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8年前に小学校を卒業させた子たちが,今日 成人式を向かえた。
そして,母校の小学校に集まり,卒業の時に埋めておいたタイムカプセルの掘り起こしをした。
8年ぶりに会う28名の子ども達はすっかり大きく立派になり,身長も私を追い越してしまう子がほとんどだった。
名前が出てこないと申し訳ないので,卒業アルバムを片手に,母校のグラウンドへ行った。
でも,「先生 こんにちは。」「久しぶり。」と挨拶をしてくる表情は,みな 8年前のままで,「あぁ,○○くん。」「○○ちゃん,大きくなったね。」と,すぐに思い出すことができた。笑顔の目のあたりは,20歳になっても,あの頃と変わっていないのだ。
タイムカプセルは,無事掘り起こすことが出来,中から 当時に埋めた思い思いの品が出てきた。しかし,雨水などですっかり濡れてしまっていたし,文字も判読不可能なものがほとんどであった。
でも,皆「あ~,なつかしい。」「そうそう,これ埋めたんだよね。」と,しばし懐かしさにひたり,思い出話に花をさかせたり,近況を報告し合ったりして,楽しい時を過ごした。
この子たちには,詩『生きる』(谷川俊太郎)を読み合う授業を最後に行って 卒業させたんだっけ。自分の命も他人の命もみんな大切にして,これからも『生き』ていって欲しい……そんな願いを込めて。
そして,8年後に再び,私を含めて元気にそろって会うことができたのは 本当に何よりの幸せである。さつきを見ていると つくづくそう思う。みな,あの難しい思春期の頃をちゃんとくぐってきたのだから。
「先生,久しぶりに出席とろう!!」あの頃いちばんやんちゃで手を焼かせたD男が言う。
あの頃のように,一人一人を姓ではなく名前で呼んであげる。
おちゃらけて返事する子,にっこりと笑ってくれる子,恥ずかしそうに手だけ挙げてくれる子,…… みんなみんな なつかしい顔。
「先生のお話,先生おねがいします!」小学生にもどったように,日直役のH男が私にふる。
「みんな,ありがとう。」……涙でみんなの顔がかすんだよ。卒業式の日以来だね,みんなの前で涙を見せるのは。せっかく この日のためにした まつげのエクステがとれちゃいそうだよ……。何を話そうか何て,考えてなかったよ。だから,ただ私を忘れないでいてくれたことが嬉しくて,それだけしか伝えられなかった。
「今度は,10年後だね」 10年後 忘れていなかったらまた私もさそってね。ここ6年間,1,2年生の担任ばかりを繰り返している私なので,もしかしたら,君たちは最初で最後の私にとっての卒業生かもしれないから。
こんな日があるから,この仕事続けられるんだね。
ありがとう,みんな。
そんな君たちへ。
「成人の日に」 谷川俊太郎 より
しこりのように胸の奥に残っている
成人とはひとになること もしそうなら
私たちはみな日々成人の日を生きている
完全な人間はどこにもいない
人間とは何かを知りつくしている者もいない
だからみな問いかけるのだ
人間とはいったい何かを
そしてみな答えているのだその問いに
毎日のささやかな行動で
人は人を傷つける 人は人を慰める
人は人を恐れ 人は人を求める
子どもとおとなの区別がどこにあるのか
子どもは生まれ出たそのときから小さなおとな
おとなは一生大きなこども
どんな美しい記念の晴着も
どんな華やかなお祝いの花束も
それだけではきみをおとなにしてくれない
他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ
自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ
でき上がったどんな権威にもしばられず
流れ動く多数の意見にまどわされず
とらわれぬ子どもの魂で
いまあるものを組み直しつくりかえる
それこそがおとなの始まり
永遠に終わらないおとなへの出発点
人間が人間にになりつづけるための
苦しみと喜びの方法論だ