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ふと思い出してログインしてみた。アララ・・1年以上経ってしまったのね。それでもココを消す事が出来ないのは自分への戒め。今の幸せに甘えちゃいけない。過去が原因なのかなんなのか、今の夫と結婚してからの3年半、子宝に恵まれない。それなりに検査を受けたりはしているのだけど、これといった原因もみつからず。さすがに年齢的にヤバイので、今月顕微鏡受精を受ける事にした。今は毎日注射を打ちに通っている。私の子供が欲しいと言ってくれる夫の気持ちに応えたい。
2005.10.16
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アクセスして下さる方が絶えないのに、中途半端な更新しか出来ずに申し訳ありません。実は、久し振りに夢中になれる趣味を持ってしまった事で日々忙しくすごしております。過去の結婚生活の折り、何かと不慣れな環境や状況の中で、周囲からは何か打ち込めるものを!と、勧められました。ちなみに、仕事という選択肢もあったかと思うのですが、当時住んでいたN県では、雪の日も車通勤が当たり前な場所だっただけに、躊躇してしまいました。趣味を得るにしても、今のようなネット社会でなかった為、情報を得る為のツールも少な過ぎました。なので当時は、「趣味は?」と訊かれれば、「旅行」としか答えられず、元夫には「そんなのお金の掛かる事じゃん!」と責められたものです。ちなみに元夫は趣味の多い人で、それがまた孤立した社会の中に生きている私をイライラとさせたものでした。正直、八方塞だった日々。何かを楽しむ為には夫に依存しなければなりません。元夫にはそれが重荷だったのだと思います。人生にif・・・は、あり得ませんが、もし今のようなネット社会だったら、今の私はなかったかもしれませんね。
2004.10.03
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ルビィ♪さん、コメントありがとうございます。早速、お題にしてみました。それまで私は、過去の失敗があるからこその現在と思い込んでいた。確かに、過去離婚へと繋がったと思われる事に関しては、極力繰り返さない努力をしている。夫の事も大事にしている方だと思う。ただ、昨今これだけ離婚する人が増えて、離婚に対して本人達も周りの人もあまり抵抗を感じなくなった今、だからと言って離婚を正当化するのはいけない事だと思う。どちらか片方が一方的に悪いケースもあるとは思う。(DVや借金など)けれど、一度は神への誓いを破った事には変わりない。今の夫と結婚する際に、義父から「色々と大変だったとは思うけれども、褒められる事ではないな。」と言われた。私もその通りだと思う。離婚、やはり経験しないに越した事がない事だと思う。
2004.08.22
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先日、何故元夫を好きになったかを日記に書いたばかりだが、その時の気持ちに今はまったく共感できない。もっとも未だに引きずっていたら再婚なんてしてないだろう。しかし、共感できないどころか、元夫と婚姻関係にあり、普通に夫婦生活を行っていた事を考えると、気持ちが悪くなる。消す事が出来ない過去だから、どうしようもないのだが、どうにかして消したい、、強くそう思う今日この頃だ。
2004.08.09
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何年か前に、離婚経験のある男性とこんな話をした事がある。「結婚をしている時の楽しい思い出も消し去らなくてはいけないもの?」例えば新婚旅行。私は海外旅行が大好きで、選んだ地はバハマとアメリカ。両方とも初めて行った場所だ。そして元夫とはイタリアとフランスにも行っている。元夫との思い出はともかく、これらの地での思い出は、自分にとって簡単に忘れたくない思い出でもある。しかし、人に話す時、考えてしまう。旅行の思い出を頭の中でリロードしていると、同行者との出来事もリロードされるからだ。私の手元には、それらの旅行の写真は一切無い。家を出た時に持ってこなかったから。なので今の夫の目に触れる事もないのだが。。今の夫との生活を大事に考えるならば、それら全てを闇に葬り去って、これから作る思い出を自分の人生として行った方がいいのかな。
2004.08.08
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江原さん、、でしたっけ?スピリチュアルカウンセラーの。今、その番組を観ていて、自分が最終的に離婚に同意した気持ちをクリアに思い出してしまった。自分が死んだら、この人(元夫)は、悲しんでくれるのだろうか?そう思った時に、この結婚を継続する事は残りの何十年という人生を不幸にする事だと思えた。そう言えば、結婚してまだ東京のマンションに住んでいた時、私が借りてきた、トムハンクス主演の「マイライフ」という映画のビデオを観て、感慨深げに「自分が死んだら同じように思ってもらえるのかなぁ、、。」と言っていた事があった。あの頃はまだ「愛」があったのだろうな。結婚は、いわば相手の人生に責任を持つ事だと私は思う。それは男性も女性も同じ。どちらかが相手の最期を見届けるのだから。今日のTVを観て、改めて私は、今の夫を大事にしよう。そう思った。
2004.08.07
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毎日たくさんのアクセス、ありがとうございます。リピータの皆さんは、何を求めてここに来てくれていますか?もしかして、今、配偶者との関係で悩んでますか?私と同じように乗り越えて、幸せな毎日を送っていますか?ぜひ、皆さんの声も聞かせて下さい。
2004.08.06
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もともと、元夫は私の好みのタイプでは無かった。けれど、何故好きになったか、、、は覚えている。ある日、数人で喫茶店へ。(多分、不二家)そこで元夫が、自分の失恋体験を話し始めた。「すっごくブサイクな女なんだけど、好きで好きでしょうがなかったんだよね。」その言葉を聞いた瞬間、心ときめいてしまったのだ。多分、そういう風に愛された元彼女が羨ましいと思ったのだと思う。彼女は、N県の人で元夫が学生時代に知り合い、付き合い始めた。N県は南北に長いので、同じ県内であっても北の寮に住む元夫と、南に住む彼女は遠距離だった。そして元夫は就職で東京へ。それでもしばらくは行ったり来たりをしていたらしいが、彼女が就職をし、そこでの人間関係に悩んだ時に、相談に乗ってくれた人に心変わりしてしまった。まぁ、えてしてこういう形で終わらされた側にとっては、気持ちを整理させる事が難しい。多分、私はこの彼女を超える事は出来なかったと思う。
2004.08.05
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元夫という人は、中学校を卒業してすぐに高専の寮に入り、卒業後は上京してしまったので、早くに親から離れていた。その為、料理はそこいらの女性よりもよっぽど上手だし、身のまわりの事はおろか、何でもきようにこなせる人だった。お酒も付き合い程度にしか飲まないし、タバコも吸わない。無駄遣いもしない。こうして文章で並べ立てると夫にするには最高の人のようにも思える。私はそんな元夫に甘えていた部分があったと思う。私は、妻としての役目をどこまで果たしていたのだろうか?いったい、この結婚生活、私は何をしていたのだろう?
2004.08.04
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そう言えば、N県に引っ越したのは8月だった。元夫のお父さんは運送業だったので、無料で東京からN県への引越しをする事ができた。(引越し業者ではないので、あくまでも運ぶだけ。)元夫の同僚に手伝ってもらい、荷物をトラックに積める。人手があったせいか、午前中から始めて、14時位には全て終了した。私達はそのままマイカーでN県へ移動した。着いた頃は夕方だった。元夫のお父さん、お母さんに手伝ってもらい、荷物を部屋に運び入れる。N県は8月のお盆の頃から朝晩共に寒い位になる。独特の空気の薫りをを感じながら過ごした夜だった。ただ、今でも忘れられないのは、1人では何も出来ないこの街で、明日から昼間を1人きりでどうやって過ごそう?その不安な気持ちだ。けっきょくはしばらく村営住宅に軟禁状態だったように思う。
2004.08.03
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しばらくぶりの日記。と言うのも、それなりに充実した日々を送っており、過去を振り返る余裕がないから・・・。私が当時の結婚に失敗した理由の一つに、「N県に馴染めなかった」、「馴染もうとしなかった」というものがある。恐らく、いや、99パーセント後者の問題。全ては自分の気持ち次第であるという事を、しみじみと感じる今日この頃である。これは、対、人でも言える事だとは思うのだが、良い所を見ようと努力して、積極的に相手に近付けば、コミュニケーションが生まれる。逆に悪い所ばかり指摘して、そこから逃げてしまえば嫌な感情しか生まれない。当時の私は不満だらけの毎日だった。毎日関東に帰りたいと泣いてばかりいた子供。今だったらうまくたちふるまえただろうか。う~ん、、やはり無理なような気もする。
2004.08.02
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しばらくぶりの日記になってしまった;;けっきょく、出張の話は延期になり、私の都合が合わないのでキャンセルしてしまった。ここ数日考えている。あれほど色々合った過去を懐かしいと思えるのは何故だろう?今の生活は、子供に恵まれない事をのぞけば十分幸せだ。けれど、どこかに「あの頃の方が良かった」と思うものが残っていたのかもしれない。それは、当然「夫」でも無く、「金銭面」でも無い。今よりも8歳も若かった自分自身に対してなのかもしれないな。
2004.06.28
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今の夫とは、結婚して2年3ヶ月が経った。ナンセンスな事だとは思うのだが、前回の結婚と今回の結婚を、比較する事が多々ある。それは決して、過去の方が良かったというネガティブな物ではなくて、愛情の色褪せ具合というか、なんというか・・。ちょっとうまい言葉がみつからない。結婚したてであれば、誰だって愛情も夢もいっぱいだろう。しかし、時間が経過すれば、男と女の愛は、形を変えてゆく。(ちなみに、当時若かった私には、変わって行く愛が許せなかった。)形を変えても、どれだけ相手に思いやりを持てるか、だと思うのだが、こればかりは双方の努力が必要だ。比較するのは、前回の結婚生活で、同じような時期。私はどれ位、元夫に愛情を注がれていたのだろうか?という事。元夫は2年半位で、離婚を口にするようになった。今の結婚もあと3ヶ月で2年半を迎える。明らかにあの頃よりも愛情がある夫婦である事が、この先夫と乗り越えてゆける自信にもなっている。
2004.06.01
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私がN県から実家のある関東に帰って来たのは、7年前の5月だった。身の回りの荷物を軽自動車に詰め込んで、小雨が降る中、高速道路を飛ばした。元夫は前日、高速道路の道順を丁寧にメモ書きしてくれた。まるで、ちょっと里帰り・・のような感覚。新築した大好きな家には3ヶ月しか住んでいない。私もすぐにこの家に戻るかのように、夏物の洋服だけしかスーツケースに入れなかった。季節が変わるまでには・・。そんな気持ちがどこかにあったのだと思う。7年という月日は本当にあっという間だ。記憶の中ではついこの間の出来事なのに。。。
2004.05.29
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例の地へ、出張する事を決めた。友人にFax。前日の午後、会う約束をする。友人からの情報によると、私がかつて住んでいた村は、大型店が出来、だいぶ賑やかになったとの事。行ってみたいな。。。大きく様変わりしていれば、多分、この地への変な感情は無くなるかもしれない。離婚という不本意な形でこの村を出ている私は、この村に忘れ物をしてきているような気がしてならないのだ。そういえば、亡くした子供のお墓参りにも行っていない。生きていれば小学校2年生。辛い事に、生まれていれば友人夫婦の子供と同級生だった為、亡くした子の歳を数えてしまう。当時の心の痛みは数年で消えてしまったが、今もその子の魂が安らかである事を祈りたい。
2004.05.28
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ここ、楽天で同じようなテーマの方の日記を読ませて頂くと、ほとんどの方がお子さんがいらしての離婚。私のように身軽に第二の人生!という人はほとんど見掛けない。皆さん、子供の為に一生懸命ポジティブに頑張ってる方ばかりで、本当に偉いなぁ、と思う。人生に「モシ・・(If)」はナンセンスだが、もし、あの時の子が生まれていたら・・・・。「運命」というものがあるのだとしたら、子供の事も、離婚の事も、全て運命なのかもしれない。・・・と、いうのは自分に都合の良い解釈ですね。(苦笑)けれど、戻せない過去を悔やむよりも、今の生活を自分の人生だと受け止めて、精一杯生きる事が大事だと思う。
2004.05.27
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来月の仕事の予定が出て来た。私の仕事は、全国各地をまわるOAインストラクター。全ての予定を取り仕切る人が、私に対して好意的で、まず最初に選ばせてくれる。ほとんど県内を選んだのだが、1ヶ所だけ、当時住んでいた所に、そこそこ近い場所を選んだ。そこには、当時仲良くしてくれていた、元夫の友人夫妻の家がある。奥さんとは今でもFAXで近況のやり取りをしている仲だ。こんな事でもない限り、訪れる事など無い地。ましてや今の夫と一緒に旅行なんて行く気になれない。離婚してから2度ほど、この友人夫婦に会いに出掛けているが、最後にこの地を訪れたのは6年位前になると思う。かつて元夫と建てた家もどうなっているのか気になる。そう、私がこの地を訪れたいと思うのは、友人夫婦に会いたいという気持ちだけでなく、過去を現在に、ちょっとだけリンクさせてみたいのかもしれない。
2004.05.26
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ここまで色々書いてきて、一般的に受ける印象って、『夫のわがままによる離婚』かもしれない。私自身、自分の汚点は捨て去りたいし、出来ればそういう事で片付けた方が、再婚相手の家族に対してもスマートだ。友達に自分の過去を話す時も、その都度起きた出来事だけで、自分達がどういう生活をしてきたかまでにはほとんど触れない。「出来事」は、それなりにインパクトが強く、更にどうしても私自身の悲劇である為、話を聞いてくれる人は皆、私に同情してくれる。元夫の友人夫婦ですら、私の味方となり、元夫やその父親に対して牙をむいた。私は、決して良い妻では無かった。一人暮らしが長い為、何でも出来る元夫に甘えていた。私は何も出来ないだらしない妻だった。現在。そうした経験が私を、恐ろしい位の甲斐甲斐しい妻とさせている。
2004.05.25
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時系列がずれてしまったので、「仏滅婚」の階層化に書き足したが、海外挙式をされるなら、現地でも日本人のコーディネータが付く所にした方が良いと思う。ハワイとかであればそれは当たり前なんだろうが、私が挙式を行ったのはなんせバハマ。今はどうだか分からないけど、当時、日本人なんて数える程度しか見当たらない。しかも観光客。女性にとって、大事なメークを台無しにされてしまった事は、今でも悔やまれるが、破綻した結婚なので、今それを言ってもしょうがない。逆に、結婚生活が続いていたら、「一生の汚点」位の出来事になったのだと思う。
2004.05.24
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世間では、子供を連れての離婚なのに、慰謝料を取れないケースが多いようです。徹底的に闘えばもしかすると少し位なんとかなるのかもしれないけど、かつて愛し合った人と争うのもキツイかな。こうして考えてみると、私は恵まれていたのだと思う。夫の子供を死産したという事もあって、こちらからは500万円の慰謝料を要求した。最初は、建てたばかりの家も、私にくれてやるとか言っていたのに、夫の父親が「それはちょっと・・」と言い出し、私も借金だらけの家なんてもらったって、担保が付いているし、実家から遠いしでやめた。夫は建てたばかりの家の借金で、お金なんて無いはずなのに、250万円の慰謝料を私に支払った。浮気をした訳でもないのだから、向こうだって争おうと思えば、そんな額、払わずに済んだのかもしれない。うん、多分、出る所に出ていたら、もっと向こうに有利だったろうに。
2004.05.23
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現在、再婚をして幸せな毎日を送っている私ですが、ふとしたものに、過去の結婚が残っている。例えば、年金手帳。例えば、厚生年金基金の証書。年金手帳は、夫の扶養に入ったり、抜けたりする度に夫に会社に持っていってもらうので、申し訳ないな・・と思う。年金基金の証書は、裏を見ると、名前や住所が変わったら、年金基金に連絡を入れるようにと書いてあるので、必要な書類を揃えて送ったところ、そっくり戻されてしまった。連絡は、厚生年金基金連合会にするようにとの事で、連絡先の電話番号などが記載されていた。そこで毎日のように電話を掛けるのだが、いっこうに繋がらない。『ただ今の時間、大変こみあっております。恐れ入りますが、再度おかけ直し下さい。』しかし、再度掛けなおそうが、時間を変えようが繋がらない。だったらいっそビジーにしてくれれば電話代が掛からないのに、変なアナウンス流すなよ!かつてコールセンターに勤めていた私には、電話のしくみが分かるだけに、腹が立つ。一昨日、たまたま駄目もとで掛けてみたところ、1回で繋がった。すると電話に出た偉そうなオバサンは、半分馬鹿にしたような言い方で、「失礼ですがおいくつですか?」「30代です。」「ふっ。(鼻で哂った)であれば、年金を受けられる1ヶ月前でいいですから。」なんなの???せっかく繋がったんだから、データの変更位してくれたっていいのに・・。その時になっても電話が繋がらなかったらどうしてくれるんだろう?何より、それまでの30数年、元夫の苗字が入った証書を持っている事自体、気分が悪い。
2004.05.22
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離婚の話し合いをしている時、元夫は「自分は結婚にふさわしくない人間だから、今後再婚はしないと思う。」と、言っていた。私も何故だか、彼は再婚をしないような気がしていた。しかし、離婚から5年も経ち、私も再婚したある日。友人から、元夫が再婚したらしい、という話を聞いた。異様な胸騒ぎ。自分も幸せなはずなのに。勿論、元夫への愛情なんて既に微塵も残っていない。なのに何故?2人で喧嘩をしながらもプランを決めて建てたあの家に住んでいるのだろうか?大好きだったシモンズのWベッドで抱き合っているのだろうか?一度だけ、職場からこっそり184を付けて、元夫の家に電話を掛けた。若い女性が気だるそうな声で電話に出た。すぐに電話を切る私。あぁ、やっぱり再婚したんだ。この何とも言えない思いは何なんだろう?
2004.05.21
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今日から毎日、少しづつ過去を振り返って、記事を追加していこうと思っています。離婚をして何年も経つけど、今でも言える事は、離婚なんてしないに越した事はない。だけれども、幸せになる為にイタミを堪えて踏み切る事も大事。確かに、一緒に生活をしていると、多少酷い事をされても言われても、『情』で離れられなくなる。けれども、『愛』の無い『情』なんて虚しい。幸いにも今の時代、「離婚」をした事で後ろめたい思いをする事はめったに無い。一度きりの人生、何事も諦めてはだめだと思った。幸せに対して貪欲になる事、幸せになる為に今すべき事、常に私が考えている事です。
2004.05.20
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