怪獣との日々

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プロフィール

Maomaomaman

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2003年04月23日
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サンケイスポーツより (21.Apr.2003)
早すぎる26歳…加藤大治郎さん死す

 鈴鹿サーキット(三重・鈴鹿市)で今月6日に行われたオートバイ世界選手権シリーズ開幕戦のMotoGP決勝で防護壁に激突し、意識不明の重体だった加藤大治郎さんが20日午前0時42分、三重県立総合医療センターで脳幹梗塞(こうそく)のため死去した。26歳だった。日本人初の最高峰クラス世界王座を目指した天才ライダーは、夢の途中で帰らぬ人となった。

 無限の可能性を秘めた天才ライダーが、夢の途中で息を引き取った。
 加藤さんは今月6日、オートバイ世界選手権開幕戦MotoGP決勝レース3周目に、シケイン手前左側防護体へ衝突。頭、胸、首を強打し、ヘリコプターで四日市内の三重県立総合医療センターへ搬送された。意識不明の重体のまま2週間にわたり治療を受けたが、事故から14日目の20日午前0時42分、意識の戻らないまま、集中治療室で帰らぬ人となった。
 26歳の若すぎる死。所属するホンダは5月中旬、東京・港区のHonda南青山ビルでファンのために『加藤選手お別れの会』を開催予定。当日は献花などの追悼セレモニーを行い、天才ライダーの死を悼む。ホンダレーシング・金澤賢社長は「世界のトップライダーの1人である加藤選手の訃報(ふほう)に接し、深い悲しみでいっぱいです」と話した。
 事故当時、先月26日に生まれた第二子(女児)には、まだ名前がついていなかった。「大ちゃん」の愛称で親しまれた加藤さんは、意識不明の最中に「凛香(りんか)」と命名された長女の名前を呼ぶことなく、天国へ旅立った。日本の二輪レース界は、かけがえのない天才を失った。



AllaboutJapn より(21.Apr.2003)
優秀なライダーがまたひとりこの世を去りました
加藤大治郎選手……他界


2003/04/21
4月6日に行われた2003モトGP世界選手権シリーズ第1戦「スカイウォッカ グランプリ・ジャパン」の決勝レース3周目のシケインでクラッシュし、意識不明の重体となっていたホンダの加藤大治郎選手が、医師団の懸命の処置、家族やレース関係者、ファンの必死の願いもむなしく、20日午前0時42分、入院先の三重県立総合医療センターで脳幹梗塞により息を引き取りました。享年26歳でした。



 97年、HRC契約となって全日本GP250クラスチャンピオンを獲得。世界GPには96年から日本GPにワイルドカード参戦し、96年3位、97年優勝、98年優勝というリザルトを残し、「大治郎」の名前を世界中に知らしめます。そして、00年から念願の世界GPフル参戦を開始。同年GP250ランキング3位となりGP250クラスのルーキーオブザイヤーを受賞。鈴鹿8時間耐久レースも制します。

 そして01年はシリーズ16戦中11勝(史上最多勝)という圧倒的な強さを見せ、GP250クラスの世界チャンピオンを獲得。その功績が認められ、文部科学省・スポーツ功労者顕彰も受けました。

 最高峰のMotoGPクラスには02年からステップアップし、シリーズランキング7位の成績を残してMotoGPクラスのルーキーオブザイヤーを受賞。今シーズンは純ワークスのRC211Vでのフル参戦が決定し、世界チャンピオンに最も近い日本人ライダーとして期待されていました。

 なお、お別れの会の日程、メモリアルコーナー情報、追悼メッセージの受け付け窓口等は、以下にリンクしたホンダレーシングのページに掲載されています。また、加藤選手のパーソナルスポンサーであるショウエイヘルメットのサイトでも追悼メッセージを受け付けています。


サンケイスポーツより (23.Apr.2003)
しめやかに加藤大治郎さんの告別式 (サンケイスポーツ)

2003年4月23日(水)11時15分

 6日に三重・鈴鹿サーキットで開催されたオートバイ世界選手権開幕戦のMotoGP決勝で、防護壁に激突して意識不明の重体となり、20日に死去した加藤大治郎さん(享年26)の告別式が22日、東京・台東区の寛永寺輪王殿で営まれた。

 フォーミュラ・ニッポンに参戦しているドライバー、本山哲(32)は友人代表として「大治郎がモトグランプリのチャンピオンになるところを見られると信じていたので、残念で仕方がない。大治郎がやろうとしたことをおれたちが頑張るので、天国で見守っていてほしい」と涙ながらに弔辞を読みあげた。

 告別式には約1300人の関係者、ファンが参列し、最後のお別れ。出棺時には「大ちゃん!」の絶叫が響いた。加藤さんの所属していたホンダは5月中旬、東京・青山で『加藤選手お別れの会』を行う予定で、天才ライダーの死を悼む



中日スポーツ (3.Apr.2003)より
「どうしても勝ちたい」
スポット参戦していた頃の気持ちに戻る 特別編



生まれたばかりの長女とつかの間の再会を楽しみ、鈴鹿サーキット入りした大治郎(カメラ=遠藤智)


 ――大ちゃん、いよいよだね。

 大治郎「そうですね。でも、鈴鹿は知り尽くしているというか、来すぎているから、何か緊張感がない(笑)。鈴鹿が開幕戦というのは、日本人にとってはアドバンテージになるんじゃないかってよく言われるけど、僕は、シーズンの途中にあった方がいいかなって思う」

 ■鈴鹿は緊張感ない

 ――それはなぜ? 地元の開幕戦というのは取材も多く、プレッシャーも大きいから?

 「そういうんじゃないんですけどね。レースとは関係なく、途中なら、シーズン中に1回、日本に帰ってこれるじゃないですか。開幕戦だと、海外のテストが終わって日本に帰ってきて、そのままだから。それだけの理由ですけどね(笑)」



 「フル参戦してからは変わらないですね。スポット参戦していたころはやはり、どうしても勝ちたいと思っていた。その気持ちは今も変わらないけど、今よりもずっとずっと強かったような気がする。だから今年はそのころの気持ちに戻ってレースウイークを戦いたいなと思っている」

 ――鈴鹿は大ちゃんにとってもっとも得意なサーキットのひとつ。250cc時代は負け知らずだったのに昨年は勝てなかった。そういうことが心境の変化に?

 「そういうのでもないなあ。去年、1回も勝てなくて、そういう勝てない状況にちょっと慣れっこになってしまっているかなという感じ。鈴鹿だからというよりも、そういうことの方が大きいですね。今は、とにかく勝ちたい。それだけですね」

 ――30、31日の合同テストでは、まずまずの出来だったと思うけれど、トップタイムが出せなかった。そのへんの不安は?

 「テストではS字コーナーとシケインがウイークポイントになっていた。もちろん、僕より速かった選手と比べてですけどね。そのへんを何とかしていかなくてはいけないと思っているけど、それもやっぱりやってみないと分からない。自信ある? と聞かれれば、いいえって感じだし、不安は? と聞かれても、それも答えは同じです。始まってみないと、どうなるか、全然分からないんですよ」

 ――昨年は雨のレースでした。今年も週間予報では不安定な天気みたいだね。

 「天気は自分ではどうにもならないですからねえ。ドライで走りたいのは、皆が思っていることだろうけど、今年はオフのテストでもかなりウエット状態で走ったし、セッティングも十分に詰めてきた。去年のシーズンに比べれば、雨対策はかなりやってきたと思ってますよ」

 ――そうだね。今年のオフは、本当にたくさんテストをやってきたものね。ドライでもウエットでも、行けるぞ、大治郎! だね。

 「いや、……だと、いいんですけどね(笑)」

 ――ところで、先月の26日に長女誕生ですね。まずはおめでとうございます。名前は決まったの?

 「いくつか候補は絞られてきましたね。でもまだ決めてないです。今週は考える余裕がないから(笑)。GPが終わってから決めます」

 ――合同テストが終わって1日半だけ、東京に戻りましたね。赤ちゃんは大きくなってた?

 「いえいえ、そんなに急には大きくならないですよ(笑)。ただ、生まれてすぐよりは、ちょっとだけふっくらしてましたね」

 ――大ちゃんは、長男が生まれたシーズンに250ccのチャンピオンになった。今年は長女が生まれた。いいシーズンになりそうだね。

 「……っていうか、しなくちゃいけないですね。何勝したい、というような目標はないけど、いい1年にしたいです」 (聞き手=遠藤智)






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最終更新日  2003年04月24日 22時45分25秒
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