思っているぐらいです。ここ2年ほどの私と院生の間の葛藤を見てきた友人たちは「Izzy、1年ぐらいもう大学院生取らなくていいんじゃない?いったんゼロにして仕切り直したほうが精神衛生的にいいよ」というぐらい。私だってそうしたい。でも毎学期かならずご指名があり、取らなきゃいけないという状況にいるわけでだったら最低限しか取らないと宣言しています。私に集中するような状況は良くないと。で、他の同僚もぽつぽつ院生を取り始めてそのひどさを知ったらしい(笑)。一体どんな学生を入学させてるんだろうね、うちらは・・・留学生を増やそうったって、こんなのばっかりだったらいらないよ・・・そんななか、別ルートで某何にもしない教員から私のところに移りたがっている学生がいると聞いて私の一番最初の反応は「No!!!! もう私を放っておいて!私にかまわないで!」でした。ほんと、それが今の正直な気持ち。今自分のところにいる学生で十分。その学生たちは責任もって卒業させますけど新規では募集してないし、ましてよその先生から移ってくるなんていらない。それも何もしない事で有名な先生のところから移ってくるなんて。私についてこれなくて(というかやる気がなくて)うちからあっちへ行くパターンはあるけど逆の学生なんていらないよ・・・「でも、今の先生はちゃんと研究指導してくれないからIzzy先生のところに移りたいって熱望してますよ」といわれても「だったらなんで今まで私の講義すら一度も取ってない?専門分野もちがうし、簡単に移る前にまず今の先生にかじりついて指導お願いするのが筋だろう」というのが本音です。だってそうでしょ、面倒見る、指導するってことでその学生を取ったのは私ではなく別の先生だ。としたら、もっと指導を仰ぐ努力しなさいよ。一度聞きに行って「指導は最終学期だけ」って言われて引きさがる方がおかしいのよ。しつこく言ったらあっちだって何かしてくれるかもしれない。指導教員を変えるってそんなに簡単なことじゃないのよ。修士2年のうちあと1年しか残っていない学生の指導は正直言ってできません。ここに就活とか入ってきますし、研究の仕方も知らない(それは私のクラスで教えてるんですけどね~)学生をあと1年で卒業させるなんてまず無理。私だってその先生と同じようにほとんど何もできないし、しようがない。なぜ最初の1年をそんな風に無駄に費やしたのか、としか言えない。そしてそれは本人の責任としか言えません。希望する指導教員に必ずしも指導してもらえるとは思わないほうがいいです。誰でも受け入れてくれる先生もいれば、そうじゃない先生もいます。それはいろんな理由でNoという答えが出てくるということでもあります。私は今はもう必要以上に学生を取る時期じゃないと思っています。私には世に出さなきゃいけない研究があるし、それを最優先しなきゃいけないのです。まったく院生を指導しないわけではありませんし、自分の責任において取った学生は面倒見ますけれど途中乗車は勘弁してくれ、というのが本音です。最初から自分のところにいる学生は、一から指導してますし1年目が終わるころにはもう研究を形にする段階に来ています。もちろん方法論も最低限はカバーしている。そしてまず第一に研究分野が当然私の守備範囲なわけです。だから指導ができる。そうじゃないと無理だ。この移ってきたいという学生もある意味気の毒かもしれませんがまず最初に自分の今の指導教員との関係構築をすることを薦めるつもりです。今まで1年それを怠ってきたのは自分の責任ですからね。そして先生たちにも断る権利はあるということを知ってください。
2015/08/15
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期末試験期間ももうすぐおしまいで、大概の教員は採点地獄に陥ってます。私も最終の詰めまで来ました。暑さもあって、殺気立つったらありゃしない(笑)。そんな時はちょっとしたことでいらっとします。まず大学の研究室に飛び込み営業するのやめてください(怒)。卒業判定するために論文読んでるときにやられました・・・なんかあやしげなおばさん。出版社からだって言ってきたけど人文系じゃないんで、私。ちゃんとそれぐらい確認してから来なさいよ(怒)。アポなしでは会わないと追い返しました。学期末でみんな殺気立ってるときにのこのこ飛び込み営業するってのがしんじらんないわ・・・同僚は「あれが仕事なんでしょ。100件あたって1つ当たればいいぐらいなんだよ」というけど出版社の営業で似たことほかの大学とかでやってりゃわかるだろといいたい。集中力が途切れて、嫌になったもの、その後の作業。そんな感じでいらいらしているときに、あまりよく覚えていない学生から推薦状を書いてくれと依頼される。えっと、先生によっては必ず書いてくれる人もいるかもしれませんが私は違います。誰のために、また何のために書くかによって断ります。いきなり書いてくれると仮定してPDFで書類とか送ってもらっても困ります。大学院出願らしいけど、それならまずいったい自分がいつその先生の授業を取ったのか?そのクラスでの成績は何だったのか?どの大学院の何の選考を受験したいのか?そして「推薦状を書いてもらえるかどうか」を礼儀正しく聞くぐらいのことはしてください。最初から書いてくれると思っていきなり書類を出してくるのは失礼だよ。そして出願先を見て、私は断ることにしました。自分の属するプログラムで、私を指導教員とするだろうから。そして私自身がその学生を欲しいと思えないから。他の大学院も、知り合いの先生がいるところです。私が推薦状出して、万が一合格してそちらへ行ってもきっと期待外れになると思ったので。多くの学生が勘違いすることですが、大学院出願用の推薦状を先生が書く義務はありません。断る権利があります。ストレートにNoといわれなくても「他の先生であなたのことをよくわかっている先生に頼みなさい」といわれたら、それは「書きません」あるいは「書きたくありません」という意味と同じです。そして、出願先のプログラムに属する先生が書きたがらないということは合格する確率が低いということでもあります。取ってもいいと思える学生だったら書きますから。私個人は安易には推薦状は書きませんし、よく知らない学生のためには書けないし、書かない。とてもドライな推薦状を書いて、その学生の合格する可能性を小さくするぐらいなら私が書かないほうがいいと思っているのでね。その学生は、一番前に座っていてもおしゃべりしていたり成績も普通。顔もあんまりよく覚えていない。この学生は私のこのクラスを取りました。成績はBです。でも記憶にほとんどありません、なんてレター書いたら受かるものも落ちちゃいますよ・・・そして授業中おしゃべりしてるような学生は大学院にはいらない。だって推薦状って一応ほめるためにあるわけでしょう?それができないなら書かないほうがいいじゃないですか。で、私がどうしたか。「他の先生を当たりなさい。なぜなら私はあなたのことはほとんど知らないので推薦状を書く立場にはない」って伝えました。本当に大学院に行きたかったら、学部時代からある程度何人かの先生とは知り合いになっておきましょうね。印象に多少は残ってくれていないと、先生も書くのに苦労しますから。日本の大学は大クラスが多いですが、ゼミとかもあるわけです。ゼミではちゃんと真面目にやりましょう。確かこの学生は前も締切ぎりぎりにレターを書けと私に言ってきて一蹴した覚えはある(笑)。そして今度は「私はあなたのことをよく知らないので他の人に頼め」といわれたらさすがに諦めると思いますが。だって日本に残りたいだけってのがバレバレですもん。他の同僚に任すことにします。多分みんなも何書いていいか苦労するだろうけど・・・
2015/07/28
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最近暑いですね・・・あまりの気温の変化になかなか体がついて行きませんでした。やっと多少なれたかなという感じですけど、それにしても暑い。この時期学期末で、採点地獄に陥っていますがとりあえず学部生の大クラスのテストの採点を終わったらすぐから初めて根性で今終わらせました・・・私もアシスタントも放心状態です・・・もう彼は帰らせましたが。実は先月でしたか、このアシスタントTともちょっとひと悶着がありまして・・・まぁなんとうちの大学院生の質は低いんだとびっくりしたんですが勿論非はあちらに120パーセントありましたので、向こうが白旗上げて降伏してきました。もう卒業の学生でしたし、指導は終了していたし、これ以上のことはしないでいいという感じでしたが向こうから謝ってきました。(マァそうだわね、やらかしたことを考えると。)学生としては出来がいいんだから、もう少し大人になんなさいと説教でおしまい。研究科主任と相談して本来でしたら教授会にかけて処分・・・懲戒というオプションもあると言われましたがそこまでやる前に本人卒業するし、その後のことは指導教員として就職の相談にも乗らないということにしていました。一般企業でしたら一発でクビだっつーの(アメリカなら特に)という感じのことやらかしたので(溜息)。若気の至りということで、こちらも大人になってそのまま雇用関係を結んでいましたがそろそろ本当に卒業の時期がやってきました。その後の予定は未定です。アメリカに戻るのか、日本で仕事を探すのか、そのあたりも「日本でいい仕事があれば残る」という感じでしたが私自身は「さっさとアメリカに帰れ」というスタンスで来ました。「日本でいい仕事」なんて簡単に見つかるかい(怒)。まして新卒文系院生、それも留学生でビジネスレベルの日本語でもない人間に。英語だけで働ける環境なんてものすごく限られてる。日本人の文系院生でも就活大変なのに、日本語の危うい外国人にそんなに簡単に仕事が見つかったらこっちがびっくりだわよ。留学生にとって日本の就活って大変だと思うけど、文句言いながらでもやってる学生は何とかオファーを取ってきます。多分満足のいくオファーではないでしょうが、最初の仕事からそんな満足のいくオファーなんてあるかいな、というのが私の考えです。学生はね、院生の留学生とかは特に(うちの場合)色々文句言ったり偉そうにいったりするのですがそういうとき私は「じゃあアンタたちは明日からオフィスで働くとなったらいったい何ができるの?まともに電話対応すらできないでしょう?何かスキルあるの?ないでしょう?就職活動だろうが転職だろうが、選ぶのは雇い主のほうでしょうが」と一喝します。私自身がアメリカで院生時代、大学教員の仕事を探していた時に先生たちに言われていた言葉がこれです。「オファーを取るまでは文句を言える立場ではない。文句を言ったり注文付けるのはオファーを取ってからにしろ。行く面接すべてオファーを取るつもりで完璧にプロフェッショナルに準備していけ」って。これは今でも肝に銘じています。オファーが出て初めてmy gameになるのだと。それまでは向こうのルールに従ってやれ、って。今、同じことを自分の学生に言っています。あれこれいうのは内定が出てからにしろ、と。Tもそろそろ真剣に身の振り方を考える時期に差し掛かってきました。私からの紹介というのは、なしです。やらかしたことを考えるとちょっとね。それにこのご時世、コネってのもなかろう、と。っつーか私は一度もコネ使ったことないし、そんなのなくても仕事には困らなかった。やればできるんだから自力でオファーを勝ち取ってきなさい、というのが今の私のスタンスです。日本での就職は難しいとは思っています。マーケティングとかプロモーションっていうのはあくまでも日本市場をターゲットにしているので(日本でやる場合)日本人顧客をしっかり理解できているか、あるいは理解しようとする能力があるかそしてやはり現場からも相当高い日本語力を求められます。それがなければものすごく頭が切れないと無理。それでもある程度の日本語力は必要です。少なくともそういうことを現場の人たちから結構聞いています。それ考えると、紹介はねぇ、となる。日本人学生だったらできるけど。Tがアメリカに帰るのを躊躇している理由もわかります。彼女が日本にいるということ、そしてアメリカこそ新卒の就職が大変な国だから。コネも必要だし、経験がないとEntry-levelでもなかなか雇ってもらえない。だからみんな学生時代にインターンシップを必死でやるというわけ。大学院卒だとやはりどんな仕事でもいいってわけじゃないですしプロフェッショナルな仕事となったら余計にスキルが必要になる。大概のアメリカ人留学生(うちにいる学生)は、そのあたりビビってます。・・・大人になることを先送りしていると年ばっかり取って仕事に困るのだよ(溜息)。でもいつまでもビビっていても仕方がないです。日本にいていい仕事に就ける確率のほうが低いわけですから。そしていつかアメリカに帰るのであれば早いほうがいい。というのも、日本の学位、日本での仕事の経験というのは文系職ではアメリカでは全くあるいはほとんど役に立たないから。それだったら、最初からアメリカで経験を積んだ方がいい。日本にアメリカからやってくる大学院生(文系)は変わったのが多いですから・・・それはうちの大学院だけかもしれませんけど・・・だから、将来のこととか普通のアメリカ人学生が考えていることを考えていない場合が多い。あるいは間違った情報や考え方に固執してる場合がある。そういうわけで意地悪なワタクシは(笑)「卒業決まったらさっさと帰国して仕事探せ!」と自分の学生たちを叱咤激励しているわけです。日本でまっとうな仕事に就いた留学生たちは、まず準備から違った。用意周到で、何事もそつなく(学業も)こなし、決して誰ともいさかいを起こさなかった。大人だったということです。うちのTは学生としては出来が良かったんですが、まだまだ子供な部分が多くてねぇ(溜息)。でも、やっと最近はアメリカに帰ったほうが良いんじゃないかと気づいてきたようで(いや、キャリア的にはそうだとはずっと前から気づいていたはず)この夏でアメリカに帰るかもという選択肢を語り始めました。だから初めからそうしろと言ってたじゃないか。彼女のために自分のキャリアを犠牲にしてでも日本にいたいのならどんな仕事でも構わないから取ってくればいい。その代り仕事に関して文句を言うのはなしだ。そうじゃなくて自分のやりたい仕事があって、Career deveopment及びPerspectiveとしてアメリカのほうが良いのであれば、さっさと戻るべき。そして、もっと早くから真剣にCareer pathを考えるべきだった。そしたらおのずと選択肢は明らかになっていただろうから。ま、気づかないよりはマシなんだけどさ。口答えしてる暇があったらいい加減に真剣に考えましょうね。頼むよ、私のアメリカ時代の教え子の中には同じ年(27歳)で、上司に引き抜かれて小さい系列系の広告代理店のCEOとかになったのまでいるんだからさ・・・そうなれとは言わないけれど、せめて彼女が大学時代にやっていたように真剣にキャリアパスを考えるべきでしょうが・・・どう転がっても1度だけの人生。自分で決めて、決めたことには100パーセント責任持ってください。もう誰のせいにもできませんよ。勿論雇用者、指導教官の私のせいにもできないからね。・・・大人になんなさい!
2015/07/21
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この仕事やってると、Potential applicant、つまり大学院志望者からのコンタクトがよくあります。出願前に指導を希望する先生にコンタクトを取るのは、日本の大学院だとほぼマスト、アメリカでもよくある話でした。日本にいる出願希望者には時間が合えば会うこともありますが私のところには基本、海外からの出願者がほとんどなので事前にインタビューすることはほとんどありません。やっといたほうがいいということは、ここ最近強く思うことの一つです・・・最初に面談してある程度相手のことをわかっていたら、決して指導学生として取らなかった、という院生もいますからね・・・残念ですけど。ワタクシ日本に戻るまで知らなかったのですが博士課程後期の学生、前期の学生、それぞれを指導するのに資格がいるのね。当たり前といえば当たり前だけど。アメリカだと専任教員だったら当然みんなPhD持っていたので、できる、と仮定してたから考えもしなかった。で、日本での自分のステータスを確認したら博士課程後期の学生も指導できることになってた。ただ、やりたいかやりたくないかは自分自身の問題だとも思っています。今のところ修士課程、つまり博士課程前期の学生しか持たないことにしています。博士課程後期となると、いやでも就職のことが絡んでくる。修士までだと自分で探しなさいで大丈夫ですが博士課程まで来るなんで研究者、それも大学教員になりたいってのがほとんどなわけです。(私の分野では、の話です)そりゃ最終的に就職となると本人の問題といえばそれまでですが指導教員の政治力ってのもある程度影響してくる。そんなもん、この日本では全く持っていないワタクシ、それも日本の学界で知られていない私が、自分の学生を日本の学界に押し込むなんて無理。じゃアメリカならどうなのよ、ということですが日本の大学・・・私はここしか知りませんが、ここで博士号を取ってもアメリカでPhD取った学生と同じ土俵で仕事は探せません。学位取ったって何にもなれないんじゃ、意味ないじゃない・・・そういうわけで、今、ここの状況では博士課程後期の学生は取らないことにしています。それにうちの博士課程って正直ごった煮であまりよくわからない。ここを出てフルタイムの仕事に就いた卒業生いないんじゃなかったっけな・・・自分の学生がPhDをやりたいと言い出したとき、迷わず外に出しましたからね、私。大学教員になったり、フルタイムの研究者に卒業生が一人もいないPhDプログラムに自分の学生は進学させたくない。そんな中、とある国の出願希望者から連絡がありました。文科省のフルスカラシップ取ったから、私の下で博士号を取りたいと。お断りしますが。ちゃんと読んだのかな、うちの博士課程の説明を。ビジネスでPhD取れるなんてどこにも書いてないんですけど。それすらも確認してないとすれば、致命的。博士課程行くって、自分の将来の選択肢がかなり狭められることです。それぐらいのことなんだから、きちんと下調べしてからコンタクト取るべきです。そのプログラムで何が学べるのか、卒業生はどこでどのような仕事をしているのか、他の競合するプログラムはどのようなものなのか。ただすべて英語だけでできる、という事実だけで出願するのであればそれはあまりにも短絡的すぎる。そういう先まで考えられない学生は、博士課程ではいらないなぁ・・・私は。大学院教育に関しては、ここ2年ほどで本当に不快な思いをしたのでリセットしたいという気持ちが強いです。そういう意味もあって、お断りします。そうだな、サバティカルが終わった後なら考えてもいいかな・・・マジで。そうだよ、サバティカルだよ。今からPhDの学生取ったら3年以上のコミットメントになるしその間にサバティカルがあるから無理無理。サバティカルが最優先だよ。今はそれのみを楽しみにして仕事してるんだから・・・
2015/07/14
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今学期私の研究室から卒業する修士の学生3人、無事に締め切りまでに論文出しました。やれやれ、最後の一人はいったいどうなるかと心配したし実際一度も途中で書いたものを見せることには至らなかったけど(爆)とりあえず出してくれないとこっちもどうしようもしてやれないと思っていたので何とか完成させて提出してきただけでもマシです。ただし、時間を書けてずっと書き直しをしてきた残り二人の院生の書いたものとはクオリティ的には劣ることは間違いないでしょう。けど留年されて不良債権になるのは、本人にも私にも一つもいいことがないのでとにかく形だけでも時間に間に合わせてきただけマシです。ちゃんと私に指導を受けた残り二人の論文は、ワタクシ的にはクオリティに不満は残っても「ま、修士課程だしな」といえますし、別に研究者になるわけじゃないからいいかと。このうちの一人の論文は学会に出します。出させます。あれだけ苦労させられたんだから出せよ(笑)。楽して出れないのがIzzy研究室の掟。大学院生なんだから、それなりのことをやってもらわないと困る。学部生との差別化ができないじゃないか。出も今学期で不良債権処理は終了なので来学期からはリセット・・・のつもりでいったん仕切り直し。自分なりに受け入れる院生のスタンダードも作ったしだんだんと院生の質は(以前より)上がってきたので、来学期からこそはマトモにあまり苦労せずに大学院の仕事ができることを祈っております。大学院生には困っても、学部生には困らない(笑)。というのも、「怖い先生」だと思われてるから。このレッテルがあるのとないのとで不快指数が変わりますからね。学生もごねたりしてこないし。なめられないってことは何と快適なことか。「怖い」とビビって逃げるのは、私の教員としての本質を理解できていないわけだし楽していきたいのなら私の講義取ってくれなくていいです。人数多いですからやる気のない学生にかまってる時間はないです。ただそんな中でもなついてくる・・・というか、アドバイスを受けに来たりする学生はいるわけです。そういう自発的な学生にはちゃんと対応しますよ、私。だから、勇気を持って(?)私のところに来た学生は大概その後も戻ってきます。それでいいのです。先週はそんな学部生に5時間も進路指導してました・・・この忙しい時になんでと自分でも苦笑いでしたけどやる気のある、目をキラキラさせてる学生ってのは話していても面白いからね。私があの年の頃はあんなに目をキラキラさせてはいなかった(笑)。ああいう学生ばっかりだと仕事だいぶ楽しくなるのにな・・・とため息をついても仕方ない・・・というか溜息ついてる時間ないわ。だって学期末の採点地獄が始まるのですもの。毎学期のことながら、アシスタントに手伝わせてもそのたびにブルーになるこの作業。1日も早く終わらせて、夏休みに入って自分の研究に集中したいです。
2015/07/10
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ここ半月ほど色々ございまして、結構精神的にきつかった時期をすごしていました。仕事のこと、個人的なことを含めて。結構ぎりぎりなところまで来てたかも。そんな時に、高校時代からの古い友人たちとの集まりがいくつかありました。彼ら彼女らには本当に救われた・・・今月誕生月だったのですが、ユーモアのある私の最近のAllyであるA女史はこれでもかっつーほどのスクラッチくじをもらいまして(あんなにふつうは人はスクラッチくじ買いません(笑))当たっても当たらなくてもワクワクするという気持ちを久しぶりに味わいました。一番しんどかった時に相談したのも彼女で自分も忙しくて体調もよくなかったのに「これ以上のダメージはアンタにとって絶対良くない」と色々アドバイスをしてくれたり愚痴を聞いてくれたり。彼女があのときに相談に乗ってくれてなかったらかなりやばかったかも。業界の第一線で働くプロフェッショナルなオンナですから、物事を多角的に見ているし、対応の引き出しも多いこと多いこと。我々大学教員に欠けがちなこういう部分は、私は彼女と交流することでたくさん学んでいます。彼女のおかげで落ち着いて対応(表向きはね)できて、何とか今に至るという感じです。そして、気の置けない高校時代からのヤロー仲間たち。もっと女の子の同級生たちにも会いたいのですが、子育て世代が多いのでなかなかあまり会えない。その反面ヤロー達は呼んだらフットワークの軽いこと(笑)。あっという間に10人ほど集まってしまいます。皆さん第一線で働く男たちなわけで、結構偉くなってるんですが集まると高校時代のままなのよね・・・私は自分が男みたいなところがあるので(いったい彼ら彼女らの何人から「Izzyは中身男だから」といわれてきたか・・・)こういう野郎たちとつるむのは気が楽です。女友達は女友達でやっぱりいないと絶対困るし大切です。ただ、あとくされなく本音で語れる友人の数は男性のほうが多いです。それとみんな仕事持ちですから、そういう現場の話を聞くのは面白い。女性の多いマーケやプロモーションの仕事ではありますがそれでもまだまだ男社会ですからね・・・(溜息)。結構精神的にきつい時に、色々アドバイスや愚痴を聞いてくれて喝を入れてくれるのもこの高校時代からの男友達が多いです。特に仕事に関する悩みとかになると、「最終的に仕事だろ。プロなんだろ。やれよ」と容赦なく背中を押してくる。押されて無理して去年体調崩したけどな(苦笑)。でもなんだかんだいって、私のいる業界も男社会です。だから、彼らの仕事に対する考えを知るということは、私にとってもこの先自分の仕事でどう立ち回るかということに対して色々と対処法やアイデアが生まれてくるきっかけにもなっています。とはいえ、あほ話のほうが多いといえば多いんですが(笑)。そして先週末ちょこっと久しぶりに関西に戻って、別の高校時代の女友達と再会。二人でなぜか雨の梅田をさまよう羽目に(笑)。それでも、雨とか梅雨とかでどんよりした気分を吹っ飛ばすぐらいに楽しかった。こちらも第一線で働く女性で、お役所勤めみたいな立場ですがそのお役所が最近どんなふうに変わってきているか、とかそういう話を聞くとすごく面白いし(どこもマーケティングとセールスのアイデアを使って動いてるのね~I)彼女の高校生の子供の話、新しい趣味の話(二人ともギター始めたからね)とか大笑いしながらあっという間の4時間。終わった後は本当に元気になりました。勿論新しい出会いも大切です。新しい友達にはまた別の良さがあります。こういう古い友人たちとの付き合いは、Safety Blanketのような心地よさがあります。両者比べるのは間違いですし、そんなつもりもありません。ただ、心身共々弱っているときには、こういうSafety Blanketのような友人たちに囲まれて癒されたり元気をもらうのが前向きになる一歩なのかなと思うようになりました。後3週間で終わる今学期。ここ2年ほど春学期は鬼門なんじゃないかと思うぐらいとんでもないことばっかり起こってましたがおかげさまで何とかしのげそうです。終わったころにまた飲みの約束が入っているのは当たり前(笑)。それを楽しみに、せんせーは今週も院生の論文の添削に励みます。3人の院生中一人は論文完成。もう一人も初稿が上がったところです。残りの一人は・・・お願い、頼むから形付けて出してくれ、と祈っているところです。
2015/07/03
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学期末に近づいてくると、大体院生の何人かが切羽詰まっております。私のもとには論文が終わったのが一人(一人で2本論文書くことになったアシスタントT)、データ分析さえ終われば後は書きなぐるだけのKそして締切3週間前全く何もやっていないどうしようもないのが一人おります。今日はその真ん中の「データ分析終わったらリーチ」なKのお話。なんだかんだ言って、普段はのんびりというかLaid backという言葉がぴったりのKですがやることはちゃんと時間通りにやるので心配はいりませんでした。結局Full Experimentをやることになり、Pretestからすべてやってきました。データ収集もやり、データクリーニングも加工も終わってさぁ分析するぞと私のオフィスで分析を始めたんですけどね・・・ANOVAにANCOVAとかをやらせていたら妙な顔をして言う。「・・・でないと思ってた変数でSignificanceが出た・・・」…そこは喜ぶところだ、K(爆)。喜んでいいんだぞ、K!ただ、ちょっと考察書くのに苦労しそうな結果になったけど。本人、複雑な顔をして「・・・家でちょっと他の変数を入れてみて様子見ます」と帰っていきましたが何をやってもSignificanceが出ない時は出ないもの。諦めろ。というか、もういいから、そろそろ論文の残り書きなさーい!昨日までは史上最悪の問題児で気分が害されておりましたが普通にやっている院生とごく普通の研究の会話していると「私の仕事はこれが本来のものなんじゃないか」と落ち着いてきた。ただ、腐ったリンゴが最後になって関わってくるから不快なだけで。ただ、この院生も問題児の近況を聞いて「・・・なんで実験するのに3週間でやっつけて論文書けると思ってるのか不思議だけど奴はいつも時間はまだあるって余裕こいてるんですよね。いつも、どのクラスでもそう。今回もそれじゃないんですか?」という。私の院生たちは、それぞれが「1年かけてプロジェクトやれ」といわれているのでマーケとはそういうもんだ、消費者からデータ取って分析できるようになんなきゃ意味ないと達観して論文に取り掛かります。早目にやるから、終わらないってことは絶対ない。普通はそうなんだよ。多分彼らも不満はあるでしょう。ほとんどのうちの分野の学生が、学生を放任主義で置いている同僚の「指導学生」ですからいかに適当で済むかというのを聞かされているわけです。「うちの先生はそんなものでは卒業させてくれない」って不満にも思うでしょう。それが嫌な学生は当の昔に逃げています。だから残っているのは・・・一人を除いて・・・それなりに諦めなり覚悟を持って残っているということです。ただ、最近他の同僚のところにも学生がつくようになって、他の人たちはちゃんと学生の面倒を見ていて(私より厳しいぞ~!)「うちの先生がおかしいのではない」と気が付いたらしい(笑)。私はやるべきことやってるだけです。卒業するときに自分が何かをやった、という達成感が多少でも残ればよろしい。学生放任するほうが100倍楽ですけどね~。おかげで先生来月末まで自分の研究する暇ないよ・・・でも、それぞれが「この結果おかしい」とか「もうちょっとこれこうしたらこうなる」とか各自のデータと格闘しているのを見るのも面白いものです。数字であろうがテキストであろうが、人間から取るデータはそれなりに面白いのだよ。あと3週間強、がんばりましょう。先生も含めて、ね。
2015/06/11
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に当たったかもしれないな・・・(溜息)。終わりそうにないGraduation Projectを抱えた院生がミーティングに来ましたが本人はあと3週間でFull experimentをやるつもり満々だった。できないっての。Stimulus作るためのPretestもやってない、質問票も作ってない、まだ論文の頭も書けてない、方向性も出来てないのにどうやってやるのかこっちが教えてほしい・・・もう愕然としました。私は「もうプライマリーデータ集めるのはあきらめろ。半年以上かかるし、君は統計手法の知識も中途半端で、何よりもリサーチデザインができていない。無理だからFull-brownのLiterature reviewを書け」と。4ページ書くのに2か月かかる学生に、40ページ以上の論文もどきを3週間で書くの力はないでしょう・・・ミーティング中は言い訳とうちのプログラムに対する文句しか言わなかったな。自分が今まで何もしなかったことを棚に上げて、よく言うなぁ・・・勿論その文句は私に対するのもあったわけですよ(苦笑)。近寄りにくかったって、他の学生はみんな近寄ってきてそれぞれ研究してるんですが(爆)。それだったら指導教員替えればよかったじゃないというと「だって先生はKの指導教員降りて、これ以上学生減ったら傷つくかと思ったから」って教員なめるのもいい加減にしろ(怒)。ただ単に指導教員の変更ぐらいでいちいち落ち込むかい。別に人気競争やってるわけじゃないんだ(怒)。やる気のない大学院生抱える方が苦痛だっての。もう一人の先生のところに行けばよかったじゃないか、というと「楽をしたいわけじゃないし、もう一人のほうは学生の面倒を何も見ない」という。何を言うか・・・確かに面倒見は良くはないが、もう一人も学生が質問に来たらちゃんと答えてるぞ。単に自分が動かないから先生たちは何もしないだけで。結局人間というのは変わらないわけで、この学生はこれから先も人の時間を無駄にし、約束を反故し、すべて人のせいにするんだろうなと呆れましたのでとりあえずここからさっさと出すしかない。関わると不愉快な思いしかしないので。他の学生はみんな大変だといいながらもちゃんとやってるのにね。他の学生と同じような成績は出せません。そこまで私はUnfairじゃないです。彼らは時間をかけ、何度も私の指導を受け、書き直しをさせられてここまで来たわけです。その努力と同じようにこの学生を扱うことはできない。それは私のTeaching Philosophyに反する。今学期が終われば問題児はすべて出ていくので、あと2か月の我慢だと自分に言い聞かせています。こんなのは大学院生じゃない。あまりにも精神的に未熟すぎる・・・なんでこんなのばっかりに私は当たるんだろう?長い間考えました。私、普通に教員としてやるべきことをやろうとしただけなのになんでこんなに大学院教育に苦しめられるんだろうって。アメリカの大学時代、問題のある院生は(ここまでひどいのは)いなかったし周りもちゃんと指導していた。同じようにしようとするとここの院生は文句ばかり言う。私はただ大学教員としてやるべきことをやってるだけなのに、それがおかしいみたいな風に(学生に)言われる。そっちのほうがおかしくね??一体何をしに大学院に来たのだね、と聞きたい。なんでこんなのが多いんでしょうねぇ。入試を難しくすればいい、という意見もあります。実際この学生の入った後から入試は難しくなっています。今学期が、この不良債権処理の最後であるとも理解しています。でも、なんでこうなっていたのか今となってはわかるのです。どこからともなく「楽できる」という噂が学生の間で立てば、それはあっという間に広まります。それを黙認する風潮が今までありました。私はここ1年ほど、大学院生の受け入れに非常に慎重になっています。指導教官として希望されることは多いですが、取る確率は10分の1ぐらいでしょうか。私は基本的には社会人経験のある学生を取るようにしています。そして入ってきて学生は私がDemandingであることに気づきます。それについてこれない学生、楽をしたい学生は指導教員を代わってもらいます。そのほうが私にとっても学生にとってもいいですから。ですからいちいち「先生の気持ちを考えて替えるのをやめた」といわれると迷惑なのですよ・・・自分の学位なんだから、人のせいにしないで自分で決めろよと言いたい。情けないやつだ・・・31にもなって(溜息)。でもこういう学生に時間を費やすのはいやなので担当教員として最低限のことをやって他の仕事に集中することであと2か月を乗り切ろうと思います。他にも卒業させなきゃいけない院生はいますから・・・早くサバティカルに行きたいよ~(涙)。それまであと3年、生き残らなきゃ。サバティカルより昇進が先に来るって何なのさ・・・
2015/06/10
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問題児院生Sのプロポーサルもどきを見ました。論文締切まであと1か月。これがひと月で論文になる可能性はマイナス100パーセント。あり得ない。こんなケースは初めてだ。プロポーサルにもなっていなかった・・・最後にミーティングしたのが2か月前。それから毎週ミーティングに来るといってぶっちして今まで音沙汰なし。いくらなんでも、学生から来ない場合は指導ができないわけでいまさら来られても留年するかどうかの相談ぐらいしかないだろうと思うわけです。いや、あれだけ自分で自信を持って「I'm a quantitative person」とかいいつつプロポーサル(もどき)の中で書いていた分析手法、使い方片っ端から間違ってるし。統計の先生が「あの学生は問題がある」と以前私に懸念を伝えてきたけれどその通りになっとるやん・・・(汗)。一体授業で何を聞いていたんだ・・・そういえば他の先生も似たようなこと言ってたな。大学院に来てはいけない学生だったってことか(溜息)。何かを出せばよっぽどひどくない限りは「可」で卒業も可能だろうけど(剽窃をやらかしかねない学生ではあるけどね)その何かが出てくる気配もなく。でもさっさと8月にアメリカに帰る飛行機の手配はしているらしい。なんだよそれ・・・修士課程って単位取得満期退学ってあるのかしら?っつーか、そういえばうちのプログラム、Graduation Project Trackというのは単位数で卒業だから、これをやらないと単位が足りないのだった・・・満期退学のオプションはこれでアウトか・・・すべて人のせいにし、約束したことを守れない学生だとはわかってたけどまさかここまでひどいとは・・・日本語が上手くならないのは日本語のクラスの先生のせい、数字がわけわからないのはファイナンスのクラスの先生のせい、私のオフィスにこれなかったのは先生が怖いせい、(他の学生はちゃんと来てるぞ??)何度この手の言い訳を聞いてきましたか・・・どうしようもないので、とりあえずプライマリーデータ収集はあきらめてとにかくConceptual paperみたいなものを書いたら卒業はさせてやるとは伝えてありますが音沙汰もなし。どうするんだよ、マジで???卒業させなければ、不良債権として残るだけ。それはこちらも避けたい。だけど、提出するものさえしないと、卒業もさせられない。どーしたらいいのさ??アメリカだったらこんなの有無を言わさず退学なんだけどなぁ・・・というか、この学生、大学院生なのにGPAが3.0、つまりB平均を割ってますのでその時点でアメリカだとアウトなわけです。何をやったらGPA3.0以下になるのか聞きたいけどさ。普通大学院ってAかBしか出さないのに、Cを何度か食らってるんだっけ。・・・ひどい、ひどすぎる。なんか、もうこういうお荷物背負ってると思うだけで気分が重いです。向こうが何もしないと先生側としては何もできないのです。ワタクシ、怒るを通り過ぎて呆れてます。脱力感に襲われ何もする気が出ず。・・・無理だわ、無理、無理。
2015/06/08
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6月に入るといろいろ忙しくなってきまして修羅場に向かっているなぁと実感する今日この頃です。とかいいながら、昨日は最近お知り合いになったとても素敵な女友達と久しぶりの息抜きをしてきましてハードロックの話、人生観、仕事に対する考え、健康のこと(このあたりがお互い年を感じる・・・)その他もろもろお話してきました。元気になってたんですよ、確かに。で、機嫌よく帰ろうとしたら不機嫌になるようなメールが。今学期卒業の不良債権の院生Sが、2か月の音信不通の後メールしてきた。えっと、君の論文締切はあとひと月後だよな?そして、ほかのみんなが1年かけてやるところを3か月でやらなきゃいけない、これからは毎週ミーティングに来る、とか言っておきながらその翌週のミーティングぶっち。その後音沙汰なし。こんなことが何度もありましたので、もう勝手にせぇ、と放置するつもりでした。締め切り日にとにかく何か出せ、それを見て成績付ける、と。出したら卒業させるつもりですが(留年されても困る)、それまで何もする気はなかったわけです。それがですね、いきなりメールに添付ファイルを付けそれ見て、明日か明後日に会ってくれとメールしてきやがった。・・・ここで一気に御機嫌がななめどころか真っ逆さまに墜落しましたわよ・・・この学生いつもこうです。やるやる詐欺だって教員の間では笑ってるぐらい。アシスタントさせたときはこいつのおかげで締切落としましたからね、私。とにかく信頼ならんので、関わらないようにとその後は放っておきました。もう放任で、とにかく何か書いたら卒業させるつもりでおりました。こういうのは本来私のTeaching Philosophyと反するもので今まで一度もやったことないのですがこれほどひどい学生になるともうお手上げというか、こっちも手の施しようがないですので。おまけに、ちょっと指導しようとしたら「先生はかまい過ぎ」といい、放っておいたら放っておいたで「かまってくれない」という。一体どうしてほしいのだ?これがね~、31歳ですのよ。信じられない子供でしょう?学部生のほうがもっと礼儀正しく、素直です。いまさら指導してくれといわれても、どうしようもない部分が大きいです。もう時間は残っていない。普段学生のメールには24時間以内に対応する私がどうしてもこの学生のメールに返事する気分になれません。私がメールしても返信なしってのが今までざらでしたからね。自分中心に地球が回ってると思わないでくれ。なんで教授が学生のスケジュールに合わせないといけないのだ。前もって論文の締切りやらその他のスケジュールはわかっていたはず。なのに今まで何もしない自分が悪かっただけでしょう。自己責任という言葉、覚えてください。多分明日あたり直接研究室来るような気がする。アポなしでは会いませんし、大体今週中にこの学生の書いたものを読むひまありません。それに読まないかぎり、ミーティングしても意味ないし。何をいまさら言ってんだ・・・としか言えないわ。院生の諸君。自分で約束したことはちゃんと守りましょう。ここでできないことは、社会に出ても急にはできるようにはなりませんから。そして自己管理、自己責任ということを頭に置いて行動してください。大人であり、人様より長く学問に接しているはずなのですから・・・(溜息)。
2015/06/03
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アメリカ時代はほとんど学生の就職のことなんて心配したことなかったワタクシですが日本に戻ってきて就職委員やらされたりキャリア形成何とか委員会とかに入れられて嫌でも耳にいろいろ入ってくる情報、そして自分の周りにいる学生の多少の特殊さも含めて「この子たちマジで大丈夫かいな?」と思うことが増えました。アメリカ時代にそんなこと考えなかったのは、専門分野のせいもありますがかなりの学生が自発的に将来のことを見据えて動いていたこと、日本のように一定期間の就活があるわけでないということもあって相談に多少のったり、レジェメやカバーレターを見るぐらいでした。ある意味やりたいことが大体みんな決まっていて、自分で情報収集してくるので私たち教員がどうこうすることもなかった。インターンシップで現実を思い知らされるケースも多かったしね。日本に戻って、うちの学部に来て、日本人学生に関してはあまり心配したことがなかったです。就活の時期は嫌でもみんなやってるし、とりあえず売れていく。問題は私の周りにこの「売れる日本人学生」以外が多いってこと。もっと言えば、不良ガイジンに近いのが多いってこと。それもアメリカ人な(溜息)。こんなの日本でも就職無理だろうし、アメリカでも無理だろうなぁと最近は遠い目で見ておりますがそれでも相談報告されて「んなこといったって、私にどうしようもないでしょう」という気分になる。じゃ、自分はどうだったんだろう?と振り返ってみるとまぁ結構危ない橋を渡ってきていた(笑)。アメリカの大学では「広報」という専攻で当時日本にはそんなものはなく、4年たってまだアメリカに残ろうかと思ってそのままMass Communicationという分野で修士課程へ。どうせアメリカで就職活動しても、ジャーナリズムやPR、広告とかの分野は外国人を雇う土壌がなかったのもあってそのままストレートに修士課程に進みました。一番やっちゃいけないパターンだったな(苦笑)。修士課程のときにとったリサーチメソッドのクラスが思ったより楽しかったのと指導教官(あんまり指導してくれなかったけど・・・いまだにコンタクトはあるけど・・・)がリサーチに強い人だったのもあって、「研究職も悪くないかな」と思い出しそのまま博士課程に行こうとしたんだけど、先生にとめられた。若かったし、あの分野で実践経験のないものが大学の先生とかになっても仕方ない、といわれて。さっさと博士号取って就職と思ってた私にとっては、待ったがかかったのでちょっとがっくりしたけれど振り返ってみるとあの時の指導教官の言葉は本当に正しかった。そして20代後半で日本に戻り就職活動。新卒の普通の就活なんてものは最初からやらず、第2新卒か経験者採用ばかり狙っていきました。あんまり経験なかったのに(笑)。大企業なんてのも狙わず、外資中心。結局イギリス系のPR会社に入って、そこからアメリカ系のソフトの会社でマーケをやって「とりあえず実務経験はこんなもんでいっか」という時点でPhDに出願しました。またアメリカに戻ってPhDをやるわけですが、これが修士とは全く性質が違うもので死ぬかと思った(苦笑)。1年生の1学期目、日本からたまたまうちの大学に来てた大学の先生に、初対面でいきなり「あなたには日本で就職口はありません」といわれて「なんで初対面のあなたにそんなこと言われないといけないわけ?日本の大学出てない私は何も日本の大学の先生になりたいと思ったわけじゃないんだけど?」とむっと来たのを覚えています。ただ、そんなときに私の恩師は毅然とした態度でその先生に「この子には日本で就職させる気はありませんから、ご心配なく」と対応してくれましたけど。でもね、あの頃は毎日のことで必死で卒業後どうするなんて考えてもいなかったというのが事実です・・・で、4年目に入り博士候補生になって就職市場に出ていくわけですがこれも楽ではなかったな。コースワーク終わった、博士論文のプロポーザル通った!まではよかったのだけどその間にあちこち飛び回って面接に行きつつ、博士論文を仕上げるというのがしんどかった。でも私には退路がなかったから必死でした。博士号取って日本に戻るにもつても何もない。私のネットワークはアメリカだけにしかない。博士号取っても仕事ないという状況だけは絶対嫌だった。だから、どんな大学でもいいからTenure Trackに乗ると決心してた。幸い、指導教官はそういうところも細かいところまで指導してくれて、おかげさまで4つ面接いって3つの大学からAssistant Professorでのオファーを貰いました。まだ面接のお呼びはかかっていたのですが、もういい加減に疲れてきたのと第一希望のところからオファーが出た時点で就活終了。残りは必死になって博士論文を完成させるだけでした。運もあったと思います。でもサポートもあった。そして自分で言うのもなんだけど、本当に必死だった。アカデミックな世界においては自分は幸運だったと思います。でも、これだけは言いたい。仕事を得るために努力はした、と。それは、最初にサラリーマンになった時も同じでした。何とかなるさ、とはあまり考えなかった。大学院まで行って仕事ないなんて状況にはしたくなかったから。私のミシガン時代の先生の一人がこういったのを思い出します。「どんな面接も、全てオファーを取ってきてやるという気持ちで行って来い。あれがいやだ、これが気になるなんていうのはオファーを貰ってから初めて考えられることで競争に勝たなければそんなことを考える権利さえない」と。これを聞いて目が覚めました。今でもこの言葉は肝に銘じています。転職するにしても同じ。オファーを貰って初めて交渉できる立場に立つわけでそれまで何を心配しても仕方がない、と。同じことを学生にも言うようになりました。ただし彼らは最終面接にたどり着く前にいろいろ文句を言うから「そんなのはオファー決まって初めて言えることだ」と毎回言っています。そして案の定、そういう風にぐちゃぐちゃいう学生に限って決まらない(苦笑)。結局、思うのはすべて自己責任だということです。うちのアメリカ人院生とかもまぁ文句ばっかり言ってますよ。大学院に、教員に、日本での周囲の環境に対して。でもね、自分で選んでやってきたわけで、我々「ぜひ来てくれ」って呼んだ覚えない(爆)。就活真面目にやるのも、インターンをやるのも自己責任なわけです。だから仕事が取れないからといって人のせいにするのはお門違い。すべて自分で責任取るというのが、大人ですから。だから、私は最近こう思うのです。母国でそれなりにできない学生は、外国に行っても何もできない、と。これは何も日本に来る留学生だけではなく、日本から外に出ていってる留学生でも一緒なような気がします。何をやってもいいでしょうが、自分の選択には責任を持ちましょうね。
2015/05/31
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昨日院生入試が終わりました。マァいろいろありましたが、私自身は自分が欲しい学生を取ったのでいいです。来学期から仕切り直して出直すことになります。今学期私の研究室から3人卒業予定ですが、そのうちの二人と今日話していました。色々なコメントが出ましたが、気になったのがうちのアシスタントのTの一言。「今学期統計のクラスとればよかった。SPSSとかのソフトちゃんと使えるようになりたかった」去年取っただろうが。そこでソフトの使い方ぐらい習っただろうが。「でもちゃんと使わないと忘れる」じゃあ使えるような研究にすりゃよかったよな?でもテーマがテーマでQualitativeでないとできないものだったわけでそれを選択したのは自分だ。そして、私は今学期の最初に言ったはず。今学期の私の院生のクラスはResearch Methodsのクラスで、統計もSPSSもちゃんとカバーするって。それを大変だからと取らなかったのも自分の選択だったよな?なんというか、なんで人のせいにするのかね?というのが私の正直な反応でした。彼に限らずうちの院生に多い傾向なんだけどね・・・楽できる、楽させてくれる先生のクラスを希望して取っておいて(そして指導教員にもなってもらって)卒業前に「やっぱりあれができるようになっておけばよかった、これをやればよかった」ってのは自己責任じゃないのですかね??後悔先に立たずとはこういうことを言うのです。うちの分野は一人を除いては教員は真面目に院生指導するのもあるし専門分野のこともあって、「楽させてくれる先生(何もやらない)」に学生が集まります。私のところからも逃げていきます。でもね、いちいち先生はそれを追わないわよ。そこまで暇でもないし親でもないからさ・・・ここにきて、真面目に指導するだけ損じゃないのかと疑心暗鬼になったことも多々ありました。今までの私のキャリアの中で、普通にやってきたことがまるで間違ってるみたいに思えることもありました。院生に研究や論文指導をするのがおかしいのかと考えることもありました。一体ここの学生は何をしに大学院に来てるのか?と思うこともしょっちゅうでした。楽な先生になる方が学生には好かれますし、こちらも楽です。ただ、わかる学生は「あんなのでいいのか、あれをのさばらして良いって大学おかしくないか?」とも言ってきますがそれでもOKなのは本人も悪いですが学生もそれでよしとしているから悪い部分もあるわけです。学生に厳しくするということは、指導にも時間を取られます。その時間は自分の研究にあてられたらいいなと思うこともあります。別に感謝されなくてもいいですけど、少なくとも何かを学んでほしいからうるさく指導してるわけですがそうしないほうがずっと楽。ちゃんと指導しようとしても、レスがないのならもう私も楽に走ろうかと思ったこともあります。ただ、昨日の院生入試の間に同僚たちと話しをしていてやっぱりその考えはやめました。私のやってることが間違っているわけではなく、むしろほとんどの同僚がちゃんと同じように指導しているってことがわかったから。ただ、学生たちはそういう先生を選ばないから、私にはそういう面が見えてなかった。ほとんどの学生が私か楽な先生の分野に来るから。そして私の分野に来ても怠けたい奴は楽な先生に逃げていたから。そこ二つの比較対象しかしてなかったから、見えてこないものが結構あった。具合が悪くてもきちんと学生と向き合って手とり足とり指導している同僚や家庭の事情が大変で、通勤も遠いところなのにちゃんと時間を取って指導している別の同僚とかぜんそくもちなのに院生ミーティングのためだけに出てくる同僚とかそんなことが垣間見えてきて、また彼らのやり方の話を聞いていて「私のやってることは間違っていない。私は大学教員としてやるべきことをやってる」って思うようになりました。それをうるさがってこない院生はそれまでの存在ということです。1年かけて研究指導するのがどこが悪いんだよ!?今学期、最後の不良債権を出したら来学期には多分3人の院生が加わります。今回は、3人中2人は社会人経験のある志願者を取りました。成績が良いだけでは取らなかった。社会人経験していると、真剣みが違うから。これが吉と出るか凶と出るかはわかりませんが、少なくとも今の学生よりはマシだと思いたい・・・そして今日の講義で気づいたこと。大学生の大クラスの授業でしたが講義前に教壇を移動しようと四苦八苦していたら、まず手伝いに来てくれたのがアメリカ人の留学生の女の子。二人で動かせないなとあたふたしてたら、3,4人、これまたアメリカからの留学生がヘルプに来た。やっぱり男子にやってもらった方がはやいですからね。その間後ろにいたうちのアシスタントTと、中国系アメリカ人院生のK。二人でくっちゃべってヘルプにも来ず。おい、アシスタント、アンタに給料払ってるんだけど??? こういうのアンタの仕事なんだけど???・・・気が利かないんでしょうか。アメリカ時代こんなシチュエーションになったら、さっさと手伝ってくれる学生がいっぱいいました。アシスタントだったらそれこそ速攻でやってきた。なのにこのありさまは何??怒る気も失せましたが。来学期からのアシスタントはこうではない。はずだ。マイクロソフトの本社やめてわざわざやってくるぐらいのやつなんだから、マシなはずだ。そうだよね??・・・はやくやってこないかな、B君。面白そうな研究やりたいって言ってたし。来学期からは仕切り直しで大学の先生としてまともに仕事できますように・・・
2015/05/28
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が明日は待っている・・・水曜日というのはうちの大学は会議日で、専任教員は講義をしないことになっています。その代りみんな会議に散らばったり、教授会ももちろんこの日になります(月一だけど)。私は大学全体の委員会から今年から2年間は降りたので、会議数は減ったのですが(その代り学部の入試委員長でこっちのほうが面倒なことが多い)明日は大学院の選考日プラス大学院教授会ということで1日拘束されることになっています。今年がですね、えらいこっちゃって感じなんですよ。なぜか志願者が倍増。急にですよ。それも中国からの志願者が倍増。おっそろしいことになっております。今までの合格率では定員オーバーになりまくるので、当然倍率も上がります。おまけに全教員にお達しが出て「今までよりもかなり多い数の願書のスクリーニングになるので前もってすべてチェックするように」といわれる始末。今まで当日2時間ほどで終わってたのに・・・・そんなわけで何度かに分けて書類をチェックしてました。基本、志願者が増えても、質が上がったわけではなく(いや、むしろ落ちてるんじゃないか??)通常通りの合格者数になるとは思いますが私が気になったのは「このうち何人が私を指導教員として指名してくるか」ということでした。今学期3人のアメリカ人を卒業させるのですがこれが一人を除いてひどいのなんの。特に問題児が一人いて、こんなのはもう2度と取らない、アメリカ人ならちゃんとアメリカの大学出てない限り(あるいはある程度以上のの日本の大学)はもう取らない!と心に決めているワタクシです。そーですねぇ・・・うちの分野の志願者の3分の一は私が指導教員というカテゴリーになるんでしょうがその中から取るのは3人までと決めていました。そしてその3人を決めてきました。2人にしようかどうか考えていますけど。中国からの人は・・・何人もご指名いただきましたが、今のところは一人を除いては「No thanks」って感じでその一人も「無理して取る必要ないよな・・・」という感じです。だけどなんで急にこう中国からの志願者が増えたんでしょうね。理由はうすうすわかっていますが、できのいい中国からの人々は大概欧米に行っちゃいます。だから日本となると質が落ちる学生がほとんどです。そこから学生を取ろうという気分には、なかなかなれないんですよね・・・やっとできの悪いのを今学期で一掃できるはずなので。この「願書下読み」セッションで、いろいろ在学中の学生に関するクレームも出るわけですよ。私のところから逃げた文科省のスカラシップを持っているモロッコ人の学生なんぞは「授業についてきていない」というクレームが出て(なんでこんな奴に文科省はお金出すんだ??)誰それは授業に出てこない、だの、マァめちゃくちゃ。こんなの大学院じゃないだろう・・・(溜息)。まだマシな学生でも、修論(うちはGraduation Projectですが)に来るとつまずきまともな先生から「まだまだかけていない!」とダメ出しをされる始末。私も自分のまともな院生Tにはダメ出し継続中だし。最後の一人はもう指導するにも、向こうからやってこないから指導できないという始末。何しに大学院に来ているのだ??仕方ないので、研究科長がその場にいたので「Graduation ProjectでCとかDとかつけていいですね??」といったら「普通は大学院でC以下取ったらFと同じだぞ?それでいいのか?」というので「Dでも卒業させられるのならそれでいいです。大学院にいるべきじゃない学生ですし指導されにもやってきませんので。勝手に何かを書き散らして出してくるでしょうがそんなものに、ちゃんと指導してきた学生のプロジェクトと同じ成績出せるわけないでしょう?」と許可を取りました。卒業はさせてあげる、けどアメリカで成績表を見せたら本来は卒業できない学生だったということがわかるだけです。こうは言いたくないんだけど、やっぱりちゃんと普通のアメリカの大学出ている学生よりずっと落ちる・・・基地の大学とかから出願してくる学生には気を付けないといけないと学びました。ここまでして留学生って取らないといけないものなんでしょうか?もちろんちゃんとした留学生もいますよ。一握りですが。ですから、その一握りを選抜するしかない。・・・私はちゃんとした日本人の学生の教育をやりたいよ・・・後はちゃんとした留学生ね。いや、言いたいのはやるべきことを普通にちゃんとやる学生の指導したいだけなのよ。それがなんで難しいんだろう??Teachingに関しては、アメリカが懐かしいです。本気で学生に向き合わないといけないから大変でしたが。でもここではそれはできないんでしょうか・・・溜息ついても仕方ないので明日のAdmissionでは淡々と仕事しますが大学院で、ちゃんと大学院レベルの講義がしたいだけなのです、私は。明日はいろんな意味で長い一日になるんだろうなぁ・・・
2015/05/26
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なんだって、私(笑)。アメリカ時代には一度も言われたことなかったわ。面白いとは言われたことしょっちゅうだけど。昨日アシスタントAと作業中そういう話になって、どうも私は学部生たちからはビビられているらしい。特に女子学生。大学院はわざと怖くしてるからビビられて当然なんだけど、学部生のクラスでかいな?そういえば、こないだニューヨークからの交換留学生からにも言われたな。「講義初日にビビって先生のクラスを落とした学生を俺は結構知ってる」って。おっかしいなぁ、うちのもう一人のアシスタントT(院生)は「普通通りで、おっかない要素があんまりなくて面白くなかった」って言われたんだけど??アタシもそう思う。期日を守ること、私語しないこと、やる気がなければ別に取らないでいいと伝えたことそれぐらいだったと思うけど?それで怖いって何だろうね?言われてみると、私は男子学生の扱いのほうが楽だと思うことがよくあります。特に日本ではね。アメリカだと男子のほうに生意気な学生が多いのでどっちかというと女子学生のほうが楽だったんですけど。日本に帰ると、女子学生のほうが泣いたりするから扱いに困ることはある。なんというかな・・・アメリカの女子学生のほうが大人だからかな。今学期はマーケティングの基礎のクラスですので、私のクラスを取るのが初めての学生ばかりです。それで面食らう学生が多いようですね。でもいやなら取らないでいいんですよ。他にも色々講義はありますから。私の前任者の先生は、厳しいかただったようで(私に対しては優しいかたですが)あまり彼のクラスを取る学生はいなかったそうです。威厳があるからね、あの先生は。私は威厳はないけれど、他の先生よりは厳しいらしい。というか、ビジネスのクラスでしょ?甘えは困ります。そして大きなクラスでいちいち例外とかに対応していたら収集つかなくなります。おまけにうちのアシスタントは私に輪をかけて「俺が一番効率よくできるようにしてやる」のが上手な野郎です。アシスタント同士で採点してて、もう一人のAに押し付けようとするのは朝飯前(爆)。採点中は兄妹喧嘩さながらにバトルを繰り広げておりました。面倒なことが嫌なTは、「俺様が出欠取ってるときに席にいないやつは欠席だ!」とマイクで宣言し「勝手に席を動くんじゃねぇ!」とすごんでます。こっちのほうがよっぽど怖いっての。学生たちよ、怖いのは私ではない。Tだぞ。なんというかね、大学なんだからさ。勉強したいから来るんでしょ?講義中にスマホいじろうなんて、いい根性してるじゃないか。もちろん私はそう言うのは許しません。隣に立って「残りの講義やりなさい。すべてわかってるからスマホいじってるんでしょ?」とやります。意地悪でしょうね、多分。でもスマホいじりするぐらいなら来ないで宜しいぐらいに思ってますので。成績でいちゃもん?許しませんよ。これに関してはアメリカ時代にいやというほど鍛えられましたので。とにかく、聞かない。ただし説明責任は果たします。いちいちなぜその成績になったのが説明してあげます。成績上げるためにその個人にextra assignmentを出すことはしません。そんなこと一人にしたら、フェアじゃないでしょう?私が成績を変えるのは自分の計算ミスのときだけです。そして、学期中にちゃんとわかるようにフィードバックを出しておきます。中間テストが悪ければ、期末と課題を頑張るとかテストの点が少し弱くても、その分授業参加点で稼ぐとか。いくつかのオプションがあるようにはしてあります。それでも通らない学生は、通してはいけない。アメリカでは当たり前のやり方でした。変える必要はないとも言われてきました。そして、今は文科省も「大学教育を厳しくするように」と舵をきってきているのです。大学とは学ぶところです。職業訓練の場ではないとも思っています。ただ、社会人として最低の規律を守るようさせる訓練はしています。厳しくしないで、優しいほうがずっと楽ですよ。学生の評判をよくしたかったら楽にするに限る。自分もそのほうが楽だと思います。でもね、それじゃ高等教育の意味がない。私は日本の学生がもう少し大人になってくれれば、と思います。そしてこちらも大人として接しているだけです。私をよく知る学生は、私がただ意地悪なだけではないとはわかっていますからそれでいいとも思っています。だけど、お子様が増えましたね・・・私の場合大学院生でもお子様が多いので困っておりますが。
2015/05/23
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っていったい何なんだろうなと思う今日この頃。もうすぐアメリカから日本に戻ってきて3年になります。つまり6学期ここで教えたことになるってこと。それまで学生としてアメリカで10年博士課程まで行き(その合間に普通の会社員として働きましたが)7年だったっけな・・・フルタイムの教員として働いたのは。あまり深く「大学院とは」って考えたことなかったんだよな。アメリカでも大学、特に一般教科の辺りはレベルが高いとはお世辞にも言えないんだけどあの国の教育の底力は大学院にあるといってもいい。スパルタ教育ですから。あのつめこみ、大人になってからやるってきついわよ・・・(苦笑)。そこに、世界中から野心家がやってくる(トップレベルの大学院の話ですが)。一言でいうと、競争社会。そして、みんな入学したときは「我こそが一番できる」と思ってやってくる。そこで徹底的に鼻っ柱を折られる。そこからが勝負。それが当たり前と思って日本に帰ってきて教員やったら、あまりの現実に唖然とし今となっては「私を大学院教育から外してくれ」とわめく始末。そんなこと現実には起こりえないってわかっていますが、そういう気分になってるということです。だって、来学期の志願者、前年度比2倍ですから・・・(溜息)。あんなレベルの学生が2倍??? かんべんして頂戴よ・・・大学院生なのに、言われたこともやらない。締切守らない。剽窃もやる(引用の仕方ぐらいマスターしてから大学院に来いっての)。修論締切1.5か月前でまだ一度も何も見せに来ない学生がいる(爆)。うそでしょ、これでマジで卒業する気かよ・・・いちいちこちらから見せろとかミーティングに来いというのも馬鹿らしいので放っておりますが一体どんな代物を読まされるのか、そして何が来ても卒業させなきゃいけないのか、と思うと「私たちのやってる大学院教育って何??」ってなるわけです。よその大学院は違うと思いたい。いや、きっとどこでもうちよりマシなはずだ。現にうちの修士課程から同じ大学内の別の博士課程に行った学生は以前の修士課程とは全く違って大変だって言ってるから。講義するだけならいいんです。それだけの付き合いだから。だけど大学院ってアドバイザーとして研究指導しなきゃいけない。嫌でも自分のところに受け持ちの学生が来る。専門分野のおかげで受け持ち学生ゼロの人もいることはいますが私の分野ではそれは絶対に起こらない。これでもかなり減らしたほうだけどね・・・正直言って、アメリカから日本に戻ってきてから面倒見てきた院生の中でアメリカでのまともな院生レベルにあるのはたった一人でした。現在のアシスタントであるアメリカ人のTです。生意気だが、馬鹿ではない。まともだ。そう再認識したのが昨日のことでした。研究室でしばらくmodel buildingとそのテストの仕方等のディスカッションをしたときです。なんというか、こういうのってアメリカでやった以来だな、という気分でした。ここの学生とこんな会話はまぁ他ではできない、と。モノを書かせても基本ができてるので、すぐにConceptualizationの話ができる。一度コツを教えたら次回から必ずそれを使う。当たり前のことといわれればそれまでですが、それができる学生に出会うのに3年かかった・・・(溜息)。なんというか、知識を吸収して自分なりに展開するという意欲があるかないか、なんだと気が付きました。それをするために大学院ってところに来るんじゃないかといわれればそれまでなのですが平気で「バケーションで来た」というのがいるぐらいですからね・・・正直言ってそういうコメントを聞くと、教員としては本当にやる気をそがれます。そこまでして大学院生取らなきゃいけませんか?って気分になる。そして、そこまでして無理に留学生を増やさなきゃいけませんか?ともききたくなる。バケーションで来るなんて言う留学生、現場の教員はいらないと思ってますよ。やる気のない院生に指導の時間を割かなきゃいけないのなら、本音ではその時間を自分の研究に当てたいです。以前はもっと大学院教育って好きだったんだけどな・・・今は学部教育のほうが全然マシだと思う・・・このTが出たらしばらくは院生指導は正直言って休憩させてもらいたい。そうもいかないのは100も承知だけど、もっと自分の研究に時間をあてたい。どの先生もそう思ってるでしょうけど、最近そういう気持ちが本当に強くなってきました。サバティカルまであと何年だったかな・・・それまで頑張れるのかしら、アタシ。
2015/05/16
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昨日オフィスに向かおうと建物内のエレベーターに乗ろうとしたときうちの大学院の某アメリカ人院生Bに出くわした。私のところを破門になったK(卒業してまだうちの建物をうろうろしているのはなぜだ??)の友人ということもあり向こうから私を怖がり避けていたのですけれど、ああ真正面からばったりと出くわすと避けるわけにもいかないものねぇ(苦笑)。で、立ち話。別に彼自身が私や他の教員に無礼を働いたわけではないので話ぐらいはしますよ。私は大人なので。スーツを着込んでいたので、なぜかと聞くと面接だという。あら、あれだけ日本の就活に文句ぶーたれてSちゃんをうんざりさせてたのに(笑)。それでも日本企業に行きたいらしい。なんでよ?と聞くと「せっかく日本に来て、日本で何も得ないのは嫌だ。日本の会社は最初の2,3年はトレーニングしてくれるので経験を積んでアメリカに帰りたい」んだと。で、某大企業の子会社の最終面接まで決まったらしいが、ポジションはSE。「日本であの業界はIT土方って言われるぐらい大変なのよ。同じ仕事ならアメリカのほうがずっと条件がいいのよ。おまけにあそこはもうバリバリの日本企業でしょう。君、それでハッピーになれるの?」と私。すると真面目な顔で、「アメリカでは経験ないと仕事に就けないでしょう?日本は新卒で未経験で雇ってくれて、トレーニングしてくれる。その経験と、日本語と(あまりできないけど)、大学院のビジネスの学位があればアメリカでも有利になる」というので、思わず吹き出しそうになった。私の学生じゃないけど、アメリカ社会を見てきた教員として一言言わないとこの間違った認識がナイーブな学生の間に広がってしまうから。「あのね、経験と語学力はわかる。でも、ここの学位がアメリカで役に立つなんて思うのは大間違いよ。誰もうちの大学なんて日本を出たら知らない。アメリカでは誰も知らない。ビジネスの大学院での学位で有利に立ちたいのなら、アメリカでもトップ15ぐらいまでに入るMBAの学位でないとまったく意味がない。ビジネスの学位持ってるやつなんてい~っぱいいるんだから。言ったら悪いけど、だいたいなんで日本でビジネスの学位を英語で取るわけ?普通の日本の大学院のプログラムに行ったのならせめて日本語ぐらいは身についてただろうけどこの環境じゃそれもないでしょう。アメリカ人の君が、母国に優れたビジネススクールがいくらでもあるってのになんで日本で英語で大学院教育、それもビジネスで学位取って有利になんの?ならないってば。役に立たない。まったく。」とワタクシ。・・・鳩が豆鉄砲を食ったような顔してたけど、マジで今まで誰もアンタにそのこと言わなかったの??そっちのほうが私は驚きだよ。大体アメリカってところは自国が何でも一番素晴らしくって、外国のことはどうでもいいのである。大学の学位も同じ。聞いたこともない大学院の学位なんて、相手にもされないんだから。そういえば以前、カナダの大学でPhDを取った友達がアメリカのビジネススクールに就職しようとがんばってたんだけどとある偉い先生に言われたらしい。「残念ながら、アメリカの大学院でのPhD出ないと採用しないところがほとんどだろう」って。ですので彼は今はカナダの大学の先生に納まってる。そういう国なんだよ・・・大学というところでもだよ?競争社会のコーポレートワールドにおいては説明する必要もないでしょう。大体MBAでもない、Accreditedでもないうちの修士課程、それも学位の名前はわけのわからんグローバルなんちゃら。そんなの履歴書に書いて有利になるわけないだろうが・・・ちょっとは考えなさいよ・・・本当に日本語マスターしたかったら、日本語環境の大学院に行くだろうが。なんというか、まぁ世間知らずというか、本当にアメリカで大学出たの?って思いました。私が今まで見てきたアメリカの大学・・・学生として、そして教員としての立場で・・・学生がかなりキャリア志向というか(これは専攻のせいもあるかもしれません)、しっかりキャリアプランを立てて、何が自分のためになるか普通はリサーチしてた。周囲にそういう同級生はいなかったのか??「でも、せっかく2年ここにいて、何も達成しないでアメリカに帰るのは嫌だ」という。きみの「達成」とやらは何なのだ?自分の人生のかじ取りは自分で決めるべきだけど、ちょっとナイーヴすぎるからもう少し下調べしなさいとは言っておきました。私の指導学生じゃないもんね(笑)。彼の指導教員は何にもしない某教員だし。「だけど、英会話の先生か、リクルーターの仕事やるんだったら時間の無駄になるからさっさとアメリカに帰りなさい」というと「僕は今学期ちゃんとした仕事が決まらなければすぐアメリカに帰ります。日本は好きですけど、何をしてでも残りたいというまでは好きじゃないです」という。あら、ちょっとマシ?キャリアというものをちゃんと始めたいのなら、もうこれ以上無駄にする時間はないとうすうす気が付いたのでしょうかね。君のお友達のルーザーはいまだそのあたりがわかっていないみたいですが。「そういえばね、先生」と多少私に気を許したB、こんなことも言ってました。「覚えてるでしょ、C(忘れるもんかい、ルーザートライアングルの一辺だもん)。彼楽天でプログラマーとして働いてるよ」そーいうことは当の昔に情報として入ってきているのだよ。「でも彼確か大学院来る前もフィリピンでプログラマーだったでしょ」と私が言うと「そうです。でも彼はここにヴァケーションに来たようなものですから。」と笑う。君はやっぱり浅はかだ、教員の前で人のこととはいえ、大学院にバケーションに来たってよく言えるな??私の返事は「そうね、まったく2年間何の進歩もなかったから前と同じ仕事にしか就けなかったのよね。ビザのための就職っていったけど、日本で働くことを甘く見てたら痛い目に合うよ。楽天みたいな厳しいところでは長くは務まらないでしょうね。目を覚ますにはいい機会かもしれないけど楽天さんには気の毒だわねぇ」というものでした。気の毒ですよ。あんなに世の中なめてるやつを取っちゃったんだから。でもこのBには私は別に問題もないので、その後面接時のアドバイスとかして「残る残らないはまず内定もらってから考えなさい。内定取らない限りは何も始まらないんだから。2,3年でやめるとか絶対微塵も態度に出さないように。日本の企業はそういう学生は嫌います。人材投資だからね。2,3年で辞める人も多いけど、君がそのそぶりをする必要はこの時点ではまったくないのだから。」日本企業でもまれるというのもいいかもしれませんね。目が覚めるかもしれないし。日本の学位が役に立たない、というのは結構辛辣な物言いだったと思いますけれど知っておくべきことだと思います。博士課程進学ならまだしも、一般のアメリカ社会ではアメリカの学位以外はほとんど意味をなさないわけでそれなら、とにかく経験を積むということは間違っていないとは思います。何も手にしないうちに帰りたくないという気持ちもわからんこともないけどそれならなんでもっと早めに動かなかったのか?まともにやらなかったのか?という疑問は残ります。私は指導教員ではないのでこれ以上のことはやる気はないですけど。そんな私の院生のTは今頃になって「せんせー、俺、修士論文をPublicationにしたいんですけど」と言い出した。アンタこそ提出したらさっさとアメリカ戻って就活でしょうがっ!就活する子にJournal Pubなんていらないじゃない、今頃何を欲を出しているのだ??・・・どうも欲が出たらしい。既に一本Pub出したじゃないか・・・まだ出すのかよ・・・まだ私が指導しないといけないのかよ・・・せんせー、いったいいつ自分の研究すればいいの(号泣)。少なくとも私は喜んだ方がいいのかもしれませんね。私の院生たちの半分以上は、まだ学術的に何かやりたいという欲があるだけいいかと。
2015/05/09
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自分が行っておいてこういうこと言っていいのかとも思いますが安易に博士課程に行きたいという学生がうちのプログラムに多くて驚いています。修士課程でこの体たらくなのに、何が博士じゃ、と思うのをぐっとこらえていますがそれにしても安易だよなぁ・・・自分のもとから別の学部にですが今年から博士課程に進んだ学生がいます。真面目で、がんばり屋ですがそれでも苦労している。進学前に何度も就職の厳しさや、学位取得の難易度などを言って聞かせたにも関わらずやっぱりいざ進学してみるとしんどい、きつい、らしい。最初の学期だから、別分野だからきついのは当たり前なわけですがここからが勝負だと私は見ています。努力だけでほめられたり学位を取れるのは修士課程までだと言っただろう(苦笑)。それでも、本人が本当に「勉強」ではなく「研究」が好きなのなら何とかなるとは思っています。その先の就職云々は、指導教員に相談してみて、あとは自分で何とかするしかない。でも「いざとなれば予備校講師でもいい」とまで言い切ったのですが何があっても自分で何とかするだろうとは思っています。研究業績を積み重ね、教育経験も重ねてもそう簡単に仕事にありつけないのがこの業界なんだな・・・それは、本人が体験するしかない。指導教員も他の誰も助けてはあげられないですから。でも、時として「あのまま進ませて良かったのか」と自責の念に駆られることはあります。それは日本の場合アカデミックポジションでも企業でのポジションでも年齢制限があること。もちろん表立っては言われませんけれど、実際博士号を取ってすぐにフルタイムの専任に慣れることはまれ。ポスドクをやって、次に任期付きのポジションをやって、やっと専任の任期なしのポジションにありつくというのが日本での現状らしい。私は幸い博士号取ってすぐにフルタイムのテニュアトラックのポジションについて今こうやってテニュア持ち、つまり任期なしの専任をやっていますけれど私の分野でも、アメリカででもポスドクをやる人は結構いました。日本ではそれにもうひとつ任期付きの助教とかをやって初めて任期のないポジションにつくことが一般的らしくだいたい30半ばまでにそのポジションについていないと厳しいらしい。ここに私の「自責の念」の部分があります。がんばり屋のこの院生はもうすでに30代半ば。博士号ストレートで取れても40前。本来なら、すでに中堅として結構な業績を持っていないといけない年齢です。年齢に関してこれだけうるさい日本社会、それにただでもポジションが少ない日本のアカデミア。その学生が進んだ分野はポジションがほとんど空かない・・・それこそ高学歴ワーキングプアの道が見えるようで、「やっぱりあの時意地ででも博士課程進学は止めたほうが良かったのか」と思うわけです(溜息)。よく友人たちや他の同僚たちに言われるのですが「誰だって表面的にIzzyのやり方見てたら簡単に博士号取れて仕事にありつけると思うわな」という部分があるらしい。自分の研究室でギター弾いたり、酒盛りしたり好き放題してるように見えるらしい。学生の前で「ほら、先生はこんなにしんどい思いしてるんだよ」なんていちいち見せませんから。誰の前でもそんな格好悪いことやるわけないぢゃん。だけど、私の業績を見たらわかるはず。遊んでばっかりではいなかったと。最近なんて仕事ばっかでギター弾いてないわよっ(号泣)。GWだって仕事してますけど、それが何か??私は自分でも仕事人間だと理解してます。人様の前ではそう見せませんけど。土日や祝日仕事で当たり前だし。それが嫌ならこの仕事やってらんない。ましてここ2年ほど碌にちゃんと仕事できなかったから、今は危機感持ってやってますよ。私の本業は研究だから、この2年間学生に振り回されていた時間研究できなくてしんどかった。このままじゃダメになるんじゃないかって危機感がすごかったです。だから今必死で取り戻そうとしてる。まだ、キャリア的に落ち着くには若すぎる、と自分で思ってますから。うちの院生たちの問題は、大学院とは勉強する場ではなく研究する場だってことを理解してない部分にあると思います。コースワークも学部の延長。学生の質も高くないから先生たちもちゃんと研究させることを半分放棄している。そんな中、私は必死に研究教えようとしましたけど、今はもうその気力がない。どれだけやってもこの学生のレベルでは無理がある、と。頑張って教えようとしましたけどね、土台がないから無理だと気が付いた。そんな状態で自分の学生を他の学部の博士課程に送り込んでしまってよかったのか?頑張るだけでは生き残れない(頑張って当たり前)世界に放り込んでしまってよかったのか?頑張ってもかなわないことがあるということに、めげずにいられるのだろうか?頑張って頑張って何とか研究の業績を上げても、上には上がいて、そんな人たちでも仕事になかなかありつけない。そんな状況に早かれ遅かれ立たされた時に、つぶされないのだろうか?って。私の人生ではないといえばそれまでなのですが。あれだけ反対しても進んだのだからあとは自己責任ということにしてください・・・頑張って何とか独り立ちしてほしいけれど、これには運もあるからねぇ・・・でも、石にかじりついてでも何とかすると信じたい。そんななか、別の学生が「親に言われたから博士課程に行く」といいだした。冗談じゃない。誰かに言われてできるようなものじゃない。うちの院生の中ではマシですけれど、あくまでもうちの院生の中というだけで彼女の親が思ってるような一流の大学院のPhDプログラムになんてまず無理だろう。だってうちのプログラムですら大学院に進んだら成績が今いちなんですから・・・親も親だよ・・・研究するのがそんなに好きでもない、研究が何かもわかっていない20過ぎの子供にそんなこと強制するなんて何を考えてるのだ???おまけに、彼女は気の毒に某教員のきまぐれでとんでもない成績をくらいこの先オールAになってもまずトップスクールには入れないという成績になってしまった。えぇ、傷物ですよ、まったく。そんな中受験させて、全滅したら親がどう出るか・・・子供を責めるんでしょうね。近いうちにハッキリ言いますけれど。その甘い考えでは博士課程に行けてもその後はない。トップスクールといわれるその分やの一流校に行かないと意味がない。そして、トップスクールに行ける状況ではないのだと。そして自分がまだ何の分野の専門家になりたいのかもわかっていないのに博士課程に出願しても多分通らないだろう、と。親にじかに言ってやりたいぐらいだ。研究をなめるなと。博士課程というのはただ学校に行くのとは違うのだ。不安定で、先のないトンネルの中に、自発的に入る気のない子供を入れる気か、と。学生にも、もっと自我を持てといいたい。まだ日本の普通の学生のほうが現実的ですよ。博士課程に進んだ時のリスクをわかってるだけ。本当に研究が好きで博士課程に進んでもくじけそうなときっていっぱいあるのに。好きなだけでは生きていけないと嫌でも思い知らされる時がたくさんあります。私も当然そういう気持ちしょっちゅう味わっています。それでも、やる。この立場に立てただけでラッキーなのだと思いますから。私よりずっと才能があってもあきらめなきゃいけなかった研究者だってたくさんいます。そのことを考えたら、今の立ち位置に感謝してやるべきことをやるしかないわけです。それでも傍目には楽に見えるのか(笑)。ま、いーけどね。余裕あるように見えるほうがまだいいわ。実際は水面下で必死にばたついてる白鳥みたいなもんなんだけど。そこまで優雅にはみえないかな(笑)。
2015/05/05
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世の中GWなわけですが、私はなぜかこのあたりに第一の締切りの山が迫っていまして今日も2本仕上げました(溜息)。中には13日休むという友人もいますが、それはそれで休み明けがしんどいだろうなと思います。私は混む中どこにも行きたくないという出不精でもあるので(笑)この休みは締切と共同研究の作業と講義の準備で終わりそうです。それでも講義が休みというのは気が楽ですけどね・・・こないだから院生の成績の件に巻き込まれてもううんざり来ているわけですがどんなに私が気をもんでも、該当する教員があの態度では何も起こらないだろうと半分匙は投げています。というか、その人が私のオフィスにやってきてぶちまけたコメントを振り返るともう自分がまじめに仕事してるのがあほらしくなってくるわけです。世の中の不条理ってのは嫌なほど味わってきましたし、大学の先生ってのは変わった人が多いですから大概のことには驚きませんがさすがの私も、そしてほかの同僚もショックどころかもう何も言えなくなった暴言があります。該当教員はこういったんだよね。院生指導しなかったから彼らは成績悪かったんだ。それに、何をやろうともやるまいとももうクビになることはないから平気だ、と。つまり、暴力沙汰になろうがセクハラになろうがアカハラだろうがパワハラだろうが何をやっても大学が揉み消すんだから、殺人でもしない限りクビにならないと。驚くのを通り越してむなしくなりましたね・・・こんなの学生に聞かされるようなコメントじゃない。自分は仕事やらないと、上司の前でも言い切ったぐらいの人ですからこれぐらいのことは同僚には言うでしょうね・・・それを聞いた別の同僚は、「本当にそんなことを言ったの??」と驚いてたけど事実なんだよ・・・何も気にしないから、仕事しないことを平気で認めるし学生の成績を無茶苦茶につけても罪悪感にもかられない。上司が注意してもぶち切れになるから、上司でさえ腫物に触るように扱うし同僚がすべて今まで後始末を付けてくれたから、大事にもならなかった。・・・私はここにいる限りこの先ずっとこのひとの後始末つける羽目になるの?こんな大学の先生がいることに驚いたさ・・・研究熱心で指導おろそかになるとかは聞いたことがある。その反面ほとんど研究しないで、教育するだけってのもきいたことがある。でもそのどちらもやらないってのはいったい何なんだ??どちらもやらないのなら、せめて誰にも迷惑かけないでください・・・(溜息)。もっとたちが悪いのは、学生の前でもそういう態度を示しているということ。だから学生が「あの先生はどうせ一生懸命やっても見ない」という。私に対抗して「厳しい先生」になろうとしているらしいが私はこんなこと一切やってないぞ?教育って、学生ができないことをできるように指導するもんだと思ってた。今まで私はそうやって育てられてきた。私に他の先生に対してこうしろああしろという権限はありません。Academic freedomといわれるもので、ここの教員にはこれがあるのです。だけど、それはあくまでも最低限の仕事をしているという前提においてでしょう。何もしないのなら、それでもいいけど、頼むから人に迷惑だけはかけないでください・・・なんか、まともにやってるのがバカバカしくなってきたんですよ。でもだからといってこの教員みたいなことはしたくないですから私は私のやるべきことをしていますが、私の学生にまで被害を及ぼすのはやめてほしい。そんな変な学生取ってないんですから・・・ちなみに。この人以外の教員はちゃんとやるべきことやってます。だからこそまだ救われるわけですが。こういったとばっちりを食うときは、いったい私何やってんだ・・・真面目にやったら損なのか?と思うこともあります。ただね。やっぱり私が今まで見てきたアメリカの大学の先生たち・・・自分を指導してくれた先生たちや同僚たち・・・を思い出すとこの教員と同じことはできません。そこまで私は落ちぶれたくない。お金もらってやってるんですから、プロですから。ただここのところ2,3週間はいろんなことがあり過ぎて疲れました。GWの間はオフィスに出ないで家で仕事しようと思います。不快な思いをさせられる相手には極力会わないほうがいいでしょ。
2015/05/01
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これ、うちの院生Tが某教員に関して言ったコメントです。以前ここにも書いた事件の顛末。大学院の20名弱の大きさのクラス(大きすぎるっつーの)で、一人を除いてみんなCかDの成績を食らったという事件。自分の指導院生がこれで大きなとばっちりを受け、この先の計画がめちゃくちゃになったこともあり私も後始末に付き合わされているんですがね・・・はじめは「あら、あの人も真面目に厳しく学生を採点するようになったんだ」と歓迎してましたが詳細が明らかになるにつれ「これ、いったい何なのよ??」と眉間にしわが寄るような展開に。うちの院生のほとんどは、まともではないので(失礼、でも事実)Cを取ろうがDを取ろうが「関係ない」と関心をそれほど持ってなかった様子だったんですがそんな中、私は自分に近いまともな院生だけにはこう説いていました。「アメリカに帰って就活したり、この先他の国で働いたり博士課程に進もうとしているあなたたちにとってこういう成績は致命傷になる。アメリカだったらすでに大学院退学レベルものもだしこんなものが修士の成績に残ったら、まず博士課程には進めない。就活するときも、うちの大学なんて国外に出たら誰も知らないわけのわからない大学院なのにそんなところでCとかDとか取ってる学生なんて、競争力がないってわかるよね。本当にこの授業で手を抜いてCとかDで当然なら、このままでいいでしょう。でも、他のクラスほぼオールAのアンタたちが、本当にこの成績なのかが私には疑問に残ってる。成績なんてどうでもいい、大学院なんて時間つぶしだと思ってる学生のことは私はどうでもいい。でも、何かほかにまともな目的を持って大学院に来ているのなら、この成績は多分不当だと思うから自分でしかるべきルートで、担当教員の説明責任を果たさせなさい。自分で動かないと、何も変わらないわよ。先生ができることはここまでだから」と伝えました。その後、研究科長が私のところに来て担当教員の「説明」とやらを伝えてくれました。二人とも憤死しそうな内容でしたが・・・去年の同じクラスでは10人ほどが全員Aの成績を取ったらしいのですがその説明は「去年はあのクラスでケースブックを出版するということになってそのためにちゃんとペーパー指導したからみんなAにしたけど今年はそういう出版関連のことやらなかったので、指導しなかったらどのペーパーのクオリティも低くなったのでああいう成績になった」といったらしい。そして、みんなテストを甘く見てひどい成績だったと。テストの件はね、わかる。でも自分でも「配ったスライド見てたら大丈夫よ」と簡単だというイメージを植え付けたんだよな、この人は。でも、一応テスト範囲をカバーする資料は渡して置いたわけだし、そりゃちゃんと勉強しない学生が悪い。大学院なんだから。ただ、ペーパーに関してはどうも全くガイドラインも何もなかったというのが事実だったらしい。普通たとえ1ページでもプリントとかで配布するよね?どんな感じで書けって。え、やらないんですか??問題なのは、このレベルの大学院生の書くケースで出版して、自分は一つもケースを書かずあんまり指導せずに(これに関しては去年の学生が言っていた)自分の功績として出版物出そうとしてたこと。ただし、これはぽしゃったんですね。あまりにも学生の書くケースのクオリティが低いから出版社からボツにされたらしい(苦笑)。これは本人から聞いてたし、その時私も「あのねぇ、うちの学生にまともにケース書く能力あるわけないでしょう。一から指導してやらないと無理無理」と笑ってたんですが今年はそれをやらない代わりに指導も一切しなかったと自分で言っちゃってるところがすごい。書けないのを書けるように指導するのが私たちの仕事なんじゃないでしょうか・・・研究科長もびっくりよ(笑)。これで「指導院生」とやら10何人いるらしいけど誰一人まともに指導されてないらしい・・・ いいんですけどね、私の院生じゃないから。もっといけなかったのが、学生たちが「どうせ真面目にやってもあの先生はちゃんと見てくれないし評価もしてくれない」と見透かしていたということ。あぁ、それに気づくぐらいの脳みそはあったのかとちょっと安心しましたが学生にそう見られてるってことはなめられてるってことですよ・・・別の院生は「明らかに授業中もここにいたくないってオーラが出てて、学生のこと気にもかけてないってわかった。そんな授業、なんで学生の僕らが気にしなきゃいけないんですか?」そりゃ、そうだな。授業料払ってるんだし。そんな雰囲気のところで厳しくしようとして尊敬してもらおうとしたって無理がある。で、やらかしたのが学期中一度もフィードバック出さず、最後にみんなを落とすという荒業。こんなので、学生の尊敬集められると思ってるのがすごいわ・・・ちょっと気の毒になってきました。この同僚は、教えることの本当の楽しさを知らないんだなって。多分そういう指導もしてもらえなかったんだなって。自分がそうされなかったら、どう指導していいかはわからないと思う。幸い、私は指導教員に本当によく面倒見てもらったからね。私は教えるのはそう好きじゃないんです。でも、やる気のある、吸収力の高い学生教えるのは面白いんですよ。最初出来なかった学生が、だんだんできるようになってくるというのを見るのは楽しい。それも自分が指導したからできるようになった、ってのを見るのは楽しい。だから大教室の講義は好きじゃない。大学院のクラスで10人も学生持ちたくない。個人で面倒見られるのは5,6人まで。その代り、みっちりしごきますけどね。今学期なんぞ大学院生のクラスは脅しまくったので3人しか学生いませんがおかげさまで楽しいです。あの脅しにも屈しない、ある程度の学生しか来てませんので。そうなるとこちらも多少リラックスするので「あぁ、この先生思ったほどBitchじゃないな」となる(笑)。私の指導院生はわかってます。まじめにやらないヤツは私は嫌いだけどちゃんとやってれば面倒は見るってことは。だから今回の成績一連に関するごたごたの後始末にも関わらざるを得なかったんだけどね・・・この教員のクラスに学生がこれだけ集まったのは「今まで楽に単位を出してきた」ということと「授業簡単だったから」ってことだと研究科長及び同僚は言ってますが・・・私は授業を見たことないからわかりませんのでそういう判断はできません。だけど、もう少し学生を気にかけてやってもいいんじゃないかな、とは思う。大学院でCやらDを取るというのは致命傷になりかねないということもわかってほしいしCとかDを取らせないぐらいの最低限の指導はするべきだと思う。そして私の院生Tはこういったわけです。「自分の教授という特権で俺らの人生狂わせてる。何の説明もなしに。こんなのフェアではない」と。そうだね。フェアじゃない。でもそう思うなら自分たちでしかるべきルートで抗議しなさい。私には、それはできない。そう話したら、私のできのいい院生たちと、他何人かが研究科長のところに出向いて話をすることになったそうです。研究科長も「学生からこちらに来ない限り、自分も何もできない」と言ってたのでね。この先どう転がるかはわかりませんが、せめて正しい成績判断をしてやってほしいと思います。なめてかかった学生のこの先なんてどうでもいいです。だけど、やるべきことやった学生を大学院でCやDにするのはやめてほしい。すでに何人かのこの先の計画狂わせちゃったんだから・・・
2015/04/26
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あ~、もう、なんでこんなにハチャメチャなんだろう・・・そろそろ大学も活気が戻ってきて、来週から講義開始です。当然私とてもブルーです。春休みどこに行った?って感じ。でも総括すると論文も久しぶりに何本か仕上げたし、無事に学生も卒業させたし学会に行って刺激も与えてもらったし、そう悪いことばかりじゃなかったと思う様にしております。本当は今日府中競馬場でピクニックだったのに天気が悪くてキャンセルだとか昨日飲みに行く予定が相手が急病になってキャンセルになってがっくりとかそういうことは考えないことにして、ですけど。4月に入ってなんかわけわからない感じであわただしいのですが卒業生とかからそろそろ連絡が入ってきます。院生のN君(うちの成功ケースその1)は、この4月から正社員でスイスの商社にマーケティング業務で務めておりますが「インターン時代と違って正社員って責任も仕事の重みも違うので戸惑ってます」と言っている。最初はそんなもんさ。学生の甘えはもう通用しないから頑張ってね(笑)。先生は心配していません。この子はちゃんとそつなくやれるので大丈夫。そしてうちから同じ大学の心理学で博士課程に進んだSちゃんはいきなりカルチャーショックに陥りおまけにいろいろやらされることになりアップアップしている(笑)。でもまったく下地ないところ、院試を通って入学できたわけです。可能性はあると向こうは思ってくれているわけですから、頑張ってとにかくやるのみ。今まで通りでは博士号も研究職も取れません。厳しくなると何度も私に言われてもそれでも進んだわけですから、弱音はかずに頑張りましょう。私といえば某教員のはちゃめちゃ採点事件の余波で尻拭いをさせられておりますがまぁ、仕方ないわな・・・大学、大学院で厳しくするのってどこも間違ってないから。ただそのやり方が今回まずかっただけで、次回からそうしないでくれりゃ別に文句ないし。ただ、何人かの院生の将来に傷をつけたことだけは理解しておいてほしいと思いますけどね・・・先週の院生のコースアドバイザリーミーティングは本当に嫌々出てきました。もううちの駄目院生なんぞ見たくもないって思ってた。で、自分のコースの説明を(自分では)淡々としたつもりだったのになぜか同僚たちには「Izzy今年も怖かったな」といわれる始末。アタシ今年はトーンダウンしたわよ。ただ、「大学院なのでそれなりの態度で来ることを期待してるし私に対してはNo-nonsenseだということを肝に銘じてから来てください」といっただけよ??本当は自分の指導学生とサシで講義するつもりだったのに、なぜまだ6人も登録してるのかしら??おまけにもう私のところに戻ってこないであろうと思った駄目院生が戻ってきた(涙)。え~、マジで指導教員かえないんですか??私厳しいのよ??楽して卒業したかったら某先生のところに行きなさいって言ったのに???やるんだって。ほんとかいな。その代り究極に問題であった文科省からフルでスカラシップをもらいながら最初の学期に登録した授業何もパスしなかった(バイトに明け暮れたため)モロッコからの院生は某教員に移ってくれた(笑)。正直言って、ありがたかった。先学期この学生はProbationで研究科コーディネーター預けだったんですが今学期に私のところに戻ってくるはずだったんで、どう扱っていいか考えてたんですね。こんな税金無駄遣いするような学生、文科省に報告して奨学金取り上げろって激怒してましたから・・・ただ温情で今回は文科省には報告しなかったのですが、案の定大学内では「いまだかつてこんなことはなかった」と大事になりましたわよ・・・指導教員としてただ恥ずかしかった。指導どころの騒ぎじゃない、降りる、と言ってましたから。なので楽に卒業させてくれるであろう某教員のところに行ったわけですが向こうも方向変換なので、どうなることやら。ま、私の学生じゃないのでどうでもいいんですけど。N君が「ついでに」と私に「問題児たちのその後」の報告をしてくれたのですが実はほとんど知ってるんだな(苦笑)。Cは楽天のプログラミング職にありつけるかもしれない、Kは職探しドイツ人だけどこの2年でまったく日本語を学ばなかったどうしようもないAは夏にドイツに帰国。・・・もうこのあたりは「本人たちの自業自得でしょ」ってのが感想です。Kはねぇ、自由人になるだの言いながらまだキャンパスに出没してるらしいけど行くところのない哀れな人間だからね~。以前私に「俺はCorporateの世界には向かないから起業」と豪語してたのに(一度もCorporate worldに入ったことないのになんで向かないとわかるのか意味不明)職探しですか。多分日本のCorporate worldは君みたいなのを採用しませんよ・・・10年近く日本にいても日本語へたくそで、アメリカのまともな大学出たわけでなく(残念ながら日本のランクの低い大学卒)大学院の成績もハチャメチャな30歳新卒を雇うほど日本の会社・・・外資系でもないよなぁ。もう少し骨のある人間であってほしかったけどね・・・初志貫徹で何とか起業するぐらいの気骨は欲しかったけど(潰すとは思うけど)それすらもなかったということですね。みんなに取り残されてしまったし、親もこれ以上経済的支援してくれないから仕方ないんだろうけど。ドイツ人のAに関しては、これも人生なめてるからねぇ。早い時期に私のもとを去って某教員が指導教員になっていましたが同じドイツ語話者なのに、その教員曰はく「どうしようもない」という評価でした。どうも卒業後日本人のGFに食わせてもらっていたらしいけど結局ドイツに帰ることになったって・・・まあ仕方ないだろうなぁ。結婚でもしない限りこれ以上日本にいられないだろうしいたとしても今まで就職で来てなきゃこれからも難しいでしょう。本人のためにも帰ったほうがいいのです。だけど学生というある意味「守られた」世界から放り出されると社会人になってもプーになっても最初は不安なんでしょうか。私たちの立場だと学生っていうのは回転ドアみたいに入ってきては出ていくという感じなので4月になると「ああまた新しい学生が来るな」ぐらいの認識なんですけどね。でも新しい世界に出ていくのって楽しくないのかな?卒業生には(約一名を除く)そういう新しい世界を楽しんでほしいと思います。私は、新しい学生を今学期取らなくて良かったので非常に気楽です(笑)。もともと一人しか合格させなかったところに、入学してこなかったので。それが判明した時の私の気分の高揚度は、他の教員曰はく「かなりハイになっていた」らしい。たまには休憩したいという気持ちが大きかったので、助かったというのが本音でした。私はそんなにもう院生を持ちたくないので・・・だけどどっちみち来学期には複数またやってくるだろうと思うのでつかの間のお休みです。その合間に今学期は3人院生卒業させないといけないのでそのほうが大変だ・・・そんな感じの年度初めです。そして学期が始まったばっかりなのにもう終わってくれと祈っている自分がいます・・・(苦笑)。
2015/04/11
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そーよ、本来こっちをブログにさっさとアップしたかったんだ(笑)。3月末の忙しい中、久しぶりに自分の専門の広告学会に行ってきました。あ、シカゴですけど。この学会は私が博士課程に入ってから初めて発表した学会で、規模もそう大きくなく知り合いも多くホームのような学会なんですが、ここ4年ほどご無沙汰してました。やっぱり日本に戻るとわざわざ日本から行くのが億劫に感じられてたってのもあります。ですが、行ってよかった。いや、まじめに毎年行くべきだ。なんせみんなが「参加者リストにIzzyの名前が出てたからいつ来るか待ってたの~!」だの「も~、なんでいきなり日本帰るのよ~」だの前の職場の同僚たちには「戻ってこないのか」と聞かれ(いや、それはあり得ないだろ(苦笑))色々驚かれましたが、まず最初に自分の指導教員に5年ぶりぐらいで会った時、私の中の緊張感がぶちぎれました・・・「教員生活10何年のうち、一番しんどかった1年が終わりました。昨日卒業させてきました」と彼女の前で言ったときに、涙が止まらなかった。彼女は私のこの1年のいざこざを知っていましたから。まるで親の前で泣く子供だと思いましたが、止められなかった。「よくやったわね。誰にでもそういう問題児、一生忘れられない学生っているのよ。私ももちろんいるわよ。だけど、出て行ってしまえばもう関係ない。自分のやるべきことをやったのだから、これ以上は自分を責めないでいい」と諭されました。一体私は何を間違えたのだろう、今までアメリカ時代にこんなことはなかったのに、なんで立て続けにアメリカ人学生に不快にさせられるのだろう?と何度も自問してましたが、ここで涙を出した分、スーッと何かが引いていきました。そしてもっと嬉しかったのが、自分のジョージア時代の学生たちが私を会場で見つけて一目散に「Dr. Izzy~! やっと来たんですね!」と何人も駆けつけてきてくれたことです。言っときますが、みんなほとんど今では立派な大学教員です。私の過去のアシスタント達もいました。中には学会のベストペーパー賞を取る元学生もいました。もう、みんなが誇らしかった。私がジョージアを去ってから5年ぐらいになるのに、いまだにこうやって慕ってくれるってだけでもうれしいけど、みんなが立派に社会人になってるのを見てもっと嬉しくなりました。私、別に今までは間違ってなかったんじゃないって。ただし、こっちに帰ってきて現実に戻ると残念ながらあまりに学生の質が違いすぎてそれはそれでpost conference depressionみたいになってるんですが・・・大概学会に行くとハイになるのですが、この時も実は飛行機乗る前日卒業式で毒気に当てられほとんど寝られず、飛行機の中で学生の学会論文を書き直し(もうあれは手直しとは言わない)、よってまったく寝ず。到着したら朝方でそのまま学会に行ったら当然寝る暇なく、ホテルの部屋に戻れたのは夜中の12時でした・・・3日間ず~っと人に会い、レセプションだディナーだに出、ひたすら喋り捲っていました。だってみんな久しぶりだったんだもん・・・もちろん新しい友達もできました。面白かったのが美術館でのレセプションで再会したジョージアの院生。「僕のこと覚えてます?」といわれ、全く覚えてなかった・・・どうやら私がジョージアでの最後の年、院生オリエンテーションで彼の自己紹介を聞き(彼も私も修士がボストンだった)、解散になったときものすごい勢いで彼のところに行き、「あなたもBUなの!?アタシもよ~!何年に出た??どの先生知ってる??」と問い立てたらしい。で、忘れられなかったと。本人記憶にございませんが、自分の性格上それぐらいのことはやらかしていてもちっともおかしくないので、再度自己紹介して話が弾んだのでした。だけど今回いろんな人としばらくぶりに話をし、途中学会を抜け先輩とシカゴの街中でご飯をしたり、忙しくしているうちにある程度の傷は癒されたような気がする。いや、その時はそう思った・・・戻ってきてからまたうっとうしいのに大学で出くわすまでは。でも、気分的にはもう「あれは宇宙人だ。人間ではない」と思っています。私がこの学会で会ったような院生たちが普通なんであって、うちのプログラムの特定のアメリカ人院生たちは院生でもなんでもない。アメリカ社会で生きていけない気の毒な生き物なんだと思う様になりました。だって、私が久しぶりに目にしたまともな院生たちはまず覇気も知性も違ったし、matureでした。いや、うちのアメリカ人院生たちよ。日本での就職はもちろん、アメリカに戻っても仕事はそう簡単に見つからないよ。こんなのと競わなきゃいけないんだから。逃げで日本に来てしまったその決断を後悔しないことを祈るわ・・・何が一番面白かったって、やっぱり一緒に学生時代を過ごした先輩、後輩たちとの毒舌トークでした。裏事情もなんでもあり。テニュア審査における地獄だの、そりゃもういろいろ聞かされたさ。うちの女性陣はとにかく毒舌なのがそろってて(含:私)もうみんな集まるとえらいことになる(笑)。毒舌というか、ドライユーモアというか・・・アメリカでは受けるんですよ、これ。で、このままで日本に帰ってきて授業やったら怖い人になっちゃったのが私なんですけどね。でも久々に自分のドライユーモアが完全に通じる環境に戻ったのでしゃべるしゃべる。アンタどんだけしゃべんねん?というぐらい起きてる間ず~っとしゃべってました。反動で日本に戻ってから無口ですけど・・・正直言って、「なんで私はこの環境を捨てて日本に帰ったのか?」と自問しなかったとは言いません。やっぱり研究という面でアメリカのほうが恵まれていて刺激になるというのは(自分が慣れてるせいもあるけど)あると思う。今更後悔しても仕方ないし、してもないんですけれど、あちらのほうが研究はしやすい。年取ってまでいたい環境かといわれればそうではないと思うんですけど・・・ 私の今いる環境に刺激があまりないってことなのかもしれない。そういう意味では久しぶりにアメリカの学会に出て面白いと思った。刺激になった。ただ、日本の大学ってのは知られてませんからね。私、この学会だと知り合い多いし、前の職場とかのこともあって嫌な思いとかしなかったけど、「それどこの大学?」って聞かれることもあります。そういうこと私に言った人いますけど、私の友人や先生たち、知り合いが「Izzyはもともとミシガンとジョージアだから」と私の代わりに説明しておいてくれました。無料PRありがとう(笑)。アメリカで働いたことは無駄じゃなかったんだな、と思ったりして。私は今の自分のポジションでいいんですが、自分の学生たちを思い出したとき「こりゃ彼らはアメリカ戻ったら就職大変だ」と考えました。誰もうちの大学なんて知らないからそんなとこの修士号持ってても「何それ」なんだよね。業界人と話してると特にそう思った。新卒としてジョブマーケットに出る際はやっぱり成績表と、どの大学院出てるか向こうはチェックするし。こりゃ、日本にいても就職無理じゃアメリカ帰ってもアウトだな、と思ったり。でも2年だらだら遊んでた本人たちが悪いわけだからいいか(笑)。でも私は就活に学会に行ったわけではないので、楽しんで帰ってきました。強行軍でしたけど、行ってよかった。お買い物する時間なかったけど、行ってよかった(笑)。来年もまた行こうっと。だってホームグラウンドですから。
2015/04/04
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あっという間に4月ですね。大学にも新入生が入ってきて、この間卒業させたばかりなのに・・・という気分です。3月末は学会論文締め切りと学会があってかなりバタバタして、眠れない日が続きました。そんな中、学会出発直前に卒業式の謝恩会に少し顔を出してきました。本来ならとても出る気にはなれなかったのですが、スイス人の院生のN君のご家族がわざわざ来ていたので顔を出さないわけにもいかず、行ってきたわけです。もちろんN君の卒業はうれしかったですよ。よくできる学生でうちの分野で唯一まともに就職が決まりましたから。本人の努力を考えると当たり前のことですがね。ただ不良債権処理第一弾でもありまして、どうしようもない院生も卒業していきました。お情けで卒業させてもらった輩どもです。あれだけ大学院をなめ、教員を馬鹿にしていたKとその悪友Cですからまさか謝恩会に来るわけないだろうと思ってたんですよ。私がその場にいるってわかるわけですから。・・・きてました。一体どんな面の皮してやってきたのか。ただし、彼ら二人に話しかけていたのは同じくルーザーのアメリカ人院生二人だけだった・・・そりゃそうだよなぁ。教員皆私とKの間に何が起こったかわかっていて捨て台詞を吐いてしまったんですから先生たちは誰も話しかけに行かない。これ、院生としてはどうかと。自分の「指導教員」にも「指導」受けてないし、先生本人がああいうところには絶対出てこないし(いい意味でも悪い意味でも学生を全くケアしないので)先生たち誰も話しかけない。これ、異様でした。特に私の分野の教員の皆さんは、これ見よがしにN君におめでとうとか言いに行って話をしたり写真を取ったりしてもKとCに対しては「お前らなんだ?」と無視。私も当然無視。誰にも言わってもらえない卒業なんだよね・・・「さっさと出ていけ」というわけでお情けで出してもらったようなものだから。元指導教員としては、哀れにしか思えなかった。一体何しにここに来たんだろうと。学部生の謝恩会も合同だったのですが、当然私はこちらにも学生がいっぱいいて挨拶したりしてたのですが私のクラスで泣いた女子たちなんぞ「Izzy先生~!」って追っかけてきたわ(笑)。あらあら、あんなに厳しく指導したのにそれでも最後にこうやってきてくれるんだ。わかる学生にはわかるのよね・・・N君のお祝いに、この4月から心理学で博士課程に進んだ私のもと教え子Sちゃんも来ていたのですがKとCの毒牙に充てられ「気分が悪くなった」らしい。「もう話がかみ合わないというか、あほすぎてどうしようもないです」といっていた。そしてN君とSちゃんが「あの二人のこの先の身の振り方」を探りを入れてきてCは楽天のエンジニア採用で最終までいっているらしいけど(ここが怪しい)Kは「自由人」になる。・・・アホ、いや関西人の私に言わせたら究極の馬鹿だ。要はプーだ。就職も起業も投げ出した馬鹿だ。30にもなって、まともな文章を母語でも書けないやつだ、そりゃ日本語で仕事なんてできるわけないでしょう。っつーか、フリーターで卒業後日本に残れないんでいいんだけどね。楽天のエンジニアって・・・まず楽天ってうちの学部の外国人留学生ってみんな「最終までいった、決まりかけ」とか言うんだけど実際決まった外国人は聞いたことがない。楽天決まるのは大概バイリンガルの日本人だった。決まったとしても、あそこは待遇よくないので有名だよね・・・鍛えられるだろうけど。とはいえ、そこしか仕事のあてがなく、それがだめになったらもう日本にいられないからフィリピンに帰るしかない。楽天さんだって選ぶ権利はあるしな。あれだけ仕事や学問をなめてきた馬鹿を取るほど楽天は甘くないと私は思ってます。そういやうちの留学生はみんな「ダメなら楽天に就職」っていうけれど、そういう学生で決まった人間聞いたことない。そういうのって向こうだってちゃんと見えてるってことなんだな、と納得。仮に決まっても、仕事が激務だからKとつるむ暇も起業する暇もなし(寝る暇もないだろう)。決まらなかったら日本にいられない。どっちに行ってもしまいにはフィリピンに帰ることになるだろう。Kの場合はもうただ現実から逃げてるとしか思えないありさま。最後の悪あがきであと3か月日本にいるつもりでしょう。で、何とか就活用のステータスであと1年日本に残るつもりでしょうがあれは就活をずっとしてたという証拠を出さないといけないんだよ(笑)。卒業前からやってたという証拠ね。でないと学校が推薦状出さない。・・・ご愁傷様。卒業して、もう2度とみることもないだろうと思ってたのに出張から帰ってきてまだ大学に来ていると知って頭に血が上ったわよ。Sちゃんがたまたま心理学研究室に荷物を引越しさせるので、うちの院生のラウンジに行ったら「卒業して自由人になったはずのKがまだいました。先生気を付けて!」とテキストメッセージ送ってきた。・・・あれだけ大学院いやだったはずなのに、なんで卒業してまだくるんだよ??他に行くところがないんでしょうねぇ。そりゃそうだ、やることは子供英会話のバイトしかないんだもの。だけどあまりうろうろしてると不審者として通報するよ。院生ラウンジはあくまでも現役の院生のための場所だからね。おまけに今回は大声で「あーあ、どこかに女いないかな。ヒモ探してる女いたら教えてくれよ」といってたらしい。なんという非常識なやつなんだ。大学だぞ、ここは。非関係者がうろうろしていいところじゃない。というか、すでにビザ上では不法滞在、不法就労だってことを知っておいた方が良い。大学に「卒業したのに就職もせずまだうろうろうしてる」と知られたら入管に通報されるぞ。そのあたり頭が悪いというか、気づかないんでしょうね。あまりうろうろしていたら、次は本当に守衛さん呼びます。なぜうろうろしているかというと、今学期で卒業する学生の中にまだ友達がいるから。でもこの友達ってのがルーザー同志だからねぇ。このあたりがみんな卒業するまで、まだうろつきそうで不快なことったらありゃしない。普通卒業したらよっぽどじゃない限り来ないけど??憐れみを持った目で見ると、他に行くところがないのと他につるむ人もないらしい。同級生はみんな卒業し、悪友でさえ就職するかもしれない。同級のN君はとっくに社会人で、Sちゃんも博士課程進学した。自分がいったんは考えたキャリアを二人が実現しちゃった。起業のプランは簡単にぽしゃり、自分一人では何もできない。アメリカに帰っても30にもなればハイスクールの友達ですら大概家庭を持っていたりキャリアを積んでいるわけで、全く何も自分にはない。そりゃ、帰るの怖いだろう。だから出きるだけ長く日本にいたい、アメリカに帰りたくないけれどその方法も尽きてきた。・・・詰んだな。思った以上に悪い方向に転がっていったな。犯罪に手を染めても驚きません。いいんです、出ていったんだから大学にも我々にも関係ありません。つかまって強制送還だろうが豚箱だろうがどっちでもいいです。ただ不快なので大学にもう来るなというだけです。そして卒業していった他の学生たち。今頃は社会人としてそろそろもまれ始めてるころかな。めげずに進んでいってほしいと思います。そして出ていく学生がいれば、入ってくる学生もいるわけで不良債権処理第2弾が今学期末で終わったら、私のところには別の院生がやってくると思います。ちゃんとした、まっとうな学生が。ただいまメールで文通中。データベース構築とか仕事でやってたらしい。B君、シアトルからぜひやってきたまえ(笑)。やっとアシスタントとして役立つスキルを持った学生がやってくるかもしれないとちょっと心が軽くなっている今日この頃でした。
2015/04/04
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この間は同僚が覚醒して厳しい先生になったと歓迎したエントリーを書きましたが・・・いや、今でもその趣旨には賛同します。ただ問題もあるし、火種になりかねないと他の同僚に言われました。私に関係あることじゃないけど。急に厳しくなるのはかまわないけどそこに透明性と説明責任のなさが問題として出てくる、と。私はアメリカで教育され、そのままアメリカの大学のシステムの中で働いてきたので学生との契約ということを頭に入れてシラバスを作ります。どの課題でどれだけの成績の割合が決まるか、とかですね。そしてその課題についてのプリントではどのように成績を決めるかも説明しておきます。ですから学生はそれを受け取って「あぁこのクラスは大変だ」とか自分で判断してそれでも取りたければ取ればいいというスタンスです。アメリカって訴訟社会じゃないですか?まして大学の授業料はえげつなく高い。ローン組んで大学通ってる学生がざらで(大学院も)そういう学生たちはこちらのパフォーマンスにもシビアだし当然こういうところに透明性がないとうるさい。その代り、契約書みたいなもんで、すごい先生だとシラバスにサインさせて学生に提出させる人もいる(私の親友とか)。そして、学期中に必ずフィードバックを出す。そうじゃないと学生が一体自分がその授業でどんな感じのパフォーマンスなのがわからないから。今回の同僚の覚醒は、そういうフィードバックや透明性がなかったと学生からクレームが来ているとのこと。・・・大学院なんだから勉強して当たり前だろ・・・というのは置いておいて、たしかに厳しくしたり、方向変換をする場合はその前に学生に対しての説明責任はあるとは思う。なんで彼女が急に変わったのか。別の同僚は「そりゃアンタに感化されてでしょ。あなたは厳しいって評判だけど、ついてくる学生はちゃんとついてきて何かを学んでるって実感してるからでしょ。それは学生からの尊敬であって、彼女はそれが欲しかったんじゃない?」って。まぁ楽な授業、楽に卒業させてくれる先生だという評判がたつと学生からの尊敬は集まんないわな。私が厳しいと思われるのって不思議なんだけど。アメリカ時代は同僚はみんな私よりすごかったわよ。私なんてまだ甘いほうだったと思うもん。私は昔のままのスタイルでいるだけで。厳しい、大変だ、と思われるかもしれないけど(課題の数多いし)必ずフィードバックは与えます。頑張らなきゃいけない学生はそこで「警告」を受けるわけです。それだけ採点の数も多い(以前よりは減らしましたけどね・・・)。学生に厳しくしようとしたら、自分も大変になるんですよ。教員側が何もしないで、いきなり風あたりだけ強くするとそりゃクレームもでる。教員側の最低限のことをしないでいきなり採点だけ厳しくして説明もなけりゃ学生も戸惑うわな。大学院でC以下なんて普通ありえません。アメリカだと一つのCならまだ勘弁してもらえても2つ以上だと警告が出る(GPAに響くし)。Dなんかとった日には退学になっちゃうでしょ。だから私、自分の院生には「B以下は絶対取るな。こんなに緩いプログラムなのにB以下取るなんてありえない」と言い聞かせています。C二つ以上取ったら指導教員として推薦状は書かない、とも。だってC二つ以上なんてFailと同等ですから、推薦できないですもん。なんかさぁ、仮に私に感化されたのが本当だとしても表面上だけマネされてもねぇ(苦笑)。私は授業の準備も学生対応も彼女の何倍も時間割いてるし。楽な評判を今まで作り上げたのは自分のせいもあるんじゃないのかしら・・・と思うわけ。それはそれで私、文句も言わないし彼女のやり方だと思ってるんですけどね。院生のプロジェクトや論文指導にも違いが出ています。私、すごくうるさいです。みんな1年はこれやってます。ダメ出し一杯やります。うんざりするでしょう。でも読む方もうんざり来るときがあるのよ(笑)。だけど仕事ですから。指導するのが仕事。私はそれをやってるだけ。同僚はそれも最低限。だけど学生自身がやらないことが多い(楽に卒業させるという評判にかこつけて)。学生自体が動かないと、大学院ですから先生だって放任ですよ。だから楽したい学生は間違いなく私のところから出る。他の先生のところに行っても大概同じように指導されるんですがたまには放任主義の先生っていますから。今回の彼女の覚醒で、この「プロジェクト指導、採点」のやり方も変わったと思われます。ただ、破門にしたKとその悪友でなめているCの二人に関してはぎりぎりまでまったくなにもやらなかったんだから仮にDという成績でなんとか通っていたとしてもありがたいと思った方が良いと思っています。同僚本人も「彼らは私が楽だと思って私のところに名目上だけアドバイジーとしてやってきた」と本人もわかってますから。ただ、彼女も自分の評判を変えたいという転換期に来たのでしょうね。好かれるのが我々の仕事ではないと思っています。我々の仕事は教育と研究です。好かれようとするのは友達や家族だけからでよろしい。一度自分についた評判を変えるのは楽じゃないです。私はここでは怖い先生で通ってて結構だと思ってます。最近はそういう風に自分をマーケティングしていますよ。私にとって学生からのそういう評判は同僚や上司からプラスの評価を得ることが多いですがマイナスになることは全くないですから。それに、しばらく私のクラスを取り続けている学生たちは大体わかってきますからね。私の本性ってやつを。私はちゃんとやる学生はちゃんと指導しますしね。それだけです。人を無理にmotivateされるのは無理ですから、能動的でない限り面倒は見ませんけど。お母さんじゃないんだからさ・・・さて、4月か新年度。また怖い先生の仮面かぶって新たに頑張りますか(笑)。
2015/03/23
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書きたいことはいろいろあるんですけどね、今修羅場なの。論文締切の修羅場。年末にやってまた年度末にやるという・・・自分の単著は既に出したので、少なくとも私には1本論文あるんだけど元院生の論文がね・・・いや、これがね・・・このことを今書くと疲れてるせいもあってネガティヴになっちゃうからそれはまた今度落ちついてから。英語で物を書くということについて書いておこうと思うので。で、今日は別件。2,3日前、私の院生の一人が休み中なのに切羽詰まったメールを送ってきた。T以外はアシスタントでもないので急ぎの用事なんてなかろうにと思ってたんだけど。そしたら秋学期の成績が出て、論文を書くのに必要なGPA(3.5)どころか、Dまでくらったと。それも絶対ありえないだろうというクラスで。おい、こないだN君の最後の手抜きで自爆じゃあるまいしまさかこんなクソまじめな子(学部生時代から知っている)がDなんぞ食らうわけないでしょうと「とにかく正式に採点と成績の再調査をお願いしなさい」と指示しておきました。大学院でDってはっきりいって「単位落とした」も同然で普通だったら一発退場ですからね。採点ミスだと思ったわけです。その返事が来たのが昨日。「Grade evaluation formは提出しましたけど、どうなるかわかりません。あのクラス、今年は誰もC以上取ってないみたいなんです。授業に積極的に参加していた学生でさえDだったそうです」という。そのクラス、去年までみんなAだったんだぞ。というか、楽なクラスという評判が高かったクラスだ。教えるのはワタクシのビジネス分野の同僚。もともとそういう人だったのよね。手抜きというか、いい意味でおおらかっつーか。それに大学院だしさ、よっぽどじゃないとB以下は出さないだろうと思うじゃないですか。それが今回から豹変した様子。私は「厳しい」という評判を作りましたけど、私が来る前からずっと「carefree」という評判だったその先生は私に「怖い・厳しい」という評判ができてきて覚醒したらしい。やっとか。それでこそ大学院教育でしょ。私一人厳しくしたって仕方ないもの。私、恥ずかしながら去年Kともめたときに最終的に彼を引き取ってくれたのもその人だった。彼女、もう学生はいらないって言ってたのに。Kを引き取らないと彼が私を脅迫するかもしれないと別の同僚に相談されて、嫌々引き取ってくれたのでした。その時こういってたのを思い出しました。「私は楽できると思って私のクラスを取る学生とか、私のところに移ってくる学生にはもううんざりだわ。何しに大学院に来てるのよ!」って。私のもとを去っていく院生は結構いるんですよ。厳しいから。というか、大学院生ならやることやれっていうスタンスなので。それが嫌で逃げるのが毎年一人は出ます。で、その行きつくところが「楽に卒業させてくれる(Graduation projectの指導ほとんどなしでパスさせてくれる)」という彼女のところだったわけです。今まで何も深く考えずに移ってくる学生を入れていた彼女ですが(ちょっとでも手当つくし)Kと私のいきさつを聞いて「Izzy、心配しないで。今回は引き取るから。嫌がらせなんてさせないわよ。でも、これだけは覚えておいてね。私はああやって自分の思い通りにならないからと言って泣きわめいて嘘ついて人を脅す学生や、私が楽に卒業させると思ってる学生は大っ嫌いなの。この先、やり方変えるわ」と言ってたのでした。彼女はKやその悪友Cが「こんなつまんねーこと教えてないでさっさと金持ちになる方法教えろよ」とかほざいていたのも知っています。見てみなかったふりしてただけ。その代り彼を引き受けた後から彼女は多少変わりました。学部の授業でも院生の授業でも厳しくなったという声を学生たちから聞きました。本人も「テスト難しくしてるわ」という通り、学部生のクラスなんぞ平均点が58点(笑)。院生のクラスでもそうしたということなんでしょうね。そう、うんざりなの、私たち。学部生ならともかく、院生にもなってやるべきことやらない学生には。今回の院生のクラスでの成績分布は、当事者たちには気の毒な部分もあるだろうけどいい目覚ましになったんじゃないでしょうか。テストがあるのにテスト勉強ほとんどしないでテスト受けに行った学生がほとんどと聞きましたからね。「だって先生が心配するなって言った」ってTもほざいてましたがワタクシ「お前はバカか。シラバスにもテストって書いてあって、リーディングも何もかもすべて勉強に必要なものが手元になるのに勉強しないでテスト受けに行ったヤツが悪い」と叱り飛ばしました。何言ってんだよ、大学院生にもなって。どうやらほぼ全員テストが自爆だったみたいですね。これにはもう一つ掛り合ってくる案件があります。Graduation projectという、修士論文の代わりの学位のためのrequirementです。修士論文に成績はつきませんが(通るか通らないかですから)このプロジェクトには成績がつきます。D以上でしたら一応卒業になるんですが、普通はあり得ません。でも、多分彼女のことなのでKのプロジェクトもどきにDを付けたでしょう。本来Fを付けたいぐらいの中身だったと思います。教授会で「こんなの通すわけ?」という声もちらほらあったらしいですから。自分の名前がゴミの隣にアドバイザーとして載らなかったことに感謝していますが彼女のこの方向変換だったら、通しはしても限りなく不可にちかいやり方で成績をつけるでしょうね・・・だって、自分から熱心に「先生の下でプロジェクトしたいんです!」と言いながらその後まったく先生のところに行かなかったそうですからね。(「口ばっかりだわ、あの子。」とこの先生もKについては言っていた。「Izzy、なんで彼がPhDできるなんて思ったのよ?クレイジーよ」」とまで諭された(苦笑))確かに彼女は私ほど院生のプロジェクトや論文に時間をかけませんがそれでもフィードバックもらいに来る学生にはちゃんとやっています。でも、それは学生しだい。私の研究室の場合は最初から「やる気ないやつは去れ」という感じで最初からこわいうるさい(笑)。途中経過見せに来るのは当たり前。書き直しも当たり前。ダメ出しの数はものすごいものがあると今までの学生はみ~んな最初泣きました。泣いてもなんでもダメなものはダメなんだよ。そんな私の研究室でも約1名全く何もしてないやつがいますがそれは私も上記の先生と同じやりかたで成績をつけるでしょうね。ここでCとかDを食らうと、留学生の場合その後推薦状書いてもらえないんですよ。院生で、指導教官の授業とか論文指導とかCとかDで先生はどうやって推薦状を書けばいいんでしょう??(笑)。普通、頼めないわな。ただ今回のこの採点でクラス15人ほどがすべてCがDってのはすごい。いや、荒療治だ。スバラシイ。よくやってくれたと思う。これで、学生も目が覚めりゃいいんだわ。ヨーロッパの人ってきっつ~い(笑)。一旦楽な先生というレッテルがつくと、それをひっくり返すのには時間がかかります。だからこそ私は最初からきついです。その後多少手綱を緩めますけど最初が肝心。彼女も「楽な先生」という評判で人気を取ってきたけどそれを方向変換させるというのはいいことだと思います。だから私は学生がCだのDだのでも「仕方ないんじゃない」と返事はしました。大学院生にもなって、先生をなめるのが間違ってます。ちゃんと基本に戻って勉強と研究をやりましょう。学部じゃないんですからね。
2015/03/21
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ワタクシ実は学部のjob counselor、つまり就職委員なんですよ。とはいえ就職あっせんとかするわけでなく、学部代表でキャリアセンターと何かすることがあればやる、みたいな立ち位置なんですけどね。大学は今春休みですが、構内で色々(週末も)企業説明会がありますのでリクルートスーツとか着た学生が色々歩いてます。うちの学部の日本人学生やちゃんと日本語ができる留学生は売れ行きもよろしいので、こちらは何の心配もせずに見ております。だって自分の仕事、将来ですもんね。自分で何とかするしかないでしょ(笑)。個人的にはこの日本の新卒の就活というのは、理解しがたい面もありますが諸外国での就活がどうしてもコネやネットワークありき、という性質のものなので(新卒の場合)コネがなくてもとりあえず受けるチャンスがあるというのはいい部分なのかなとも思います。だけどみんな同じ格好で、多分面接とかでも没個性なのかと思うと型にはめられるのは可哀想だと思うことも多いです。それに新卒で就職できなかったらアウト、みたいなのもね・・・教員としては内定があるのに卒業できない(つまり内定後遊びまくる)というケースを扱わなきゃいけないことも多々あるのでそれは非常に不快。卒業も決まってない学生に、早い時期に内定出すのはどうかとも思いますよ。大学イコール就職予備校じゃないんだからさ・・・もちろん私は自分の学生に就活や内定を免罪符にはさせず就活での休みも自己都合ということで容赦なく出席点を減点しテスト云々でも容赦致しません。毎学期毎学期それでもごねようとする学生がいますが「シラバスに書いてあるでしょ。自己責任です」と突き放すとそれ以上ごねる奴はまずいない(笑)。っつーか、私にネゴして勝とうなんて20年は早いわい。で、うちの問題院生ども。アシスタントTは暴言の後もまだ人のコネに頼ろうとしたので「就活初めてまだ最初でそんなこと言うなんて甘いわい。とりあえず自分の力でやってみろ。自分の行きたい分野が分かってて、そこに私のコネなんてないんだから」と再度突き放される(笑)。というかさ、まだヒゲと長髪のままでしょ。切りたくないんでしょ。そんな学生紹介できるところ私にはどこにもないのよ。「ありのままの自分」受け入れてほしいんだったら、人のコネに頼りなさんな。今のままで友人たちに紹介しようものなら「常識ない外国人だな。日本で仕事する気あんのかよ?」といわれるのがオチです。数は少ないですが、日本語できなくても就職できる会社はあります。だけどそれはユニクロとか、楽天とかじゃないです。ああいうところに採用される留学生は出来が違います。英語だけしかできないなんてのは、採用されません。だけど、ほとんどの会社…外資系であっても「英語しかできない」新卒の留学生は取ってくれません。いらんよな、そりゃ。日本語プラス英語プラスもう一つ2つ言語ができる留学生いっぱいいるもの。そしてそういう学生には企業側からオファー持ってアプローチしてくるのよ。そういう実情を見ていると、うちのTなんかは「そりゃ日本ではオファー取れんわな」と思うわけです。幸い本人もアメリカでの就活をもうすぐスタートするつもりなので母国に送り返せばいいかと(笑)。仕事できないわけじゃないからね、母国なら見つかるよ。ただどうしようもないのがまだうちには残っておりまして私の指導してる学生じゃないのですが、破門したKの友人である某アメリカ人。日本の就活をやって同級生に(それも日本人の)毒を吐きまくってるらしい。当てられた学生は「マジで気分悪くなりました。日本の悪口と日本企業は洗脳するだけだとかいってるくせになんで日本で就職しようとするんでしょう?」とげんなりしておりました。そんな嫌な国や企業でなぜ働きたいのか理解不能ですけどね・・・あの日本語力ではどこも勤まらないだろうしそういう態度は面接官にばれるだろうし、どうせ内定でないだろうけどなんでそこまで日本に執着するのかわからん。嫌ならアメリカ帰ればいいのにと思うのですが戻って競争社会にぶち込まれるのが怖いのでしょうね。なんというchickens__tなんだ。こんなルーザーなアメリカ人どこ行ったって仕事取れないよ。大学院2年の間にもう少し日本語勉強したり努力すりゃよかったのにね。うちのTもぶつくさ言うけど、少なくともここまで毒ははかないわ。(吐いたら私に「嫌ならアメリカ帰れ」といわれるからね(苦笑))だってアメリカってland of opportunitiesなんでしょ?それだったらさっさと戻ってその可能性にかければいいのにね。物凄い競争社会ではあるけれど、私にだってチャンスはあったぐらいだからアメリカ人だったらもっとあるだろうに。うちの学部生たちも1,2年の間はとんがっているんだけどさすがに3年生にもなると大人になって黙ってやることやる子がほとんどです。学部生のほうがよっぽど大人で賢いわ(笑)。でもね、同じ留学生でもちゃんとした子はすごいんですよ。この間グローバル云々で有名な某大学から、うちの研究室(院)に入りたいと研究室訪問されたんですけどこの学生もすごかった。まず日本語がすごい。そして英語、ベトナム語、中国語、スペイン語までやるという。そういう学生って企業のほうが複数オファー持ってくるんですよ・・・語学力だけじゃなくて、まじめでまとも。まだ学部生なのに私に会いに来る前に「手に入る先生の論文すべて読んだ」と至極まっとうな質問をされました。研究について。明日にでもいらっしゃいといいたいぐらいでしたが(笑)、ちゃんと入試通ってもらわないといけないので「よく考えてね。あなたにはうちのプログラムはもったいないと思う」といったわけですがうちの現在の院生なんて誰も足下に及ばない・・・彼女が返った後、残っているわが院生たちを見て溜息つきましたもの。そりゃこんなちゃんとした学生だったらどの会社も大学院も欲しいだろうよ。でもね、希望も見えた。ダメな留学生ばっかりじゃないんだって(笑)。私の今いる環境がおかしいんだと(爆)。頑張れ、まともな学生たち。就活でいくらオファーもらっても取れるのは一つだけだからね。悩むのは、オファー取ってからでいいんだから絶対このオファー取ってやるという意気込みで就活頑張ってください。
2015/03/08
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私は本当に痛みだの体の不快感に弱くてすぐ薬を飲む方です。いや、そのための薬だろ、ってぐらいに思ってる(笑)。友人たちの中には薬はできるだけ飲まないとかいう人たちも結構いるんですが私は「飲んででもなんででも働かなきゃいけない」と思うほうなので。えぇ、ダメダメですとも。ただ、去年は本当に体のだるさに悩まされました。半分はストレスからきたものでした。前半は引っ越しだの、馬鹿の相手だのでストレスがMaxになり物凄いしんどかった。不眠症になり、胃炎になり、何をやってもしんどかった。女性特有の症状もひどくなったりして「私このまま行ったら早死するかも?」って思ったぐらい。それが5月に大ゲンカじゃないけど馬鹿を破門にしたら一気に肩こりが減り、胃の痛みも止まり精神的にはかなり不快でしたが、体は正直だと感心したものです。学生たちには「表情が変わった」といわれるぐらい。でも、なかなか体のだるさってのは完全には消えず特に寒くなってきて冷えが重なると、朝だるくて起きれなかった。そんな時同僚たちと話していて試す気になったのが養命酒。はじめは同僚の金融学者I氏が「寝酒にしてる」というのを聞いて「え~、あんなにまずそうなのに?」といったら「そこまでひどくないっすよ。僕、サバティカルでNYに行くときも持って行こうかと思ってます」とのたまっていた。で、去年の11月ぐらいかな。あまりに体がだるかったので「そういえばIさんが飲んでたな」と思って試しに一本買ってみたのだ。1日3回って書いてるけど、そんなの無理だと寝る前に1杯。これがですね・・・飲み始めて3日ぐらいたってから体のだるさがなくなった。すご~い、養命酒。年明けてからちょっとさぼってたんですよ。そしたらやっぱり風邪ひいたりして、だるさがちょっと戻ってきた?と思ったので再度飲み始めました。…元気です。朝起きられます。養命酒なしで生きていけませんっ!やっぱりアタシは薬に頼り過ぎたのかと多少反省し頭痛を減らすために肩こり用のマッサージオイルを購入。ウェレダのアルニカオイルね。結構私はこの香りも好きで、お風呂上がりに首から肩にかけてこれでマッサージ。ジェルも持ってるんだけど、においが・・・(苦笑)。片頭痛もちなんですが、オフィスには当然アメリカの痛みどめを置いてあります。自分でアメリカ戻るたびに大量買いしたり、毎月誰か周囲の人がアメリカに行くのでお願いしたりね。でも、胃がおかしい時に痛み止め飲むのはつらいじゃないですか?そういうときに何とか頭痛を和らげる方法はないのか?と調べてみてとりあえずてもとにあったオリジンズのpeace of mindを首に塗ったり(オリジンズ日本撤退したのねぇ。今はネットで買えるからいいけど)あとはBadgerの頭痛用のスティック使ったり。多少は痛み止めの使用量を減らそうかと努力しております。おかげさまで、以前の半分ぐらいの頻度になりました。そしてそれだけにあきたらず、「やっぱり自然の香っていいなぁ」と今頃になって気づきオフィスに加湿器兼アロマディフューザーを置く羽目にもなりました。私はいったいいつから自然派になったんだ??この年になると、いかに快適に過ごすかが非常に大切になってきてるなと実感。快適に仕事できる環境も大切だし。そして、オフの時間が減るにつけだんだんわがまま度が増し、本当に楽しく一緒に時間が過ごせる人たちだけと休みは過ごしています。しつこく誘ってくる奴もいますが(いい加減にやめていただけるとありがたい・・・)休みのときぐらい自分の気心の知れた人たちと過ごしたい、あるいは本当に休んでいたいと思うのになんで理解してくれないんだろうかと不思議に思います。その事情を知る人は「きっと彼は寂しいんだよ」といいますが私その寂しさ埋めるために付き合ってる時間はないんだなぁ・・・一人で寂しさに向き合うことができるというのも大人の条件じゃないんでしょうかね??友達は必ずしも数の問題じゃないなと思っています。本音で肩肘張らずに付き合える人たちがいればいいというのが私の考えです。顔見知りが多いのもありでしょうが、顔見知りは必ずしも友達じゃないですからね・・・いい時も悪い時も、たとえ遠くにいても精神的に支えてくれる人たちが友達だと私は思ってます。で、私自身もそういう友人たちに同じことをするように努力してます。私の元気のもとはそういう友人・家族たちにもあると思ってます。さ、風邪からも復活したし、締め切りに向けてがんばろっと。
2015/02/22
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いや、今までわけわからないぐらい落ちつかない日々でした。入試だの、採点だの、何が何だかわからない混沌とした状況でしたがやっと自分の論文の締切りに向かえます。やれやれ。締め切りは締切で嫌なんだけどね(笑)。今学期卒業する院生くんと、先学期卒業して、今度からうちの大学の別の学部の博士課程に進学予定の学生のお祝いのパーティをオフィスでやりました。私の研究室から離れていった学生も多少いますので今のところは毎学期一人ずつの卒業というペースです。私のもとから離れていく学生というのは、研究テーマうんぬんより怠け者だったり、大学院という場を学問の場と心得ない学生ばかりでしたので正直言って彼らがいなくなってから研究室がまともになって良かったと思っています。残った学生は、大概が目的意識が高く、自分の将来とか研究とかにちゃんと向き合っていく子がほとんどですので頑張った学生がいれば、最後にこのようにしてお祝いします。主役の二人に、私の学部生アシスタントA、そして卒業生で広告代理店に就職した友人それから第一線で働く私の友人たちを誘ってささやかな飲み会って感じにしました。楽しかったですよ。外国人留学生のN君は、就職先もきまり、すでにインターンで働いているのですがそのままマーケティングの道に進むので私の親友でブランディングのコンサルタントのA女史や、代理店のアカウントマネージャーのA君にはぜひとも引き合わせておきたかったしこれから先、仕事をしていくうえでのネットワーキングの重要性をわかっている彼は色々仕事の話をしてました。いいことだ。以前は研究室の学生全員にこういう最前線で働く人々とのネットワーキングの機会を与えようとしたのですが残念なことにみんながみんなその重要性を理解するわけではなかったので今はそこがわかる学生のみ、Invitation onlyでこういう機会を時々設けています。ひどい学生だと年上のプロフェッショナルに会うのが「面倒」だとか「おっくう」とか言いますのでね。で、今就活でとても苦労している(苦笑)。先生はもうそういう機会はあげませんよ・・・嫌なんでしょ、年上のプロフェッショナルたちと会うのが。外国人が日本で就活する場合、普通の日本人の様にやったのでは決まらない場合がほとんどなのでコネではありませんが、ネットワーキングの機会を設けてあげようという気持ちだったんですけどね、最初は。何人かはワタクシの友人たちの気分を害しましたので「これは学生を選んでやらないといけない」となったわけです。みんなごめんな、忙しい中時間作ってくれたのにInmatureな学生が多くて(涙)。院生なんてみんながみんな賢いわけでも、大人なわけでもないのですよ。もちろんそういう学生がほかの大学では多いんでしょうがうちのプログラムじゃね(苦笑)。でも、そんな中でもちゃんとした学生はいるわけで私はそういう学生たちにチャンスを与えることに躊躇はしません。散々飲んで食べていい気分になって家路についたのですがその時最後まで一緒に電車に乗ってた元教え子のA君が「センセ、今日は楽しかったよね。まともな院生たちだったから。でも他のどうしようもない院生たちのためにcharity workしなくてもいいんじゃない?」と言ってきた。そっか、私はチャリティをしていたのか・・・「そんなことする時間があったら、センセには他にやること一杯あるわけじゃない?そんなアパート追い出されるとか、生意気な口きく学生とかやることやらないやつらなんて仕事見つかるわけないじゃない?(彼は私の院生を何人か知っている)プロフェッショナルな仕事を得る努力をしてないんだからさ。それで仕事が見つからないで、都合のいい時だけ頼ろうとする学生を助ける必要はないんじゃない?」ないよ。私の仕事はあくまでも研究指導だからね。理工系の先生たちなら仕事の面倒も多少見るんだろうけど文系だからね~。チャリティする暇あったら働け(研究とかしろ!)とはA女史にも言われたな。だから論文書いてるってば(笑)。去年1年はみんなにそんなに心配かけてたのね、私。反省。しょい込まなくてもいいことをしょい込んでしまってた。今年は自分の本来やるべきことのみに集中するわ。でも、こういうまともでできのいい学生たちとは卒業してもつながっていようと思います。早く卒業してくれたら、学生と先生という垣根を取っ払って付き合えるのでそれが楽しみです。この二人の門出、心から祝福したいと思います。これからもいろいろ大変だけど、今の様に真摯に目の前にあることに向き合っていけば大丈夫。そして初ボーナスで私におごってちょーだい(笑)。A女史には「教え子にたかるか??」とつっこまれましたが・・・
2015/02/21
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うちのプログラムの特色上、指導院生のほとんどは留学生です。昨日は明暗を分けたような二つのケースを耳にして、何とも言えない気分になりました。学部生はほとんど就職に困らないんですよね。学校のブランド名もありますが、俗に言う「グローバル化」に適応するというか「とりあえず英語はできるし国外に出しても困らない」学生がほとんどなので。それに日本の就活市場の特殊な部分(学部生新卒一括採用)もあって、本当に彼らは就職先に困らない。バイリンガルである限り。日本語ができないとそうはいきません。英語が母国語なら英会話講師の仕事はあります。出世も、昇給もあまり望めない仕事ですが。そして、それより多少マシというのはリクルーターになること。ヘッドハンターじゃないですよ、リクルーターです。英語しかできない、ITもだめとなるとそれぐらいしか仕事ないんですね…一般的に。あと外国人向けのテレマーケターとか?どっちにしろ「そんなことするために日本に残るのか?」という仕事です。一体何が彼らをそこまでしてこの国に残りたいと思わせるのか?私がここでいうのは、主に北米やヨーロッパからの留学生のことです。アジアとかからの院生の留学生とかは、中国系だと日本語をマスターして日本で就職。他のアジア諸国からだと母国に帰っていい仕事に就く、というのが多いです。少数ですが、欧米系でも日本でちゃんとした仕事に就く学生はいます。その場合大概日本語のレベルが高い。ただし、日本語ができても文系の院生とかだと「英会話講師やれば?」と面接でいわれることもあるそうです。そこまで言われたら私だったらさっさと母国に帰りますけどね。私のかかわりのある北米やヨーロッパからの院生でも、明暗分けてますねぇ・・・ヨーロッパ出身の某院生は、さっさとまともな企業のインターンシップを始め、その縁でマーケティングの仕事の内定をゲット。これは日本語能力も高いし、ずっと努力してました。もう一人のアメリカ人は、やっぱり日本語ができてついでに中国語もできるので大卒で日本の企業に入り、そこからうちの院に来たのでこれについても就職の心配はなし。別の日系アメリカ人は残念ながら日本語が上手にならず、本人の駄目さもあるしもともとシリコンバレーに行きたいといってたので、卒業後の心配する必要もない。(シリコンバレーでマーケの仕事の内定が取れるかどうかは怪しいですが、やってみないとわかりません)うちのアシスタントT。これは・・・なんといえばいいのか。ガールフレンドのために日本に残りたいんでしょうが「日本とアメリカ両方で就活して、オファーの中から一番いいものを受ける」と私に真顔で言う。せんせー、笑いをこらえるのに必死でしたよ・・・自分の市場価値わかってるか?日本語検定もない、日本語もそんなにできない、英会話講師もやりたくない(やるべきではない)日本で文系の院生は就活ただでさえ大変なのに、日本語がビジネスレベルじゃない留学生にそう簡単に就職は決まらない。日本人でも内定複数もらう学生は少ないんだ。確かに馬鹿ではありません。英語でなら働けます。でも、日本でまともな仕事に就くのは至難の業でしょう。それもあって、卒業したらさっさとアメリカに戻って職探ししたほうが良いとはアドバイスしてますが・・・アメリカも甘くない。それは私、アメリカで働いてた時に自分の学生たちが苦労してたの見てます。インターンから始め、うまくいけばそれがフルタイムにつながるケースで就職していくのがほとんどです。日本とは違い、新卒一括採用ではなく、新卒の就職率が2割の国です。うちのTの場合、大学でてもう4年になります。アメリカでの職歴は多少あり。プラスになるほどではありません。日本だと院卒でもぎりぎり新卒で採用されるかどうかの瀬戸際の年齢。それでも外国で仕事を探すのは楽ではないから、戻ったほうがいいというのが私のスタンスです。日本語できないうちの院生たちは、就活市場でほぼ全滅ですので。うちのTは以前私に「先生の持ってるコネで俺の行きたいところはない」と断言したくせにこないだは私に「まだあの会社、応募してるかな?」と自分の以前の発言を忘れたようなことを言い出したので「自分の仕事ぐらい自分で探しなさい」とワタクシに突き放される始末。当たり前だ、頭も下げずにあの暴言を飲み込めってか?人をなめるんじゃない(怒)。私のネットワークは私の物。自分が使いたいときだけに使います。アンタは自分の吐いた暴言の付けを払いなさい。それで学ぶこともあるはずです。私の同僚のCなんぞは、「心配しなくても自分がいかに市場価値がないかってのは就活始めたらわかるって。頭打てばいいんだよ。大人の世界をなめるとそうなるってことさ」と笑い飛ばしておりますが。そしてもう一つ残念なケース。破門したKとビジネスごっこをやろうとして結局頓挫した元仲間のJ。勝気な台湾人の院生で、頭は悪くないのですが人様には傲慢に見える態度でかなり損してました。彼も日本語はできず(オーストラリアの大学出たので英語はできる)ビジネスごっこをやめた後はとにかく就活準備だとインターンを始めたのはいいんですがそれが怪しげな外国人向けの人材「コンサル」会社のリクルーター。英会話講師と並んで、日本語できないけどとりあえず英語できる人間が日本でできる仕事です。本人が思い描いていたエリートや、成功したキャリアからほど遠くあんなに自信満々でいたのに、インターンまでして、大学院出てこの程度の仕事しか就けないのかとなんだか可哀想になってきました。自分の思い描くキャリアパスに足しにならない仕事を外国でするのならなんで母国でちゃんとした仕事に就かないのか?この子は多分母国でちゃんとした仕事に就く能力があるから、まだ若いのだし、もったいないと心から思ってます。破門にしたKに至っては、あまりに私が最初に予測したパターンに陥ったので呆れるやら脱力感に至るやら・・・30になるのになんと短絡的で短期的で狭い視野でしか考えられないお子様なのか?物事がうまくいかなかったらすべて人のせいにするところも変わらず上記のJの悪口を言い触らしまくっているらしい。関わりなくなったとはいえ、なんと残念で情けない人間なんだろうと溜息出ますわ。日本で就活しても俗に言う学歴ロンダであり、9年も日本にいて、日本の大学行ってても日本語が上手くなく、英語で物を書かせたらTの足元にも及ばず(Tはアメリカの大学時代の成績は良かったですからねぇ)アメリカでは彼の学歴は学歴にもならず日本で就活するにも30になるとさすがに新卒採用は厳しいけど中途採用にするにも職歴が子供相手の英会話の先生しかない。就活やってないので、就活用の滞在許可申請もできない。起業準備用のビザは不可能(大学がサポートしないから)投資経営ビザ取るのも現時点で不可能(資金もCredentialもない)。でもアメリカには帰りたくない。自分が何者にもならないのはわかっているから。学生でいる選択肢もなくなった。・・・結局英会話の先生でもするんでしょうねぇ。努力はしたくないけれど、何者にかにはなりたいという野心がある学生だった。でも、やっぱりやることはちゃんとやらないと物事どうにもならないのがこの世の中。銀のスプーン加えて生まれてきたお坊ちゃまならまだしも彼の家庭環境を知っているので、それもあり得ない。自業自得ですが、それにしても私はなぜそこまでしてこの国に残りたいのかわからない。白人男子には住みやすいのかな。ちやほやしてもらえるから?おっさんになったらそうはいかないんじゃないの?うちのおっさん同僚たちはちやほやしてはもらってないよ(苦笑)。日本は彼らが思うほど住みやすい国なんだろうか?私はそうは思わないんだけどね・・・キャリア、仕事という面では私はこことアメリカしか知らないけどアメリカのほうが厳しいかもしれないけど(外国人だったからね)チャンスも多かったし、自力で何とかできる部分も多かった。失敗してもセカンドチャンスがある国だし。日本はそうじゃないんだよね。とにかくDesparateに底辺に近い仕事ででも残る価値のある国かというとそんなことはないと思う。うちの院生たちは、母国、北米のあの競争社会が怖いのかもしれない。私の知るアメリカでの院生たちや学部生たちとはあまりにも違うので理解不能だと今まで思ってたけどよく考えてみたら、彼らみたいな学生がアメリカでの私のクラスにいたとしても多分こちら側からしたら印象に全く残らない学生であったと思う。比較的おとなしく、自信がなさげな部分があるから。・・・って、なんか、非常に残念だなぁ・・・何のために大学院に来てるんだろうねぇ。せめて日本語ぐらいなんとかしなさいよ・・・と、彼らの悲喜こもごもを見ている今日この頃。何もしませんけど。私の仕事にはそこまでは含まれてないですから。他の仕事いっぱいで忙しいってのが本音ですからね。というわけで、先生のコネとかあてにしないで自分の仕事ぐらい自分で取ってきやがれ(笑)。
2015/01/27
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私につけがまわってきたわけではございません(笑)。そろそろ大学院のほうも卒業判定の時期でして、院生たちがうちの研究室に交互に出はいりしております。出すべき学生は卒業決定のはずですので(そうじゃないと困る!)いいんですがそんな中でもいろんな情報が耳に入ってきます。とある院生が、私の天敵・・・いや、もう関わりもないであろうKの話をアップデートしてくれました。「先生、知ってました?Kの起業プランはとりあえず3人でやるというのは頓挫したらしいですよ」って。早かれ遅かれそうなるだろうと思ってたけど、案外早かったね、というと「結構Uglyな終わり方だったみたいですよ」という。大学院の同じ専攻3人で「起業だ!」と意気込んだものはいいものの3人の中で一番まともな台湾人JがKとその悪友Cに愛想をつかしたというのが本当のところらしい。Jは本気でやるつもりで、いろいろ自分でもネットワークを構築しようとがんばってたらしいのですがある時、東京でベンチャーの起業に関するセミナーに3人で行こうという話になって結構な金額のチケットを買ったらしい。3人分。(こんなのに金払っていかなきゃいけない時点で問題なんですけどね・・・)ところがKは最初「その時期はアメリカから戻ってきてて行ける」と言ってたはずが行けないと言い出したらしく、そこでまずJは「こいつやる気あんのかよ」となったらしい。結構高い金額のチケットは最終的にはKからお金は返してもらったらしいけどね。その後、合法的に卒業後も日本に滞在するにはビザが必要だ、というので行政書士のところにいったらしいけど就職活動のための滞在資格にもKは応募できないとわかったらしい。そりゃそうだろ、あれは継続的に就活していたという事実がないと取れないし(だからワタクシの指導院生たちは継続的に就活しているという証拠を残しております。そう指導してますのでね)そんなことまったくやってないKやCには、この滞在許可を取ることはできない。おまけに大学側の推薦がいるんだよね・・・それを大学が出すには教員に確認するんだけど、私もKやCの現時点での指導教員もそんな事実はないので推薦状出さない。じゃ、起業のためのビザを取るにはどうするのがいいのか。この時初めて3人とも行政書士に現実を言い渡されたらしい。少なくとも一人7~800万の金が必要だと。「金はなんとかなる」とKは口では言うものの、実際に各自がそれだけを用意するなんてことは不可能なわけでまだ常識があるJはこの時点で「こいつらとやってられるか」となって喧嘩別れというか、もう口もきかないらしい。この3人の中で、一番起業に向いているJが「付き合ってられないから」と就活を始めその彼の就活の話を聞いた時点で私は「もうこれはあの会社ごっこはないな」と思ってましたがここまで3人の関係がこじれてたとはね。結局、Jがあまりにも短絡的で短期的にしかものを見れないKに愛想をつかしたというのが本当のところらしいです。そういうわけで、就活もせず、私や他の教員を敵に回したので博士課程への進学もかなわない、そうなると英会話講師ぐらいしかないよな。っつーか、その仕事がなければもう日本には滞在できない。この話を私にした院生は「結局、一番最悪のパターンで終わりましたね、彼にとっては」と言ってました。自業自得だよ、そんなの。もう誰も手を差し伸べないわよ。だから、あの二人は常にいっしょにいるんだ。Jの件でほかの院生とも疎遠になって、孤立しちゃったんだな。それも、自業自得だよ。いい加減なことをして、友達の信頼を失ったわけだからね。今一緒にいてくれるCも、最後はフィリピンに帰って就職するでしょう。少なくとも彼は前にフルタイムで働いてたわけだし、母国での再就職には苦労しないはず。かたやもう30になろうかという新卒、それも日本語が上手じゃないアメリカ人。アメリカでの学位もない。一体どんな仕事があるのかと言われれば、私には英会話講師以外思いつきません。そしてJはさっさとインターンと就活を始め、不本意ながらリクルーターとしての仕事のオファーがあったらしい。英会話講師よりはましですね、とうちの院生は言ってますが少なくともKみたいになんでも人任せで何もしない学生より、自分で動いてなんとかしようというJのほうが全然マシだと私は思っています。あの、半年ほど前の私に向かって吐いた暴言や、偉そうに壮大なプランを語ったあの生意気なKが最近とにかく人から逃げようとしているのはここにあったのかと合点がいきました。人からの信頼を失うということは、なんと簡単なことか。そして、自ら努力せずに人のせいにしたり、他力本願でいるということは最後にこういうしっぺ返しがくるとは、世の中なるようになるんだな、というのが私の感想です。私には、彼に差し伸べる手はありません。おととしの年末から、半年以上時間を無駄にしました。あの時間は帰ってこない。無駄な時間はこれ以上使いたくないのです。泣きついてくることもないでしょうしね。いい加減に大人になれよということでしょう。これを知った私の気持ちというのは「なんて残念な奴」という言葉でしか語れません。呆れたというかなんというか・・・わかり切った終わり方ですけど。「少しずつでも堅実にやっていかないとだめだよ。でないと最後に痛い目にあうよ」と自分の院生にアドバイスして終わりました。「あなたたちはああならない、ああはさせない」とも。自分の指導した学生には、少々勉学の出来が悪くても、人のせいにしたり、自分で動かず人をあてにするだけの人間にはなってほしくないです。少々泥臭くても、自分で頑張る大人になってほしいと思います。そんな複雑な気持ちでいたら、今度はできのいい学部生がやってきました。内定先で今インターンしていて、仕事が楽しいと。マーケティングリサーチの部署に配属されて、いろいろ学ばないといけないのでお勧めの本とかありませんかって相談でした。目が生き生きしていて、本当に楽しそうに働いてるみたいで話をしている私まで元気をもらいました。仕事への取り組み方とか、いろんな話をしました。こういう学生は卒業しても遊びに来ます。で、いろいろ近況のアップデートとか、ほかの話もしたりして中には飲みに行く仲になる元学生もいます。こういう前向きで努力家、大人な学生もいます。彼ら彼女らと話をするとこちらが元気にしてもらえるので大歓迎です。せんせーも君たちが無事にいい大人になってくれてうれしいよ(笑)。この仕事してるといろんな学生を見ますけど、今日一日で残念なのと成功例の両極端を目の当たりにしてくたびれました・・・but it was a happy ending though.
2015/01/26
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笑っちゃうような話なんですけどね。先日「最後に手を抜くなんて何なのよ!」と、とある院生について怒ってましたが私が説教する前にツケを払う羽目になりました(笑)。いや~、因果応報というか、what comes around goes aroundってやつ?今日で講義日は最終だったんですが、その最後のクラスでのテストがありましたので、教室移動しておりました。そこでその院生と出くわしたんですね。彼の論文はもう通した後だったんですが、本人真っ青な顔してます。「先生、今ちょっといいですか?」いや、良くない、これから学部生の授業行かないといけないから、というと教室まで向かう間に話を聞いてくれという。やらかしたらしい(笑)。最後のクラスでの期末試験を。担当教員(ほぼ学生を放任している)が、「テスト?心配しないでいいわよ」と気楽に言ったのを真に受けてほとんど勉強せずに行ったら、4問中1問しか解けなかったと。これでは単位落とすかもしれない。落としたら卒業できないし、せっかくとった内定も流れる、と。・・・お前は学部生かいるじゃないですか、内定決まってもう他は手抜きして肝心の大学卒業できなかったって。まんま、そのケース。それも大学院生がやらかす(爆)。可笑しくて吹き出しそうなのをこらえるのに必死でしたよ。多分単位はもらえるでしょうが、大学院生として不名誉な成績でしょうね。Cだか、Dだか。普通の大学院でそういうの取ったら退学だけど。でも、Fになることはないだろうとこっちも思ってます。他のクラスとかすべてAですし、卒論通ってますから。だけどさ~、仮にも大学院生が最後のクラスでそういうのやらかすかねぇ?ま、いい経験になったんじゃないでしょうか。最後に手を抜くと痛いしっぺ返しが来る、と。ただ単位落とすだけだったら迷惑は自分にかかってくるだけですけど今回は内定出してくれた企業にも迷惑かけることになるしねぇ。それはいかんよね。内定取り消しされたらそれでおしまいだものね。せっかくの計画が水の泡。・・・最後でてをぬいてはいけませんよ、と私が説教しなくてもちゃんと頭を打つ機会って来るもんですね。ですからメールでこう返事しました。「Always follow through what you started, with full force. Don't slack off in the end as it will blow off all the efforts you have made up until that point.」こういうことは私たち大学教員が指導する必要ないと思うんですが最後のWords of wisdomってことで。これは笑い話で済むと思いますが、社会に出て同じことしたらキャリア上命取りになるかもしれないよとも伝えました。同じ間違えしなきゃいいのよ。いい経験になったね、とも。この時点で痛い目にあっといてよかったよ。・・・だけど退屈しませんわ(苦笑)。院生に説教するのはもうやらないと思ってましたけどね・・・言っても無駄だし、社会に出て痛い目に会えばいいぐらいに考えてました。だけどこんなにすぐに目が覚める機会が来たってことは本人にとっても良かったんじゃないでしょうか。あとは社会に出てからめいっぱい失敗しながら学びなさい。失敗しない人間なんていないんだからね。
2015/01/22
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この時期、日本の大学の先生で忙しくない人いないでしょう。どのお仕事でも忙しいと思いますが、季節的にが~っと忙しくなるんですよね。入試とか学期末とか重なってきますから。年度末も。人それぞれの働き方があると思うので、ほかの先生のやり方をどうこう言う気はありませんし同業者は私に絶対そんなこと言ってこない。基本、お互い構わないってのがルールですのでね。私の友人たちで同業じゃない人たちもそのあたりは絶対何も言わない。時によって平日休めても、土日も祝日もないとかそれはその時のプロジェクトの状況によるってわかってくれてるし大概何か声かけてくれる時も遅くても2,3日前には聞いてきてくれる。お互い仕事してるわけだし、ほかにもいろいろやることあるわけだからお互いのスケジュールを尊重するのが当たり前ですよね。だけどそれができない奴がいる(溜息)。アメリカ人なんですけどね。どうも大学の先生は暇で時間の融通が利くと思っていてぎりぎりに人を呼び出そうとしたり(数合わせのためとか)そういうことを何回かされたので、「時間の無駄」と思って最近私自身も距離を置くようにしてきたのです。今日も仕事してたらテキストメッセージで「日曜日だったら来れるでしょ」と勝手に人を頭数に入れようとしたので「私にも予定があります。仕事もあります。」とお断りしました。これで何度目でしょうか。なんで土日にまでそんなに働くのとか、言われましたよ。別にいいじゃん、ほっといてくれ(笑)。自分のキャリアのためにやってるんだし実際ものを書こうとすると平日に講義と雑務してたら土日になっちゃうんですよ。それぐらい私にとっては週末って貴重なんだけどな。特に今は学期末で採点とか入試も入ってくるし土日に採点なんて当たり前ですからね。他に外部の仕事や査読、自分の論文やグラントプロポーサルとかやろうとしたら土日なんてそんなに遊んでらんないよ・・・私が飲みに行くのは金曜日の夜、仕事が終わってからぐらいのものです。毎週末遊びに行こうと思わない(所詮インドア派なんです)。たまに金曜日午後から美術館とか映画に行ったりするぐらいかな。それは息抜き。なんで不快になるんだろうと考えたら勝手に私のスケジュールを決めようとしたり働き方をおかしいって言ってくるからなんだろうなと思うようになりました。だったら会うのは最低限でいいやって(笑)。リスペクト、これがないと友人関係は続けられないと思います。上司でもないのに働き方に文句つけるって何者なのよって思うから。上司でさえ何も言わないのにね。忙しい時期、こういうことで不機嫌になりたくないので。暇ができたら考えてもいい、ぐらいでいます。ワタシってなんてヤなやつなんでしょうね(笑)。
2015/01/19
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今学期で卒業するN君が、論文の最終段階に来ています。ドラフトはすべて上がってます。クオリティとしては、このリソースのないプログラムにおいてよく頑張ったと思います。本人の性格もありますが、ものすごく計画に沿って物事を進めるタイプなので時間通りに必ず仕上がってくる。ただ苦手なのが手直し等の作業。最後の最後で手を抜こうとする。いかんよ、それは。論文ってものは、初稿が上がってから本当の仕事になります。何度も読み返して、書き直す。私自身若いころはこの作業が死ぬほど嫌だった(苦笑)。だからわかるのよ、手を抜きたいという気持ちが。でもね、どんな仕事でも手を抜くと自分にとばっちりがいつか帰ってくる。それが自分の評判に係わることかもしれない。それっていやだよね。N君はそういう傾向があって、それまで一生懸命やってるのに、最後で楽をしようとする。もったいないよ、それは。そこまでまじめにやってるんだから、もうちょっと頑張らないと。院生にとってはコースワークも論文も仕事のうちです。どんな仕事も最後に手を抜いたらそれまで一生懸命やった努力も無駄になるし、仕事で手を抜いたら自分に対する評価が下がるということがなぜわからんのか、とため息をついています。ここで手を抜くんだったら、フルタイムで働いても手を抜こうとするでしょう。それが自分の評判にどれだけ跳ね返ってくるか、それがその後の自分のキャリアにどう影響するのか、考えられないほど幼稚な学生が残念ながら多いということでしょうね。できるのに手抜きするのはサイアクだと思ってます。最後までちゃんとやれっつーの!普段からやれないことは急にはできません。だから、こういう癖は今のうちに直しておかないと職場でやって「あいつは手を抜く」という評価を下されたら遅いのです。それは大学教員でも同じ。学内の仕事で手を抜く、やらないとなるとそういう評判は当然内部で広がる。学生には「楽できる先生」と知られちゃうと、そのイメージ取っ払うのがどれだけ大変か。そういう先生は学生からもなめられるしね。同僚からも敬遠される。研究の分野で手を抜くと業績上がらないし。やっぱり最終的には自分につけが回ってくる。だからしんどいからと逃げないほうがいい。逃げ癖は作っちゃいけない。でもそれを教えるのが果たして私の仕事かどうかというと微妙だな。学生の間は守られてますし、大目に見てもらえますからね。社会に出て痛い目にあってもらいましょうか(笑)。大人なんだからそれでいいか。
2015/01/06
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えっと、一応今日から仕事始めにしました。実際の初出は明日5日からですが、5日に講義があるということは準備がありますのでその前の日は仕事です。そろそろ日常に戻ったほうがいいですね。仕事の鬼とはいいませんが、これ以上休むとやばい。昨日なんぞ丸一日飲んだくれてましたからね(苦笑)。午前中から神田明神に友人たちとお参りに行きそこでまず熱燗でおでんを食べている。x 2その後、友人宅にいきなり乗り込んで2次会。午後はずっとだらだら飲んでワイン・・・何本開けた?(苦笑)。その後「これで終わらんやろ」と駒込でカラオケをやり(どんだけ飲んだか覚えてない)その後「締めに一杯やって帰ろ」とブラッディマリーを飲んでいる。いったい自分がアルコールをいくら消費したか・・・考えたくもない。楽しかったんですよ、だからいいんだけど。今年のもう一つのテーマ。「いろんな人に会ってみる」仕事の上でも、プライベートでも。ってことで昨日も新しい友人ができました。いろんな人に紹介してくれているA女史に感謝。今年はとにかく、時間を有意義に使うためにアシスタントをこき使ってフルに仕事しちゃんとプライベートの時間も取ることが目標です。明日から頑張って働きますわよ。
2015/01/04
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明けましておめでとうございます。なんだかわけのわからないうちに2015年になってましたが・・・(苦笑)。とりあえず、年内にやるべき仕事を終え、正月2日までは仕事せずにすんでいます。やんなきゃいけないことは確かにあるんですがやっぱり正月にはやりたくない(笑)。大晦日午後5時にbook chapter書き終えたときは「アタシ偉い!」って自分で思ったり(笑)。だって年越しになるかと思ってましたから。今年の抱負?自分に集中。それにつきる。誰にも邪魔させない。フルタイムの教員になって10年です。幸いなことにポスドクも任期付きのポジションも経験することなく博士号を取ってから途中日本に戻るもストレートでここまで来ました。テニュアトラックからスタートし、テニュアを取ってそろそろフルプロフェッサーに昇進する時期を考えるときが来ました。業績に問題はないですが、それでも自分としてはまだ何かできるんじゃないかと思う今日この頃。キャリア的に野心がなくなったわけじゃないんだと一安心しましたが。だから今年は自分に集中。アシスタントにもそう伝えてあります。「私が自分で取ってきた研究費なんだから、給料分は働いてもらうわよ。求めるクオリティのものを時間内にやってください。できないのなら、別の人に目星をつけてるのでそのつもりで」って。今までは彼の都合に合わせてやりましたが、もうやらない。だって私が結果を出すために取ってきたお金だもの。当然私の研究のために役に立つ仕事してくれないと・・・私生活? 私生活の時間もちゃんととるのが今年の目標です。愚痴らずに楽しいお酒を飲むこともね。だから時間を効率的に使うことも目標。仕事ばっかやってると思われてますが、仕事にも好きでやってる研究とそれ以外があるわけでそれ以外に時間を割くのもキャリアが進むと当然なわけです。が、私は去年は「それ以外」の中でもやらなくてもいいことに時間を取られストレスをためてやるべきこともできなかったので、その点反省。まとめると、時間の使い方に気を付ける、かな。そんなこんなで今年はmy way or highwayで行こうかと思ってます(笑)。
2015/01/02
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なんかあっという間に大晦日なんですけど・・・(汗)。昨日も通常通り仕事をし、iPhone6をショップに取りに行き今日も昨日からやり始めたBook Chapterを書いてます。その前の日はTの学会論文をもう一度読んでくれと言われて丸1日費やして最終チェック(もう私の仕事は終わってたと思ったのでかなり不機嫌でしたが)。その後仲のいい友達たちといつもの飲み屋に出かけたんだわ。それはそれで楽しい夜を過ごしました。うまいものとお酒で機嫌が直った(笑)。それで今日。まだBook chapter書き直し終わってないけど、とりあえずどこまで書けるかやってみる。出来れば年内にこの修正は終わらせておきたいけどね・・・休みの間にも仕事なんて、とよく言われますが我々の仕事の場合自分の仕事は休みにするしかないことが多いんですよね。学期中は学生関連の仕事しかできない。研究とか締切とか、そういうものは休みにこなすしかない。まだ自分の好きな仕事だから休みにもやってられますけど。今年は本当に今までになく人に振り回された年でした。特に前半。家族が引っ越して来たり、馬鹿な院生を相手にしなきゃいけなかったり。後半からちょっとずつ自分の仕事ができるようになりましたが。来年はこうならないように、とにかく自分の仕事を進めることにします。もう一つは、いろんな人に会うことを自分に課してます。古い友人も、新しい人たちにも。出会いという意味では、今年後半からいろんな人に会う機会が増えたのだけど来年はもっと増やしたいと思ってます。だから研究と、人に会うこと。それを仕事のコアに据えて進んでいきたいと思います。なぜ今なのか?多分自分の頭が人生の中で一番働く時期に来てると思うから。ある程度の経験も積んできて、PhDなりたての自信のなさから脱却して自分のやりたいことが見えてきたから。正教授になってしまうと、もっと雑務が増えて自分のことに集中できなくなる。今年前半まではどうも研究心に火がつかなかった。人に振り回されてというのもあるけどね。でもこのままただ先生業というかお子様(院生)のお守りだけでキャリアを終えたいとは思わなかった。企業とつながってコンサルやったり、よそで教えてもそれは「新しい知識」を生み出すというこの仕事の一番大切なところには関わってこない。もちろんそれで満足している同僚もいますけど私はやっぱりそれではいやだった。何のためにPhDを取ったのか、何のために今の仕事についたのか。それは自分がやりたい研究を誰にも指図されずにできるからということだったじゃないかと改めて気が付いたわけです。やっぱり自分の名前で何か新しいものが形になって残るというのはやりがいもあります。そして、とあるアメリカの偉い先生にこういわれたのです。(人を通して聞いた話ですけど)「Izzyはどうしてるの?いつもいいReviewを書いてくれたし、論文もきっちり出してたのに最近ご無沙汰だわ」と。こりゃいかん、忘れ去られてしまうじゃないか、ってね。だから来年はとにかく研究にプライオリティおきます。あとは人との出会いとつながり。それを大事にすること。間違っても学生に私の邪魔はさせない。アシスタント、現時点で2人いますが一人は優秀な学部生のAちゃん。何の問題もない。もう一人は院生のT。基本問題はないのですが最近生意気になってきた。友人A女史いはく「Izzy, なめられてない?」というぐらい。だからこの間一旦メールで注意しました。来年度からは、言い訳なしで働いてもらう。単純作業はほとんどない。頭使って時間もかかることさせるから今までは足らなかった分給料分働きなさいって。本人も納得・・・してなかったら残念だけど違う人を雇うしかない。私の研究の足は引っ張らせないわよ。というわけで、今年も何とか無事に終えられることに、まずは感謝。家族もまぁ一応元気だしね(病弱ですけど)来年も、無事に家族が元気でいてくれますように。でないと私が研究に没頭できない(笑)。そしてワタクシはまた残った仕事に取り掛かるのでした・・・まだ2014年は終わってな~いっ!
2014/12/31
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先日心穏やかに仕事できてるってエントリー書いたはずなのに・・・先日学会論文(らしきもの)の指導を終えたつもりでおりました。8時間かけて色々修正、コメント等をし「後は直して学会長に提出しろ」と言ったつもりなんですけどね。えぇ、大手町の某カフェで作業して、終わったら脱力感で「もう4月までこんなことはやるまい。やっと自分の研究に取り掛かれる」と思ってたのに・・・「時間がないのはわかっています。今から手直しします。提出前にもう一度見てくれますか」とノースダコタからメールしてきやがった・・・何といえばいいんでしょうか。えぇ、論文指導は仕事でございますよ。でもね、誰ですかね、「一人で仕上げる」って書いたこともない学術論文のことで豪語したのは結局一人では仕上げられないし、おまけに当初の予定からずれまくっている。どーせauthorshipないし、「後は変更して勝手にしやがれ」とメールで送ったのに・・・もう終わった仕事だと思ってたのに・・・私、31日に2つほど締切があります。この論文も31日が締め切りです。人にものを頼むのに相手の事情を考えずに「もう一度読め」だと??私はやるだけやったぞ。アンタの論文だぞ。アンタが最初に初稿を出すのにずれ込んだからこうなったんだぞ?対面で話してたら説教してると思います。遠距離でメールで説教するのは面倒なので、今回は勘弁してやるが来月戻ってきたら覚悟しておきなさい論文というのは、初稿ができてからが本当の始まりだと思います。そこからが勝負。何度も何度も修正を入れて、世の中に出してもオッケーなものに仕上げていきます。そこが単なるterm paperとの違いだと、今回院生のTも学んでくれてたらいいんだけど。「自分の名前がついて世の中に出るものなんだから、手抜きは一切するな」と指導してたつもりですがぎりぎりまでやんないからこうなるのよねぇ(溜息)。私は普通にペーパーを採点するときにはそんなに真っ赤に添削はしません。大体学生に再提出させることはあんまりないし、コメント入れても読まない学生が多い。それはアメリカ時代でも同じでした。だけど「論文」は違います。それが学位論文であろうが、こういう風に学会や投稿論文になるものであろうが基本的なスタンスは同じです。物凄い赤入れをやっています(笑)。それが私の仕事ですので。ですので私の院生たちは、大概最初に何かを提出したときに(プロポーサル等)真っ赤に赤入れされたのを見てショックに陥ったり、泣いたりしてます。最初から完璧に書けるのなら、大学院に来る必要ないでしょうが・・・それでも私が指導教官から受けた指導よりかなりマイルドなんですけどね。大体指導受けに来ているのに、指導されて何ショック受けてんの?って感じ。まして世の中に出すものならそりゃ赤入れは激しいです。「一切手加減しない」と学生には言ってあります。このTの論文にしてもそう。本来時間をかけて分析指導したかったけど、とにかくものをぎりぎりまで出さなかったのと自己流でやったというのが重なり、初稿の分析結果は「かんべんしてよ!」と叫びたくなるようなものでした。「very superficial」とバッサリ切り捨てました。何のためにいろんな人に時間を割いてもらってデータ集めたのよ、その結果がこれなんて人を馬鹿にしてんの?って頭に来たのです。「これは分析にもなっていない」と書いて、データへのアプローチの仕方を再度説明。これを2日でどう仕上げるのかはわかりませんが、再度私に提出してももう締め切りまで時間がないからどこまで直せるかはわかりません。それでもまだ、一応指示に従って直そうとするだけマシだと思ってますけどね。でも世の中に出していいクオリティかどうかというとですが。でもね、真っ赤になった論文、レポートを見て落ち込むのは間違ってます。それは先生がきちんと仕事をしたということです。どうでもよかったら、そんな時間のかかることやりません。我々論文書くのが仕事の人間でさえ、どこかに論文を出したら査読でコテンパンにやられます。何度も推敲した後でそれなんですから、論文や物を書くということに慣れていない学生のドラフトはそりゃ不完全で当たり前なんです。それをちゃんと読んで指導するのが我々の仕事。論文を提出して、何も赤が入っていない場合は先生がちゃんと仕事していないかあるいは先生に見放されているかのどちらかです。私は基本的に自分の院生たちの書いたものにはきちんとフィードバックを与えます。仕事ですから。でも、中には正直、見放さざるを得ない院生もいます。全く研究も何もせず、提出すべきものを提出してこない学生です。大学院は大人の来るところですから、いちいち追いかけて出せ、というのも違うし。最初は「速く提出しなさい」とか言ってましたけど、一度「忙しくて書けない」と言われてからは私はその学生に見切りをつけました。オマエは何をしに大学院に来てるのだ、誰に向かって忙しいって言っているのだ(アンタの何十倍も私は忙しいんですけど??)。でも、彼が何も書かなくても私困ることないんですね。だって論文指導は時間がかかるものだし、やるべきことはいっぱいあるわけなので。ただ忙しくて何も書けない、書く時間がないといっても書かないと卒業できないのが大学院。ですから今やんなくてもそのうちやらないと卒業できないよ、とは思ってます。そして急に私に面倒を見てくれと言われても、それも無理です。そういう学生の書いてきたものには私は時間をかけて赤を入れることはしません。その学生は研究室にももう来ないので、放っておいてます。他の学生には「自分の学位なんだから自分で時間管理して論文に取り掛かること。途中ちゃんと自ら指導を仰ぎに来ること。ぎりぎりまでやらないでクオリティの低い論文になって、それで卒業がずれても自分の責任です」と言ってあります。来学期は不良債権みたいなこんな学生も一応卒業することになるのですが無理じゃないかと私は思っています。Tはまぁそこまで不良じゃないし、指導したらそれにこたえて修正をしてくる学生ですのでちゃんと最後まで面倒は見ますけどね。だけどスケジュールが遅れると他の人間にまで迷惑かかるということは学んでもらわんといかん。で、私は学生にスケジュールをぐちゃぐちゃにされるのは大嫌いなのよ。Tにはぜひこのブログを読んでほしいわ・・・日本語だけど。真っ赤な論文原稿が指導教員から帰ってきたら?このエントリーだけでなく、ブログ全体に大学院生や卒論を書く学生のためになるものがたくさん書かれています。一読の価値ありです。
2014/12/27
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やっと院生関連の仕事終了Tの学会論文のチェックも、Sちゃんの大学院用の推薦状も、Nの論文チェックもおしまい。昨日から晴れ晴れとした気持ちで自分の仕事に取り掛かっております。(で、帰りに飲んで帰っていた・・・ははは)もうこれから4月までは私は院生関連の仕事は(最低限しか)やらない。論文チェックやらない。指導は多少はありますが、最低限のみ。一人卒業させたら休憩しないとやってられません。そろそろいい加減に出張とか始めたほうがいいかとも思うしいろんなプロジェクトが動き出していて、何もやらない院生にかまってる暇はないということです。来年のモットーは「不快になるものの原因はできるだけ遠ざけて、自分のすべきことに集中」ですので。ちなみにもう一つのモットーは”No mercy for (grad) students"ですクリスマスの今週はやっと自分の研究に戻りました。研究することがアメリカ時代は自分の仕事の中心だったのにここに来てから研究が贅沢になった(苦笑)。特に今年は学生に振り回されるという教員生活10何年のキャリアの中で初めてのことがあり(ほんと、これには自分でも呆れた。反省)自分の研究どころか体調まで崩してて、毎日の業務を回すので必死でした。それと折り合いをつけるようになって、今はココロは穏やかです。忙しいのは忙しいんだけど、クリスマスに自分の論文書けるのが幸せ。あ、もちろんパーティとか飲みとか適当に行ってますけど(笑)。年が明けたらもっと忙しくなります。来年1年は自分のキャリアに集中して行きたいと思います。子守は卒業!It's all about meと言ったらアシスタントAちゃんの笑顔はひきつっておりました・・・来年もしっかり働いてねん。
2014/12/25
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今年もあと1週間ほどになってしまっていた・・・。仕事納めは26日でしたっけ?あまり関係はないんですけど。私も今年は26日までは出勤して残りは家で仕事することにします。というのも大学のオフィスで暖房が入らないから。暖房入ったなら、オフィスに出たほうが誰もいなくて静かだし仕事できるんですけどね。そして今やってる今学期で卒業する院生の論文の最終チェック終わったら4月まで一切院生関連の仕事はしないつもりです。自分の研究、学部の授業の採点、入試関連事務と外部とのお仕事に集中します。私もそろそろ昇進の時期を考えなきゃいけないのと科研での研究の第一段階のまとめに入りたいので。この一年はしょうもない某国からの留学生の大学院生たちに振り回されて自分の研究とかやるべきことが思ったほど進まなかった。私はもうああいうことで時間を無駄にしたくない。休み中に論文云々言い出しても、最低限の相手しかしません。今まで何もしないで放っておいたヤツが悪いのです。それでギリギリになって焦ったとしても、他の院生たちはきちんとやってるわけですので論文のレベルに達していないもので卒業させるわけにはいきませんから。あと、学生の就職相談にも乗らない。就職委員としての仕事はありますが、ESやレジェメを見てくれとか、そういうことはやりません。当然コネ斡旋・紹介もやりません。就職に関するReference letterも、推薦することがない学生には書きません。あれは自分の信頼にも関わりますのでね。その反面、一旦卒業したら師弟関係終了なので気兼ねなく友人関係になる元学生たちもいます。そんな元学生の一人A君に週末にパーティに誘われ昼から8時間ほど飲みまくる暴挙に出て(爆)、帰りは雨の中二人で中目黒をさまよってました。酔っぱらってましたから余計に面白かったです。彼は日本人ではありませんが、コネもなにもないけどイギリス系の広告代理店に入り最初からぶっちぎりで仕事をやり、色々いい成績を出してる様子。そんなA君の話を聞くのは楽しいし、彼を通して知り合った人たちもすごく面白かった。いいね~こういうの。仕事の合間に連れ出してくれたA君に感謝。そして昨夜はこの間卒業した院生Sちゃんと、職場のクリスマスパーティにいってたらふくターキーを食べてきました。いや、もういらんやろ、とり系は、というぐらい。でもそれまではミーティングばっかりで、碌にごはん食べれませんでしたらそれぐらい暴食しても許されるだろう。多分。そんな感じで師走は過ぎて行ってます。やっとアシスタントTの論文のチェックも終わったし(これを締め切りまでに学会長までに出せるか出せないかは彼しだいだ。私の知ったことではない。)それだけで気が多少楽になってます。暴飲暴食には気をつけねばいけませんけど。明日からは自分の論文書きます。やっと自分の仕事に集中できるわ・・・短い正月休みだけど、休むのもったいないな~。
2014/12/23
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というかもうほとんど子供の「やだやだ」の状態で仕事してます。仕事とはいえ・・・もぉ院生の論文らしきものに赤を入れるのはいやだ~(涙)。君たち、本当に大学院生なのかなんだよ、これ、今まで人様の論文の何を読んでいたんだよっ(怒)。今まで論文指導はしてきましたけどね・・・アメリカ人にもヨーロッパ人にも日本人にもアジアの国の学生たちにも・・・だがうちのプログラムのアメリカ人の院生たちときたら・・・いや、まだこのTはマシなんだろう。一応英語としては間違ってないから(なんとハードルが低いんだ・・・)ただ、英語母語なのにだらだら書きすぎビジネスでも学術でもだらだら書いたってわけわからない。簡潔に書きなさい、簡潔に。だらだら長い論文読んで喜ぶ査読者いませんから!それでも仕事ですので読んでます。赤入れてます。ただやっぱり、ほかの仕事休ませてまでやらせたのにいくらアパート追い出される騒動他があったとしてもクオリティとしてはがっかりだわ。でも締め切りはもうすぐそこだから、直すにしたって思うような仕上がりにはならない。妥協したクオリティで出したくないけど・・・私を論文の筆者からはずしてくれ。いらない、Authorshipは。これが私の研究の実力だと思われたくない。自分が頑固だとは思わないけど、やっぱりそういう点では今までも妥協はしてこなかったしこれからもしたくない。自分が世に出すものにはある程度のクオリティを持たせておきたい。そのあたりが私の研究者としての誇りとでも言っておきましょう。時間があったら解決できたのか?それとも私の指導能力が足りんのか?おかしいな、今まで他の院生とのコラボでこんなことなったことないしな。(院生の出来も違ったが)それとも私のやる気が違うのか。どっちにしろ、まあ残念だわな。業績が一本減るぐらいじゃ堪えないし(いまさらね)他にもいろいろ論文やらプロジェクトはあるので困らないんだけどね。ここにきて学んだこと。うちのプログラムの院生には何も期待してはいけない。学部生以下の場合が多いから。自分のクラスをすべてとった学部生のほうが指導院生より賢いってどういうことなのさ・・・ただ、悪いことばかりは続かない。うちの学部上がりでこの間院に来たIちゃんはマトモ。不良債権(なんちゃって院生たち)は来年の9月で清算になるので(早く卒業して)そのあとは心安らかに(?)Iちゃんの研究の面倒でも見ますわ。その前にこの論文らしきものの手直しか。もう頭痛くなったので今日はここでやめます。
2014/12/16
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やらかしてくれましたよ、さすがうちの院生。締切送れるなんぞデフォルトですから(怒)。私、自分自身絶対締切落とさないので一度院生がポカをして締切落としたときはただショックでした。私自身に対する評価として、また自分のWork ethicsとして約束したものはちゃんとしたクオリティの物を期日までに必ずやるというのがモットーですので仕事を頼んだアシスタントが締め切りをすっぽかして自分の締め切りまで落とす羽目になったときはそりゃショックでねぇ(溜息)。私の評判まで落とすなよ、と。今までいろんなアシスタントと仕事してきましたがこんなことアメリカでもなかったし、日本で会社員してた頃も、なかった。なのにここじゃ平気で院生が(学部生のほうが締切守りますよ!)提出物すっぽかしたりアシスタントとして働いていても平気で遅れて仕事をやる。何度煮え湯を飲まされたか。で、今目の前に届いたもの。本来金曜日までに届くはずであった学会論文の初稿。何が18日までにクリーンコピーを仕上げる、だ。こんなもん、今日私が目を通したとしても18日までに最終稿が上がるはずない。そして、目を通してフィードバックを入れても私が求めるレベルまで仕上がらない。あれだけ時間をもって仕事は計画することと言ってあったのに。この1か月半アシスタント業務をストップさせたのはプロとして本気でこれを仕上げろという意味だったのに(その間給料払ってますから)。アンタの「アパート追い出されたので家さがし」のために給料払って休ませたんじゃないよ(怒)。そんなわけで、こんなの読みたくねぇよ、とため息ついてるわけです。締切があるのには理由があってそれは他の人が関わってるからというのもあります。この状態の物をどうやって公に出してもOKなものにするのか(短い期間内で、ということ)正直言って私にはできるかどうかもわかりません。それと同時に指導する気力も萎えたわ・・・(溜息)。っつーか、どーでもよくなったんだよね。上司かつ指導教員としてどうでもよくなったの。これってプロとしてはあるまじきことだと理解してますけどこんなにがっかりさせられると、時間を費やして何かをしてやるということが無駄にしか思えなくて。関わりたくないと思っている自分がいる。何もしてやりたくなってきたといえばいいんでしょうかね。大学院というところはやっぱり師弟制度ですので上司に当たる指導教官にこう思われると、かなりこの先きつくなるのは避けられない。本人わかってないでしょうが(私が顔を見るのを避けてますので)すでに私がミーティングをセッティングしない、こういう風に「通信教育」形式でしかフィードバックを与えないというのはいいサインではないんですよ。他の教員でもこういうやり方をしている場合は、ぶっちゃけ学生のことを気にかけてもいないというケースがほとんどですので(うちの学部では、という枠組みの中でですけど)。私も、正直言って「この学生の物を読んだりして。私の時間を無駄にするのは嫌だ」と思ってるんです。そりゃ、プロとしてやらなきゃいけない最低ラインのことはやりますが(通信教育という形で)それは自分に問題の矛先が回ってこないようにしてるだけで学生のため、というわけじゃない。約束したことをできない学生に費やす時間なんてないですもの。そんな話をアメリカ時代の同僚たちとやりとりしてたらこういうコメントが届きました。「I had my thesis in two weeks before it was due. Scheduling conflicts can be overcome, and people need to learn to do the work ahead of time. I have no sympathy for these students. Sorry.」「They need to experience consequences. As an employer, I want graduates who meet deadlines and who anticipate potential problems and plan for them -- no excuses.」「They need to learn that the first part of the word "deadline" is "dead," which is what they are when they miss one. Sometimes it's a very difficult lesson to learn.」「I know a few people who will never survive a work environment.」・・・これ、きみら(院生たち)の母国の人たちが言ってることだからね。アンタら、アメリカ帰っても大変だわ。でもこういうWork ethicsのある人たちが成功していくわけでそれがなければ仕方ないし、それを躾けるのが我々大学教員の仕事でもないしね。あ~あ、それにしてもこの論文もどき、読むのが苦痛だ(涙)。せめてもっとさっさと仕上げてきたら、もう少し時間をかけてなんとか読めるものにできただろうにね・・・(溜息)。
2014/12/15
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