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今年も一年、ありがとうございました。 たくさんの 出会いと別れと、出会いと別れと、出会いと別れと・・・ ありがとうございます。 出会わなければ、別れがなかったので、 別れた数以上に、出会いがあったことは、確かです。 別れはつらいです。 わたしも、 今年、どうしても、一緒にいないほうがお互いの幸せにいい・・・ と判断して、わかれた友人がいます。 ・・・やはり今でも、苦い気持ちになります。 分かり合えなかったから、憎まれているだろうなぁ・・・と思ったり、 自分の罪悪感がムクムクわき上がってきたり。 ・・・さっき、かなり前に書いた、「星の商人」という本のレビューをみつけました。 そこで、 【「人生の責任は本人しかとれぬ。 他人の人生にまで責任をとろうとするのは傲慢といえよう。」 ほんとにそのとおり。人の力を信じよう! 】 と、自分で、書いているのを見て、苦笑しました。 罪悪感の根本は、 人を信じていないことと、自分を信じていないことにある。 だれしも人は、痛みや悲しみを自分で乗り越えられる、 成長できるという力をもっているんですね。 その力を信じる。 傷つけた、傷ついたは、問題じゃない。 「わたしは、こんなに頑張っているの。 だから、だれかが、なんとかしてくれるはず!!」 もね。 学校や会社だと、がんばったら評価されるけれど。 自分を、評価するに一番ふさわしい人は、自分。 頑張ってるから、なんとかして・・・って思っていると、 頑張っていないと、助けてくれない・・・になってしまう。 頑張らなくても、みんな自分のできる範囲で、助けてくれる。 頑張ることは、すてきなこと。 自分の可能性を最大に広げられることは、人間の最大の喜び。 でも、頑張らなくても、ものごとはこなせる。 理想の自分や、ベストじゃなくてもいい。 「セカンドベスト」「次善の策」も自分の選択肢に加える。 ・・・で、できないことは、できる人にお願いする。 「お願い」でね。 「なんとかして!!」には、 「あなたがやるべき!やって、当然なの!!」 のエネルギーがこめられているもんね~。 せっぱ詰まっていて、断れないでしょ。 一度は助けても、そのあとは、どうかなぁ。 でも、「あなたの力を借りたいの。お願い~。」には、 信頼と尊厳があって、 結果、可否にかかわらず、感謝が生まれる。 (お願いの頻度と、重さにもよるけど。) ・・・すべきことなんて、本当はないのかもしれない。 したいことが、すべきこと。 人は、自分だけのパラレルワールドで、他人と並行に生きている。 自分が考えていることは、まわりもそう思っているように見える。 「引き寄せの法則」というけれど、本当は、 ただ、自分が、選んでいるだけ。 そのときの自分にふさわしい世界を。 ・・・今、いつのまに、わたしは、 自分に自信をもって生きるようになったのだろう・・・と 思ったのだけど、 自分を磨くことと同時に、 自分の周りの人を信じるようになってたことに気づきました。 信じること。愛すること。 それが、だまされたとしても、 そんなことは、わたしの信頼に、なんの関係もない。 自分が信じていることがすべて。 2つ信じられれば、充分。 一つは、自分は、人に愛されていると信じること。 人が愛でできている存在だと信じる。 もう一つは、どの人も望まれてこの世に生まれてきたと信じること。 自分を信じるより、手っ取り早い。 「どんなにだまされても、信じ続けられる自分」 ・・・ってものも信じられるかもね。 そして、 それが、愛されたい病、淋しい病からの唯一の脱却の方法。 ・・・まだ、うまく言葉にはならないのだけれど、今年の気づきです。 たくさんの出会いと別れの中で。 自分が傷つくことから焦点がはなれると、 愛することができるようになります。 すてきな人たちと今年、出会えて、 愛することの楽しさと勇気を、より一層知れました。 自分のコンプレックスも、愛することに、あんまり関係ない。 ブサイクでも、ぶーちゃんでも、お金があってもなくても、 障害があってもなくても。 ただ、愛を受けとり、ただ、愛を差し出す。 サプライズはあったほうがおもしろいけどね♪ ・・・たとえ、離れていっても、 同じときを過ごすことができて、うれしい。 今年の締めくくりに、もう一度、見たかったの。 Walking tour 長い文章をお読みいただき、ありがとうございました。 今年一年、一緒に旅をしてくださって、ありがとうございます。 来年も、どうぞよろしくお願いいたします。 世界中に愛をこめて。 2007.12.31 橋本知子
December 31, 2007
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メリークリスマス!と言いつつ、クリスマスは、終わってしまった~☆でも、イブは、思いがけない人と映画を見ることができ、なかなかのクリスマス♪見た映画は、これ。「いのちの食べかた」http://www.nanagei.com/movie/data/189.html・・・イブに見る映画じゃないけれど、わたしらしい気がします。実は、うちの母親もヨーロッパ映画祭のときに見ており、母親の感想は、「グロイ」でした。そんなシーンがないことはないけれど、美しい映画でした。理解という意味では、きっと、20%ぐらいしか理解できていないけれど。「わたしが今まで、「いのち」だと思ってきたものは、なんなんだろう?」と、言う感想です。小学校のときの無着先生のことば、「いのちをいただきます。」友人が、外国人に「いただきます」を教えるとき、使っていた言葉は「give me your life !」おいのち、ちょうだい!日本で、野蛮だと思われている「人食い人種」とよばれる人だって、実はとても神聖。「あなたは、わたしの血肉となり、生き続けます」・・・という最大の供養をしている。その命をいただくおかげで、生きていられる・・・とその命をいただいたからには、使命を受け継がせていただきます・・・と思える食事をしたい。夏のスペインで、闘牛をみた。牛は、マタドールと闘って、死んだ。 観衆の拍手は、闘牛士だけでなく、命を懸けて戦った牛にも、むかう。その闘牛場の楽屋よこに、教会があった。闘牛士は、試合前に、祈りをささげていた。どちらも真剣勝負だ。けれど、映画にうつる牛には、命の尊厳がまったく感じられなかった。人工的に受精され、生きたまま母牛の横腹を割かれて、生まれてきた仔牛。ベルトコンベアーで、運ばれ、檻に入れられ、額に一瞬、鉄砲注射を当てられ・・・ガクンとひざが折れて絶命。そのまま、天井から脚を吊され、機械で、運ばれていく。そして、皮をローリングで剥かれ、つるっとしたら、人がその牛に刃を入れる。すると、大量の血と、水分がざーっと流れ出る。吊されたまま、コンベアーは動き、機械の刃がおなかを裂く。内臓がデロンと出てくる。今度は、内臓ばかりを集めたものを仕分ける。食べられるモツと、そうでないものに。それも、流れ作業。みんなヘッドフォンをしている。機械の音が大きいからか、感覚を麻痺させるために音楽をきいているのか。これが自動車工場なら、こんな違和感がない。動物、植物をこんな扱い方するということは、自分もそうされるということだ。死の間際でさえ、命の輝きを尊重して、生きていたいのに、生きて命があることを無視されている。今、自分が、生かされていることを忘れている。・・・でも、結局、命に意味をもたせているのは、自分で、「あると思う幻想」なのかも知れない。禅タロットで引いた「無」のカード。 「自分に人に、何かがあるという幻想をてばなす。」というメッセージ。「命」ですら、何かがあるという幻想なのかも知れない。在ることと、ないことが共存している。無からはじまり、無へ帰る。有からはじまり、有へ帰る。どちらも含むのだった。意味があるものであり、意味がないもの。両極の真ん中を自由に動く。二元論でなく、一元論。どちらも含む。命は、意味があって、意味がないもの。自分が選べばよい。生きたい世界、自分とひとつになるたべもの。
December 26, 2007
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「命」について、考える機会があった。 「命」に、哲学や尊厳を意味づけしているのは、 勝手な、自分の理想なのかもしれない。 命は、ただ、そこに存在している。 生きている命をいただくわたしたち。 オーダーメイドで、アクセサリーを創らせていただいています。 今日は、仙台の方からのご注文を製作。 (ブログで、ご紹介いただきました♪ http://arigatouloveisallone.blog119.fc2.com/ ) 創っている時間は、私の至福のとき。 自分の世界。そして瞑想状態。 石のエネルギーは、強く、手に包むだけで、からだのあちこちが反応する。 それで、この石は、変革の石だとわかったり、 女性性の石だとわかったり。 石を手に、目を閉じていると、 きのうの満月パワーか、わかりやすく血流が良くなる。 石と反応して、細胞が血管をざわざわ動く。 パワーストーンが、特別だと言われているけれど、 チャネリングしてもらい、私が製作するのがふさわしいと来た石以外には、 こんなには、からだの変化はない。 相性かなぁ。 来るには、来るだけの理由があり、縁が深いのだろうと思う。 石と会話するというと、特別なように言われるけれど、 ただ、その石が、自然界の何か・・ということがわかるだけだ。 何かとは、何か・・・といわれても、「何か」としか、いいようがない。 何の役割でここにあるかが、わかる・・・ということに近いかなぁ。 理解するでもないし、根拠などない。 伝達などできない。 ただそうだから、そうだとしか、言いようがない。 石がまたたき、きらめきがまし、ほほえみ、 喜んでいるのがわかるというだけだ。 つやと厚みが増し、存在が大きくなる パワーストーン自体が、特別なのか、 この石に縁があるから、動き、呼吸し生きていることがわかるのか。 たまにストーンショップをのぞくけれど、 パワーストーンと、会話できない。 もう石が閉ざしているのがわかる。 石がすでにあきらめの表情をみせることすらある。 鉱脈を爆破させる影響なのか、石が、歴史を見過ぎているのか。 でも、人の心と同じ。 トラブルがあって、長くお互いがわかりあえなくても、 愛は、こだわりを溶かすことができる。 時間はかかるかも知れないけれど。 ・・・あっ、次元チャージすると修復が早いんだ。 スピユニいれてるのは、このためか。 宇宙に、時空は、あって、ないがごとし。 わ~!!宇宙って、潜在意識だったか☆!! やばっ!こことここがつながるんだ~。 人の中の潜在意識と、宇宙の意識は、 同じってこと。 わわわ☆ じゃあ、じぶんの潜在意識下のシステムを感じ取ることは、 宇宙の法則を知ることと同義語か~。 へ~ へ~ へ~ そんなことを思いつつ、 クリスマスの夜は、ふけていくのであった。
December 25, 2007
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仕事についてたずねた禅タロット。9枚のカードの表すところは、つまり、何をやってもいいと。「大アルカナ」と、「虹」、「火」、「水」、「雲」のカード。大アルカナが4枚、虹が2枚、火が2枚、水が1枚。陽をかげらす「雲」が1枚もない。受容、女性性のBEの位置に、「反逆者」と、「愚者」が。 生きることに、恐れなく、必要なものは、受け取れると、信頼し続けるカード。能動、男性性のDOの位置に、「無」と「投影」が。 発信することで、すべては投影だと知る。自分に人に、何かがあるという幻想をてばなす。そして、中心には、「普通であること」のカードが。もうすでに、「普通であること」すべてが幸せだとわかっている。動こうとしないわたしに、「冒険」と「成功」のカードが。そして「可能性」のカード。安易に満足してはいけない。安易に満足している者たちは、いつまでたっても小さいままだ。その喜びも小さく、そのエクスタシーも小さく、その沈黙も小さく、その実存も小さい。だが、その必要はない!この小ささは、あなた自身が自分の自由に、自分の無限の可能性に、自分の無限の潜在能力に押しつけたものだ。鷲(わし)は自由に、自然に、楽に空を飛びながら、下の風景に含まれているあらゆる可能性を一望のもとに見下ろすことができます。鷲はまさに自分にふさわしい場所を得て、とても堂々として、みずから満ち足りています。このカードは、可能性の世界が開かれているポイントにあなたがいることを示しています。あなたは自分への愛を、みずからの充足をいっそう育んで成長してきたのですから、ほかの人たちとも楽にワークしていくことができます。あなたはリラックスし、くつろいでいますから、ほかの人たちと出会ったときに可能性を見抜くことができます。ときには、彼らが自分で気づく前にその可能性を見てしまうこともあります。あなたは自分自身の本性と調子が合っていますから、存在はまさに自分が必要としているものを与えてくれていることがわかるのです。この飛翔を楽しみましょう! そして、あなたの前に広がっている風景の変化に富んだ驚きを、すべて祝いましょう。読みかけの「夢をかなえる象」から。仕事=作業である。自分が、どんな作業が好きか?「作業に費やす時間」の喜びを得るためには、好きなことを仕事にすることだ!大きな欲があるということは、大きく欠けていると思っていると言うことだ。その足りない、欠けている部分は、感謝で、うめることができる。「人は自分の自尊心を満たしてくれる人のところに集まるんや。」 「人の自尊心を満たした人が、応援されて、守られる人になる。」「絶対、だれかの助けをもらわないと無理やねん。 そのことわかってたら、人のええとこ見つけてホメるなんちゅうのは、もう、なんや、 大事とかそう言うレベルを通りこして、呼吸や。呼吸レベルでやれや! 二酸化炭素吐くのと同じくらいナチュラルにホメ言葉言えや!」「できるやろ。言葉なんて、限られた音の数の組み合わせや。そんなに難しいことやあれへん。」「人は楽しいことしかできひん」「期待は感情の借金やからなぁ。 ・・・未来に期待している限り、現実を変える力はもてへんのやで。」人のおうちのトイレにかけてあった言葉から。 「人生は、長いと思えば、行動せず、短いと思えば、動き出す。」
December 11, 2007
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5枚目 心の状態と、行動、男性性と女性性の中心となるカード75. 普通であることあなたがいま差し出さなければならない特別な贈りものは、ものごとを簡単に、単純に、一度に一歩ずつ受けとめることで、もっともよい形で贈られます。6枚目 38. 冒険私たちが子どものもつ信頼のスピリットで、無垢なまま、心を開いて、感受性豊かに、新しい、そして未知なるものへと入っていくときはいつも、生のもっとも小さなことですら最大の冒険になりえます。7枚目 0. 愚者「愚者」の直観の働きはそのピークに達しています。未知へのこのジャンプをするにあたって、「愚者」はこの瞬間に宇宙の支えを得ています。生という川のなかで冒険が彼を待ち受けています。このカードは、まさにいま、自分の直観、ものごとの「正しさ」という自分のフィーリングを信頼することができたら、あなたは間違うことなどありえないことを示しています。あなたの行動は他人の目には「愚か」に映るかもしれません。あるいは、もしあなたが自分の行動を合理的な頭(マインド) で分析しようとしたら、あなた自身から見ても「愚か」に見えるかもしれません。しかし、「愚者」が占めている「ゼロ」の場所は、数のない数(ナンバーレス・ナンバー) で、懐疑と過去の体験がガイドなのではなく、信頼と無垢がガイドである場所なのです。8枚目 存在裸でゆったりと9枚目 54. 投影 映画館で、あなたはスクリーンの方を見て、けっして後ろは見ない。映写機は後ろにある。フィルムは実際にはスクリーン上にはない。それは影と光の投影にすぎない。フィルムはまさに後ろにあるが、あなたはけっしてその方を見ない。が、そこにこそ映写機がある。あなたの心(マインド)は、ことの全体の背後にあり、その心が映写機だ。だが、あなたはいつも相手の方を見る。というのも、相手はスクリーンだからだ。あなたが愛していると、相手はたとえようもなく美しく思える。憎んでいると、その同じ人がもっとも醜く思える。が、同じ人がどうしてもっとも醜くなりうるのか、そして、その同じ人がどうしてもっとも美しくなりうるのか、あなたはそのことにはけっして気づかない……。だから、真実に至る唯一の道は、自分の眼でどうやってじかに見るのか、心(マインド) の助けをどうやって落とすのかを学ぶことだ。心のこの仲介が問題なのだ。心には夢を生み出すことしかできないからだ……。あなたの興奮を通して、その夢が現実のように見えてくる。興奮しすぎたら、あなたは酔ってしまう。そうなったら、あなたは正気ではない。そうなったら、あなたが見るものはすべて、あなたの投影にすぎない。しかも、世界は心と同じ数だけある。というのも、心はそれぞれ自分自身の世界で生きているからだ。このカードの男性と女性は顔を合わせてはいますが、それでも、互いに相手をはっきりと見ることはできません。自分の心のなかに作りあげたイメージを投影し合い、自分が見ている相手のほんとうの顔を覆い隠しています。私たちはみな、自分で作った映画をまわりの状況や人びとに映し出すことに熱中してしまいかねません。それは、私たちが自分の期待、欲望、そして評価によく気づいていないときに起こります。私たちはその責任を自分でとり、それを認めるのではなく、他人のせいにしようとします。その投影は極悪なものであろうと神聖なものであろうと、不穏なものであろうと安心感をいだかせるものであろうと、投影であることに変わりはありません。現実をあるがままに見るのを妨げる雲なのです。そこから抜け出す唯一の道は、そのゲームをはっきりと見抜くことです。他人を評価していることに気づいたら、振り返ってみましょう。あなたが相手のなかに見ているものは、ほんとうにあなた自身のものですか? あなたの視界は澄んでいますか? 自分が見たいと思っているもので曇ってはいませんか?
December 11, 2007
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「自分がどんな仕事を望まれていて、 この生にどんな使命を与えられているのか」をテーマに引いたカードは、9枚。1枚目 ノー・シングネス(無)初めに自然があり、終わりに自然がある。だとしたら、なぜ、その真ん中でそんなに大騒ぎするのかね? なぜ、その中間で、そんなに心配し、そんなに気をもみ、そんなに野心を抱くのかね? なぜ、それほどの絶望をつくりだすのかね?無から無へ、それが旅のすべてだ。2枚目 39. 可能性 心(マインド)は、どこのどんな境界でも受け容れることができる。だが、現実はこうだ。存在には、その本性そのものからして、どんな境界もありえない。というのも、境界を超えたらなにがあるかね? またしても、もうひとつ別の空。私が、あなたの飛翔を空また空がそこで待ち受けていると言うのは、そのためだ。安易に満足してはいけない。安易に満足している者たちは、いつまでたっても小さいままだ。その喜びも小さく、そのエクスタシーも小さく、その沈黙も小さく、その実存も小さい。だが、その必要はない!この小ささは、あなた自身が自分の自由に、自分の無限の可能性に、自分の無限の潜在能力に押しつけたものだ。鷲(わし)は自由に、自然に、楽に空を飛びながら、下の風景に含まれているあらゆる可能性を一望のもとに見下ろすことができます。鷲はまさに自分にふさわしい場所を得て、とても堂々として、みずから満ち足りています。このカードは、可能性の世界が開かれているポイントにあなたがいることを示しています。あなたは自分への愛を、みずからの充足をいっそう育んで成長してきたのですから、ほかの人たちとも楽にワークしていくことができます。あなたはリラックスし、くつろいでいますから、ほかの人たちと出会ったときに可能性を見抜くことができます。ときには、彼らが自分で気づく前にその可能性を見てしまうこともあります。あなたは自分自身の本性と調子が合っていますから、存在はまさに自分が必要としているものを与えてくれていることがわかるのです。この飛翔を楽しみましょう! そして、あなたの前に広がっている風景の変化に富んだ驚きを、すべて祝いましょう。3枚目 反逆者人びとは怖れている。自分自身のことを知っている者たちをひじょうに怖れている。彼らには、活気のある若者たちを因習的な監禁状態から連れ出すある種の力、ある種のオーラと、ある種の磁力、カリスマがある……。光明を得た人は隷属させられることなどありえない。それが厄介なのだ。そして、光明を得た人は監禁されることもありえない……。内なるもののなにかを知った天才たちにはみな、受け入れられるには少しむずかしいところが必ずある。天才は秩序を乱す力になる。大衆は乱されたくはない。たとえ惨めであっても。事実、惨めなのだが、彼らはその惨めさに慣れている。そして、惨めでない人は誰であれ、よそ者のように見えるのだ。光明を得た人は、世界でもっとも偉大なよそ者だ。その人は誰かに属しているようには見えない。その人はどんな組織にも閉じ込められない。どんなコミュニティー、どんな社会、どんな国家にも。この力強く、毅然とした人物は、明らかに自らの運命の支配者(マスター) です。彼の肩には太陽のエンブレムがついていて、右手で掲げている松明(たいまつ) は、苦労して勝ち得た彼自身の真理の光を象徴しています。裕福であろうと貧しかろうと、「反逆者」はほんとうに皇帝です。彼は社会の抑圧的な条件づけと意見の鎖を打ち砕いているからです。彼は虹のすべての色を身にまとって自分を形づくり、自己の無意識な過去の、暗く、そして形のない根源から浮かび出て、空へと飛び立つ翼をはやそうとしています。彼の在り方そのものが反逆です。誰かと、あるいはなにかと闘っているからではなく、自分自身の本性を発見し、その通りに生きようと決心しているからです。彼のスピリット・アニマルは鷲(わし) 、地と空のあいだのメッセンジャーです。「反逆者」は、自分自身としてあることの責任を取り、自分たちの真理を生きる勇気をもつようにと私たちを促しています。 4枚目 43. 成功頂点がつづいているあいだはその頂点を楽しみ、次に谷が来たら、その谷を楽しむことだ。谷のどこが悪いかね? 落ち込んでいることのどこが悪い? それはくつろぎなのだ。頂点は興奮だ。たえず興奮したままでいることなど誰にもできない。華やかなパレードには、すべて始まりと終わりがあることを覚えておきましょう。このことを心にとどめ、いま体験している幸せから最後の一滴までジュースを絞り取ったら、なにひとつ後悔することなく未来を来るがままに受け容れることができるようになります。しかし、この満ち足りた瞬間にしがみつこうとか、この瞬間が永遠につづくようにプラスティックで固めてしまおうとかという誘惑に引き込まれてはいけません。生というパレードのあらゆる現象に対して。それが谷であろうと頂(いただき) であろうと・・・。心にとどめておくべき最大の智慧は、「これもまた過ぎ去る」ということです。祝う……、もちろんです。そして、どこまでも虎にのって行きましょう。5枚目 心の状態と、行動、男性性と女性性の中心となるカード75. 普通であることあなたがいま差し出さなければならない特別な贈りものは、ものごとを簡単に、単純に、一度に一歩ずつ受けとめることで、もっともよい形で贈られます。
December 11, 2007
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ここで、わたしは、本を読んでいた。「夢をかなえる象」少し前に手に入れたのに、読めないでいた。その中のセリフ、「期待をしている限り、現実を変える力は持てへんのやで」先週2007年12月8日(土)の異人館クリスマスパーティでひいたカード、「Change」変化・変容が思い出される。世界でただひとつ変わらないものは変化そのものだとよく言われてきました。生は絶えず変化し、進化し、死に、そして再び生まれ変わっています。相反するあらゆるものが、この広大な円形のパターンのなかでそれぞれの役を演じているのです。輪の縁にしがみつこうものなら、目が回ってしまうでしょう! 台風の中心へと進み、これもまた過ぎ去ることを知って、リラックスしましょう。そして、そのパーティでのギブアウェイでは、えなちゃんからのプレゼントがわたしのもとへ巡ってきた。クリスマスパーティーのプレゼントは、私は独立するときに、本当にお世話になった方からプレゼントしてもらったもので、大切に愛用してきたものを選びました。 その方は、ビジネスでも、バリバリ活躍されて夢を実現されている女性社長ですので、きっと手に渡った方の夢の実現をサポートしてくれること間違いなしですしごとについて、考える機会がやってきているのだろうか。「成功したいのか、したくないのかは、わからないけれども、 自分の生の可能性を試したいと思っている。」 「自分の心が震える情熱を、指針に生きたいと思っている。」そういえば、東京ディズニーシーで、もっともよかったのは、シンドバッドの船の旅だった。アラン・メンケン氏の「コンパス・オブ・ユア・ハート」が流れる。 人生は冒険だ 地図は無いけれど (ここ、「沈まないけれど」と聞こえてたなぁ)宝物を探そう 信じてコンパス・オブ・ユア・ハート 宝石や黄金より 大事なものがある 人生は冒険だ 地図は無いけれど 宝物を探そう 信じてコンパス・オブ・ユア・ハート 何よりも大切な 心の贈り物 ついに見つけたよ宝物 宝石や黄金じゃなく 旅の中で巡り合った 素晴らしい僕の友達 人生は冒険だ 地図は無いけれど 宝物を探そう 信じてコンパス・オブ・ユア・ハート このアトラクションの出口で、「さようなら。楽しかったよ。 ぼくと一緒に冒険してくれて、ありがとう。」といわれた。「人生が冒険」ならば、人生の終わりには、こういって、去っていきたい。先日、お料理講習会でも、千草さんに禅タロットをお願いしていた。「自分がどんな仕事を望まれていて、 この生にどんな使命を与えられているのか」をテーマに引いたカードは、9枚。
December 11, 2007
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今日は、会社を休んだ。風邪があまりにもひどく、耳と鼻とのどが、注意信号を出しているからだ。これは、メッセージ☆今日は、もともとヒーリングマスターのミーティングの日でもあった。けれど、仕事の責任が重くなっていて、休めないと、判断し、平日はムリ・・・と、日を流してもらった。けれど、気づいた。熱で、カラダが動かないと休めるのなら、ミーティングが理由で、休むこともできたはず。この空白の時間、平日はなかなか行けない銀行にいった。旧札を、新札にかえようと、順番をまっていた。・・・が、半紙につつんだ大判の5枚の聖徳太子をみたら、これは、変えてはいけないお金なのだとわかり、結局、持って帰ってきた。諭吉は、使えるが、聖徳太子は、使えない。お金の価値が、自分のなかで、かるいものになっていたことに気づく。近所の「いっぷく」という名の喫茶店に行く。朝8時~夕方4時、日曜休みのため、来ることができず、気になっていた。コーヒー専門店でもあり、メニューに何種類ものコーヒーが並ぶ。はじめてのお店では、オススメを聞く。美味しいものを飲みたいという気持ちと、店のスタイルが知りたいから。一番高いものではなく、「「ブレンド」が、わたしは一番美味しいと思います。」とすすめられた。一番高い一種類のマメを使ったものでも、500円と良心的なのに、350円のブレンドをおすすめされた。スローテンポの曲がゆったりと流れ、豊かで、居心地のいいお店。このお店が、8時から4時でやっていける理由がわかった。もうすでに満たされているのだ。たりない部分を補うために、仕事をしてるのではなく、一番美味しくブレンドしたコーヒーを、一番求めやすい価格で提供することができるお店。
December 11, 2007
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